2011年10月31日月曜日

深夜の怪しげなオヤジ

たまった事務処理をなんとかしようとほぼ1日奮闘したが、半分程度しか進まなかった。ToT
口頭試験ツアーがようやく12月の予定まで入れたが、11月のツアーは3週間以上になるのは確実だ。クラウドによるノマド環境がほぼできあがっているので、事務処理もしながらツアーしていけるのだけれど、けっこう疲れるんだよね。口頭試験はいつも受験生のニーズにギリギリまで応えてしまうのでオフ日も作れないし。

夕方から5日のイベント用品を買い出しに行って、いったん帰宅後自転車で会議へ。
終わってからまたもココスに行って、今日の分の添削を必死でこなす。
この店は時間帯によってスタッフがだいたい一定しているので、2日連続で行くと当然ながら「昨日の人がまた来た」とわかってしまう。
昨日来たばかりの髭面オヤジが今日も来て、昨日と同じドリンクバーで2時間粘って、体に不釣り合いな小さなパソコンを「うおりゃー」という感じでパシパシ打ち続け、やがてエネルギー全部出ちゃいましたみたいな顔で支払いしてふらふらと帰っていくという、この小さな町では目立ちすぎる行動をとってしまったのでした。別に何も悪いことはしていないんだけど、限りなく不審者に近い行動といえよう。ここで刃物、あるいは正体不明の薬物なんぞをちらつかせた日にゃ即通報だな。

帰宅して、久々に「文春」を読みながら入浴。唯一ゆったりできる時間だが、この時間が睡眠時間を削ってしまうんだよね。
口頭試験セミナーの申し込みがようやく少し静かになってきた。

2011年10月30日日曜日

鮭食って酒飲めずToT

午前中、6日に行く雲浜小学校の「うんぴんフェスティバル」準備。
午後は5日の警察協助員会ふれあい事業の火起こし準備で加斗小学校へ。
それなりに余裕が取れて事務処理や添削も多少は進むかと思っていたのだが、事務処理がとにかくいっぱいあって昼食を食べる時間もまともに取れない忙しさだ。

加斗小学校では、協力してくれる「加斗区LOVE」のみなさんと加斗小学校のK先生と一緒に小雨の中、竹林から孟宗竹を切り出し、低学年が使う食器とスプーン作り、さらに火起こしの練習。
雨の中、せっかくの日曜日、皆さん本当にありがとうございました。
100人以上が参加する、これまでやった中では最大規模の火起こし&野外調理体験なので、とにかく準備も大変である。

雨と汗と木くずにまみれつつ夕方帰宅。
とりあえず着替えて、知床世界遺産さんからいただいた鮭でちゃんちゃん焼きを作ってオホーツクの幸を満喫。いつもならここで間違いなく飲むが、今日はそうはいかない。
夕食後、女房の実家の用事に出かけ、そのあと帰宅せずにココスへ。ドリンクバーで2時間粘って添削。巣鴨のジョナサンでも同じ事をしたが、ファミレスでは目の前のVAIO-Pとギャラタブしかないので、集中できるのだ。
ようやく目標ラインに到達して帰宅し入浴し、死に寝。事務処理が進んでいないのだが…

2011年10月29日土曜日

芝居小屋舞台ってすごい

(実は2日後の31日に書いているのだけれど)今日は旭座のワークショップ&シンポ。
明治期の芝居小屋で、希少さと再現性の高さから貴重な文化財と考えられるとのこと。
芝居小屋の第一人者であるK先生のお話を聞き、舞台と花道をビール箱とコンパネで再現するワークショップを行った。
擬似的に作った舞台の上に立ってみて驚いた。マス席の観客、桟敷席の観客を想像したとき、その近さ・臨場感。言葉では説明しにくいのだが、とにかく観客が近い。こちらもあちらも、お互いに表情のちょっとしたところまで見えてしまう。
こんな中で芸をするというのは、よほどの度胸がないとできんぞ。逆に言うと、こんな状況で芸を披露して受けたら、これは病みつきになるだろう。
学校の体育館のステージから文化会館のホールのステージに到るまで、人生の中で何度かステージに立ったことがあるし、そこで楽器を弾いたり歌を歌ったり太鼓を叩いたり話をしたりギャグを言ったりいろんなことをしたことがあるけれど、それらは「観客のいる空間」めがけて一方的に発信していただけだったように思う。
しかしこの芝居小屋の舞台は、観客一人ひとりの反応がつぶさに見えてしまうこの舞台は、一方的に発信するだけなんてできない。
うーむ、芝居小屋恐るべし。文化財とか何とかいう視点から外れて、新しい世界を垣間見てしまったような強烈な印象が残った。

夜は芝居小屋保存活用に関するシンポジウム。さらにそのあとは懇親会。
議論百出、結論を出すのはまだまだ早いという印象だったが、しかし予断を許さない切迫した状況だとも聞くので、とにかく突っ走ってしまう必要もあるのかもしれない。
少なくとも、いったん壊したら二度と戻らないものを散々壊してきたという反省の上にたった議論だけは望みたいものだ。

筆記試験合格発表後の口頭試験セミナー申し込みや体験論文添削依頼が引きも切らない。
筆記合格後の「必死な思い」はよく知っているだけにできる限り対応したいとは思うが、ともかく時間がない。うーむ、やはり1日30時間ほしい。

2011年10月28日金曜日

筆記試験発表

筆記試験の合格発表があった。

合格した人、涙を呑んだ人、例年のことながら悲喜こもごもである。
間髪入れず体験論文添削や口頭試験セミナー受講の依頼が入ってくる。口頭試験セミナー応募は50件を超えた。
その対応でもういっぱいいっぱいになってしまい、申しわけないけれど不合格であった人のことはもう気にしていられなくなってしまった。薄情と思うかもしれないが、口頭試験、そしてその前段の体験論文を目の前にした人たちを優先するのは当たり前だし、それが試験というものの厳しさでもある。

とにかくここまで来た人は、あと一歩を何としても登りきってほしい。
5年越しだという人、口頭試験不合格のリベンジを誓う人、みんないろんな思いをもってこれから口頭試験に向かっていく。
本当にみんながんばってほしい。

今日現在で11月いっぱいのセミナーツアーの予定を組むのが精一杯だったが、12月にもじっとしているつもりはないので、また予定をたてたい。特に総監の人にはしっかりとケアしたい。
そうそう、skypeの準備もしないと。

2011年10月27日木曜日

ころび拾い

午後から上根来で「ころび」拾い。
ころびとはアブラギリのことで、種を圧搾して油を取る。灯油や和傘の撥水剤などとして利用され、さらに絞り粕は肥料として重用されたため、かつては米の収穫後の貴重な収入源であったという。
放っておいてもどんどん成長し、実や葉に弱いけれど毒があるのでシカも食べず、食害で荒廃しきっている山にあって「どこにでもいっぱい生えている」木である。近年はバイオエタノール等々の側面からも注目され、なかなかに面白そうな木なのである。

若狭東高校の先生と生徒、それに我々観光局市民幹事会体験部会の4人で、梅もぎ用に使うカゴにころびの実を拾い集める。
生い茂るのはほとんどころび。

とにかくいっぱい実が落ちている。
こういう作業は無心でできるので本当にいい。というか、座禅をしている時の精神状態に似ている。
頭に浮かんでくるものをそのまま受け止めつつ、こちらは空っぽですみたいな状態にして、あれこれぼんやり思いつつ手を動かしていると、そのうちふわんと真空みたいな気持ちになって、目も手も動いているのだけれど、心はなんだかふわふわしているような状態になる。これが気持いいのですね。

みんなで拾ったころびはブルーシートの上に広げて乾燥させる。まあ1ヶ月というところか。
焚き火を作り、クルミを炒って高校生にごちそう。火吹き竹ひとつに「おー」と声を上げてくれるのでこっちも嬉しくなってしまうのだ。
高校生が帰ってからも、我々はなお去りがたく、忍び寄る夕闇と寒さに抗いつつ焚き火を続け、山の中にシカの鳴き声が鋭く響く5時過ぎにようやく解散。
もう夕闇が奥山に蓋をしつつある中を下山。思えばこの道はもう25年以上前、小浜に帰ってきて最初の年に地すべり調査として毎週通っていた道なのだ。同じ道を、今は仕事ではなくNPO・市民活動として頻繁にやって来ることになった。隔世の感というか、なんという巡り合わせかと感慨深い。

下山して用事をすませて木曜会へ。最近できた店だが、なぜか宮崎地鶏を扱っている。黒く焼いたコリコリの地鶏、ああこの味である。ここ2年ほど縁遠くなっている宮崎だが、縁さえあれば(というか、宮崎の皆さんのお邪魔でさえなければ)ぜひまた行きたいものだ。

2011年10月26日水曜日

打ち捨てられた里山

仕事で南川流域の現地踏査を2時間ほどやった。
久々に自然の中を歩き回れて、なかなかに爽快だった。
…のだが、ここでも森林荒廃に驚いた。
雑木林(代償二次林)。本当なら下草で緑一色のはずが…

細いものがいっぱい生えているが、全部ササである。
ササに覆われていたのが、全部食害で枯れてしまっている。
このあたりからはもうなくなってしまった草本類というものも少なくないのではないかと感じる。それだけではなく、林床がこんなになってしまった林というのは…
もう洒落にならない(たぶんずっと前からそうなのだろうが)と実感する。
歩きやすいんだけどね。でもこんな時期にこんなに歩きやすいというのはやはり異常だ。

それにつけても、現場に行って自分の足で歩いて自分の目で見ることの大切さを改めて痛感。
そして人間の行動圏が本当に狭くなっていて、「打ち捨てられた里山」が実はかなり始末の悪いものであることも実感。
上根来でも何でもいいけれど、とにかく自然の山に一度手を入れて里山にした以上、里山をもう一度人間の行動圏にしていくことは、人間の役割のように思う。

2011年10月25日火曜日

一人居酒屋

セミナーツアーやNPOでよく外で泊まるのだが、一人では滅多に居酒屋などには行かない。
どうもあの居酒屋というところは大勢で行ってわいわいと談笑しながら飲むものだと自分の中で決めているような気がする。
しかし一人で飲んだことがまったくないわけでもない。

数少ない「一人居酒屋飲み」の記憶をたどると(いま数分間考えていたのだけれど)、なんと盛岡と鯖江、福岡で1回ずつあるだけだ。ただし福岡は屋台だったし、鯖江は泊まったホテルの1階に「魚民」があってそこでしか夕食が食べられなかったからで、実質的に出かけて行って居酒屋に一人で入ったのは盛岡の1回だけだ。
おばさんが一人でやっている小さな居酒屋で、まだ早い時間だったから客は私一人、日本酒をちびちび飲んで何か地元のものを、と言ったらホヤを出してくれたんだ。それも採れたままのホヤを割いて、殻に身が入ったものを調味料なしの塩味で食べた。思えばあれでホヤに病みつきになってしまったのかもしれない。
おばさんは余計なおしゃべりはしない。静かな店の中で日本酒をぐびっとやってはホヤをつまみ、文庫本をぼんやりと読んでいたカウンター席。
なんとも気ままで平和な時間。
あの思い出がホヤに重なって病みつきになってしまったような気がするのだ。

セミナーや面談をするとぐったりと疲れるから、一人で弛緩できる時間が欲しくなる。たいていの場合はホテルでぐだっとする程度だが、滞在が数日程度になると、ホテルの部屋は生活臭が出てくるのでそういう場所ではなくなってくる。
そこでどこかに行きたくなる。
自分以外は何も自分に関わり合いのないものである空間、そういう孤独な空間の中で誰とも関わらずに自分だけの時間を楽しめる時空。「どこか遠くへ行きたい」の世界である。

今日はノーマルに会社で仕事。夜は会議だったが、夕食を食べる暇がなかったので、終了後「ととや」で食事。もう熱燗がうまい季節だ。

2011年10月24日月曜日

もうすぐ筆記発表

APEC-semiの技術的体験論文添削もそろそろ終わりだ。
何度も見直して練り上げに練り上げた論文を作った人、最後の最後にとりあえず作っただけで合格発表からの10日間で完成させられるか心もとない人、それすらしていないのではないかと思われる人、様々だ。
口頭試験前の模擬面接段階で「これを出したの?」と言わざるを得ないポカンとするような論文を出してくる人は、この時期何もしていない。そして口頭試験で不合格になる人の大部分はこういう論文を提出してしまっている人だ。

今の時期は、「そろそろ手をつけておくべきなんだろうか?」などと呑気なことを言っていられる時期なんだけれど、「差」というのはたいていそういうときにつくものなんですね。
大学受験だってなんだってそうなんだけれど、「他人がのんびりしているときにがんばる人」はたいてい成功を治める。
「他人がしゃかりきになっているときにのんびりしていて、猛烈なラストスパートで一気に抜きされる人」もいるにはいるが、そういう人はこれまでの人生の中での積み重ねが生きているのであって、総努力値ではやっぱりすごい人なのである。
そういう人の「今の一瞬」だけを見て「じゃあオレもゆっくりしていて大丈夫なんだ」と思う人、つまりこれまで積み重ねてきていないくせに今日も積み重ねない人は、実はそういうところが今日までの積み重ねの低さの原因なのである。たいていの場合。

そういうもんなんだよなあ。
世の中ってけっこう厳しく、そしてけっこう単純なのだと思う。

今日は比較的平穏無事。午前中は事務処理、午後は上根来へ次回イベントに使える道具を取りに行き、それを11月5日の会場である加斗小学校へ運搬してしばらく打合せ。いったん帰宅して「食の祭り」の反省会に出席。最終帰宅は9時過ぎと非常に良い子であった。^o^;

2011年10月23日日曜日

睡魔はクイックリー

朝6時に起床。就寝が12時過ぎで6時起床だからそこそこ寝ているはずなのだが、やはり体育館に寝袋では睡眠が浅いのかとても眠い。次回から、できれば10時くらいまで寝ていたいなあ。
牛舎跡で後片付けをして、残った食材を炒めて残ったメシとともにかきこんで朝食。
とにかくいったん帰宅して風呂に入り、すぐに小浜駅へ。そして電車で福井市へ。

今日は民主党福井県連主催のNPO法改正に関する意見交換会である。
民主党というと、とたんに「キーッ」となる方面の方もいるようだが、NPO関連法の多くは超党派の議員立法として国会でも全会一致で可決されているので念のため。何でも右だの左だのという狭い視野はさみしいでっせ。^o^
大寝不足状態での出席なので起きていられるか不安だったのだが、大変興味深い2時間ほどだった。勉強にもなったけれど、やはり自分自身が新しい公共に関わっていると、聞くことすべてが有機的につながるので面白いのだ。
もらった資料は封筒のままでメール便送付。今日の荷物はVAIO-Pとギャラタブなどのノマドセットが入ったボディバッグひとつなので、とにかく身軽にならないといけない。こういうときに80円で書類を「預って送ってくれる」ので大変便利なのだ。

添削をがんばりつつ帰路に着く。…ここで眠っていた睡魔が(変な表現だなあ)襲ってきて、めったにないほど短時間で落ちてしまった。もうVAIOをフタしてバッグにしまう時間すらとれないほど急激な睡魔来襲だった。
7時前に小浜到着。メール処理などをとりあえずこなし、よしきと食事して帰宅。
いやあ、息つく間もないような3日間でした。

2011年10月22日土曜日

焚き火三昧

朝7時前に自宅を出発して上根来へ。
しかし雨。なぜか今日だけ、イベント当日の今日だけ雨。なぜだろう。
水たまりのできた山の家火床。あわれ。
仕方がないので、開催地を牛舎跡に変更。それでもみんな楽しんでくれたようだ。
大屋根の広い空間なのでこういう行事にはうってつけ。

火起こし道具。日頃は我が家のガレージ2階にある。^^;

火起こしに挑戦中。

火起こし成功!これでメシが食える。

カレーの材料を切る。

食器も自分で作る。竹のお皿と箸。
完成。左からイノシシ肉のカレー、飯盒のご飯、牛肉のカレー。

スプーンを削る。みんな無口で集中している。
子ども&家族連れが夕方になって帰り、さあ今からは大人タイムである。
再び火を起こし、イノシシ鍋とイノシシリブ。特にイノシシリブは山奥のシチュエーションに合っていて最高の食材。
イノシシのあばら骨(肉付き)を30分煮こむ。

あばら骨を手に持ってビリビリと肉を引きちぎる。
手も口もギトギト。ギャートルズの気分です。
内なる野生が目覚めてくるような気分がまた最高。
さらに小浜ならではの「山奥で新鮮な海産物」も存分に楽しんだ。
でっかい真鯛を串焼きでそのままあぶる。
ほんの数時間前まで生きていた真鯛。
身がジューシーでふわふわさっくり。
そのまま酒宴が続く。雨がどしゃ降りになったりしていたようだけれど、大屋根のおかげで快適に飲み、食い、歌った。
竹でかっぽ酒をつくってみた。
これがまた飲みやすくて美味いんだわ。^o^
夜中に山の家に移動して、体育館で寝袋就寝。
1日外にいて疲れたけれど、でも最高に楽しかった。
ファミリー向け体験コース、そして成人向け夜のコース(焚き火、イノシシリブかぶりつき、かっぽ酒)、どれも楽しそうだと思いませんか?

2011年10月21日金曜日

中活ネットワーク

「近畿中心市街地活性化ネットワーク研究会」が小浜で開催され、事例発表者の一人として、まちづくりとNPOの関わりについてパワポを使って少し話をした。
ボランティアのインセンティブのことやら経済効果のこと、さらに新しい公共のことなど、例によって漫談だったのだが、こういう資料をまとめていると自分自身の考えもまとまるので非常にありがたい。

今回資料をまとめながら「あれ、こうなんじゃないのかな?」と思ったこと。
行政にはNPOに「やってほしいこと」がある。
NPOには「やりたいこと」がある。(注:「NPO」は広義のNPO)
行政がNPOに対して「行政がやってほしいこと」を、「NPOがやりたいこと」に配慮せず要請しても効果は薄い。断られるか、やってくれても義務感でやるので効果が上がらない。
逆にNPOが行政に対して「NPOがやりたいこと」を、「行政がやってほしいこと」を無視して提案したり補助金要求しても効果は薄い。
「行政がやってほしいこと」と「NPOがやりたいこと」を重ね合わせる作業、もしくは努力。それが必要なんだろうな。
そしてそれは、「何が市民のためになるか」という視点を共通で持てば、自然と一致してくるのではなかろうか。

まあそれはそれとして、そのあとまち見学とワークショップ、そして懇親会と続き、帰宅したらまたしても真夜中だった。明日は早朝から上根来なのに。ToT

2011年10月20日木曜日

リセット

7時に起床。おお、社会復帰をせねばならんという思いが私を起こしたのか?
メール処理をして荷物を片付け、多くをダンボールに詰め込んで宅急便で送って身軽になって巣鴨駅へ。
ふと見ると日高屋が開いている。なんと日高屋も24時間営業だったのだ。
朝ラーメンをオーダー。あっさり醤油の東京らしいラーメンが出てきた。
思えばもう30年近く以前、初めて東京でラーメンを食べた時の驚きは忘れられない。なにせラーメンに海苔がささっていたのだ。置いてあるのではなくドンブリの縁に「ささって」いたのである。
ラーメンに海苔などという組み合わせはおよそ考えられないもので、へええ日本はやはり広いなあと感心したのを思い出す。
私は海苔も天ぷらの衣もパリパリでなくても平気な人である。おにぎりの海苔はしんなりとご飯になじんでいるほうが好きだし、天ぷらどん兵衛もお湯を注ぐ前に天ぷらを入れてしまう。
しかし海苔がラーメンドンブリの縁にさしてあるということは、パリパリ感が残っているうちに食べなさいよ、間違ってもスープに溶けて崩れたようにしちゃダメだよと言っているようで、どうも気になってまっさきにパリパリと食べてしまったものだった。最近はもう半分以上崩れるまでほうっておいて、スープと一緒に飲んじゃったりするほうが多い。だいたいラーメンに海苔なんてしゃらくさいではないか。

まあともかく美味しくいただいて、山手線で東京駅へ。待合室で電源を確保して、NPO関係で頼まれている原稿を書く。子育てのことについてA4サイズ1ページ。少し考えて書くテーマが決まり、やがて書いていくうちに文体というかどんな調子で書くかも決まってきて、こうなるとスラスラと書ける。乗車前に終了。少し写真も入れて、新幹線の中からメール送信。
米原駅で北陸本線に乗り換え、今度はもう1件、警察協助員絡みの原稿だ。
さっきの子育ての文体イメージが残っているので今度はさらにスラスラとキーが進む。敦賀駅まで30分の道程と、敦賀で遅い昼食をとっている間に完成。今度は警察だからメールは使えないので、PamFaxでネット経由のFAX送信。
少し添削もしながら、大阪でまとめ買いした文庫本のうち1冊(東海林さだおさんのエッセイ)をぼんやり読んだりして、けっこうリラックスしつつ午後3時半に小浜に到着。

タクシーで帰宅して一休みのあと、久々の自転車に乗って外出。ボディバッグにはVAIO-Pとギャラタブのセット。
ボランティアセンターで少し用を済ませて、海岸へ。
夕日を見たかったのだが、この季節は海の中には沈んではくれず、左手の山の向こうにもう隠れていた。
階段護岸に腰掛けて、小浜湾の静かな波の音を聞きながら、向こうの半島と赤くなっていく空を眺めつつな~んにも考えずに10分ほど。自分でも驚くほど頭の中がリフレッシュされた。

2011年10月19日水曜日

帰り支度

結局昨夜は2時前までジョナサンで粘っていた。…のだが、体調のせいかそれほど眠くもなく、また疲れ目にもならずに極めて平穏に3時前就寝。
で、今朝は8時過ぎに起床。8時間寝ても眠い時もあれば、5時間でも平気な時もある。
ごそごそ身支度を整えて外へ。今日はまずやらねばならぬことがある。
それは「ニッポンの朝飯を食う」ことである。おとといは、デニーズでトーストにスクランブルエッグ、ベーコン、ソーセージ、サラダなどという横文字だらけの朝食を食ってしまった。そのことを深く恥じた私は、今日こそ和食を食べねばならぬと決めたのである。
場所はおとといと同じデニーズでなくてはならぬ。なぜならリベンジなのだから。
決然と歩を進め、巣鴨駅前のデニーズにやってきたものの、「あ、こんな時間から開いてるかなあ」と不安になる。
なんのなんの、デニーズは24時間オープンであった。小浜の10時開店、それも10時になってもカギを開け忘れることがあるコ○スとはわけが違うのである。
早くも敗北感を味わいつつも入店。強い意志を持って焼鮭朝食をオーダー。
見よ、これが本来あるべき朝食の姿である。ご飯、味噌汁、焼き魚、大根おろし、海苔。豆腐サラダが若干軟弱であり、焼き魚がイワシでなくシャケであることが若干残念ではあるものの、まあそれはよしとしよう。
大根おろしに醤油をかけ、味噌汁を一口すすったあと大根おろしをひとつまみ、ご飯とともに食べる。
美味い。
ご飯はササニシキ、それも庄内米(山形県余目)、味噌汁は枕崎の雄節をダシに国産大豆の味噌と豆腐(以上、「美味しんぼ」より)…などとしゃらくさいことは言わない。「そんなこたぁ知らん。めしはめし、味噌汁は味噌汁。とっとと食え」などとデニーズは決して言わないが、まあそういうことである。
やはり和食は胃袋の中に実に具合よく収まる。

気分をよくした私は上野へ移動。
これも久々のアメ横。どうも上京してまとまって滞在するときは、秋葉原とアメ横に行くのが定番になってきた。というよりこれ以外にどこにも行かなかったりするのだが。
愛用しているけれど「生産中止・品切れ」と小浜で言われた靴を発見して購入。結局これしか買わなかったが、秋葉原といいアメ横といい、雑然とした雰囲気が好きだ。

巣鴨に戻って、地蔵通り商店街へ。肌寒い平日のこととて人通りは少ない。

和菓子やらせんべいやらを土産用に購入。宿に戻って全部ダンボールに放り込む。
小浜や大阪から宅急便で送ったものをまとめ、さらに土産や洗濯物もひとまとめにして自宅に送り、大阪で買ったデイバッグにPC類を詰めて身軽に帰ろうという作戦である。

再びVAIO-Pとギャラタブセットを入れたボディバッグだけになってルノアールへ。
3時過ぎから5時前まで面談。そのあと食事をして、6時から10時までまた面談。ふう、これで全部終わった。
宿に帰り、風呂に入ってメール処理やら帰りの支度やら。
今回は東京のみんなに会わずに終ってしまったなあ。ちょっと寂しい。

2011年10月18日火曜日

本当にノマドになっている

昨夜は添削やらNPO関係のことやらで3時前まで机に向かっていたため、起きたらもう10時だった。
引き続き机に向かい、池袋へ。トリフォリオさんとランチして、少し池袋の電器店など覗き、素早く巣鴨に帰る。
そのままルノアールに行き、喫茶室のほうで添削。巣鴨店にも電源が豊富に配置されていることを知る。さすがルノアール。
VAIO-P、ギャラタブ、WiFiルーターやマウス、メモ帳。
定番の持ち歩きセットだ。そしてゆずティーも定番。
4時から面談を1件こなし、買い物を少しして宿に戻り、荷物送付用のダンボールなどを用意。
部屋に放り込んですぐにまた外へ。日高屋でラーメンをかきこんで大急ぎでルノアールに戻り、6時から10時まで面談5人。
今日もヘトヘトだけれど、添削がたまっている。宿に戻ると風呂に入ったりするし、冷蔵庫にはチューハイがあって、机の横にはベッドもある。誘惑の多い環境では進まないので、心を鬼にしてファミレス(ジョナサン)へ。

ドリンクバーでコーヒーを飲みつつがんばる。
…これを書いている今は午前0:36である。
2つ隣の席ではアノラックを着てビニール袋をいくつか持ったじいさんが寝ている。いびきもかいている。
斜め前の席では女の子の2人連れだが、一人はテーブルにつっぷして寝入り、もう一人は軟骨の唐揚を食べながらケータイを見ている。
なんというか、けっこうすさまじい光景で、本当にいろんな人がいて、いろんな人生を送っていて、その受け皿になっているところがある。小浜では絶対にお目にかかれない。
さあ、今からもうひとふんばりしよう。

2011年10月17日月曜日

小麦色の人生

夜しか働かないから思い切り寝ようと思っているときに限ってフツーに目覚めてしまう。ToT

メール処理やら添削やら、そして宿題にいくつか持ってきているNPOのいろんな原稿を少しやって、巣鴨駅前のデニーズでブランチ。
モーニングのメニューがあって、中にはご飯に味噌汁というのもあるのだが、横文字の店で、それも東京で、そんなのを頼む勇気が出ずに、トーストにスクランブルエッグにベーコン、ソーセージ、サラダ、コーヒーなどという、小浜では決して口にしないメニューを頼んでしまったお上りさんなワタシなのであった。泣。

腹がいっぱいになったのがどうかわからないままに山手線に乗って、とりあえず東京来たらここだべなあと秋葉原へ。

久々のあきばお~。もえもえきゅ~んである。
しかしこの店はなかなか掘り出し物が多いのだ。

月曜日の日中だがけっこうにぎわっている。
ほとんど何も買わずにぶらぶら。まあいろんなジャンク品なんか見ててもけっこう面白い。
あまり遊んでばかりもいられないのでルノアールに入って、電源のある席でVAIO-Pとギャラタブで添削とNPOの原稿(パワポ)作り。
飲み物はむろんアイスゆずティー。うまいのだ。
これだけの荷物だとボディバッグに楽勝で入る。
3時過ぎまでごそごそやって、山手線で巣鴨に戻り、今度は巣鴨のルノアールへ。
小腹がすいたので何か食べようと思ったら、なんてことだルノアールにドンブリなんてものはあるはずもなく、またしてもトースト。しかもこれがけっこうでかく、けっこう腹がふくれてしまった。
4時から面談1件を終え、鰻を食う計画だったのだが、腹がふくれているのでそんな気にならない。
結局紅茶だけ飲んでパワポデータ作りにいそしみ、6時から10時まで面談5人。
さすがに5人も面談するとかなり疲れて、口からエクトプラズムが出てますよ状態でルノアールを後にする。
鰻を食べる計画だったが、こんな状態でそんなことしたら、あっという間にのりピーじゃなかったゲリピーになってしまう。というか、夜の10時過ぎに50歳のおじさんがそんなもの食ってはいかんのである。
でも今日はトーストばかりでコメ食ってないしなあ、何か軽く腹に入れるものを買って帰るか…とコンビニに寄って、宿に帰ってふと我に返ると、なんてことだこれは「一平ちゃん」ではないか。夜の10時過ぎにおじさんが一番食ってはいかんものを買ってしまった。ああオレってオレって。泣。

2011年10月16日日曜日

そして巣鴨

名古屋から東京へ移動。今日はいい天気。本来の晴れ男になってきた。(誰か突っ込んで!)
この季節の富士山には雪がない。でもやはり見事な秀峰だ。(Xperiaのカメラはシャッタースピードが遅いので、新幹線くらい速く走っているとこんなふうにナナメ写真になるのだ)

品川から山手線で池袋へ。駅に着くや脇目もふらず昼食もとらずに早足でいつものノルアールへ。移動時間の設定をミスっていて、ギリギリになってしまったのだ。^^;
12:30からRCCMのセミナー2時間、少し休んで15時から体験論文セミナー2時間。立ちん坊でヘトヘトだったので、ちょっと贅沢してタクシーで巣鴨へ。2年ぶりのウィークリマンション巣鴨に投宿。
運んできたバッグとボディーバッグの他に、自宅から送った衣類の入ったダンボール、大阪から送ったバッグと本の入ったダンボールを開けて整理し、少し添削してから巣鴨駅方面へ。
ボディバッグにVAIO-Pとギャラタブ、コード類とメモ帳を入れただけの軽装だ。

これまた久々の日高屋で野菜たっぷりタンメンを食べつつ添削し、ルノアール巣鴨へ。
もはや「懐かしい」と思う光景。
久々のゆずティー。

22時まで面談をこなし、さすがに頭もヘトヘトになって帰路に着く。
けっこう寂しい道である。

宿の近く。

これが宿。
宿に戻り、ランドリーで洗濯。「青下着事件」のあったいわくつきのランドリーである。
また変なモノが混じったらイヤだなあと思いつつ降りていくと、髭面のおじさん(私とは別の髭面のおじさん)がちょうど終わったところだった。混じっていたら青下着よりももっとイヤだと思った。

2011年10月15日土曜日

VAIO-Pだよ~ん

ゆっくり起きて名古屋へ。新大阪から名古屋までは「のぞみ」で50分ほど。
栄駅まで地下鉄で移動して、噴水近くの「どえりゃあ」で昼食。
名前に似合わず、カジュアルイタリアンレストランである。
それって何?と言われてもおじさんもわからんのだが。^^;
ここはPC用席があって電源が取れるのだ。
店に入るとおじさんの人形がある。
サンダースおじさんと違って妙にリアル。
この間、朝大阪のホテルを出てからずっと添削をしていた。
地下鉄の中では立ちながらギャラタブ。朝食を食べた食堂や電車待ちのちょっとした時間もギャラタブ。新幹線の中や「どえりゃあ」などPCを開いていても違和感のない所ではレッツノート。そして新大阪駅の待合室のようにPCを開いていてもいいが時間があまりないときは…(へへへ)新マシンで。
おかげで今日はずいぶん進んだ。

12:30から19時までかけて6人添削。いやあ疲れました。
その後、恒例の「山ちゃん」。今回はともともさん、sunriseさん、クレヨンしんのすけさんの3人と。
そして今日は新マシンの顔見せ披露である。
これです。VAIO-P。LooxUではちょっと画面もキーボードも小さく(そして何よりマシンパワーが非力で)、しかしレッツノートよりさらに小さくボディバッグなどに入れてすすっと持ち歩けるモバイルマシンとしてちょっと前から欲しいと思っていたのだけれど、前回名古屋へ来たとき、ちょうどともともさんが購入したばかりで見せびらかされて悔しかったので、まもなくヤフオクで購入したのですよ。
それもともともさんのより上位機種を買っちゃったので、今日ともともさんを驚かせて見せびらかしたいばかりにブログにも一切書かず、バッグに忍ばせて持ってきたというわけだ。
レジューム時間に圧倒的な差があることがわかり、
得意満面大笑のワタシと泣くともともさんなのでした。
ということで、相変わらずわいわいと飲み食いし、ワタシもまたしてもホッピーをしこたま飲み、さらに手羽先はじめ腹いっぱい食べて、ふらりふらりとホテルに戻ったのでありました。^o^

2011年10月14日金曜日

ホテルの部屋でチューハイ

起床9時。昨日より少しマシだ。メール処理や添削をしつつランドリーで洗濯したり近くの食堂でブランチを食べたり。
江坂には東急ハンズがあるので、ここをウロウロ。ついついバッグを買ってしまった。これ以上買ってどないすんねんとも思うのだが、ちょうどレッツノートがいい具合に入って、数日の旅ならこれだけでいいんじゃない?的なちょうどいいサイズである。ついでにブックオフにも寄って10冊近く購入。どうも旅に出て移動せずにいるとこういうことをしてしまう癖がある。

昼過ぎにホテルのロビーで面談2名。これは実に楽なパターンであることに気づく。今度から勝手のわかっているホテルならこのパターンでやろうかな。まあ口頭試験の模擬面接はさすがに無理だが。
出かけようかなと思ったら本格的な雨だったので、ホテルの部屋でごそごそやって過ごす。NPO関係のいろんな連絡などがあるのだ。
夕方から新大阪へ。
地下鉄の改札を出てすぐのところにある「皇蘭」で腹ごしらえ。

ここのラーメンは「ラーメン藤」を彷彿とさせる味で、なかなかにうまい。薄いペラペラチャーシューも同じで、これも好きだ。
駅構内の「ブラジル」でブレンド1杯で30分粘り添削のあと、新大阪丸ビルに移動して面談4人。

終わるといつものけだるい感じが全身を包む。
ホテルの部屋でチューハイを飲むのではなく、居酒屋のカウンターで静かに日本酒を飲みたい気分になるけだるさだ。
だけど時間がないので、ちょっと本屋とコンビニに寄っただけでホテルへ直行。
ぼんやりする時間ゼロで洗濯と添削とメール処理をして、結局ホテルの部屋でチューハイを飲む。
それはまあ悲しくもあるのだけれど、妥協なく時間を使い切ったような妙なマゾ的充実感もあったりするのである。^^;

2011年10月13日木曜日

ノマド添削inミナミ

朝、どこかの部屋のドアを開ける音でぼんやり目が覚めた。ああ、チェックアウトするんだなあ、仕事に行くのか大変だなあ、だけど俺は昼間はフリーなんだぞいいだろう…ん?えらく立て続けにドアを開ける音が続くぞ?小さくノックもしてるみたいだ。でことは…
なんてことだ時計を見るともう10時ではないか。のんびりしすぎやっちゅうねん。何がSpread youe wingやねん。far awayすぎるわ!
結局午前中メール処理やらデスクワークをしてホテルで過ごし、昼過ぎに外へ出た。
めし屋のカツ丼&うどんセットのキャンペーンに感動して朝昼兼用の腹一杯飯を食って、やはり大阪に来たからには1回は行かなければならない日本橋電気街へ。
なんば駅で降り、なんばCITYの中にある休憩ゾーンで少し添削。ちょっと移動してちょっと添削。このペースが一番気持が楽だ。
歩いて電気街へ。とりたてて欲しいものはないのだが、面白いものがないかとウロウロした。
ありましたねえ。ioPad5。7インチタブレットだが、デザインは完全にiphone4。静電タッチパネルでちょっと驚くほどスルスル動く。価格は2万円弱。ぐらっときてしまったが、シャレのためにはちと高い。ギャラタブで十分な私は少し大人になったようだ。^o^;
まちあるきはそこそこにして、モバイラーズオアシスで電源のある喫茶店を調べ、そこに入ってじっくりとたっぷり1時間以上添削。
いやあ目が疲れたあと外へ。もう少しうろうろし、満足してなんば駅へ。

なんば駅へ向かう途中の風景。道の真中でビラを配るにいちゃんやメイドカフェのねーちゃんがいて、自転車は大きく貼り出して停めてあり、人も道路の真中を歩いているけれどホコ天ではない。やるなあ大阪。

なんばのまわりでもう少しうろうろし、軽く食事をして新大阪へ。夕闇濃い中、東口の近くの公園のベンチで少し添削。
19時からセミナー。初めての自己開催RCCMセミナーだが、慣れていないせいかちょっとキレがなかったように思う。申し訳ない。

終わって新大阪駅へ。歩道橋を渡るとき、駅のホームが見渡せた。あ、こんな写真のせると鉄と勘違いされるかな。
のんびりホテルに戻り、今日はランドリーもやめてゆっくり夜を過ごした。といっても添削は続けてるんだけどね。