2026年8月9日日曜日

海に行く日

孫たちを海に連れて行った。中高生のころは本当にしょっちゅう海に行っていたものだが、おとなになり小浜に帰ってきてからはほとんど行かなくなった。それでも子どもが小さい頃は時々行っていたが、ここ20年ほどは全く行っていなかった。
するとどうだ、泳ぎを覚えて入るのだけれど、俺ってこんなに下手だったか?というくらいになっている。体が浮かないし進まない。
ギターやピアノも下手になっているし、まったくもって日々の鍛錬がないと何でもダメになるんだなあと痛感した。

帰宅してやれやれ疲れたと思っていたら、夕方に浜に貝殻を拾いに行くといって、またじいじは連れ出された。曇り空でずいぶん暑さもやわらいで、昔の夏の気温くらいになっている。
さすがに疲れて、夜はことんと寝ましたとさ。

2026年8月8日土曜日

一気に賑やかに

遅くにゆっくり起きて旅の後始末をして、孫と遊んで、夕方から息子一家が帰ってくるのを迎えに敦賀へ。

こどもの国で遊んだりして時間をつぶし、息子一家を迎えて帰宅。
我々夫婦と孫の3人だったところに息子一家4人が加わり、一気に賑やかになった。
さあ今日からお盆の送り日の15日までは、どうやって自分の時間を作るかが大変になってくるのだ。

2026年8月7日金曜日

グダグダで帰宅

早朝徘徊するほどでもない時間に目覚め、ホテル朝食を食べて身支度。

昨日と同じ風景が、今日は抜けるような青空。今日も暑いんだろうな。
ありがたいことにホテルまで迎えに来ていただき、午前中が一次試験、午後がRCCMの講義。
16時に終了してすぐに倉吉駅へ。16時20分すぎ出発の「スーパーはくと」に乗車。

例によって例のごとく、飲み物とつまみを買って乗車し、出発するまでのわずかな時間のうちにビールは飲み干してしまった。
つまみだけを頼りにハイボールを飲みつつ大阪まで。大阪駅構内でうどんとお稲荷さんの夕食を食って、もはやぐったりしつつサンダーバードに乗った。これでもう終着・敦賀まで寝ていればよい。そして敦賀で小浜線の終電に乗り換えたら、これでもう終着・小浜まで寝ていればよい。
小浜着23時前。ぐったりして帰宅した私でした。

2026年8月6日木曜日

松江から倉吉へ

松江でRCCMセミナー。セミナーは午後なので、ギリギリまでホテルでデスクワーク。

昼食は割子そば定食。出雲そばは私が日本で一番好きなそばだ。とにかくそばの香りがぷんぷんして、それがツユと具にマッチして、とにかく美味い。ちなみに二番目に好きなのは越前そばと出石そばが甲乙つけがたい。

少しでも松江を歩きたいと思って駅からくにびき大橋を渡り始めたところですでに後悔。暑すぎるだろう。
セミナーを終えて松江駅から「スーパーおき」で倉吉へ。

これまではパープルタウンのホテルに泊まっていたが、駅前にルートインができたことを知って、迷わずホテルを変更。とにかく洗濯事情が全ての私にとって、浴衣でホテルの中を歩けてランドリーがしっかりしていることがわかっているホテルが文句なしに優先なのである。
部屋はちょうど北向きで、JR線路の向こうに、海につながる北側の市街地エリアが広がる。ここって、早朝散歩で1~2回行ったっきりだよね。
夕食をどうしようか迷ったが、結局駅のコンビニで酒と弁当を買ってお得意の部屋飲み。せっかくの大浴場も行かずに部屋風呂。でもこれはこれで気持ちいいのですよ。

2026年8月5日水曜日

シアワセな一日

疲れていたのか、8時のアラームまでぐっすり眠こけていた。
今日はオフ日である。松江でのセミナーが明日で、高知セミナーとの間に1日空くのだが、そこでいったん帰宅するのは不可能で、かといって高知と松江の間のどこに行く理由もなかったので、我が第二の故郷・松江であちこち行ってみようと思い立ったのである。
で、レンタカーを借りた。思い出せば、松江で自分で車に乗ってどこかに行くって、いったいいつ以来だろうか。

ノープランで走り出し、結局真っ先に行ったのは須々海海岸であった。大学1年生で最初の野外活動の場所。クリノメータを使って作図した場所。私の(おそらく多くの同級生の)地質屋としての原点。やはりここは見とれてしまう。

大根島を経て「ベタ踏み坂」へ。正面から見ると急勾配だけれど、別にベタ踏みしなくても登れるんだけどね。

境港市の「水木しげるロード」。写真にはあまり写っていないが、平日の暑いさなかにしてはかなりの人手。いろいろと手本になる。

境水道大橋を渡り、七類へ。ここから何度も隠岐に渡った。ずいぶんときれいなターミナルができていたが、ここもまた思い出の地なので、しばし佇む。

帰り道、隠岐が見えた。写真を拡大してよ~~~く見ないとわからないだろうけど。
またしばし佇んでしまう。

そして島根大学へ。我が理学部棟。真夜中に好きなように出入りして、若気の至りを繰り返していた大学は、令和の世になりものすごく行儀の良い空間に生まれ変わっていて、昭和の前期高齢者はちょっと身の置きどころがなかった。

そんな前期高齢者が4人集まって食事会。思い出話に花が咲く。そう、昔のことはよく覚えているのだ。生きているうちにもう一度同窓会をやるだわねと盛り上がりつつも、いったい何人覚えていることやら。
ともあれ、今日はシアワセな一日だった。

2026年8月4日火曜日

高知→松江と大移動

高知でRCCMセミナー。午前中が講義で午後は択一問題の演習。15時に終了して、すぐに高知駅へ。

昨日からずっと曇り空で、ときどきパラリと雨も振ったようだが、なんとか持ちこたえた。これは私の力の成すところであろう。
特急「南風」で岡山へ2時間半ほどの旅である。

そして岡山で特急「やくも」に乗り換えて、ここから3時間以上の旅。やくもはリニューアルされて、なんとも味のある車両になっていた。
30分ほど遅れて松江に到着したのはもう夜10時をはるかに過ぎていた。
ドーミーインにしてよかったと思いつつ、夜鳴きそばサービスで飢えをしのぎ、それでも洗濯だけは励行して眠りについた。

2026年8月3日月曜日

高知へ、ひろめへ

今日から7日までまたセミナー旅。今日は高知までの往路である。

いつものように、モンベルのランバーバッグとポーチだけで出発。

高知に来たらひろめ市場に行かねばなるまい。5時すぎにすでに満員状態。

今日はSUKIYAKI塾四国のカチナノリさん、Ryoさん、ぎばちゃんとYさん、Kさんと6人でにぎやかに飲んだ。5時前から一番乗りしていたフリーダムRyoである。

いい気分に飲んでホテルまでの帰り道、帯屋町アーケードでは、いくつものチームがよさこいの練習をしていた。毎年この時期に見るのだが、こういう熱量は大好きだ。

2026年8月2日日曜日

断水騒動決着

午前中、与左衛門の片付けに。ついでに草刈りでもと思ったのだが、暑すぎてギブ。

実は旱天が関係しているのかどうかはわからないが、上根来は水が出ないぞ事件が勃発していた。
  • 7月24日
    水が出ないと利用者から連絡。ちょうどセミナー旅に出たばかりだったので、助太郎から水を引いてもらった。
  • 7月25日
    助太郎からの水も短時間で切れてしまって、どうやら上根来全体が断水しているらしいことが判明。集落水源のタンクへの入水がチョロチョロ状態。しかし私は秋田へ移動したばかりで何もできず。
  • 7月26日
    百里会のみなさんが水源からタンクまでの間(といってもずいぶんな距離なのだが)で探索してくれて、破損箇所を特定して補修。これで水復活と安心していた。
  • 7月27日
    またも断水と与左衛門利用者から連絡。とりあえず助太郎の水道は復活しているので、そこから給水してしのいでもらう。
  • 7月29日
    与左衛門の片付け&FBC取材。タンクが満水であることを確認して、安心して帰宅。
  • 7月30日
    与左衛門利用者より断水の連絡。とりあえずまた助太郎からホースで給水してしのぐも、原因がわからず、百里会の会長さんと相談。水圧が消えたことで配管が壊れたのではないかと当たりをつけ、週明けに工事屋さんを連れて再配管の対応していただけるとのこと。ありがたい。
  • 8月1日
    週明けを待たずして「直ったよ」と会長さんから連絡。びっくりして聞いてみたら、配管内に泥が詰まっていただけらしい。流れがなくなって堆積したのだろうとのこと。そのように聞くとなるほどなあと思うのだが、やはり専門でもない者の浅知恵でああだろうこうだろうと言っていたに過ぎないのだなと勉強になった。
ということで、入水バルブ(茶色)のところがきれいに埋め戻してあった。
一件落着なのだが、セミナー旅に出ていたこともあるけれど、百里会のみなさんにおんぶにだっこで一緒に汗を流しさえせずに解決したことが非常に心苦しい。この御恩はこれから返させていただきます。

今日は女房と孫と3人で濱の湯へ。ちょうど夕日が綺麗だった。

2026年8月1日土曜日

今日も街頭パト

今日は夏祭りの花火大会。昨日に続いて街頭パトロール。私が警察協助員になったのは確か平成14年か15年くらいだから、もう四半世紀も「花火大会は街頭パトの時に見るもの」になっているのだなあ。

1回目の夜回りは18:30から。まだまだ明るい。川崎町の会場はごった返し、どんどん人が来る状態だった。とにかく蒸し暑くて汗だくである。

2回目の夜回りは8時から。すぐに花火が始まった。海岸通りに着いて少し歩いたころにフィナーレの連発に入り、今年は20分ぴったりで終了した。

川崎町から帰路につく車で大渋滞の中、会場はまだまだ人が多く、そんな中で問題行動も少しあったりして、さらに9時半から駅までパトもして今日は終了。
いやー、疲れた。とにかく帰宅して風呂に入り、チューハイを飲んで、今日はもう寝るのだ。

2026年7月31日金曜日

夏の街頭パト

今日も今日とて孫とプール。まったくもってプールというところに行くのが子どもが小学生のとき以来だから、おそらく四半世紀ぶりとなるじいじである。

そして夜は夏祭りの街頭パトロール。1日目の今日は駅前通りのホコ天。
昼間のプールといい、こういう汗をかきながらの街頭パトといい、黙々と(街頭パトは何も考えずにというわけにはいかないのだが)歩くというのは、雑念が払えていいものだ。
しかしこの夜店というものはジャンクフードの宝庫なので、終わってから帰宅するとそういったものが食べたくて仕方なくなって困るのだ。^o^;

2026年7月30日木曜日

月イチバラエティー

女房のアンサンブルが市役所ロビーで演奏する「月イチバラエティー」。

全6曲のうち、後半の3曲でギターとドラムで私も入りました。
終了後、食事会をして、私は孫と一緒にひと足早く帰宅。そしてすぐに若狭総合公園の温水プール。28日に帰宅してから、今日で3日連続だ。孫はまだ小学校1年生でスイミングスクールに通っているわけでもないので、ビート板でバタ足が精一杯なのだが、それにつきあって25mプールを歩いて何往復しているだろうか。これはこれでいいひとときなのかもしれない。
終了後、与左衛門で断水しているとの連絡があり、こちらも2日連続で孫を連れて上根来へ。とりあえず隣接する休憩所・助太郎からホースで与左衛門のタンクに水を引いてしのいだが、これはなかなか手間とカネがかかる話になりそうだなあ。

2026年7月29日水曜日

断層をまたぐ

熊本の地震は、イオンモールの爆発のような地震動そのものの被害より二次被害のほうが大きくなっているのかもしれないが、地震動もすごい。

こんなことなったら、どんなに強固な基礎にしていても段差はできるよな。「断層をまたぐ」可能性が高い構造物の調査設計には何度か関わったが、最悪こういうことになるんだなと愕然とする。

午後、孫を連れて上根来へ。FBCの「ふれあい若狭」(だったか?)の取材である。
帰路、中ノ畑堰堤の手前の堆砂地で逃げていくオスジカに遭遇。孫は初めて見る野生のシカだったようだ。

2026年7月28日火曜日

今日から3人家族

朝の新幹線から小浜線を乗り継いで小浜へ。昨日帰ってきていた女房と孫が迎えに来てくれていて、ファミレスで昼食。
帰宅して片付けものをしている間に孫は女房と夏休みの宿題。
終了後、じいじは温水プールに孫を連れていき、水泳訓練をしたのでありました。
いやもうね、自分が年を取って前期高齢者になって孫に水泳を教えている絵面なんぞ、まったく想像もつかなかったねえ。

そして夜、孫は寝室で女房と寝るので、私はソファベッドに押し出された。
そろそろ寝るかなと思って行くと、鈴がぽつんといた。今日は鈴と寝るかな。
熊本の地震はまだ状況がよくわからないけど、被害が小さいといいな。

2026年7月27日月曜日

秋田から金沢へ

女房と孫はジャイアンに田沢湖に連れて行ってもらって、そのあと飛行機で帰路につく。
私は大曲から秋田へ電車(鈍行)で向かって、午後に秋田セミナー。
終了後直ちに秋田駅に向かう。

会場から秋田駅まで約3km、気温はさほどではないが、けっこう汗だく。

5時すぎの新幹線で大宮へ。大宮から北陸新幹線に乗り換えて(乗り継ぎ50分もあるToT)金沢へ。一昨日の逆ルートですな。

夜11時半、金沢到着。もうへろへろだが百万石通りの東急ステイに歩いて向かう。
チェックインしようとしたら金曜日と同じフロントの人が、顔を見るなり「いつもありがとうございます」。うーむ。
風呂に入りつつ洗濯して、寝たのは午前2時近かった。

2026年7月26日日曜日

秋田ツアーその2

ホテルをチェックアウトしてジャイアン家を経由してジャイアン奥さんも合流して鳥海山へ。今日は獅子ヶ鼻湿原を歩く。

鳥海山麓の湧水地周辺で、奇形ブナが林立している。雪のせいでこうなったという説と、昔炭にするのに切ったあとにヒコバエしてこうなったという説があるらしい。これはその代表格である「あがりこ大王」。どうしても頭の中には「じゃがりこ」しか出てこない。

湧水の代表格である「出つぼ」。これまたどうしても「ドツボ」しか出てこない。
しかしさすがは第四紀火山、どうどうと音を立てて大量に出ている。

その湧水が湿原を作り、「鳥海マリモ」ができる。今日は昨日からの雨で出水が多く見られなかったが、どうやらところどころ緑色の部分がそうらしい。

大曲のホテルにチェックインして、駅近くで食事。機能に続いてぴっぴ、そして地方の土方さんが来てくれた。
今日も秋田名物を堪能し、孫と大浴場に入って、またしても10次前にころんと寝てしまったじいじなのでありました。

2026年7月25日土曜日

秋田ツアーその1

金沢駅から東京行きの「かがやき」に乗ると、予約した席の隣には女房が座っていた。
「な、なぜお前がここに…」
なーんちゃって、今日から秋田への旅なのである。金曜日が福井でRCCMセミナー、そして月曜日が秋田でRCCMセミナーなものだから、土日は秋田で遊ぼうと思ってジャイアンと話を付けていたら、夏休みに入った孫が遊びに来る日と重なって、だったら女房が孫を連れて秋田に一緒に行くと言い出して、今日に至る。
として大宮で東北新幹線に乗り換えるタイミングで娘が孫を連れてきて、孫も合流。一路秋田に向かう。
秋田駅でジャイアンと合流。

ドーミーイン秋田にチェックインして、ねぶり流し館で子供用の竿燈でジジバカぶりを発揮。

夕食は酒房「福」で秋田料理尽くしをいただく。ぴっぴとJKが合流してにぎやかに。
ホテルに戻って孫を大浴場に取れていき、洗濯も終えてほっと一息、ころりと10時前に寝てしまったじいじなのでした。

2026年7月24日金曜日

セミナー旅はまず福井へ

朝の電車で福井へ。Umさんと合流して、午後に福井県測量設計業協会のRCCMセミナー。

終了後、山ちゃんも合流して福井駅の八兆屋で食事。今日は何の写真も撮ってなかったと気がついて、カニのなんちゃらの写真を撮った。
いい気分で飲んでいると、「与左衛門」から電話。与左衛門の黒電話である。何事かと出てみると、水が出ないという。外に出ているときに限ってこれだ。タンク室の鍵のありかを教えて見てもらうと、どうもタンクが空のようだ。とりあえずホースで助太郎から水を引いてもらうことにした。今日から4泊5日の旅なので、どうにもできない。百里会の人にヘルプをお願いした。
いい具合に酔っ払って金沢へ。ホテルの部屋で洗濯できるのは金沢の東急ステイしかないのた。とにかく酔っ払って寝た。

2026年7月23日木曜日

猫は寝る

朝イチ、お墓の掃除。26日に一斉清掃なのだが不在なので今日のうちにやらせていただいた。

作業着手前。草刈りしてから作業後の写真を取ろうと思っていて、暑さでボケて忘れてしまった。ここに写っている草は全部なくなりましたからね。汗だくで帰宅してシャワーを浴び、午前中は機能の望遠鏡の片付けなど。せっかくシャワーを浴びたのにまた汗である。てか、シャワーの前に片付けすればよかった。^o^;

帰宅したら2階のソファーの上の冷感マットで鈴がぐっすり寝ていた。

午後は企業の一次試験Web講義。2時間半の講義を終えてやれやれを上を見たら、天井近くのところで伊織がぐっすり寝ていた。
夜は「有識者会議」などという厳しい名前の会議。帰宅して明日の準備。
明日から4泊5日の旅である。6月中旬以来だから本当に久々の旅だ。

2026年7月22日水曜日

望遠鏡を作って月を見よう

 年に1回の「夏休み科学体験教室~望遠鏡を作って月面観察」。

望遠鏡と三脚で6,000円近くなるセットを1,000円で提供しているので、何をやってんだと叱られそうな活動なのであるが、「理科大好きな子ども」を作ることを目標に毎年やっている。

今年は17組が集まってくれて、親子で望遠鏡キット作り。実はこのキットを販売していた会社が廃業してしまったので、来年からどうするか悩み中である。

完成した望遠鏡を持って月面観察。上弦あたりを狙って日程を決めている。
私と望遠鏡のエキスパートの方と2人が必殺雨男なので、どんなに毎日ピーカンでも曇る。…のだが、今年は幸いに30分弱程度だが月が見れた。自分が作った望遠鏡でクレーターが見られるという体験をプレゼントできた。嬉しい夜だった。

2026年7月21日火曜日

Geminiは80点でした

総監択一正解が公表された。我がGemini君は32/40、80点だった。8割も正解するのはほぼ不可能なので、そりゃ東大も合格するよなあとは思うのだが、逆に8問も間違えたの?とも思う。
5つの管理でいえば、情報管理は満点で、他は全部2問ずつ間違えた。つまり6/8。

今日の最高気温は36度ちょっと。夜にならないととても外には出られない。大手橋はこうこうと明かりが灯っていたが、さすがに重機は動いておらず、ポンプの動作音が夜の闇に響いていた。
早朝に前庭以外のところの草刈りというか手で草むしりをしたのだが、これが限界だなあ。
さすがに朝の6時から刈払機は(たとえバッテリー式でも)動かせないし、手で草むしりをしていたのでは効率が悪くてすぐに汗だく。
でもまあこれでひととおり草刈りはしたので、あとはお墓の草むしりをして、この夏は一段落かな。あ、まだ上根来があるか。orz

2026年7月20日月曜日

今日は大事な日だった

今日は技術士二次試験(総監以外)。3万人以上の人が脳みそフル回転で、そして少なからずの人が人生の大一番的な位置づけで頑張った日だ。
夕方、何人かの人からがんばりましたメールをもらった。また11月に口頭試験に向けて一緒に頑張りたいと思うばかりだ。
人間、ずっと毎日頑張り続けるなんてできないのだけれど、それでも「ここ大一番」というときに立ち向かい、自分に言い訳して逃げることをせず、頑張り切ることができる人、それをした人を、私はやはり信用する。逆に自分に言い訳して逃げてばかりの人は、決して見捨てることはしないけれど信用はしない。

一段落したところで夜の徘徊に出た。夜の8時を過ぎてこの気温だ。2時間ほど歩いたらもう汗だくだ。これで梅雨明けしてないって嘘でしょう。^o^;

2026年7月19日日曜日

Geminiは何点取るだろう

今日は技術士総監部門の試験日。言い換えると、技術士二次試験に関しては、私の仕事は次の口頭試験対策が近くなるまでは一休みということだ。
当面はRCCM、それに続いて一次試験に対応していくものの、二次試験に比べれば負荷はずっと小さい。
なのでちょっと気が抜けたのか、昨夜の深酒が尾を引いているのか、今日はあまり仕事もはかどらず、そうすると自分がナマケモノのように思えてちょっと気持ちも下がってしまい、またはかどらず…の一日だった。
夕方、総監クラブ方面から択一問題の提供があったので、臨時掲示板を開設。
ついでなのでGiminiに問題文を放り込んでみたら正解解説がアウトプットされた。

何かもっともらしいことが書いてあるのだが、さあ正答率はいかほど。22日に答えが出る。

一段落したので夜の浜辺を徘徊。祇園祭の仮宮用テントはもぬけの空で、周りの静まり返って、まさに祭りの後。

月が夜の海を照らしていた。22日は望遠鏡作り&月面観察だが、毎年「今夜だけ曇」が続いている。今年こそ晴れてくれるといいなあ。