2017年5月31日水曜日

急速に梅雨は明けて

初めての宮古島セミナー。よおしよおしと気合いを入れてホテルを出る。

…雨である。うーむ、石垣島もそうであったように思うが、最初は雨なのだなあ。
それでも講習会には16名の皆さんが集まってくれた。ありがたい。
これからもお邪魔でなければ何度でも来たいと思いますので、どうかお付き合いください。

午前中の講義の間は、時に窓に雨がざあっと打ちつけていたのだが、夕方全ての日程を終えて会場を出ると、雨はあがり、青空が見えていた。

ところがみるみるうちに青空が広がり、光が強くなっていき、わずか50分後には真夏のような光はじける宮古のまちとなった。なんだこりゃ。

今日はホテルで一人静かに過ごした。飲まないでおこうと思っていたのだが、夕食を食べにホテルの中の居酒屋に入ったら、結局オリオンビールで島らっきょうを食っていた。

さらにフーチャンプルーを食べて宮古そばで〆。うーん、どの島に行っても同じような食生活だ。^^;

2017年5月30日火曜日

太陽ぎらぎら黒島サイクリング

オフ日in石垣である。ハーリーが終わると梅雨が明ける。本当だろうかとおそるおそる外に出てみると…

ひえええ、晴れも晴れ、ド快晴である。朝から太陽ぎらぎら、肌に突き刺さる。

今日は黒島に行く。高速船で離島ターミナルから出航すると、大型クルーズ船が沖止めされていた。いずれ石垣港を改修して直接入港するようになるのだろうか。

黒島に着いた。石垣島のほか、すでに石西礁湖中では西表島・竹富島・小浜島に、そしてその外では与那国島と波照間島に行っているので、この黒島に行ったら後はもう鳩間島くらいかなあ。

港の近くでレンタサイクルを借りて、中々とおじさん2人でサイクリングである。
とにかく広い。何もない。そして光が弾け回っている。というか紫外線が肌に刺さる。

宮里海岸に到着。プズマリがある。木と草に覆われつつあり、かき分ければ登れるが、ちょっと危なそうでもある。貴重な文化遺産だか、自然の中に埋もれつつあるようだ。

海岸に出ると、夏の日差しがんがん降り注ぐ中、誰もいない白砂海岸が広がっていた。

これぞ沖縄、これぞ八重山という風景だが、とにかく暑い。向こうに西表島が見える。

海岸を少し歩くと、落ちているのは中国語のペットボトル。小浜だとハングルだけれど、ここだとやっぱり中国語なんだ。

島のあちこちに牛がいる。牛のほうが人口より多いらしい。

黒島の南端である灯台のある南部海岸。石西礁湖の先の太平洋がどーんと広がっている。

真北に島を横断し、伊古桟橋へ。有形文化財らしい。こんな桟橋の先端あたりでどーんと昼寝すると気持ちいいだろうが、今日は暑すぎるからやめる。

ビーチには誰もいない。平日ということもあるけれど、贅沢な時間だなあ。

昼食は食堂で八重山そば。沖縄そばより麺が細くて丸い。具も違うようだが、これは決まり事なのかどうかは知らない。まあとにかく毎日そばを食っているなあ。

炎天下の中をひたすら自転車をこぐ中々。彼はまだ若いけれど、おじさんはそろそろツライ。

展望台(といってもせいぜい10mくらいか)から見渡せば、とにかくだだっ広い。そして牧草地ばかりである。いいなあ黒島。
案の定3時間で島を回りきり、14時前の高速船で石垣島に戻った。飛行機は6時台なので、まちなかの喫茶店ですごした。喫茶店なのにオリオンビールを飲んでしまった。2杯も。^o^;

4時半のバスで石垣空港へ。火曜日の夕方の空港はけっこうすいていた。

東京に戻る中々と別れ、宮古行きの飛行機に乗る。まあ当然だがプロペラ機だが、それでも座席は4列あった。定員は50名ほどだ。

石垣を離陸して宮古へは30分ほども飛んでいないようだ。途中、多良間島が見えた。ここにもいつか行きたいな。

7時過ぎに宮古空港到着。さすがに7時過ぎではまだまだ明るい。
空港に大協企画コンサルタントのMさんが迎えに来てくれていた。ホテルに入り、大協企画のみなさんと会食。ホテル内の居酒屋を手配してくださっていた。ありがたい。
部屋に戻り、乾燥機能付き洗濯機があるので、昨日の洗濯物や送っておいた荷物の中の洗濯物、そして今日来ていた服まで全部まとめて洗濯。ところが乾燥機能のほうが延々と5時間かかって、終わったのが朝の4時、その上洗濯物はシワシワだった。いやあ、きついわこれ。

2017年5月29日月曜日

ハーリーがあると梅雨が明ける!か?

石垣の朝が来た。新しい朝が来た。希望の朝だ。そのはずだ。

おそるおそる外を見ると、曇り空であるが、青空も少しのぞく。まあ少なくとも雨ではない。よかったよかった。

ちょうどハーリーが開催されるというのでaoさんに乗せてもらって行ってきた。海人たちが大勢集まっている。大きなテントがいくつも張られて漁港は大賑わいである。

開会式の前に海人たちのチームが銅鑼を鳴らしながら試運転みたいにぐるぐる回る。これを…えーとなんて言ったっけなあ…おじさん次の日には全部忘れてしまうのよ。

ハーリー用の船。昔は本当に漁に使う船で競争していたらしいが、今はこれである。
競技の中には転覆ハーリーという、わざと船をひっくり返して復元の早さを競うものもあるらしい。うーん、さすが海人たちの腕比べである。

開会式が始まった。メインの海人チームの競争の他に、小中学生やマドンナ、一般企業など数多くのチームが参加して、午前中いっぱい続くらしい。まもなくセミナー開始なので、ここで中座して会場である大知企画コンサルタントさんの会議室へ。いつもここを無償提供していただいている。本当にありがたい。

向こうに西表島が見える。もう何度見たことかわからない灰色の空の景色である。orz

午前中で講義を終え、昼食は前回も来たアンブレラ。地元の人じゃなかったらなかなかわからないよね。

もちろん頼むのは牛そばなのだが、この「大盛」「大」「小」という区分がようわからん。

私はちょっと毎日食べすぎかなあと思っているので「大」にした。これで普通サイズかな。中々は大盛を食って腹一杯になっていた。
午後は希望者対象の個人指導だが、私と中々それぞれ1名ずつだったので1時間ちょっとで終了。ちょうど午前中に中々がレンタカーを借りてくれていたので、軽く島内ドライブに出た。

川平湾。いつものように灰色の空の下である。いつ来てもこれである。やはり青い空の下の川平湾はCGであるとしか思えない。

 島の西端・御神崎。このあたりでだんだん天気が回復してきた。ハーリーが終わると梅雨があけるらしいので、もう梅雨明けなのだろう。

御神崎。グリーンタフみたいな凝灰岩である。へえ、これは面白いなあ。今度地質図を調べてみよう。
島の西側をドライブして市内に戻り、いつものゆらてぃーくで果物を買って(またもやナーベラーも買って^^;)、レンタカーを返したあと公設市場をのぞいてかりゆしウェアを買って、aoさんたちと夕食。そしていつもの銀へ。ハーリーの日でお刺身というか魚がない(ハーリーの一週間前から漁には出ないらしい)中、すっかり気安くなった大知企画コンサルの面々と楽しく飲み語らって過ごした。

中々撃沈。そういえば、SUKIYAKI塾大阪に行ったときも撃沈していたなあ。でも石垣までご苦労様でした。
ホテルに戻り、なんとかすこし添削して爆睡した。

2017年5月28日日曜日

生物地学見学会的な

沖縄セミナー恒例の島内観光ツアーなのだが、悲しいことに雨になりそうな気配である。

毎朝同じゆし豆腐。飽きないんだなあ、これが。

まずは普天間飛行場が見下ろせる嘉数公園展望台へ。日曜日なので基地もお休みだが、オスプレイがずらりと並んでいた。

ピオーネさんにあれこれと説明を受ける。いつのまにか新しい説明板が設置されていた。
続いて世界遺産・中城城址へ。ここは初めてかもしれないし、以前に来たかもしれない。なんだか記憶がだんだん…^^;

南のほうを見ると雨が迫ってきていたので、あわてて下山。途中から本降りになってきた。

 名護市へ移動。もう本降りである。なぜだ。ToT

ひんぷんガジュマル。何でも台風でかなり傾いてしまったとのことで、鋼管フレームで支えてあった。確かにずいぶん傾いているようだ。

名護市役所。ここに晴れた日に来た記憶があまりない…

大浦に新しくできた遊歩道を通ってマングローブ林へ。雨の中、我々以外には誰もいない。

なかなかの壮観。ヒルギ林もこれくらいの背丈のうちがいいなあ。

奥へ行くほどヒルギ林はうっそうとしてくる。一面の膝根。

シャコが巣を作る時にできるという塚。すごく大きい。

沈下橋があった。これは面白い。ここ大浦には道の駅的なものもあって、地元住民が運営しているのだとか。こういう施設が成功するといいのだが。

嘉陽ビーチの近くに面白い褶曲があるというので見に行ったら、突発的に小学校跡のウミガメなどを飼育している施設見学となった。たまにはこういうのもいいもんだ。

ビーチで時ならぬ地表踏査。褶曲はなかったが、泥質フラグメントがいっぱい入った砂岩など、面白いものがいくつか見られた。

傘を差して雨の中ビーチをうろつくアヤシイ面々。
ここで私と中々さんは移動のためたくくの車で空港へ。もう1泊するOHさんはピオーネさん・ピータンくんたまNHさんと那覇へ。みんな、いつもありがとう。

那覇空港は雨の中であった。7時半の飛行機で石垣島へ。私は那覇空港に着いてからひたすら添削。だって土日でどっさり来たんだもん。

石垣市到着。まだ雨が降っていたが、遅い夕食のそばを食って外にでると雨はなんとかやんでいた。