2017年4月24日月曜日

帰宅すれば祭り

広島をゆっくり出発。チェックアウトぎりぎりにホテルを出た。

今日も広島は快晴。ジャケットをぬいでのんびり歩いて広島駅へ。
新幹線、サンダーバード、そして小浜線を乗り継いで3時半ごろ小浜駅に到着した。

小浜駅もまた快晴である。ついでに5月ツアーの切符もまとめて購入してから帰宅。

夜は祭りの稽古へ。3月末からいなかったから、知らない子どももいたりして若干浦島気分。稽古の後のビールを飲みながらの雑談もまた楽しい。
久々に家のフロに入り、XperiaZ4Tabの大きな画面で、これも久々にAbemaTVのマージャンを観た。^^

2017年4月23日日曜日

最後のセミナーです

今回のセミナツアー最後の講義は広島セミナー。ただし筆記セミナーである。
建設部門・総監部門と立て続けに講義。あー、疲れた。

最後に講師からのアドバイス。ニューフェイスも加わり、ますます充実のSUKIYAKI塾広島である。受講生も過去最高とのこと。

終了後、まだ5時前だが懇親会へ。広島は快晴である。今回のツアーもホントに天気に恵まれた。雨だったのは大分と徳島くらいで、ほとんど傘いらずだった。名古屋に至っては私がいた間だけ晴れだったそうな。さすがは晴れ男である。わはは。

店の端っこのほうで、むさくるしい24名のおじさんがわいわいと飲み騒いでいる。怪しいぞ、SUKIYAKI塾広島。

新キャラも登場。HNなせばなること原口まさあきである。全国大会にむけて芸を仕込んでおくそうだ。

そして広島魂ことジャイ子は、全国大会にジャイアンが来たら、どっちがジャイアンかを決めるネーミング争奪戦をしたいそうである。^o^;
まあともかく楽しく過ごし、広電でとことことホテルに戻った。
いやあ、ご苦労さんやったなあ、わし。

2017年4月22日土曜日

焼き魚男がゆく

ゆっくり起きて9時半ごろホテルをチェックアウトタイムして金沢駅へ。

土曜日の金沢駅は相変わらずのにぎわい。吉野屋で朝定食を食って、隣のカフェでコーヒーを飲んで、ゆっくりと改札へ。

なんてことだおとっつぁん、金沢駅が自動改札機になっている。えれーことだえれーことだ。これでは福井から来た人間がオロオロしてしまうざ。ひっでもんに困ってしまうざ。
ああついに北陸にも文化の波がやってきていたのである。やることがなくなった駅員さんはぼーっと立っていた。
11時前のサンダーバードで京都へ、京都で新幹線に乗り換えて広島へ。車中、ゆったりした気分で添削したりオンライン練習問題を更新したり。
それはいいのだが、ジャケットが臭い。昨夜の炭火焼きのせいだ。焼き魚のニオイがしっかりとついてしまっている。周りの乗客に申し訳ない。
広島に着いて市電で銀山町へ。市電は満員。焼き魚臭くて申し訳ない。外人さんも多いな。アイムソーリー安部ソーリー。旅が長くて脳みそが沸いてきたか?

4時過ぎにホテルにチェックイン。何よりもまず焼き魚ジャケットを脱ぎ、部屋に備え付けのランドリー袋に入れてしっかりと二度とほどけないくらいの渾身の力でしばった。
それからは買い物にも観光にも行かずホテルの部屋にこもり、持参のHDMIケーブルでホテルのテレビをセカンドディスプレイにするという荒技を繰り出し、ひたすらに筆記セミナーテキストのバージョンアップ。
夜7時すぎにさすがに腹が減ったので近くの「なか卯」でカツ丼+小うどんセットを食ってすぐにホテルに戻り続き。
夜10時半にようやく終了したので風呂に入り、勝ってきてあったビールでほっと一息。
このホテルアクティブは、各階にドリップマシンがあってコーヒーやらラテやらココアが24時間無料で飲めて、これまた24時間オープンのフリーコーナーが1階にあって、部屋もおしゃれで機能的で気に入っているので、ホテルにこもって仕事をするには最適なのだ。
明日はこのツアー最後の講義。もうすぐ終わると思うと気持ちがゆったりしてくる。

昨日だったか一昨日だったか、百里会のKさんから雪室の写真が届いた。壁側がびっくりするほど減っている。そりゃあもうすぐ5月なんだもの。でも雪室の中は2℃だという。がんばって作ったんだもの。あのブルーシートの中は全部雪なんだぜい。

2017年4月21日金曜日

ホテルは沢馬前

10時前に名古屋を後にした。

名古屋は重々しい曇天。私が旅立つ以上、天候悪化は仕方あるまい。
名古屋の民よ、許せ。
しらさぎで一路金沢へ。1時前に金沢到着。あわただしく金沢ブラックカレーを食って、2時に間に合うように会場の「きんぷら」へ。

ららら無人君、ららら無人君、らららら。…ナゼダレモイナイ?
14時から講義だと思っていたのだが、受け付け開始14:30、講義は15時から。う0ん、旅の終わりが近づき、壊れ始めたかAPEC。

終了後は日本海の幸を味わいつつビールをぐびぐびと。SUKIYAKI塾北陸も新メンバーが加わり、ますます活況を呈している。そしてやっぱり地元である。何か安心するんだよね。

安心しすぎて〆にラーメンを食ってしまった。それもサッポロ一番塩ラーメンにいくばくかの海鮮が入っているというアヤシゲなものである。

気持ちよく酔ってホテルにチェックイン。ホテルは「エコノ沢馬前」であった。^o^;

2017年4月20日木曜日

やっぱり山ちゃんに行かないと

名古屋最終日、SUKIYAKI塾名古屋の面々と山ちゃん。いや、私は断ったんですがね、手羽先のみんながぜひにと言うもんで。^o^

やっぱ名古屋はホッピーと手羽先だぎゃあ。…おそらく私にとっての「名古屋は手羽先」はかなり偏った「手羽先」なのだろうなとは思うのだが、まあ別にいいのだ。

しかしさすがはSUKIYAKI塾、単に飲んでるだけではなく、タブレットを使って技術士講習もちゃんとやった。まじめに勉強中の我々である。

ちなみにともとも大将は、今日の飲み会が楽しみで楽しみで会社まで休んで来る気満々だったようだが、どうもはしゃぎ熱を出してしまったようだ。体温計の写真が送られてきた。遠足が楽しみで楽しみではしゃぎすぎて当日熱が出て休む、というパターンですね。

終了後ホテルに戻って、いつのもように熱いコーヒーを今日は2杯飲み、大浴場で汗を流してしゃきんとして、深夜のSkype。
さらに添削結果をメールしていたらもう真夜中になったので、もう一度風呂に入って、さらにメール受付処理や添削を少しやってばたりと寝た。

2017年4月19日水曜日

やはり大須へは行かないと

名古屋3連泊2日目である。

今日もいい天気で暖かい。我が神通力は今日も健在である。

夕方、一仕事終えてホテルで自転車を借りて大須へ。名古屋に来たらここに挨拶に行かなければ。悲しいことにコメ兵は休み。結局少しぶらぶらしただけでホテルに戻った。まあ運動ですね。(徘徊ではない)

ホテルに戻って一風呂あびて、あれこれデスクワーク。さすがに目がしょぼしょぼしてきた。^^;

2017年4月18日火曜日

晴れ男が来た!

寝不足気味で徳島駅前から高速バスで神戸へ。

四国三郎・吉野川を渡る。雨も上がり、青空も見えるが、風が強い。
吉野川を渡ってまもなく眠りに落ちた。高速鳴門停留所で、空いていた隣の席に客が来て、私がバッグを置いているもので遠慮がちに声を掛けられて目が覚めた。申し訳ありませんとバッグを足下に置いて、隣に客が座った(男性なのか女性なのかすら覚えていない)と思うまもなくまた眠りに落ちた。

ふと目覚めると鳴門海峡大橋を渡っていた。実にいい天気である。天気晴朗なれど風強しである。渡りきったところに展望台があるのだが、ここに息子の運転で一家4人で来たなあ、あのとき大学に入ったばかりだった娘がもう結婚したんだなあ、もう一家4人で、ということはないなあと思いながら、再びずぶずぶと眠りに落ちた。

ふと目が覚めると今度は明石海峡大橋を渡りきろうとしていた。どうも今日は橋の上で目が覚めるようだ。
新神戸に予定通りに到着し、新幹線待合室で一仕事して新神戸駅から新幹線に乗って名古屋へ。途中のアナウンスでJR福知山線が昨日の雨で乱れたダイヤが復帰していないようなことを言っていた。そうか、昨日はけっこう荒天だったんだ。

名古屋はうららかな日よりである。駅で昼食をかきこんで、「ウィンクあいち」で土木学会中部支部のセミナー講師。終わってからホテルまで歩いてチェックインし、ちょっとデスクワークに余裕ができたし天気もいいので気晴らしがてら駅まで歩いて買い物などして夕食を食べて戻った。
なにやら昨日は嵐のような天気であったらしい。
しかし民よ。安心するがよい。
私が来た今日はこのうららかな日よりではないか。私が名古屋を発つ21日まではきっといい天気である。わははは。

2017年4月17日月曜日

阿波踊りはエナジードリンクで

いやあ、よく寝た。ゆっくり起きて鳥取駅へ。「スーパーはくと」で明石駅へ。神戸線快速1駅の舞子で降りて、高速バスに乗り換える。
鳥取では薄曇りだったが途中から雨になり、舞子ではもはや嵐になっていた。
高速バス乗り場に上るエスカレーターに雨が吹き込んでくる。大丈夫か?

明石海峡大橋を風に揺られながら渡る。それでも車内ではひたすら添削。椅子に深く沈み込んでタブレット添削をすれば酔わないのだ。^^
15時過ぎに徳島駅到着。直ちに1件面談してホテルにチェックイン。1時間ほど添削して、雨で気が進まないが外へ。

途中、自販機でご当地ドリンク発見。さすが徳島、阿波踊りなのだが、「エナジードリンク」って。^^;

18時過ぎから20:30すぎまで講義。今日はパワポなのだが、パワポを使い慣れてくると手書きが面倒くさくなってくる。
終了後、希望者数人に添削。

いつもの焼き鳥屋さんで懇親会。昨夜飲まずにいたせいか、今日は少し調子に乗っちゃったかな。閉店間際まで楽しく歓談。皆さんありがとうございました。
ホテルに戻って風呂に入って最低限のメール仕事をしたら、もうとてもダメである。洗濯などとてもとても。死に寝した。

2017年4月16日日曜日

久々の酒抜き

鳥取県技術士会&技術士会鳥取県支部での講義。鳥取県の真ん中でということなのだと思うが、倉吉市での講義で、そのため鳥取市から倉吉まで往復した。それなら倉吉市に止まればよさそうなものだが、なにせ不便なのである。コインランドリーのあるホテルがほとんどないのだ。
倉吉市といえば、昨年震度6の地震があったところで、会場の倉吉未来中心もつり天井が落ちたとのことで、一部修理中で目隠しの壁があったため会場内が迷路化しており、迷ってしまった。

市内のあちこちにブルーシートが屋根に掛けられた住宅が見える。死者が出なかったのが幸いだが、被害は思ったより大きそうだ。

中には屋根瓦が落ちたままの家もある。無住なのだろうか。危ないなあ。
実は昨夜あまり寝ていなかったので、帰りの列車でソファに座ったとたんにもう眠くて眠くて。なんとかタブレットを出して添削でも、と思ったのだが落ちてしまって、あやうく鳥取を寝過ごすところだった。危ないなあ。
ホテルに戻ってさすがに眠いので少し仮眠して、大浴場に入ったら少ししゃんとしたので添削。

今日は久々の酒抜きである。
なにせ今月6日の青森での講義後の懇親会以来、ずーーーーっと毎日飲んでたんだもの。^o^;

2017年4月15日土曜日

鳥取は島根の右です

島根で講義。会場は去年までの玉造ではなく、なんと島根大学背後の丘陵地を造成したテクノバレー的なところで、あの山しかなく道もなく人も住んでいなかったところがこんなになったのかと隔世の感があった。

夕方、講義終了後松江駅まで送っていただく。今日も暖かないい天気だ。松江には同窓会のため月末にまた来る。楽しみである。

松江から特急「おき」で鳥取へ。ちょうど駅には岡山から来た特急「やくも」(左)がおり、そこに「おき」(右)が入ってきた。
さあ車中で添削を、と思ってパソコンを膝の上に置いたのだが、山陰線を走るディーゼル車は思いのほか揺れるので、これはキモチワルクなると思って中止し、タブレット添削に切り替え。ところが今度は細かい揺れがキモチヨクて寝てしまった。^o^;

6時半ごろに鳥取に到着。こののどかな駅前が2月には1mもの雪に埋もれていたのだ。

ホテルにチェックインしてから懇親会場へ。鳥取駅南のあたりは好きな風景だ。いずれここをのんびり散策したいものだなあ。

鳥取ならではというか山陰ならではのトビウオの刺身。

鯛の塩竃が出てきた。腹にうずらの卵が入っていてまた美味である。
鳥取県技術士会の皆さんと本当に楽しく歓談。毎晩飲んでいるのだけれど、毎晩楽しい。困ったものだ。

2017年4月14日金曜日

我がまち・松江へ

ゆっくり寝ていようと思ったのだけれど、トシのせいか早く目覚めたので、早めの朝食。

ホテルは朝食付きなのだが、ここ数年はそんなもの見向きもせず、ひたすらにハイウェイ食堂である。

お定まりの朝食はゆし豆腐。五臓六腑にしみじみと行き渡る。
ラッシュアワーに遭遇してしまって山手線並みのゆいレールに乗って空港へ。カードラウンジで1時間ほど添削をして、搭乗手続きに向かう。

奇跡的に定刻通りの出発。もう那覇空港の離発着が定刻通りに行くなどとは思っていないので、トランジットの福岡空港で2時間の余裕をみていたのだが、これは肩すかしである。
那覇空港は晴天である。晴れ男の私が旅だったあとはきっと雨であろう。

離陸。何度来ても、那覇空港に降り立ったときの感動が消え失せても、空港から自分一人で会場までたどり着くことが当然だろうという扱いになろうとも(^^;)、なぜか沖縄を離れるときの空と海は果てしなく愛おしい。
福岡空港に定刻到着。2時間トランジットのうち1時間をカードラウンジで過ごし、出雲空港に向かう、

福岡→出雲なんて誰か乗るのかと思うくらいのマイナー路線なので、飛行機は1列+3列。私の堰は10番なのだが後ろにはもう1列しかない。つまりこの飛行機の定員は30名ちょっとなのである。さらにはプロペラである。

これまで経験がないほど揺れた。晴天なのに離陸後、巡航高度に至るまでの間の気流が悪いらしく、自由落下かと思うような揺れがあった。
それでも1時間のフライトの後、宍道湖が見えた。

出雲縁結び空港(ヲイ!)に到着。降りてから振り返ると、俺たちゃセスナに乗ってきたのかと思うようなヒコーキであった。
バスで30分かけて松江駅へ。そのまま駅近くのホテルにチェックイン。暗くなりかけたころ、島根県技術士会のSさんがホテルに迎えに来てくれた。

ホテルから懇親会場まで歩いたのだが、これがまた学生時代を思い出すルートで、本当になつかしかった。松江大橋は変わらず大橋川にかかっており、東洋のベニスと言われる松江市の落ち着いた風情がそこにあった。
島根県技術士会のみなさんとももう何年のお付き合いになるだろう。さんちゃんも変わらず来てくれた。ふるさとのほっと感がここにはあるなあ。

〆は日本一うまいそばだと私的に確信している出雲そば。特にこの三品そばは私の中で出雲そばそのものである。
懇親会は確か9時過ぎに終わったように思うのだが、さんちゃんとさまよっているうちに11時を過ぎていた。ホテルに戻り、洗濯機に洗濯物を突っ込んでスタートを押したら、残り時間2時間という身も蓋もない表示が現れた。^^;

ホテルに戻り、洗濯を開始して、風呂にでも入るべいとお湯を張り始めてふと見るとリモコンがある。なぜ風呂に?と思って横をみるとテレビがある。シングルルームのユニットバスにテレビ付きである。これは初体験だ。すごいぞドーミーイン松江。

2017年4月13日木曜日

ニライカナイの島へ

今日はオフ日である。正確には個人面談依頼があったとき用に確保しておいた日程なのだが、やはり少しはオフにしたい。
ということで、久高島(斎場御嶽から見える島。琉球民族が最初に降り立ったと言われ、またニライカナイ(浄土)につながっているとされた島)に行ってみようと思った。
だけど一人で行っても何もわからないから、ガイドさんを予約していた。
という話を昨夜の懇親会でしたら、一緒に行くとてってぃ&ゆんたのW比嘉が申し出てくれたので、今日はてってぃ号で一緒に行った。

安座真港(沖縄本島の南東の港)から久高島まで15分。この船で行くのだが、平日のこととて、あんな小さな島に誰が行くんだろうと思っていたら、以外にもほぼ満員。

こんなに近いのに、やはりリーフから一歩外に出れば太平洋のうねりがやってきて、揺れる揺れる。去年波照間にいった時よりよほど揺れた。

久高島でガイドの内間さんと合流。なんというか、ヒゲ親父同士というか…^^;

舗装のない道がアダン生い茂る間をまっすぐ海まで続いている。いやーなんだこれは。

道の横でガジュマルが思うさま育っている。いやー、なんとも。

あそこまでがリーフ、あそこから外海という境界がくっきり見える海。ここで何時間も過ごす人がいるらしいが、さもあらん。

ビーチを少し散策。いろんな生き物でにぎやかな浜でした。

なんだか高い木に実が成っているなと思ったらアダンである。こんな背の高いアダンは初めて見た。

モンパ。椎名誠さんが「モンパの木下は気持ちがいい」と本に書いておられたので、一度実体験したいと思っている。

集落の中の拝所。新しく、戸はアルミサッシなのだが、その中には脈々と受け継がれてきた、様々なものがあふれており、そして何より集落の中の一等地に贅沢に土地を使ってこういったものが建てられ、そして綺麗に保たれ、そして古ぼけずに新しく更新されていることに感動した。
何よりこんなに大事なところなのに鍵ひとつかかっていないことに感動した。
内間さん、ありがとうございました。また来たいと思います。

港の近くで遅い昼食のすば。ダシの効いたうまい沖縄そばだった。

安座真に戻り、那覇市内を目指す。ニライカナイ橋から見る青い海と青い空。たぶん初めてである。^o^;
青い海の向こうに久高島が見えた。ニライカナイ橋からニライカナイの方向を見ているのだなあと思ったら、突然智越さんのことを思い出した。
ああそうか、智越さんはあっちに居るんだ。
ああそうか、彼だけじゃないな。私を可愛がってくれた祖母も、枯れるように逝った祖父も、突然いなくなった同級生も、死なせてしまった我が家の犬も、飛ぶことができないまま死んでしまった我が家のインコも、みんなあっちに居るんだ。
いや、海と空の間なんだから、きっとあそこに居るんだ。
なあんだ、どこに行ったのかと思っていたけどあそこに居るんじゃないか。
あそこの名前がニライカナイだか極楽浄土だか天国だか知らないが、とにかくみんなあそこに居るんだ。
そうか、信仰ってこういうものなのかもしれないな。
ニライカナイの方角に実際に島があるということはすごいことなんだな。

那覇市に帰って「とまりん」へ。試験モードに切り替えて、添削指導開始。沖縄の青い海と青い空をバックに、ひたすら小論文に励むW比嘉でありました。^^
5時半からホテルの隣の大黒屋に移動して、添削なんだか飲み会なんだかわからない状態に突入し、やがて本格的に飲み会になり、5時間後にお開きとなりましたとさ。