2020年4月15日水曜日

MeetNow!

先日のZoom試行に続き、今日はMeetNow(Skypeのビデオ会議バージョン?)を試行してみた。

前回はほぼ全面的にフリーズ状態であったぼうずさんも今回はスムーズに参加。これはけっこう使えるかと思ったのだが…

人数が増えてくると指数関数的に重くなり、画像は動かなくなるわ、声は途切れるわ、Omochさんは飲み始めるわ、ともともさんはずっとおでこを見せびらかすわ、使い物にならない。ただ少人数だと時間無制限だし、背景をぼかす機能もある(見苦しいプライベート空間を見せずに済む)し、画面共有や録画機能もあるから、なかなか使える。まあ私の場合は模擬面接などずっとSkypeだったから使い慣れてるしね。

でも、先日のZoomもそうだったけど、こうして全国の仲間達といつでも会えるのは、特にこうして移動もできない状況になってくると、嬉しい時間だなあ。

2020年4月14日火曜日

桜から芝桜へ

荒れ模様の天気も午前中には収まって、昼前からはいい天気になった。
しかし私は山のような添削依頼に埋もれ、さらに昨夜の机上講義動画などであわや徹夜という夜なべ仕事をして寝不足なこと著しく、とてもではないが外に出る余裕などありはしなかった。

夕方近くなってようやく時間に余裕ができたので、徘徊を始めた。

桜はもうあらかた散ってしまい歩道がピンク色になっていた。
今年はその咲き誇る姿を愛でられることもなく散ってしまったのだなあと思うとさびしくなるね。

桜に代わって芝桜が咲き誇っていた。…まてよ、これってこんな時期の花だっけ?
なんだか花の季節感がことごとく「あれ?」になっているような今年である。

2020年4月13日月曜日

ライブがいい!

今日は昨日にもまして天気が悪い。雨だけでなく風まで加わって、おまけに寒い。
ということで、どこにも行かずに引きこもっていた。
おかげで延び延びになっていた机上講義動画撮影がひとつ終わった。

いつもであれば、リアルの会場で聴講生とそれなりにキャッチボールしながら、やはりこちらも目の前にいる人たちにわかりやすく伝えよう、あわよくば「やる気」を喚起しようと一生懸命しゃべるのだが、今日は机の上のパワポ画面を見ながら、バーチャルな聴講生を想像しながらしゃべる。
やはりこの差はてきめんで、あっという間に気持ちが萎えてきて頭の回転が遅くなり、ぎしぎし言い始める。やっぱりオレはライブ派なんだなあと痛感。
それでも真夜中過ぎまで(というか午前2時前まで)やってなんとか一般部門終了。

全作業が終了すると同時に小走り気味にベッドに倒れ込む。
例年であればこの「真夜中もう限界だ就寝」は5月以降にやってくるのだが、今年は出願セミナーが全部中止になったため、4月中旬に早くもやってきた。
このまま行くと(試験が中止にも延期にもならないと)5月はどうなるのか…^^;

2020年4月12日日曜日

ヒッキーな一日

天気が捗々しくなかったこともあるのだが、今日は自宅からほとんど外に出なかった。
毎日徘徊していると、たまに歩かない日ができると何やらキモチワルイ。私は凝り性なので、何かやりはじめるとのめり込んでしまうのだが、屋内でできることならいいが、屋外でないとできないことは天候に左右されてしまう。

というか、やることは山積みなので、むしろ家に引きこもっていたほうがいいくらいなのだ。
これで天気が良かったりすると、家に閉じこもっているのが馬鹿らしくなってくるというか、せっかくのいい天気がもったいないと思うようになって、居ても立っても居られなくなってしまい、結局寸暇を惜しんでうろうろ徘徊するようになるのである。^^;

ということで、今日は写真はなし。
これといった特記事項もなし。
ひたすら仕事に励んでいた。

2020年4月11日土曜日

5月も旅はなさそうで

今日もいい天気なので添削徘徊。さすがに小さなまちではルートが固定化されつつある。

北川の土手には、土曜日だけど散策する人とてなく、思うさま声を出して口述添削。
こんな光景を眺めつつ、お気に入りの音楽を聴きつつ、口述添削しつつ歩くなんてのは贅沢な話だ。

田植えに向けて耕耘中の田んぼに、トンビが群がっていた。土の中からいろいろ出てくるからねえ。掘り起こされたばかりの粘土質の土のにおいを嗅ぎながら、今日も気持ちよく歩きました。

夜、SUKIYAKI塾全国会議 on Zoom。参加者はMax27人かな。あれ?もっとだっけ?
ちゃんと皆さんお酒を持って集まってくれた。
とりあえず、筆記試験セミナーのリアル開催はどこもやらない方向。
春は祭りもなくなったし、どこにも行かずにPC仕事と徘徊を繰り返す生活になりそうだなあ。^^;

ちなみにこれが今日の議事録です。というか、議事録を作ろうと途中までクアデルノ君でメモしてたものです。^o^;

2020年4月10日金曜日

タバコと手紙と汽車とマッチ

ここのところ天気がいいので、毎日徘徊しており、非常に体調がいい。

できるだけ人気のない土手なんかを選んで歩いている。コロナが怖いから?いや、小浜のまちの中を歩いていたって、「密」なんかどこにもないからそうではない。口述添削をしているので、近くに人が居ると驚かれるからだ。東京だと周りに人がいても平気でしゃべりまくるのだが、小浜ではそうはいかない。
そういえば、夏場に沖縄で買ったかりゆしを着て歩いていると、東京ではぜんぜん目立たないけれど小浜では視線が痛いほどで、何人かは明らかに距離を置こうと遠ざかる。

で、まあ人がいない道なので、音楽を聴きながら口述添削をしつつ歩いて、スマホ画面を見るのに飽きたら風景を眺めつつ、時にはちょっとハミングなどしつつ歩いたりする。
今日は(今日も)昼間はチューリップを聴きながら歩いていたのだが、70年代の歌の歌詞というものに感動した。


「恋人への手紙」という歌なのだが、タバコて。手紙て。汽車て。マッチて。
もう道具立てが歴史の彼方なのである。
70年代のそれも前半だから、ネットはおろかパソコンもない。それどころか電卓すら珍しい。私は60年生まれなので、70年代はまさに青春てやつだ。40~50年前にいったいどんな暮らしがあったのかと考えると、電話がダイヤル黒電話以外のものを見るようになりつつも電話のない家というものもあった。テレビも白黒が普通にあったし、確かにタバコもマッチも生活の中に普通にあった。高校生の頃、片手だけでマッチ箱からマッチを取り出して火を付けてタバコに点ける練習を一生懸命していた。
そんなはるかな時代だったけれど、音楽は今でも古くなっていないのは驚きだ。ギターの弦の数が増えたりはしていないし、弾き方だってそんなに変わってはいない。いや、クラシックなんて何百年も前から変わっていない楽器で何百年も前の曲を演奏しているのだ。
だけどたとえば土木設計の仕事の仕方は激変した。0.3mmのシャーペンの先っぽをとんがらして図面を書くなどもう誰もしていないだろうし、プラニメーターも雲形定規も字消し板も青焼き機もきっともう使っている人などいないだろう。
この、どんどん変わっていくものと、びくともせずに変わらないものの違いは何なのだろう。
そして、ずっと変わらないものとどんどん変わっていくものの間で、べつだんオロオロするわけでもなく日々順応しつつ生きている、この人間というしぶとい生き物は何なのだろうねまったく。

2020年4月9日木曜日

徘徊大好きおじさん

今日は大半机の前に座っていた。セミナーツアーはなくなったのだが、そのいくつかがネットなどをつかっての対応になっていて、また添削依頼もなんだか例年になく多いようで、ずっと机の前でしこしこやっていた。
そうするとストレスもたまる。というか、すでに一日の大半を外にも出ずにデスクワークで過ごすなどできないカラダになっている私なのだ。昼前、「30分だけ!」と誓って浜に出た。

今日もいい天気で、ハマダイコンが今を盛りと咲き乱れている。
海岸沿いの気持ちのいい風に吹かれながら、お気に入りの音楽を聴きながら(今日はビリー・ジョエルです)、誓いを軽々と破って1時間弱のウォーキング。
これで少々スッキリして、午後はずっと机にかじりついていた。
今日のノルマ達成は8時過ぎ。ただちに外に出る。少々遅くなったけれど、徘徊しなければ寝られそうもないのだ。
昼間の暖かさがウソのような寒さで、またぞろダウンを引っ張り出してニット帽をかぶる。

北川はとろりと静かに流れ、なんだか池のような光景だ。

今日はちょっと調子が出て、駅前まで足を伸ばした。緊急事態宣言を受けてか、臨時休業の店もちらほら。もともと夜はひっそりしているはまかぜ通りだが、いっそう人気がなくなっている。こりゃあ居酒屋も商売にならないから休業したくもなるよね。

スーパームーンは昨夜だったようだが、今日もまあ似たようなものだ。
昼間はビリー・ジョエルだったが、夜はKISSを聴きながら。なんだか夜のイメージなんだよね。
すっきりして帰宅し、さぶんと入浴して、フロ上がりのビールを楽しみ、今日もまた暮れていくのでありました。

2020年4月8日水曜日

たったこれだけ

今日も暖かな日だったが、春霞というか黄砂が発生していたようだ。

最盛期に比べれば大したことはないが、いつもより山が霞んでいる。

こうして土手道をずっと歩いていれば、マスクなんてまったく必要なく、COVIDなんて感染させたりしたりする心配は皆無だ。そして歩きスマホ添削も思うさまできる。景色を眺め、音楽を聴き、気持ちよく歩き、添削も進む。言うことなしである。

ところで、Googleが3月のハイライトを送ってきた。

訪問地は金沢、東京、沖縄、大阪、そしておそらく米原や敦賀といった移動中継地点である。たったこれだけ。あ、でも考えてみたら新潟は4月になってから行ったぞ?よもやグリニッジ時間あるいはアメリカ時間か?
振り返れば、金沢でセミナーのあと東京に行き、翌週に沖縄に行った、それだけである。大阪は沖縄への往路と帰路に通過した。

だから移動距離はたかが知れている。小浜で徘徊ばかりしていたから、歩いた距離は日あたり5kmにもなっているが、電車や車での移動距離はたかが知れている。

面白いのは「新しく訪れたスポット」である。これが3つとも確かに初めて行った所なのである。壺川のミスドは個人面談をするために初めて行った。そして東急ステイ沖縄那覇も初めて泊まった。というかこれも壺川にある。ホテルの下のドンキにも行かずに終わったし、これから壺川界隈はしょっちゅう行きそうだな。
そして「日本橋墨之栄」はラガーマン・バイアの両巨頭と食事をした店で、まあこういう店はこれからもそうそう行かないだろうな。

今月はもっとどこにも行っていない。新潟がもし4月の訪問先から漏れるとしたら、後はもう今のところ名古屋しかない。まして緊急事態宣言だから、月末までどこにも行くとは思えない。
こうしてみると、旅また旅の生活は、しんどくもあるけれど、やはりとてつもなく楽しい時間だったのだなあ。

2020年4月7日火曜日

暖かな春の日に

ついに緊急事態宣言に至ったのだが、自然というものはそんな人間社会のドタバタなど知らぬという顔で泰然自若として今日も営みを止めずにいる。

まちを歩けば桜は満開。これをゆったりと眺めるだけで心は平らかになる。

土手を歩けば、菜の花とダイコンの花が春の暖かい風に揺れ、川面を見ればキラキラと輝きながらゆっくりと水は流れ、その向こうには河畔林のヤナギが萌葱色の若葉を芽吹かせ、鳥の声が聞こえる中を、汗ばむほどではない程度に暖かく軟らかい日差しに包まれる。いやもうほんと、何もいりません的な気持ちになりますね。
こういう時間を過ごせることの幸福を今日は全身で感じた。

そして振り返れば、山裾の集落の集会所前の桜は満開。誰も見ている人がいるわけでもないけれど、悠々と咲き誇り、そよ風に花びらを散らしている。
ふと見ると、集会所の前に木製のベンチがあるので、そこに座って、桜の花びらが漂う様を眺めていた。
こんな時間を過ごしていたら、人間はギスギスするようになるわけがありません。

2020年4月6日月曜日

飛ばされるまちへ

もう今にも非常事態宣言が出るか!という月曜日、私は名古屋に日帰り出張した。
女房はじめ、あちこちから「なぜこんな時に」「心配です」と言われまくって、それでも「目鼻口を触らない」を励行すれば感染するはずがないという確信をもって家を出た。

まずは往路の小浜線。もともと2両しかないのだが、その2両目に乗ってみると私一人。こりゃあ、口述添削が遠慮なしにできるぞと喜んでいたら、結局あと2人乗ってきた。
それでもガタガタうるさいローカル線だから、小声なら口述添削は問題なくできる。けっこう仕事がはかどったぞと思いつつ敦賀から特急しらさぎに乗り換え。

もはや慣れつつある無人君。最近は安全管理をコスト管理より優先しているのでグリーン車ばかりなのだが、それにしても。
再び仕事がはかどったぞと思いつつ、米原から新幹線に乗り換え。

ものの見事に無人君。さらに仕事ははかどり、名古屋駅にあっという間に到着した。
太閤口にある「宮本むなし」(最近お気に入りである。よく考えてみると、出先で野菜炒め定食が間違いなく食べられるのは、こことやよい軒くらいなんじゃなかろうかと思う)で早めの昼食をとり、食後のウォーキングを兼ねて桜通口方面をうろうろ。
13時から企業セミナー(といっても個人指導だが)をして、17時に終了。ざくざくと歩いて再び名古屋駅へ。

桜通口の夕方の風景とは思えないが、これでもまだ賑やかなほうではないだろうか。
明日の非常事態宣言では、対象地域から名古屋は漏れるそうである。必殺「名古屋飛ばし」がここでも。^o^;

帰りの新幹線は、東京発新大阪行きなのだが、私と写真に写っているおばちゃんの2人しか乗っていなかった。

さすがに腹が減ったので、大急ぎで買ったアヤシゲな駅弁とソーダ水で早い時間の夕食。米原まで30分ほどしかないので、大急ぎで目を白黒させながらかきこんだ。

米原で再びしらさぎに乗ってみると、完璧な無人君。仕事ははかどったけどね。
写真は撮り忘れたが、敦賀から乗った小浜線は、1両に10人弱。今日乗った中で一番乗客が多かった。
いやあ、でも今日は3密どころか1密すらあったかなかったかの世界だった。
おそらく名古屋のまちなかよりも安全なのではないかと思う。^^;

2020年4月5日日曜日

Zoom会議試行

こういうご時世なので、やはりWebを最大限活用しようじゃないかということで、Zoom会議を試行してみました。
SUKIYAKI塾北海道に声をかけただけなのに、どうやらぼうずさんがあちこち声をかけたようで、東京からバイア、大阪からBeやん&やえもんが参加し、さらに遠くボストンから自転車ツーリング中の遊馬までもが参加して賑やかに飲み交わした、あ、いや、審議した。

私はSkypeをかれこれ10年ほど使っているが、Zoomも便利なものだね。というか、Skype for businessは2021年で終了するらしいから、私もこちらに全面移行かな。あとTeamsと比較だけしておこうかなと思っている。
そんな中、スマホで参加のぼうずさんの様子がおかしい。通信環境があまりよくないようだ。

みんなからチャットメッセージが次々と。いや、あなたが声をかけたんでしょとも思うが、うーん、やっぱりぼうずさん持ってるなあ。^^;

Zoomは利用者が激増してセキュリティーシステムの問題も指摘され、バタバタしているようだが、この分野は間違いなくビジネスチャンスが到来している。
先月、秋葉原に行った時に電気量販店の一角にテレワークツールのコーナーを急ごしらえで作っているのをみて笑っていた自分を恥じねばなるまい。
そういえば数日前には小浜のアヤハディオにもそれに近いコーナーが出現していた。
在宅勤務を未来の話としてリアルさをもって受け止めていない組織は、確実に、そして一気に乗り遅れるんだろうな。
私は「やってみて、考えて、またやってみる」を座右の銘としているが、やっぱりやってみないと何もわからない、やってみてこそ長所も短所もわかると今日また実感した。

2020年4月4日土曜日

満開の桜の木の下で

さすがにやばい状況になってきた。非常事態宣言も現実味を帯びる中、それでも旅がゼロにはならない私なのであります。^^;

そんな中、小浜公園の桜は満開。暖かな日和の中、花見を楽しむグループちらほら。
外でやる以上、少なくとも「密閉」はないので、屋内で飲み会などやるのに比べたらよほどリスクは少ないと思うのだが、こうなるともうそういった論理的な世界ではないんだよね。
私はよく「理系の欠点は、論理的に正しいことを納得してもらえたら賛成もしてもらえると思ってしまうことだ」と言っている。
例えば昔BSE(狂牛病)が恐れられた頃、それに感染して死んでしまう確率と交通事故で死ぬ確率を比較すれば、自家用車を運転するくせにBSEを怖がるのは全く不合理な話であった。
だから私は全く気にしていなかったし、米国産牛肉を全数検査していたこともバカじゃないのと思ってみていたけれど、そして今も3密のうち1つも満たしていない中でマスクをするという行為は全く意味がないと思っているから外ではマスクをしないけれど(まあ厳密に言えば、マスクをしたり外したりすると、マスクを手で触るから感染リスクは高まる。しかしそれにしても、一番感染リスクを下げる方法は、家から外に出たら、目鼻口を手で触らないことを徹底する(強く意識する)のが一番だと思うので、あまり気にする必要もないと思うのだが)、だからといって他人にまでそれを押しつけようとは思わない。
「合理的でない行動」を否定するのが理系人間の一番の欠点なのだろうなと思う。

小浜公園からふらふらと歩いて行くと、三丁町が石畳になっていた。なんてことだ、こんなに風景が変わっていたんだ。ずいぶんここに来ていなかったのを思いだした。
考えてみれば、年中あちこちにセミナーツアーだと言っては喜んで出かけていく一方で、自分の地元の変化をぜんぜん見逃していたんだなあ、「小浜を語る」資格なんてなくなりつつあるんだなあと、反省することしきりである。

北川の土手は、隆盛を極めるダイコンの花と細々と法肩付近に残る菜の花が埋めていた。

目を転じれば江古川沿いに桃色の列ができている。そして気温はというと20度はあろうかという暖かな昼下がりである。
本当にこういう日は一切の警戒感を解いて、だらしなく昼間から飲んで過ごしたいものだ。
そしてそういうことができることの贅沢を思い知った今年の春だった。

2020年4月3日金曜日

山々を眺める贅沢

今日は帰宅するのみである。
1月ごろには、青森から秋田に移動してジャイアンと飲むという予定が組んであったのだが、何一つ残さずきれいに消し飛んでしまった。

新潟は快晴である。今度来るときは、また駅前をうろうろして気ままに居酒屋に入って、最後はへぎそばで締めたいものだ。

新潟駅からは特急「しらゆき」で…なのだが、ホームに行ってみると無人君である。さすがにちょっと不安になったが、発車時には全部で20人ほどの人が乗車した。少なっ!

さすがは新潟、雪を頂いた山が見える。妙高山ではないかなと思うのだが…

上越妙高で北陸新幹線に乗り換え。できるだけ空いた車両をと思ってグリーン車を取っていたのだが、恐ろしいことに私以外に2人しか乗っていなかった。これ幸いと車中で口述添削。

黒部川を渡る。向こうに白馬岳とおぼしき山が見える。

富山駅付近。富山平野の向こうに壁のように飛騨立山連峰がそびえ立つ。学生時代、自宅から新潟へ向かって車で走っていて、この風景がぱっと目の前に開けたときの感動は忘れがたい。

金沢でしらさぎに乗り換えて走り出すと、今度は白山が見えた。高校時代に一度だけ登った山である。
日本海側の山々を見られたのはちょっとした贅沢だったなあと思いつつ、夕方小浜駅に到着。女房と合流して買物をして帰宅。こういう世情だと、帰宅すると一段とほっとするね。

帰宅して知ったのだが、出張していたわずか3日の間に我が福井県は人口10万人あたりの感染者数全国第一位に躍り出ていたのであった。>_<

2020年4月2日木曜日

一人居酒屋はお預け

朝から新潟で企業セミナー。
いくぶん慣れてきたとはいえ、マスクをして1時間以上しゃべるのはやはりきつい。
午前中総監部門3時間、午後一般部門3時間のフルタイム講義プラス個人指導1時間強。
いやあ疲れたなあと思いつつ、ホテルまで2kmほどの道のりを歩いて戻った。風は肌寒く、やはり北国だなあと実感。
今日はもう一泊するのだが、一人居酒屋はやめておくことにした。感染防止という理由も少しはあるが(そんなものは「目鼻口を触らない!」ことを徹底すれば恐るるに足らずなのだが)、何より添削仕事が山のようにあるので、飲んだりしたらパンクしてしまうのである。
コンビニで夕飯一式(と言っても、酒とつまみが大部分)を買って、部屋にこもってスマホで添削原稿を表示しつつ、OneMixにUSBピンマイクをつないでGoogleドキュメントで口述添削。6時過ぎから9時過ぎまでがんばって、なんとかノルマ達成。
やれやれとフロに入り、買ってきた酒とつまみで夕食。この風呂&飲みの時間が何よりのご褒美&息抜きである。もっとも、一人居酒屋のほうがいいに決まっているのだが。まあそれは当分お預けだな。
結局、日付が変わるまでごそごそやっていたのだけれどね。

2020年4月1日水曜日

閑散とした春

新年度である。
女房は退職後のセカンドライフ第1日目であり、娘のところの孫は保育園デビューである。退院して2日目の母もリハビリに行った。
そんな中で「例年の如し」の進歩なき私は、世情にもかかわらず旅に出るのである。

敦賀駅は来るたびに工事が進んでいる。新幹線開業に向かってまっしぐらである。

しかしそんな敦賀駅にも乗客はいない。本当に誰もが自宅や会社で身を縮めているように思う。そうなると生来の天邪鬼の私は、あえて出歩きたくなるのである。
念のため言っておくが、これは決して向こう見ずなのではない。確率の世界、極めて合理的な世界の判断である。面倒くさいからこれ以上は書かないが、今の状況もまたトランスサイエンスなのだろうなと思う。
…などと愚にも付かないことを考えつつ大阪に到着し、阪急で蛍池へ。時計を見れば13時を過ぎていたので、わかる人はほとんどいいないだろうが、蛍池駅の真ん前の宮本むなしで昼食。前回来たときにもらった「選べるチケット」で目玉焼き追加。だからなんやっちゅうねんな話ではあるのだが、嬉しいじゃないですか。

蛍池からモノレールでたどり着いた伊丹空港は例によってガラガラ。

そして伊丹空港→新潟空港便は、おそらく10人も乗っていなかったのではなかろうか。

定刻通りに離陸し、 例によって日本列島池を目印に旋回…と思いきや、視界は雲の中に消えて行った。

何も見るものがないので機内添削にいそしむこと1時間弱、ふと見ると、これは大河津分水ではないか。ということは、海岸沿いに見えるのは寺泊港である。学生時代、ここで山のように蟹を買って大学に戻り、蟹と日本酒しかない、贅沢な、あるいは果てしなく退廃的な夜を過ごしたものであった。

そして私の認識不足でなければ阿賀野川を眺めつつ、新潟空港に到着。

新潟空港もマジで?と思うくらい人がいない。こうして思いだしてみると、那覇空港の人手(地元の方にとっては激減なもしれないが)に比べると、少なくとも伊丹・関西空港はどうなるんだろう状況である。

新潟駅に着き、ホテルにチェックインしてデスクワークを続け、夕食を食べに出た。居酒屋の個室で4人だけの食事会。これくらいなら世間様も許してくれるだろう。しかし飲み会ひとつするのに後ろめたさを感じるなんて。

久々の新潟、日本酒をずいぶん飲んで酔っ払い、久々にその日のうちに寝た。^^;