2012年9月30日日曜日

五感

風雨強まる中、アーティストインレジデンス関連で1日過ごした。新しい出会いや広がりがあるのは本当に楽しいものだ。添削がちょっと滞り気味ではあるけれど。
そういった合間に今日からskype面談も開始。ビデオ通話1人と音声通話1人。「画像」というものの重要さを改めて知る。音声コミュニケーションはテキストだけのコミュニケーションに比べれば格段に情報量が豊富になり深いコミュニケーションができるのだが、やはり音声&画像に比べるべくもない。

グレゴリーの今回の作品はテーマが「五感」なのだが、料理が味だけでなく匂いや見た目、さらに触感によって大きく変わってくるように、複数の感覚を駆使することがコミュニケーションのポイントだということを改めて感じる。
我々技術者はロジックが重要なのは論を待たないが、コミュニケーションの相手が人間である以上、ちょっとした感覚伝達で受け取り方(理解であったり納得であったり賛同であったり)がぜんぜん変わってくるのだから、やはり感覚を磨かなければならないなあと、最近特に思う。

昼間はアート展示&トーク、夜はジャズバー!

2012年9月29日土曜日

台風前にあれこれと

10月7日の「まちなか夢通り」で今年も1日子ども店長をやることになったのだが、今日はそのためのお店との顔合わせ、取材、そしてポスター作り。
昨年、市制60周年の補助事業として1回こっきりのつもりでやったのだが、商店街から「今年もやってほしい」との要望をいただき、急きょ予算を組みなおして対処。
市内小学生に募集をかけたところ、23人が集まった。2年続けて応募してくれた子も多い。
商店街と子どもたちのどちらにも喜んでもらえたイベントだったんだなあと思うと本当に嬉しい。

午前中で活動を終え、なんだかひどく疲れたので昼寝をしようと一度帰宅したが、いやいや何を言うんだと思いなおして上根来へ。
前からやってみたかった「アウトドア講義ビデオ」を試してみた。
A1サイズのホワイトボードとイーゼルを使い、「どこでも講義」をやってみようと思ったのだ。なぜ屋内でなく外で?…なんとなくやってみたかったのだ。
やってみると、イーゼルが低いので立って講義するのはなかなか難しい。そこでレジャーチェアを出して座って講義してみた。
試し撮りのビデオを帰宅後視聴してみると…うーむなんとも…バックに上根来小学校の校舎が入り、鳥の声が聞こえて、そのあたりはいい感じではあるのだが…
まあ今日は天気も悪かったので、台風が通過してから再挑戦しようと思う。秋の気持ちのいい上根来で。

2012年9月28日金曜日

Obama Water

今日は昼間からアーティストインレジデンスの段取りや打合せ。
旭座の再生その他いろんな思いや活動もミックスされてきて、とにもかくにも未来への夢を感じるイベントになってきたように思う。もちろん道は平坦ではないのだけれど、今はがんばりたい。

で、まあ終わってからは例年のごとく飲み会。日本酒に刺身に秋刀魚に松茸に天ぷらにへしこ、とにかく改めて日本の秋をエンジョイした夜でした。ひっく。

ところで改めて感じたのだけれど、言葉というのは同じ人間が発しているせいか、英語と日本語という出自が全然違う言語であっても、同じに聞こえてしまうことがあるものなのですね。
東京・巣鴨のルノアールで添削をしていたとき、向こうのほうから聞こえる話し声が英語に聞こえるのだが、よく聞くとまるっきりの日本語であったりした。
今日も飲み会の前にホテルで集合したとき、別のお客さんの会話が英語に聞こえてはっとした。
何時間か英語の中にいるとそういう頭になるから全部そう聞こえてしまうのか、それともわが脳みそが発酵してしまって区別がつかなくなっているのか、どちらかだ。(もしかすると両方か?)

まあともかく、3割シリアス、3割ハチャメチャ、残りはイキオイみたいなわけのわからない中で、着実に本番は近づいている。^o^;
ちなみにObama Waterとは日本酒のことです。爆。

2012年9月27日木曜日

ALIVE!

小浜に帰ってきたのでグレゴリーの作業場をのぞきに行くと、それなりに進んでいた。

作業場には一昨年からおいてある「OBAMA HAPPY TABLE」があって、彼がいる間はいつも軒先に出してある。ここでコーヒーをごちそうになり、夕方の気持ちのいい涼しさの中でイベント計画や作品制作のための小学生との交流などについて少し打合せ。チラシのゲラもできていた。

夜は「まちなか夢通り」の最終会議。参加団体数はまたちょっと増えていた。嬉しいことだ。

K介が「オバマージャン」の牌と同じ方法で、夢通りのロゴをブロックにして作ってくれた。第1回のときに「いさざの会」(障害を持つ子供たちと親の会)の子が揮毫してくれたイベントタイトルだ。
いろんな活動や交流の濃い密度の中にまた戻ってきた嬉しさと安心感があるなあ。
もちろんセミナーツアーや巣鴨ステイの日々も充実していて「生きてる」感があるのだが、小浜でのNPOの日々は血管が外とつながっているような「生きてる」感がある。前者はバリバリ生きてる感、後者はふんわり生きてる感かな。どちらもサイコーだけど、これが入れ替わっているから「何もしない休息」がいらないんだろうな。

2012年9月26日水曜日

Get Back

9時過ぎにホテルをチェックアウトして巣鴨駅のロッカーに荷物を放り込み、まずは「やよい軒」で朝食。
目玉焼き朝食。実は江坂でもこれを食っていた。大阪、東京と場所を変えても同じものを食っているワタシなのでありました。^o^;

店を出ると真向かいにルノアールがある。平日の朝10時前、空いた静かな店内、明るい外、なかなかにいい気分である。
何もすることがない遅い朝に、ここでコーヒーを飲みながらゆっくり読書などできるといいなあ。
4人連続で面談して、1時過ぎに巣鴨を出発。東京駅に直行して、予定を早めて2時台の新幹線で帰路に着いた。

伊吹山。これが見えるともうすぐ米原。返ってきたなあという目印のひとつです。
米原で北陸線に乗り換え、5時半に敦賀駅に到着。15分待ちで小浜線…と思っていたのだが、なんだかぐったり疲れた体が向かってしまった先は…

駅のすぐ近くの「うおさき」。福井の地酒「黒龍」を飲みながら、若狭の魚を食べる。そういえば、小浜を離れてからほとんど魚を口にしていない。大阪で「ぬた」を食べた程度じゃないかな。
やはり美味い。1時間ほどゆったりと夕食を取り、小浜線に乗車。

小浜に着いたのは8時前。南川ののんびりした川面を眺めながら、土手道をゆっくり帰る。むこうに見えるのはともしの店。夜は健全に暗いところに帰ってきた。^o^;

2012年9月25日火曜日

ある意味リフレッシュ

東京3日目。午前中2人面談→新宿でトリフォリオさんと打ち合わせ→巣鴨に戻って4人面談。
そして今日もワンカップとおでん。外出時間、今日も14時間。もはや廃人寸前か?

しかし、こうやって「異国の地」にいると、生活がすごくシンプルになる。やっていることといえば、添削と面談。そのほかには1つか2つだけ。こういう生活もまた世俗を離れているようでコワイけれど楽しいものだ。
これは上根来に似ている(暴論>_<)。ケータイ飛ばないし、やることといえば、マキをくべたり飲んだりしゃべったり。笑。いやまあ、たとえ暮らしたとしても生活メニューは極めてシンプルになるだろうし、世の中がどう動いていようと関係なくなってくるんだろうな。

明日の午後、世俗を離れた東京から、生活がある小浜に帰ります。

2012年9月24日月曜日

Bohemian Rhapsody


朝、洗濯しつつメールチェックなどして(まるで自分の家だね(^-^;)、乾燥機にかけている間に朝食を買いに「とげぬき地蔵」のある地蔵通り商店街までぶらっと。

月曜日の9時前だというのにもう賑わいがやってきていた。道路沿いに露店が並ぶが、こんなの前にあったか?と思いつつ、とげぬき地蔵の前のベンチでさっそく添削。こうやって違う場所、違う気分でやると気分よくできるし、今日みたいに「洗濯物の乾燥が終わるタイミングで帰らないといけない」みたいなときの時間調整も苦にならないのだ。ノマドならではの効果だね。

商店街をさらにぶらぶら。ババシャツだけ売っている露店もある。さすがは巣鴨であった。

洗濯物の乾燥が終わるタイミングに合わせて宿に戻る。これが定宿になっているウィークリーマンションです。いつだったか「青いパンツ事件」が起こったところでもあるが。^^;
外に出ている間はギャラタブ&ノートで添削しているので、ノートに走り書きしたコメントをPCで入力。(これは半日以内に必ずやらないと、自分で自分の書いた字が読めなくなるのだ)

再び外出して、10時から巣鴨のルノアールで面談1件。これで18時までフリーである。日中にフリーになれるのはツアーの楽しみのひとつだ。

どこへ行くかプランはなかった。できあがったスカイツリーを見に行ってこようかなあとも思ったのだが、結局行きなれた上のアメ横と秋葉原電気街へ。意外と保守的な私なのです。(というか面倒くさがり?)

「お帰りなさいませ、ご主人様」
「ただいまぴょん」
って違う!って、前にも同じこと書いたような気がする。うーむ、宿からメシから行くところまで変わり映えしない。ああオレってオレって。
上野でベルトや財布、秋葉原でスマホのケースなど、まあ大したこともない買い物をして、大量のせんべいと一緒に自宅へ郵送。まあ今回の「引きこもりツアー」でもとりあえず外には出たとうことでよしとしよう。
夕方から再びルノアールへ。面談をしていたらいつの間にか雨になっていた。

げげ、こんなの天気予報になかったぞお。夕飯用の休憩タイムになったけれど外に出られず、うあむなくアーモンドトーストを食べてしのぐ。
夜10時、ようやく面談終了。そのまま少しメール処理や添削をやってから帰路に着く。幸い雨はやんでいた。
途中、ファミマで今夜もおでんを買って(^^;)宿に戻ったら11時前だった。うーむ、14時間も外出していたか…

2012年9月23日日曜日

いつも何度でも

今日からは東京に舞台を移す。
11時の新幹線で一路東京へ。進むほどに天気が悪くなってきた。

富士山のあたりを通過中のはずだが…なーんも見えんけんね。^o^;
車中、添削したり転寝したり、いつものように時間を過ごして1時半過ぎに東京に到着。山手線で巣鴨へ。

案の定、巣鴨も雨。まあいいのだと言いつつ、定宿のウィークリーマンションへ。荷物だけ放り込んで駅前に取って返し、とりあえずメシだあといいながら日高屋で「野菜たっぷりタンメン」。食い終わってすぐに「ルノアール巣鴨駅前」へ。
オソロシイくらいにワンパターンの行動をとっている。ああオレってオレって。(ひさしぶり^^)
4時から10時まで、1時間の休憩をはさみつつ延々と面談。いつも飲むゆずティーとミルクティーを2回ずつオーダー。時間が長くなると出してくれるお茶に至っては何杯飲んだか。^o^;

へろへろになって帰路に着く。振り返るとそこは何度も見た夜の巣鴨駅前の光景であった。
帰りにふらふらと裏路地に入ったところにあるファミリーマートに寄って、ワンカップとおでんを買って帰った。…って、これも去年と一緒やないかい!ああオレってオレって。

2012年9月22日土曜日

味気ない

① ホテルのロビー横喫茶コーナーで面談。
② 江坂の駅周辺をぶらぶら。ついでに飯を食ったりお茶を飲んだり。もちろん合間に添削。
③ ①へ戻る。以下繰り返し。
ずっと使っていた席。後ろの柱に電源がある。
こういう何の味気もない1日を送りましたとさ。^o^;


2012年9月21日金曜日

いつもの大阪

朝、トレーシーを学校まで送り、ハグしてお別れ。また来年会えるといいな。
帰宅して用事を済ませ、身支度して自転車で小浜駅へ。今日から体験論文面談ツアーである。今年でこれも最後だ。
小浜駅で今度はグレゴリーに遭遇。福井へ行くのだという。敦賀まで一緒なので、あれこれ話しながらの旅になった。小浜のもつ特徴、ユニークさをできるだけ伝えておきたいと思いつつ、去年はそういう機会がなかったのだ。(飲んでばかりいる場合じゃなかったのだ)
彼の思い・願いが今年何とか形になればいいのだが。
ツアーから帰ったら若狭坊を拉致してグレゴリーにレクチャーしてもらうつもりだ。若狭坊、覚悟しておくように。笑。

2時半ごろ新大阪に到着。遅めの昼食をまたしても「皇蘭」で。スープを一口すすって「あー、これこれ」と思うようになっている俺っていったい…^^;
定宿になっている江坂のサニーストンホテルにチェックインして、添削やメール処理の続き。
夜、ホテルの喫茶コーナーで体験論文面談。9時半すぎに終了して、へろへろとホテル別館にある料理屋へ。もう外に出る気がしないのだ。

日本酒とぬた、鳥皮山椒焼きで一人居酒屋。ぬたはマグロ、イカ、タコ、カニ。小浜だとネギと〆サバが定番なのでびっくりした。

〆は煮あなごめし。上方名物と書いてあったが、そうなのか?
まあとにかく久々の一人飲みを楽しんで部屋に戻り、あっけなく寝てしまった。
うーむ、旅に出たのに食い物の写真ばかりになっているぞ。

2012年9月20日木曜日

Brown Brothers

トレーシー、ビル校長、そして2人のホストファミリー等々でお好み焼きを食い、カラオケへ。

マドンナだったかアバだったかを歌うトレーシー
ビル校長、カラオケ大好き人間で、60前とは思えぬ声量と伸びる高音域。
トム・ジョーンズに始まり、ビートルズ、イーグルス、ロッド・スチュワート、エリック・クラプトンと歌いに歌う。たいていは知っている曲だったので一緒に歌ったが、そうするとハモってくる。うーむ、まいりました。
2人で歌いに歌い、Brown Brothers(なぜブラウン?)を結成したのでありました。
いやー、久々のカラオケでした。^o^

2012年9月19日水曜日

NZテイスト

小浜小学校の体験教室「レッツゴーのちせチャレンジ隊」で火起こし体験。「アウトドアクッキング」というタイトルだが、実際はたき火でバナナとマシュマロを焼くだけなんだけどね。^^;
今回はNPOではなく警察協助員会として参加した。おかげでスタッフも多く、大変楽に指導させてもらった。
とはいえ相変わらずの余裕なし(写真がないことでもわかるように)で、そのうえ手のひらには水ぶくれが一つ。やわな手になっちまったもんだ。

昼前に帰宅してシャワーを浴び、午後は添削をしつつともしの店で昼食、さらにボランティアセンターで「まちなか夢通り」の「一日子ども店長」の段取り、夕方はトレーシーも帰ってくるので早めに帰宅して添削の続き。まあそういうNPOデーでありました。

今日の夕食はトレーシーが作ってくれた。

右上から時計回りに、パンプキン、グリーンピース、ブロッコリーのチーズソースあえ、マッシュポテト、ポークのアップルソース。
全部素材の味が主体で少し味付けしてあるだけの薄味。東日本の人は「味がない」と言うんじゃないかと思うくらいの薄味だけど、私はこういう味のほうが好きだ。豆の味、ジャガイモの味、素材そのもののほのかな味というのはおいしいものです。

デザートは、アップルにパンケーキ的なものをのせてオーブン(はないので電子レンジ)で焼いたものにクリームをかけていただく。アップルとクリームの取り合わせが意外や意外、美味。
ただ、夕食後におしゃべりをするので、添削がちょっとやばくなってきた。SUKIYAKI塾のコーディネートもなかなか進んでいない。ごめんなさい…

2012年9月18日火曜日

異国からの客人(2人目)

夕方の早い時間にトレーシーを学校に迎えに行って帰宅。彼女は何か料理を作りたいとのことで、近くのマーケットに出かけたので、私は今度はグレゴリーを迎えに家を出た。
大阪からの高速バスに乗ってグレゴリーが妹さんと一緒に小浜にやってきた。3回目だが、相変わらず楽しい男である。
こういう小浜を愛してくれて毎年やってくることをいとわない人がいることに感謝。
なんとかこれからも毎年呼べるように、そして彼の活動が実を結ぶようにしたいものだ。

帰宅すると女房も帰っていて、あれこれ話しながら夕食。そのまま10時過ぎまであれこれと話。
これまでニュージーランドというものは身近な国ではなかったけれど、いろんな話をするとやはり理解が深まるものだ。実際に行けばさらに肌で理解できるのだろうけれど。
中国では反日デモが吹き荒れているけれど、中国の若者と接したことが全くない人には脅威であるとともに腹が立つことだろう。彼らがどんな情報を得ていてどんな情報を知らずにいて、どんな教育を受けてきたかをきちんと理解すればまた見る目も変わってくるだろうに。
人間は最初から視野が広くなれないから、経験や勉強が必要だ。そしてそれは本人の努力だけではできない。経済的事情や家庭的事情、さらに社会的事情が大きく左右する。

トレーシーとの昨夜の話でもそうだったが、外国の人と話すと、少数民族問題がどの国にもあるのだということを感じることが多い。
なかんずくアメリカやニュージーランドのように保護政策を掲げる国が持っている問題~たとえば結果的に怠惰な生活を提供してしまっているとかマイノリティが過去に持っていた権利の話など~は根深いと思うのだが、こういう問題を問題として認識して取り組んでいるのが、アングロサクソン国家(そして旧英連邦)なのが興味深い。ただ、これらの国だけが先住民族権利宣言に反対したりしているのも確かなのだけれど。
日本を含め、少数民族問題を大きな問題としてとらえていない(あるいはとらえる必要がない)国も多い。アイヌに関して言えば、その文化を守り、そして観光資源として地域活力の源泉としようとしているのは確かなのだけれど、それって(地域文化を守り、観光などの地域活性化資源としようとすることって)、日本中どこでもやっているよね。

まあともかく、経験をたくさんして学んで視野を広げることって本当に大事だなと再認識の日々である。それがないと視野の狭い偏った独りよがりな人間になってしまう。それだけはごめんだ。
世界中をバリアを感じることなく動き回るグレゴリーのような人間にとっては、そんな話は「は?」というほどの低いレベルの話なんだろうけどね。^^

2012年9月17日月曜日

異国からの来客(1人目)

夕方、ニュージーランドからタウポ中間学校(インターメディエイトスクール)の生徒たちが小浜にホームステイにやってきた。我が家には引率のトレーシー先生がステイする。
これを機会とばかりに家の大掃除をして、その合間に墓参りに行ったり旭座の片づけに行ったりして日中を過ごし、夕方、小浜小学校で出迎え。
インターメディエイトスクールは中学校くらいの位置づけにあるようだが、選択肢の多い教育システムのようで、実はよく理解できていない。

トレーシーを我が家に案内し、夕食を家族と近所のHさん親子でわいわいと楽しみ、さらにあれこれ話し込んだりして夜が更けた。
トレーシーは我々夫婦と5歳くらい違うのだが、家族構成や夫婦の役割分担(というかダンナがちょろちょろ落ち着かずに遊んでいて女房がしっかりしているあたり^o^;)が同じなので、あれこれと盛り上がった。

今日はバタバタだったので(いつもバタバタだったがそれ以上に)写真はなし。
久しぶりに英語らしきものをいっぱい話したので頭が疲れた。英語頭は総監頭より疲れるのだ。

2012年9月16日日曜日

歩こう歩こう

祭り2日目。午前中に旭座を少し片づけ、添削を少しだけして昼過ぎに東京からのお客さんを出迎える。上根来に泊まる皆さんだ。

案内して旧小浜町内に入ると、ちょうと仮宮に神輿が入るところだった。旭座に案内して、各自そのあたりで食べるものを買ってきてもらっている間に、旭座の中にあるテーブルとイスを外に出し、気持ちの良い風の中で食事。なぜか「はし巻」が人気だった。
それから西組を案内。まちなみ資料館→蔵夢→八百比丘尼入定洞→常高寺→三丁町のコース。
そこから皆さんは上根来へ。私は夜の街頭パトロールがあるのでここでお別れ。
帰宅して明日(トレーシー来宅)に向けて大掃除の続きと少しだけ(本当に少ししかできない^^;)添削。
そして夜は街頭パトロール。充実した時間ではあったが、結局一日歩き回っていることになり、足が非常に疲れた。

夜中に帰宅して、祭りで買ったタコヤキ(といっても、いつもショッピングセンターの横で売っているタコヤキなんだけど)でビール。添削しながらなので、ゆっくりというわけにはいかないけれど、ほんの少しのもみほぐしタイムでした。

2012年9月15日土曜日

祭りの夜に

今日と明日は若狭地方最大の祭り「放生祭」である。
例年は夜に該当パトロールをする以上のことはしないのだが、今回は旭座を休憩所&ビアホールとして開放するため、昨日から引き続きの準備である。

昼過ぎにオープンし、ちょこちょことお客さんが来てくれ始めた。

パネルの放生祭写真展が好評。やはり祭りには一家言ある人が多い。^^;

やがて外にテーブルとイスを持ち出して、名古屋で買ったミニギターも持ち込んでわいわいと馬鹿なおっさんたちが昼下がりの酒宴をひらく。写真はばたやん渾身のアンジーでありました。

夜が近づき、いったん旭座から離れて街頭パトロールへ。

祭りの華やかな雰囲気の中で、今日は幸いにも心静かに街頭パトロールを終えることができた。
終了後、直ちに(笑)旭座へ。ささっと片づけをして、「昭和」へ直行して黒ホッピータイム。(爆笑)
なぜか「昭和」に来るとものすごくマニアな話かものすごくおばかな話か、どちらかになる。
今日はプロレスの話と祭り太鼓の話で盛り上がった。
祭りを楽しめることに感謝!

2012年9月14日金曜日

アメフラシのように

いろんなことが同時並行で動いている。なんとか捌いているものの、余裕がないこともよくわかっている。なんて、ずっと前からいつもこうなので、体と頭は忙しくても心のほうは「別に余裕」的状態になっているのだけど。^^;

午前中、市内の西のほうの保育園で警察協助員の活動。
終わってすぐに市街地にある鉄工所に直行して、アブラギリ圧搾機用の器具について、鉄工所経営の同級生に相談。
すぐに移動して「コメリ」で紙製米袋20枚で525円也を購入し、途中「丸亀製麺」でうどんの昼食を食べつつ添削して(論文1本の1/3程度しかできなかった)、鵜の瀬近くの杉林で杉の枯れ枝というか枯葉を米袋2つ分拾った。19日の火起こし体験活動用だ。
すぐに旭座へ移動して、午後9時前まで設営。明日、祭りの中で休憩所&ビアホールを開くのだ。
もう本当に「脇目もふらずに働く」的な8時間を過ごし、なんとか電球32個分の常設照明ができた。
もうヘトヘト状態で帰宅しようと思ったが、「ほたる」の支払いをしなくっちゃと立ち寄ったら、そのままフラフラと店内へ。

壁にもたれて床に足を投げ出すと、8時間ほとんど立ちんぼうだったので足先がじーんとする。
いやあ疲れた。アメフラシのように疲れた。
とにかくノドが乾いているのでチューハイをぐびぐび。うまい。よく働いたなあと自分にご苦労様。滅多にこういうことはないんだけどね。
人心地ついたのでチューハイのおかわりを頼み、レンコンの突出しとツナ玉ねぎサラダを食べつつ、メール処理など。思わず一人居酒屋になってしまった。
今日がんばったおかげで、明日はほとんど手ぶらで旭座に行ける。店番をしつつ少しでも添削できるといいのだけれど。

2012年9月13日木曜日

最後のお色直し

夜、近所の「闇テン男」ことK君と食事。久々にいっぱい話して楽しかった。
いつも思うことだが、自分の頭の中にあるイメージを言葉にして、それに対する反応に触発されてまた頭の中の別のところと結びついて…という酒席は、ひとつのブレストになって大変楽しいし益するところが大きい。
ただ、満足して帰ろうと財布を出したら、中には千円札1枚…明日の旭座設営のためにあれこれ買ってお金を使っちゃったんだった…ToT
常連のよしみでツケにしてもらって、すいませんペコペコと帰宅。^^;

「技術士受験を応援する第二次試験合格法」の「口頭試験編」が出版となった。
おそらくこれは今年度で終わりじゃないかなと思う。体験論文もなくなるから、口頭試験だけで1冊書くのはちょっとむずかしいかなあと。
出願時期の前に本を出そうとすると、まだ口頭試験の合否もわからない1月ごろに脱稿しないといけないけれど、口頭試験の内容も変更されるから「体験記」もあまり必要ないし。
最初にこの本を書いたのが2008年だから、5年やってきたんだなあと感無量である。
最後に表紙デザインが変わったのもまた一興かもしれない。

2012年9月12日水曜日

目的は~した

SUKIYAKI塾の技術的体験論文添削講座は130人ほどの申し込みがあった。これを今日から整理してコーディネートしていくわけだ。毎年やっていることとはいえ…^^;
APEC-semiのほうもだんだんペースアップしてきた。多い人で5回目の添削だ。
しかしSUKIYAKI塾にせよAPEC-semiにせよ、また筆記試験対策にせよ体験論文にせよ、メールでのやりとり、テキストだけでのやりとりの限界をいつも痛感する。
「どう言ったらわかってくれるんだ」
である。
とにかく多いのが「課題と問題点」。課題とは何か、問題点とは何かが理解できていない人が多く、何度言っても問題点に「いかに~するか」などと書いてくる。そういう表現ではボトルネックにはならないとコメントした次の論文が「いかに~するか」でぜんぜん変わっていない。そこで「前回コメントを読んだか?そこにも書いたけど…」と言ってもう一度書く。ところがその次も同じ。
もうこうなると何らかのポリシーをもって(あるいは意地になって)そうしているとしか思えなくなったりする。
また目立つのが日本語の乱れ。
「本業務の目的は~設計した」
おいおい、「目的は~した」って。
SUKIYAKI塾で多くの人の添削を始めて本当に勉強になったなあと思うのは、ロジックの組み立てとか文章表現とか正しい日本語とか、そういったものは技術士を受けようと思うような技術者であっても、必ずしも会得しているとは限らない、いや想像をはるかに超えて会得していない人が多いということだった。
まあそうだろうなと思う。仕事でおつきあいする人にも理詰めの会話が積み上げられない人って多いから。
では、こういうことって教育課程のどこで身に着けるのだろう。主語と述語の組み合わせなんかは中学校あたりだと思うが、ロジックの組み立ては大学あたりが主ステージなのかもしれないな。高等教育を受けていることを技術士なりPEなりの受験条件にするワシントンアコードは、それなりに意味のあるものなのだろうなと再認識する次第だ。

夕方、NPO関連の会議までの間に帰宅するのも面倒だったので、「鵜の瀬」でリラックスタイムを兼ねて添削。
添削していてどこがリラックスかと思うかもしれないが、これがかなり気持ちいいのよ。

2012年9月11日火曜日

なぜか踏み入れない世界

「新しい公共」のスキルアップ講座、FaceBook講習会に行ってきた。受講したのではなく担当NPOとしてだけど。

マシンは各自持参なのだが、パソコンを持ち込む人、タブレットを持ち込む人、様々だ。今日は受講生・スタッフあわせて12人のうち4人がタブレットだった。そのうち3人がiPadで一人がMEDIAS TAB(今日触ってみて改めてほしくなってしまった^^;)。
タブレットは本当に多くの人が持つようになった。中にはタブレットだけでPCなんぞずいぶん触ってないという人もいるようだ。
私は仕事の性質上、タブレットだけというのは不可能なのでPCも持ち歩いているのだけど、2つ持ち歩くのは大変なので軽量化・小型化が必須になり、ギャラタブ&バイオになっている。でもWin8のサーフェスは買っちゃうかもしれないなあ…

それはともかく、FaceBookは数か月前に一瞬だけやったことがある。友人から誘いを受けて何の気なしに始めたのだけれど、なんだか肌に合わなくてすぐにやめたのだ。
いろいろ便利な機能や楽しいこともあるのだろうけれど、ブログだけで今のところ十分というか、これ以上ネットに時間をかける余裕がないというのが正気なところなんだけどね。
こうしてみると、ネットの使い方もタブレットの使い方も偏っているなあと思わなくもない。スマホで音楽を聴くこともないし(学生時代に「デンスケ」や初代ウォークマンを肌身離さず持ち歩き、毎晩ヘッドホンで音楽を聴きながら眠っていたのがウソのようだ)、YouTubeはじめ動画を見ることもたまにしかない(そのかわりたまにYouTubeでライブ動画など見始めると何時間も使ってしまう)。
まあ人それぞれってことで。

2012年9月10日月曜日

くふふ

8月8日にその存在を知り、8月27日にポンプ設置と仮配管をした、道の駅の裏の井戸。
いろんなことができるよ!と市民幹事会のみんなに言ったところ、
①まずは本配管して、近くの畑で採れた野菜を洗ったりできるようにしよう。
②駐車場まで引き込んで、水車を回して野菜を冷やそう。
ということになった。
そして本日、第1期工事であった。

現地でポンプのサイズや井戸、野菜洗い場との距離などを測り、必要な材料・器具を決定。
すぐ近くのホームセンターに行って、配管材(VP20塩ビ、ソケット、エルボ、チーズ、バルブソケット、キャップ)と塩ビのり、シールテープ、さらに配電用のケーブル(切り売り35m)とゴムプラグ&ソケット、そしてポンプ小屋用のコンパネと角材を購入。
ちゃちゃっとできると思っていたが、なんのなんの1時過ぎから始めて5時過ぎまでかかってしまったではないか。
それでも苦労のかいあって、なんとか1期工事を竣工することができました。笑。


向こうにポンプ小屋、そこから配管して野菜洗い場。

小屋の後ろでチーズ分岐。向こうの駐車場側にはとりあえずキャップ。
これを伸ばしていくのが2期工事なるわけだ。水車を何とか作りたい。

女房の実家から持ってきた漬物桶を使った野菜洗い場。
GL-30m(推定)の被圧地下水だから冷たいぞぉ~。
何を使って、どうやって作ったらいいかは完全に自分の頭の中にあったのだが、いざ手を動かすとなると配管・配電・小屋作りとやらないといけないので、えらく時間がかかってしまった。
でもまあいいのができた。実に嬉しいのだ。くふふ。50歳を過ぎたおじさんが「わーいわーい」と喜ぶのはさすがにどうかと思うので、静かに喜ぶのである。くふふ。

2012年9月9日日曜日

さ~とうきび

6時起床。上根来ではいつも明るくなると起きちゃう。まあ板間に断熱シート・シュラフという組み合わせだから眠りが浅いのだろうけど。
シャツだけで掛布団なしで寝たのだが、さすがに少々肌寒い。さすがは上根来である。

上根来の朝は鳥の声くらいしかしない。あ、昼もか。^^;
残り食材でNさんんがパスタを作ってくれた。うまうまと食べて7時過ぎに解散。
山を下りて、とりあえずマクドへ。コーヒーを飲みつつ一晩分のメールを処理し、昨日のブログを23:59と偽って(いつもだけど)投稿して、添削をちょっとやっていたら9時を過ぎてしまった。
帰宅後シャワーを浴びて、添削をしたりアブラギリ圧搾機械の計画をしたり、眠気の残る頭でなんとなくふわふわと日曜日を過ごした。
夕方、リビングのソファでうたたねしていたら女房がきゃいきゃいはしゃぎながら入ってくるのでどうしたんだと聞いたら、知床さんからトウモロコシが届いたとのこと。

さっそく夕食のときにいただく。甘くてうまいんだなこれが。いろんな方から「さすが!」の名産をいただき本当にありがたいことだ。
ところでこのトウモロコシ、北海道・東北・四国・九州・沖縄では「とうきび」と呼ぶらしい。つまり日本の真ん中あたりでは「とうもろこし」、その南北(というか東西)では「とうきび」ということね。最初知床さんから「とうきびを送る」と聞いたときは「なんで北海道でサトウキビ?」と思ったものだ。
でもいつも思うのだが、北海道のトウモロコシは種類が違うのではないかと思うほど甘い。やっぱ気候なんだろうな。でも土壌もあるのかな。まあいいや、美味いから。
…やっぱり頭がふわふわしてるな。今日は早く寝よう。

2012年9月8日土曜日

またも囲炉裏端会議なのだ

夕方から上根来へ。一泊するのだが、なにせ携帯電波が飛ばないので、いろんな連絡をすませて本日返信分の添削を送り、まあいつもより密度をあげて日中を過ごした。こういう機会があると事務処理などがかえって進むのでありがたくもある。

ちょっとばかり早く現地に向かい、上根来小学校跡でレジャーチェアを広げ、角瓶をチビリとやりつつ文庫本を読む。うーむ、「角瓶と文庫本」をこんなところで実現するとは。^o^;

目の前にはこんな風景。木と山と空だけの風景を眺めつつ、山の涼しさと気持ちいい風の中で本を読んでいると、いろいろな音に囲まれていることに気付く。葉ずれの音、いろんな鳥のさえずり、シカの鳴き声…そのうち本を読むのも面倒になってくる。
そうだ、次はいっそハンモックを持って来よう。そして昼寝をするんだ。

やがてメンバーが集まり、囲炉裏端会議が始まった。
7月と同じく、Mさん宅をお借りしている。今年はここをゲストハウスとして使えることになっているのだ。
囲炉裏を囲んで飲む酒は美味い。

小浜らしく、釣ったばかりの魚を煮つけにして食べる。

イカと野菜を炒め、ムール貝を焼く。
海と山が近い小浜ならではの贅沢。

ちょっと電気を消してみると、闇の中の炎を楽しめる。
腹くちくなったので、みんなで外へ出て、高台にある一反田へ。上根来集落は古い地すべり地形で、全体が緩やかな台地になっているのだが、そのてっぺんあたりに一番広い(といっても一反だが)田んぼがあった。そこが星を見るのにちょうどいい見晴らし台になっているのだ。
途中シカと鉢合わせしてびっくりしたりしつつ、山道を登ると、闇の中に一反田が広がっていた。今は草むらになっている。
ちょっと雲が出ているが、晴れ間には星があふれ、白鳥座が天の川に埋もれんばかりだ。
夜風が気持ちいい中、ずっと見上げているのが面倒になってきたので草むらにごろんと寝転がり、虫の声に囲まれつつ星を眺めていると一筋二筋と流れ星。いい年をしたおっさん連中のくせに「あ、流れた」なんて声を出したり。^^;
ゲストハウスに戻り、ウィスキーをちびちび飲みながら話し込んで、眠くなったのでシュラフを出して各自そのへんにころがって眠った。

2012年9月7日金曜日

心優しき人たち

今年も「まちなか夢通り」の準備が始まった。駅前の商店街を舞台に、アーケード下や空き店舗を利用してボランティアグループが活動紹介や模擬店などを行うワンデイイベントである。
行政や経済界の補助をまったく受けず、共同募金をはじめとする自前の財源だけで、市民の力だけで企画運営するイベントだ。
また赤い羽根共同募金と連携していて、ここでの募金が市民活動も支えている。

6時40分すぎ、自転車で自宅を出る。小浜湾はもう夕闇を通り過ぎようとしているほどに暗い。日が短くなったものだなあと改めて思うとともに、「やばい、もう秋じゃんか」とアセル。今年のWACおばまは委託事業や補助事業をいっぱいかかえちゃってるのだ…

今年の参加団体は40ほど。一番多い時で70を超えていたから、ちょっと転換期に来ているのかもしれない。それでも参加団体はいろいろな思いを胸に集まっている。
力のない人も弱い人も、みんなが幸せになってほしいという思い、自分のまわりの人たちが心乱さず夢を持って生き生きと暮らしてほしい、ただそれだけの思いを小さくても行動に移そうという心優しき人たちだ。
こういう心優しき人たち、そして様々な市民のそれぞれの小さな夢、そういうものを大事にしない世の中はだめだ。そしてそういう人たちの思いが年に1回形になる「まちなか夢通り」は、誇るべきイベントだと私は思う。
…なんか去年もこういうことを書いてたような気がするけど。^o^;