今日も秋晴れだが暑い。半袖でちょうどいいくらいだ。
行楽日和で、平日なのがもったいないような天気だ。週末の3連休は、少しでも早く天気が回復してくれればと思う。観光地にとってかき入れ時だしね。
夕方、ちょっと時間があったので浜に出てみると、雲と雲のすき間からちょっとだけ夕日が見られた。晴れていれば、もっともっと西の空一面がオレンジに染まるのだが。
東名高速は早くも高波のため一部通行止めが出たらしい。計画運休もするようだし、子どもたちの住む関東地方が気がかりだ。まったく昔は完全に他人事だったのにね。
もっとも、こちらでもかなり強風が吹く予報らしい。明日の夜は久々に雨戸閉めようかな。
2019年10月9日水曜日
秋晴れの舞鶴
見事な秋晴れの今日、舞鶴へ行ってきた。気分転換と散髪目的が半々といったところか。
雲一つない晴天、小浜湾も青く、実に気持ちがいい電車旅である。といっても車内ではGPDポケット君でPC仕事をしていたのだが。
いつも行く東舞鶴駅近くの「ラポール」のカットコムズで散髪をしたあと、涼しくていい天気なので、徘徊口述添削をしながら舞鶴赤れんが館のあたりまで来た。戦時中の海軍倉庫に使われていた赤レンガの建物が並び、展示場やカフェ、多目的ホールなどに活用されている。とてつもない地域資源なのだ。
ちなみにここのカフェのホットサンドがうまい。
赤れんが館の横を海沿いに添削しつつ散策していると、のんびり釣りをするおじさんの向こうにまだ番号のない海自護衛艦が。ヘリ空母っぽいデザインだ。
海自の護衛艦「みょうこう」。平日だったので見学はできなかったが、どこかの幼稚園だか保育園だかの子どもたちが別の護衛艦に見学に来ていた。
気持ちよく秋の舞鶴を歩いて、再び電車で小浜に戻った。けっこうな距離を歩いたが、その分だけ添削も進み、いつもと違うまちの風景も見られたし、何より車でさっと行き過ぎていたら見つけられなかったであろう街角の風景なども多く見られた。いい1日だった。
夕方、夕飯の支度を始める前にちょっと時間があったので浜に出てみると、すでに日は落ちており、夕暮れの中に突堤で釣りをする人がいた。今日は釣りをする人によく出会う。
私は気が短いのか釣りは苦手だが、今なら釣りをしながら口述添削なんてありかなあ。でもそんなことをしていると、きっとそのうちスマホを海に落としちゃうんだろうな。^^;
雲一つない晴天、小浜湾も青く、実に気持ちがいい電車旅である。といっても車内ではGPDポケット君でPC仕事をしていたのだが。
いつも行く東舞鶴駅近くの「ラポール」のカットコムズで散髪をしたあと、涼しくていい天気なので、徘徊口述添削をしながら舞鶴赤れんが館のあたりまで来た。戦時中の海軍倉庫に使われていた赤レンガの建物が並び、展示場やカフェ、多目的ホールなどに活用されている。とてつもない地域資源なのだ。
ちなみにここのカフェのホットサンドがうまい。
赤れんが館の横を海沿いに添削しつつ散策していると、のんびり釣りをするおじさんの向こうにまだ番号のない海自護衛艦が。ヘリ空母っぽいデザインだ。
海自の護衛艦「みょうこう」。平日だったので見学はできなかったが、どこかの幼稚園だか保育園だかの子どもたちが別の護衛艦に見学に来ていた。
気持ちよく秋の舞鶴を歩いて、再び電車で小浜に戻った。けっこうな距離を歩いたが、その分だけ添削も進み、いつもと違うまちの風景も見られたし、何より車でさっと行き過ぎていたら見つけられなかったであろう街角の風景なども多く見られた。いい1日だった。
夕方、夕飯の支度を始める前にちょっと時間があったので浜に出てみると、すでに日は落ちており、夕暮れの中に突堤で釣りをする人がいた。今日は釣りをする人によく出会う。
私は気が短いのか釣りは苦手だが、今なら釣りをしながら口述添削なんてありかなあ。でもそんなことをしていると、きっとそのうちスマホを海に落としちゃうんだろうな。^^;
2019年10月8日火曜日
ハカに思う
ラグビーW杯で盛り上がっている。
特に人気はやはりニュージーランドのオールブラックスなのだが、彼らをTVで見るたびに思い出すのがトレーシーとビルである。
かつて小浜市は、最初はオーストラリア、次いでニュージーランドの小学校と交流をしていた。もともとは小浜市の中学生がホームステイでお世話になったのがきっかけらしいが、ともかく足かけ10年ほども受け入れが続いていたのではなかろうか。
そういう中、2012年にニュージーランドから来た引率の教諭であるトレーシーを我が家に迎え入れ、5日ほどステイしてもらった。NZの料理を作ってくれたり、カラオケに行ったりした。ビル(校長先生)はマオリ出身で、小浜小学校の生徒にハカを披露したりしていた。
2年後の2014年にもう一度ステイしてもらったのだが、その年が交流の最終年だった。
涙の別れの中で、トレーシーだったかビルだったか思い出せないが、「2019年には日本でラグビーのワールドカップがあるから、そのときに会いましょう」と言ったのを覚えている。
彼らには大変申し訳ないのだが、2019年ワールドカップ自体を知らなかったので、何のことを言っているのか正直わからず、あいまいに微笑んで返事して、「とにかくまた会おう」と言って別れた。
あれから5年、W杯は開催された。ビルが小学生の前で披露してくれたハカは、日本人の間で一気にメジャーになった。
ビルとまた歌いたいなあ。
トレーシーはどうしているだろう。2回目に我が家に来たとき、プライベート面でも仕事面でも大きく方向転換するタイミングだった。
トレーシーにまた会いたいなあ。タウポに行きたいなあ。
迫力満点のハカをTVで見ながら、本気でニュージーランドに行きたくなってきた私なのでありました。
特に人気はやはりニュージーランドのオールブラックスなのだが、彼らをTVで見るたびに思い出すのがトレーシーとビルである。
かつて小浜市は、最初はオーストラリア、次いでニュージーランドの小学校と交流をしていた。もともとは小浜市の中学生がホームステイでお世話になったのがきっかけらしいが、ともかく足かけ10年ほども受け入れが続いていたのではなかろうか。
そういう中、2012年にニュージーランドから来た引率の教諭であるトレーシーを我が家に迎え入れ、5日ほどステイしてもらった。NZの料理を作ってくれたり、カラオケに行ったりした。ビル(校長先生)はマオリ出身で、小浜小学校の生徒にハカを披露したりしていた。
2年後の2014年にもう一度ステイしてもらったのだが、その年が交流の最終年だった。
涙の別れの中で、トレーシーだったかビルだったか思い出せないが、「2019年には日本でラグビーのワールドカップがあるから、そのときに会いましょう」と言ったのを覚えている。
彼らには大変申し訳ないのだが、2019年ワールドカップ自体を知らなかったので、何のことを言っているのか正直わからず、あいまいに微笑んで返事して、「とにかくまた会おう」と言って別れた。
あれから5年、W杯は開催された。ビルが小学生の前で披露してくれたハカは、日本人の間で一気にメジャーになった。
ビルとまた歌いたいなあ。
トレーシーはどうしているだろう。2回目に我が家に来たとき、プライベート面でも仕事面でも大きく方向転換するタイミングだった。
トレーシーにまた会いたいなあ。タウポに行きたいなあ。
迫力満点のハカをTVで見ながら、本気でニュージーランドに行きたくなってきた私なのでありました。
2019年10月7日月曜日
車はしんどい
母の通院のため福井市まで。
距離にして100kmほど、1時間半程度かけて、大部分を高速道路を走る行程なのだが、どうもこの程度が今の私に車で走れる限界のようだ。
かつては1日に400kmでも500kmでも走っていて、自分の思うように走れて休憩できるのに比べて、電車なんてどこにも勝手にいけないし、あんなのに乗って移動するなんてトンデモナイと思ったいたのが、今は真逆である。
とにかく電車であれば、移動中はずっとPC作業ができるし、飽きればタブレットやスマホで読書したりゲームしたりできるし、自分で運転しなくていいからイネムリしたってかまわない。
それに比べて車はとにかく運転以外何もできない。まあ頭はあれこれ考え事をしたり、音楽を聴いたり歌ったりはできるけれど、すくなくとも作業はまったく進まない。
人間、変われば変わるものだなあ。
まあとにかく、往復200kmも走ったらもう今日はヘトヘトである。
早めに風呂入って寝るとしよう。
距離にして100kmほど、1時間半程度かけて、大部分を高速道路を走る行程なのだが、どうもこの程度が今の私に車で走れる限界のようだ。
かつては1日に400kmでも500kmでも走っていて、自分の思うように走れて休憩できるのに比べて、電車なんてどこにも勝手にいけないし、あんなのに乗って移動するなんてトンデモナイと思ったいたのが、今は真逆である。
とにかく電車であれば、移動中はずっとPC作業ができるし、飽きればタブレットやスマホで読書したりゲームしたりできるし、自分で運転しなくていいからイネムリしたってかまわない。
それに比べて車はとにかく運転以外何もできない。まあ頭はあれこれ考え事をしたり、音楽を聴いたり歌ったりはできるけれど、すくなくとも作業はまったく進まない。
人間、変われば変わるものだなあ。
まあとにかく、往復200kmも走ったらもう今日はヘトヘトである。
早めに風呂入って寝るとしよう。
2019年10月6日日曜日
シイの実を食す
昨日に続いてドングリネタ。
女房が校長をやっている雲浜小学校(我が地元の小学校)で廃品回収のあと、8月末の奉仕作業で出た伐採した枝木の切断作業をPTAでやるというので、軽トラとチェーンソーを持って手伝いに行った。
PTAの皆さんと楽しく作業ができたのだが、枝木満載になった軽トラは月曜日にクリーンセンターに持っていくため学校に置いたままにして、歩いて帰宅することにした。
校門を出て、さあどの道から帰ろうかと思ったとき、小浜神社の中を通って帰ることを思いついた。小学校時代に何度下校中に遊びに行ったかわからないようなところだ。
何といっても小浜神社の中にはシイの木が2本ある。
1本は「嘉門の井戸」と言われる底なし井戸の伝承がある井戸の近く、もう1本は「八助稲荷」という、キツネが飛脚に化けて小浜藩の役に立っていたという伝説のある稲荷のそばにある。井戸の方はあまりたくさん実が落ちないのだが、その代わり実が大きい。稲荷の方はたくさん実が落ちるのだが実は小ぶりである。
それは私が小学生のころの話なのだが、今でもその2本のシイの木は現存していて、毎年実を落とす。実の数も大きさも、小学生の頃のままである。
私は小学生のころから実が大きい井戸の方の木でシイの実を拾うのが好きだったので、今日もそちらに直行した。
実がたくさん落ちていた。いつも宮司さんが掃除をされるので、落ち葉とともに集められている。ちょっと土がついた実を拾い集めて、ポケットに入れていく。
小学生のころと同じことを、もうすぐ59歳のじいじがやっているのはアヤシイ光景だよなと思いつつ、楽しくてしょうがない。
おそらく今は、神社で缶蹴りなどして遊ぶ子も、シイの実を拾う子もいないのだろうが、そんなことおかまいなしにシイの木は黙々と実を付け、落とす。
スダジイの実は、こういった殻に包まれている。ドングリは、実の形よりも殻で見分けるのがわかりやすい。
食べられるスダジイ。実が大きくてドングリ細工にいいマテバシイ。小ぶりだけどとにかくたくさん取れるコナラ。まん丸なクヌギ。あまりお目にかからないけど小さくて丸いアラカシやシラカシ。このあたりが子供のころ覚えたドングリだ。
ちなみに、もう15年以上まえのことだが、ドングリ食に挑戦したこともある。(こちら)
それはさておき、拾った実をつまみ食いしながら帰宅。子供のころも、こうしてポケットに入れたシイの実を時々食べながら遊んだものだ。シイはアクがないから、生のままでも食べられる。
帰宅後、まずは拾ってきたシイの実をバケツやボウルの水の中に放り込む。虫が食ったりして食べられない実は浮かぶのですぐわかる。写真ではわかりにくいが、1粒だけ浮いている。さすが子供のころに養った目は健在で、ちゃんと食べられる実ばかりを集めている。
これをフライパンで乾煎りする。カラカラとやっていると、殻が割れてくる。実の色が変る前に火から下ろす。
これをポリポリやっていると、何ともほのかな甘みが美味しい。生のままより、こうして熱を加えたほうが断然うまい。といっても、今のいろんな食べ物の味に比べればホントにほのかな甘みしかないのだけれど。
まあともかく、久しぶりにシイの実が食べられて実に嬉しかったということです。
女房が校長をやっている雲浜小学校(我が地元の小学校)で廃品回収のあと、8月末の奉仕作業で出た伐採した枝木の切断作業をPTAでやるというので、軽トラとチェーンソーを持って手伝いに行った。
PTAの皆さんと楽しく作業ができたのだが、枝木満載になった軽トラは月曜日にクリーンセンターに持っていくため学校に置いたままにして、歩いて帰宅することにした。
校門を出て、さあどの道から帰ろうかと思ったとき、小浜神社の中を通って帰ることを思いついた。小学校時代に何度下校中に遊びに行ったかわからないようなところだ。
何といっても小浜神社の中にはシイの木が2本ある。
1本は「嘉門の井戸」と言われる底なし井戸の伝承がある井戸の近く、もう1本は「八助稲荷」という、キツネが飛脚に化けて小浜藩の役に立っていたという伝説のある稲荷のそばにある。井戸の方はあまりたくさん実が落ちないのだが、その代わり実が大きい。稲荷の方はたくさん実が落ちるのだが実は小ぶりである。
それは私が小学生のころの話なのだが、今でもその2本のシイの木は現存していて、毎年実を落とす。実の数も大きさも、小学生の頃のままである。
私は小学生のころから実が大きい井戸の方の木でシイの実を拾うのが好きだったので、今日もそちらに直行した。
実がたくさん落ちていた。いつも宮司さんが掃除をされるので、落ち葉とともに集められている。ちょっと土がついた実を拾い集めて、ポケットに入れていく。
小学生のころと同じことを、もうすぐ59歳のじいじがやっているのはアヤシイ光景だよなと思いつつ、楽しくてしょうがない。
おそらく今は、神社で缶蹴りなどして遊ぶ子も、シイの実を拾う子もいないのだろうが、そんなことおかまいなしにシイの木は黙々と実を付け、落とす。
スダジイの実は、こういった殻に包まれている。ドングリは、実の形よりも殻で見分けるのがわかりやすい。
食べられるスダジイ。実が大きくてドングリ細工にいいマテバシイ。小ぶりだけどとにかくたくさん取れるコナラ。まん丸なクヌギ。あまりお目にかからないけど小さくて丸いアラカシやシラカシ。このあたりが子供のころ覚えたドングリだ。
ちなみに、もう15年以上まえのことだが、ドングリ食に挑戦したこともある。(こちら)
それはさておき、拾った実をつまみ食いしながら帰宅。子供のころも、こうしてポケットに入れたシイの実を時々食べながら遊んだものだ。シイはアクがないから、生のままでも食べられる。
帰宅後、まずは拾ってきたシイの実をバケツやボウルの水の中に放り込む。虫が食ったりして食べられない実は浮かぶのですぐわかる。写真ではわかりにくいが、1粒だけ浮いている。さすが子供のころに養った目は健在で、ちゃんと食べられる実ばかりを集めている。
これをフライパンで乾煎りする。カラカラとやっていると、殻が割れてくる。実の色が変る前に火から下ろす。
これをポリポリやっていると、何ともほのかな甘みが美味しい。生のままより、こうして熱を加えたほうが断然うまい。といっても、今のいろんな食べ物の味に比べればホントにほのかな甘みしかないのだけれど。
まあともかく、久しぶりにシイの実が食べられて実に嬉しかったということです。
2019年10月5日土曜日
ドングリの季節
雲高く、秋晴れの土曜日、いつもの徘徊口述添削を西津海岸道路でやっていたら、足下にドングリが転がっている。マテバシイである。
見上げると、マテバシイの実がいっぱい成っているではないか。
改めて見れば、ここの街路樹はマテバシイが植わっていた。前後区間はクロマツなのだが、500mほどの区間だけがマテバシイなのだ。
マテバシイの実がいっぱい。マテバシイは、シイの中では飛び抜けて実が大きい。ただちょっとだけアクがあるので、そのままでは食べられない。まだやってみたことはないが、ちょっとだけアク抜きすればいいはずだ。ドングリのアクはタンニンだから水溶性なので、水に少しさらしておけばいいと思う。なにせスダジイなんかとは比べものにならない大きさだから、食べでがあると思う。
なーんて思いながら別の所を歩いていたら、今度はクヌギが落ちていた。まん丸の実がイガイガみたいな皮に収まっているのが特徴だ。クヌギの木自体が小浜にはあまりないのと、コナラなどに比べるとあまり実も成らないから目立たないけれど。
そうか、残暑だ残暑だと騒いでいたけれど、いつの間にかちゃんとドングリの季節になっているんだなあ。
こりゃあ、明日あたり小浜神社のスダジイを拾いにいかないと。
見上げると、マテバシイの実がいっぱい成っているではないか。
改めて見れば、ここの街路樹はマテバシイが植わっていた。前後区間はクロマツなのだが、500mほどの区間だけがマテバシイなのだ。
マテバシイの実がいっぱい。マテバシイは、シイの中では飛び抜けて実が大きい。ただちょっとだけアクがあるので、そのままでは食べられない。まだやってみたことはないが、ちょっとだけアク抜きすればいいはずだ。ドングリのアクはタンニンだから水溶性なので、水に少しさらしておけばいいと思う。なにせスダジイなんかとは比べものにならない大きさだから、食べでがあると思う。
なーんて思いながら別の所を歩いていたら、今度はクヌギが落ちていた。まん丸の実がイガイガみたいな皮に収まっているのが特徴だ。クヌギの木自体が小浜にはあまりないのと、コナラなどに比べるとあまり実も成らないから目立たないけれど。
そうか、残暑だ残暑だと騒いでいたけれど、いつの間にかちゃんとドングリの季節になっているんだなあ。
こりゃあ、明日あたり小浜神社のスダジイを拾いにいかないと。
2019年10月4日金曜日
湿っぽく塩辛い風
北風が吹いて、涼しいを通り越して少々肌寒いくらいだ。
久々に上根来に行ってみた。さすがにもうすっかり秋の気配である。
ナツメは今年も丸々とした実がたわわに実っている。10個ほど食べてみたが、やっぱり素朴で美味しい。
小浜に戻り、口述添削でもするべいと浜に出てみると、なんですかこれはというような荒れ模様。時々潮のしぶきが飛んでくる。
こういうときは波打ち際にカモメが大集合する。子どものころから見ている景色だけれど、なぜこうなるのかは知らない。よく見ると波打ち際で何かを取っているように見えるので、海が荒れて波が打ち寄せると、何か餌になるようなものが打ち上げられるのかもしれない。
時に風速20mを越えていると思われるような突風が吹く。こうして荒々しい北風を体に受けていると、中学生のころを思い出す。私の母校である小浜中学校は上の写真にも写っている松並木のところにグラウンドがあって、私が在籍していたころは波返しの外側にもグラウンドより広いくらいの浜があって、部活はグラウンドと浜に分かれて練習をしていた。
いろんな時にグラウンドと浜を行き来していたが、秋が深まってくると、体を海の方に傾けていないといけないような強風がよく吹いた。細かい細かい波しぶきが混じった、湿度の高い風だ。しばらくすると顔中がしょっぱくなった。
あの湿っぽく塩辛い風をなつかしもうとするのだが、今はメガネをしていてすぐに曇ってしまうし、何よりスマホによくない。
生身の体だけで走り回っていた時代を懐かしみつつ、ほうほうの体で家路につくじいじなのでありました。
久々に上根来に行ってみた。さすがにもうすっかり秋の気配である。
ナツメは今年も丸々とした実がたわわに実っている。10個ほど食べてみたが、やっぱり素朴で美味しい。
小浜に戻り、口述添削でもするべいと浜に出てみると、なんですかこれはというような荒れ模様。時々潮のしぶきが飛んでくる。
こういうときは波打ち際にカモメが大集合する。子どものころから見ている景色だけれど、なぜこうなるのかは知らない。よく見ると波打ち際で何かを取っているように見えるので、海が荒れて波が打ち寄せると、何か餌になるようなものが打ち上げられるのかもしれない。
時に風速20mを越えていると思われるような突風が吹く。こうして荒々しい北風を体に受けていると、中学生のころを思い出す。私の母校である小浜中学校は上の写真にも写っている松並木のところにグラウンドがあって、私が在籍していたころは波返しの外側にもグラウンドより広いくらいの浜があって、部活はグラウンドと浜に分かれて練習をしていた。
いろんな時にグラウンドと浜を行き来していたが、秋が深まってくると、体を海の方に傾けていないといけないような強風がよく吹いた。細かい細かい波しぶきが混じった、湿度の高い風だ。しばらくすると顔中がしょっぱくなった。
あの湿っぽく塩辛い風をなつかしもうとするのだが、今はメガネをしていてすぐに曇ってしまうし、何よりスマホによくない。
生身の体だけで走り回っていた時代を懐かしみつつ、ほうほうの体で家路につくじいじなのでありました。
2019年10月3日木曜日
高校時代の空気
台風が変化した温帯低気圧のフェーン現象で、妙に生暖かい1日になった。
おかげで、夜にTシャツ1枚で徘徊しても寒くない。
今日は気分を変えて、自宅から1kmばかり離れた漁港に行った。組合事務所は今は閉鎖しているようだが、裏手に古い木のベンチがあって、近くに民家もなく、ほの明るいので、夜風に当たりながらの添削にちょうどいい。
気分良く添削が進んで一息ついたところで、この夜風+人気のないところ+座るという組合せが、高校時代に深夜徘徊をよくしていたころと同じシチュエーションだということに気がついた。
深夜徘徊といっても、こんな田舎町に深夜に行くような店などあるわけもなく、こういった無人の施設の隅っこや無人駅などを点々としながら、ただ音楽を聴きながら自転車で夜の闇の中を走っていた。あのときに感じた空気と同じものを、あと3ヶ月もせずに59歳になろうかというじいじが感じるって、面白いよねえ。
まあ、あの頃だったら巡回中の警察官に見咎められたら「補導」だけど、今だったらきっと「保護」だな。そこがちょっとした違いだけど。^^;
おかげで、夜にTシャツ1枚で徘徊しても寒くない。
今日は気分を変えて、自宅から1kmばかり離れた漁港に行った。組合事務所は今は閉鎖しているようだが、裏手に古い木のベンチがあって、近くに民家もなく、ほの明るいので、夜風に当たりながらの添削にちょうどいい。
気分良く添削が進んで一息ついたところで、この夜風+人気のないところ+座るという組合せが、高校時代に深夜徘徊をよくしていたころと同じシチュエーションだということに気がついた。
深夜徘徊といっても、こんな田舎町に深夜に行くような店などあるわけもなく、こういった無人の施設の隅っこや無人駅などを点々としながら、ただ音楽を聴きながら自転車で夜の闇の中を走っていた。あのときに感じた空気と同じものを、あと3ヶ月もせずに59歳になろうかというじいじが感じるって、面白いよねえ。
まあ、あの頃だったら巡回中の警察官に見咎められたら「補導」だけど、今だったらきっと「保護」だな。そこがちょっとした違いだけど。^^;
2019年10月2日水曜日
アヤシイ人物
たった2日でも不在にするとあれこれ雑用が溜まる。
なんとなくバタバタしているうちに1日が過ぎてしまい、なんとなく損をしたような気分で夜を迎える。
徘徊口述添削が板に付いてくると、机に座って添削する気にならなくなるのだが、外に出たら出たで、自分にとってリラックスして落ち着ける場所をうろうろしたり座り込んだりしながら添削するほうが気分良く仕事も進むようになる。
ということで、私が気分良く添削できるのは自宅から最寄りの海岸である。
ただ、あまり夜は人気がないということは気兼ねなく口述添削できるということなのだが、裏を返すと近所の人が気がつけば、非常にアヤシイ人物が徘徊しているということになる。
まあ、職務質問を受けるまではやろうかな。^o^;
なんとなくバタバタしているうちに1日が過ぎてしまい、なんとなく損をしたような気分で夜を迎える。
徘徊口述添削が板に付いてくると、机に座って添削する気にならなくなるのだが、外に出たら出たで、自分にとってリラックスして落ち着ける場所をうろうろしたり座り込んだりしながら添削するほうが気分良く仕事も進むようになる。
ということで、私が気分良く添削できるのは自宅から最寄りの海岸である。
ただ、あまり夜は人気がないということは気兼ねなく口述添削できるということなのだが、裏を返すと近所の人が気がつけば、非常にアヤシイ人物が徘徊しているということになる。
まあ、職務質問を受けるまではやろうかな。^o^;
2019年10月1日火曜日
福井で徘徊
昨夜、久々に早めに寝たせいか、7時半に起床。ホテルで朝食をと、さあ出発…って、今日のRCCM講義は午後である。
仕方がないので、福井駅周辺を少し散歩しながら講述添削をして、9時すぎにチェックアウト。会場までJR一駅(2kmちょっと)を歩いて行くことにした。
足羽川を渡っていると、新幹線の架橋中であった。今日から10月だが、秋晴れというより残暑の暑さだ。途中、涼むのをかねてコンビニに順に寄っていく。イートインがあればラッキーとばかりにアイスコーヒーを飲みつつGPD Pocket添削。
今日から消費増税で、持ち帰りかイートイン飲食かで税率が変る上、Edy支払いをすればナントカいう割引特典があるらしい。ああ面倒くさい。たかだか2%のことで右往左往させられていると思うと嫌になってくる。
とにもかくにも13時過ぎに会場に到着し、講義を2時間半ほど。終わって外に出ると夕暮れの気配だった。
世話役のDANさんに敦賀まで送ってもらっているうちに、無性に飲みたくなったので、付き合ってもらって駅前の「うおさき」で久々に食事。女将さんが覚えていてくれて感動。
珍しいタコの卵をいただいた。
満足して8時過ぎの小浜線に乗車。もう酔っ払って何もする気になれず、スマホで麻雀ゲームをやりながら小浜に戻った。
仕方がないので、福井駅周辺を少し散歩しながら講述添削をして、9時すぎにチェックアウト。会場までJR一駅(2kmちょっと)を歩いて行くことにした。
足羽川を渡っていると、新幹線の架橋中であった。今日から10月だが、秋晴れというより残暑の暑さだ。途中、涼むのをかねてコンビニに順に寄っていく。イートインがあればラッキーとばかりにアイスコーヒーを飲みつつGPD Pocket添削。
今日から消費増税で、持ち帰りかイートイン飲食かで税率が変る上、Edy支払いをすればナントカいう割引特典があるらしい。ああ面倒くさい。たかだか2%のことで右往左往させられていると思うと嫌になってくる。
とにもかくにも13時過ぎに会場に到着し、講義を2時間半ほど。終わって外に出ると夕暮れの気配だった。
世話役のDANさんに敦賀まで送ってもらっているうちに、無性に飲みたくなったので、付き合ってもらって駅前の「うおさき」で久々に食事。女将さんが覚えていてくれて感動。
珍しいタコの卵をいただいた。
満足して8時過ぎの小浜線に乗車。もう酔っ払って何もする気になれず、スマホで麻雀ゲームをやりながら小浜に戻った。
2019年9月30日月曜日
久々の福井泊
今年最後のRCCM講義のため、福井市へ。最後は地元で、というわけではないのだけれど。
福井へ来たらやっぱり越前そばを食べねば、というので昼食は越前おろしそば。
福井駅西口はここ数年で整備が進み、こんな広場もできている。「ハピリン」という大きなビルの庇がぐんとせり出し、その下が広場になっているのだ。自由に座れるテーブルと椅子があって、平日の昼間ということもあって思い思いに市民が過ごしていた。
RCCMの講義は明日なのだが、今日はボランティア作文コンクールの審査があって、県ボランティアセンター委員として参加せねばならない。というか、この用事と明日の講義がたまたま連日予定になったので、福井に泊まることにしたのだが。
審査会を終えて、のんびり足羽川の遊歩道を歩いて福井駅まで戻った。もちろん添削しながらである。平日の昼間だけにほとんど誰も通らず、実に気分良く歩いて添削ができた。
福井駅に戻ると、新幹線高架橋の建設で活況を呈していた。敦賀駅でも同じような光景が見られるが、やはりこういう大規模工事があちこちで進んでいると活気がある。
ホテルの1階にある居酒屋で夕食。本当はUmさんやおつさんなんかを誘って飲もうかな~とも思ったのだが、今回は宿泊決定が直前だったのでやめた。
福井は実は三国らっきょうが特産品で、これがビールにけっこう合う。
ちょっとばかり飲み過ぎたか、久々にその日のうちに寝た。
福井へ来たらやっぱり越前そばを食べねば、というので昼食は越前おろしそば。
福井駅西口はここ数年で整備が進み、こんな広場もできている。「ハピリン」という大きなビルの庇がぐんとせり出し、その下が広場になっているのだ。自由に座れるテーブルと椅子があって、平日の昼間ということもあって思い思いに市民が過ごしていた。
RCCMの講義は明日なのだが、今日はボランティア作文コンクールの審査があって、県ボランティアセンター委員として参加せねばならない。というか、この用事と明日の講義がたまたま連日予定になったので、福井に泊まることにしたのだが。
審査会を終えて、のんびり足羽川の遊歩道を歩いて福井駅まで戻った。もちろん添削しながらである。平日の昼間だけにほとんど誰も通らず、実に気分良く歩いて添削ができた。
福井駅に戻ると、新幹線高架橋の建設で活況を呈していた。敦賀駅でも同じような光景が見られるが、やはりこういう大規模工事があちこちで進んでいると活気がある。
ホテルの1階にある居酒屋で夕食。本当はUmさんやおつさんなんかを誘って飲もうかな~とも思ったのだが、今回は宿泊決定が直前だったのでやめた。
福井は実は三国らっきょうが特産品で、これがビールにけっこう合う。
ちょっとばかり飲み過ぎたか、久々にその日のうちに寝た。
2019年9月29日日曜日
海風に抱かれた一日でした
地区民(校下民)体育祭であった。木曜日ごろまでは、まずもって雨で中止になるだろうとたかをくくっていたのだが、予想外の好天、それも残暑厳しく開会式だけで汗だくになってしまうような好天であった。
会場は我が母校・雲浜小学校グラウンドで、海のすぐそばにある。護岸の上に登れば、そこは海、気持ちのいい海風と波の音が体を包む。
護岸の上に寝転べば、松並木が木陰を作ってくれて、海風が涼しく心地よい。ついウトウトしてしまった。
終了後、区会館前でBBQ。心ゆくまで飲み食いし、気持ちよく帰宅。
まだ時間が早いので、酔い覚ましをかねて浜まで散歩し、お気に入りのブロックに腰掛けて、漁り火と波の音を楽しみつつ少し口述添削。
今日はいい日だった。
会場は我が母校・雲浜小学校グラウンドで、海のすぐそばにある。護岸の上に登れば、そこは海、気持ちのいい海風と波の音が体を包む。
護岸の上に寝転べば、松並木が木陰を作ってくれて、海風が涼しく心地よい。ついウトウトしてしまった。
終了後、区会館前でBBQ。心ゆくまで飲み食いし、気持ちよく帰宅。
まだ時間が早いので、酔い覚ましをかねて浜まで散歩し、お気に入りのブロックに腰掛けて、漁り火と波の音を楽しみつつ少し口述添削。
今日はいい日だった。
2019年9月28日土曜日
日没の海
雨が降るかと思ったら、曇り空で過ごしやすいいい土曜日になった。
夕方、また徘徊口述添削でもすべえと浜に出てみた。ちょうど日没前であった。
ここから中学校のほうへ300mくらい、逆の西津漁港のほうへ600mくらい、合計1kmくらい波返し護岸の水叩き部分が歩道のようになっている。中学生のころは、部活の練習開始前にここを往復走るのが日課だった。2kmほどあるから、中学生になったばかりのころは途中で歩かずに走り通すだけで精一杯だったけれど、1年ほどで中距離走的な走りができるようになった。この道は、私の体を作ってくれた道だという思いはある。今、年間100日ほどのツアーができるのも、中学生のころ体を作ったからだと信じている。
中学校のあたりまで添削をしながら歩いてきてふと見ると、いつの間にか雲の間から夕日がのぞいていた。
さらに折り返して1km、西津漁港の近くまで来ると、ちょうど日没間近だったので、浜にあるお気に入りのブロックのところに行った。ここに腰掛けて日没を見ながら添削するのである。これって贅沢じゃないかな?
今日はちょうど大島の真ん中に日が落ちた。
私は日没も日の出も好きだが、宵っ張りなので日の出はほとんどみたことがない。もしかすると早起きして見たことより徹夜明けで見たこともほうが多いかもしれないくらいだ。
それはともかく、日の出や日没を見守るって気持ちがいいよね。
上の写真はちょっとズームしているけど、実際の光景はこんな感じ。日没に伴って刻々様子を変えていく海を見ているのである。これも贅沢だと思うよ。
日没を見守り、600mほど歩いて自宅への帰路の手前まで戻ってきた。
これからだんだん夕焼けが夜に飲み込まれていくのだ。そしてその様子が海に写されて、波がいろんな色に変化しながらきらめくのである。この様子をずっと見守るのが好きで、この波返しにずっと座っていることがよくあった。このトシになってくると、回りの住民の皆さんに心配されるような気もするのでそれはしないが、それでも波返しに寄りかかって、10分ほども海を見ていた。
夕方、また徘徊口述添削でもすべえと浜に出てみた。ちょうど日没前であった。
ここから中学校のほうへ300mくらい、逆の西津漁港のほうへ600mくらい、合計1kmくらい波返し護岸の水叩き部分が歩道のようになっている。中学生のころは、部活の練習開始前にここを往復走るのが日課だった。2kmほどあるから、中学生になったばかりのころは途中で歩かずに走り通すだけで精一杯だったけれど、1年ほどで中距離走的な走りができるようになった。この道は、私の体を作ってくれた道だという思いはある。今、年間100日ほどのツアーができるのも、中学生のころ体を作ったからだと信じている。
中学校のあたりまで添削をしながら歩いてきてふと見ると、いつの間にか雲の間から夕日がのぞいていた。
さらに折り返して1km、西津漁港の近くまで来ると、ちょうど日没間近だったので、浜にあるお気に入りのブロックのところに行った。ここに腰掛けて日没を見ながら添削するのである。これって贅沢じゃないかな?
今日はちょうど大島の真ん中に日が落ちた。
私は日没も日の出も好きだが、宵っ張りなので日の出はほとんどみたことがない。もしかすると早起きして見たことより徹夜明けで見たこともほうが多いかもしれないくらいだ。
それはともかく、日の出や日没を見守るって気持ちがいいよね。
上の写真はちょっとズームしているけど、実際の光景はこんな感じ。日没に伴って刻々様子を変えていく海を見ているのである。これも贅沢だと思うよ。
日没を見守り、600mほど歩いて自宅への帰路の手前まで戻ってきた。
これからだんだん夕焼けが夜に飲み込まれていくのだ。そしてその様子が海に写されて、波がいろんな色に変化しながらきらめくのである。この様子をずっと見守るのが好きで、この波返しにずっと座っていることがよくあった。このトシになってくると、回りの住民の皆さんに心配されるような気もするのでそれはしないが、それでも波返しに寄りかかって、10分ほども海を見ていた。
2019年9月27日金曜日
たまには騒ぐ
午後から市役所以来のお役目で、宝くじ補助申請の審査会。
同じ市内のよく見知った人たちを相手に審査をするって、けっこうキツイものがあって、かつては人間関係に発展しそうになったこともあった。まあ、そういうことを気にしないのが私の強みなのかもしれないが。
終了後、なかの君と飲みに。一昨日行ったところだが、楽しいからいいのだ。
久々に駅前の「和さび」に行った。対象が丁寧に焼いてくれた鮎が実に美味かった。
杯を重ねるうちに調子が出てきて、我が家に戻って楽器部屋でわいわいやっていたら、さらに本格的に騒ぎたくなってきたので、コーイチロー君に連絡して、彼がやっているスタジオに乱入(駅前「歌姫」の2階です)。3人でビートルズとフォークソングを中心に、日付が変るまで大騒ぎしました。わはは。
帰宅後、風呂にも入らず寝ましたとさ。^o^;
同じ市内のよく見知った人たちを相手に審査をするって、けっこうキツイものがあって、かつては人間関係に発展しそうになったこともあった。まあ、そういうことを気にしないのが私の強みなのかもしれないが。
終了後、なかの君と飲みに。一昨日行ったところだが、楽しいからいいのだ。
久々に駅前の「和さび」に行った。対象が丁寧に焼いてくれた鮎が実に美味かった。
杯を重ねるうちに調子が出てきて、我が家に戻って楽器部屋でわいわいやっていたら、さらに本格的に騒ぎたくなってきたので、コーイチロー君に連絡して、彼がやっているスタジオに乱入(駅前「歌姫」の2階です)。3人でビートルズとフォークソングを中心に、日付が変るまで大騒ぎしました。わはは。
帰宅後、風呂にも入らず寝ましたとさ。^o^;
2019年9月26日木曜日
徘徊ルート
徘徊口述添削(笑)をするには、あまり人通りの多くない道がいい。
ということで、最近のお気に入りは、多田川沿いの歩道(自転車道らしい)である。
1kmほどの距離だが、車は通れないので安心、すれ違う人はいても1人か2人。道沿いには民家はなく、線形は直線に近いので、心置きなく口述添削ができる。
歩いて往復すると2km程度だが、時々立ち止まって口述入力結果をまとめたりしているので、1時間近くかかったりする。
日陰はないから晴れている日には少々暑いが、川沿いなのでいつも風が吹いていて気持ちがいい。
いずれスマホの代わりに杖を持ってここを歩くようになるのかなあ…などと想像しながら歩くのもまた楽しい。
発掘現場は、発掘が終了したようで埋め戻された。ここは用地取得の問題はないから、これから工事を進めるのかもしれないな。
この西津橋・大手橋架け替え事業は、地元意見のとりまとめを依頼されたりしたのが私が区長をしていたときだからもう10年近く前になる。まだ仮橋すら架かっていない。それどころか用地取得も進んでいない。我が国の地方のインフラ整備って、こんなもんなんだろうな。
ということで、最近のお気に入りは、多田川沿いの歩道(自転車道らしい)である。
1kmほどの距離だが、車は通れないので安心、すれ違う人はいても1人か2人。道沿いには民家はなく、線形は直線に近いので、心置きなく口述添削ができる。
歩いて往復すると2km程度だが、時々立ち止まって口述入力結果をまとめたりしているので、1時間近くかかったりする。
日陰はないから晴れている日には少々暑いが、川沿いなのでいつも風が吹いていて気持ちがいい。
いずれスマホの代わりに杖を持ってここを歩くようになるのかなあ…などと想像しながら歩くのもまた楽しい。
発掘現場は、発掘が終了したようで埋め戻された。ここは用地取得の問題はないから、これから工事を進めるのかもしれないな。
この西津橋・大手橋架け替え事業は、地元意見のとりまとめを依頼されたりしたのが私が区長をしていたときだからもう10年近く前になる。まだ仮橋すら架かっていない。それどころか用地取得も進んでいない。我が国の地方のインフラ整備って、こんなもんなんだろうな。
2019年9月25日水曜日
13年目になります
夜、まちなか夢通りの会議があった。今年でなんと13回目。長く続いたものだ。
フリマや活動紹介その他を参加団体が思い思いに行い、販売をした場合は売り上げの一部を赤い羽根共同募金に寄付していただくという趣旨だ。
共同募金って、街角の「お願いしまーす」ばかりじゃないんだよ。
会議冒頭の共同募金会長さんの挨拶の中に、小浜は目標金額に到達している数少ない地域なのだということがあった。夢通りでの、一風変った募金の仕方が多少とも貢献できているのなら嬉しいことだ。
会議終了後、なんとはなしに飲みに行くことになった。社協次長がノリがいいのである。
なのに、飲んでいる最中に嫁さんから電話が掛かったら、「いや、トリイさんがどうしてもって言うから」と言っていた。ノリがいいんじゃない、ヤツは悪の根源である。
終了後、若干千鳥足で歩いて帰ったが、さすがに酔っていると疲れる。帰宅するころにはうっすらと汗をかいていた。
一緒に飲んだ3人は、全員近所が自宅であった。しまった。うかつだった。
フリマや活動紹介その他を参加団体が思い思いに行い、販売をした場合は売り上げの一部を赤い羽根共同募金に寄付していただくという趣旨だ。
共同募金って、街角の「お願いしまーす」ばかりじゃないんだよ。
会議冒頭の共同募金会長さんの挨拶の中に、小浜は目標金額に到達している数少ない地域なのだということがあった。夢通りでの、一風変った募金の仕方が多少とも貢献できているのなら嬉しいことだ。
会議終了後、なんとはなしに飲みに行くことになった。社協次長がノリがいいのである。
なのに、飲んでいる最中に嫁さんから電話が掛かったら、「いや、トリイさんがどうしてもって言うから」と言っていた。ノリがいいんじゃない、ヤツは悪の根源である。
終了後、若干千鳥足で歩いて帰ったが、さすがに酔っていると疲れる。帰宅するころにはうっすらと汗をかいていた。
一緒に飲んだ3人は、全員近所が自宅であった。しまった。うかつだった。
2019年9月24日火曜日
徘徊しているのではない
涼しくなったこともあって、最近添削がてら徘徊もとい歩いている。
スマホを見ながら歩くと危ないので、ある程度の距離をざくざく歩いて、ちょっとした木陰やベンチなどで休憩がてら立ち止まり、スマホで添削原稿をひとかたまり読む→歩きながらコメントを考え、まとまれば歩きながら口述する→また立ち止まり、口述入力した原稿を整形し、次のひとかたまりを読むということを繰り返している。
アヤシイのは歩きながら口述するところかな。一応まわりを見て、誰もいないことを確認して口述しているけれど、たまに気づかないうちに自転車などで近付いてきていた人などは、うさんくさそうに振り返ったり、あるいは逆にかかわりたくない・私は何も聞いてませんよという顔をして(顔を背けて)走り去る。
面白いもので、慣れてくると歩きながらでないと添削する気になれなくなってきたりする。
まあ、歩いていますといっても、本気でウォーキングをしている人に比べればちょっと散歩という程度なのだけれど、いい季節に外を歩くのは気分がいいね。
スマホを見ながら歩くと危ないので、ある程度の距離をざくざく歩いて、ちょっとした木陰やベンチなどで休憩がてら立ち止まり、スマホで添削原稿をひとかたまり読む→歩きながらコメントを考え、まとまれば歩きながら口述する→また立ち止まり、口述入力した原稿を整形し、次のひとかたまりを読むということを繰り返している。
アヤシイのは歩きながら口述するところかな。一応まわりを見て、誰もいないことを確認して口述しているけれど、たまに気づかないうちに自転車などで近付いてきていた人などは、うさんくさそうに振り返ったり、あるいは逆にかかわりたくない・私は何も聞いてませんよという顔をして(顔を背けて)走り去る。
まあ、歩いていますといっても、本気でウォーキングをしている人に比べればちょっと散歩という程度なのだけれど、いい季節に外を歩くのは気分がいいね。
2019年9月23日月曜日
11月にむけて始動
技術士試験の筆記試験発表は10月末なので、技術士に挑まれている方々は今はいったん試験のことを忘れて仕事に精を出しているころだ。
しかし11月からの口頭試験セミナーに向けて、SUKIYAKI塾の一部ではすでに始動している。
受講生、SUKIYAKI塾講師とも最多のSUKIYAKI塾東京は、今日前記反省会を開催した模様だ。このようにちゃんと会議室を借りて議論をしている。和気藹々なのが写真から伝わってくるね。
会議後は飲み会。この写真は、明らかにいつもの店ですね。^o^
いつもの店先でのワンショットのようです。今日は私は欠席させてもらいましたが、11月にはよろしく!
しかし11月からの口頭試験セミナーに向けて、SUKIYAKI塾の一部ではすでに始動している。
受講生、SUKIYAKI塾講師とも最多のSUKIYAKI塾東京は、今日前記反省会を開催した模様だ。このようにちゃんと会議室を借りて議論をしている。和気藹々なのが写真から伝わってくるね。
会議後は飲み会。この写真は、明らかにいつもの店ですね。^o^
いつもの店先でのワンショットのようです。今日は私は欠席させてもらいましたが、11月にはよろしく!
2019年9月22日日曜日
現在発掘中
我が家から500mほどのところで、今発掘作業が行われている。
何やら石積みがたくさん見えますな。小浜城の石垣の一部かなと思う。
ちなみに現場はここである。我が家はこの地図の右上にある。
北川と南川に挟まれた中州のようなところなのだが、実はこの中州が小浜城として利用されたのである。
昔の地図に今の道路や川の位置を重ね合わせるとこうなる。小浜城は、2本の川と海に囲まれた海岸近くの土地を選び、海と川を天然の堀代わりにして造成された水城なのだ。まあつまり三方をすでに水で囲まれているから、あとは内陸側に北川と南川を結ぶ堀を作るだけで堀に囲まれた状態になるわけですな。
で、現在の国道はかつての本丸の一部を貫通しており、今回はその旧本丸の東端付近を掘っていることになるわけだ。
いずれ発掘成果がまとめられるのだろうが、それを市民にもわかりやすく説明してくれるといいな。
何やら石積みがたくさん見えますな。小浜城の石垣の一部かなと思う。
ちなみに現場はここである。我が家はこの地図の右上にある。
北川と南川に挟まれた中州のようなところなのだが、実はこの中州が小浜城として利用されたのである。
昔の地図に今の道路や川の位置を重ね合わせるとこうなる。小浜城は、2本の川と海に囲まれた海岸近くの土地を選び、海と川を天然の堀代わりにして造成された水城なのだ。まあつまり三方をすでに水で囲まれているから、あとは内陸側に北川と南川を結ぶ堀を作るだけで堀に囲まれた状態になるわけですな。
で、現在の国道はかつての本丸の一部を貫通しており、今回はその旧本丸の東端付近を掘っていることになるわけだ。
いずれ発掘成果がまとめられるのだろうが、それを市民にもわかりやすく説明してくれるといいな。
2019年9月21日土曜日
おぞましい写真
昨日、小学校同窓会の会場下見に行ったので、今日は案内ハガキの準備でともしの店に集まった。(といっても、いつの間にかハガキ担当みたいになった2人とともしの3人だけど)
昭和30年代から40年代初頭の時期なので、1クラスの人数は40人を超えることもあった。1学年2クラスで、結局同窓生は80人いるのだが、そのうち所在がわかったのは56人であった。物故者も2人。残る22人は行方知れずだ。(といっても、我々が知らないだけで、どこかでちゃんと暮らしているのであろうが)
あの人はどこに行った、あの人はどうしているなどとワイワイやりながら名簿を整理していると、面白いものですっかり忘れていた同窓生のことが思い出されてくる。それもアルバムに貼り付いた写真のようにではなく、ちょっとした時の表情であるとか、何かのときの動作であるとか、動画の1シーンのように切り取られて、生きた動作として思い出されてくるのだから面白い。
帰宅して、往復ハガキに宛名印刷をしつつ、ふとHPを作ったら面白いかなと思い立ち、ならば小学校時代のアルバムから写真をスキャンして載せてみようと思った。
さっそく物置のこことおぼしきところを探すが、さすがに出てこない。
その代わりに何が驚いたって、自分の結婚式のアルバムが出てきた。1987年だから30年以上前である。20代の、それもフリル付きの白いスーツなんぞ着ている自分は正視に耐えない。二度と開けるまいと固く誓って本棚の奥に放り込んだ。
幼少期や小学生のころの自分はまだ見るに堪えるのだが、どうして20代の自分は見るに堪えないのか、謎である。^o^;
昭和30年代から40年代初頭の時期なので、1クラスの人数は40人を超えることもあった。1学年2クラスで、結局同窓生は80人いるのだが、そのうち所在がわかったのは56人であった。物故者も2人。残る22人は行方知れずだ。(といっても、我々が知らないだけで、どこかでちゃんと暮らしているのであろうが)
あの人はどこに行った、あの人はどうしているなどとワイワイやりながら名簿を整理していると、面白いものですっかり忘れていた同窓生のことが思い出されてくる。それもアルバムに貼り付いた写真のようにではなく、ちょっとした時の表情であるとか、何かのときの動作であるとか、動画の1シーンのように切り取られて、生きた動作として思い出されてくるのだから面白い。
帰宅して、往復ハガキに宛名印刷をしつつ、ふとHPを作ったら面白いかなと思い立ち、ならば小学校時代のアルバムから写真をスキャンして載せてみようと思った。
さっそく物置のこことおぼしきところを探すが、さすがに出てこない。
その代わりに何が驚いたって、自分の結婚式のアルバムが出てきた。1987年だから30年以上前である。20代の、それもフリル付きの白いスーツなんぞ着ている自分は正視に耐えない。二度と開けるまいと固く誓って本棚の奥に放り込んだ。
幼少期や小学生のころの自分はまだ見るに堪えるのだが、どうして20代の自分は見るに堪えないのか、謎である。^o^;
2019年9月20日金曜日
ふるさとの風景
来年の4月に小学校の同窓会(還暦記念^o^;)を開くのだが、その会場下見に行ってきた。同級生ののぼるちゃん(みんなからは小学校時代のあだ名である「ぼんさん」と呼ばれている)も一緒に来てくれた。
会場の説明を受けた後、テラスに出てみると、いい天気のせいもあって、絶景だった。
池か湖に見えるだろう水面は「青戸の入り江」という海である。リアス式海岸である若狭湾の内海の小浜湾の、そのまた内海で、とにかく波静か。
その向こうに見える三角の山は、若狭富士「青葉山」。手前には岡津製塩遺跡、その右にはマリーナ。見惚れると言ったら私の地元びいきを笑うだろうか。
私は学生時代の6年間小浜を離れていただけで、また戻ってきたからこの景色は散々見ているけれど、ふるさとを離れて生活している同級生は、きっと感動してくれるんじゃないかな。
こんなにいい天気だったのに、小浜に戻ると今にも降り出しそうな天気になっていて、夕方からは本当に降り出した。
夜、会議で市役所に行ったついでに、幸いにも雨があがったので、夜回りをかねて海岸通りを口述添削しながら歩いたが(お前のほうがよほど不審者やろ^^;)、健康ウォーキングやランニングをしている人ばかりであった。何やら心浮き立ち、夜の中を歩いてみたくなる夏は終わったのだなあ。
2019年9月19日木曜日
久々のオバマージャン
今日、とても嬉しいインタビューを受けた。
しがら組などでお世話になっている若狭東高校の放送部がオバマージャンを取り上げてくれて、発案者インタビューみたいなものに応じてきた。
女子部員3人と先生2人、部員のうち1人はいつもお世話になっている先生の娘さんで、小さい頃からときどき会っているのだが、素敵な女の子に成長していた。
なお、Wikipediaによると、オバマージャンを作ったのは2013年らしい(こちら)。作った本人がWikipediaを見て知るというのもおかしな話だが、私自身すっかり忘れていた(というか覚えていない)。
最初の2年くらいは私がサロンに行っていたのだが、市内で流行りだしてからは社協やサポーターさんにおまかせして、私はここ2年以上行っていない。
ちなみに、高齢者サロンで楽しんでいる様子がこちらなのだが、このYouTube動画も実は今日初めて見た。これは一昨年のもののようだ。
自分が始めたものだけれど、今はもう自分の手を離れて、いろんな人が関わって、いろんな人の役に立てている、そういうのって、私の理想です。久々にオバマージャンにも触れて、高校生と一緒にゲームもできて(自分自身はアガれなかったけど^o^;)、本当に嬉しかった。
しがら組などでお世話になっている若狭東高校の放送部がオバマージャンを取り上げてくれて、発案者インタビューみたいなものに応じてきた。
女子部員3人と先生2人、部員のうち1人はいつもお世話になっている先生の娘さんで、小さい頃からときどき会っているのだが、素敵な女の子に成長していた。
なお、Wikipediaによると、オバマージャンを作ったのは2013年らしい(こちら)。作った本人がWikipediaを見て知るというのもおかしな話だが、私自身すっかり忘れていた(というか覚えていない)。
最初の2年くらいは私がサロンに行っていたのだが、市内で流行りだしてからは社協やサポーターさんにおまかせして、私はここ2年以上行っていない。
ちなみに、高齢者サロンで楽しんでいる様子がこちらなのだが、このYouTube動画も実は今日初めて見た。これは一昨年のもののようだ。
自分が始めたものだけれど、今はもう自分の手を離れて、いろんな人が関わって、いろんな人の役に立てている、そういうのって、私の理想です。久々にオバマージャンにも触れて、高校生と一緒にゲームもできて(自分自身はアガれなかったけど^o^;)、本当に嬉しかった。
2019年9月18日水曜日
天高く
沖縄ツアー中に与左衛門の利用者があったので片付けに行ってきたが、すごくきちんとしてあって、ありがたい限りだった。
薄手のポロシャツ1枚で行ったのだが、さすがは上根来、もう秋の風情で、肌寒いくらいだった。
ダンドボロギクが綿毛を盛んに飛ばし始めていた。秋の風物詩になっているのだが、なにせ帰化植物だからどんどん増えていくのはあまり嬉しくない。葉っぱが食べられるという話も聞くけれど、あまりがんばって食べてみようとは思わない。
沖縄土産を配り終え、ちょっと海に出てみた。いい天気だが、丹後半島は見えないから、ちょっと蒸気が多めなのかな。
そのまま散歩がてら、まちの駅に行ってみると、秋らしい高い空と夏雲のようなむくむく雲、そしてコントラストのくっきりした強い日差しの中にあった。
アイスコーヒーを買って、外のテーブルで添削でも…と思ったが、日向は暑くてかなわないので、旭座側の日陰に逃げて、口述添削をしていた。
夕食後に浜に出てみたが、ポロシャツ1枚ではもう寒いくらいだった。
沖縄に行っていたほんの4日ほどの間に、季節がまだ一歩進んだようだ。
薄手のポロシャツ1枚で行ったのだが、さすがは上根来、もう秋の風情で、肌寒いくらいだった。
ダンドボロギクが綿毛を盛んに飛ばし始めていた。秋の風物詩になっているのだが、なにせ帰化植物だからどんどん増えていくのはあまり嬉しくない。葉っぱが食べられるという話も聞くけれど、あまりがんばって食べてみようとは思わない。
沖縄土産を配り終え、ちょっと海に出てみた。いい天気だが、丹後半島は見えないから、ちょっと蒸気が多めなのかな。
そのまま散歩がてら、まちの駅に行ってみると、秋らしい高い空と夏雲のようなむくむく雲、そしてコントラストのくっきりした強い日差しの中にあった。
アイスコーヒーを買って、外のテーブルで添削でも…と思ったが、日向は暑くてかなわないので、旭座側の日陰に逃げて、口述添削をしていた。
夕食後に浜に出てみたが、ポロシャツ1枚ではもう寒いくらいだった。
沖縄に行っていたほんの4日ほどの間に、季節がまだ一歩進んだようだ。
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