2018年1月23日火曜日

もうキャパあふれそうです

申し訳ないと思いつつ、マンツーマン講座の募集を中断した。
一昨年までは受け入れ中止・中断など一度もなかったのだが、昨年は3月中旬にキャパいっぱいになって募集中止、今年はこのままいくと2月中にはキャパいっぱいになって3月の合格発表時点ではもうとっくに募集終了となりそうなので1月下旬に募集中断。
まあ仕方ないことだし、自分のキャパを越えてしんどくなってもいけないので、これ以外に方法はないと思ってはいるのだが、申し訳ないなあという気持ちでいっぱいです。

朝、裏庭を見ると昨夜の雪はほとんど消えていた。これから日向になるからすぐに融けるだろう。

今日はいい天気で、昼間は気温も5度を越えて寒さも一段落という感じなのだが、とにかく風が寒い。土手の枯れススキが北風にしなっている。

北川の河口では白波がたっている。海岸も波が打ち寄せているだろう。冬型だけれど雲が東に流れて、丹後半島の影になった若狭湾がいい天気になるパターンで、前回の寒波と同じだ。
夕方からぐぐっと気温が下がったけれど、幸いにもまだ雪は降っていない。
この状況が週末まで続いてくれると雪が降らずにすむのでありがたいのだが。

2018年1月22日月曜日

今日はうっすら雪化粧

冬なので毎年のことのようにも思うが、世間ではインフルエンザが流行っているらしい。
女房の学校でもインフルになった先生や児童がいるようだし、SUKIYAKI塾でもバイアさんやすごろくさんがインフルになったようだ。
実は私はインフルになったことがない…はずだ。記憶にない。(インフルで頭をやられて記憶が失われている可能性はあるが、家族も私がインフルになった記憶がないと言っているから、家族全員が一斉に罹患して頭をやられていない限り間違いないだろう)
だからインフルになったらどんなに苦しいのだろうかとオソロシイ。(ちなみに花粉症になったこともないので、それもオソロシイ)
人口密度の少ない田舎にいるのが幸いしているのかなあとも思うが、2月になるとまた週末毎に旅に出るから気をつけないと。マスクは必需品なのだが、ヒゲの上からマスクをすると痛がゆくなるので困りものである。^^;

今日からいよいよ寒波が到来して、昼間から底冷えする寒さなのだが、幸いなことに昼過ぎまでは雪は降っていなかった。写真右側の久須夜ヶ岳は白くかすんでいるものの、なんとか曇りで持ちこたえていたのだが、午後からさらにぐぐっと気温が下がり、ぼたぼたと雪が落ちてきた。

夕方、裏庭を見たら積もっているではないか。牡丹雪がけっこう勢いよく降っているので、うわ-、いよいよ来たかと思った。

しかし夜までに雪はやみ、降った雪も少し融けたようだった。午後8時の湯岡橋の画像には雪は映っていない。

気象庁のデータによれば、午後から気温がぐぐっと下がり、19時台に4cmの積雪があったようだ。我が家の積雪は夕方で、4cmも積もってはいないが、観測所は東小浜にあるので、ちょっと違っているのだな。
ともかく午後からすごく寒かったのは確かで、少し雪化粧したのも確かだ。
明日は寒波がもっと本格的に降りてきて、気温も零下に突入するようだ。里雪にはならず、上根来だけたっぷり降ってくれると嬉しいのだが。^^

2018年1月21日日曜日

がらんと

父の祭壇を片付け、仏間ががらんとした。
今日びは葬祭業者さんが蓮の花だのバブルだの回転灯だのをセットし、祭壇もこしらえてくれるので、何もしなくても一丁前の祭壇ができるのだが、忌明けとなったとたんにそれが一斉になくなるので、何ともがらんとしてしまう。
忌明けといっても生活は変わりはしない。朝夕に母は正信偈をあげ、私と女房と母の3人で食事をする。父の祭壇がなくなり、遺骨がお墓の中に移動しただけである。

折しも今日、マンツーマン講座の申し込み枠残り10名のアナウンスをした。とたんにわっと申し込みがあり、残り枠は5名となった。ここで情に負けてしまうと、自分の限界超えの人数を引き受けてしまってしんどくなるので、ここは心を鬼にする。

天気予報に寄れば、明日後半から雪が降り出し、火曜日にピークを迎え(暴風雪)、以後、日曜日まで降り続くとされている。
その通りになってしまったら冗談ではない。土曜日に息子が埼玉から奥さんとそのご家族を連れてやってきて、日曜日に結婚式なのだ。
前回寒波同様、器用に小浜だけ避けてくれないだろうか。^^;

2018年1月20日土曜日

忌明け

父の満中陰法要が終わった。
当然の父の死からもうそんなにたったのかと思う。
午後一番にお寺さんに自宅までお越しいただいてお経をもらい、みんなで正信偈を唱え、お骨をもってお寺へ行ってまたお経をもらい、納骨した。
そしてはなはだ中途半端な時間ながらみんなで食事をして忌明け志を渡して仕上げとした。
帰宅して、ひとまず神棚封じと仏壇封じを取り、忌明けとした。
明日はいろんな飾り物と祭壇を片付け、忌中から喪中へと移行する。
次の法要は一周忌になる。
あと、礼服をクリーニングに出さないと、次の週末は息子の結婚式と食事会だ。
大寒波が迫る中、無事に来られるといいのだが。

中途半端な時間に腹一杯食べたので、夕食はなし。親戚一同が集まって少し飲んでおしゃべりしたあと解散。コーヒーを飲んでソファで少しテレビを見ていたら寝てしまったのだが、目が覚めてもまだ9時前だった。^o^;

2018年1月19日金曜日

忍び寄る大寒波

ここ数日、実に暖かい。春が近いのではないかと錯覚しそうな天気である。

今日も穏やかな天気。明日は父の四十九日なので、ありがたい限りである。

しかし来週はオソロシイ天気が予想される。雪もオソロシイが、気温がもっとオソロシイ。零下ですよ零下。それも最高気温0度って、まさに何年かに一度の大寒波である。
27日には息子が奥さんとそのご両親・ご兄弟と一緒にやってくる。無事に到着することを祈るばかりだ。
思えば1年弱前、娘の旦那とご両親が大雪の中を小浜に来られた。30年ぶりの大雪がまさに到来しようという日であった。きっとご両親は「ものすげーところに来たなあ」と思っておられたに違いない。
今度は息子の奥さんのご両親・ご兄弟が「ものすげーところに来たなあ」と思われるのであろうか。まいったなあ。

そんな中、今年もカキまつりが近づいてきた。父の弔事と息子の慶事が重なって、さらにかつてない2月セミナーが重なって、なかなか段取りに参加できていないが、今年もがんばろう。

2018年1月18日木曜日

野菜が高いぞ

父が亡くなって以来、平日の夕食はほとんど私が作っている。
母のボケ防止のために動いてもらったほうがいいのか、悩むところではあるが、まあとにかく私が作っている。
料理することは嫌いではないのだが、きれいに盛り付けるとか、天然モノがどーのソースがこーのといったしゃらくさいことは嫌いなので、手抜き料理である。そんな手抜き料理に大活躍しているのが、めんつゆ・すき焼きのたれ・白だしの3品。煮る系の料理はたいていこれで終わらせている。特にめんつゆを使わない日はないですな。万能調味料である。

平日の夕飯は全部自分が作るのだと決めてしまうと、買い物や冷蔵庫管理の段取りよくなる。やはり購入→ストック→消費という一連の行動計画を一元化できるのだから、無駄がない。
ところが、女房が料理担当する週末や、いただきものがごそっと入ってくると段取りが狂い、「あれ?大根まだあったっけ?」という状態になる。
さらに肉や魚と野菜類、さらに汁物を組み合わせてメニューは成り立っているから、たとえば賞味期限が切れそうな牛乳がどっさり残ってるよなあと思うと、余り肉や根菜類と組み合わせてスープにしちゃおうかという発想になり、そうすると煮魚なんて合わないよなあ、ムニエルあたりかなあみたいな話になってきて、買うものが変わってきたりする。
そんなことをやっている間に、冷蔵庫の中に段取りが変わったため使わなかった食材が増えてくる。
その結果、年末に買った冷凍庫には、サーモン、エビ、ウマヅラハギ、鍋用アンコウが詰まっています。^^;

しかし最近の野菜の高値、どうにかならんか。
大根やにんじんの皮できんぴら作ったり、けっこう節約主夫的になっている私今日この頃でありました。

2018年1月17日水曜日

2ミリのシャーペン

またちょっとマニアックな話なのだけれど…

これが何かおわかりだろうか。シャーペン…まあおおむね当たりである。ただし下の2本は。下の2本はいわゆるメカニカルペンシルで、ノックすると芯が少しずつカチッカチッと出てくる。しかし上の1本は芯が出てくるのではなく、芯をホールドしている部分がゆるみ、芯が重力に従ってずるずると出てくるだけのホルダーペンシルである。
そしてこれは芯の太さが2ミリである。まあつまり普通の鉛筆の芯だけを抜き取って、シャーペンの芯にした感じである。
主に建築方面で使う。芯の先端をシャープナーで尖らせて、製図をしたりもするし現場で木材に切断線を引いたりもする。
私の持っているものは製図用も兼ねているから細身のシャーペンみたいに細いが、現場用のものはドクターグリップ並に太い。
なんでこんなものを何本も持っているかというと、最近好きだからである。

私が土木業界に入ったころは、図面もレポートも手書き主体だったため、ロットリングやぺんてるのグラフギアなどの製図用シャーペンに0.3mmと0.5mmのB芯を入れて使っていた。
ところがやがて図面はCADで、文章はパソコンで作るようになって、シャーペンの出番がぐっと減った。そうするとしっかりした線を引くという役割はなくなって、楽に文字が書けるドクターグリップを使うようになった。筆圧が小さくても書けるように0.5mmの2B芯を入れて、技術士試験ももっぱらこれで突破してきた。

そして最近はホルダーペンシルを使うことが多い。
セミナーツアーなどで外に出るときは多機能ペンに0.5mmのHB芯という面白くもおかしくもない使い方をしているが、自宅ではもっぱらこの2mmホルダーペンシルである。
いつもは写真の一番上の、昔からずっと使っている三菱ユニのホルダーペン「ユニホルダー」を使っている。もうボディの文字もかすれてしまっているくらい使い込んでいるけれど、手になじむ。
これを芯を尖らさずにメモなんかに使っているのだが、さっと手にとって、ノックなどせずすぐに書く。鉛筆と同じ感覚ですね。シャーペンのようなぐらつき感というか頼りなさもなく、快適である。書き心地がいい。ちなみに芯はHB。
真ん中のものは、これもユニのField2.0というシャーペン。ぺんてるのグラフギアに近いホールド感が気に入っている。
一番下は「東京下町」北星鉛筆の「大人の鉛筆」。昔ながらの木の鉛筆の感触がいい。長さも鉛筆と同じ。書き心地以上に見た目もいいね。
そしてどれもが六角形である。これが手になじむのですよ。

だから何だと言われても困る。こういうシャーペンの便利さと鉛筆の質実剛健さを兼ね備えた筆記用具はいいもんだという話です。ただそれだけ。

2018年1月16日火曜日

冬の旅は戦々恐々

今日はずいぶん寒さが和らいだ。

家の裏の雪も、屋根雪が落ちたところ以外はほぼなくなった。

夕方、浜に行ってみると薄曇りながら夕焼けで、海も穏やか、風もほとんどなかった。

いつものように浜が2段になっている。冬型で海が荒れたときに浸食されて、ちょっとした海食崖みたいなものができ、それより海側に流木がどっさり溜まるのである。この中にクルミがけっこう入っていて、これを拾っては焼いて食べたものだった。

次の寒波はまた週末になるようだが、20日の満中陰が終わって、親戚が無事に帰宅してからにしてほしいものだ。
さらに次の週末は息子の結婚式で、先方の親御さん・ご兄弟が小浜に来られる。雪など降らない地域の方々だから、雪が降ったらさぞ難渋されることと思う。どうか降らないでほしいなあ。
さらにさらにその次の週末は北海道である。そもそも無事にダイヤの乱れなく行けるのか、飛行機は飛ぶのかという懸念がある。
そしてそのまた次の週末は広島である。まあこれは京都あたりまで行き着けば、そこから先はめったなことはないだろうが、ちょっとでも遅れたらアウトの行程なので、そこが不安である。天気予報がやばい状況になってきたら前日に移動しておくしかなかろう。
その次の週は週半ばから週末にかけて山形から東京、大阪である。これは最初の小浜→伊丹空港→山形空港という行程がどうなるかですな。
翌週は週半ばに金沢への日帰りがある。これもやばそうだったら前乗りしかあるまい。
まったく冬のセミナーツアーは戦々恐々である。というか、去年の2月はもう少し落ち着いて小浜にいたと思うのだが…^^;

2018年1月15日月曜日

試験の管理も大変だ

ようやく寒波も一休みのようだ。ともかくここ数日の夜の底冷えすることといったら、風呂に入っていても、ちょっと長風呂すると追い炊きしないとどんどんぬるくなってしまっていた。

朝になっても雪は多少減ったかなという程度だったが、日中はかなり暖かくなったので、夜にはかなり減っていた。
新聞によれば、小浜の積雪は5cmだという。敦賀は16cmほどあって、福井市に至っては60cmほどあるという。ひえええ。

大雪の中、センター試験に挑んだ受験生諸君は本当にご苦労様だった。
高校生の人生をかけた試験だから、試験管理するほうも大変だとは思うが、それでも何件か管理ミスのニュースが伝わってくる。中でもこれは笑った。

大阪大は15日、大学入試センター試験の監督中に居眠りをしたとして、大学院高等司法研究科(法科大学院)の40代教授を訓告処分とした。

国語の試験を監督中に居眠りし、数回いびきをかいたらしいのだが、まあ人間らしいといえば人間らしいが、腹を立てた人もいただろうな。
技術士などの資格試験でもいろんなことがあるものな。学生かなと思うような若い子がおしゃべりをしていて受験生がチーフ試験官に文句を言ったとか、まあその程度のこともあるし、答案用紙に名前などを記入するのを試験開始時間前に許可した会場・部屋としなかった会場・部屋があったとか、いろんなエピソードがあるようだ。
まあ人間がやることだし、どんなに準備をしても何らかの不具合というのは起こるものだから、仕方がないといえば仕方がないのだが、受験する側からすれば許容できないこともあるので、何かミスや不具合があったらすぐに連絡して対応するという体制、危機管理はやっぱり必要だね。

2018年1月14日日曜日

引きこもりの日曜日

そろそろ30年度試験に向けての添削依頼が増えてきた。いろんな資料作成もあるので、今日は一歩も外に出ず、自宅に引きこもっていた。

夕方、一段落したのでいつものアングルで裏庭をみると、雪はやんで時々日も差す中、夕べの雪があまり融けずに残っていた。気象庁小浜観測所では最大10cmほど積もったらしい。
玄関先の雪だけスノープッシャーでざっとのけた。スノープッシャーで一気にのけられる程度の積雪で終わってくれれば本当にいいのだが。あ、でもそれじゃ雪室が困るな。うーむ、トレードオフ。^^;

こうやって日がな一日机の上でキーボードをたたいていると、全国のいろいろなホテルで同じような一日を過ごしたことを思い出す。
ここ2年ほどはセミナーもなく移動もない日はほとんどなかったのだが、以前はオフ日が時々あって、そこで添削をまとめてこなしていたのだ。また夜にセミナーがあるけれど日中は何もないという日も少なからずあった。最近はそういう日も昼間は移動にあてることがほとんどで、昼間何も予定がないという日は珍しい。
記憶に残る範囲では、札幌、東京、名古屋、大阪、徳島、高知、松山、広島、福岡、大分あたりでそういう一日を過ごしたと思う。いずれも気晴らしや食事、買い物などをかねて外に出て、時には自転車でうろついたりもしたものだ。
そういうときにいろいろ見聞できるのがまた楽しいし、それが旅の目的の一つでもある。
また今年もいろんなものを見聞する機会があるとうれしいなあ。

2018年1月13日土曜日

ついに雪が

今日から大学センター試験だが、大雪でかなり苦労している子どもいるようだ。考えてみればこの「雪の中でのセンター試験」ってけっこうな頻度で起こっているように思うのだが、まあこの時期しかないのかなあ。

新聞を見ると、福井県でも大雪の影響があちこちで出ているようだ。

で、我が家はというと、夜半に降った雪が日陰にうっすら残ってはいるが、天気のほうはよく晴れている。なんだか申し訳ないようであるけれど。ただ、寒い。今日は特別寒い。

…と思っていたら、夜8時過ぎ、あられがバラバラと降ってきた。
うーむと思いつつ仕事をしていると、いつのまにやら静かになっていた。しーーーんという感じである。やばい。これはやばい。

やっぱりである。これは5cmくらいもあるだろうか。細かい雪がさらさらと降っている。

国道もこんな状況。ああなんてこった。ついに小浜に雪がやってきたのである。

8時過ぎから降り始め、9時で2cm、10時で3cm。うーん、こりゃ10cmくらいも積もってしまうか?…なんて言うと、北陸の人たちに何を甘えてるんだと怒られそうだけど、やっぱり初めての積雪っていやなもんなのですよ。

2018年1月12日金曜日

寸止め状態

この冬一番の寒波、新潟では電車が立ち往生し、北陸道でも車が立ち往生している。

ところが雪雲はきっちり福井県を2分して、嶺北(福井県北部のこと)にばかり雪が降っている。

福井市街地もいくぶん積雪。これは午前10時。

同じ場所の夜中。あまり変化はなく、雪は峠を越えたようだ。

これは大野市の午前10時。雪で視界が悪くなっている。

同じ所の午前0時前。積雪は昼市議で75cmに達していたが、今は60cmほど。

大野から県境のほうに行くともっとすごい。マイナス6度って。

午前0時前になるとマイナス9度になっていた。カメラの前につららがあると思われる。
金沢にいる妹のだんなや福井にいる姪っ子からも雪で大変だという情報が入る。
SUKIYAKI塾北陸のみなさんも大変な1日だったことだろう。

そんな中で申し訳ないのだが、小浜はこんな感じである。でも風は強く気温は低い。

小浜駅に来月の切符を買いに行ったら、運休のお知らせが掲示されていた。全部福井県嶺北より北の話なのだが、そこからやってくる「サンダーバード」や「しらさぎ」が止まっているから、小浜からも東京にも名古屋にも大阪にもいけない状況だ。

ちょっと 空が曇ってきたぞと思ったら、久須夜ヶ岳が見えなくなっていた。写真の真ん中あたりに標高600mほどの山があるはずなのである。おお、これはいよいよ雪かと思ったら、少し舞った程度でぜんぜん積雪はなかった。

我が家の玄関先には、スコップやスノープッシャー、スノーダンプなどを取りそろえて準備しているのだが、まだ出番がない。

ちなみに午後からは敦賀のほうにも雪雲がかかり、夜はこんな感じで雪雲は福井県の真ん中あたりに集中してきている。

結果、敦賀市街はこんな状態に。あと一歩西に来ると小浜にも積雪があるだろう。明日くらいかな?

2018年1月11日木曜日

ガサガサの思い出

寒さがやわらぎ、いい天気になった。自転車で走っている人や歩いている人がちらほら。

北川の土手で車を少し止めて出てみると、風もなく、暖かくさえ感じる。

向こうに北川の河道があって、中州を隔てた手前の部分はわんどである。ここは高速道路の直上流なのだが、高速道路の工事前にもわんどがあって、もう15年も前になるか、ここで時々「ガサガサ」をやったものだ。まあつまりバケツとタモ(小さな半月形のやつ)を持ってきて生き物を探すわけですな。タイコウチなんかも捕まえた記憶がある。
そのあと高速道路の工事があって、一時的に大変攪乱され、その後は行っていないからどうなったかは知らないが、きっとそれなりにいろいろいるだろう。春になったらまた…と思ったけれど、考えてみれば虫がわく頃はいつもセミナーツアーでバタバタしていて、ガサガサなんぞやっている暇はもうないのであった。そういえばバケツもタモもどこかにいってしまった。
あのころは、ガサガサもやったしクロメダカがいる場所はだいたい把握していたし、休日の時間をみつけて山を散策したりしていた。ああそういえば火起こしやたき火料理、土笛作りや竹工作なんかもいっぱいやっていたなあ。それらは今でも私の活動メニューにあって、ごくごくたまにそういったことをやったりもするけれど、頻度は激減した。
時間の経過を気にせず、休日の午後をめいっぱい使って竹を削ったり野山を歩いたりしていたことは、考えてみればすごくハッピーなことだったよなあ。

それにしても、確か今日は冬型になるはずなのにどうしたのだろうと雲の様子を見てみると、なるほど福井県の北部にだけ雲がかかっていて、若狭地方はいい天気だ。等圧線が南北に立っているとこういう雲になる。丹後半島で雲が遮られるのかな。

「雪みち情報ネットふくい」を見ると確かに福井市は歩道が真っ白だ。

大野に至ってはもう完全に雪国状態である。市街地でも20cmほどの積雪らしい。
明日からあさってにかけては小浜も雪が降るという予報にはなっているが、そんなにどっさりは降らないようだ。うーむ、雪室大丈夫かなあ。
とはいえ、今月20日は父の満中陰、28日は息子の結婚式だから、この両日前後は降ってもらっては困る。来月も毎週末旅に出るから、あまり降ってもらっては困る。勝手なものだけどね。

2018年1月10日水曜日

寒空の下

ぐっと冷え込んだものの、雪は降らない。

国富地区には冬枯れた田んぼが続くものの、むこうには青空も見えて、寒いものの冬にしてはいい天気だ。

多田ヶ岳山麓には雪がみえるが、雲に覆われてもいないので、上根来も雪は降っていないだろう。そろそろ雪室製作に取りかかるべき時期なのだが…今週後半が雪模様なので、週末あたりかな?

昼と夜に総監模擬面接。2017年度の活動もあとSkype模擬面接3回を残すのみとなった(というか、「まだ模擬面接やるの?」と思うかもしれないが)。
そしてこれとオーバーラップして2018年度活動はすでに始まっており、出願書類の添削コメントを送信したりもしている。いろんな資料も作らないといけないし、忙しくなってきた。

2018年1月9日火曜日

申し訳ないのだが

昨年、マンツーマン講座の申し込みの増え方が早いなあと思っていた。だいたい1ヶ月早まっている感じだったのだが、案の定、3月中旬には受け入れキャパを超えて締め切ることになった。なんとかならないかというメールを複数いただいたので、きっとそれ以上に多くの方に残念な思いをさせてしまったのだろうなと申し訳なく思いつつも、一昨年、自分の受け入れ限界がどのあたりにあるのかを身をもって認識したので、そこはもう心を鬼にして締め切った。
そして今年なのだが、今のところ去年の倍以上のスピードで募集枠が埋まって行っている。このままでいくと今月中にも受け入れ限界に達してしまい、3月の合格発表後受講希望者を全く受け入れられなくなってしまう恐れがあるので、たぶん数日中にいったん募集を中断せざるを得ないと思っている。
うれしい悲鳴という言葉があるのだけれど、確かに経営上はそうなのだが、需要に全く応えられないという状況を思えば、申し訳ない気持ちのほうがはるかに大きい。
これが会社であれば「従業員を増やす」という形で需要に見合った供給を確保してさらなる売り上げ確保を期するところだけれど、そういうつもりは全くないので、受け入れキャパに達した時点で締め切らせていただくしかない。
本当に申し訳ない。

2018年1月8日月曜日

身元調べに大わらわ

父の満中陰(四十九日)が近づいてきて、3連休最終日はその準備に追われた。
小浜市では「香典返し」はしないことになっているので、通夜や葬儀はもちろん、満中陰開けにも何か物品を贈らなければならないということはない(満中陰参列者には粗供養を贈る)のだが、忌中開けの手紙は参列者みんなに出さないといけない。

ところが何が困るといって、住所がわからない参列者が少なからずいるのである。
世の中が小さかった時代はいいかもしれないが、今の時代に名前だけ会葬名簿に書かれても、どうにもならないのである。
昨日、他の地域の葬儀というものを見て感心したのは、参列者の情報がしっかり集められていることだった。ホテルの宿帳みたいなフォーマットのカードに、郵便番号・住所・電話番号をしっかり書く。「楷書で書いてくれ」といったこともしっかり書かれていた。
ところが小浜市では葬儀業者が用意した会葬者名簿は住所と名前の欄しかなく、会葬者も番地まで書いてくれる人は少ない。下手をすると「○○市 だれそれ」のみである。
さらに困るのが、香典袋を参列者に託する場合に、香典袋には名前しか書いてないという場合である。

結果、電話帳と住宅地図、さらには年賀状の住所録や去年もらった年賀状などを総動員して調べることになる。私の場合、小浜市の電話帳と若狭地方の住宅地図をスキャンしたものをクラウド上に保存してあるので、これらを2台のモニタ上に広げ、さらに古いPCまで動員してトリプルモニタで調べていったが、そんな環境にない人はさぞかし大変だろうと思う。
それでも番地までわからない人がかなり残った。明日からは母に聞いたり、さらには父の年賀状をひっくり返したりして調べていかなけりゃならないなあ。ToT

もうマンツーマン講座が始まっていて、すでに添削資料が送られてきている。
いっぽうでまだ数人、今年度試験の最後の追い込みをしている。
さらに新年度試験対策のため、合格実例集やセミナーテキスト、セミナー用パワポ、そして今年から電子版に切り替える対策書籍といったものを作り込んでいかねばならない。
うーん、なかなかに大変だ…

2018年1月7日日曜日

かく帰り来ぬ

8時過ぎの新幹線からローカル線を乗り継いで葬儀式場へ。この葬式というやつは宗派や地域が変わるとずいぶん内容が変わるもので、非常に興味深く親族席から見ていた。
ともあれ滞りなく告別式も終わり、火葬に付したあと親族一同は斎場の中で弁当を食べながら時間を過ごすことになったのだが、遠方の私一人勝手をさせていただいた。おかげで予定通りの時刻に帰路につくことができたのだが、失礼をしたにもかかわらず弁当まで持たせていただいてありがたくも恐縮である。

そのようにして立派な弁当を持たせていただいたのだけれど、罰当たりな私はあろうことか嬉々としてビールを(それも500mlを^o^)買って帰りの「はくたか」に乗り、いただいた弁当をアテに午後4時過ぎから飲んでいた。
朝食は遅めだったけれど昼抜きだったので、うまいうまいとものの30分ほどでビールも弁当も平らげてしまい、でもどうせ終点の金沢まで乗るのだから寝ていればいいやと気を緩めたとたんに落ちた。本当に金沢の手前までずっと寝ていたのである。^^;

サンダーバードに乗り換え、敦賀から小浜線へ。9時過ぎに小浜駅に着くのだが、久々に先頭車両に乗った。いつもはすいている後ろの車両に乗るのだが、9時前に小浜に着くワンマン列車は先頭車両の前側ドアからしか降りられないので、移動するのも面倒なので最初から先頭車両の、それも運転席近くに乗った。
ワンマン列車では駅に着くたびに乗客が運転士に切符や運賃を渡して降りていくのだが、運転士もいちいち面倒なことだなあとみていたら、ふとJR西日本の尼崎事故の後の光景を思い出した。あのころは降りる乗客がいてもいなくても、駅に着くたびに運転士が客席に向かって気をつけをして深々と頭を下げていた。とんでもない事故を起こしてしまったことへの反省と安全第一での出直しの決意を末端路線のひとつひとつの列車でも示す…という会社の方針・指令だったのだろう。
でも今日は、運転士は客席を一瞥して誰も降りそうになければそのまま運転席に戻っていった。JR西日本にとって新幹線の重大インシデントはその程度の位置づけなのだということがよくわかった。でも、失った信頼は大きいと思うのだけどね。

ともあれ大移動を無事に終えて帰宅し、我が家の風呂にばざーっと浸かり、風呂フタの上にタブレットを置いて長湯して、風呂上がりにふわふわパジャマを着てビールをぐびりと飲んだ。目下のところ、この時間が一番のシアワセである。

2018年1月6日土曜日

法事大移動

今日から3連休である。冬休み中でもあるので家族でどこかへ出かける人も多いのではないかと思う。
そんな中、我が家は法事である。初日の今日は父の五七日。命日が3日なので、月命日にも近いから月忌を兼ねてお坊さんに来てもらってお経を上げていただいた。
妹2人も家族とともに来てくれて、総勢14人の大所帯での法事となった。

そんな中、大切な親戚に不幸があり、今日が通夜、明日が告別式だという。さすがに今日の通夜は無理だが、明日の告別式は夜から明日の朝にかけて移動すれば出席可能ということで、五七日法事のあとの食事を大騒ぎ大急ぎで片付け、夜の移動となった。

金沢を9時半過ぎに出る北陸新幹線「はくたか」。乗車してみればラララ無人君。
まあ始発駅だからしょうがないなと思いつつ、席に座って添削などやっている間に、ぱらぱらと人が入ってきた。

もうまもなく終着駅に着くというので立ってみると、ラララ無人君。途中でみんな降りてしまったようだ。うーむ…

駅に降りてみると寒い寒い。駅近くのホテルに歩いて行くと、歩道脇に雪が積もっており、路面は凍っていた。
ホテルにチェックインして荷物を片付けるともう11:30。もう仕事をするのはいやなので、今日はAmazonプライムビデオを見ながら風呂にゆっくり入り、風呂上がりにビールと水割りをぐいぐいと飲んで、すかっと寝た。

2018年1月5日金曜日

悩ましい初日

平成30年度試験対策を始動し、ンツーマン講座の募集を開始した。
ほんの2~3年前は開始日の夜9時頃に募集を始めていたと思うのだが、開始日の午前0時から開講催促のメールが来るようになってきたため、今年も前日の夜にがんばったのだが、午前0時スタートはさすがに無理で、1時間ほど遅れた。その間に催促メールが次々に来るのにはまいった。まあ頼りにしてもらっているのでありがたいのだけれど。

もともと試験に立ち向かう中でアドバイスをもらったりする環境に恵まれていない人たちを応援したいという気持ちで始めた活動であり、それを片手間にはできなくなったという理由で有料事業化して本腰を入れることにしたのだが、今でも最初の気持ちは忘れていないつもりでいる。
しかしいくら有料事業化してそれに注力できるようにしたといっても、さすがに一人でできることには限界がある。去年は断腸の思いで募集を打ち切った。
今年もそうなったら辛いなあ。でも応募を絞り込むこともできないし…
贅沢な悩みと思われるかもしれないけれど、けっこう深刻な悩みだ。

2018年1月4日木曜日

のろのろと始動

ぐぐっと冷え込み、この冬初めてヒートテックのパッチをはいた。今はパッチって言わないんだろうな。なんて言うのかな。でも57才のアラ還男だから、パッチはパッチ、パンツはパンツ、ズボンはズボンでいいのだ。

天気は悪くないのだが、とにかく寒い。山もいつのまにか白くなっていて、平地でもよく見ると日陰にちらほら雪があるし、中には窓の下に雪をくっつけている車もいる。
今日からSkype模擬面接を再開した。ほとんどの人はもう口頭試験を終えて、多くの人は来年度試験に向けて始動しているようだが、私はまだ数人模擬面接が残っているし、東京ではこの週末に最後の模擬面接をやるようだ。SUKIYAKI塾東京は11月から毎週末に模擬面接をやってきた。この活動量が春の大量新規講師入会につながっているんだろうな。

夜、5日からのマンツーマン講座募集開始の準備。おそらく5日の0時になったら早速HPを見て、「まだ募集開始してないじゃないか」とクレームが入るので、何とか準備をしてしまいたいのだが、どうも正月行事の疲れが出ているのか、眠くて仕方がない。
食後にちょっとだけと思ってリクライニングチェアで横になったら、なんてことだ9時過ぎまで寝てしまった。
頭が少ししゃんとしたので、よおしと気合いを入れてPCの前に座るのだが、HPの構成が頭に入りきらないし、何をどこまでやったのかすぐに見失ってしまう。やっぱトシだなあ。

2018年1月3日水曜日

通常モードへ

昼前に娘が帰り、午後には妹一家も帰り、昨夜の宴の片付けをして、我が家は少し静かになった。息子夫婦は結婚式の打ち合わせでもう1日いて明日の朝に千葉に戻る予定だ。

少し時間ができたので、スキャナ台の引き出しを自作した。スタンド棚の上にスキャナをおいてあるのだが、スキャンした書類が下に落ちてくるので、これを受けるスライド式引き出しをつけたというわけだ。

こんなのね。アルミのCチャンネルとデコパネを組み合わせ、スキャナ台の裏に取り付けた。瞬間接着剤だけで組み立ててある。
まあ工作というほどのものではないのだけれど、自分のニーズにジャストフィットしたものを自分で作るのは楽しいものだ。

リビングルームのテーブル配置も「親戚が大勢集まるモード」から、家族3人だけで暮らす通常モードに戻した。明日からはSkype模擬面接も再開するし、明後日にはマンツーマン講座の募集も始める。
2018年が動き出す。

2018年1月2日火曜日

にぎやかに食事会

息子夫婦の結婚祝い食事会をした。
息子の結婚式は1月28日に予定しているのだが、披露宴などというものではなく親兄弟と祖父母だけの食事会を結婚式の後に行おうということになっていて、そうすると親しい親戚に報告する機会もないから、みんなが帰省して顔を合わせる正月に食事会をやろうと、これは昨年から決めていた。
12月に父が急逝したため正月は忌中になり、どうしようかなとも思ったのだが、この機会を逃すと親戚一同が集まるのはもうお盆になってしまうし、父も中止は喜びはすまいということで、外には出ず、我が家でまず正信偈をあげ、リビングに父の遺影を飾り、テーブル2台をつなげて食事会をした。
ご協力いただいた皆さんには心から感謝申し上げます。
黒龍「しずく」という、手に入りにくい酒があるのだが、こいつを少々飲み過ぎたかもしれない。いつもよりずっと早く寝てしまった。

2018年1月1日月曜日

忌中の元日

忌中の我が家は静かに新年を迎えた。
あまり何もしないのも父は喜ぶまいと思い、母と我々夫婦と、昨日帰省した息子夫婦の5人で雑煮とおせちを食べ、正信偈を唱えた。
午後、妹一家が来て、さらに夕方には娘も帰省して、今日は10人の大人数で、父の遺影を飾りつつ、にぎやかに夕食をとった。
酔いもさめてから、春以降のホテルの確保と移動手段の計画。半年先なのにホテルがほとんどないなんて現象もあって、何なんだこれはとも思いつつ、何事もなく計画通りに暮らしていけるといいなあと心から思った。

2017年12月31日日曜日

祈りの大晦日

今年ほど大きな変化が重なった年はないだろう。
私自身はというと、去年と同じようにセミナーツアーに出て、NPO活動をして、大きな変化はなかった。
しかし家族には大激変が訪れた。
3月に娘が結婚し、11月に息子が結婚した。
そして12月に父が他界した。
何をするにしても、土台は家族だ。
2018年、家族にはまた多くの変化が訪れることだろうけれど、幸せな変化であることを心から祈る。

2017年12月30日土曜日

やはり年末はバタバタ

年末は慌ただしい。掃除をしなけりゃいけないし、正月のごちそうも作らなきゃいけないし、とにかくなんだかじっとしていちゃいけないような気がするし…

おさかなセンターに魚を買いに行ったら、間違いなく1年で一番混んでいるだろうと思う状況だった。小さな小浜のまちでこれなのだから、全国でこういう状況なのだろう。

折りたたみテーブルを上根来に置きっ放しになっていることを思い出して行ってみた。年末の慌ただしさが別世界のような静けさの中に、ひっそりと佇んでいた。

助太郎も雪囲いをまとい、それでもトイレの鍵は開けてあった。中は芯から寒かった。

与左衛門へは行かなかった。というか、長靴もかんじきも持ってきていなかったので行けなかった。入り口の雪囲いはすでに半分埋まっている。
帰りにホームセンターに寄って、帰宅後もあれこれバタバタ過ごして、秘密部屋に籠もる時間は取れなかった。うーん、明日はもう大晦日だから、こりゃ秘密部屋で楽しむのは年明け以降だな。