2019年12月5日木曜日

寒波襲来

寒波がやってきて、気温がぐっと下がった。今日は最高気温9度、最低気温4度という寒さである。ちなみに明日は最高7度、最低4度だ。

雨雲をみると、きつい冬型の典型的な雲の流れになっている、北西というより西風になっていて、山陰から丹後半島に雲がかかり、若狭湾西部は丹後半島の影になって雲がかかっておらず、その東の越前海岸から能登半島にかけてまた雲がかかる。
このため、小浜は真冬なのにけっこう天気がいい日が多いのだが、今日は晴れたり時雨れたりというイヤ~な天気になっている。

3時過ぎ、どうやらしばらく雨は降らなさそうなので、用事を済ませに歩いて外出。多田川にさしかかったところでいっせいに羽音がして驚いたが、堤防で休んでいた冬鴨の群れが川面に飛んでいった音だった。

小浜駅前も鉛色の空の下で人気がない。これから3ヶ月ほどはこういう状態が続く。観光客も冬場は落ち込む。フグやカキなど海産物は美味しい季節だが、やはりそこは日本海側の宿命だ。
だから、「ひこそう全国大会」に来てくれるSUKIYAKI塾の皆さんには感謝している。
ちなみに2020年は1月11日がひこそう全国大会です。今年はフグはもちろん、カキもいい出来のようで、一段と美味しいと期待できますよ~。
なお、何やら今回は、Skype模擬面接でいじめてほしいと志願しているドM君が名古屋方面にいる模様で、さらに同じ名古屋から実面談でいじめてほしいと志願している参加者もある模様、いろんな意味で面白い会になりそうである。

バタバタと用を済ませ、買物もして帰宅して夕飯の準備。今日は形のいい大ぶりのアカガレイがあったので煮付けにした。
食事を終えて、またバタバタとともしの店へ。来年4月の小学校還暦同窓会の準備である。56人ほどにハガキを出して、出席回答が30人弱。なかなかいいではないか。
SUKIYAKI塾の活動を筆頭に、また来年もいろんな楽しい企画が待ってるなあと思いながら年の瀬を迎えられることは幸せなんだなあと思う。

2019年12月4日水曜日

与左衛門冬ごもり

午前中、「そらのとり保育園」主催のクリスマス会で風夢さんが読み聞かせをされるので、お手伝い。乳幼児もおおぜい参加するのだが、今回は娘も孫を連れて参加している。

今年の春の購入した5000ルーメンのプロジェクターを使って明るく投影できたのはよかったのだが、身軽なようにパソコンにGPDポケ2を使ったところ、HDMI出力不安定で画面が切り替わってしまったり、ピンマイクがノイズで使い物にならなくなったり、AV担当としてはちょっと申し訳ない内容だった。ごめんなさい。

午後は上根来に冬支度に行った。すでに雪囲いはあこちゃんがしてくれているので、掃除をしてタンクの水を抜き、ブレーカーを落として来年の春まで与左衛門は冬眠に入った。
まだ雪は積もっていないから年内はいつでも入れるだろうが、雪が降ればそれも難しくなる。来年の春、何事もなく(水道管がまた割れることもなく)再開できますように。

大急ぎで帰宅して、楽器の搬出。明後日のふくい技術士の会の忘年会で演奏するので、ギターその他を運んでもらった。
なんというか落ち着きのない師走である。

2019年12月3日火曜日

マニュアル化

明日のクリスマス会(?)で風夢さんがお話しをされるのをお手伝いするため、午後遅くから準備とリハ。今日はありがたいことにこれと夜のSkype以外に予定がなく、比較的ゆたりと過ごせた…はずだったのだが、その割には雑用に追われて、添削などもあまり進まなかった。空模様も冬型でしぐれており、徘徊添削もままならぬ。

そんな中、口頭試験が始まり、いろんな情報が入ってくる。
なんというか、今年は筆記試験も口頭試験も、どんどんマニュアル化が進んでいるように感じる。
それはまあ経費をかけず、人的負担も最小化して試験という事業を進める上では効率的なのかもしれない。
でも、技術士制度の発足課程を踏まえれば、マニュアル化した試験で本当にいいのだろうかと思わざるを得ない。技術者一人一人の知恵と工夫というものを軽んじてはいないだろうか。
横一線に揃った、着実な学力と経験からなる技術力というものは、確かに安定感はあるのかもしれないが、面白みはないように思う。
思えば平成11年の省庁統合の中で文科省が技術士試験を取り仕切るようになってから、かつての体力勝負のような技術士試験ではなく、スマートに学び成長してきた利発なエンジニアを選ぶ試験になってきたように思うのだが、その一方でたくましさや野太さは失われてきたようにも思う。

どのような技術者が今後の社会に必要なのかはわからないけれど、枠からはみ出すような人材がいなくなってしまうような社会は、やっぱり面白みがないと思うんだよな。

2019年12月2日月曜日

寝不足が続いている

イベント疲れや寝不足で、今朝は遅くまでぐっすり…とはいかず、母を月1回の検診に連れて行くため、8時半に家を出て車で福井まで。10時に病院に到着し、1時間待たされてようやく検診。超音波検診だが5分もたたずに終了。すぐに先生の問診で、これも10分もかからず終了。
ここまでの往路と待ち時間は何だったんだと思ったものの、異常もなく満点の診断をいただいたので、まずはそれを喜ばねばなるまい。
ちょうど昼時となったので病院の食道で昼食をとって帰路についた。これが失敗だった。
眠い!のである。母を心配させても行けないと思って、ガムをかみつつガマンして何とか帰ってきたが、けっこう危なかったように思う。
なんとか帰宅したものの、疲れがひどく、2時間弱ほどヒルネ。
やっぱり睡眠は大事だなあと思うとともに、長距離運転(片道100kmちょっとの道のりを長距離と言うかどうかも疑問だが)に弱くなったなあと実感した。昔は社用車で一人っきりで小浜から尾道までノンストップで行くなど平気だったのだが。

しかし早寝などできない。今日から毎日、午後9時から真夜中まで連日3~4人のSkype模擬面接が控えているのだ。
疲れていても模擬面接中は頭がさえて、その点は我ながら感心するのだが、全部終わったあとにどっと疲れが来る。そこで風呂に入って、ネットをうろうろしたり、マンガを読んだり、麻雀ゲームをしたりしてぼーっと過ごす。この無駄な時間が気持ちをほぐすために欠かせないのだが、時間は無情に過ぎていくので、今日もまた寝不足になってしまう。

そんなことをしていたら、北海道は北広島で飲んでいるヤツらの写真が送られてきた。
この2人って、あちこちで飲んでるから、ちょっと写真を見ただけではどこで飲んでるのかわからない。^^;
でもいいんだ。日曜日からは私もセミナーツアーにまた出るから、それなりに飲んだりできるんだ。きっと。

2019年12月1日日曜日

八百比丘尼フォーラム

ずっと準備してきた八百比丘尼フォーラム当日である。主催者である「聖なるWAKASA」の会長Tさんがはりきって朝8時から打合せというので、朝7時台に眠い目をこすりつつ歩いて会場へ。

夜明け間もない北川。空気が冷たくて気持ちがいい。はまかぜプラザで早朝会議。昨夜すでに杯を交わした人たちなので極めてスムーズ。

会場の旭座へ移動して、大急ぎでプロジェクターやPC(2台)、ビデオカメラ等をセッティング。1時間もない中で大わらわであった。
そんな中、集まってくれたのは60人以上。まったく五里霧中の中でのイベントで、動員もしていないのにこれだけ集まってくれたのは実に嬉しいことだ。

司会進行は若狭歴史博物館の垣東さん。今回は本当にありがとうございました。
そして秋田県から探検家の高橋大輔さん。

全国各地の八百比丘尼伝承地からお越しいただいた皆さん。鳥取県米子、福島県喜多方、長野県戸隠、そして小浜市。

各地の伝承内容などの発表の前に、八百比丘尼伝承をおばま児童文学会風夢のみなさんに朗読してもらった。これはよかった。好評だったし。

我らが小浜市文化課・吉村さんの発表。今回はちょっと無理を言ってお願いして申し訳なかったのだけれど、期待以上の素晴らしい内容でした。

終了後、八百比丘尼入定洞までまち歩きをしてもらい、その間に机をセッティングし直し、さらに花道にテーブルクロスを敷いてカウンターにして、各地の食を楽しむ交流会。

喜多方はやはり喜多方ラーメンである。最初からダントツ人気でしたね。

長野は、これもやはりおやき。10種類以上あるらしく、これは知らなかった。

米子からは「いただき」。あげの中に生米と具を入れて作るらしいが、柔らかくてうまい。

地元小浜からは、清酒「八百姫」と船場汁(生臭汁ともいう)、そして鯖サンド。

さらにタイカツバーガーにお菓子「八百姫椿」。
こうしてみると、オソロシイくらいに主食攻撃・炭水化物攻撃である。^o^;
まあともあれ、「とにかくやってみよう」で多少向こう見ずに突っ走ってみた八百比丘尼フォーラムは成功だったと思う。やってよかった。

終了後、後片付けをして、はまかぜプラザで打ち上げ。こういう時の酒が一番うまい。…のだが、私はここ数日の寝不足が一気に出て、途中でどうにも起きていられなくなり、ソファで寝てしまった。おそらく2時間くらい寝ていたのではなかろうか。
昨夜と同じように寒風の中をボーゼンとしつつ歩いて帰った。

同じころ、東京でも模擬面接終了後の打ち上げが行われていたようだ。
来週はオレも参加するからね。