2019年9月21日土曜日

おぞましい写真

昨日、小学校同窓会の会場下見に行ったので、今日は案内ハガキの準備でともしの店に集まった。(といっても、いつの間にかハガキ担当みたいになった2人とともしの3人だけど)
昭和30年代から40年代初頭の時期なので、1クラスの人数は40人を超えることもあった。1学年2クラスで、結局同窓生は80人いるのだが、そのうち所在がわかったのは56人であった。物故者も2人。残る22人は行方知れずだ。(といっても、我々が知らないだけで、どこかでちゃんと暮らしているのであろうが)
あの人はどこに行った、あの人はどうしているなどとワイワイやりながら名簿を整理していると、面白いものですっかり忘れていた同窓生のことが思い出されてくる。それもアルバムに貼り付いた写真のようにではなく、ちょっとした時の表情であるとか、何かのときの動作であるとか、動画の1シーンのように切り取られて、生きた動作として思い出されてくるのだから面白い。

帰宅して、往復ハガキに宛名印刷をしつつ、ふとHPを作ったら面白いかなと思い立ち、ならば小学校時代のアルバムから写真をスキャンして載せてみようと思った。
さっそく物置のこことおぼしきところを探すが、さすがに出てこない。
その代わりに何が驚いたって、自分の結婚式のアルバムが出てきた。1987年だから30年以上前である。20代の、それもフリル付きの白いスーツなんぞ着ている自分は正視に耐えない。二度と開けるまいと固く誓って本棚の奥に放り込んだ。
幼少期や小学生のころの自分はまだ見るに堪えるのだが、どうして20代の自分は見るに堪えないのか、謎である。^o^;

2019年9月20日金曜日

ふるさとの風景

来年の4月に小学校の同窓会(還暦記念^o^;)を開くのだが、その会場下見に行ってきた。同級生ののぼるちゃん(みんなからは小学校時代のあだ名である「ぼんさん」と呼ばれている)も一緒に来てくれた。

会場の説明を受けた後、テラスに出てみると、いい天気のせいもあって、絶景だった。
池か湖に見えるだろう水面は「青戸の入り江」という海である。リアス式海岸である若狭湾の内海の小浜湾の、そのまた内海で、とにかく波静か。
その向こうに見える三角の山は、若狭富士「青葉山」。手前には岡津製塩遺跡、その右にはマリーナ。見惚れると言ったら私の地元びいきを笑うだろうか。
私は学生時代の6年間小浜を離れていただけで、また戻ってきたからこの景色は散々見ているけれど、ふるさとを離れて生活している同級生は、きっと感動してくれるんじゃないかな。

こんなにいい天気だったのに、小浜に戻ると今にも降り出しそうな天気になっていて、夕方からは本当に降り出した。

夜、会議で市役所に行ったついでに、幸いにも雨があがったので、夜回りをかねて海岸通りを口述添削しながら歩いたが(お前のほうがよほど不審者やろ^^;)、健康ウォーキングやランニングをしている人ばかりであった。何やら心浮き立ち、夜の中を歩いてみたくなる夏は終わったのだなあ。

2019年9月19日木曜日

久々のオバマージャン

今日、とても嬉しいインタビューを受けた。
しがら組などでお世話になっている若狭東高校の放送部がオバマージャンを取り上げてくれて、発案者インタビューみたいなものに応じてきた。
女子部員3人と先生2人、部員のうち1人はいつもお世話になっている先生の娘さんで、小さい頃からときどき会っているのだが、素敵な女の子に成長していた。

なお、Wikipediaによると、オバマージャンを作ったのは2013年らしい(こちら)。作った本人がWikipediaを見て知るというのもおかしな話だが、私自身すっかり忘れていた(というか覚えていない)。
最初の2年くらいは私がサロンに行っていたのだが、市内で流行りだしてからは社協やサポーターさんにおまかせして、私はここ2年以上行っていない。
ちなみに、高齢者サロンで楽しんでいる様子がこちらなのだが、このYouTube動画も実は今日初めて見た。これは一昨年のもののようだ。

自分が始めたものだけれど、今はもう自分の手を離れて、いろんな人が関わって、いろんな人の役に立てている、そういうのって、私の理想です。久々にオバマージャンにも触れて、高校生と一緒にゲームもできて(自分自身はアガれなかったけど^o^;)、本当に嬉しかった。


2019年9月18日水曜日

天高く

沖縄ツアー中に与左衛門の利用者があったので片付けに行ってきたが、すごくきちんとしてあって、ありがたい限りだった。
薄手のポロシャツ1枚で行ったのだが、さすがは上根来、もう秋の風情で、肌寒いくらいだった。

ダンドボロギクが綿毛を盛んに飛ばし始めていた。秋の風物詩になっているのだが、なにせ帰化植物だからどんどん増えていくのはあまり嬉しくない。葉っぱが食べられるという話も聞くけれど、あまりがんばって食べてみようとは思わない。

沖縄土産を配り終え、ちょっと海に出てみた。いい天気だが、丹後半島は見えないから、ちょっと蒸気が多めなのかな。

そのまま散歩がてら、まちの駅に行ってみると、秋らしい高い空と夏雲のようなむくむく雲、そしてコントラストのくっきりした強い日差しの中にあった。

アイスコーヒーを買って、外のテーブルで添削でも…と思ったが、日向は暑くてかなわないので、旭座側の日陰に逃げて、口述添削をしていた。

夕食後に浜に出てみたが、ポロシャツ1枚ではもう寒いくらいだった。
沖縄に行っていたほんの4日ほどの間に、季節がまだ一歩進んだようだ。

2019年9月17日火曜日

終電で帰宅

今日はもう帰るだけである。石垣島→中部国際空港のANA便は午後3時なので、それまで石垣島周遊をすることにした。

今日はレンタカーを借りることにした。今日の愛車はFITである。

バンナ岳からぼんやりした石西礁湖を見下ろし、みね屋工房でみんさー織りを買って、川平湾へ。ベタベター観光コースである。
川平湾は、滅多に見られない葵海が見えた。空は曇天だったけど。

昼食は伊原間の新垣食堂の牛そば。ここの牛そばはおでんタネが入っていて、また美味い。20分ほど行列待ちしてやっと食べられた。

平久保岬。駐車場には「わ」ナンバーばかりが並んでいた。天気はさらに回復して、沖縄らしい青い海と青い空が広がる。まあだいたい帰る直前にこうなるんだよな。

空港でレンタカーを返して、定刻より5分遅れでANA便で出発。よくみると、座席にUSB電源が付いていた。WiFiも使えるし、だんだん便利になっていくね。

セントレアから名鉄で名古屋駅へ。多摩ちゃんと分かれて、特急しらさぎの出発まで少し時間があるからビックカメラにでも行くかと地下街を歩いていたら、忘れ物市をやっていたので、いそいそとのぞくも、これといった掘り出し物なし。
しらさぎから小浜線に乗り継いで、小浜駅到着は午後11時過ぎ。小浜線終電で帰ってきた。電車から降りたのは2人だけだった。

2019年9月16日月曜日

石垣は好天だった

今日は11:30の飛行機なので時間がある。みゃーくさんがいろいろと案内してくれた。

多摩ちゃんがまだファームポンドを見たことがないというので、実物を見に行った。

ここで宮古で一番きれいだという与那覇前浜ビーチ。向こうに来間大橋が見える。
私も来間島の展望台からこのビーチを望んだ写真をスマホの壁紙に使っているが、本当にきれいだ。

伊良部大橋へ。相変わらずここは風が強い。最高点で車を降りて写真を撮ろうと思うのだけれど、スマホを飛ばされそうでこわいくらいだ。

橋を渡ると、まもる君が立っている。伊良部島のホテル建設ラッシュに驚き。沖縄は全般に観光やインフラ整備でバブル気味だが、宮古島が一番バブルらしい。

下地島空港のターミナルに行ってみると、関空路線も開業して、賑わっていた。

5月にも思ったが、ここはRC版や鉄骨を木材(B材)でうまく覆って、コストを抑えつつ素敵な空間を作っている。これは実にいい設計だと思う。

外の柱に残った型枠の切れっ端もまた愛嬌である。

柱の側面が波打っているように見えるのも、これはきっとそういう意匠なのである。^^;

佐和田の浜の津波石群。このあたりは何度来てももっと時間がほしいと思うね。

宮古島の水事情の歴史を多摩ちゃんに知ってもらおうと、佐良浜のサバウツガーに行ってみたら斜面崩壊で通行止めになっていた。

そこで近くのイツバンガーへ。まあつまり井戸なんだけど、断崖や縦穴の底に降りていたなければならない他のカーに比べれば、ここはつるべで楽に水が汲めるから重宝したろうなと思う。
次回は多摩ちゃんを地下ダム資料館にお連れしたい。

RACのカーゴコンビで石垣島へ。みゃーくさん、ありがとうございました。
ちなみに天気はすっかり回復していた。

石垣島空港ではaoさんが迎えに来てくれていた。ありがたい。
まずは昼メシ、いつものアンブレラへ直行。

いつもの牛そば。石垣島の味である。満足して今日の会場(いつも使わせていただいている大知企画さんの会議室)へ。今日はRCCM講義と指導のみ。

休憩時間に屋上に登ってみると、ややガスっている向こうに竹富島がくっきりと、小浜島が薄ぼんやりと、として西表島がかすかに見えた。黒島も見えた。こんなこと滅多にない。^^;

終了後、いったんホテルにチェックインして、懇親会場へ。宮古島もそうだが、居酒屋がなかなか確保できないようだ。3連休だから特にだが、どこも観光客が激増しているようだ。
二次会はいつもの「銀」へ。機能に引き続きカラオケで盛り上がる。
多摩ちゃん、2日連続替え歌で「これからも来ます!」と宣誓していました。SUKIYAKI塾名古屋からSUKIYAKI塾北陸に移籍した多摩ちゃんだが、さらにSUKIYAKI塾沖縄にも在籍か。^o^

2019年9月15日日曜日

宮古でマンション住まい

朝早く起きて、8時の琉球エアコミューターで宮古島へ。出発するときには既に雨模様。

1時間弱のフライトで宮古島に到着。宮古島は晴れていたが雨が降ったあとのようだ。
今日の搭乗機はカーゴコンビ。ボンバルディアのDHC-8-Q400の客席数を減らして貨物室を拡張したという、特別仕様機である。この飛行機、ワタシけっこう好きである。
空港にはみゃーくさんが迎えに来てくれていた。すぐに会場の宮古島市未来創造センターへ。ここは図書館と中央公民館機能を併せ持つセンターで、先月オープンしたばかりだそうだ。なんだか今回は新しい図書館めぐりみたいになっている。
このセンターの研修室を使ったのだが、コンクリート打ちっぱなしの新しい空間であった。ちょっと会場費が高いんだよな。

終了後、今日の宿へ。ホテルではなくウィークリーマンションである。というか、本当にマンションで、チェックインもセルフである。

キッチンにはガスコンロや冷蔵庫、炊飯器などが揃っている。

洗濯機もある。昨日洗濯したのでもう今回は洗濯不要だが、なかなかいい。

こちらがリビング。ちょっと古いけれど、機能的に問題はない。次回からはここに泊まろうかな。

宮古島は曇天。懇親会場まで歩いて行ったが、あと少しで到着というところで雨が降ってきた。あ、今日の昼食の時間も土砂降りだったか。

Mさんお勧めのミーバイのマース煮。こういった白身魚の、素材の味とダシを生かした料理が沖縄らしいなあと思う。
さらに今日は二次会になだれ込み、カラオケも入ってご機嫌な夜でありました。

2019年9月14日土曜日

獅子舞は圧巻でした

今日は沖縄セミナー3連荘の1回目、那覇セミナーである。

いい天気で、まだ9時過ぎなのに暑い。やめりゃいいのに前島のホテルから旭橋の会場まで歩いて行ったらけっこう汗をかいてしまった。

今日の会場は去年できたばかりの沖縄県立図書館。なかなか素敵な建物なのだが、階間の移動がかなり面倒。

図書館の開架を通り抜けると、ガラス張りのセミナー室がある。ここが今日の会場である。外から丸見えなので、時々図書館利用者がガラス越しに何をやっているのかとのぞき込む。^^;

午前中は一次試験、午後はRCCMの講義と個別指導。今回はビデオカメラも持参して(いつものワンショルダーの中に詰め込んで)きた。
ここの会場は新しくてなかなかいい。

終了後、近くの居酒屋で懇親会。これまで見たこともないようなミニサイズの島らっきょうが出てきた。

名前は忘れたが、なかなかうまい泡盛。どうだとばかりに小鼻膨らませつつ自慢するたくく。

今日は十五夜の獅子舞をやっているから見に行こうというピオーネさんの発案で、タクシーに分乗して、儀保駅に近い汀良町へ。地域の公民館でやっているようだ。実に手作りでいい。

この獅子舞が圧巻であった。毛むくじゃらの(演者はさぞ暑かろうと思う)獅子がドラのリズムの中、静と動を繰り返すのだが、動のときの激しい動きと鳴り響くドラ、そして回りからの指笛の重なり、そして一瞬で静に切り替わり、すっくと立ち上がった獅子が落ち着いたドラのリズムをバックにゆっくりを客席を睥睨する時間、ううむと見入ってしまった。
ちなみに大トリの獅子舞演技がこちらです。ビデオ持って行っててよかった。

ホテルに戻り、今日はがんばって洗濯。さすがは3連休で、洗濯機と乾燥機は取り合いに近い状態。いやあ、2日間よく飲んだ。^^;

2019年9月13日金曜日

今年3度目の沖縄さあ

今日から沖縄ツアー。台風16号が発生しようというときに、けっこうビクビクで出発したのでありました。

とりあえず伊丹空港には何のトラブルもなく到着(当然か)。例によってカードラウンジで添削タイム。ただしPCは必殺必死のPocket2であります。

幸いなことに、伊丹空港を無事離陸。15分遅れだったけれど、単なる使用機到着遅れだから、気にする必要はない。

飛行中、ずっと雲を見下ろしていたけれど、なんのなんの、飛べるだけで十分です。

本島南部を眼下に望みつつ着陸へと高度を下げる。面白いもので、沖縄に何回来たかもわからなくなっている中で、那覇空港に到着してももはや何の感慨も覚えないのだが、この本島南部の景色を見ると、何やら胸がぎゅっとなる。
空港にはてってぃが迎えに来てくれていた。沖縄に通うこと10年、こうして迎えに来てくれるのは、本当に嬉しいし、ありがたい。

 ホテルにチェックインして、すぐさま隣の大黒屋にて前夜祭。好物がずらり並んで、うれしさに身もだえしながら時間を過ごしたら、最近まれにみるべろんべろんになりましたとさ。

5月に宮古島で買った古酒は、一升瓶だったはずなのにいつのまにかミニボトルになっていた。ToT
その後、記憶の彼方にマックスバリュに言って土産を買込んだような気がするのだけれど、あれは幻だったのであろうか。

ホテルに戻り、なんとか風呂にだけは入り、部屋から外を見れば日付も変ろうかという時間だった。