鹿児島にて朝からセミナー。
終了後、Hさんが桜島を身に連れて行ってくれた。
西郷さんの銅像。やっぱり鹿児島はこれですねえ。噴火する桜島、芋焼酎、示現流、薩長連合、そしてせごどん。こういった無骨なイメージが強い。
と思っていたら、篤姫がなぜかメガネをかけて西郷さんと一緒に。バスの名前はあっちゃん号。
…鹿児島って意外に軽くないか?
鹿児島港からフェリーで桜島へ渡る。一般乗客は150円、自動車1,500円。15分もあれば着くという。そして何より驚いたのは、10分か15分間隔でフェリーが出ていること。それだけ頻繁な往来があるのだ。
桜島に向かうフェリーは「チェリー・クイーン」号という。
私:「チェリーって何?」
Hさん:「桜島の桜です」
私:「あ…そうか…(黙)」
見ると、煙突のてっぺんには王冠があしらってあった。^o^;
やっぱり鹿児島って意外と軽くないか?
フェリーが頻繁に行ったり来たりしているのですれちがいも頻繁。ちょうどすれ違った別のフェリーの名前はプリンセスマリン号。プリンセス、桜島大根を持っています。
…やっぱり鹿児島って意外と…
展望デッキから見る桜島はどんどん大きくなってくる。噴煙は南東(写真では右側)に流れている。
他の乗客は日常の往来とみえて、客室や自動車の中で時間をつぶしていたようだ。
烏島展望台へ。桜島は大正3年(1914年)の大噴火で大量の溶岩が流れ出て、東のほうで大隅半島とつながってしまったのだが、そのときこの西側にも溶岩が押し寄せ、烏島という島を埋めてしまったということだ。この大噴火による死者は63人にのぼったという。
道路や駐車場は灰が除けてあるが、道路の隅や土の部分は灰がうっすらと積もり、歩くとシャリシャリいう。サラサラでもジャリジャリでもなくシャリシャリという感じですね。
大正時代の溶岩。桜島の溶岩は科学組成にやや幅があって安山岩~デイサイトのあたりに位置するそうだ。つまりけっこう粘り気があるわけですね。それでこんなに広範囲に溶岩が流れるのはすごい。
溶岩の広がり。右上と下のこげ茶色が大正溶岩、右上のほうの赤が昭和溶岩。この昭和溶岩を出した昭和火口が現在も噴煙を上げている。
展望台付近の施設とその向こうの溶岩台地。全体に灰をかぶっている。
烏島展望台からの桜島。昭和火口からまた新しい噴煙が上がり、東に広がっていく。
なんかここで長淵剛が野外コンサートを開いたとかで、その記念モニュメント。これも灰をかぶっていました。^^;
ふと見上げるとまた新たな噴煙がもこもこと。何の音も振動もないのが不思議な感覚だ。
有村溶岩展望所から。噴煙が白くなってきた。火山灰でなく水蒸気が主体のようだ。
大隅半島の「道の駅たるみず」から。昭和火口から水蒸気が上がっているのが見える。
堪能してフェリーで鹿児島に戻る。右が桜島に向かうフェリー、その向こうに種子島から来たものと屋久島から来たものの2隻のフェリーが見える。海の往来の活発な港なのだ。
鹿児島中央駅で一度降ろしてもらい、ぶらぶら添削しながら歩く。ちょっと裏路地に入ると灰がいたるところにある。
少し水を含むとこんなふうに真っ黒になる。道路のアスファルトや白線、歩道から家の屋根に至るまで火山灰のフィルターがかかっていて色がくすんでいる。もちろん空気は埃っぽい。
灰とともに暮らす生活なんだなあと思う。いつも一緒にいると意識しなくなるものだが、おそらく道の隅っこの灰にいちいち目を見開いているのは外から来た人間だけなんだろう。
その地元の人には当たり前で来訪者は「おっ」と思うもの、それをうまくアレンジしていくと観光資源になったりするのだろうな。
夜、鹿児島中央駅からほど近い、感じのいい店でみなさんと夕食。芋焼酎、大変おいしくいただきました。
昨年があわただしかっただけに、今回の桜島ショートツアーは実に楽しめたし、Hさんには本当に感謝である。今度はプロレスの話で盛り上がろうね。笑。
こちらこそ昨日はありがとうございました。
返信削除まさか,”あっちゃん号”や”チェリークイーン”に興味を示すとは思いませんでした。さらに,鹿児島のイメージも軽くなったようで…。
プロレスの話で討論になるのは「誰が一番強いか?」です。これの意見もぜひお聞きしたいです。野球でいう「誰が一番速いか?」に似てますが。。まあ,僕にとっては,「ミスターといえば…」「高橋!」なので。
それでは,またどこかでお会いできることを楽しみにしています。まだまだ,セミナー(ツアー)があるようですが,お体にお気をつけて。
そりゃあ最盛期のアンドレでしょう。でもハンセンも強かったしローランボックも強かった。でもストロング小林戦のときの猪木には震えた。
返信削除とまあ、次回はこういう話で盛り上がりたいものです。