2026年3月26日木曜日

ビールで時間稼ぎ

東京都道路公社で講義と個人指導。明日は朝の飛行機で秋田に向かうので、今日は東急ステイ蒲田に泊まる。
しかし5時すぎの痛勤時間帯に新宿から電車に乗るなど絶対にしたくない。

ということで、誠に申し訳ないのだがバイアさんに付き合ってもらってビールで時間稼ぎ。空いている店がなくて、けっこう遠くまで歩いたが、おかげで通勤電車は避けることができた。

ありがたいことに大江戸線に座れた。やはりビール飲んで時間をずらしたのは正解であった。
おかげさまで今日はそれなりに早めに寝られた。

2026年3月25日水曜日

桜咲く東京へ

今日は移動日。徳島から空路東京へ。

空港内の食堂で昼食。今日も徳島ラーメン。旅に出るとラーメンが多くなるんだよなあ。

羽田空港から京急・浅草線で大門、そして大江戸線で新宿へという、最近のお決まりパターンで移動。東急ステイ西新宿直近の駅で下車。桜が満開だった。
今日はもうコンビニメシで飲み食いしてさっさと寝ることにした。
…のだが、例によって早寝しすぎて変な時間に目覚めて寝られず仕方がないから仕事して、明け方にまた眠くなって寝るという、なんとも中途半端なパターンになってしまった。

2026年3月24日火曜日

徳島出願セミナー

JRを乗り継いで徳島へ。小浜→(小浜線)→敦賀→(サンダーバード)→京都→(のぞみ)→岡山→(マリンライナー)→高松→(うずしお)→徳島。乗り換え多っ!

瀬戸大橋を渡る。おそらく大阪からバスで行くのが近いし安いが、今回は車中で添削をやりたかったのであえてJRにした。でも長いなあ。

到着してホテルにチェックインし、すぐにホテルの部屋でWeb面談。終了後、徳島ラーメンを食べてイキオイをつけてセミナーへ。

18時開始で21時まで出願セミナー。それなりに若い人もいて、力が入る。

終了後は深夜まで打ち上げ。5人中4人まで前期高齢者という集まりである。

締めは鯛めし。妙に元気な前期高齢者なのでありました。

いやあ、飲んだし食ったなあと思っていたら、ビルの上のデビルマンが「あほやなあ」と言っているような気がした。^o^;

2026年3月23日月曜日

密度の濃い在宅1日

わが家には今日一日しかいない。午後から文化財保存活用計画審議会があって、さらに夜はその飲み会があって、そのために帰ってきたのである。急速のために帰ってきたのでは決してない。(泣)

朝にWeb面談をひとつこなしてから上根来へ。明日から今年最初の利用者が来るので最終チェックである。

玄関先にはまだこれだけの雪が残っている。3月も20日すぎているのにだ。まあここ以外にはほぼ雪もなくなっているのだけれど。

午後、会議のため歩いて市役所へ。つくしがいっぱい出ていた。やっぱり春なのである。
子どもたちが小さい頃はよくつくしを摘んでは卵とじにして食ったなあ。
行き掛けの駄賃に肺炎球菌のワクチン接種とやらをやって、市役所へ。
会議は予定を少し越えて17時すぎまで。18時から飲み会ということで、今度は市役所から会場の「秀」まで歩く。少々肌寒い。

あれこれ食うものが出てきたが、大きなぐじが出てきた。大いに盛り上がり、二次会に行きたそうなメンバーもいるものの、私は明日にはまた朝から出発しないといけないので帰宅。

2026年3月22日日曜日

大阪出願セミナー

SUKIYAKI塾大阪出願セミナーなのだが、なぜかいつも午後からである。一般部門も総監部門も講義して、時間を切り詰め、間の休憩もないのだから、午前からゆっくりじっくりやりたいなあと思いつつ、雇われ講師なので従う他ない。トホホ

時間はたっぷりあるので、本町から新大阪まで歩いていくことにした(バカ)。天神橋筋商店街をひたすら北上。

淀川を渡る。なんだか調子が出てきた。添削も思いの外進む。

川をわたると水道記念館なるものがあるのだが、まだ時間もあるし、一度入ってみることにした。

日曜日で子どもイベントをやってて、完全アウェー状態にたじろいだが、おっさん一人でも見学はさせてもらえた。ありがたや。なかなかに面白かった。

新大阪駅に到着し、まずは昼食。当然ならが皇蘭ラーメンである。

午後から講義開始。夕方まで休みなしでひたすら働く。

打ち上げ。会長はまだ負傷中なのか不在だが、いつものメンバーで楽しく過ごした…が、私は途中で堆積し、サンダーバードで家路についた。当然ながら小浜着は終電。

2026年3月21日土曜日

大阪へ

 今日は移動だけなので、朝のんびり起きて、ホテル近くのパーラーで朝食。

そばとポー玉おにぎり。満足。言う事なし。
空港まで歩いていこうかとも思ったが、天気も怪しいので奥武山公園駅からはモノレールで。

那覇-関西空港便なのに、なぜかバスラウンジから出発。それだけ搭乗口が混んでいるということか。ぜんざいを食って出発待ち。これがまたなかなかにうまい。

離陸。順調に関空までフライトし、はるかで天王寺駅へ。そこからは歩いてでんでんタウンんへ。

ヲタロードはなかなかの人。もう最近はここで何かを買うことは少なくなった。そういえば最近、PC関係やガジェットってあまり買わなくなったなあ。

五階百貨店跡はどうなったかなと行ってみたら、なんと駐車場になっていた。あれ?新しいビル建てるんじゃなかったの?
さらに歩いて本町の東急ステイにチェックイン。あー疲れた…と思うまもなく、17時からZoom。さらに疲れたので早々に風呂に入って、部屋飲み食いで夕食。

2026年3月20日金曜日

沖縄出願セミナー

 SUKIYAKI塾沖縄出願セミナー。今回はおもろまちではなく奥武山が会場。ホテルからはすぐだ。

交差点を渡ろうとして、改めて「白いなー」と思う。

骨材が琉球石灰岩だから、道路が白っぽい。そして滑る。沖縄ならでは。

セミナーは午前中が講義、午後が個別指導。今回は例年より受講生が多い。

終了後は懇親会。もずく天ぷらや人参しりしり、チャンプルーなど、やっぱり沖縄のメシはうまい。

今回も楽しく過ごしました。このあとどこか行ったっけ。あまり覚えてない。^o^;

2026年3月19日木曜日

そして那覇へ

今日は小雨。午前中時間があるので、和泊町歴史民俗博物館と大山植物公園へ。

大山植物公園の展望台から越山方面(島の伸びている方向)を望む。緩やかな地形と豊かな森。いいところだなあ。
レンタカーを返して空港へ。再びJACで那覇空港へ。

夜、いつもの壺川の東急ステイにチェックイン。すっげー都会に来たなあと思った。
これで奄美大島、徳之島、沖永良部島に行ったし、前回奄美大島の帰りにちょっとだけだが与論島にも行った。
次は船で行く島か、あるいは絶海の孤島・大東島か。

2026年3月18日水曜日

沖永良部島行

昨日で徳之島はほぼコンプリートかと思われるが、行き残していた施設や海岸へ少し。

犬の門蓋という石灰岩の海蝕洞。今日もいい天気で、海がきれいだ。

昼の飛行機で徳之島に別れを告げる。今日もJAC。

着いたのは沖永良部島。せっかくだからここでも一日過ごす。
去年から、もう私もいいトシなんだし、行けるうちにできるだけ行こうと決めて、鳩間島、多良間島、大神島、伊是名島、久米島に行って、八重山の島はこれでコンプリート、さらに沖縄県内で飛行機で行けるところは大東島以外行ったので、じゃあ旧琉球国の範囲内であh師を伸ばそうと奄美大島に行ってみた。そうしたら、旧琉球国の中でもやはり違いがおおいにあるなと思ったので、今回は奄美大島から沖縄に向かって徳之島、沖永良部島と行ってみようと思ったわけだ。
そして久米島で佐藤さんに実に深いガイドをしてもらって以来、ガイドさんに案内してもらうことの良さを痛感したので、今回はずっとガイドさんにお願いしている。ここ沖永良部島での山下さんというガイドさんにお願いした。どうもこの方、沖永良部島のヌシみたいな人のようだ。

フーチャ。石灰岩洞窟が海とつながり、ここに波が侵入して吹き上げるくらいになるという。東北東から西南西に長く伸びる沖永良部島の最北端で、ウミガメが見られるという。

私の目とスマホカメラではまったくわからなかったが、もらった写真にはアオウミガメがバッチリ写っていた。

半崎。島の中程の北岸。北岸は東シナ海に面して波が荒く断崖が多く、南側は太平洋に面してリーフが広がる。石灰岩の断崖だが、右の方に写っているのは基盤岩(中生代くらいの泥岩のようだ)。沖永良部島は宮古島などと同様の隆起珊瑚礁の島で、ハブもいないのだが、基盤岩が浅く、島の中心線部分では地表に露出している。そして南北に傾斜して石灰岩に覆われているわけだが、あまり深くなっていないので、湧水や井戸があちこちにあり、宮古島に比べると水を汲みに断崖の下まで降りたりする苦労はあまりしなかったようだ。ただ島の南部には地下ダムがあって、そこは宮古島と同様なのだが。

島の真ん中にある越山展望台から東北東方向を望む。平坦性の高い隆起珊瑚礁の島であることがよくわかる。もちろん主産業はサトウキビ。山下さんいわく、観光客もあまり来ないらしい。世界遺産になったけれど比較的静かな徳之島よりさらに静かで、沖縄や鹿児島から飛行機で来ないといけない分だけ(それもスケールメリットの小さい小さな飛行機で来ないといけない分だけ)高くつくので、あまり人が来ないとか。

世之主の墓。琉球三山のうち北山王の息子の墓だとか。つまりここは三山時代に北山の勢力圏内にあったということで、非常に興味深い。
お墓も、徳之島は日本式のお墓だったが、沖永良部島は亀甲墓ではないが前庭風のスペースもあり、ちょっと沖縄っぽいし、民謡も徳之島は日本民謡的なメロディが大部分だが(ただ踊りはカチャーシーの振りが混じっている)、沖永良部島は完全に琉球音階だ。

鍾乳洞。日本鍾乳洞9選だとか。

立派な鍾乳洞だが、他に誰もいなかった。全長600mあり、けっこう時間がかかるし、途中は体がギリギリ通り抜けられるところもあって、それはそれでまた楽しい。

田皆岬。島の西の方にある。これ、上半分の垂直に切り立った断崖は石灰岩だが、下半分は基盤岩である。隠岐道後の浄土が浦を思い出した。あそこは下半分新第三紀安山岩で上半分が第四紀玄武岩なのだが。

そう思って両者の境界をよく見ると、段丘礫層か?と思うものが挟まれている。角礫が多いし、まあ基底礫岩というか、珊瑚礁が形成される前に堆積した表層堆積物なのだろうけど、いよいよ隠岐の浄土が浦っぽくて懐かしくなった。
ホテルはまちなかにあって、少し歩いて居酒屋で夕食。島らっきょうなど沖縄っぽいものが多くあった。
寝酒を買おうかと思ったらアルコール自販機はホテルになく、周囲にコンビニもなく、少し歩いて酒屋に買いに行った。素朴で静かなまちの夜道を歩いていると、驚くほどくっきりと星が出ていた。

2026年3月17日火曜日

徳之島の一日

 気持ちよく目覚め、宿の朝食を食べて海岸へ少し散歩。あ、ここは徳之島です。

いろんな鳥が鳴いている。私はさっぱりわからんが。
今日は日中から夜にかけて、ガイドの常さんにお世話になる。何もわからん者がうろうろするんじゃなくてガイドさんに説明いただくほうがずっといいことを奄美大島で学んだので、今回は徹底することにした。
今は渡って行くのが少し遅れたノスリがあちこちにいるらしい。そういえば、そろそろ小浜のほうでは渡ってくるころだなあ。

海とつながっているらしい(通路は見つかっていないらしいが)洞窟・ウンブキ。ウンブキアナゴなどの貴重な生き物が生息するらしい。ちょうど地域の専門家の方もおられて盛り上がるのだが、私は石灰岩にばかり目が行く。^^;

「生き物より地質」の私に合わせてくれたか、「ムシロ瀬」に連れて行ってくれた。ここは花崗岩が分布する。徳之島の地質はとてもおもしろくて、花崗岩や変成岩など、他の島では見られないものが出る。だから山も高くて、当然ハブもいる。

天城岳登山道を散策。このようにしっかり自然が守られている。

いろんな植物、いろんな鳥がいたのだが、やはり私は地質に目が行く。このあたりは砂岩と泥岩の互層かな。

徳之島南部は伊仙町というが、ここで伝統の飲み物だという泡茶をごちそうになる。ほうじ茶を桶で泡立てて飲む。

実に美味しく、またゆったりと時が流れる、この上なくぜいたくなおやつタイムだった。これもまた1人でぼけーっとしているより、おしゃべりして時を過ごすのがいい。

伊仙町には昔ながらの石垣が残る。珊瑚を横積みにしたような石垣は沖縄県内でよく見るが、このように野面積みにした石垣は珍しいように思う。
300年ガジュマル。道をまだいでどんどん広がるガジュマル。道などで根が痛めつけられていないせいか、非常に元気。

カムィヤキ陶器窯跡。これ、「瀬戸物」だよね。花崗岩が分布する徳之島ならではの陶土を活かした焼き物に違いない。これが九州から琉球全域に運ばれたらしい。徳之島特産の輸出品だったようだ。実に面白い。
いったんホテルに戻って夕食を食べ、今度はナイトツアー。鍵を開けて林道へ。

リュウキュウイノシシが4頭出現。これは珍しい。

ヒメハブ。まだ寒い(と言っても15℃くらいはあるのだが)からか全く動かない。動かないのだが、まるっきり無視して横の林のほうばかり見ている常にはヒヤヒヤする。
他にも当然ながらアマミノクロウサギなども見れたのだが、バッチリ写真に収めることはできなかった。
ホテルに到着したのは夜10時近かった。常さん、朝から晩まで本当にありがとうございました。島で生まれ育ち、島の人たちと深く結びついて生活しておられるからこそのガイド、感銘を受けました。