2026年10月6日火曜日

やっぱり一次セミナーはハード

慣れない早い時間に寝るものではないなと思った。3時頃目が開いて、うとうとしたり目が冴えたり、まんじりともせず空が白んで朝であった。結局5時間も寝ていないではないか。

まあともかく仕方がないのでホテルをチェックアウトして会場に向かう。
高知城が朝の空気の中にすらりと立っている。お城のフォルムとしては、高知城が一番好きかもしれない。

朝飯はどこで食うかなあとGoogleMapで探して、県庁近くのKonohaを選んだのだが、店先に立って気がついた。ここ、8月に来たばかりだ。モーニングが美味しくて、これで580円。
パソコンを開いたら、すっとWiFiがつながった。そうだよね。8月につないだもんね。
店の雰囲気もいいし、電源もあるし、これから高知の朝食はここだな。
9:30から一次試験セミナー。いつも思うのだが、このセミナーだけ異質だ。二次試験の出願・筆記・口頭セミナーもRCCMも、我々技術者の仕事に直結した、ある意味矜持とも言える話を熱を持ってすることができるのだけれど、一次試験だけはまるで高校の数学や理科の授業をしているような、浮世離れしたような話をしなければならない。
実は私はそういった「無限に長い直線」とか「真空中の物体」とかいった話が嫌いではない。なんというのかな、現実には存在していないそういう空間世界をイメージするのが好きなのかもしれない。
だけど眼の前の受講生はリアルの世の中に生きていて、中にはあからさまに興味がなさそうな、ものの10分で睡魔に負けて轟沈してしまうような受講生もいる。この「打てど響かず」の中で講義をするのは、本当に疲れるのだよ。
ともかく、勤めを果たして、少々ぐったりしつつタクシーGoでタクシーを呼んで高知駅へ。そこからバスで高知空港へ。予定より1時間早い到着となったので、土産を買って送り、かなり早めに保安検査場を通過して、時間がたっぷりあるので、待合室を徘徊しつつ添削。

夕暮れ時の高知空港。火曜日の夕方に高知から伊丹に行く人なんているのか?と思ったら、これが満席。半分くらいは仕事の人かな。まあ小さなプロペラ機だったんだけどね。

四国山地を見下ろしつつ、今度は30分ほどのフライトである。

関西空港を通り過ぎた。眼下がどんどん賑やかになっていく。

いよいよ都会っぽくなってきたので、大阪の中心部あたりかなあと思っていたら、

すぐにもう光の密度がぜんぜん違うところに来た。淀川も見える。やっぱり大阪中心部はレベルが違うな。
伊丹空港に到着し、予定通りにモノレールと北急を乗り継いで新大阪へ。

夕食は当然皇蘭である。今日はちょっと腹が空いたのでミニチャーハン付き。
8時すぎのサンダーバードから小浜線を乗り継いで、23時前小浜駅着の終電で帰着。
た~~~~っぷり長湯をして、ほっとしてデスクで寝酒をくらう。

鈴が膝の上にやってきた。涼しくなってきたとたんに現金なやつだ。

2026年10月5日月曜日

再びひろめへ

今日から高知へ1泊2日の短い旅。でもこれが10月唯一の旅なんだなあ。
いつもは大阪まで行って伊丹空港からANAで高知入りなのだが、今回の往路は気分を変えて小牧空港からFDAで高知入りすることにした。

で、敦賀から米原までしらさぎ、米原から名古屋まで2駅だけ新幹線なのだが、Pシートというのを取ってみた。3人席の真ん中にパーテーションをおいて1.5席にしたものだ。真ん中席が物置にもなって、仕事ができる席という仕立てで、この7号車はあまりうるさくなければキーボードを叩いてもWeb通話をしてもいいらしいのだが、さすがに30分もなかったので、スマホで添削していた。
それはそれとして、乗車してすぐこの写真を撮っていたら、後ろから「APECさん」と声をかけられてびっくりして振り向くと、やえもんがいた。彼も今日から(彼の場合、「今日も」が正しいか)出張だというのだ。それはそうだとしても、同じ新幹線の同じ車両に乗るか?まして私は米原から乗るからひかり以外に選択肢がないが、彼は新大阪からだからのぞみのほうが早かろうに。聞けば同じ名古屋で降りるという。
もうこれは、私と彼は赤い糸でつながっているとしか言えないのではなかろうか。一緒に鳩間島に行くしかないのか?

名古屋駅で降りて、一緒に食事。もちろん味噌カツだぎゃあ。
やえもんは「あおなみ線」といういまだ私が乗ったことがない鉄道に乗ってどこかに行ったので、私はバスで小牧空港へ。

保安検査場を通過してみると、思いのほか人がいる。え、これだけの人が小牧から高知に行くのか?と驚いていたら、先行する丘珠行きの塔乗が始まったら、ぞろぞろと人が出ていった。

で、残ったのはこれだけ。まあ納得だわな。でも小牧から丘珠行きがあるのを初めて知った。小牧は名古屋駅から近く、丘珠は札幌中心部に近い。これからこれも選択肢にしようかな。

今日の飛行機はFDA。一応ジェットなのでなんとなくほっとする。しかし保安検査場でも、待合室から塔乗に向かう際にも、搭乗券はチラ見せだけ。これでいいのかと思いながら飛行機に向かうと、登場直前にバーコードリーダーでピッと確認していた。

ともあれ定刻通りに離陸。55分の空の旅である。実は昨夜少々寝不足だったもので、ずっと寝こけていた。
高知空港からバスで北はりまや橋へ。ホテルはいつもの帯屋町のドーミーイン。
少し休んで、ひろめ市場へ。

5時半ごろ到着したのだが、相変わらずの混みようである。
やがてカチナノリさん合流。さらにRyoさん、ぎばちゃん、Yさんの5人で楽しく飲んだ。
で、ド平日でもあるので8時すぎには解散してホテルに戻り、それでも何とか根性を出して洗濯だけして、そのあと少しデスクワークをしたようにも思うが、ともかく久々に日が変わるよりずっと前に寝入った。

2026年10月4日日曜日

猫と一緒

 雨の一日。コメダでモーニングを食べながら添削して、前が降っているので徘徊もままならず帰宅、デスクワークをして…することがなくなったので(実はいくらでもあるんだけど)ヒルネをけっこうたっぷりして、午後は上根来の片付け。

Kさん宅の庭木が早くも紅葉しかかっている。
すっかり涼しくなったので、草刈りでもと思っていたのだが、この雨ではままならず早々に帰宅。明日から10月唯一の旅に出るので支度でも、と思ったが、1泊2日だけなのですることもなく、結局またもやヒルネ。
夕方目覚めて思ったね。今日の生活パターンは猫と一緒だった。^o^;

2026年10月3日土曜日

今日は鈴が甘えん坊

今日も川コースを徘徊。女房と昼食&買い物に出たときに急に思い立って私だけ歩いて帰ることにしたので、帽子もなければイヤホンもない。かといって添削もそんなにたくさんはないので、けっこうぼんやり歩いた。

カリンが実っていた。カリン酒かシロップかジャムにいいそうだが、まだ作ったことがないなあ。人様のものだから勝手に取れないけど、いつか作ってみたい。

北川左岸側の土手は管理用道路で遊歩道状態のため、心置きなく徘徊添削できるのだが、今日はだ~れもいなかった。なんとも贅沢な気分だ。

田んぼ(畑?)をトラクターで耕うんしていた。こういう時は必ず何羽かのトンビがいる。
もう本当に機械のすぐ近くまできて、耕されたそばから虫かミミズか知らんがついばんでいる。バイキングみたいな感じなんだろうなあ。

夜、デスクワークをしていたら、鈴が膝の上でいつの間にか眠っていた。
可愛そうだが簡易ベッドの上に移してフロに入りに行って、また戻ってくると。

またまたやってきて膝の上でぐっすり。今日はえらく甘えん坊さんだなあ。

2026年10月2日金曜日

散歩にいい季節だ

今日も今日とてデスクワークと徘徊ワークの繰り返し。でもこの徘徊ワークが、最近は少し添削に余裕も出てきたので、散歩7割添削3割くらいの感じで、ちょうどいい気晴らしになっている。

最近は海コースより川コースのほうが多く、土手の遊歩道を歩いていると川風が気持ちいい。

夜(というか真夜中)、ちょっと歩き足りない感じもしたので、コンビニまで往復1kmほど、添削も音楽もなしにふらふら。深夜のこととて下弦の月が東の空にかかっていた。
Pixel10ProFoldで20倍ズーム撮影してみたら、思いのほかクレーターっぽいものも写っていた。やるな。

2026年10月1日木曜日

行ったり来たり

今日はすかっと晴天。
出勤する女房と一緒に市役所近くまで行って、ガソリン入れといてねと言われて承知仕りましたと給油して、コメダでモーニングを食べて、車を女房の駐車場に置いて歩いて帰った。

一番町は道路拡幅工事の最中で、歩道縁石が施工済み。これから電柱移設、歩道・車道舗装と進むのだろう。せっかくだから無電柱化もしてほしかったけど、まあいいか。
いったん帰宅して少しデスクワークのあと、また歩いて市役所へ。
メルカードで昼食を食べて歴史文化方面の打ち合わせをして、また歩いて帰宅。一番町を行ったり来たりの一日だ。

工事中の区間の先はもう新幅員で出来上がっている。こちら側の車線は電柱がないな。たったこれだけで空が広く見えるものだな。

2026年9月30日水曜日

涼しくて気持ちが良い

小雨の中の校学習から一夜明けると一転して気持ちのいい天気。うーん、先日の軽井沢といい、どうもまた雨男の回りになってきたのかな。

昼過ぎ、気温24度。まだTシャツ1枚で歩ける。というか、わっせわっせと歩いてちょうど気持ちのいい天気だ。

水取から国富を経て府中橋を渡って北川の土手から府中へ。ソバの花が満開。

夜になると少し肌寒くなってくる。ニャンズは身を寄せ合って寝ていた。
この姉妹は仲が悪かったり良かったり、おもしろいものだな。

2026年9月29日火曜日

校外学習

雨模様の中、午後から地元小学校の校外学習のお手伝い。
校歌に出てくる南川のイサザから川の生き物調査に7月につきあって、そこから今度は昭和28年台風13号水害に興味を持ったというので、水害の記録を巡るとともに、ちょうど架替が進む橋の見学(径間が広がるとともに桁高が上がることで水害対策が進んでいることの学習)。4年生にはちょっと難しいか?と思いつつ、傘を指して学校を出発。

施工中の大手橋と西津橋で小浜土木事務所の方々に説明を聞く。忙しい中、大変にありがたい。
さらに南川の土手を歩きつつ河道付け替えの話をして、上竹原で慰霊碑と水位の跡が残るお寺で話を聞き、わっせわっせと早歩きで帰路を急ぎ、なんとか下校時間前に学校に到着。
子どもたちの記憶の片隅に残る活動であれば嬉しい。

2026年9月28日月曜日

コスプレって…

私はAndroidスマホを使っているので、写真は自然とGoogleフォトに保存される。
そしてフォトは時々任意にシリーズものを作って見せてくる。

こんな感じですね。「ゴロゴロ、ニャーニャー」まあ可愛いものだ。
「遺跡のロマン」まあ、これもいいでしょう。
「コスプレ最高」…これ、祭りの装束なんだけど…^o^;

こういうのも懐かしいなあ…と思って見入ってしまう。えっ、もう15年近く前のことなのか?
年取るはずだなあ…

2026年9月27日日曜日

書道展

今日は「小浜市の歴史と文化を守る市民の会(長い…)」の会長職として、書道展の表彰式に出席した。年に数回しか着ない背広ネクタイで、ほんの2時間ほど着ていただけでどっと疲れる私は何だろう。

考えてみたら、なぜ書道展に「歴史と文化」の出番があるのだろうと思ったら、偉人顕彰書道展で、小中学生総勢100人以上が郷土の偉人の名前を冠した賞を受賞するのである。
私と市教育部長と文化協会会長と3人で、流れ作業のようにひたすら目の前に来た子供に賞状を渡す作業であった。
しかしおじさんは改めて考えたのであるけれど、江戸時代の安定した時代あたりから様々な偉人を輩出した小浜の地はやはり大したものである。
なぜそれが可能になったのかというと、当時のことだから藩主の考え方が大きく効いていたのは確かだと思うのだけれど、日本の真ん中あたりに位置して北の魚も南の魚も取れて山はさほど険しくもなく全体が里地里山で飢饉の記録がないという非常に恵まれた地域の中で、衣食住の心配があまりない中で落ち着いて学問など興味のあることに打ち込める環境があったというのが大きいのではなかろうか。
今目の前で賞状を次々と受け取っていく子供たちは、自分の思いとか感性を半紙の上に表現するなどというレベルではないかもしれないけれど、「きれいな字を書こう」あるいは「賞を取ろう」、何でもいいのだけれど、気持ちを集中させて筆を取り、字を書いたと思うのである。そういう環境が整っている社会だったからこそ偉人が生まれたのかなとぼんやり思いつつ、それはどうでもいいけれど早くネクタイを外したいと思いつつ、1時間ほどの表彰式を過ごしたのでありました。

あまり今日は歩かなかったので夜に徘徊。さすがにTシャツ1枚だとそろそろ厳しいなと思うくらいに涼しい。…のだけれど、それでも行けるところまでTシャツ1枚で頑張る前期高齢者なのでありました。


2026年9月26日土曜日

マテバシイ

今日も今日とて徘徊添削。今日は一番よく行く海コース。

マテバシイはすっかりいい色になって、もう落ちた後に帽子だけ残っている枝も多くなってきた。

下を見ればバラバラと落ちている。毎年これがもったいないと思う。思うのだけれど仮に拾って帰っても使うわけでもなくずっと置いておいて、最後は女房が文句を言いながら捨てることになるのは目に見えている。だけどやっぱりもったいないと思う。
何だろうね、これ。

2026年9月25日金曜日

涼しくなると

しっかりと涼しくなってきた。そういえば虫の声もずいぶん寂しくなってきた。

こうなると分かりやすいのが猫の行動である。夏の頃には絶対しなかった膝の上で寝るという行為をするようになってきた。暖かいから気持ちがいいんだろうな。
こうしていてくれるとキーボードの上を歩いたりディスプレイの前に立ちはだかったりしないので、仕事が進んで楽ではある。^o^;

2026年9月24日木曜日

今日も徘徊

今日も今日とて徘徊。
今は毎日数件ずつRCCMの添削をしているのだが、最近は仕事部屋の机で添削をすることは本当に少なくなった。というか、机に向かうと添削をする気になれなくなるというのは困ったものだ。風景を眺めながら音楽を聴きながら添削するのが一番はかどる。

ということで、今日も徘徊添削。小浜駅に切符を取りに行くのだが、大手橋(仮歩道橋)から船溜まり、広峰から小浜駅へと歩く。

広峰に何やら一棟貸しの宿ができていた。別に古民家でもなく、ただの空き家じゃんと思う一棟貸し民泊が増えてきた。これはこれでいいことだなと思う。

小浜駅からの帰りは川コースへ。曇っているので涼しくて気持ちがいい。女房などはもう肌寒いというのだが、私はまだTシャツ1枚で歩ける。汗をほとんどかかずに歩ける今くらいが一番いいな。

2026年9月23日水曜日

やっぱり徘徊

やはり疲れていたようで、起きたらもう9時を過ぎていた。とりあえずバタバタと朝食を済ませて上根来へ。

上根来はさすがに秋の装いで、アブラギリが色づき始めていた。

帰宅後、買い物ついでに車を北川土手の横に止めて川コースの散策。彼岸花が所々固まって咲いている。

青々とした田んぼに見えるが、早稲を刈り取った後の二番穂である。

それでもちゃんと実り始めている。昔はきっとこれも食べたんだろうな。

ヤマオニグモだと思う。こういうものに出会っては「おっ」と思い眺めたり写真を撮ったりして、また音楽を聴きつつ徘徊添削を続けるのは楽しいものだ。


2026年9月22日火曜日

ジオパークも行った

今日は午前中に軽井沢まで戻ってレンタカーを返さなくてはならない。

ともあれ、草津に来たなら湯もみを水に帰ってはいけないのだ!と女房と娘に言われて朝一番のショーを見に行った。ゴットンゴットンと板を回して、けっこう楽そうだなと思っていたら…

2曲目でいきなり全身運動。これは大変だわ。15分ほどでショーは終わり、30分ごとに入れ替え制で一日繰り返すそうだ。いやあ、大変だわ。

台風一過でいい天気なので、途中、鬼押出しに立ち寄った。
ここは天明大噴火によるブロック溶岩の溶岩台地(だったと思う)で、植生回帰が進みつつある状態だった。

浅間山。これ全体で1つのカルデラ。左側に天明噴火の火口丘がある。
こういうところに来るとじいじはワクワクするのだが、他のみんなは何の関心も示さず。
ここで時間を食ったのが致命傷かと思うくらい、軽井沢までは渋滞また渋滞で、結局4分遅れでなんとかレンタカー返却。
昼食を食べて、2時前の新幹線で我々は敦賀行き、娘と孫は東京行きの北陸新幹線でお別れ。
いつもあまり車で長距離を走らないので、めっぽう疲れた。終着まで乗るんだから、寝ていこうと思ったら、女房はすでに寝ていた。^o^;

2026年9月21日月曜日

草津温泉にも行ったのさ

今日も運転手じいじはがんばるのだ。あいにくの雨模様なので、小諸から今日の目的地である草津へ直行。

台風が少し進みが遅く、さらに太平洋側にそれたこともあって、午後は雨も降らずに、傘なしでも周遊可能。草津温泉湯畑の周りは観光客でごった返していた。ただし予想外にインバウンドは少ない。

土産物屋はどこも混んでいて、ちょっと路地を入ったところにあるカフェというかパーラーで群馬県のソウルフード・焼きまんじゅうを買って、ついでに一休み。
草津温泉まで来たのだからとホテルでは白濁した酸性湯「湯治湯」へ。pH2.1の強酸性。
湯を口に含むと歯がちょっとザラザラになる。こうじゃなくっちゃ。