2013年9月15日日曜日

台風の夜はホッピーを

台風が接近し、朝から雨である。放生祭も出し物が出ず、結局1日だけの祭りになってしまったようだ。
夜の連携街頭パトロールもさすがに中止になった。9年目にして初の中止である。
まあ中止になったことは当然なのだけれど、「考えてみれば9年もやってたんだ」と改めて感慨深かった。
こんなに続いたのは、行政依存をせず自分たちで汗と時間をかけて(金はかけられない)組み立てた行事だからだろうなと思う。
まちなか夢通りも7年目だが行政支援が基本的にゼロでやっている。
別に行政がかかわることに反発しているのではない。むしろ行政依存する市民の側に対するいらだちのほうが強い。
昔ならいざ知らず、職員一人一人の仕事量が増えたうえにスリム化圧力がかかっている行政におんぶにだっこでやろうと考えること自体が「たかりの発想」と言われても仕方あるまい。

などと言いつつも、中央公民館の閉館日なのにひびちゃんやなべさんに開けてもらって、さらに街頭パトロール中止の張り紙まで作ってもらい、私もたいてい頼ってしまっているのだけど。^o^;
申し訳ない。ほんと、ありがとね。

歩行者天国ではもう夜店は撤収に入っていたが、その隙間をまだ子供たちが歩き、たこやきややきそばを買っている。楽しみにしていた「ハレの日」だもの。
ワルガキ君たちはぜーんぜんいない。そりゃあそうだろう。
ふと気が付けば、そんな中を一人傘をさして歩いているおっさん(私のことですが)が一番アヤシイ。こりゃあいかんと人目を避けるように物陰を選んで足早に歩いて(なおいっそうアヤシイ)車に戻った。

予定がなくなったので気が抜けた。酒でも買って帰ろうとママーストアーに入ったら。

なんてことだホッピーを売っているではないか。思わず感動のあまり大人買いしそうになったが、この店は自分のご近所さんなのを思い出して我慢して3本だけ購入。
ちょうど来店していた会社の同僚のよしのぶ夫婦に「見て見て!」と買い物かごを見せたが、ホッピーを知らない様子。よしのぶは痛風戦隊イタインジャーのくせに不勉強なのだ。
聞けばちょうどイタインジャーの神様が降臨しているらしく足を引きずっている。そこで我が家に寄ってもらって発作用の薬をわたした。同病相憐れむ。いやいや、痛風戦隊イタインジャーは助け合う美しい仲間なのだ。

帰宅してさっそくホッピー(白ホッピーなのが残念だが)を飲みながら女房と「半沢直樹」を観ていると、気象情報が次々に入る。今度の台風はいよいよやばいかもしれない。
最寄りの河川テレメータも水防団待機水位を超え、氾濫注意水位に近づきつつある。明日は早朝から区内高齢者世帯の早期避難になるかもしれないな。

2013年9月14日土曜日

表彰してもらいました

8日から今日まで、福井市でSATOYAMA国際会議が開催されていた。
名古屋で開催されたCOP10以降、SATOYAMAイニシアティブ国際パートナーシップ定例会合が名古屋→ケニア→インドと開催されてきて、第4回を福井市で開催することになったものだ。
ここでポスターセッションがあって、「上根来里山再生プロジェクト」として参加したのだが、これがグランプリに続く「福井賞」に表彰された。

ポスターを作ってくれたのはあこちゃんなので(私はアヤシゲな英訳をしただけ)、表彰式にはあこちゃんが行くべきなのだが、まんまと助成をいただいている団体の会合のため上京中で、私が恥ずかしながら代役を務めてきた。

なお、上根来PJで協働している若狭東高校も間伐材利用(巻き枯らしや間伐、しがら組みを含む)をテーマに出品し、同じ「福井賞」を受賞した。

グランプリ1団体、福井賞3.団体(うち2件が上根来がらみなのはうれしい限りだ)、奨励賞5団体が壇上へ。グランプリと福井賞は知事からの表彰になる。
知事から表彰状と副賞を受け取り、握手してもらう。東高校は3年生2名が登壇した。彼らにはかけがえのない経験になったろう。緊張しまくりつつ受賞する彼らを見ていてうるっときてしまった。

ちなみに副賞は「若狭がれい5枚」の目録だった。ゲストハウスで焼いて食おうかな。^o^

エンディングでは若狭町の高校生2人がメッセージを読んだ。素晴らしいメッセージで、おじさんはまたうるうるきてしまった。すごく大きくて長い拍手が送られた。

2013年9月13日金曜日

体がやばいっす

朝一番から昨夜のパネル展示の仕上げのため道の駅へ。

 この週末に行われる祭礼の紹介パネルだが、10年ほど前に祭礼の歴史にハマっていたときにストックしていた資料が以外に役に立ったかなと思っている。小浜の方は、真ん中と右側のパネルの文字だらけの部分をぜひお読みください。

午後は旭座で月末に予定している映画会の準備。旭座はもともと芝居小屋だが、そのあと映画館になっていた時期があり、地域のお年寄りには「旭座」というより「新生劇場」として親しまれていた。そのため、「復活!新生劇場」と銘打って映画鑑賞をしようというものだ。
もっともフィルム代以外にはほとんど予算がないので、タダでもらったスクリーンにプロジェクターで投影し、音響は私が昔使っていたミニコンポという、手作りというよりしょぼいと言われても仕方がない映画鑑賞だけれど。
でも、ポップコーンを食べながら観たいものだなあ。

夕方から昨日の加斗地区現地調査の続き。おかげで事業のイメージがずいぶんできてきた。この週末にかけて計画書をしっかり作り込もう。

いやあ、今日も1日動いたなあと思いつつ小浜のまちに戻ったら、例によって「飲みたい病」がうずうずとしてきて、よしきを呼び出して筋斗雲で夕食。

宴の後の光景。真ん中のドンブリは〆のラーメンなどでは決してない。まして担担麺などでは。^^;

ところで、最近体を動かすことが多いのはいいことなのだが、なんてことだ体がガタガタになってきた。
まずは肘が痛い。というか上腕筋の付け根が痛く、重いものを持ったりねじったりすると痛みがくる。もう一週間以上フェイタスやラクールなどのお世話になっている。
次に腰がやばい。どうも軽いぎっくり腰ではないかと思う。痛風戦隊イタインジャーだけでなく腰痛戦隊イタインジャーも兼務しなければならなくなってきた。
まったく年は取りたくないものよのう。げほげほげほ。

2013年9月12日木曜日

新しい活動のはじまり

今年度から取り組もうとしている事業の下見(というか補助金申請)のため、加斗地区の現地踏査。これまで遠敷地区(上根来)で活動してきているが、小浜市には他にも魅力的な地区がいっぱいあるのだ。

集合場所でミノムシがお出迎え。一心不乱に巣作りの最中だった。

登山道。ここでもシカの食害は顕著で、ダンドボロギクが幅を利かせている。今がまさに綿毛を飛ばす時期だ。しかしこれもまた生物多様性の学習教材となる。

周囲に木道が張り巡らされたため池。広域農道施工とともに整備されたものだが、老朽化が目立つ。こういった新たな地域資源を生かしていきたい。

古くからある大きなため池。こういう「水のある場所」で何か楽しいことをやってみたいものだ。
今回の補助金は、年度末の補正予算の恩恵を受けてのものだ。学校の耐震化といい、けっこうお金ジャブジャブ感はあるものの、それならそれで地域の力で「生きたカネ」にするのが醍醐味ともいえよう。

ほとんど1日現場歩きをしたら、案の定疲れてしまって帰宅後すぐに寝てしまった。面目ない。
夜は道の駅でのパネル展の打合せ…と思って行ったら、パネル設置作業になった。秋の観光シーズンを迎え、これもまたやりがいのある作業だけどね。
本屋に寄って帰宅したらもう真夜中であった。

2013年9月11日水曜日

秋になりました

眠いなあと思いつつも敦賀のホテルで真面目に起きて真面目に電車で帰宅した。
早めにホームに出て電車を待つ。ホームを吹き渡る風が心地よい。ずいぶん涼しくなったなあ。

車中はまたRCCMの添削。今はまだ大した量ではないのでゆっくりやれる。アイコニアでPDF表示してメモ帳にコメントを象形文字で書く。これまでネクサスやメディアスタブでやっていたことをアイコニアでやっているだけなのだが、Windows版のEvernoteはオフラインでも問題なく使えるので、WiFiルータやテザリングするスマホのバッテリーが気になるときとか、上根来のように電波が飛ばないところでは便利なのだ。

夜は今年で7回目になる「まちなか夢通り」の会議。自転車で出かけたが、ずいぶんと涼しくなった。寝室ももう窓を開けて掛け布団なしで寝るのは難しくなってきた。
上根来に向かう遠敷川渓谷も、なんとなく秋っぽい雰囲気になってきた。
涼しげな音とともに流れる遠敷川。

河畔にはアブラギリが密生しているところも多い。

このあたりは水源涵養保安林指定を受けている。


2013年9月10日火曜日

たまには(?)深酒

今日も秋晴れ。うだる暑さの夏を過ごしたせいか、外に出ないともったいないと思うくらいだ。

なんだかよくわからんが、久須夜ヶ岳の上に入道雲のできそこないみたいな雲が浮かんでいた。
所用で敦賀市へ。用というのはまあ大したものではなく、気分を変えて電車で添削することと、いつも行く駅近くの「うおさき」でDANさんと飲むのが目的である。笑。
添削も順調に進み、用も済ませて、待ち合わせ1時間近く前から「うおさき」へ。
おかみさんが「今日はお一人ですか?」
この店での私とDANさんの飲み会は年に数回なのだが、よほど目立つのかなあ。
冷奴とほうれん草のおひたしを肴に「早瀬浦」を一人でちびちび飲みつつ添削の続き。このあたりが貧乏性なんだなあ。
やがてDANさんと合流し、2時間ほど飲んで、いつもの「じゅじゅ」へ。フォークギター常設バーですね。ここで結局1時半まで飲んでしまい、敦賀泊となったのでありました。^o^;
家を出る前に「今日は真夜中になる。泊まるかもしれない」と言ったら女房に「泊まる気満々やんか」と言われたが、はい、その通りになりました。一言もない。

2013年9月9日月曜日

収集ネットぽいもの

アブラギリの実の収集ネットを試作した。効果のほどは不明だが、「とにかくやってみる」のがNPOの特権みたいなものだからね。

こんなふうにわしゃわしゃとアブラギリが密生している斜面を選んだ。

何をするかというと単純そのもので、斜面にネットを張って落ちてきたアブラギリの実を1か所に集めようという、ただそれだけである。いい年をしたおっさんが考えることとは思えないほどシンプル。^o^;

とりあえず試作なので、市販のネットの幅2mの「網のすべり台」を作り、落ちたアブラギリの実がどうころがるか、本当に1か所に集まるのかを実験。まあまあ悪くない結果になった。
実用性という点では「はるけく遠い」ものではあるが、とにかくやってみて初めてわかることもあるのだから、第一歩には違いないと思う。

2013年9月8日日曜日

Welcome to guesthouse

もはや本気だなとしか思えない雨の中、ゲストハウスの一夜は明けて、あいかわらず雨の上根来。
ご飯に味噌汁、干物の焼き魚に海苔の正しい朝食をとって、片づけもそこそこに解散。
10分ほど走ってようやく携帯圏内に入り、東京五輪の決定を知る。まったく上根来は脱世俗の地である。

降りてまずは貸し布団を返却。いくら奥山とはいえ、シュラフを持っているような人ばかり宿泊するわけではないので布団は必要なのだが、今はまだ宿泊のつど貸し布団を使ったり、各自が寝具を持参したりしている。
いずれは布団を据え付けてシーツ洗濯などのメンテナンスを上根来地区の誰かに小遣い稼ぎにやってもらうようにしたいと思うが、まあ焦らず利用者を増やしたいと思う。
ちなみに今なら貸し布団代だけで泊まれます。寝具持参なら無料です。^o^

2013年9月7日土曜日

オープニングBBQ

上根来ゲストハウスのオープニングバーベキュー。身内だけだけど10人で飲み食い語らった。

これが上根来ゲストハウスです。小浜に来たらぜひどうぞ。

下界は雨。上根来は完全に雲の中に入っている。そしてやっぱり雨。

バーベキューはまずサンマから。これでビールをぎゅっとやるとたまらんのよ。

こちらのコンロでは肉を。肩ロースステーキがボリュームたっぷりでうまい。

そして何といってもかっぽ酒。ひれ酒とかっぽ酒はとめどなく飲めてしまうので注意が必要。
真夜中までわいわいやってそのまま宿泊。みんなは順に風呂に入ったようだが、私はそのまま布団にもぐりこんだ。いやあ、よく食ったし飲んだ。

2013年9月6日金曜日

降参しちゃう人

夜、先月31日のアーティストインレジデンスまちなかギャラリー開催日から置いてあった行燈の片付けを手伝った。
木製の枠と和紙っぽいプラスチックで作った小さな行燈にLED電球を入れたもので、100個から作ってあるらしい。
ギャラリーに使った通りの家々の軒先に置いた行燈を回収して、O島パパの運転する軽トラに積んでいき、最後にO島パパの作業場に降ろして電池を抜くという作業で、30分ほどで終了した。

作業自体は「30分ほどで終了した」のだけれど、そもそもこういう行燈を作って、ことあるごとに運んでLEDを入れて軒先に並べて、数日したら回収して…ということをずっとやっている西組協議会はすごいなあと思うし、それに協力している(軒先に置くことをOKするということも十分な協力だ)住民もすごいなあと思う。
うらやましいなあと思うけれど、それは年月をかけて積み重ねてきたものなのだろうとも思う。
中でもO島パパは私が「この人にはかなわないな」と思う人の一人だ。ずっと前から「古いまちなみ・小浜西組」のために労を惜しまず動いてきて、なのに自分の子供と同じくらいの年齢の奴ら(我々のことですが)と一緒に軽トラ動かして行燈回収なんてことを当たり前にやってくれる。
「年齢や実績の上に自分を奉る」ということを一切しない。
私はこういう人にはイチコロである。とてもかなわないとただちに白旗をあげる。別に「参りました」と言うわけではないけれど、心の中で降参している。

もうずいぶん前に亡くなった、おつさんの上司のHさんもそうだったなあ。技術力ももちろんなのだが、いつも作業服にズックで、何より「自分を奉らない」人だった。…と、少なくとも私はそう思って、降参したものだった。

尊敬する人、尊敬できる人っていうのはいっぱいいるんだけれど、「うわー、もうとてもかないません。降参です。」っていう人はそうそういないもんだ。
たぶんそれは「うわー、そんなの僕にはとてもできませーん」ということをフツーにやれている人なんだろうな。

2013年9月5日木曜日

#9 dreams

夢はほとんど毎晩見ているらしいのだが、人によって、また時期によって「よく見る夢」があるらしい。
私は「準備がしていなくて途方に暮れる」という変わった夢を時々みる。
セミナーツアーシーズンの後にはよく「セミナーをすっぽかしちゃった」夢を見る。(ツアーの最中にはなぜか見ない)
「あれ?」と気が付くと今日はセミナーの日なのである。もう開始時刻を過ぎていたり、あるいは絶対に間に合わない場所と時間だったりする。以前にもブログに書いたが、東京でのセミナーの開始時刻が1時間後なのだが自分は小浜にいるという状況で、ラガーマンさんや勘介さん、バイアさんに電話して代わりにお願いしようとしているという夢もあった。ひどいときには会場予約がしてないまま当日開始時刻だったり。夢の中とはいえひどいものだ。
学生時代は「バンドでステージに立つ直前なのだけれど、曲目も決まっていなければ練習もしていない、ひどいときにはメンバーがまだ集まっていない、もっとひどいときにはメンバーがまだ決まっていない夢を見た。
祭りの段取りをしていたころは、今日から祭りなのだが何の準備もしていない夢。
こうしてみると、どうも私は「段取り漏れ」というものに恐怖心を抱いているのではなかろうかと思う。気が小さいんだな、きっと。

女房は「逃げる夢」をよく見るようだ。なぜ、何から逃げているのか知らないし、追いかけているのはだれなのかも知らない。なんとなく聞かないほうがいいように思う。^^;
私は一時期「急ぐ夢」をよく見たけれど(これも段取り恐怖症かな)、逃げる夢はほとんど記憶にない。ただ夫婦そろって「追い詰められ」系の夢が多いのは考え物だ。広い空の下の広い草原で思いっきり手足を伸ばして「うーん、気持ちいい」なんて夢は見たためしがないなあ。あ、子供のころはお金を拾って「夢がさめてもなくならないように」と手をしっかり握りしめながらムナシク目覚めるってのはときどきあったな。あと欲しかったおもちゃが大量に埋まっている砂場を発見するとかね。

2013年9月4日水曜日

昼間から河豚かよ

今日は真昼間からNPO三昧。
まずは阿納の民宿で一風変わった昼食会。
最近提供を始めた観光客向けの昼食メニューを食べ、また冬が旬のふぐを夏に提供するための「夏ふぐ」メニューの試食をし、フリーに意見交換しようという会で、市役所職員を含む観光関係者が集まった。

昼食メニューは3つのグレードがあるのだが、今回は一番リーズナブルなメニューにした。
メインは真鯛・甘海老・アカイカの船盛である。これでもかという新鮮で脂がのってうまいのなんの。

野菜の煮物の小鉢だが、地物が中心なので味が深いし、なんといっても安全。

小ぶりの鯛の塩焼き。これに酢の物とごはん・味噌汁がついて2,500円でござる。
残った船盛の刺身をごま・醤油でヅケにして鯛茶漬けにしたらしみじみ美味かった。

ふぐのたたき。てっさもいいけれど、こういうのもまた面白い。しかしふぐをノンアルコールで食べたのは初めてかもしれない。笑。

ふぐの皮のにこごり。ゼラチンは全て皮から出ます。コラーゲンたっぷりよ。
さらに焼きふぐも出て、昼食としてはもう腹いっぱいでござる。
あれこれ意見も出て、なかなか充実した時間だったと思う。

帰宅後事務仕事を少しして、夕方、小浜小学校へ。ニュージーランドからのショートステイ一行が到着するのだ。
我が家は父の体調のこともあって今年はホストをご勘弁願ったのだが、やはりビルとトレーシーに会いに行かねばなるまい。
2人とも元気だった。今年も懇親会を予定しているものの、なんてことだ上根来のBBQと重なっている。どちらに行くべきか、小さな胸は小鳩のように震えるのでありました。

夜は上根来プロジェクトの会議…なのだが、いつも顔を合わせているメンツしか集まらず、これならどこで話しても同じだという理由で「秀」に直行。バカである。

でまあ結局こういうことになってしまうのだけれど、それでもこれからの活動の話はかなりできた。問題はその話の内容を覚えているかどうかだが。^o^;

2013年9月3日火曜日

引いて眺め渡す

昨夜は久々に食の祭りの実行委員会に出席、終了後飲み会。
「ノミニケーション」という言葉があるけれど、NPO的な委員会・グループでも、行政主催のカタい委員会でも、一緒に飲み語らって仲よくなるというのは大事なことで、義理ややっかい的な集まりと、メンバーが互いに親近感をもっている集まりでは、気の入り方も違うし積極性も違うから、飲み会のプロジェクトへの貢献は無視できないものがある。人的資源管理ですな。人的インセンティブというやつかな。

そして今夜は「地域の多様な担い手」事業の会議。昨年度は遠敷地区のいろんな方々と連携して上根来プロジェクトを進めたのだが、今年は加斗地区でのプロジェクト展開だ。どんな人たちと組んでどんなことをするのか、まだそれは見えないけれど、全体像は今日の会議でぼんやり見えたかなという感じだ。
去年は我々のほうからプロジェクトを提案してスタートした。今年は行政からの提案がスタートではあったけれど、地域の皆さんがぐっと前のめりになってくれたので、より地域のニーズに沿ったといえるんじゃないかと思う。

いろんな会議や集まりを開催したり参加して、いろんな人と接することができて、会社オンリーだったころとは比べ物にならないほど視点が複眼的になったと感じている。
視野が狭かったり単眼的であってはいけないという点では、技術者もNPOも同じだなあと思うのだ。
そして、本当に大事だなあと痛感しているのが、「引いたアングルから眺め渡す」ということだ。俯瞰とか大局といったことですね。
プロジェクトの計画を話し合っているいるときに、ブレインストーミング的な時間の後の「さて、それじゃあ」という方向づけのとき。
添削や面談をしているときに、情報を読み取った・聞き取ったあと、「それはつまり」と全体要約をするとき。
そいうときに「引いて眺め渡す」ことができるかどうかが、「全体の出来不出来」を支配するように思う。その感覚は磨いてきたいなあと思うのだ。

2013年9月2日月曜日

ちょっとした工作

アイコニア(8インチWindowsタブレット)はなかなか活躍してくれている。タブレット状態だと、屋外のベンチとか、うどん屋やラーメン屋のカウンターで使っていてもあまり目立たないので、外出時はもっぱらアイコニアを持ち歩くようになっている。

喫茶店なんかでこんな感じで添削や原稿書きができる。レッツノートも10インチだからかなり小さいのだけれど、こちらはさらに小さい。
キーボードは最近、折りたたみからミニサイズキーボードに切り替えた。このキーボードは横幅がバイオやレッツノートより狭く、私の指ではミスタイプがやや多くなるのだが、デスクトップやレッツノート、バイオなんかとキー配置が同じなので気に入っている。
マウスはBlueLEDなのでどんなテーブルでも使える。

唯一困っていたのがACアダプタで、純正のものが単体でネット上では販売されていないようなのだ。
マルチACアダプタなどを購入したりしたのが、プラグ形状が珍しいタイプでなかなかこれといったのがなく、やはり高くもあるので、自作することにした。
12V1.5AのセンタープラスのACアダプタと、アイコニアに合う外形3.0mm、内径1.1mmのDCプラグをそれぞれ秋葉原のショップからネット購入。
ちなみにACアダプタは秋月電子通商のGF18-US1215-T、DCプラグは千石電商のMP-121PN(L型)。
ACアダプタのプラグを根元からちょんぎって、MP-121PNにつけかえるだけだ。プラグをばらしてコードをハンダづけするだけである。ただし+-を間違えると大変なことになるので、これだけはテスタで何度もチェックした。

完成したアダプタを接続すると、ちゃんと充電されている。
私はものぐさで、仕事部屋の机の上とリビングの私の席のところにはレッツノートのACアダプタ、スマホの充電ケーブルがいつでもつなげるように置いてあるのだが、これでアイコニアもバッグの中からいちいちACアダプタを出さなくてもさっと充電できるようになった。^o^
ハンダ付けなんてしたのは久々だけど、やっぱりこういう工作的なことは幾つになってもたのしいもんだね。

2013年9月1日日曜日

東西食事情

久々にカップ麺でも食うかと思ってマーケットのラーメンコーナーに行ったら、「どん兵衛」が「東」とか「西」とか書いてある。昔から(W)とか(E)と書いて西日本風の味付けなのか東日本風なのかを区別できるようにしてあったのだが、もっとはっきり書くようになったのかな。

私は当然西日本風で、東日本風のショーユを薄めた汁にうどんだのそばだのをぶち込んだのは食い物の範疇に入れないでほしいと思っているくらいなのだけれど、東日本の人も関西風のスープは「味がねえじゃねえか、べらんめえじゃん」とか言って避けていることだろう。

どん兵衛のフタの裏を見たら、西日本風と東日本風の境界線が引いてあった。

富山県~石川県~福井県~滋賀県~奈良県~和歌山県が西日本エリアの東端らしい。なんと三重県は東日本エリアだから、ここでどん兵衛を買うとショーユ汁に浸かったうどんやそばを食うはめになるわけだ。ということは、かの伊勢うどんはゆるゆる麺にショーユ汁という二重苦になってしまうわけか。^^;

よく言われる話だが、この境界線は「アホバカ境界線」、お雑煮の「丸餅・角餅境界線」ともほぼ一致するらしいし、植物生態地理学的な大境界であるシイノキ線とも比較的近い。まさに日本の自然文化を二分する大境界線なのだ。
なんで?というと、日本アルプス&南アルプスが大きなバリアとなって植物や文化を隔ててしまったのではないかなあと思う。
そして西日本はユーラシアプレート、東日本は北米プレートの一部で、そもそも地球の地殻を構成するパーツが異なっていて、日本アルプス・南アルプスは東西日本地殻の衝突で盛り上がったとされているから、実は文字通り「根深い」違いでもあるわけだ。ものすごく。
ああ、そういえば電力周波数の境界もあまり遠くないところにあるなあ。

別に私は東日本文化が嫌いなわけじゃないけれど、ショーユ汁のうどんやそばは美味いと感じることができないのである。そう育ってしまったからね。これはもう仕方がないことだ。だから「富士そば」のかけそばが食べられないし、駅の立ち食いソバも食べられないから、それはとても残念なことだと思っている。富士そばは「もりそば」なら食べられることがわかって、最近ではけっこう好きになってきているのだけれど、かけそばはやはりだめだ。
そういえば我が息子や娘はどうしているのだろう。

2013年8月31日土曜日

AIR2013

昨夜の不運からまだ立ち直っていない朝、小浜市の防災訓練に参加。災害ボランティアセンター立ち上げ訓練である。

食文化館の上でヘリ救援訓練。台風接近で実施が危ぶまれたが、予想外のいい天気。

災害ボラセン立ち上げ訓練。こういう訓練はとにかく繰り返しが大事である。
終了後、ともしの店で昼食を食べ、今度はアーティストインレジデンス2013オープニングイベントへ。

八幡神社境内でセレモニー。市長挨拶。フェーン現象特有のうだる暑さだ。

アーティスト紹介。グレゴリーがお父様の具合が悪いということで急遽来日とりやめになったものの、国内アーティストがずらりと勢揃いして多くの作品を提供してくれた。

TAKEさんのパフォーマンス。このあと、これからいろんなことをやりたいねと話し込んだ。思えばグレゴリーの縁で少しずつ面白い方向に進んでいるように思う。

夜、アーティスト…の打ち上げ。途中で抜けて「若狭くらしに水舎」の会議。こちらもいよいよ始動である。
いろんなことがいろんな人の手で、あるものはぐーっと、あるものはじわじわと進みつつある。そしてそれらが絡み合いつつある。何が起こっていくのか、どう変わっていくのかわからないけれど、とにかく腰を軽くしていきたいと思う。
そうそう、シカと衝突したわが愛車は、左前輪上の凹み、前輪後ろの凹み(ドアを開閉すると引っかかる)、ボンネットのわずかな凹みの3つだった。車屋さんに持って行って、前輪後ろの凹みはぐいぐいっとだいたい直してもらい、ボンネットの凹みは気にしないことにした。あとは大きく凹んだ左前輪上だが、木を当てて若干凹みを戻してもらった。これでも別にいいのだが、板金をしてもらうことにした。
私はそもそも「車ピカピカ小さな傷も許しません!」な人の対極にいて、「んなもん走りゃいいじぇねーか。バッカじゃないの」と思っている人間なので、あまり気にしないのだけれど、今回の凹みはさすがにそれでもちょっと気になるのよ。

2013年8月30日金曜日

厄日

ちょいとそこ行くお兄さん、あたしの話を聞いとくれ。
厄日ってのはあるんだね。今日がまさにそうだった。
眉唾話じゃありゃしない。全部ほんとの出来事さ。

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【1.プロローグ】
上根来へ車を飛ばしていた6時20分ごろのこと、上根来の15分ほど手前の下根来(しもねごり)を通っているとき、赤いハーネスをした柴犬が歩いていた。
おや?リードもつけずにと思ったのだが、すぐ近くを同じような柴犬を連れたおばさんが散歩していたので、ああ2匹の飼い主か、でも1匹はリードをつけて1匹はつけないっておかしいなあと思ったものだ。しかし急いでいたので素通りし、そのことは忘れてしまった。

【2.ジャックを探せ】
上根来に着いてみると、「犬のジャックがいなくなった」という。みんなで犬の名を呼び、そのあたりを探し回ったがいないので、仕方なく今日のウォークに出発することになった。
しかし飼い主(正確には預かり主らしいが)さんは残ることになった。ハーネスに電話番号が書いてあるという。
とりあえず私は一度帰ることにして、下根来まで下りてきたとき、まさにその犬を見たことを思い出した。すぐさま上根来に取って返し、飼い主さんを乗せて山を下りる。昨日の歩いてきたルートを戻っているのかもしれない。
20kmほどの道のりを探して回るが、ジャックはいない。所々で聞き込みをするも、見た人はいない。

【3.車を取りに往復4時間】
飼い主さんは、滋賀県に置いてある車を取りに行って、腰を落ち着けて探すという。
乗りかかった船なので滋賀県の朽木の奥まで車で送り、2台で再び上根来に戻った。…と書くと簡単そうだが、往復4時間近い行程である。
さらになんてことだ、駐車場になっている草っ原に車を止め、ドアを開けて降り立ったまさにそこにウンチがあった。ふんづけちまったじゃねえか。

【4.飼い主を探せ】
とりあえず戻ってきたものの、上根来では携帯電波が届かないので、ジャックが見つかっても連絡を受け取れない。
そこで、空き家状態になっている女房の実家に今夜は泊まってもらうことにした。
私と、途中から合流してくれたあこちゃんと、飼い主さんの3台の車で女房の実家へ移動。
県道から広域農道へと曲がって少し行ったところで、飼い主さんの車が付いてきていないことに気が付いた。
あわてて戻るも再合流できず。はぐれてしまったのだ。
なんてことだろう。犬がいなくなって、今度は飼い主さんまでいなくなってしまった。
はぐれたあたりで30分ほど待つも、戻ってくる気配はない。携帯番号も聞いていない。
もしや女房の実家のあたりに先に行っているということはあるまいな、と試しに足を延ばしてみるも徒労。
まったく今日はなんて日だ。疲労がどっと覆いかぶさってくる。

【5.弱り目に祟り目】
元のはぐれた場所に戻ろうとしていると、あこちゃんから電話。
「上根来に上る道が倒木でふさがっています」
悪いことは重なるというが、まったくなんてことだ。明日は某テレビ局のロケなのに、それはまずいではないか。疲労感など吹っ飛んでしまった。
現場は携帯圏外らしいので、土木事務所に連絡する前にとにかく現場を確認しようと車を飛ばす。

【6.車は急に止まれない】
急いでいたので80キロくらい出ていたかもしれない。知床さんの2/3のスピードだ。
突っ走っていると、宵闇の中、左手から何かが飛び出してきた。
シカであった。
「うわっ」と思う間もなく左前輪付近にどん!と激突。
衝撃の具合や音が大したことなく、前照灯が壊れず、ハンドルもとられず、異音もしないので、ボディが凹んだだろうけれど走行には支障なしと判断し、そのまま現場へ突っ走った。

【7.不幸中の幸い】
私も車もへろへろになりながら、ようやく倒木現場に到着。

確かに道は完全にふさがっているが、さほど太い木ではなく、枝も細い。これなら手ノコで切れる。
倒木1本だけで、斜面崩壊や落石などは伴っていない。ひとまず安心し、とりあえず携帯圏内に移動して土木事務所に連絡。

【8.帰ってきたジャック】
ここで突然、飼い主さんから連絡が入る。ジャックが見つかったのだという。
一緒に走っていたときにその電話を受けて、停車して通話している間に我々が先に行ってしまいはぐれたのだという。私の携帯番号を書いたメモは荷物の中、そしてその荷物は私の車の後部座席。私と飼い主さんの携帯番号を知っているのはウォーカーのリーダーさんだが、彼は今携帯圏外にいる。
かくしてどうすることもできず、とりあえずジャックを引き取りに行っていたのだという。その後、何とかメールでリーダーさんに連絡をとって私に電話してくれたということだ。
とりあえず女房の実家への案内をあこちゃんにお願いし、私は再び現場に取って返した。

【9.ひとり手ノコで】
実人口1人の上根来に午後9時過ぎに向かう人などなく、誰も来ない。闇の中、ヘッドライトの光だけを頼りに、ノコギリとナタで倒木を切っていく。
「なんでオレ、真っ暗な中を一人ぽっちでこんなことしてんのやろ」と思いつつ。

枝を切り、とりあえず車は通れるようになった。やれやれと思ったところへ土木事務所到着。

チェーンソーも駆使して、幹も全部片付けて、無事処理完了。

【10.エピローグ】
やれやれと女房の実家に行き、宿泊の段取りなどをして、午後10時過ぎにようやく帰宅。
16時間に及ぶバタバタ劇で、1日の走行距離350km。本当にいろいろあったなあ。
①犬がいなくなった。
②滋賀県まで4時間かけて往復。
③ウンチをふんづけた。
④飼い主ともはぐれた。
⑤倒木が道をふさいだ。
⑥シカに衝突した。
本当に心が折れかけたのが④、今日は厄日だと確信したのが⑤だった。

我が家の車庫に入れてからシカの衝突箇所を見ると、見事に凹んでいた。ToT

2013年8月29日木曜日

木の床の音

上根来の植生の危機的状況はすでに何度も書いている。上根来で普通に見られる草本類は4種類くらいしかなくなっている。

手前がダンドボロギク。外来種である。今はふわふわ綿毛の飛ぶ時期だ。
その後ろはシダ(イヌシダ)で覆われている。

ジャノヒゲまたはリュウノヒゲ。これは斜面に多いな。これとススキの4種がある。というかそれ以外はたいていシカに食べられてほとんどなくなっている。

そしてアブラギリ。今年は実がたわわに成っているものが多い。いわゆる「成り年」のようで、実の収集には期待が持てる。

今日は一昨年にも一緒に時を過ごした「7generation Walk」の皆さんがゲストハウスに宿泊。
ちょっと早めに行って掃除。今日はついに拭き掃除もしました。何度もホウキをかけたのにゾーキン真っ黒。^o^;
それでも拭き掃除のあとは、歩くと木の床の「きゅっ、きゅっ」という懐かしい音がした。なぜかあの音はフローリングではしない。長年人が歩き、数えきれないほど拭き掃除をした床だけの音だ。

午後5時過ぎ、ウォーカーの皆さんが到着。1時間弱ほど上根来の活動の話などをさせていただいたけれど、昨日と今日で40km以上歩いてきているので、早めにお暇した。ゆっくり休んでください。

帰りがけ、シカの親子らしい2頭に遭遇。写真を撮ろうと思ったら中の畑堰堤の向こうに逃げて行った。小さくお尻が写っているけど、わからないだろうなあ。

2013年8月28日水曜日

クーポンが期限切れになる悔しさ

ふと気がついたら、丸亀製麺の「夏の得々クーポン」が期限切れになっていた。せっかく冷かけうどん50%オフだったのに使わずに終わった。悔しいったらありゃしない。
私はこういうクーポンとかポイントなどに疎い。というか面倒くさくていけない。
私が今使っている財布は折り畳み式で尻のポケットにはいるタイプ。電車やバスの中に置き忘れそうになって肝を冷やしたことが一度ではないのだが、どうも長財布というのはなじまなくて。

カードホルダーは3列ある。一番開けやすいホルダーにはクレジットカード、銀行キャッシュカード、Edyカード、カードラウンジ用の会員カードの4枚。まあこのゾーンは順当な内容だ。
その隣は窓付きホルダーに運転免許証、その上のホルダーに保険証、エンゼルカード(臓器提供意思表示)、アイバンクカード。これもまあ順当ではなかろうか。
3つ目のホルダーにはルノアールのEdyカード(10%オフになる)のほか、家電量販店・ホームセンター・マーケットのポイントカードがしっかり入っている。また頻繁に使うココスのポイントカードと株主優待カード(10%オフになる)も入っていて、いきなり生活臭がにじみ出るのだ。ココスのポイントなんて6700ポイントを超えているもんね。
さらに札入れが3つあるのだが、1つを札、1つを領収証・レシート入れに使い、残る1つが回数券やサービス券入れになっている。見れば「濱の湯」の回数券とポイントカード(スタンプを溜める)、「ほたる」のチューハイ1杯無料券、ホームセンターの500点お買物券が入っていた。ここに丸亀製麺のクーポン券を入れておかなかったのは痛恨だったな。うう、涙がにじむよぉ。
こんな調子だから財布は分厚い。試にはかってみたら4cm近くあった。尻ポケットから出しにくくて。
なんて言いながら、日常の買い物の6割から8割近くはスマホのEdyとSuicaですませてるんだけどね。^^;

2013年8月27日火曜日

小浜の地下水を守りたい

小浜の地下水のことで大学生の聞き取り調査を受けた。私の場合、小浜湾の地下構造なり地下水なりについてはそれなりに情報を持っているので、けっこう楽しかった。
小浜平野の地下水涵養には、遠敷谷が大きく関与していると私は思っている。根拠は地層分布等なのだが詳細は略する。
で、その遠敷川の最上流にあるのが上根来なのだが、小浜平野の主要な地下水涵養源であるにもかかわらず、その上根来はシカの食害等で土壌流出が著しい。

杉植林地はこんな状況。林床には草も生えていない。間伐したか自然に枯れたか杉が斜面に倒れたままだ。(平成16年の福井豪雨ではこういった杉が流れ出して橋に激突して壊した)
歩けば足元はぐずぐずで歩きにくいことこの上ないし、踏み跡程度の道は侵食されてなくなってしまう。植林の手入れがいい上根来にしてこれである。いわんや放置状態の植林地をや。

枯葉が腐葉土となり厚い土壌を作るはずの雑木林にしてこれだ。すかっと見通せて実に気持ちがいいし、ファミリーのトレッキングには好適だが、7月14日の光景ではとてもない。
根来の水は百年かかって小浜に達すると言い伝えられる。地層分布がまさにそのことを肯定し、さらに透水係数や導水勾配をざっと与えて試算してみると「百年」というのはあながち的外れでもないことを知って、私はおおいにコーフンしたものだ。
その上根来が水源涵養林としての機能を失いつつあることを目の当たりにし、雲城水などの小浜市内の湧水が「出にくくなっている」ということを耳にすれば、自分にできることは最大限やらねばなるまい。
ホソエガサの発見など、かなり成果を上げてきている小浜湾の海底湧水調査にもつながる話でもあるから、私としてはこの活動にぜひとも参加したい気持ちは満々なのだが、いかんせん体は一つだし、春のいい時期に小浜にいない。実に残念なのだが、まあ今後もできる範囲でバックアップしていきたいなあと思う。

涼しくなってきたので、夜の会議に自転車で出かけてみた。まだちょっと昼間の熱が残るものの、何時になってもぼわーんと熱ぼったい空気に覆われていたころからは格段の違いだ。

宵闇の北川と小浜湾。この光景も久しぶりだ。これから精出して自転車に乗るべ。
1時間ほどの会議を終えて公民館を出ると、さらに涼しくなっている。そのまま家に帰るのが惜しくなって、少しだけ浜に行って岸壁に座っていた。高校生のころは、今ほど夏が暑くなくて、自分自身も暑さに強かったので、よく夜中の海を見に来ていた。いわゆる深夜徘徊ですな。^^;
今はもう23時を過ぎても深夜徘徊とは言われないけれど、街中をぶらぶら歩いていると、よしきに「おじいちゃん、徘徊しとったらあかんで」と言われるようになった。誰がボケ老人じゃ。