2012年2月14日火曜日

しあわせって何だっけ

立松和平「知床に生きる」(新潮新書)は、大船頭・大瀬初三郎へのインタビューを中心に知床の番屋で生きる漁師の姿を描いていて、好きな本である。
「きっとまた読みたくなるな」と思う本は読み終わってから「自炊」でPDFにし、エバーノートとリーダーに入れているのだが、結局読まずに死蔵している本も多い中、比較的、短いインターバルで再読している。
この本も一昨年の口頭試験セミナーツアー中に購入して気に入ったので、その後自炊したものだ。なお、昨年末に電子書籍版も発売されている。

この本の中に、昭和40年代ごろ、サケ・マスが漁獲量は少なくとも値段が高く(国外産がまだ入ってきていないのだろう)、漁師がたっぷり稼いでいた時代、斜里町には魚の加工場が10か所以上、ビートのデンプン工場が4件、映画館も4件あって、斜里の黄金時代であったというくだりがある。
私はいつも斜里町では道の駅でおみやげを買うくらいで、宇登呂に向けてさっと通過していたので斜里町のまちなかをほとんど知らないのだけれど、今はどうなんだろう。

ともあれ、こういう話を聞くと、自分の幼いころの記憶とともにこの時代が思い出される。昭和40年代ということは私も小学生で記憶がちょっとセピアになりつつも比較的鮮明なワンシーンもたくさん残っている。
大阪万博(昭和45年)のころで、高度成長期のピークだった。都会と地方の格差はいまだに大きく、それは食べ物という日用品の最たる部分にも表れていたけれど、カラーテレビをはじめとする3Cがいよいよ普及しつつあり、右肩上がりの最盛期であったように思う。
もちろん今とは比べ物にならないくらいすべての面において未成熟な社会だったけれど、一生懸命働くとそのぶん豊かになれる、きわめてシンプルな社会のつくりの中で、愚直に、快活に、そして前向きにみんな働いていた。私は小学生だから働いてはいないが、子どもの目にそういう印象が残っている。

昭和30年代?の小浜市の街角
おそらく日本中の地方で、斜里のように小浜のように、一次産業や二次産業がまだまだ主力で三次産業は萌芽期にあるような社会の中で、まだあか抜けない粗野な部分もいっぱい残した、だけど心優しい純朴な人たちが、健康な体を何よりの資本にしてひたすらに働いていたのだろう。
朝早く起きて工場へ行き、クリエイティブではないかもしれないがストレスもあまりたまらない、どちらかというと単純な作業に従事して、夕方になると家族団らんなりイッパイなりの楽しみがあって1日はきちんとリセットされ、週末はきちんと休んでちょっといい服を着て映画を見に行く。これが繰り返されて、少しずつ家の中にモノが増えていったり子どもが成長していく。日単位の楽しみ、一週間単位の楽しみ、そしてもっと長いスパンの喜びを楽しむ「昭和のくらし」だ。ああそうだ、「三丁目の夕日」の暮らしといってもいいかもしれないな。

今の時代は日単位の楽しみ、一週間単位の楽しみはあっても、もっと長いスパンの喜びが期待できないというか、長いスパンになればなるほど不安のほうが大きくなってきたりするところがきっとつらいんだろうな。
家も家電も情報通信環境も、さらには食べ物のバリエーションも一日の労働の後の楽しみの選択肢も、当時と比べると格段に豊かになったけれど、この子が大きくなったときに暮らしていける社会なんだろうかとか、自分の老後は守られるんだろうかとか、「未来には希望より不安のほうが大きくある」暮らしというのは、「幸福」ではないのかもしれない。

だけど人はみんな幸福になりたいから、何も考えずにいても幸福になれると思っている時代ならともかく、今の時代は各自各様に「幸福って何だろう」と考える。自分にとって、あるいは家族にとって、社会にとって。
「ああ、みんないろいろ考えているんだなあ」と思うのは、ちょっとした雑談や飲み話の中である。自分が何か考えていることに話題が及ぶと誰しも自分の考えや思いを口にするものだが、その頻度が多くなったと感じる。
エネルギー問題に関することでさえそうだ。若狭地方にはいっぱい原発があり、立地自治体であろうとなかろうと、原発やその関連産業で働く人が大変多い。自分の友人や知っている人が原発関連産業で働いていると、あんな大事故があってさえなかなか話題に出しにくいものだが、最近ははっきりエネルギーに関する議論というか雑談も増えた。誰しも憂いたり悩んだり気にしたりしているんだなあと思う。世の中には「自分の仕事や自分の儲けがなくなるから脱原発に反対している身勝手な奴ら」なんて十把ひとからげに単純化してしまう頭の構造がシンプルかつひとりよがりな輩もたまにはいるけどね。まあそうしないとモノゴトが理解できないんだろう。

それはともかく、「エネルギー問題はどっちへ進むべきか」などというテーマは、みんなそれぞれに考え・意見・答えを持っているだろう(その早期実現性はともかくとして)。たとえば「早い遅いはともかく、方向としては脱原発に進み、だけど化石燃料に依存するのもよくないから、技術的に、また社会経済的に可能なかぎり再生可能エネルギーにシフトし化石燃料依存は必要最小限にする」といったことを言えば、その方向性自体に反対する人は多くはないだろう。
しかし経済的な閉塞問題は「どうしたらいいのかねえ」という人が多い。これもつらいところだ。
自分なりに「こうしたらいいんじゃないか」と思っていれば、少しでもそちらに進むように行動できる。何かを購入したり、生活の一部をそちらの方向に変えたり、あるいは選挙で意思表示したりだ。
でも自分なりの意見も持てない(考えていないのではなく、複雑すぎたり納得できる提案が見当たらなかったりして、考えてもわからない)と、何をしたらいいのかもわからないから立ち尽くしてしまう。未来に不安を感じつつ立ち尽くしてしまって動けない。人も社会もそうなっているかのようだ。

でも、経済的な豊かさと幸福度は必ずしも比例しないということはみんなわかってるんじゃないのかな。だからブータン国王に熱い視線を送ったりしたんじゃないだろうか。
ヨーロッパのどこかを訪ねるテレビ番組で、石造りのまちなみの中で夕暮れを楽しんだり夜を楽しんだりする人たちが紹介されていた。分厚い歴史の中で、歴史や国や文化に誇りを持って、ライフスタイルに確信を持って悠然と暮らしているんだなあと思った。これも幸福なことではないかと思うけどね。

ちなみに私はポン酢しょうゆよりフツーのしょうゆのほうが好きだ。(このオチわかりますか?)

4 件のコメント:

  1. さんまのCMですよね(^-^)/

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  2. わかっちゃったか…
    ちなみにさんまのCMは2回あるんですよ。最近流れてる(今も流れてるか?)は2回目の復活バージョン。

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  3. べっこ王子2012年2月16日 5:23

    一日考えても分かりませんでしたが、「しょゆ」うことでしたか。
    小生も「三丁目の夕日」の時代に幸せを味わいながら、育った一人です。

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  4. なんと23年前のCMです。最近リメイクしてまた流れたのですが、歌詞の中の「うまい醤油は」がかつては「ポン酢醤油」だったそうで。

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