2024年1月20日土曜日

今度はちゃんとやろう

朝起きたら旭川駅前の白い世界が広がっていた。

よく見ると雪山があちこちにあり、夜中に駅のほうから聞こえていたガリガリいう音は除雪作業の音だったんだなとわかる。

とにかく朝食を食ってDragonさんの車に乗せてもらって会場へ。小浜では絶対に見られない巨大つららが出迎えてくれた。

北海道のこととて室内は暖かい。ダウンを脱ぎ、ジャケットも脱いで講義。ヒートテックのエクストラヒートの上に厚手のシャツを着ているのだが、少し汗ばむ。

昼食は必殺必至の蜂屋の旭川ラーメン。私にはこれ以上ない濃厚ラーメンだと思うのだが、もっと濃いのがあるらしい。昨日の三船から、油の摂取量が爆上がりしている気がする。

セミナー終了後、必殺パリ街で夕食。ここまで歩いてくる間にずいぶん体が冷えた。

冷えた体はこれで暖めるに限る。必殺必至のジンギスカン。今回は生ラムだけでなくハツやタンなど、食べたことがない部位もいただけて大変美味しゅうございました。

そして旭川の〆はここ。移転してパワーアップしたライブバー。ハードラックウーマンをやっているのだが、ちゃんと仕込んできていないのでがちゃがちゃ。次回はちゃんとやろう。

じゃあフォークソングだといって始めたのはいいが、ソングブックの字が小さいのでオヤジたちは顔を寄せ合わないと読めないのよ。ToT

夜9時ごろに早々と解散したのだが、外気温はもはやマイナス15度を大きく割り込み、凍てつく寒さ。体がまたもや冷え切ってしまって、ホテルに着くやいなやバスタブに浸かりっぱなしでした。

2024年1月19日金曜日

三船経由旭川

今日から北海道(旭川、札幌)→東京と5泊6日の旅である。

小浜から敦賀→小松と北上して小松空港から新千歳空港へ。

雲海の向こうに日本アルプスを眺めつつ北上する。

凍った湖面(池面?)が北海道らしい。新千歳空港に到着してバイアさんと合流。
エアポートで札幌へ、さらにライラックに乗り換えて旭川へ…と見せかけて途中下車。

わざわざ岩見沢で降りて三船へ。なんてことだ、北海道に来る度にここに来ている。

絶品のモツ串をたらふく食う。これが至福なのだ。

そして〆は鶏の脂の層が5mm程もあろうかというそば。ここにモツ串をほぐして入れて食う。これまた絶品。

最近、三船でしか会わない面々も多い、今日の飲み会メンバーでした。

そしてマイナス15度を下回る極寒の旭川到着。もう今日は風呂に入って温まって寝るばかりである。

夜8時前の旭川駅前風景を見下ろしつつ、とにかく今日は寝た!

2024年1月18日木曜日

また猫神様

明日からまた旅なので、今日はちょっとがんばってタスクを消化。

風呂上りにリビングに来ると、神棚の上に鈴が乗って猫神様になっていた。
まあ飾り物を倒したりしなければいいけどねと思っているそばから榊を倒しやがった。

2024年1月17日水曜日

好天散歩

今日もマイペースだが、少し作業が進んで楽になってきたので、いい天気でもあるし、歩いて昼食を食べに行って、そのまま徘徊添削しながら帰宅。

本当にいい天気で、ヒートテックの上にシャツ1枚で歩ける。

川が浅いので、魚がよく見える。こういうのは見てて飽きないなあ。

2024年1月16日火曜日

マイペースで

今日から3日間は少しスケジュールに余裕があるので、テキスト作成や添削をマイペースで進めることができる。何かに追われるとやっぱりしんどいからね。

デスクワークが一段落してふと見ると、伊織がいつものキャットタワーの箱の中、鈴が珍しく仕事部屋で一番高いところで寝ていた。やっぱり暖かい空気は上に登るから気持ちがいいんだろうな。

2024年1月15日月曜日

新年始動

 午後、企業対象のWeb講義。

ふい~、疲れたなあと浜に出たら、風もないいい天気で暖かかった。
さあ、今日から新年始動だ。


2024年1月14日日曜日

どんど焼きと後の祭り

ひこそう全国大会翌朝、皆さんを迎えに行き、お魚センターで買物をして道の駅といういつものコース。ただ今年は私はここでお別れして小浜神社へ。宮総代としてどんど焼きがあるのだ。

住宅地に囲まれた神社(城跡)の中でどんど焼するので遠慮しつつあまり盛大に炎が上がらないようにするのだが、それでも近くにいると顔が熱い熱い。

いやあ疲れたなあと帰宅したら、敦賀でこんなことをしていた。まあいいんだけど。

で、最後はいつものようにこんななって帰りましたとさ。

2024年1月13日土曜日

ひこそう全国大会2024

コロナ明けひこそう。といっても去年が実質すでにコロナ明けみたいなものだったから、去年からすでに大賑わいなのだが。
今年は参加者17人。当初は21人の予定だったが、能登半島地震のいろんな影響で4人減った。

まずは我が家に集合して、もう口頭試験も終わりかけているので、6日に口頭試験を終えたくじらじゃくさんを引っ張り出して今さら模擬面接。試験官のすーさん、何とも嬉しそうな様子だけど、手にしたぐい飲みと、その前においてあるウコンが何とも…
その向こうでは経歴票を見ているふりして寝ているおらさん。

夕方、ひこそうに移動。やっぱりこれがないと正月が終わらない。

コロナ明けということでてっさが大皿に戻った。これで2人分である。これでこそてっさ。

にぎやかに時間を過ごして最後に集合写真。皆さん、今年もよろしく。

そんな宴の中、やっぱりこれだけは間違いなくやってくれる。

ところがなんと、今年は名古屋からも負けてたまるかと対抗馬が出現。んー、梅ちゃんエモい。

2024年1月12日金曜日

ちょっと一段落

ようやく第3関門が一段落した。明日はひこそうだから、今日のうちに終わっておかないとね。

昼前、添削依頼がぼちぼち来ているので、海岸通りを歩きながら徘徊添削。空気は冷たいが天気がいいので気持ちがいい。

2024年1月11日木曜日

夕焼けを眺めて

第3関門に手間取っている。これは二次試験セミナーテキスト、つまり出願&筆記セミナーテキストで80ページほどの代物なので、なかなか時間がかかるのである。

夕方、さすがに倦んじ果てて海岸に出ると、もう夕方の気配である。

もう日が沈もうかというくらいなのだが、まだまだ空は青い。

少し歩いて西の空を見れば、もう半分ほど日は沈んでいるのだが、真っ赤な夕焼けというほどの色合いになっていない。

やがて太陽は名残の光を残して沈んだが、それでも思ったほどオレンジ色の広がりはない。
こんな夕焼けもあるんだな。それだけ大気が乾燥しているということなのだろう。

2024年1月10日水曜日

どんどん使ってくれ

第3関門を突破し、残る関門は2つだが、これらは少し日程に余裕がある。

そこで今日は年末に設置した美郷小学校の望遠カメラの養生。子ども達がカメラを触ると、やっぱり慎重にとばかりはいかないので、倒れたりすることがないように重りをつけた。といってもウォータータンクに水を入れてヒモで縛っただけなので、力を入れて引っ張るとちょっとぐらぐらするけど、とりあえず倒れはしない。
というか、子ども達に開放する形で提供したものなのだから、壊さないようにしろとは最初から思っていない。本だってそうでしょう。破れて擦り切れてボロボロになったほうが「ああ、読んでくれてるんだな」と嬉しくなるじゃないですか。

2024年1月9日火曜日

今日も引きこもり

なんとか第一関門の今月15日のセミナー用テキスト(といってもレジュメだが)はクリアし、今月下旬のセミナー用テキストに取りかかり、夜までに終了。
そのかわり一日中家にこもっていた。今日の歩数は5500歩。

こうなってくると、そもそも外に行かないので写真ネタが猫ばかりになる。
キャットドームにふかふかのマットが敷いてあるのに、わざわざそのマットの下に潜り込む鈴。まあその下の床マットがホットカーペットだからわからなくもないが。

2024年1月8日月曜日

第3関門突破

今日は第3関門の書籍増刷対応。「技術士試験の勉強法」改訂新版の第4刷が出ることになったので、そのための追補修正作業。ゲラ校正もそうなのだが、昔からこの作業だけは紙を使う。
出版社からいただいた第3刷の最終稿PDFファイルを全部プリントアウトして、コメダ珈琲に持ち込んで「たっぷりブレンドブラック」のモーニングAを食べつつ朱入れ。朱入れ用のペンはVペンに限る。
がんばった甲斐あって、リミットである10日より1日早く修正原稿を送った。
そのため今日の歩数は再び驚愕の3400歩。

もうすぐ日が変わるなあと思いつつリビングに行ったら、鈴が今度はマットの下に潜り込んでいた。そりゃあ暖かいだろうけど。

2024年1月7日日曜日

歩いてないなあ

今日もほとんどデスクワーク。これじゃあまた2千歩台だと思ったので少しだけ海岸へ。

いい天気でけっこう暖かい。
歩きながらテキスト原稿を口述入力できないかなと思ったのだが、ものの10分でギブ。添削と違って、頭の中に入れておかなければならない情報量が違いすぎるので、やっぱり机で集中しないと無理みたいだ。
結局、今日は7100歩ほどだった。いかんなあ。

2024年1月6日土曜日

高い所に登る

マンツーマン講座の受け付け処理が一段落し、今度はテキスト類の準備で忙しい。
その上ちょっと風邪気味だったのでずっと自宅に籠もっていたら、1日の歩数が2400歩だった。うーむ、いかんなあ。ほとんど自宅にいた1月1日でも4300歩は歩いていて、2日以降は毎日12000歩以上歩いているのに。

夜、デスクワークが一段落して振り返ると、伊織が簡易ベッドに潜り込んで寝ていた。
わからないと思うけど、「川」の字のシワになったあたりにいる。

鈴はというと、部屋の一番高い所、ドアの上に付けたカゴの中で寝ていた。
冬は暖かい空気が上に行くから、高い所によく行くようになる。

2024年1月5日金曜日

マンツーマン講座受付

今日はさらにいい天気で、日中は南風も吹いてかなり暖かくもなった。

この季節には珍しい快晴である。能登の被災地の救援活動もはかどるといいのだが。
今日は企業セミナーのPPTと配布用レジュメ作成。雛形になるようなものがあったので実に順調に作業が進んだ。少しスケジュールに余裕が出たかな。
正午からマンツーマン講座の一次募集開始。例年は100人を取るが、今年は80人にした。少しずつ減らしていこうと思う。もうトシなんだし。^^;
正午にメールフォームをアップしたとたんにメールの山。80人を越えたまでには3分くらいしかかかっていないと思う。その後少しペースダウンし、10分経過した時点で募集終了。130人ちょっとの応募があった。
それから抽選作業。中には一人で同じ内容の送信を10回以上した人もいて、これで抽選に引っかかりやすくなったりしてはいけないので最初にダブリ処理をして、それからYahooメールとかのルール逸脱を排除して、Excelで乱数を使って抽選。仮受付メールを発信できたのは夕方だった。こういう作業がなあ…

2024年1月4日木曜日

そろそろ始動

与左衛門の給湯器の水抜きをしてなかったことを今ごろになって思い出して上根来へ。

昨夜からの雪で上根来はうっすら雪化粧。まあこの程度なら半日程度で解けるだろう。ただこのままだと雪室のほうが…

午後からはいい天気になった。夕方から海岸通りを散歩。久々の夕焼けだ。

寒くなったからか、ニャンズがくっついてくる。膝の上でゴロゴロしたい鈴であった。
新年早々、やるべきことはけっこうたくさんある。
  • 1月早々にWebセミナー1件とリアルセミナー2件(北海道と東京)があるので、このテキストを作らないといけない。
  • 書籍(技術士勉強法)の増刷ということで必要な修正箇所を知らせないといけない。
  • そして小浜神社が来年創建150年ということで神社誌の編纂に取りかからねばならず、そのためのベースとなる創建100年の時の神社誌(50年前なので活版印刷)の電子化作業がある。
放ったらかしにしていたらすぐにケツに火が点くので、毎日着実にやっていこう。

2024年1月2日火曜日

相変わらずの小浜

子供達家族は最寄りのJR駅から新大阪に向かったので、私と女房だけでさっさと帰路についた。

ホテル最上階(51階)から見た大阪市街の風景。これはどの方向を見ているのかよくわからない。

昼過ぎには帰宅して一休み。浜に出て見ると相変わらずの小浜湾の風景があった。
能登半島のほうはこれから被害の甚大さが明らかになっていくことだろうが、日航機の方はあの火災の中を全員避難ということで本当によかった。

久々の海遊館

親戚が来ない正月なので、せっかくだからと家族全員で大阪へ。

海遊館にやってきた。子ども達が大きくなってから来ていないので、どれだけぶりだろう。

相変わらずジンベイザメは悠々と泳いでいる。まだ4歳前後の孫達にはちょっと早いかなとも思うけれど、それなりに楽しんでいたようだが、公園やレゴランドで遊んでいるほうがずっと生き生きとしていた。
そのまま大阪泊。空庭温泉という大浴場施設があるホテル。正月早々けっこうな出費だが、じいじいはがんばるのだ。ToT
夕方、日航機衝突事故。正月早々2日続けて大災害と大事故が立て続けに起こって、今年はどうなるのかと思わなくもない。悪いことが全部最初にまとめて起こってしまったということだといいのだが。

2024年1月1日月曜日

元旦の地震と津波

新年明けましておめでとうございます。

例によって我が家の(というか若狭地方の)お雑煮は丸餅を味噌で煮込んで具はいっさい乗せないシンプルなもの。餅があまり好きではない家系なので、こういう時には餅は食べない。
年賀状も何年も前に卒業したので、どこから来ようと返信はしない。LINEやメールで挨拶することはあるけどね。
今日は特にすることもなく、家族一同のんびり過ごす…はずが夕方になって能登半島地震。津波注意報があっという間に警報に格上げされて、地区の自主防災組織の委員長をしている手前もあって、これはさすがに形だけでも避難するかなと全員をシエンタ君に押し込んで出発したが、大学山方向は長蛇の列。予想津波最大高さが3mということなので北川河川堤防の上に行くことにした。時々堤防の上を歩くときに車を止めているところがあるのでそこに行くと誰もいない。ここで標高は6m。河口からは1kmほどの感潮区域内なのでちょうどいいだろう。
そろそろかなあという時刻になって、満潮のためなのか津波なのか河川水の遡上は確かに認められたが、10cmかそこら。小浜湾は湾口は狭く湾奥に広がっているので、たとえ3mの津波が侵入しても大した波高にはならない。念のため1時間ほど堤防の上にいてから帰宅して後は普通に生活していた。
珠洲には学生時代に珪藻土を見に行ったことがあるが、新第三系なので土砂崩れも起きやすいだろう。何よりきっと古い家が多いところで浅い震源の震度7だから、家屋倒壊が多いはずだ。被害が小さいといいのだが。