2020年4月5日日曜日

Zoom会議試行

こういうご時世なので、やはりWebを最大限活用しようじゃないかということで、Zoom会議を試行してみました。
SUKIYAKI塾北海道に声をかけただけなのに、どうやらぼうずさんがあちこち声をかけたようで、東京からバイア、大阪からえやん&やえもんが参加し、さらに遠くボストンから自転車ツーリング中の遊馬までもが参加して賑やかに飲み交わした、あ、いや、審議した。

私はSkypeをかれこれ10年ほど使っているが、Zoomも便利なものだね。というか、Skype for businessは2021年で終了するらしいから、私もこちらに全面移行かな。あとTeamsと比較だけしておこうかなと思っている。
そんな中、スマホで参加のぼうずさんの様子がおかしい。通信環境があまりよくないようだ。

みんなからチャットメッセージが次々と。いや、あなたが声をかけたんでしょとも思うが、うーん、やっぱりぼうずさん持ってるなあ。^^;

Zoomは利用者が激増してセキュリティーシステムの問題も指摘され、バタバタしているようだが、この分野は間違いなくビジネスチャンスが到来している。
先月、秋葉原に行った時に電気量販店の一角にテレワークツールのコーナーを急ごしらえで作っているのをみて笑っていた自分を恥じねばなるまい。
そういえば数日前には小浜のアヤハディオにもそれに近いコーナーが出現していた。
在宅勤務を未来の話としてリアルさをもって受け止めていない組織は、確実に、そして一気に乗り遅れるんだろうな。
私は「やってみて、考えて、またやってみる」を座右の銘としているが、やっぱりやってみないと何もわからない、やってみてこそ長所も短所もわかると今日また実感した。

2020年4月4日土曜日

満開の桜の木の下で

さすがにやばい状況になってきた。非常事態宣言も現実味を帯びる中、それでも旅がゼロにはならない私なのであります。^^;

そんな中、小浜公園の桜は満開。暖かな日和の中、花見を楽しむグループちらほら。
外でやる以上、少なくとも「密閉」はないので、屋内で飲み会などやるのに比べたらよほどリスクは少ないと思うのだが、こうなるともうそういった論理的な世界ではないんだよね。
私はよく「理系の欠点は、論理的に正しいことを納得してもらえたら賛成もしてもらえると思ってしまうことだ」と言っている。
例えば昔BSE(狂牛病)が恐れられた頃、それに感染して死んでしまう確率と交通事故で死ぬ確率を比較すれば、自家用車を運転するくせにBSEを怖がるのは全く不合理な話であった。
だから私は全く気にしていなかったし、米国産牛肉を全数検査していたこともバカじゃないのと思ってみていたけれど、そして今も3密のうち1つも満たしていない中でマスクをするという行為は全く意味がないと思っているから外ではマスクをしないけれど(まあ厳密に言えば、マスクをしたり外したりすると、マスクを手で触るから感染リスクは高まる。しかしそれにしても、一番感染リスクを下げる方法は、家から外に出たら、目鼻口を手で触らないことを徹底する(強く意識する)のが一番だと思うので、あまり気にする必要もないと思うのだが)、だからといって他人にまでそれを押しつけようとは思わない。
「合理的でない行動」を否定するのが理系人間の一番の欠点なのだろうなと思う。

小浜公園からふらふらと歩いて行くと、三丁町が石畳になっていた。なんてことだ、こんなに風景が変わっていたんだ。ずいぶんここに来ていなかったのを思いだした。
考えてみれば、年中あちこちにセミナーツアーだと言っては喜んで出かけていく一方で、自分の地元の変化をぜんぜん見逃していたんだなあ、「小浜を語る」資格なんてなくなりつつあるんだなあと、反省することしきりである。

北川の土手は、隆盛を極めるダイコンの花と細々と法肩付近に残る菜の花が埋めていた。

目を転じれば江戸川沿いに桃色の列ができている。そして気温はというと20度はあろうかという暖かな昼下がりである。
本当にこういう日は一切の警戒感を解いて、だらしなく昼間から飲んで過ごしたいものだ。
そしてそういうことができることの贅沢を思い知った今年の春だった。

2020年4月3日金曜日

山々を眺める贅沢

今日は帰宅するのみである。
1月ごろには、青森から秋田に移動してジャイアンと飲むという予定が組んであったのだが、何一つ残さずきれいに消し飛んでしまった。

新潟は快晴である。今度来るときは、また駅前をうろうろして気ままに居酒屋に入って、最後はへぎそばで締めたいものだ。

新潟駅からは特急「しらゆき」で…なのだが、ホームに行ってみると無人君である。さすがにちょっと不安になったが、発車時には全部で20人ほどの人が乗車した。少なっ!

さすがは新潟、雪を頂いた山が見える。妙高山ではないかなと思うのだが…

上越妙高で北陸新幹線に乗り換え。できるだけ空いた車両をと思ってグリーン車を取っていたのだが、恐ろしいことに私以外に2人しか乗っていなかった。これ幸いと車中で口述添削。

黒部川を渡る。向こうに白馬岳とおぼしき山が見える。

富山駅付近。富山平野の向こうに壁のように飛騨立山連峰がそびえ立つ。学生時代、自宅から新潟へ向かって車で走っていて、この風景がぱっと目の前に開けたときの感動は忘れがたい。

金沢でしらさぎに乗り換えて走り出すと、今度は白山が見えた。高校時代に一度だけ登った山である。
日本海側の山々を見られたのはちょっとした贅沢だったなあと思いつつ、夕方小浜駅に到着。女房と合流して買物をして帰宅。こういう世情だと、帰宅すると一段とほっとするね。

帰宅して知ったのだが、出張していたわずか3日の間に我が福井県は人口10万人あたりの感染者数全国第一位に躍り出ていたのであった。>_<

2020年4月2日木曜日

一人居酒屋はお預け

朝から新潟で企業セミナー。
いくぶん慣れてきたとはいえ、マスクをして1時間以上しゃべるのはやはりきつい。
午前中総監部門3時間、午後一般部門3時間のフルタイム講義プラス個人指導1時間強。
いやあ疲れたなあと思いつつ、ホテルまで2kmほどの道のりを歩いて戻った。風は肌寒く、やはり北国だなあと実感。
今日はもう一泊するのだが、一人居酒屋はやめておくことにした。感染防止という理由も少しはあるが(そんなものは「目鼻口を触らない!」ことを徹底すれば恐るるに足らずなのだが)、何より添削仕事が山のようにあるので、飲んだりしたらパンクしてしまうのである。
コンビニで夕飯一式(と言っても、酒とつまみが大部分)を買って、部屋にこもってスマホで添削原稿を表示しつつ、OneMixにUSBピンマイクをつないでGoogleドキュメントで口述添削。6時過ぎから9時過ぎまでがんばって、なんとかノルマ達成。
やれやれとフロに入り、買ってきた酒とつまみで夕食。この風呂&飲みの時間が何よりのご褒美&息抜きである。もっとも、一人居酒屋のほうがいいに決まっているのだが。まあそれは当分お預けだな。
結局、日付が変わるまでごそごそやっていたのだけれどね。

2020年4月1日水曜日

閑散とした春

新年度である。
女房は退職後のセカンドライフ第1日目であり、娘のところの孫は保育園デビューである。退院して2日目の母もリハビリに行った。
そんな中で「例年の如し」の進歩なき私は、世情にもかかわらず旅に出るのである。

敦賀駅は来るたびに工事が進んでいる。新幹線開業に向かってまっしぐらである。

しかしそんな敦賀駅にも乗客はいない。本当に誰もが自宅や会社で身を縮めているように思う。そうなると生来の天邪鬼の私は、あえて出歩きたくなるのである。
念のため言っておくが、これは決して向こう見ずなのではない。確率の世界、極めて合理的な世界の判断である。面倒くさいからこれ以上は書かないが、今の状況もまたトランスサイエンスなのだろうなと思う。
…などと愚にも付かないことを考えつつ大阪に到着し、阪急で蛍池へ。時計を見れば13時を過ぎていたので、わかる人はほとんどいいないだろうが、蛍池駅の真ん前の宮本むなしで昼食。前回来たときにもらった「選べるチケット」で目玉焼き追加。だからなんやっちゅうねんな話ではあるのだが、嬉しいじゃないですか。

蛍池からモノレールでたどり着いた伊丹空港は例によってガラガラ。

そして伊丹空港→新潟空港便は、おそらく10人も乗っていなかったのではなかろうか。

定刻通りに離陸し、 例によって日本列島池を目印に旋回…と思いきや、視界は雲の中に消えて行った。

何も見るものがないので機内添削にいそしむこと1時間弱、ふと見ると、これは大河津分水ではないか。ということは、海岸沿いに見えるのは寺泊港である。学生時代、ここで山のように蟹を買って大学に戻り、蟹と日本酒しかない、贅沢な、あるいは果てしなく退廃的な夜を過ごしたものであった。

そして私の認識不足でなければ阿賀野川を眺めつつ、新潟空港に到着。

新潟空港もマジで?と思うくらい人がいない。こうして思いだしてみると、那覇空港の人手(地元の方にとっては激減なもしれないが)に比べると、少なくとも伊丹・関西空港はどうなるんだろう状況である。

新潟駅に着き、ホテルにチェックインしてデスクワークを続け、夕食を食べに出た。居酒屋の個室で4人だけの食事会。これくらいなら世間様も許してくれるだろう。しかし飲み会ひとつするのに後ろめたさを感じるなんて。

久々の新潟、日本酒をずいぶん飲んで酔っ払い、久々にその日のうちに寝た。^^;

2020年3月31日火曜日

かつてない年度末

今日で年度末である。
我が家では女房殿が38年間の教員生活にピリオドを打つ。COVIDの中で離任式も送別会もなく、なにやらバタバタの中でこの日を迎えてしまったけれど、まあとにかくご苦労様でした。女房の友達も含めて、夜中にささやかにワインを飲んだ。

市内の桜もほぼ満開のものもあって、暖かい春の日差しの中で華やかに桜色を広げている。しかしシートを広げて花見に興じる人はいない。まあ平日だしねというのもあるけれど、やはり世の中が「何もしない・何もしちゃいけない」みたいになっているからなあ。「正しく恐れる」のであれば、たとえば桜の木の下で草の上に座って、一人でビールを飲んでいたって全く問題はないはずなのだけれど、浮かれること自体が禁忌であるかのような空気になっている。
私は生来ちょっと天邪鬼なところもあるようで、合理的でないそういう「空気」はどうも好きになれず、あえてその逆のことをやってみたりよくしていたものだ。今はわざわざそういうことをすること自体が面倒なのでやらないが。

そんな中、明日からはちょっとだけ旅に出る。当初は4月後半まで出ずっぱりの予定だったのだが、今週から来週にかけて、数回程度日帰りや1~2泊程度の小さな旅に出るだけになった。
それでも今の空気からみたら、大変なこと、もしかしたら暴挙なのかもしれない。
もちろん私も何の用心もしないわけではないけれど、私のようなタイプはじっとしていると何だか別の容器になってしまいそうな気がするので、やはり少しでも旅に出られるのは嬉しい。

2020年3月30日月曜日

月は照る波の上

COVIDはいよいよ我が国の上にも覆い被さってきたようで、首都圏を中心に感染者数が指数関数的な伸びを示し始めている。
その一方で北海道などはピークアウトしたようで、名古屋もクラスターを封じ込めたと言われている。
世界をみてもピークアウトした中国を欧米各国が次々に抜いて行っており、やがてピークアウトしたアジアに欧米から逆輸入されたりするんだろうな。簡単に変異するだろうから免疫も役に立たなかったりするんだろう。やっぱり薬が必要だよね。

母がようやく退院した一方で、4月末の同窓会は中止(1年延期かな)になった。
とにかくいろんなことが不安定で流動的な春だ。

あれやこれやとやらねばならないことがあって1日を過ごし、夜になってようやくノルマを果たしたので気晴らしに浜まで歩いてみると、眉月がかかっていた。スマホのカメラでは満月みたいだが、三日月である。歩いて5分もかからないところに、波の音を聞きながら月を眺められる環境があることに改めて感謝である。

2020年3月29日日曜日

ダイコン国盗り物語

今日はまた一段と寒い。雨はもう降らないようだが、風が冷たく冬のようだ。

それでも桜はがんばっている。小浜小学校の校庭の桜も五分から七分咲きというところだ。来週末は満開の桜が散っていく中で花見をして、盃に桜の花びらが…などと柄にもなく風流を楽しむことができるだろう。例年ならね。
たとえば満開の桜の下でゴザを敷いて一人で飲んでいたとして、感染する危険も感染させる危険もないわけだが、やはりそれは軽く反社会的行動と映るのだろうな。いや、万が一悪友どもが集まってきて、2~3人でおだを上げるなんてことをすれば、それはもはや通報寸前の反社会的行為、軽くテロになってしまうかもしれない。^^;

土手は菜の花とダイコンの花の競演の風情となっていた。
15年か20年ほど前は、菜の花が圧倒的優勢で、ダイコンの花は法尻あたりに「すんまへんな」的にひっそりと咲いていたものだが、徐々に幅をきかせるようになってきて、今は逆に菜の花が法肩あたりに「すんまへんな」と咲いている。法尻から徐々に上がってきて法肩に迫るダイコンの花、まさに「下剋上」だなあと笑ってしまった。

2020年3月28日土曜日

桜はまだかいな

春休みの真ん中の週末、例年であれば気の早い花見なども行われ(小浜は一応北陸の端っこなので、3月はまだ桜が満開まで行かない)、春だなあと暢気な気持ちで過ごすのだが(私はセミナーツアーでバタバタしているので、暢気な気持ちになどなれないところなのだが)、今年はまったく違う。

小浜公園の桜は三分咲きにもなっていないだろうか。天気が悪いだけでなく、そもそも公園に提灯もぶら下がっていない。日がな一日、ここで酒を食らってぐだぐだやっていた記憶がウソのようだ。
まあこれで天気がよければ、そして暖かければ、気の置けない友人達と少人数で飲むのも一興だと思うが、さすがにこの天気じゃあな。

本当にLike a rolling stoneという感じで世の中が底なしの谷に落ちて行っているかのような日々だ。
その割に小浜はのんきで、モーニングを食べにコメダ珈琲に行っても、ちょっと飲みたくなって居酒屋に行っても(行く私も私だが)、いつもと何一つ変わらない人たちが賑やかにしている。
今日はこのご時世なのに区の総会があった。これもまたのんきなものだ。

2020年3月27日金曜日

Tomorrow never knows

何やら東京方面、あるいは大阪方面がやばい感じである。
ふと前回日本橋でラガーマン親方&バイア親方と飲んだ日を思いだしてみると12日前、潜伏期間満了まであと一歩である。
などと気楽なことを言っているが、実際わが小浜でも経済的ダメージはじわりと深く、みんな何とか今をしのごうとしている状態である。問題はスケジューリングしようがないことなんだよな。

曇りと雨が半々くらいの今日だが、上着を着ればやや暑く、脱げば少し寒いという中途半端なぬめっとした気温だ。心なしか海までがどろりと見える。
女房が本来ならば送別会だった今日、その代わりにひっそりとディナーの時間をもった。多くの人が人生の区切りの年度末をバタバタの中で終わらせてしまっていることだろう。
「明日はどうなるかわからない」って怖いものなんだなと、今さらながら思い知ることになった3月だ。

2020年3月26日木曜日

私は夜型

今日は驚愕の20度越え、もうさすがに上着はもちろん、ヒートテックを着ていることを後悔する暖かさ、いや暑さであった。
昼間がこんなだから、夜になっても暖かい。
こうなると嬉しくなってしまうのが私である。

本当に夜型なんだろうなあ、夜になるとどこかに出かけたくて仕方がなくなる。
もう時効だけれど、高校生のころ深夜徘徊をよくやっていた。自転車にラジカセを積んで、あてどもなく真夜中のまちをさまよっていた。

今でも(実は今日も)夜の10時過ぎにふらふらと歩くことがある。
今日は9時過ぎから10時前までうろうろしながら一応添削していたのだが、田舎町の真っ暗な道を歩くことと、立ち止まってスマホ画面でブツブツと口述添削するのを繰り返すと、スマホの明るい画面で目がくらんで道がよく見えずに危ない。
そこで数日前から新兵器の首から下げるライトを買って使っている。
そこまでして徘徊添削して効率が上がるのかというと、間違いなく自宅の仕事部屋で大きなモニタ2台を並べてGoogleドキュメントの音声入力を使って添削した方が断然効率はいい。
でもそこは気分なんだよな。
まして添削は、いかに的確なコメントをするかが命なんだけど、そのためには頭が冴えていなければならない。
頭の中のハードディスクがしゅんしゅんと快適に回るか、ぎしぎしと止まりそうになるかでぜんぜん違うのである。
そのノリノリの自分を作るために、ある時は歩き、ある時は上根来の空気の中に身を置き、ある時は大した用もないのに電車に乗ったりする。今日はサザンオールスターズを聞きながら歩いて、我ながらなかなかいいフレーズ(音楽じゃなくて添削の言い回しね)をいくつか吐き出して、ちょっとご満悦である。^o^

2020年3月25日水曜日

花は咲く

オリンピックですら延期になったのだから当然といえば当然なのだけれど、5月のお城祭りも中止になった。毎年祭り準備とセミナーツアーが重なり、体が2つほしいと思い続けていた4月、両方ともなくなって私は何をすればいいのでしょう状態になる日が増えそうだ。

そんなこと知ったことではないと言わんばかりにいい天気である。

なんとまだ3月なのにタラの芽が出ていた。他人の家の前だから採りはしないけれど、明後日くらいにはもう食べられなくなるだろうと思うと、気が気でなくなってしまった。^o^;

土手には菜の花が咲き誇っている。これも、例年4月下旬に行われる「菜の花マラソン」こと若狭マラソンの時期にはもう散っているだろう。てか、若狭マラソン自体が今年は散ってしまったけれど。

添削で疲れた目を休めに、漁港に行って夕日を眺めていた。人間界に何が起ころうとも、自然界の営みはびくともせず続いていく。ほんの9年前に私たちが経験した災厄、さらには75年前に経験した災厄に比べれば、本当に「ちょっとしたこと」レベルなのだなあと再認識。もしかすると我々の社会が脆くなっているだけなのかもしれない。
まあ、ひとつだけ確かに言えることは、おそらく今年は我が人生の中で、一番手がきれいだということである。^o^

2020年3月24日火曜日

Take it easy

まあ、これだけ外堀が埋まれば当然なのだけれど、オリンピックは延期となった。
さてと、今年はいろいろと大変な年になるな。というか、仮に来年オリンピックがあるとして、この3年ほどが、そしてその後が大変だろうな。まさかコロナ不況とオリンピック不況が立て続けに来るとは。
でもまあ、不況にせよ疫病にせよ、もっとひどいのがあったけれど、それで人類が死滅したわけではないのだから、全体としてはどうにかなるものなのですよ。
まずは明るくいこう。

今日はちょっと冬に逆戻り的に寒かったけれど、浜に出てみてよかったなと思ったのは、ハマダイコンの花をいっぱい見られたことだった。

2020年3月23日月曜日

春は別れの季節か

いい天気である。徘徊するのにダウンを着ていた既設はとうに過ぎ、パーカーを着るようになったし、ニット帽も手袋もいらなくなった。
気候がよくなってくると、土手などを歩く人が増えてきて、油断してスマホ片手に口述添削などしていると、いつ近くを人が歩いていて胡乱な目で見られないとも限らないので気が気でない。このあたり、街中でヘッドセットに大声でしゃべりながら歩いていても別に誰も気に留めない東京って気楽だなあと思うのである。

河原のヨシが枯れているから春だとわかるけれど、空だけ見ていたらどんだけあったかいのと思うような光景である。

小浜でずっと営業していたがじゅまろさんが店を閉めるというので夕食を食べに行ってきた。今となってはなつかしい木曜会を開催したり、ひこそう全国大会の前に昼食をみんなで食べたり、息子の結婚の時には我が家まで出張シェフをしてくれたり、本当にお世話になった。感謝感謝である。これからもお元気で。ありがとうございました。

2020年3月22日日曜日

雪室は元気です

世の中は今日まで連休なのだが、きっと人手は少ないのだろうな。
それでも今月初めの学校が一斉に休校になったころに比べると落ち着いてきたのか、それとも緊迫感が緩んできたのか、外に出ている人は多いように思う。

久々に雪室に行ってみると、やはり春の暖かさの中、雪が解けた水がしみ出している。

それでもブルーシートの下には堅そうな雪が顔をのぞかせている。6月くらいまで持てばいいなあ。

与左衛門と助太郎をざっと掃除して、助太郎で少し添削。NextMobileのルーターはソフトバンクの電波なので、上根来でしっかり受信できる。オンラインだとグーグルドキュメント+音声入力ができるので、添削がはかどることと言ったらない。
もっと暖かくなったら、ここで半日過ごすのもいいな。

2020年3月21日土曜日

いつかは島めぐり

寝不足だなあと思いながら目覚まし時計に起こされた。もぞもぞと起きて着替え、朝食抜きでとにかくホテルをチェックアウト。

眠気覚ましをかねて奥武山公園まで歩いた。三連休の2日目、公園にはフツーに休日を楽しむ人たちがいた。沖縄は2月以来感染者が出ていないためか、あまり切迫感は感じない。

奥武山公園から空港まではモノレール。Suicaが使えるようになっていてビックリ。
空港でブランチに沖縄そばを食べ、搭乗手続へ。
今回の帰路はピーチである。本来は那覇から松山に移動する予定だったのだが中止になったためキャンセルし、かわりに伊丹空港直行便を探したのだが早割期間はもう終わっていたため高く、松山便のキャンセル料のショックもあって(もっとギリギリまで待っていればタダだったのだToT)、LCCに変更した。

定刻通り離陸。また5月に来るからね。次回は世の中でもう少し平穏になっていて、マスクなしで講義ができるといいな。

与論島上空を通過。沖縄本島の隣の島だが、かつて琉球王国から薩摩藩がぶんどった島である。考えてみると薩摩藩は琉球の島だけでなく、結局日本そのものを征服したわけだから、力が強かったのだなあ。

沖永良部島。いつかはこういった島々を巡ってみたいものだ。

徳之島を過ぎた。これくらい北に来ると鹿児島県という感じがしてくる。

加計呂麻島と奄美大島。沈水海岸的な地形が興味深い。

屋久島が見えた。ここにもいつかは行ってみたいなあと思う。

九州の東海岸を経て四国上空を通過し、鳴門大橋上空を通過するころには高度を落とし始めた。

淡路島を横に見ながら高度を下げる。津名港が間近に見える。

神戸空港の真横を通過して関西空港に到着。LCCは第2ターミナルビルなので、ここからバスで延々と走って第1ターミナルへ。ハンバーガーでおやつタイム。

関空はなにせインバウンドが多いからと思って、大阪行きの関空特急「はるか」はグリーン車を取っておいたのだが、そのインバウンドがぜーんぜん来ないという状態になったため、グリーン車は無人君と化していた。誰もいないのをいいことに、OneMix+グーグルドキュメント+音声入力で添削。
新大阪でサンダーバードに乗り換え。これもガラガラ。最後に乗った小浜線が1両あたり乗客数は一番多かった。
19時前に小浜駅に到着し、そのまま浜照で食事。結局毎晩飲んでいる。^o^;

2020年3月20日金曜日

マスク講義は息苦しい

おそらくSUKIYAKI塾の中で唯一フツーに開催した沖縄出願セミナー。

講師も受講生も全員マスクの講義。
あのね、マスクして講義していると酸欠気味になってくるんだよ。^^;

午後は個人指導。SUKIYAKI塾沖縄のメンバーも全員マスク。

そして懇親会。国際通りは以前に比べれば人出は少ないが、居酒屋はそれなりに人がいる。刺身盛り放題で盛り上がる。このあたりから(酔っ払ってから)はもはや誰もマスクなどしない。
さらに二次会へ行ったあたりからいっちーがエンジン全開になってきて、そのままライブバーへ。

いっちーがドラムを叩いて、ビートルズをやりました。最後は夜中の2時でした。
最後に歌ったのは「Rock'n Roll All Nite」でした。よもやKISSをカラオケでやるとは。
飛沫飛ばしまくって歌いました。^o^;