2011年7月31日日曜日

写真展を楽しみました

午前中、祖母の33回忌法要、午後、夏祭り「マリンピア」で「昔の写真展」の開催、夜、警察協助員として「夜回り」。いやあ、へとへとです。

今回の「昔の写真展」は、直前の依頼だったこともあり、一人で構成企画、写真収集や印刷、説明書き作成、会場設営までやった。
前夜は2時間以上奮闘し、疲労感をはらいに飲みたいところだったけれど誰もつかまらなかったので、地物の刺身をどさっと買い込んで家で一人飲んだ。
今日は開場後にごそごそと説明書きを加えては印刷して貼出していた。

こんな会場です。

メインは「なつかしい小浜の風景」。

この「写真展」、一番のポイントは市民参加型だということ。
写真は市民持ち寄り。もう3年間やっているが結構増えた。
さらに場所とか年代、人物について市民から情報をもらう。

もう一つの「売り」は同じ場所の今と昔の写真を並べたコーナー。
ここはかなり来訪者の食いつきがよかった。

その他、市役所のななこから借りた写真も掲載。

昨夜、深夜に思い立って急遽作ったコーナー。
江戸時代の城下町の成立と構造を解説した。
これもなかなかに食いつきがよかった。

会場が含まれる「旧小浜地区」の絵図をA0サイズで掲示。
同じものをA3サイズに印刷して持ち帰り自由にした。好評。
店番をしながら添削をしたり、興味をもった市民とよもやま話をしたり。これはこれで充実したひとときだったのかもしれない。
そうそう、このイベントの面白さは、触発された市民がもし古い写真をもってきてくれたら、その場でスキャンしてデータ化するとともに、2枚プリントアウトして、1枚を提供者にプレゼント、もう1枚をその場で追加掲示して、「だんだん増えていく写真展」にしていることにある。
ただ残念なことに今回は写真提供がなかった。やはりこれは数日間続けると効果があるような気がした。10月の「食のまつり」&「まちなか夢通り」でやりたいなあ。私はべったりいられないから、誰かに任せないといけないけど。

夜回りは10:30ごろ終了。いろんな子どもたちが町を歩いていた。中には小浜弁で「どろくた」(いたずら者、暴れん坊)もいるけれど、みんな地域の宝だということだけは忘れずにいこう。
人の心は合わせ鏡。
「なんだこいつ」と思えば「なんどこいつ」と思われる。
「こんにちは」と言葉だけでなく心から思えば安心して「こんにちは」と言ってくれる。
こだまでしょうか?
いいえ、ひかりです。
…うあああああ、知床さんみたいなダジャレを言ってしまったぁ~っ!

2011年7月30日土曜日

施策には多様な面がある

試験直前なので、またひとつ問題例をあげてみよう。


========================================
【APEC-semi練習問題9-3-3】
我が国は厳しい地形・地質・気象条件の中、常に大規模災害から小さな災害まで、あらゆる災害が発生するリスクを有している。このような国土において、古来より先人達は災害と同居しつつ生活するための知恵を重ねてきた。
近年の社会状況の変化も踏まえ、国民の安全・安心や豊かな環境を守りつつ経済発展を続けていくうえでの課題を3つあげ、建設分野としてとるべき方策について、あなたの意見を述べよ。

(問題の解説)
「古来より先人達は」というくだりに潜んでいるキーワードというか、出題者が求めているのは、リスク管理です。防災設備が施してないから危険、施したからもう100%安全というような、ステレオタイプの災害対策はもう限界で、大規模自然災害から小さな斜面崩壊に至るまで、リスクの大小という視点で管理して、限られた防災予算の配分を決定していく(選択と集中)こと、そして防災の限界以上のことは減災で対応することが方向性になります。
さらに「安全・安心や豊かな環境を守りつつ経済発展を続けていく」というキーワードからは、防災と環境保全や経済発展の両立について考察することが求められています。防災、環境、経済活性化といった個々の課題ごとにはいろいろな方策があるでしょう。しかしこれらをバランスよく両立させるためには個々の方策をどう組み合わせたらいいかがポイントになります。
その典型的な例はコンパクトシティでしょう。コンパクトシティはスプロール化した地方都市に対する方策で、たとえば脱モータリゼーションや高齢化への対処(交通弱者配慮)などの効果を期待して提案するのですが、施設が集約されているので津波に対する避難タワー機能が確保しやすく、それらが近接しているので災害弱者も避難しやすいといった防災面での機能もあります。旧市街地(中心市街地)にありがちな木造密集家屋の防災面を土地区画整理事業で改善することもできるでしょうし、それに伴い生まれるオープンスペースは防災機能も有しますし、環境改善にも寄与するでしょう。
このように、様々な施策をその主要な側面だけで単眼的に見るのではなく、多様な視点で把握して提案するという、一段レベルの高い提案が求められており、それに応えられると評価が高くなると思われます。
========================================

とまあ、たとえば
 スプロール化→コンパクトシティ
 インフラ老朽化→アセットマネジメント
 温暖化緩和策→交通流円滑化
のように、定番的な課題と解決策の組み合わせというものがあるわけで、これは白書等を勉強すれば、まあ誰でも書けるようになる。
こういった組み合わせを書けばそれでOKというような単純な問題の出し方ではなく、ひとひねりした出題というのも、実はけっこうあったりする。
そしてそれは、たとえば昨年度の必須科目の「社会条件変化」のように、「これについて配慮しながら答えを書いてね」みたいな付帯条件として示される。
それが題意であり、これをきちんと答案に反映することで題意に応えた答案となり、定番的組み合わせを書いただけの答案に比べて一歩抜け出た答案になるわけですね。

2011年7月29日金曜日

南スーダンの話

先ごろ独立した南スーダンの話。(ワールドビジョンからの寄付募集のメールより)

新しい国ができたということで、夢を持って国を作ろうと避難民が続々帰還している。
ところが長年の紛争で、インフラはほぼ壊滅。現地医師によると衛生的な水を飲める環境がないので、列をなす患者の多くは下痢症状だとか。きれいな水もトイレもないのだ。

これからコレラやマラリア、肺炎が懸念され、特に子ども達が危険だという。
北部スーダンから帰還した女性は、学校も食べ物もなく、外で寝るから一晩中蚊に刺される暮らしで、子どもに「北に帰りたい」と責められるという。
この女性は北部では小さな商売ができ、保健サービスや教育も受けられたというが、南スーダンにはそういったものはまだないのだという。

ハードやソフトのインフラがないということは、人間が「社会の中で暮らす」ことができないということでもある。
南スーダンはこれから時間をかけてこれらを構築していくのだろうけれど、国際社会は漸移に溢れているわけではないから、きっといろんな苦労が待っているのだろう。そしてその影響を真っ先に一番ひどい形で被ってしまうのは「弱い人たち」だ。

ただ我が子が健やかに育ってほしいと願う母親。
ただ愛する家族と幸せにつつましく暮らしたいと願う市井の人たち。
そういう人たちが真っ先に不幸になる世の中はダメだ。

南スーダンの独立にけちをつけるつもりはなくて、現時点でインフラがぜんぜんないのは仕方のないことなのだろうけれど、一日も早く弱いものが安心できる社会になってもらいたいと願うばかりだ。

日本でも同じだろう。弱い立場の人はいっぱいいて、その人たちが弱い立場であるがゆえに辛い目にあっていることは数多くあると思う。
そういうことに心を痛め、それを減らそうとする心が日本人にあるうちはまだ大丈夫だ。そういうことに関心がなくなって我欲を追いかけることに夢中になってしまったら、もうダメだと思う。
ラフカディオ・ハーンに「天使の子孫だ」と言わしめた「心優しき日本人」がずっと受け継がれていきますように。

2011年7月28日木曜日

やっぱり暑い夏

「夏なのに暑くない」みたいなことを書いたら、夏の機嫌を損ねたらしく、
「ふーん、そういうこと言うんだ。じゃあま、そういうことなら」
と一気に猛暑となった。
霊峰・多田ヶ岳も熱気の向こうに揺らいで見える。なんだか風景全体がハアハア言ってる感じである。
昼休み、コンビニから会社に歩いて戻る途中で、道路側溝の中にガマが生えて、ガマの穂がフランクフルトよろしく実っていた。なかなかに笑ってしまう光景である。

夜、木曜会&ガンちゃんの送別会。新聞記者なので異動は宿命なんだけれど、彼の前途に幸多かれと望む。仲間がいなくなるのは寂しいものだ。
とかなんとかいいながら、今日もいろいろ面白い企画が沸き上がってきて、非常にハッピーな単純回路人間なのでありました。^o^v

2011年7月27日水曜日

意外に涼しい夏

確か長期予報では7月は暑くなるということだったけれど、連日体温以上の気温だった昨年に比べればそれほどでもない。夜には涼しくなって自転車で出かけても汗をかかないし。
義父を病院に迎えに行って家まで送り届けた帰り、「しょんべん橋」から見下ろす南川の遊泳ポイントには誰もいなかった。夏休みなのにね。

今日は何とかサイトの更新を終えた。
相変わらず空き時間はすべて添削につぎ込んでいるので、読書ができるのは入浴タイムだけ、テレビも食事中にチラ見するくらいで、新聞も4面くらいまでと社会面しか見ないから、スポーツおよび娯楽方面に非常に疎い人間になっている。なでしこジャパンが優勝したのは知っているが、プロ野球など何も知らないに近い。そういえば甲子園ってもう始まっているのか?あ、でも終戦記念日にも試合しているからまだだろうな、きっと。夏休みに入ってから予選が始まるんだろうし。
添削のほうは7月一杯が添削受付期間なので、8月4日に最後のコメントを返すことになる。(ピッタリ4日でコメントを返している)
それが終わったら一気に楽になるから、ひとつ自分一人の打ち上げに本でも持ってプチ旅行に・・・と思ったが、6日に化石、8日に宇宙食と天体観測の体験教室を開くんだった。ToT

2011年7月26日火曜日

川原で過ごした1日

今日は1日アウトドアである。北川の水生生物調査なのだ。
北川というのは小浜平野を流れる2本の大きな川のうち北側にある川で一級河川。ちなみに南側にある川は南川。安直なのだ。
実はNPO活動ではなく国土交通省発注のれっきとした仕事である。たまには仕事をするのだ。^^;

川原で水生昆虫などを採取中。日差しは強く扱ったが、気持ちのいい風が吹き、川の水は冷たくて気持ちがよかった。
北川は近畿地方整備局管内屈指の水のきれいな川なので、「きれいな水」の指標種がどんどん捕れる。子どもたちもけっこう楽しんだみたいだった。

2日続きで「引率指導」みたいなことをして、特に今日は1日外にいたので少々疲れた。そのせいか、ふいに焼肉が食べたくなった。
今日の作業で裏方をやってくれた社員を誘って久々の焼肉。1年ぶりくらいか?
腹一杯になって幸せに帰宅…したのだが、2日間出ずっぱりだったものだから、添削が進んでおらず、さらに「二次試験合格法 口頭試験編」のゲラ校正が来ていて、さらにさらにサイトの筆記試験対策のページが今年未更新だったことに気づいてしまった。
やば~~~いのである!

2011年7月25日月曜日

伸びしろいっぱい

中国・西安からショートステイに来ている高校生の引率で1日過ごした。
午前中、「そともめぐり」と食文化館での「箸研ぎ体験」。
「そとも」は花崗閃緑岩の波食崖が作る奇岩が天然記念物に指定されていて、これをめぐる遊覧船である。こういうものは地元の人はほとんど乗らないのだが、私は年に1回、西安の子どもたちを引率するときだけ行っている。たぶん市民の中では多く行っているほうだろう。^^;
「箸研ぎ体験」は、塗り箸の全国シェア8割である小浜市ならではの体験で、アワビの殻や卵の殻をちりばめて漆を何層にも塗った箸の側面をサンドペーパーで研ぐことで、複雑な漆と殻の模様が出てくるという「研ぎ出し」の体験である。
真剣に箸研ぎ中。
午後は若狭高校で交流会。若狭高校サイドは全部英語で進行する予定だったのが、西安の外国語大学付属中学校(日本でいう中高一貫校)の日本語クラスのため、日本語は話せるが英語はダメという状況なので、急遽日本語での交流に変更。

けっこうフランクに歓談中。
なかなか充実の1日を終え、夕方から食文化館で料理体験を通した交流会。留学生とホストファミリー、サポーター(過去にホストを務めた人たち)、国際教育協会理事が参加して、太巻き寿司やサラダなどを作った。
食文化館のキッチンスタジオで調理中。
食事の後は恒例の「歌の会」で、私はいつもギター伴奏。急遽特訓したアンジェラ・アキの「手紙」は、西安の子どもたちの歌唱力や日本語の歌詞を上手に歌うことに、ギターを弾きながら驚いた。
伴奏をしていると、歌と息が合うとノッてきて楽しいものだが、今回がまさにそうだった。何度か練習したあとのように息ピッタリでした。
さらに何曲か歌い、和気あいあいと終了。私は早々にお暇して市役所へ。10月の「食の祭り」実行委員会に出席。
さすがにちょっと疲れていて、終わってから「飲みに行く?」と誘われて一度は「いやぁ、今日はへとへとなんで」と断ったのだが、「ええやん少しぐらい」と言われて「じゃあ1時間だけ」といいつつ、結局2時間以上べったり飲んでしまった。ToT

今年の留学生をみて例年以上に感心したのは、物怖じしない積極性と素直な明るさだ。日本の若い子たちに見られなくなってきているものを彼らは自然に持っている。「伸びしろ」がいっぱいあるのが眼に見えるようだった。
日本の子どもたちが躊躇してしまうことが多い「未知なるものへ足を踏み出す」ハードルを、彼らはひょいと超えてしまうように感じた。この伸びていく若々しさのようなものは、きっと「今日より明日のほうがよくなる」と信じられる空気が西安にあるからなのだろう。
それでも引率の張先生は、古い文化や人の息遣いがなくなっていくことに懸念を感じていた。我が家にステイしたルイもそうだったが、バランスのとれた考えをしているのだ。かなり偏った教育をうけているだろうに、偏狭なナショナリズムに至ってしまわないのは、やはり教養なのではないかと思う。どこの国でも、もちろん日本でも、偏狭なナショナリズムに陥っている人は、知識とか何とかはあっても人間としての教養や度量のようなものが感じられない。素直な精神に豊かな教養があれば、どんな国の人でも相互理解ができる人間的下地ができるのではないかなあと考えた1日だった。

2011年7月24日日曜日

指が柔らなくなってしまいました

早朝6時から社会奉仕、それからシャワーを浴びて女房と朝マックに行って、帰宅したら娘はまだ寝ていた。
私も眠いので少し寝て、午前中は少し添削などしてから食文化館へ。今度のイベントでソーラークッカーを使いたいというので使い方を教えたりしてから、濱亭で昼食。暑くなってくると濱の湯にもなかなか行かなくなるので、濱亭も久しぶりだ。
今日のメニュー。穴子ご飯、とろろ、オクラそば、トンカツ、サバ、鶏肉、ナスとさつまあげの煮物、くずまんじゅう。お腹いっぱいになった。
ちょっとまだ帰宅せずにうろうろしたくなったので、三丁町へ。「いまあらし」でアイスティーを飲みながら添削。
この店はこれで2度目だが、奥さんが覚えてくれていた。まあ今は覚えやすい人相なんだけどね。
チョコレートクリームの入った美味しいクッキーをお茶請けに添えたアイスティーを飲みつつ、2人ほど添削。
外へ出るとちょっと日が翳り、海風が気持ちよく吹いて、熱気を飛ばしてくれていた。
気持ちのいい海風に誘われて海岸へ。ここは「翼のテラス」という埋立広場だが、この右手には「人魚の浜海水浴場」が続く。護岸はずっと階段護岸になっていて、浜に降りられる。この浜も九州のほうから砂を運び込んだ人工海水浴場だ。
思えばバブル前後にはこういう金のかかる開発をいっぱいやっていた。ただ幸いなことに、このエリアはかつては波返し護岸とテトラポットが並ぶだけで海と人間が隔絶されていたのが、今は、市民の散策や海水浴の場として普通に活用されるようになったので、「ムダなハコモノ」の仲間入りはせずにすんでいる。あとはこれに隣接する「小浜公園」だなあと思う。ここは花見シーズン以外はほぼデッドスペースになっていてもったいないのだ。

帰宅して、ギターを引っ張り出す。明日は西安ショートステイ学生の滞在最終日なので、食文化館でステイ学生やホスト家族等と一緒に料理を作って交流会をするのだが、いつも最後に歌を歌うのである。私はいつもギター伴奏係。まあ流しみたいなもんですな。
で、昨夜、西安の先生が「アンジェラ・アキの『手紙』を歌いたい。学生もみんな知っている」というので、ちょっと練習しておこうというわけである。
きちんと聞いたのは初めてだが、実にいい歌で、PVを見ると女子中学生らしき子供たちが泣いているのを見て思わずポロリともらい泣きしてしまった。
イントロのところをなんとかギターで弾こうともそもそ練習していたら夜になってしまった。
今月はじめに敦賀でギターを弾きまくって以来だから3週間ぶりなのだが、指が痛くなってしまった。ギターだこも太鼓だこもなくなってしまったんだなあと、ちょっと悲しかった。

2011年7月23日土曜日

汗をかいては・・・

午前中、「旭座」の片付けと補修に参加してきた。
福井県で一番古い芝居小屋で、今は空き家になっており、このまま朽ち果てるにまかせていた建物を移築しようという活動の一環だ。
私の分担は壁の補修で、壁が落ちて柱だけになっているところにコンパネを貼っていくのだが、午前中いっぱいかかって、もう汗だくになった。
帰宅してシャワーをあび、プリン体オフビールを飲んだら他愛なく昼寝してしまった。なんだかこのパターンが最近多いような…

夕方から、ショートステイで小浜に来ている中国・西安の学生たちの引率の先生と会食。
どこの国の人だろうと、じっくり話をすることの大切さを改めて実感した。いい時間だった。
自転車で帰宅しようとしていたら、「雲城水」のところでテントをはってにぎやかに何かやっている。
豊かな地下水に感謝する「水まつり」だった。私が子供の頃は通りを通行止めにして大きな縁日をやっていたものだが、いろんな負担などがあってとりやめ、今はひっそりとやっている。
かき氷の振る舞いという、ちょっと意味がよくわからないものをもらった。

自転車で戻る道すがらが気持ちいい。
またしてもふと海に行きたくなったが、明日は早朝から溝掃除なのでおとなしく家に帰った。

そういえば最近写真を撮っていない。まああまりそういうことをしている余裕がないからだな。

2011年7月22日金曜日

非合理であることの魅力

2日前に新しいイベントが飛び込んできて、これはアート関係のものなのだけれど、非常に情熱的なプレゼンを見せていただいた。
そのなかで「ARTって何?」というフレーズが何度も出てきて、それを私はぼんやり見ていたのだけれど、大変失礼かもしれないが「アートって非合理のカタマリなんじゃないかな」と思ったりしていた。

技術の世界は合理的であることが生命線なのだけれど、アートになると合理性を伝えるツールはあまり役に立たなくなって、言葉では言い表せない空気みたいなものとか熱みたいなものとか、まあつまりは理性ではなく感性で受け止めるものがメインになってくる。
これはセオリー化も一般化もなかなかできず、まあつまりは不安定でアテにならない、技術者としてはあまりお近づきになりたくない世界なわけですね。

その一方で我々の世界も、たとえば合意形成の場なんかで百の論理的妥当性・合理性を説明するよりも、たったひとつの笑顔が信用をゲットすることだってあるわけで、ある種のカタストロフ的なものではなかろうかと私は思っている。
まあこれは会社組織の奥のほうに閉じこもって数式を振り回してればいいみたいな、ある意味うらやましい立場の人には縁のない世界ではあるけれど、私はどっちかというと「たったひとつの笑顔」が非合理だと入って排除されるのではなく、それをよしとして流れている「非合理な」社会のほうが魅力的に感じる。もちろんすべてが非合理では困るのだけれど、すべてが合理的な社会も面白みがないじゃないか。

面白いといえば、言葉の力の面白さも再認識している今日このごろだ。
同じものをどう言い表すか、単語の選び方、その前後の言語とのつながり、さらには漢字とかなの使い合わせ、話すときのイントネーション…それらをうまく使いこなすと、時には合理性が吹っ飛んでしまうような説得力を持ったりするし、理性の下にある情動に直接働きかけた時には、「理屈抜き」で「どうにも抑えがたい」想いや行動を引き出すこともできたりする。
作家や詩人(作詞家も含む)はその力を使いこなす術を身につけているし、たとえばそれにさらに曲や音を加えて人の心を揺り動かす力を持たせるシンガーソングライターなんかもいる。こういう人たちの世界に接すると、「言霊」という言葉を実感することもしばしばだ。

私も一応セミナーなんぞをやって、言葉を使いこなすべき立場にいるので、その「言葉力」は磨きたいといつも思っているのだが、これも「非合理」の世界であるだけに方程式化できず、感性といういつ消えてなくなるかもわからないような不安定なものに頼って日々を過ごしている。

うーむ、最近プリン体85%カットなどというアヤシゲなビールを飲むようになったせいか、なんだか時分でもわけのわからないことを書くようになってきたぞ。^^;


2011年7月21日木曜日

いつも何処でも

09:00 隣町の中学校で非行防止啓発活動。(警察協助員)
10:30 市内で9月の新イベント企画会議。
11:00 市内の小学校で8月の自然体験教室に火起こし&天体観測講師として行く件の打合せ。
12:00 「道の駅弁当」を買って帰って昼食。
12:30 「モーニング」を読みながら入浴。昨夜は遅かったので入らなかった。至福のとき。
13:30 ひたすら添削。
16:30 市役所で中国・西安からのショートステイ学生を出迎え。
17:30 ひたすら添削…しようと思ったが、あまりに眠いので18時ごろからベッドで爆睡。^^;
19:30 女房に起こされて夕食。
20:30 ひたすら添削…しようと思ったが、どうも調子が出ない。
21:00 気分を帰るために外出。ガソリンを入れ、マクドナルドへ。
22:30 マクッドナルドで1時間、ギャラタブ(GalaxyTab)とメモ帳で添削し、満足して帰宅。

という1日でした。

しかし場所を変えると気分が一新されて頭脳労働が進むということを最近実感している。
これは、自宅ではレッツノートとデスクトップ、PCを持って行ってまとまって時間が取れるところ(ファミレスなど)ではレッツノート、スキマ時間やあまりPCパシパシしたくない処ではギャラタブ&メモ帳という形で、どこでもあまりクオリティを落とさず添削ができることが大前提になっている。
また、それらのどのスタイルでも、クラウドを使うことで同じデータにアクセスできることも欠かせない大前提だ。USBメモリにすべてを入れていたころと比べると大きく変わったところでもある。
モノカキの人みたいにペンと原稿用紙があればどこでもという人はともかく、私の場合は「Evernoteが使え、Word文書が閲覧できる」ことが添削環境条件なので、これをいつでもどこでも、小さなバッグひとつで自転車に乗って移動する環境でも、というのはなかなかに贅沢な要求だ。
しかしこれをなんとか満たすと、気分にあわせて場所を変えてフレッシュな気分で作業効率をアップするということができるようになる。ギャラタブ&メモ帳という手段を手に入れてからすごく効率アップしたと思うし。

そうそう、ギャラタブ&メモ帳は、目が疲れないのもいい。寄る年波か、最近あまり長時間PC使ってると目がショボショボして目薬が手放せなくなってきてるんですよ。

2011年7月20日水曜日

新企画は体に毒である

ともかく楽しい夜であった。
また新しい企画が持ち上がって(というか、企画は前からあったようだが、今日から私も関わった)、労力と時間という尺度からは、またまた自分の首を絞めているとしか思えないのだけれど、楽しい企画と楽しい出会いを目の前に並べられてしまうと、もうワクワクしてウズウズしてダメなのですね。^o^;
こちらのほうは8月の下旬あたりから動き出しそうで、これがまた夏休み子供行事も終わる、ちょうどいいタイミングなのである。
まあとにかく楽しみたいと思います。

…今日は意味不明のブログですまんすまん。

2011年7月19日火曜日

添削生活

まだ暗いうちからごそごそ音がして目が覚めた。硬い体育館の板張りの上に寝ていたので腰がゴリゴリする。
漁師&旅館業で朝早く帰らなければならないS君はじめ、みんなもそもそ起きだして4時ごろから帰る準備を始めた。誰もが熟睡はできなかったようだ。
雨はほとんどやんでいるが、風が強くなってきて、台風が近付いていることを教えてくれる。
少し明るくなってきたと思ったらすぐにヒグラシが鳴き始めた。
とにかく荷物一式を車に詰め込んで解散。自宅に戻り、テント2張りとバーベキューコンロ2台、マキの入った肥料袋4つ、火起こし道具1式、いろんな道具の入ったダンボール2箱などを汗だくになりつつ車庫階の倉庫にあげ、6時前に家に入ってシャワーを浴びてようやくほっとした。

筆記試験まで3週間をきり、添削依頼もペースアップしてきた。今のところ添削累計回数は934回にのぼっている。(うち859回までコメント返却済み)
あとまだ10日あまり受け付けるから、トータルで1,000回は越えるだろう。
この段階になって初回添削依頼なんてのもまだ来る。課題解決プロセスがまったく理解できていない人もいて、「今の段階でこんなことを言ってもなあ…」と思いつつ、こんなコメント(テンプレートで用意してある)を添える。

============================

  • 課題、つまり「このような困った状況だからこんなことをしなければならない」みたいな困難性を伴うけれどクリアすべきテーマについて整理して、そのあと「この課題を解決する方策にはどんなものがあるかなあ」と考えを進めてはいけません。「どんなものがあるかなあ」の時点で思い浮かぶのを待っています。そして「こんな方法がいいんじゃないかな」と思いついた方策は、まさに「思いつき」ですから、思いつかなかったらおしまいですし、他の人はもっといい方保を思いつくかもしれません。それでは「最短距離で最適解に到達する」ことが求められる技術士にふさわしくありません。
  • そうではなくて、課題を整理したら、そのあと「この課題を解決しようとすると、どんなボトルネックがあるかなあ」と考えるようにしてください。それは思いつきではなく、情報(現状)から導かれるはずです。そしてボトルネックが絞りこまれたら、解決の方向性は自ずと見えてきます。ならなら解決の方向性はそのボトルネックを解消・最小化することだからです。
  • たとえば「弱小野球チームを勝てるチームにする」というように課題が整理された場合、「この課題を解決する方策にはどんなものがあるかなあ」と考えると、「打撃強化」「守備力強化」「走塁強化」などいろいろ出てくるでしょう。つまり最適解ではない解もいろいろ出てきます。しかし「この課題を解決しようとすると、どんなボトルネックがあるかなあ」と考え、情報(スコアブックなど)から「ボトルネックは打てないことだ」とわかると、解決の方向性は「打てないこと」の解消、つまり打撃強化に限定されます。そしてこれが唯一解としての最適解になります。
  • 技術士の課題解決はこのように、ボトルネック(問題点)抽出→その解消による解決であることが求められます。だから採点基準に「問題点等の抽出分析」があるのです。
  • また、答案構成は次のようにすることがいいと思います。
    • (1) 最初に3つの課題に共通する現状等だけを書く。背景のような感じになる。
    • (2) 課題①→それに関する現状(課題①の説明)→「しかし」→問題点① という構成で課題と問題点をまとめて述べる。結論のあとで根拠が、それも隣り合ってくるので、読み手が理解しやすいし、「しかし」によって問題点が明確に表現できる。さらに課題と問題点がセットなので流れで理解しやすい。
    • (3) 課題②、課題③も同じように述べたあと、章をかえて解決策①、解決策②…と述べる。ここで解決策は、方向性→具体策の順で述べる。(そうすることで読み手が理解しやすくなる。
============================

こういった「入り口部分」が大丈夫になってくると、次に大事なのは題意に応えているかどうかだ。
たとえばこんな練習問題がある。

============================
地球環境や生態系の保全、循環型社会形成などへの配慮が求められるいっぽうで、国民の安全・安心で利便性の高い生活を確保する必要がある。我が国のおかれている様々な社会情勢を踏まえ、安全・安心や利便性の確保と環境保全の両立にあたっての課題を3つあげ、それぞれにおいて社会資本整備のあるべき方向性と建設分野の役割について、あなたの考えを述べよ。
============================

ここで単に環境保全上の課題をあげたのではダメで、「安全・安心や利便性の確保と環境保全の両立」の課題をあげないといけない。
出題者は何を思ってこういう言い回しをしているのか、どんな答えを期待しているのか。そのことを考えないといけない。

いっぽう総監は総じて呑気だ。とりあえず技術士にはなっているからということか、あまり悲壮感はない。
記述式問題の出題傾向を説明するテンプレートもある。

============================
まずは先にダウンロード案内したセミナーテキストの後半に掲載のH20~22記述式問題をご覧ください。全て以下のような構成になっています。
  1. プロジェクトを進める上ではいろんな「よくないこと」があるんだよという話
  2. これを踏まえて問題に答えるように指示し、どんなプロジェクトを取り上げるかを指定。また5つの管理とは何かを説明
  3. 設問(1):プロジェクトの概要や各種設定条件等を記述するように指示
  4. 設問(2):「よくないこと」の内容を記述するように指示
  5. 設問(3):上記(2)への対応を記述するように指示
ということで、ずっとワンパターンの出題です。ちなみにH19も同じです。
「よくないこと」は、H19が事業停止によるサプライチェーン下流側への悪影響、H20が目標非達成リスク、H21が想定外事態、H22が情勢変化です。またプロジェクトはH19~21が体験したプロジェクトあるいは体験していなくても知見のあるプロジェクト、H22が仮想事例です。(将来の情勢変化がテーマなので当然かなと思います)

以上を踏まえると、今年度も同じ構成の問題が出る可能性が高いと思われます。
そしてこの手の問題は、特に設問(2)の「よくないこと」を思いつけるかどうかというところにポイントがあります。マネジメントをする者は、いかにたくさんの「あり得ること」を想像し、あらかじめ手を打っておけるかが勝負ですから。
============================

来る日も来る日も添削漬けなので、疲れ目が気になるようになってきた。目薬を手放さないようにしている。
本をじっくり読む時間がないのがちょっと辛い。雑誌類をパラパラ読むのと、バスタブで文庫本を読むくらいだ。読み応えのあるハードカバーなんかを1日読みふけりたいなあ。
8月になったら一段落するから、角瓶持って本を読み耽る旅に出ようか。

2011年7月18日月曜日

上根来ワイルドライフ

おばま観光局の市民幹事会・体験部会のメンバーで上根来(かみねごり)に体験宿泊に行った。
上根来は世帯数3軒、冬になると人口1人になってしまう超限界集落だ。携帯電話の電波も届かない。
この上根来で何かうロジェクトをやりたいなあというので、視察というほどのものではないが見て回り、夜は廃校になった上根来小学校跡(現・上根来山の家)に泊まってみようというわけである。

朝9時に現地集合。遠敷川の谷に入り、遡ること14km、標高250mのところに山の家はある。
なつかしの木造校舎。

雪のために鉄棒が曲がっている。

体育館。児童数人の学校なので本当に狭い。

お店の中を書いた児童の絵。30年位前のものだ。

校長室。最後は昭和58年、児童2人、先生1人だった。
とりあえず校舎の内外を清掃しているところへ「仙人さん」が来てくれた。何でも2年前に上根来集落の奥にある畜産団地跡に引っ越してきて、牛舎跡に住んでいるのだという。
仙人さんの案内で集落の中を見てまわる。
集落の横にあった沢水の洗い場。

水はきれいで、イモリがいた。

祇園神社がある。いろいろ貴重なものがあると聞く。

山道をえっちらおっちら行くと・・・

炭焼き窯の跡が点々とある。

集落内で一番大きな田んぼ跡。「一反田」という。

畜産団地の牛舎跡。仙人さんが住んでいる。
ここはかつて、地すべり地特有の緩やかな地形と豊富な水で、何百人かの生活を支えていた山の中の緩傾斜地だ。
私は25年前に就職して最初の仕事がこの上根来の地すべり調査だったのだが、当時はまだ数十人の生活が営まれていた民家、田んぼ、牛舎など多くのものがその営みを終えて、少しずつ自然に帰ろうとしていた。

山の家に戻り、夕食。10月のイベントで予定している縄文式火起こしをみんなに体験してもらったが、さすがに大人で、比較的短時間についた。
この火で焚き火を起こす。マキは昼間の清掃で切ったタブの木の枯れ枝。やはりこういう広葉樹は火持ちがいいので熾が長く使え、焚き火料理には最高である。
飯盒4つでメシを炊き、奥の網はバーベキュー用。
専業農家のY君がトマトを持ってきてくれた。
特殊農法とかで、ものすごく甘くてうまい。

肉を焼き、ビールを飲む。大きなブロックはローストビーフ用。

S体験部会長の持ってきてくれたヒラメの刺身。

さらにタイ。山奥で豪華な夕餉だ。

炊きたてメシにヒラメの刺身を乗せて醤油ぶっかけ。
食後は体育館に移動うして、ランタンの灯りで二次会。

こういう夜もいいもんだ。
電気も水道もない、携帯電波も飛ばない廃校にオヤジ7人が集まって、火起こし・飯盒炊爨・焚き火バーベキュー・ランタン生活を満喫した。
台風の影響で夜は雨の中の野外食だったけれど、自然だらけの中で過ごした楽しい楽しい1日だったなあと思いつつ、体育館の床に寝袋で寝た。

2011年7月17日日曜日

オフ!

久々に西舞鶴へ行った。明日の市民幹事会「お試しキャンプ」、8月3日の国富小学校自然教室、9月の小浜小学校、10月の市民幹事会体験部会イベント、11月の体験イベントと、5回火起こしをしないといけないので、そのためのマキを調達しに行ったのだ。
西舞鶴には、かつて会社にいたD君が木工所をやっているのだが、これがカタギ専門なのだ。あ、いや「堅木」つまり堅い木を専門にしている木工所なのですね。
その辺の木工所にいってもらう端材や家から出る廃材というのはたいていスギやヒノキで、これは火付きは非常にいいのだが、火持ちが悪い。つまりこれで焚き火をすると、よく燃えるのだが熾(おき)にならずに燃え尽きてしまうのだ。そのためこれで焚き火料理をすると、途中で火がなくなってしまうのである。マキを足すと炎が上がるため、うまく調理できずに焦げたり煙臭くなったりするのだ。
ところがクリとかナラといった広葉樹は、火付きは悪いのだが火持ちがよく熾ができるので、焚き火料理には欠かせないのである。

ちょうど昼にかかるため女房と一緒に昼飯をかねて出発。
昨日オープンしたばかりの小浜ICから高速に乗る。アスファルトもきれいなピカピカの新しい道だで気持ちがいい。
舞鶴半島の先端にある「ふるるファーム」というところで自然食とやらの昼食を食べるために延々やってきたが満員。こちとら並んでまで食事する習慣を持ち合わせていないため、即座にあきらめて帰った。で、昼食は結局「はなまるうどん」になってしまった。^o^;

D木工でマキをいっぱいもらって車に満載して帰宅。
とりあえず明日使う分だけ残して倉庫に運び、さらに明日の準備物を積んでいたら、もう汗ボタボタの汗だくになってしまった。
喉がカラカラだぁ~と思いつつ、とりあえずシャワーを浴びて・・・
へへへ、真昼間からビールに枝豆なのですよ。私が唯一飲んでも大丈夫な「Off」。プリン体85%カットビールなのでありました。居酒屋なんかでこれを置いておくと需要あるとおもうんだけどなあ。
これを2本飲んで他愛なく昼寝。2時間ほど寝てしまった。

明日は朝一番から上根来(かみねごり)というところへ行く。携帯電波圏外の地で1日過ごして寝袋で1泊、19日の朝に帰還の予定である。
ということで、明日のブログは19日に投稿予定であります。

2011年7月16日土曜日

桧皮葺(ひわだぶき)

明通寺で桧皮葺の見学会があるというので行ってきた。実はもう何度か行っているのだけれど、本堂のほうはまだ行っていない(と思う)ので。
このお寺は本堂と三重の塔が国宝に指定されており、本堂は福井県で最も古い建築物だ。
かつて知床世界遺産さんを連れてきたのだが、お寺より杉と竹の植生に感動し、そのあとすごろくさん御一行も連れてきたのだが、杉の苔に一所懸命見入っていた。^o^;

車で明通寺に向かう。市街地からちょっと離れた谷あいにあり、お寺の周りの集落は「門前」という。藁葺き屋根の家が残る、落ち着いた集落である。

駐車場に車を置き、参道を登っていく。駐車場の横は松永川が流れており、色濃い緑が包み込んでいる。

ふと見ると表皮を剥がれて赤くなったヒノキが並ぶ。こうやって桧皮葺の皮を集めているのである。

本堂の葺き替え工事の様子は圧巻。見学会を聞きつけて立ち寄った観光バスの団体さんも大変満足した様子だった。
見学会の様子。大きな屋根が緻密に葺かれていく様子は壮観。

檜皮を1枚ずつ竹釘を使って固定していく。

1.2cmずつずらして檜皮を重ねていく。美しい曲線。

上の場所のアップ。すごい技巧だ。

屋根の凹んだところ。庇部分はさらに細かく重ねて耐久性を増す。

表面の檜皮の下に銅板を挟んでさらに大量の檜皮が。

1枚ずつ重ねあわせて幅広にする。まさに熟練。

檜皮と竹釘。
大変満足して、お寺のすぐ上流側にあるカフェ&レスト「風音」へ。
昔の小学校分校を改装したお店だが、木工芸室とおみやげコーナーとカフェ&レストをやっている。
木がいっぱいのお洒落な店内。

天井では扇風機がゆっくり回っている。
牛すじカレーを食べて満足。ただ悲しいことにここは3G電波が非常に弱く、ギャラタブで添削タイムができないのだ。しかたがないのでReaderを出してのんびり文庫本を読んでいた。
こういう時間もいいことはいいのだが、その分だけ睡眠時間が減るので、今の時期はあまりのんびりできないのだ。まして18日に1日圏外で生活するので、ちょっと追い込んでおかないと。

そうなのです。18日(月)は、携帯圏外の山奥集落(もう典型的な限界集落)にある、もう20年以上前に廃校になった小学校跡で、山歩きをしたり火起こしをして焚き火でメシを作ったり酒を飲んだりしたあげく、電気も水道もないところで泊まってしまおうという計画なのである。いやあ、久々のアウトドアの1日に今からワクワクです。