2017年2月22日水曜日

勉強になりました

「小浜市介護予防・日常生活支援総合事業推進協議体」の今年度最後の会議に出席した。
それは何だ?と思う人も多かろう。この総画数がすごそうな会議は、介護予防、つまり介護が必要な状態にできるだけならないため、また日常生活、たとえば洗濯物干しとか買物とか、そういったものを支援するといったことを、行政であったりいろんな高齢者向け事業所であったり、そして何より市民ボランティアであったりが、一緒になってやろうという取り組みを制度化するにあたり、様々な立場の人達が集まって協議して決めていこうという会議体である。
…と思う。
…じゃないかな。
…違うかもしれない。
…きっと違うな。^^;

畑違いもいいところの人間が委員になったりして、余計な気を使わせたりして、本当に迷惑をかけたと思う。申し訳ない。
今日で一区切りなんだけど、正直まだ2割か3割しかわかってない。本当に申し訳ない。
ただ、ぼんやりと思ったんだけれど、法律というか制度をいくらがんばって作っても、それを淡々と機械的に・事務的にトレースするようにこなしていただけでは、結局大した効果は期待できない。血が通ってないというのかな。
人間は機械じゃなくて感情の生き物なんだから、ちょっとした気遣い、ちょっとした気付き、そんなものがちょっとした幸福感とか動機づけになったりする。逆にちょっとした冷たさが寂しさや失望や不幸につながっていく。「気持ち」というか、ハートですね。これはやっぱり大事なんだなあと思った。そして、この会議の委員の皆さん、福祉に携わっている人たちは、仕組みとか制度よりもそういったちょっとした気持ちの積み重ねがどれだけ大事なのかを知っているんだなあと実感した。

私は技術屋だから、仕組みとか手順とかメソッドとか、そういったものがいかに生産性を向上させるかを知っているし、それなりのレベルでそれを作る自信もあるのだけれど、それだけに耽溺していると、ハートの部分を軽視してしまって、血の通わない仕組みを作ってしまったり、技術と人の間をうまくつなげなかったりする。
私がよく口にしている「理系の欠点」というやつで、「論理的に正しいことを理解してもらえば、イコール賛同してもらえると思ってしまう」状態に陥りやすくなる。「確かにあんたの言うことは正しいと思う。でもなんか嫌だ」と言われてしまう。そしてそういうことを言う人を非合理的・非論理的というラベルを貼り付けて蔑視して片付けてしまおうとする。
でもそれでは世の中はうまくいかないんだ、きっと。
もし私がNPOをやらずにエンジニア一筋でいたなら、こういうことを考えられるようになっていただろうかと思うと、やっぱりプライベートと仕事だけの人生は狭いなあと思う。

いい勉強をさせてもらった。
でも何も役に立てなかった。
結局俺だけが得をしたのか?
やっぱり申し訳ないなあ。

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