寒波が来て雪が降ったのだが、電池も届いたので雪室に温度計を設置しなければならない。
小学校跡の手前まで来て、これって行けるんだろうかという気がしてきた。2022年1月14日金曜日
遭難するかと
2022年1月13日木曜日
仕事場は外
寒波が来ている中、早朝徘徊などもってのほかということで7時半頃までぐっすり寝て、猫をケージから出した後もぞもぞと着替えて朝食をとり、柄にもなく朝の連ドラなどを見て(この物語の一つのキーとなっているthe Sunny Side of the streetは好きな曲なので、そこから時々見るようになった)、洗濯物を乾かしにコインランドリーに出かけたら、何のことはない青空がのぞいているではないか。
今日は午後から「小浜市の歴史と文化を守る市民の会」(長いんだよな)の役員事会があって、会議までの1時間程度はおそらく雪が降らないと思われた勇躍歩いて市役所へ。
音楽を聴く合間に添削。これからだんだん音楽どころではなくなってくるのだろうな。
そもそも吹きすさぶ冬の季節風の中で精度が落ち、それを修正する指先もスマホ対応とはいえ手袋で覆われているので精度も低く、添削作業の効率としては甚だ宜しくないのだが、歩きながら同時に仕事もできるという点で、ノマドを愛する私にとってはたまらなく理想的な仕事場なのですよ。
2022年1月12日水曜日
寒波襲来
ぐっと冷え込んでまた冬型の天気になった。朝の徘徊などしたら遭難してしまうと思われるので、ぐーたらと8時前まで寝た。
さらに起床後入浴。昨日夜中まで飲んだので風呂に入らず寝たのですよ。61歳のじいじが何をやっているんだと思うのだが。
ところで、寒い冬の朝風呂はたまらない。頭のてっぺんあたりが結構寒いのだが顔あたりから下はポカポカと温かく、お湯の温かさが体の芯までしみてくる。ああ、流氷を見に行った時のウトロの露天風呂がこの極端な感じだったな。また行きたいな。
2022年1月11日火曜日
Mr.Sleeping Man
完成したばかりの雪室に温度計を設置しようと思って、昨年買った温度計の電池がまだ残っているかなと思ってセットしてみたら100%の表示である。これはいくらなんでもおかしいのではないかとは思ったのだが、温度計本体でも接続したパソコンでも同じ表示が出るので、もしかしたら新しいの買ったのかな俺と思いつつ上根来に持って行って、さあセットするべと思って電源を入れたら残量わずかである。なんなんだこれは。
仕方がないからそのまま持って帰って、帰りに家電量販店によったのだが特殊な電池(3.6Vの1/2AA)なのであるわけもなく、結局 Amazon で注文したのだがどうやら中国メーカー製品しかないらしく到着にはしばらくかかる模様。上根来に往復すると1時間かかるのでツラいのよ。
夜は FM 開局の打ち合わせ…のはずだったのだがほぼただの飲み会になって、最後は楽器を弾いて盛り上がりまくり。世の中はコロナがどうのこうのと言っているのだが、オミクロン株に至って、もはやどうみても風邪にすぎないので気にしないことにした。タミフルがないインフルエンザという感覚でいればいいと思うよ。
2022年1月10日月曜日
雪室完成です
2022年1月9日日曜日
雪室施工
ひこそうで朝食→お魚センターで買物のあと、上根来雪室見学。
3年ほど前に見学に来た時と同様、スコップを持って手伝うつもりの人もかなりいたようだが、すでに機械化が進んでおり、施工現場の見学の体になった。^^;2022年1月8日土曜日
ひこそう全国大会2022
今日から雪室作業である。寒冷地作業の身支度を整えて出発。
上根来は例年より多めの雪の中だった。与左衛門の様子が気になるが、とても行けそうもない。6時30分からひこそうで大食事会。コロナ禍の中、てっさの皿が一人一皿の小さなものになったのがちと残念だが、メニューは従来と変わらず、とても食いきれないと思っていながらも最後の雑炊まで行き着くという不思議な満腹メニューである。この満足感は参加した人でないと分かりません。
2022年1月7日金曜日
正月終了
七草粥を食べると正月も一段落したなと思う。親戚一同が介して大騒ぎの元旦が終わり、子供達もUターンして静かな日々が戻り、落ち着いて机に向かって新年の段取りをして、マンツーマン講座の募集開始と去年に続いてスパムメールが来たのかと思うような応募をいただいて必死でそれをさばき、ようやく一息入れるようになると七草粥である。
2022年1月6日木曜日
猫は遊ぶ
今年度最後の模擬面接。午後に1人、夜に2人。年末27日にやってから少しブランクがあったのだが、まあまあ頭は回った。
この模擬面接で、どのようにブラッシュアップすればいいかを的確・具体的にアドバイスできるかどうか、もっと言えば受講した人から「受けて良かった」と言ってもらえるかどうかが自分の中での評価尺度になっていて、それがクリアできなくなったら隠居だなと思っている。
もちろんまだまだ隠居はしたくないから一所懸命努力はしているけどね。
2022年1月5日水曜日
雪がどっさり
Kさんから上根来の状況写真が送られてきた。
助太郎の雪囲いはもうすぐ庇に届くかというくらい雪が積もっている。こりゃあ与左衛門は埋まってるな。^^;集落内はまだ除雪されているからいいのだが、共同墓地から先は除雪範囲外で、これはもう自力(労力的な、あるいは金銭的な)で除雪するしかない。でもこんな状態のところを1kmほども除雪しないと雪室には行けないのである。
2022年1月4日火曜日
晴歩雨寝
また寒波がやってきた。一応朝5時半に起きたのだが、外出すると徘徊どころか遭難しそうな天候だったので、再びもそもそと布団に潜り込んだ。
諦め悪く1時間後にまた目覚ましで起きたのだが、状況は好転していなかったので再び布団に避難した。
今度は目覚ましをかけていなかったのだが、きっちり1時間後に目が覚めた。今日から仕事始めの人も多い世間様に申し訳ないなと思いながら、さすがに布団から出て猫のケージを開け、朝食でも食べるかトリミングに降りてみたら外が晴れているようだったので今のうちにと徘徊に出た。
ちなみ朝のウォーキングは朝食前に限る。エネルギー源を摂取していないため体内の脂肪をひたすら燃焼してエネルギーに変えるので、正月太り解消にもってこいである。
枯れ野原となった浜にはオレンジ色の朝の光が降り注いでいるものの、空は大部分が鈍色の雲で覆われているは、久須夜ヶ岳の5合目くらいから上は雲の中に入っているはで、もういつ冬の荒天になってもおかしくない気配である。
朝食を食べ少しデスクワークをしたあと母を病院に連れて行き、少しデスクワークをして昼食を作って食べ、母をデイサービスに送り出したらもう一度デスクワーク…と思ったのだがどうにもやる気が出ないので、少し気晴らしをしようと簡易ベッドに横になり、ごろごろと寄ってくる猫共をあやしながら電子ブックなどを読んでいたらあっけなく寝てしまった。
だらしないなぁと思いもするが、まあ一年を通してみればそれなりに働いてもいるのだし、天気が良ければ精出して歩いたりしているのだから、これも一種の晴耕雨読のようなものだと思ってもう一度タブレットを手にとって電子ブックの続きを読み始めたらあろうことか1ページも進まないうちにまた寝てしまった。^o^;
2022年1月3日月曜日
怠惰に過ごす
3日は年賀状第2弾が来る。どのみち返事は出さないと決めているのだが、目は通す。
パジャマ姿のままで朝食をとりながら年賀状を見ていると、鳥取県米子市で高校教諭をしていた大学の同級生からのものがあった。「再雇用で同じ学校で働いています」と書かれていた。そうか、60歳定年の同い年は今年が第二の人生初年なんだなと再認識。
私の会社の定年は62歳なのだが、例えば公務員は今でも60歳である。市役所でもS君が同い年だし、確か早期退職したのではなかったかと思うがMさんも同い年というか誕生日が同じで、その上同じ区内に住んでいた。学校関係者は若狭地方で少なくとも7~8人は同級生がいると思う。先日小浜駅で久しぶりに会ったJRのD君も再雇用だと言っていた。
身の回りにいる同じような年かさの人は定年がない仕事をしている人が多いので、あまり気にならなかったのだが、そういう年なのだなあと再認識。
2022年1月2日日曜日
祭りの後
困ったことに目覚ましもかけていないのに5時半前に目が覚める。昨日と同じく大量の着替えと、大人数のストレスのせいかまたもや猫が粗相をした毛布を車に突っ込んで近所のコインランドリーへ。ここは開店6時とあるのだが、5時55分にタイマーで電気が点き入室できるようになる。正月早々、こんなことを覚えてどうするのだ。大丈夫かAPEC。
選択が終わるまで1時間あるので、帰宅してゴミを物置小屋に仕舞い、海岸通りを今年初徘徊。振り返れば雪をまとった久須夜が岳。空気は冷たいけれど風もなく、何やら気持ちが引き締まる正月の朝である。惜しむらくはヘッドホンから流れる音楽はKISSであった。こういう済んだ冷たい空気の朝にはちょっと違う音楽が合うと思うのだが。
2022年1月1日土曜日
狂乱の元旦
新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願い申し上げます。
朝5時半に起きたのはご来光を拝むためでもなければ(そもそも悪天候でそんなことは無理である)一年の計は元旦にありと気持ちを新たにしたわけでもない。日頃の3人家族に息子一家3人と娘一家3人が加わった9人家族となり、さらにこんな時に限って猫が粗相をして膨大に出てしまった洗濯物を抱えて朝6時前に開店するコインランドリーに行くためである。全く元旦から何をしているのだ。
丸餅味噌汁のシンプルなお雑煮を食べ、おせち料理を作らなかった代わりに作ったおでん(なぜおでんなのかは全く謎である。そんなことを女房に聞く勇気は私にはない)を食べて、無駄に傘高い新聞と努力の甲斐あって随分少なくなった年賀状を郵便局から取り出した。最後に年賀状を出したのは何年前だろうか。本当にお世話になっている親戚縁者への挨拶以外はいっさい年賀状を出さず、来たとしても返信もしない。これはどこかで割り切ってしまえばなんてことはないものだということがわかった。
昼前、二人の妹一家が甥や姪の家族とともにどちゃっとやってきて、最後は総勢20人になった。娘の旦那も息子の奥さんも最初はびっくりしたらしい。今年は下の妹の息子、つまり私の甥が結婚したのでその奥さんがやってきて、やはりびっくりしたようだ。