2011年9月25日日曜日

3連休3日目はいろんな人達と

朝6:30に目が覚めた。体育館の中は明るくなっており、ウォーカー諸君はまだ寝ている。
Y君は農業をやっているので朝一番の仕事があり、始発で東京に帰るHさんを送っていったので、2人の姿はもうない。
むにゃむにゃと外に出ると、あこくんが焚き火を起こして朝の味噌汁を作ってくれていた。

火床大活躍。朝の炊事の煙が立ち上る。
山の冷気を感じる、緑に囲まれた気持ちのよい朝だ。
学校の裏のケヤキの木。樹齢500年は下るまい。
やがてみんな起きてきたので、アジの干物とハタハタの一夜干しを焼いて、昨日の残り飯に味噌汁をぶっかけて朝食。
みんなで後片付けをして、山の家を後にしたのはもう10時近かった。
Uさんを駅まで送って、帰宅してすぐにシャワーだけ浴びてジャージに着替え、自転車で雲浜小学校へ。今日は地区民体育大会だ。
私の出番は綱引きなのだが、それ以外の時間はそのあたりでごろごろして過ごす。
しかし眠い。睡眠時間は5時間くらいだが、やはり眠りは浅く、夜中に何度も目が覚めた。
綱引きは今年も優勝。ウチの区は強いのである。
体育大会プログラムはまだ少し残っているが、綱引きが終わったらすぎに自転車で「はまかぜプラザ」へ。23日の一日店長の準備作業に来られなかった子どもの作業だ。
子どもたちがポスターを書いているよこで添削をするが、眠くてしょうがない。何度もうとうとしてしまった。

終了後帰宅して、今度はクルマで中央公民館へ直行し、上根来イベント「原始生活体験」の募集チラシが刷り上がったのを取りに行き、さらに道の駅へ山の家の鍵を返しに行った。
ふと見ると、道の駅の前にラッセル、グレゴリー、ジョーの作品が並べられ、ジョーの作品で子どもたちが遊んでいた。
帰宅し、再度自転車で区の会館へ。体育大会の打ち上げに合流したが、疲れていたので1時間ほどでお暇した。
事務処理などがいっぱい残っているのだが、どうせ明日はNPOがらみの用事に1日充ててあるので、その合間にやることにして、もう寝ることにします。おやすみ。

2011年9月24日土曜日

3連休2日目はウォーカー達と

昨夜は9時過ぎに寝てしまったので、今日は久々の早起き。やはり睡眠時間は大切だ。東京からやってきたUさんとHさんを出迎え、食文化館を簡単に覗き、「五右衛門」で朝食。重伝建地区を簡単に案内。買い物を少しして、明通寺に立ち寄り、近くの「風音」で美味しい冷製パスタを食べて上根来へ。

2人が集落散策に出かけた間に、先週作った火床の周りにバラスを敷いたが、10袋全部一人で撒くとけっこうしんどく、ひとやすみ。
誰もいない校庭の木陰にチェアを置いてのんびりと。
やがてあこくんが到着。さらに4時前、ウォーカーたちが到着。彼らは「7generation walk」という長距離踏破のグループである。昨日は20kmほど、今日もさらに20kmほど歩いてきたようだ。なぜそんなことをするのかは聞かない。とにかく来てくれた人は歓迎だ。

火起こしでかまどの火を起こし、薪割りとテーブル作りをみんなでやった。ランボー君は薪割りがうまく、ゲンちゃんはテーブル作りを手伝ってくれた。しほさんは高浜から一緒に歩いてきたH高さんとカレーを作ってくれた。
やがて上根来で自給自足的生活を送っている仙人と上根来プロジェクトのY君も合流して、飯盒のご飯と焚き火カレーで夕食。うまかったなあ。


そのまま焚き火を囲んでよもやま話をしたりギターを弾いて歌ったり星座を眺めたりして、夜更けまで楽しい時を過ごし、体育館で寝袋で寝た。
前回は台風の中の強行軍だったが、今回はあふれる星空を眺めながら、実に気持ちのいい夜を過ごした。

2011年9月23日金曜日

3連休1日目は子どもたちと

9月23日といいながら25日に書いています。^o^;

この日は「ボランティアと子どもたちのまつり」のための一日店長参加の子どもたちとの打合せと、売り出しポスター作成。
立体シールを貼ったり、文字を繰り抜いた裏からセロハン紙を貼ったり、いろいろと趣向をこらしてくれた。

私は添削などしながら子どもたちの活動を見守っていたのだが、午後からも引き続きやりたいという。大変嬉しいのだが、これでグレゴリー&ジョーのセレモニー&お別れはキャンセルだな。まあ私にできることはもうやったから、今やるべきことをやろう。

結局終わったのは4時過ぎ。それから明日の上根来プロジェクトのための資材運搬や買い物で1日は過ぎていった。

2011年9月22日木曜日

Good-bye,Artist

午前中だけ出社して、午後はグレゴリーを若狭町のアーティスト・Mさんのアトリエへ。9年前に「若狭路博」で子どもたちの作品を集めた「夢の木」を一緒にやって以来の訪問だったが、私のほうが何か変わったのだろう、今回はとても面白く拝見した。

スタジオに戻って、作品の運搬。
手前:最後まで手を入れるグレゴリー。
ガレージの中:最後の仕上げに励むジョー。
グレゴリーの作品を運んだところで私はタイムアウト。よしきと一緒にクルマで2時間かけてさばえNPOセンターへ。新しい公共支援事業の進捗会議を終えると8時半。帰路、「まつりずし」で夕食をとり、帰宅するともう11時半だった。
明日は作品公開セレモニーのあと、すぐに小浜を離れるとのこと、バタバタとお別れになってしまったが、いい思い出をありがとう。

2011年9月21日水曜日

雨風の中を

台風が近づいていて天気が悪いということもあるのだろうが、一気に涼しくなって、昨日から長袖を着ている。
昨夜から降る雨で川の水位は上昇を続け、特に朝方から急速に上昇して水防団待機水位を超えた。
北川。高水になると一気に川幅が広がる。

南川。もともと堤防高さがあまりないので満水感が強い。

南川河口近くの橋。
こうなると地区のお年寄りを避難してもらうかどうかの判断が必要になってくるのだが、雨雲の状態から雨は続かないと考えてとりあえず待機してもらう。
それはそれとして身支度を整え小浜小学校へ。今日は本来なら火起こし体験なのだが、冗談ではない天候なので急遽ダンボールハウス作りに変更。
大きさ、形とも不揃いで自由なのがいいのだ。

これは大人作。中に柱や梁が入っています。
この作品群は1年生の教室の横のホールに置いてきたので、きっと遊んでくれるだろう。ダンボールを十二分に用意していたので大量に余ったが、先生がそれでいろいろやりたいようなので、置いてきた。
雨は相変わらず降り続いているが、上流部で小康状態になっていて、川の水位も横ばいから少し減り始めた。よかったよかったと地区のお年寄り避難待機も解除。
いろいろと用事を済ませ、ほんの少しだけれどセミナーテキストも書き進めて午後を過ごし、夜は少々ヘビーな内容の会議。若狭坊、しんどいだろうけどがんばれ。
終わってすぐに「どんど」に直行。グレゴリー&ジョーの作品完成慰労会。
ご苦労様でした。
グレゴリーからもらった写真。「Good-bye dinner」とあった。
滞在中に台風がしょっちゅう来て、天候にはあまり恵まれなかったけれど、市民との交流は広がったように思う。こういうこともやれるものならやったほうがいいことだ。
おそらくそういうことなのだろうな。子どもにいろんな経験や刺激を提供することも、まちづくりも、上根来プロジェクトのような地域資源を掘り起こそうとすることも、外部からやってくる人たちと交流することも、全部それを生業としてやっている人にまずは主導してもらうにしても、市民の立場で参加できるのならやったほうが、自分にとってもいろんなプロジェクトにとってもプラスになりえるのだろう。

2011年9月20日火曜日

今日は日本酒^^;

明日は小浜小学校で火起こし体験…と思っていたら、またも台風が襲来。いったいなぜなのだ。
とても野外活動は無理なので、急遽ダンボールハウスに変更。あのスマイル・パイレーツで無駄になった(しかし集めるのには大汗をかいた)ダンボールが陽の目を見た。ダンボールは無論、重ね貼りのできる紙テープ、ダンボールナイフなどのツール一式もバッチリである!
早速M君の倉庫に行きダンボールを運搬開始。
横のガレージではグレゴリーとジョーが最後の追い込みに入っている。彼らも明日中に作品を仕上げ、明後日には道の駅に運ぶのだ。そして明明後日には小浜を離れ帰国の途に就く。
なんてことをしみじみ思う間もなく一心不乱にダンボールをぎゅうぎゅう詰めにしてクルマで運搬。なんとか暗くなる前に終えることができた。

夜は「まちなか夢通り」の役員会。これで4度目だけに全員慣れてきて、効率よく会議が進んだと思う。
それでも終わると脱力感。そして最近はそれはニアリーイコール「飲みたい」感。困ったものだ。
さすがに2日続けてというわけにはいかないのでそのまま帰宅。
そのまま飲まずにいると賢いのだけれど、結局家飲み。今日は日本酒をチョイス。
6月の東北ツアーのときにいただいた「一ノ蔵」である。米の酒なんだなあということがはっきりわかる銘酒である。煮たずいきがまたよく合うのだ。

2011年9月19日月曜日

火床

上根来で火床を作った。
体験部会のOさんが全部段取りしてくれて、ブロックを積んで飯盒が楽にかけられる高さにし、杭で動かないように固定した。なかなかいいできばえである。
上根来は雨。なんだかここに来るときは雨が多い。体が濡れたせいもあるが、それにしても肌寒いなあと思って見ると、木の葉の色がもう変わりつつあることに気づいた。ここはもう秋の折り返し点を過ぎたかのようだ。
ホームセンターで鉈やバラスなどを購入し、いよいよ準備は整ってきた。あとはやはり天候だ。

添削・テキストとも遅々として進まず。結局休日というのはバタバタ動くのがいかんのだなあ。

2011年9月18日日曜日

I'm so tired

今日はようやく3時間弱だけれど集中する時間がとれた。それでもほんの少し進んだくらいで、待ってもらっている受講生に申し訳ない限りだ。

夜は昨日に続いて街頭パトロール。狭い小浜のこととて、昨日会った子どもたちに今日も会う。ついでに祭りを楽しむグレゴリー&ジョーに2日続けて同じ時間に同じ場所で会ってしまった。^^;
10時半、全行程終了。途端になんともいえない脱力感に襲われる。もう何も考えずに家で飲みたいという気分だ。
年をとったのだろうな。以前はスケジュールをひとつこなした程度の感覚で、すぐに次のやるべきことに気持ちをぐっと切り替えられたのだが、「一休みして~」という心境だ。

ということで、いろんなことを少しだけ止めちゃうけど、今日は休みます。明日またがんばるから。おやすみ。

Every little thing I've got for little peace of mind(うろ覚え^^;)

2011年9月17日土曜日

ナマケモノにはヒゲがある

実に困ったことには、9月中旬までに作るつもりだった体験論文セミナーテキストとRCCM突破マニュアルがぜんぜん出来ていない。なのに今日も手を付けられなかった。
言い訳はいくらでもあるけれど、自己嫌悪である。
とにかくケツに火がつかないと動き出せない怠け者なのだ。周囲からは時々マメだと言われるけれど、それは全部「怠惰な自分」にいつも逆らってきた結果なのだ。
だからちょっと忙しいことが重なったり、飲む機会が増えたりして自分に甘い気持ちが先行したりすると、すぐにケツに火がついてしまう。なのに最後はどうにかなる人生を過ごしてきたものだから、本当にギリギリまで動かない。それが嫌でねえ。

今日は雨がぱらつく中を放生祭りの街頭パトロール。天気が悪いので客足も伸びず、こちらもかなり余裕というか手応えなしというか。

そんなこんなのちょっとした合間にもギャラタブ&メモで添削はできるわけです。
だけどじっくり腰を落ち着け、集中して取り組む仕事はなかなかできないわけで。
ああ、ダメだなオレってと思いつつ、屋台で広島風お好み焼きを買って帰って飲んでしまいました。ああ、オレってオレって。ToT

2011年9月16日金曜日

思いっきり楽しんだ

夜、グレゴリー&ジョーを招いて、はまかぜプラザで歓迎会。…って、来浜してからもう3週間以上たって、滞在残り一週間になってるんだけどね。^^;
ちょっと分量間違えたとしか思えない量の食べ物を買い込んで、しかし酒類が少なくないか?と一抹の不安も覚えつつ、酒宴はスタート。

折り鶴に挑戦するジョー。
やがて当初の予定通り大音楽会に発展し、日米おりまぜて歌いに歌い、弾きに弾いた。おかげで指先が痛い。
途中から、近くのビルのガラスの前でダンスの練習をいつもしているという若者3人がF原さんに誘われて合流し、さらにO田君が絶好調になり、まあにぎやかなことにぎやかなこと。
酒はやはり足りず買い足したが、食べ物はやはり残ってお持ち帰りとなった。^o^;

アーティストと市民が交流できたのは(それも大騒ぎできたのは)、きっといいことだと思う。
このアーティスト・イン・レジデンスがどれだけ、そして具体的にどんなところでどんなふうに小浜にとってプラスになるのかはわからないけれど、きっとマイナスにはならないだろうなと思うから、とにかくやってみようじゃないか。
少なくとも我々は今日さんざん楽しむことができたんだし。
でも飲んで話して弾いて歌うのに一所懸命だったので、写真をほとんどとらなかったなあ。

2011年9月15日木曜日

火床作るぞ~

昨日は飲み過ぎたなあと思いつつ名古屋にて起床。いつも名古屋で飲むと最後は「飲み過ぎたなあ」と思い、風呂にも入らずバタンキューになる。なんでだろう。ホッピーと手羽先がサイコーに合うのもあるし、気のおけない連中と飲んでいる安心感があるのかもしれない。あ、でも「気のおけない連中と飲んでいる」のは全国どこでも同じだったっけ。^o^;

風呂に入り、すっきりしてメールチェックや添削をして名古屋駅へ。コーヒーショップでモーニングを食べてさらにジュースなども飲んで粘りつつ添削を続け、11:48の特急しらさぎで敦賀へ。
敦賀でさらに1時間待ちの間に昼食を食べて添削を続け、警察の補導員さんの運転するクルマで警察協助員会の役員会に出席するため福井へ。
会議を終えて小浜に戻ったら8時前だった。

自転車で自宅へ戻り、昨夜あんなに飲んだくせに再び焼酎を飲みながら夕食。
ネット上ではSUKIYAKI塾の体験論文添削講座が始動し、リアルではいろんなイベントが相互に絡み合いながら進んでいる。
そんな中、上根来プロジェクトでは火床の施工図のメールが舞い込んでいた。観光局市民幹事会・体験部会のOさん作である。
ホームセンターでブロックと単管とビリを買って手作りでアウトドアクッキングの場を作ろうというわけで、そんなことをみんなでワイワイ言いながら進めるということがなんともワクワクする。
また上根来の気持ちのいい山の空気の中で汗を流せるのは至福のひとときだ。

2011年9月14日水曜日

名古屋へは飲みに行った件について

名古屋に来ている。
個人面談の予定がいろいろごちゃごちゃしたこともあるのだが、何よりそこそこの時間から飲みたいというだけの理由で、今回は名古屋で何の予定も入れなかった。つまり飲みにだけ来ているのである。^o^
なにせ伏龍さんのウェルカムなので、しっかり時間をとって飲みたかったのである。

とか何とか言いながら、ちょっと早く名古屋に着いてしまったので大須方面に行ってきた。
ここは言うなれば名古屋の秋葉原もしくは日本橋というところなのだが、電気街になっているのではなく、そういう店も多いけれど、それ以外のファッションその他の多様な店が集まっているエリアである。こういう所は心がウキウキしてきていいね。
結局うろうろしただけで何も買わずに名古屋駅に戻り、みんなおちあっていつもの山ちゃんへ。

いやあ、飲みました。食いました。いつもホッピーを飲み過ぎてしまうのだけれど、ここの仲間と飲むのは気楽で楽しい。伏龍さんが加わって、さらに楽しくなりそうだ。

2011年9月13日火曜日

給食は美味かった

今日こそはテキストを…と思っていたのだが、こういう時は時間の流れが倍速モードになるもので、はたと気がついたらもう出かけねば…ということになる。
昼前にグレゴリー&ジョーを乗せて内外海(うちとみ)小学校へ。
ここは音楽大好きの素敵なO先生が校長先生で、校長室は楽器がわんさか。早速に音楽を媒介に話が弾む。
やがて給食の時間となりランチルームに招かれる。数十人しかいない全校児童が縦割りで(つまり1年生から6年生までが混じり合って)給食を食べている。
「いただきます」で始まり「ごちそうさまでした」で終わる正しい食事の時間だ。
今日の献立は、ご飯に梅干し、サバの塩焼きに野菜のおひたし、ナスやジャガイモなど具沢山の味噌汁、そして牛乳。牛乳だけが異質だけれど、とにかく美味しくて感動。子どもたちが「早っ」と驚くスピードで平らげて、あげく梅干しの種を割って天神様までいただいた。^o^;
その後、ホールでピアノ・ギター・ウクレレを演奏して子どもたちが歌うひととき。これも最高。
ジョーの作品説明

すごく面白い作品になりそう。乞う、ご期待。
ホール歌の時間。
ギター:ジョー、ウクレレ:O校長先生、ピアノ:おれ

Joe is playing guitar

申し訳ないぐらい楽しい時間を過ごして2人をスタジオに送り届け、一旦帰宅してメール処理や添削などしているとすぐに夕方。
自転車で出かけて、千羽鶴を病院に届け、なんと再びG&Jと合流。今日は祭りの本稽古が始まる日なのでこれを見て歩く「そぞろ歩き」に連れて行く。浴衣に着替えて街歩き。楽しんでくれただろうか。
旭座の前で大太鼓の稽古を見学。
休みなく移動してWACおばまの会議。新しい公共や補助金事業など、今年はなんとも充実している。結成から7年目でやっと階段を上がりかけているような気がしている今日この頃だ。

終わったあとすぐに帰ればいいものを、よしきとそのまま居酒屋へ。今はあれこれ方向性やアイデアが頭の中で渦巻いているので、誰かに話をすることで整理したいという、とってもはた迷惑な「知の移転」をしているわけですね。

2011年9月12日月曜日

二千八百の思い

今日は本来なら東京で面談をしている日なのだが、9/3の「スマイル・パイレーツ」が台風直撃で流れた埋め合わせイベントのために面談をキャンセルして10月に順延して小浜にいる。
ところがなんてことだその埋め合わせイベントまでキャンセルになってしまって、結局1日フリーになってしまったのだ。面談キャンセルした人たちには申し訳ない限りだ。

でもフリーになったからといってのんびり過ごせるわけでもなく、相変わらずバタバタしているうえに、千羽鶴が予想を大幅に越えて集まったため、セミナーテキストなどが放ったらかしになってしまって、ちょっとマズイ状態だ。

それでも黙々と夜までがんばったおかげで、なんとか千羽鶴は完成した。
第1陣1,000羽はもう持って行ってあり、さらに今日完成したのは1,800羽。全部で3,000羽近くになった。いかにたくさんの人が彼を愛しているかがこうやって形になってはっきりと現れているなあと思う。

明日も面談の予定だったので(&埋め合わせイベントの予定だったので)オフ日になっている。
明日こそちょっと落ち着いてテキスト作ろう。

2011年9月11日日曜日

ヲタロード知ってまっか

8時過ぎにのろのろと起床。とりあえず入浴してメールチェックなどしてぐずぐずと過ごし、10時前にゆっくりチェックアウト。
朝食を食べて江坂駅横の東急ハンズを少し冷やかしたあと、御堂筋線でなんばへ。あまり時間はないけど、まち歩きをしたかったのだ。
なんばグランド花月。

道具屋筋。時間があるときにゆっくり回りたい。

日本橋電気街の近くに「ヲタロード」という
一角が出現していた。メイドもいます。^o^;
日本橋電気街でギャラタブのケースなどを少し買って、満足して小浜へ。
午後5時前に小浜に到着し、そのまま「はまかぜプラザ」へ。
1時間ほどのプチ飲み会を挟み、午後11時まで延々と千羽鶴。でもおかげでまた千羽の束ができた。まだ鶴はあるので、明日も続きをやって、何とか明日で終わらせたいなあと思う。
でも小浜の仲間たちとわいわい作業をするのもまた楽しいものだ。なんだか毎日わいわいやっているなあと思って嬉しくなった。

2011年9月10日土曜日

大阪へは飲みに行った件について

今日は大阪へ脱出。なんか「脱出」という言葉がぴったりくる今日この頃だったりする。^^;
自転車で駅へ。ちょっと前まではそんなことをすると母などは、どうしてそんなことをするのだ、やめておけと言ったものだが、自転車生活を続けているうちに慣れてきたのか何も言わなくなった。笑。
小浜の外に行くときは小浜駅から電車で、生活ももう3年ほどになる。休日の乗車率が上がっているように思うのだが、どうなのだろう。
敦賀駅から特急サンダーバードで新大阪へ。琵琶湖西岸ののんびりと広い風景が、特に実りの秋にはいい色合いになる。

大阪に到着して昼食後、体験論文の個人面談を4件。全員時間オーバー気味。^^;
さて、ホテルにチェックインして一休みして…と思っていたら勘介さんからTEL。
「今から10人ほど引き連れて新大阪へ行くから飲もう」
…かくして、私とイマジンさん、Waterさんの3人で静かに語り合う計画は、大所帯のわあわあ宴会へと変貌したのでした。こういうののほうが楽しいんで、ありがたいんですけどね。

数年ぶりに会うイマジンさんは変わっていなかった。元気そうで何より。おみやげまでいっぱいもらってしまって恐縮である。
Waterさんとは模擬面接以来だから9ヶ月くらいぶり?少し白髪増えたかな?でも技術士として元気でがんばっておられるみたいで何より。
勘介軍団もまた、ベッコ王子さん、とまとさん、中々さんの講師陣と受講生を引き連れて、相変わらず「飲むで飲むで飲むんやでぇ」状態で元気元気である。
若干1名轟沈。
気持よく酔って、新大阪から江坂へ。ホテルにチェックインして風呂にも入らず私も轟沈した。

2011年9月9日金曜日

もれいづる月の影のさやけさ

今日は7月に開通した小浜インターから舞鶴へ。2度目の利用だがアスファルトがまだ新しい道路を走るのは気持ちのいいものだ。

午前中に小浜まで戻ってきて、それから雑用を山ほど。夕方やっと帰社して1時間ほどあれこれやって、夕方からお見舞いやら会議やら。
あ、ついでに言っておくけど朝から夕方までは全部会社の仕事だからね。内容はいつも書かないけど会社の仕事もしてるってことで。
会議が終わってS君とあれこれ話していると、カチナノリさんin仙台から電話。盛り上がってるじゃないかぁ~!!うらやましいじゃないかぁ~!!
11月には中落ちが食べられるとのことで今から楽しみである。食べられなかったら暴れるかもしれない。(-_-メ)

嬉しいこと、楽しいこと、悲しいことがないまぜになってやってきた一日、その上いろんなイベントがぐわーっと同時進行で、翻弄されているようでもあり、しかしそれを楽しんでもいて、とにかく夢中の毎日です。
四季菜館から自転車で帰る途中、雲の間から覗いた月が田んぼをふわーっと照らしていた。
このまちでこれからもがんばろう。がんばってる人をいっぱい見た日は何か元気になる。

2011年9月8日木曜日

安い販売機に目が釘付け

朝一番から完成検査のため福井へ。
会社のクルマの助手席で、ギャラタブ&手書きメモでがしがし添削しつつ、2時間かけて福井まで行き、検査は15分。まあよくある話だ。

しかし役所の自販機って安いなあ。120円→80円、100円→50円。
またもがしがし添削しながら帰路。おかげで一気に進んだ。

夜はイベントの会議だが、進行中のイベントがいくつもあるのでなんだかよくわからなくなってくる。
帰宅して、WACおばまの役員会資料を作成。こうやって必要にせまられながらでも資料を作っていると、ごちゃごちゃした頭がそれなりに整理されるのでありがたい。

2011年9月7日水曜日

始動の秋

午後から上根来プロジェクト関連で県外のTさん、Mさんらと会い、Mさんと上根来へ。
これからどんなことをしたいのかなどずっと話していたが、自分の中に漠然と意識の内や意識の外にあるイメージを他人に説明するというのは実に貴重な機会で、まさに暗黙知の形式知化と言おうか表出化と言おうか、ちゃんと言葉とロジックで整理されるのが気持ちいい。
ただヤバイのは、こうやって表出化できてしまうと、すぐに実行してみたくてうずうずしてしまうという私の悪いクセがあることだ。

MさんをTさんがいるグレゴリー&ジョーのスタジオへ送り届け、TさんMさんと別れてから、あこ君も交えて少し雑談をしていたのだが、ふと見るとこんな時期にもう栗が落ちているじゃないか。台風でいっぱい落ちたのだそうだ。

嬉しくなっていっぱい拾った。今週の金曜日にまた我が家に集合することになっているので、栗ご飯でも食べさせてあげよう。

少しあこ君とあれこれ話したあと、今度は若狭東高校へ。やはり上根来の、「ころび」についての話である。
「ころび」とは油桐のことで、ほとんどメンテフリーで育ち、実がどっさり収穫でき、これで油を絞って売り、絞り粕も肥料として高値で売れて、上根来の冬の貴重な収入源であり、若狭油として名産でもあったらしい。
本当にどこにでもたくさん生えているので、できたら何とか商品化したいなあと思っていたところへ、若狭東高校が圧搾して油を取る試みをしているというので話を聞かせてもらいに行ったのだ。
油桐の実。椿の実にも似ているが、実はずっと柔らかい。高校ではニスとしても使ってみたらしい。
これなど本当に山の恵み、里山そのものだなあと感動。ぜひなんとか形にしてみたいなあ。

刺激をいっぱいもらって帰宅し、食事のために自転車で外へ。
北川の向こうの夕焼け。好きな光景である。

こちらは南川。夕闇の中を若狭高校ボート部のボートが上がってくる。
いよいよ始動する新しい公共支援事業の関係で、ベネ一家と会食(K君を涙目にしてまでの会食)。どうかこれからよろしくお願いいたします。
いろんなものが動き出す秋、がんばろう!

2011年9月6日火曜日

なんかすかっとしない日

鯖江にてぼけーと起床。少しメールチェックなどでゆっくりチェックアウトして、鈍行を乗り継いで小浜へ。
黙々と添削をしていたおかげで少し進んだ。
小浜線ではまだ一部に徐行運転区間が残る。刈り取り間近の田んぼが広がる一帯だ。冠水を免れたのが幸いだった。
川と田んぼの緑から黄色が広がる風景は好きだ。

のんびり気分で小浜に到着。
途端に、バタバタの一日に突入。①女房の実家でテレビの調整→②市内小学校で11月のイベントの打合せ→③千羽鶴の続き→④グレゴリー&ジョーのWiFi設定と回らないといけない。
よし、がしがし回るぞおと思ってクルマを走らせていると、耳慣れない「ピー」という音が。
やばい、ネズミ捕りか?いや、レーダーキャッチャーは取り付けてはあるけれど、とっくの昔にお亡くなりになっているはずだ。
変だなあと思ってふと見ると、カーナビやらETC、時計などがいっせいに消えているではないか。
げげげと驚き、すぐにこれらを取り付けてもらった親戚の電機店へ。どうもヒューズが飛んだらしいのだが、新しいヒューズに取り替えるそばから飛んでいくので、どこか壊れているらしい。
このバタバタの時になってこった。とりあえず明日預けることにして、そのままイベント打合せへ。
ここで30分長引いてしまい、さらに時間が押してきた。
帰宅してWiFiルーターをひっつかみ、自転車に飛び乗って(正確にはよっこらしょとまたがって)、夕食抜きで「はまかぜプラザ」へ。

なかちゃん(おそらく先週末から誰よりも長時間一緒にいる^^;)とまつゆりちゃん、ななちゃんの女性3人に囲まれてパラダイス…なんてこと考えるいとまもなく、梁と意図を相手に格闘。
…って、ほらね、「針と糸」が「梁と意図」に誤変換されるほど針と糸に無縁の生活をしているわけですよ、私は。
でまあ、ちくちくつんつんと2時間ほど鶴を束ねて過ごし、自転車にしゅたっと(正確にはのそっと)またがってしゅわーっと(正確にはぎこぎこと)グレゴリー&ジョーの滞在する長屋へ。
「ご隠居、てえへんだてえへんだ」
「何がてえへんなんだい熊さんや」
って違う。長屋なんて言葉を使ったから横道にそれてしまった。長屋ではなく、古い町並みが残る茶屋町「三丁町」の案内所へ。
運悪く(^^;)たまたま4軒隣に住んでいたK君に協力してもらって、K君宅に取り付けたWiFiルーターが4軒貫通して届かないかと試してみるも、やはり4軒の壁は厚く、結局あきらめた。(ちょっと悔しいーー;)
心残りながら、ふたたびはまかぜプラザへ。すまんグレゴリー&ジョー。
自転車をこぎ出したらどんと腹がへってきたので、モスバーガーに電話して注文。いっぱい買い込んでプラザに戻ると、ちょっと前にモスバーガーの差し入れがあったのだという。なんてことだ。

クルマのヒューズは飛ぶわ、WiFiルータはつながらないわ、モスバーガーはダブるわ、なんだかスカッといくものがない1日でありました。
でも千羽鶴はなかなかキレイな出来栄えになってきましたよ。

2011年9月5日月曜日

プロジェクト始まる

今日は鯖江市に1泊で出かける。
「新しい公共」に絡んで、内閣府からの補助金で福井県が委託する「福井県NPO等活動基盤強化事業」を、WACおばまを含む3つのNPOで作るコンソーシアムが受託したので、その会議なのだ。
単独ではないにせよ初めての委託で、非常勤ながら雇用もして対応する、WACおばまとしては初の「仕事」だ。今後につなげていくためにもしっかりやらないとね。
でも、ずっとあれこれやってきて、これで少し形のある前進をしたかなと思うとやはり嬉しい。

午前中いろいろと雑事に追われたあと、少しだけ時間が確保できたので昼食を食べながら添削…と思ってココスに行き、車から降りたところで小雨の中を「トリイサ~~~ン」と大声で呼ぶ声がする。びっくりして道路のほうを見ると、ポンチョに自転車でスタジオに向かうグレゴリー&ジョーであった。うーむ、やはり変な友人を作ってしまったか…^o^;

昼食を終え、小浜駅へ。さあ出発!…と思ったら台風の影響で小浜線はノロノロ運転。予定を大幅に遅れてようやく武生駅に到着。ここで早くも疲れてしまった。

ここから福武線のかわいいチンチン電車で鯖江市のNPOセンターへ。到着したらもう夜になりかかっていた。
夜10時まで密度の高い会議。なにせ初めて経験する内容も多く、またコンソーシアムメンバーも一度飲んだ仲とはいえ、互いの感性もスキルもわかっていないから、まだまだあうんの呼吸というわけにはいかない。それだけに疲れもしたが、これからがんばろう!という気にもなった。

もう小浜には帰れないので鯖江駅前にホテルをとった。チェックインしたらもう10時半だ。
幸いにもホテルの中に「魚民」があったので、ここで一人で夕食というか夜食をとった。
今日は千羽鶴の人の手術で、成功だったらしい。「魚民」で一人で乾杯。泡盛をぐっと飲んで息を吐く。知らぬ間に「よかったぁ~」と口にしていた。いや、本当によかった。


けっこうハードな1日ではあったが、小浜にいる時と違ってあれもこれもやらなくていいのである意味楽だ。
ゆっくり寝て、力を蓄えよう。明日も盛り沢山な1日だ。

2011年9月4日日曜日

「わあー」という感じの1日でした

台風も夜明けと共になんとか一段落。朝一番に避難していたお年寄りを自宅へ。
北川も高水敷に届いた程度の水位で何とか終息に向かった。何よりである。

さあ、それではということで千羽鶴の仕上げにかかる。
はまかぜプラザは今日は「はまかぜライブ」。うわあ、参加してーという気持をぐっと抑えてひたすら鶴に糸を通す。
みんなの思いを込めて。本当に強い強い思いを込めて。
どうにか夕方前に終了。すぐに病院へ持って行き、看護婦さんに託す。思いをどっと受け渡したような気になる。いよいよ明日が手術。がんばれ!本当にがんばれ!

ほっとして、女房に頼まれていた用事をすませてプラザに戻ると、ときならぬ延長ライブ。嬉しくなって少しだけギターなど弾かせてもらった。
いやあ気持ちよかった…と思うと、なんだか飲みたくなってしまって(悪いクセである)、よしきを呼び出して飲みながら夕食。
その後、近くのホテルで「アーティスト・イン・レジデンス」で小浜に来ているグレゴリー&ジョーとおちあい、WiFi環境について相談を受ける。
なんだか意味もなく話が盛り上がってしまい、こっちは飲んでいるイキオイもあって、そのまま我が家へなだれ込む。
ジョー、クッキング中。料理がうまい!
ジョーの手料理をいただき、みんなで泡盛の古酒と韓国のジンロを飲み、女房を加えて5人でわいわいと盛り上がり、ギターセッションも始まって(ジョーはギターがうまいのだ)、夜中まで騒いでいた。
2人でいっぱい歌った。
Photo by Gregory Coates
私ははまかぜプラザでブルース交流を企み、女房は学校訪問を企んだようだけれど、とにかくとてもとても楽しかったのです。

2011年9月3日土曜日

台風にじらされて

だんだん風雨が強まってきた。本当なら「スマイル・パイレーツ」当日だが、もはやそんなもの論外の世界である。


のぼりが虚しく風にはためく。

「スマイル・パイレーツ」会場。当然だ~れもいない。
昼過ぎに、作りたての区の防災委員会。要援護者(一人暮しあるいは夫婦だけのお年寄り)の避難は特に必要ないという現状判断ではあるが、一人暮らしで台風を迎える夜は心細いと訴える方が少なからずおられて、それは十分理解できるので、区内の高齢者施設に「自主避難」することにして、手分けして送迎。こういったところで共助を考え、実行してくれる区であることはありがたいと思う。
しかし今度の台風は本当に歩みが鈍いので、対応も長時間にわたり、なかなかに大変である。
避難施設にすぐ行けるように待機している市役所職員も大変だ。


再びはまかぜプラザに出向き、今日も「折り紙」の世界にどっぷり浸る。
やはり2日も折り続けていると、このモミジのような手でも、何とかそれなりに折れるようになってくるから不思議なものだ。
いやあ、しかし慣れないことをずっとやっていると疲れるもので、最後は頭がボーッとしてました。
遅くまで付き合ってくれたなかちゃん、みつこ、そして岸ちゃん、ありがとう。

帰宅後、再び添削を…とPCに向かうも、雑用をして風呂に入っているとあっという間に日付が変わる。
添削にかけられる時間が少々厳しくなってきている。がんばらないと。

2011年9月2日金曜日

祈り…です

台風の影響が出始めて、午後は本降りの雨。
添削依頼がそろそろ増えてきたので自宅でじっくり添削していたのだが、どうしても息が詰まるので、午後から外へ出て、今日はマクドで少し添削。こういうときはやはりギャラタブと手書きメモは便利だ。
その後、先日より入院している人の回復を祈り、みんなで千羽鶴折り。
…折り鶴ってこんなにむずかしかったか?ていうか、7センチ角の折り紙って…我が手のひらと折り紙を見比べてしばしボーゼンとする。
ぼちぼち折り始めるが、なんというかボブ・サップ…は古いか、ミルコ・クロコップ…わかんねえか、琴欧洲とかアントニオ猪木がお裁縫をしているような気分である。あるいはバックホウのバケットにホウキをつけて掃き掃除をしているといおうか…これもわかんねえだろうなあ。
でもどんどん人が集まってくれて、どんどん折り鶴が増えて、最後は500羽を超えた。
いやあ嬉しい。
でも最後は目のピントがあわなくなっていた哀しきオジサンなのでありました。
本当に元気で回復してほしい!オレもがんばるから!何を?…わからんけどいろいろ!^o^;

2011年9月1日木曜日

どうなっているのだ

本来は今日・明日とスマイル・パイレーツの準備にあてる予定だったのだが中止となり、なんだか気が抜けてしまったのか、昨夜から爆睡。11時間も眠ってしまった。子どもかっちゅうねん。

小浜でいろんな活動で一緒させてもらう人が、昨夜倒れてしまったことを知る。とりあえず病院へ行ったが家族ではないので何もできず、わからず虚しく帰宅。小浜の宝のような人なので、ぜひぜひ全快してほしいと祈るのみ。
病院を出たちょうどそのとき、別の活動でお世話になった人が入院したことを知る。一体どうなっているのだ。

帰宅して添削を少し進め、先日会社を退職された方の送別会へ。
そして誠にもって申し訳ないのだが1時間ほどで中座して協助員の役員会へ。
ここでもまた会員さんの身内が入院する話を聞く。まったくまったくどうなっているのだ。

なんだかいろいろな人が災厄に見舞われていっているような、なんだかとても不安になってしまう。
どうかみんな無事で。