徳島から仙台までの移動はさすがにJRではツライ。そこで空路にして、徳島から羽田へ、そこから会津若松に寄り道することにした。
初めての「徳島阿波おどり空港」は徳島駅からバスで30分ほど。「阿波おどり空港」だからといって別に浮かれて踊りまくっているわけではない。「米子鬼太郎空港」が別にアヤシイ妖怪空間ではなかったのと同じで、まあモニュメントとBGMくらいがちょっとその雰囲気だということで。
カードラウンジで少し仕事をして搭乗口へ。
11時前に離陸。いい天気である。海沿いにある空港なので、あっという間に海の上に出た。
紀伊半島東岸と思われる。 |
御前崎を通過した。 |
伊豆半島の先端ですな。 |
向こうに富士山が見える。 |
伊豆大島が意外に小さく見える。三原山の新しい溶岩が黒々と広がる。 |
郡山で喜多方ラーメンの昼食。
ここではっきりと気づく。旭川ラーメンが「それなりに」しか美味く感じなかったのは、魚介ダシのラーメンは、この喜多方ラーメン系の味に慣れているからなのだ。同じ魚ダシ醤油ラーメンんだと、私には少なくともこちらのほうが魚ダシをしっかり感じられて美味く思える。うーむ、ラーメン道はけっこう深い。
磐越西線で会津若松へ。磐越東線と同じく、おそらく地元の人たちは高速バスを使っているのではないかと思うのだが、何の気なしにこちらを選んでしまった。発車時刻まで20分もあるのに、もうホームには電車が止まっていた。
案の定中は無人君。このあとパラパラと人が乗ってきて、結局最後に中学生や高校生がわっと乗ってきてそこそこ埋まった。小浜線と同じだなあ。
1時間ちょっとかけて会津若松駅に到着。
ここからホテルに行くには市内周遊バスで近くまで行って、さらにそこから電話して迎えに来てもらうという面倒くささ。そのうえ市内周遊バスは「周遊」なもんだから、あっちへ行ったりこっちへ来たりで、20分以上かけてようやく「会津武家屋敷」に到着。ここから宿に電話して迎えに来てもらった。
結局着いたのはもう6時前である。羽田から6時間かよ。
東山温泉といって、会津若松の市街地から東に入り込んだ谷の中にある。谷の奥の方を見るとホテルがひしめく。奥の方にダムがあるのかな?と思ったらそれもホテルだった。
久々の日本旅館部屋。こういう部屋に入ると気持ちが落ち着くというか、仕事なんかせずに温泉配ってゆっくりすべえという気分になる。実はそういう気分になって中休みを取るつもりだったのだが、貧乏性なんだなあ、添削が早めにノルマ到達したので、手を付けられずにいた別の仕事をシコシコやった。
一仕事終えて温泉に浸かり、夕食。湯葉や山菜、肉など。蕎麦粥や山菜の煮物なども美味かった。
浴衣の柄の説明がエレベーターに貼ってあった。「起き上がり小法師」であるという。恥ずかしながらずっと「起き上がりこぼし」だと思っていて、「何をこぼすんだろう」と思っていた。無知を恥じた。
会津といえば戊辰戦争、薩摩長州に凄惨な目に遭わされた会津は恨み骨髄、「薩長賊との婚姻などもってのほか」であったという。
気候風土が産んだのであろう我慢強さやくじけなさ、そういう会津の文化はどんなものであろうか。ゆっくり見て回りたいものだけれど、そこまでの時間はない。今日だっていつもよりははるかにのんびりしているけれど、それでも添削その他の仕事の手は休めていないのだから。そういった仕事がないときにのんびりきたいけど、おそらくそんなときがないものね。
まあせめて今日はできるだけゆっくりしようと風呂に3回入った。(そういうことじゃないだろうと思いつつ^^;)
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