2019年3月17日日曜日

東京はいつも大人数

今年のSUKIYAKI塾セミナー第1号は、SUKIYAKI塾東京の出願セミナー。

晴天である。今年はどうやら晴れ男か?ホテルから会場まで1.5km、途中のなか卯で朝食を食べ、ファミマのイートインでコーヒーを飲んで会場へ。

午前中は一般部門の講義。受講生は60人ほどらしい。新方式になるということもあって、去年の倍以上とのこと。すでに旭川で1回講義しているのでまだましだが、やはりまだ講義慣れしておらず、あまり満足できない講義であった。

みんなでほっともっとの弁当を食べて、私は総監講義のため別会場へ移動したが、こちらの会場では午後、承太郎さんコーディネートでパネルディスカッション形式のセミナーが行われた。

新規合格者にパネラーになってもらってのセミナー。これはSUKIYAKI塾東京とSUKIYAKI塾大阪でやっているが、内容はちょっと異なるようだ。それぞれの支部ごとに独自の工夫を凝らしているあたりがSUKIYAKI塾の特徴だと思う。

午後5時から合格者祝賀会を兼ねた懇親会。いつも会場を借りきり、プロジェクターを持ち込んでの大がかりな会になる。参加人数も40人以上らしい。
最初はラガーマン会長が、なぜか股間にプロジェクターの光を浴びながらあいさつ。

プログラムも組まれていて、趣向が凝らされている。私もSUKIYAKI塾全体の活動経過な内容などを少~し紹介。

最後にみんなで。これからも楽しくやっていきましょう。

二次会会場にて、Jamboとroad。お寺さんの忘年会風景ではない。
いやあ、いっぱい飲んだなあとホテルに歩いて戻ったら、まだ9時前だった。
コーヒーを飲み、風呂に入って、さあ添削…と思ったが、あっさり寝てしまった。^o^;

2019年3月16日土曜日

大工の頭

朝、けっこう寒いので、ヒートテックを着て、その上にカッターシャツ、ジャケット、ダウンという着ぶくれ状態で小浜を出発。
旅に出るときに一番多く使っているのが、小浜9時58分発の電車だ。敦賀に11時過ぎに着き、数分で名古屋行きしらさぎに乗り換えて米原で下車、10分ちょっとで新幹線に乗り換える。早起きしなくてもいいし、乗り換え待ちが短くて楽だし、東京に2時過ぎに着くので時間に余裕もあるので、何か事情がない限りこの便に乗る。

今日は晴れているけれど雲が多くて、伊吹山のてっぺんが見えなかった。富士山に至っては、そこにあることを知っていなければ気がつかないほど下まで雲の中だった。

東京に来たらとにかく秋葉原に行く。なにやら駅前に人だかり。みんなスマホにかじりついていたので、何かポケモンGO的なイベントか何かなのかな?

ブラブラして満足したので、神田川を眺めながら歩いてホテルまで。ちなみに今日のブログタイトルはこの写真に関連しています。わかりますか?駄洒落王・知床さんはわかるだろうけど。
ホテルチェックイン15時半。歩いて疲れたのと、ヒートテックを着ていたのでけっこう体があったかいのとで喉が渇いた。やめろよおと心の中で言いながら、ビール1缶。さらに昼風呂。

 風呂上がりで喉が渇いたので(何なのだこの悪循環)、5時過ぎに食事に。近くに長崎産の食材を使った居酒屋があったので、カウンターで一人居酒屋(久しぶり~!)。
まずは生ビールと菜の花のおひたし。

続いて麦焼酎発祥の地・壱岐の麦焼酎を飲みつつ、なめろう。今日はハマチとのこと。
あ、ちなみに「なめろう」という食べ物は小浜にはないので、大変珍しいです。

別の麦焼酎にかえて、キビナゴの天ぷら。「洋風」とあったが純和風。

〆は五島のうどん。稲庭うどんと同じくらいの細さで、つるつると美味い。
非常に満足して、帰りにちょっとベローチェに寄り道してコーヒー飲んでホテルに戻りました。

2019年3月15日金曜日

旅の生活へと

明日から東京に行き、その後旅に出ては小浜にちょっと戻りを繰り返し、月末からしっかり旅に出る。
考えてみれば、2月15日も金沢から戻ってきてから、日帰りで大阪に行ったりはしたけど、とにかく寝るのは我が家だった。
そういう生活から旅の生活にまた移っていくわけだ。

今日は祭り太鼓の稽古。有志のみという感じで、初心者の練習をやっている。しばらくこの光景ともお別れだ。

そこで、何やら大阪から、恒例となった「やえもん飲んでますレポート」。何やら沖縄からの人が。目を見るに、これはもはやすごろくさんではなくすーろくさんになっているようで。お大事に…^o^;
というか最近、SUKIYAKI塾関連の情報が、飲み会以外入ってこないのだが。

2019年3月14日木曜日

寒の戻り

今日はいろんなことがあった。楽しいこともあったしショックなこともあった。
そんな合間を縫って、上根来に与左衛門の様子を見に行ってきた。

…なんじゃこら。まるっきり冬に戻っとるやんけ。どうも昨日からの冷たい雨が上根来では雪になっていたようである。いやー、びっくりびっくり。
幸いなことに外配管がはじいたりするような寒さではなかったらしく、給湯器のお湯もちゃんと出るし、トイレもちゃんと使える。春分の日ごろに利用予約があるので、ほっと一息。

天気はいいのだが、上根来全体がうっすらと雪化粧している。そして、寒い。早々に山を下りた。
今日は女房の小学校が卒業式だった。昔、PTAをやっていたころ、寒かったよなあと思い出す。ヒートテックなんてまだなかったから、みんなホッカイロあちこちに貼ってたよなあ。
昨夜は電気毛布をもう一度使ったし、まあとにかく、まさしく寒の戻りである。

2019年3月13日水曜日

三寒四温

散髪その他の用事があったので、JRに乗って添削しながら東舞鶴へ。片道40分ちょっと。
高速道路を走れば30分かそこらだが、30分運転しかできないのと、30分添削できるのと、その差は大きいのだ。

風が強く、寒いがけっこういい天気で、これだけ見ていると実に暖かそうだ。でも実は寒いのだ。
帰宅してデスクワークをしていると、バラバラとみぞれが降ってきた。
明日は女房の小学校の卒業式だが、寒いだろうなあ。

ちなみに週末は「なんですと?」的な予報になっている。最高気温が10度未満で最低気温は2度か3度。いやーん。
ちょうど16日から18日まで東京なので、悪天候からは逃れられるが、寒さからは逃れられそうにない。うーむ、まだダウンを着ていかねばならぬか。

2019年3月12日火曜日

マルチホルダー

二次試験合否発表から少し時間がたち、受講生からの連絡もほぼ来なくなった。
未だに二次試験の不合格報告は来ていない。まあ不合格だと連絡しにくいだろうから、というのも確かではあるのだが、それでも例年は多少は来ていたから、今年はやはり口頭試験合格率は高いのだろうなと実感する。

そんな中、自分の専門分野でありながら、部門の幅を広げている人たちがいる。
たとえば環境分野で水産部門に合格された方が2人いる。
一人は、SUKIYAKI塾沖縄でいごの会を支えてくれている、いつまでも若々しい、しかしときおり飲み過ぎてホワイトアウトするすーろくさんである。
この人です。ちなみにこの段階で記憶がありません。
もう一人は、会社を経営する方である。
2人とも、環境が専門分野で、水産部門の環境関連科目を取得された。
かくいう私も、建設部門土質基礎と応用理学部門地質、環境部門環境影響評価と建設部門建設環境というように、自分の専門分野で「部門またぎ」をやっているのだが、環境分野は特にこの「部門またぎ」ができる分野で、環境部門はもちろん、建設部門建設環境、農業部門農村環境、水産部門水産水域環境、森林部門森林環境と、一次産業系を中心にそれぞれの分野での環境関連科目があったのだ。
「あった」というのは、今年の新方式導入でかなり少なくなって(というか範囲が広がって)しまって、農村環境は「農業農村工学」と「農村地域・資源計画」科目に分割統合、水産水域環境は「水産資源及び水域環境」に統合された。それでも「受け持ち範囲」が広くなるだけで、環境分野は残るわけだけどね。

こういう動きを見ていると、技術者に求められるものが「狭く深い」専門バカではなく、まさにT型人間になっているのだなあと実感する。一国民の視点で見ても間違いなくそうだしね。
マルチホルダーの視点の広さを、ぜひSUKIYAKI塾でも伝えていきたいものだと思った。
ただ、思い返してみると、マルチホルダーって、ヴォルクさんといいやえもんさんといい、飲み歩く傾向があるような…また、すーろくさんといい、そにー親分といい、ホワイトアウトする人もけっこういるような…
あ、でも多摩ちゃんは飲まないしな。でも徘徊傾向はあるな。
…よく考えたら、ホワイトアウトといい、徘徊傾向といい、おれじゃねーか。

2019年3月11日月曜日

8年目

あの日から8年目を迎えた。
あの後、自分にできることを考えて、どうせなら自分だからできることをやろうと思って、無償ボランティアでの受験支援を3年間続けた。
そもそも試験なんて受ける人いるんだろうかとも思いつつ、仙台以外は行ったこともないのに、とにかく希望があったらどこでも行きますよと言って、それから3年、仙台での講座は翌年からSUKIYAKI塾東北の活動になり、福島での講座はいわき市で続き、これで最後という3年目に3人の技術士が一気に生まれるという、ちょっとできすぎなフィナーレとなった。

ちょうど今日、今度の日曜日にSUKIYAKI塾東京の合格者祝賀会で依頼を受けている「各支部のSUKIYAKI塾の活動報告」のパワポを作っていて、SUKIYAKI塾の活動の歴史を振り返っていたところだが、2009年にSUKIYAKI塾北海道と沖縄が立ち上がり、それまでネット上での活動だったSUKIYAKI塾がリアルな地域活動に発展した、その2年後に震災が起こったのだったなと再認識した。

震災翌月に、思いを抑えきれずボランティア添削を始めたら、SUKIYAKI塾の仲間がどんどん参集してくれたときの感激、3年後、合格した方々と一緒に飲むというだけのためにいわき市まで行ったときのこと、あれこれ思い出す。
そして我が身を省みる。トシを取ったのは確かだけど、もっともっとがんばれるんじゃないのかと。

震災から2週間後、前からの予定があって、淡路島→徳島→高知→中村と旅をしたときのブログも読み直した。東北から遠く離れた地から、もっと遠く離れた地にのんきに旅をしてていいのか。そういう後ろめたさというか無力感のようなものを感じながらの旅だった。
そのせいだろうか、徳島で講義をして高知に移動した日のブログには、こんなことを書いていた。
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今日は徳島で出願筆記試験セミナー。例によって3時間ほどなにごとかほざいてきた。今回は東北関東大震災のことを、試験テクニック的なことにとどまらずけっこう話した。
「この大災害を、あれほどの防災インフラの惨状を、技術者としてあなたはどう考え、これからこの国の技術はどうあるべきだと思うのか」
この問に対する答えを持たぬ者は帰れというような、かつてないような強い意思をもって試験が行われるような気がしてならない。

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結局、そんなアツい試験ではなく、今思えば、私が勝手にアツくなっていただけなのかもしれないけれど、そのときのコメントも含めて、みんながアツく考えていたように思う。
津波といい、原発事故といい、あれは技術の敗北だったのだ。
これじゃいけない、何かしなければいけないという、考えてみれば誰からも「お前がなんとかしろ」と言われているわけでもないのに、誰もが技術者の一人として何とかしなければと考えていた時。
それからまだ10年もたっていない。
なのに俺のこの錆び付きようはどうだ。
上手にトシを取ろうと思っていないか。安易な心地よさを求めてはいないか。
…昔のブログって罪だわ。そのときの自分の思いとか、そういったものも全部よみがえってくるからねえ。

ちょうど名古屋からクレヨンさんの送別会の写真を送ってきた。

クレヨンさんとお別れだというさみしさからか、あるいは宵の口から騒ぎすぎて疲れたのか、いつもの名古屋のはっちゃけた笑顔がないのだが、それはそれとして、東北ボランティアセミナーを始めたとき、真っ先にクレヨンさんが自費で仙台に来てくれたことは、決して忘れないよ。…おっと、そのときのブログをと見返したら、bakuさんの奥さんの実家が民宿だと書いてあるではないか。コレハコレハ…^o^

もう一度あのときの気持ちに戻って、もう少し熱くがんばってみようか。

2019年3月10日日曜日

酒盛りだけは

昨日から千葉に行っていた女房と母を迎えに米原へ。
途中何があるか分からないので、2時間ほど早く着くように行って、西口の平和堂で添削仕事をしていた。
なかなか経営が厳しいようで、1回の食品売り場だけで営業していた。きっと中にあろうだろう喫茶店で添削しようと思っていたのだが、こりゃあ当てが外れたなと思っていたら、休憩コーナーがあった。空きブースをよくこういう使い方するよな。

思わず笑ってしまったのがこの張り紙。「酒盛りだけはご遠慮ください」って。
「お侍さん、どうかそれだけはご勘弁くだせえ」みたいな。
てか、平和堂の食品売り場の横で酒盛りって。「飲酒」じゃなくて「酒盛り」だもんなあ。

まあともかく、自販機でコーヒーも飲めるし、時間制限もないようだし、こりゃあいいやと1時間。
目がしょぼしょぼしてきたので、いったん休憩。外に出て、今度は市内で喫茶店に入ろうと、グーグルマップでヒットした喫茶店に行ってみたけれど、どこも休日あるいは貸し切り。
仕方がないのでまた平和堂に舞い戻り、酒盛りだけはしませんよと今度はミルクティーを飲みながら1時間。
おかげでなかなか進みました。

2019年3月9日土曜日

やっぱUFOでしょ

千葉県にいる息子が家を新築したので、女房と母が今日から1泊で見に行った。
朝、米原駅まで車で送ったのだが、1時間ちょっとで着いてしまった。それならばと休憩もなしにまっすぐ帰ってきたらまだ11時過ぎだった。
そのままノンストップで上根来へ。

まだ3月9日だというのに、上根来はもう春欄間という感じ。どの家も雪囲いを外し、雪はほとんど見当たらない。

与左衛門も春の日差しをいっぱいにあびている。

玄関先の雪はもうこれっぽっちしか残っていない。

ちなみにわずか3日前はこんな状態。本当に融けるのが早いものだ。
貯水タンクに水がいっぱいになっていたので、ポンプの電源を入れた。しばらく様子を見ていたが、どこからも水漏れが起こっている気配はない。やれ嬉しや、今年は水道管破裂なしに冬を越したようだ。
鼻歌気分で掃除。板間は掃除機だけでなく雑巾がけをする。掃除機だけだとざらっとした感触がどうしても残るが、雑巾がけをするとツルツルになって気持ちがいい。
イキオイで助太郎にも掃除機をかけ、いい気分で山を下りた。

1時過ぎに帰宅すると、中庭につくしがでていた。これを摘んでハカマを取り、油で炒めて卵でとじるといい酒のツマミになる。頭のところがまだ開いていない、つぼみ状態のつくしがいい。頭の部分が鮮やかな緑になってきれだ。

夕方、小浜を訪れてくれたNSTEさんご夫妻をひこそうへ。ちょっとしかお話しできなかったが、今度はぜひごゆっくり。帰路、日没直後の小浜湾がきれいだった。

さて、一人の夕食だ。外に飲みに行こうかとも思ったのだが、太鼓の稽古もあるので自宅メシ。大盛りUFOに鯖缶にビール。女房殿がいたら大目玉を食らいそうなヤクザメニューである。NSTEさんに「稽古が終わるまでは酒は飲まない」なんて言ったけど、UFO+鯖缶なんて思いついちゃったらビールなしにはいられないでしょ。^o^;
大満足してから太鼓の稽古に。稽古が終わってまたイッパイ。うーむ、一人暮らしなんてやったらすぐに体を壊しそうだなあ。
つかの間のお一人様を楽しんだヤクザな夜でした。

2019年3月8日金曜日

晴れの合格おめでとう

二次試験最終合否発表日である。早朝から喜びの声が行き交うが、筆記試験合格率が例年の1/2以下だったこともあって、例年より静かな朝になった。
そして例年にはない現象がもう一つ。不合格報告が、メールにも、掲示板にも、ひとつもないのだ。口頭試験は例年合格率が90%弱で、今年は93%くらいあるという情報もあるが、いくら何でも合格率100%ということはないだろうから誰か不合格になっているだろうに、ひとつも届かない。明日以降に来るのかなあ…
でも、口頭試験セミナー・模擬面接の中で、「ああ、この人はぜひ合格してほしい!」と思った人たちがほぼ合格しているようで、本当に嬉しい。

ちょうど2年越しの挑戦を成就させ、めでたく合格したやえもんさんが、合格をかみしめながら飛行機の中から撮影した今朝の富士山の写真が送られてきた。
合格された皆さんの心は、この写真のように晴れやかだろう。本当におめでとうございます。

夜、マンツーマン講座の追加募集開始。去年は20分ほどでキャパを越えて終了したのだが、今年も20分持たなかった。それでも数人程度なら追加で…とメールが途切れるまでねばり、結局26分で募集終了。予定より4人多く受け入れた。
さあ、この受講生の皆さんを一人でも多く合格へと押し上げるぞ!

2019年3月7日木曜日

ボールペン

WACおばま宛に面白いものが届いていた。
ボールペンにレーザーで名入れをして、ベルベットペンケースまでつけて、格安で売りますよ!という案内なのだが、どうやら周年行事目当てらしい。

何が面白いって、見本に名入れ済みボールペン1本とベルベットペンケースのセットを送ってきていたのである。
そうか、WACおばまは13周年なのか…って、中途半端!その上不吉!さらに「(特定)」って。普通「特活」でしょう。
でもこのボールペン、なかなかカッコイイし、タッチペン付きなのがいい。
でもWACおばまのボールペンなんて作る気もないしなあ…

そこで、SUKIYAKI塾のボールペンを作ることにしました。カラーは私の好きなブラックで、「SUKIYAKI塾」のネーム入り。これが激安なので、大量注文かけることにした。
ちょうどSUKIYAKI塾の支部活動が始まって10年だからちょうどいいので、これまでのいろんなことに感謝の気持ちをこめて無料配布することにした。
あ、でもSUKIYAKI塾の講師っていったい何人いるんだろう。
私はSUKIYAKI塾を仕事でもプライベートでもない、人と人とのつながりだと思っているので、そういうところでは「上からこうしろ」みたいなのはきっと嫌だろうなと考えて、SUKIYAKI塾各支部の運営にはまったくノータッチを貫いている。そのため、各支部の会員というか講師数は把握していない。でも、こういうときにそれは困るな。
だいたいこんなもんかなと概算して、とりあえず200本注文して、早速届いたのが上の写真。ちなみにこの業者はヨーロッパらしい。それを国内の会社が中継ぎしているようだ。
早速全国のSUKIYAKI塾会長にボールペンいらへんかメール。
メールしたのが昨夜。早速反応があったのは名古屋。その日のうちに発送。
続いて大阪。今朝発送。さらに広島。そして北海道、東京、博多と続き、1日で6支部まで確定。ここまで来て、どうやら200本は完璧にはけ、もしかすると少したりないかもしれないことがわかってきた。
そこで、今後も講師は増えるだろうから…と調子に乗って追加発注。お祭りじゃー^o^;

ということで、SUKIYAKI塾講師の皆さん、感謝の気持ちを込めてボールペンを送らせていただきます。

2019年3月6日水曜日

冬眠解除

もうさすがに雪は降らないし、気温もそんなに下がらないだろうから、上根来・与左衛門の冬眠解除をすることにした。

遠敷峠もすでに雪はちらほら状態。去年も春の訪れが早かったが、今年はそれ以上だ。

与左衛門も軒下以外にはもう雪はない。ブレカーを入れて通電し、水道のバルブを開いてタンクに水を溜め始める。春先に一番コワイのは水道で、外配管部分が過去に何度割れていたことやら。今年はどうか無事でありますように。

軒先にはもう雪は少ししかない。というか、これだけあるだけでもすごいと思う。
雪囲いの波板を止めていた板は中段がことごとく落ちてしまっている。外れたのではなく、ビスが飛んでしまった(破断した)のだ。結局、ビスの半分以上が破断していた。

片付け終了。今日はもう時間がなくなったのでここまで。あとはタンクに水が溜まったらポンプを動かし、給湯器を動かしてみて、配管に異常がないことを確認して、掃除をして、めでたく冬眠終了となる。ここ数年、トラブルがなかった年がないのでコワイ…

夜、ぼうずさんが東京に出現、もとい、来訪され、懇親会が催されたとの知らせが届いた。

知床世界遺産さんの会社のシカ肉を堪能したようである。
しかしこの写真、ラガーマンさんの家の法事かと思った。

東京までSUKIYAKI塾Tシャツを持参するぼうずさんはすごい。
しかも、なぜか中々と和解している。やはり謎多き人である。

2019年3月5日火曜日

新聞紙工作の夜

昨日は6時に家を飛び出たのだが、今日は5時に飛び出た。
あれこれ夜に出る用事が多いので、意識して今日にまとめたのだ。
今日の夕食メニューはハンバーグ。手ごねのハンバーグを舞茸と一緒にデミグラスソースをぶっかけて弱火で煮込んでいる間にほうれん草のおひたしと味噌汁を作って、我ながら感心する5時ピッタリに一式終了して飛び出した。

まずは雪室経費の精算、そして会社で出願面談、10分空いたのでマクドでコーヒー買って、サンサンホームで災害研修。昨年と同じ高島市の「なまず」の方々が講師。

漫才から始まって、パワポ講習へと続く前半。活動内容もすごいが、実体験に基づくお話しは力があるなあと、人前で話す機会が多い者として再認識。
そして後半は大好評の防災グッズ作り。新聞紙でスリッパと靴、帽子をつくり、ゴミ袋でポンチョを作り、ペットボトルのお茶の箱で椅子を作った。

帽子を作って得意顔の局長。赤ちゃん人形のマネをしているのではない。
9時終了。いつもならどこかに立ち寄ってノマドワークなどするのだが、今日はさすがに腹ぺこなのでまっすぐ帰宅。
バタバタの午後だったが、今日でWACおばまの年度末決算もほぼ終わったし、明日からは多少ゆったりした夜を過ごせそうだ。

2019年3月4日月曜日

今日も深酒

警察協助員会で③年間お世話になったF補導員が異動になったというので、急遽送別会。
6時半開始ということで、大急ぎで夕食を作って6時に家を出た。幸いなことに昨夜女房がトマト鍋を作っていて、具が少しとスープがたっぷり残っていたので、ソーセージとキャベツとタマネギを投入してリゾットにした。キャベツやタマネギを炒めている時間はないので、レンチンして即鍋に投入。
おおわらわで家を出て送別会へ。
送別会は盛り上がり、本人が帰った後、全員で二次会へ。いつもはカラオケなどするのだが、なぜか誰も歌わず話だけで盛り上がり、日付が変わる前になんとか帰宅。
うーむ、1日おきに深酒しているなあ。^o^;

2019年3月3日日曜日

花粉の季節

9時半起床。昨夜はなんとか風呂には入ってすぐに寝たようで、そこそこ睡眠時間は取っているはずなのだが眠い。
10時過ぎに家を出て、コメダでモーニング食べながら添削ノルマをなんとかこなし、正午前に会社で講習が終わった多摩ちゃんを拾って(機能に続き、今日の午前中も総監の講義をしてくださっていた)丸亀製麺で昼食を食べ、道の駅で買い物をしたあと、東小浜駅までお見送り。ちなみにこれはSUKIYAKI塾北陸としての取り組みの一環として来ていただいている。ホント感謝です。

昨日は暖かないい日和だったが、今日はだんだん下り坂で、午後は雨が降り出した。
お水送りは雪や霙といった悪天候の中やることが多いのだが、この2年は好天に恵まれている。さらに去年はすごく寒かったが、今年は去年に比べればましだった。
で、暖かに晴れた昨日はすごく花粉が飛んでいたらしい。太鼓の稽古始めの準備をしていても、何人かはけっこう激しくくしゃみをしていた。
私は幸いなことにいまだに花粉症にはなっていない。上根来なんて杉だらけだから、花粉症になったらしんどいだろうな。

2019年3月2日土曜日

雪のないお水送り

今日はお水送り。これが終わると春が若狭に来る。今年はもうとっくに来てるけど。
今年は昼間に遠敷の清ヱ衛門で「にぎわいフェス」をやるので、準備手伝いに11時から出向いた。そして12時開始。

清酒「わかさ」の雪室貯蔵酒とオリジナルブランド(?)清ヱ衛門。本格的な雪室酒は純米原酒だが、この雪室貯蔵酒は市販の「わかさ」の雪室貯蔵版。でも違いははっきりわかるはずだ。
その右の紙がかぶせてある下には根来のとち餅。これが真っ先に売り切れた。

でっちようかん、鯖缶、どら焼き「鵜ノ瀬」。

そして県立大学の松川先生が届けてくださった低塩へしこ。「甘塩へしこ」と名が付いていた。

暖かな午後、縁側で話し込んだり、上がって買い物したり、利き酒(雪室貯蔵と一般の清酒の飲み比べ)を楽しんだり。ゆったりした空気が流れる、いい催しになった。
そして写真を撮り忘れたが、大椿さん特性の猪鍋。ぼたん鍋とは全く違う、最高に美味い鍋のふるまいもあった。

開始から2時間経過し、神宮寺までの歴史散歩の時間。ガイドは若狭坊。神宮寺までガイドしてから、今度は山伏としてお水送りの一連の神仏事に参加する。
私はいったん帰宅して、雲浜太鼓会の稽古始めのお祓い儀式に参加。終了後のプチ飲み会でビールを1杯だけいただいて、女房に送ってもらって市内のホテルへ。ここでたむ君と多摩ちゃんと合流して、今度はタクシーで神宮寺へ。多摩ちゃんは今日、我が社に技術士試験講習講師として来ていただいていたのだ。ありがたい。

午後6時すぎ、ホラ貝の音とともに山伏達が神宮寺本堂に入り、仏神事が始まった。神宮寺はお寺だから一応仏事であり、聞こえてくるのは明らかにお経なのだが、神仏習合であり、そもそもが下根来の神社の別当として執り行っている行事だから、神事でもある。

30分以上たった後、本堂の扉が開かれ達陀(だったん)が始まった。
そして松明が境内に下ろされ、再び30分以上も儀式が続き、ついに護摩壇点火。

燃えさかる炎と山伏が唱える般若心経が重なって何とも幽玄な世界が広がる。
今年は暖かいせいか、参加者も多いようだ。
やがて大松明、中松明、手松明の順で護摩壇から火を移し、1.8km離れた鵜ノ瀬まで行列する。

長く続く松明行列の幽玄な光景。いつも途中で燃え尽きてしまいそうになるので、道ばたの雪にジュッと突っ込んで調整するのだが、今年は雪がまったくなく、所々に用意された水バケツに突っ込んで調整。ところが水に突っ込むと火勢が弱まるどころか消えてしまい、道ばたのかがり火で再び点火しようとするが、濡れてしまっているのでなかなか点かない。こんな経験は初めてだなあ。
そんなこんなで鵜ノ瀬に到着。ここから本番の香水を送る儀式なのだが、どうせほとんど見られないので早々に帰路につく。シャトルバスもなかなか出そうにないので、思い切って神宮寺までもう一度歩き、さらにその先の森の水PR館まで歩いて、迎えに来てもらっていた女房の車で小浜市街へ。
オバママで冷えた体を熱燗で温め、浜ちゃんラーメンで〆。熱燗と続けて飲んだ泡盛ロック2杯が効いてきて、かなり酔って帰宅した。

2019年3月1日金曜日

徘徊しているわけではない

今日はRCCMの合格発表。毎年ながら悲喜こもごも。合格した皆さん、おめでとうございます。どんな資格もゴールではないので、これから資格を生かしてがんばっていってください。

それはそれとして。
実は一昨日から車がない。テリオスキッド君で走っていたら、何やらゴムが焦げたような匂いが少しする。おかしいなあと思いつつ帰宅してガレージに入れたら、ボンネットの隙間から少しだけどケムリが上がっているではありませんか。
すぐに小浜マイカーに電話して親戚のOさんに状況を説明し、見てもらうことにした。
たいしたことないだろうからすぐに戻ってくるだろうと思っていたら、2日目の今日になってもまだ戻ってこないのだ。
で、しかたがないので9時半のバスで小浜駅まで行った。運賃は100円である。
まずは駅からコメダ珈琲まで歩いて、モーニングを食べつつ添削仕事。久々だなあ。
1時間半ほどもいただろうか。おかげではかどった。さらに歩いて県立図書館へ。

ここでさらに添削。やることは同じ添削でも、場所を変えると気分も変わってはかどるのですよ。
ただ、ここのPC用の机、キーボードを叩くと反響して、静かな室内では気になって仕方がないんだよね。それでも1時間ほど仕事をした。

さらに歩いてアヤハディオへ。橋の上から久須夜ヶ岳を見ると、ちょっと霞んでいる。春の日和だから、きっと黄砂だろうな。
上根来やボラセン用に文具などを見繕って(でも徒歩だから何も買わずに)、隣の8番ラーメンで遅い昼食。
再び徒歩で市役所近くの小浜信金へ立ち寄って、そこから歩いて帰宅。
小浜の人には距離がだいたいわかるだろう。ちょうど1万歩ほど歩きました。
朝、家を出るときは小糠雨で肌寒いなあと思っていたのが、昼過ぎからどんどん暖かくなって、冬着ではちょっと汗ばむくらいになった。黄砂も予備、私にはわからないが、きっと花粉も飛んでいるのだろう。
こうして暖かくなってくると、外出するお年寄りが多くなってきて、微笑ましい光景ではあるのだけれど、車を運転する側からすると危なかっかしい季節になってきた。

帰宅してデスクワークをしていると、小浜マイカーのOさんから電話。なんだかよくわからないのだが、エンジンにピンホールが空いているらしい。なんじゃそら。
エンジンを載せ替えないといけないらしい。うーむ、もしやテリオス君、寿命がやってきたか?