ふと気が付いたのだが、掲示板のカウンターが1,000万を超えていた。
17,000ほどオーバーしているから、数日前にきっと超えてたんだろうなあ。でもまあ、こんなに多くの人が見てくれて、また書き込んでくれてきたんだと思うと感慨深い。
じゃあサイトのほうは?とHP本体を見ると、
1,600万ちょっと。このHPを始めたのが平成15年1月(これは覚えている)だから、9年半ほどたっているわけで、単純計算で毎年170万。こちらも本当にありがたいことだ。
そして同時に、最近添削とセミナーツアーに忙殺されているのでサイト更新がままならないのが本当に心苦しい。
去年も同じことを言っていたように思うが、1日36時間ほしいなあ。
今日もいい天気で気温がかなり上がったようだ。最近は夏でなくても入道雲がわんわんできる。
このいい天気が明日からは雨に変わるというのである。明日からまたツアーなのに…
どうも前回ツアー最終の金沢で雨になったあたりから雲行きがあやしい。晴れ男だったのにまた雨男に戻ったか?
2012年6月13日水曜日
でかパイ
年に1回の成人病検診。前日から絶食し、クルマで30分ちょっとかけて高浜病院へ。
受付は8:15からなのだが、その時にはもう順番待ちがかなりできていて待たされる。今日は8時前に突入。しかし番号札は8番であった。
しかし一桁台なので順調に検診は進み、10時前にはもう最終の胃カメラの受付に到着。へへへ、今日は早く終わりそうだと思ったらここでずどーーーーんと待たされた。1時間たっても全然順番が回ってくる気配がない。
検診の間ずっとギャラタブ&メモで添削していたが、このあたりでもう頭にきて車からレッツノートを出してきて待合室でおおっぴらにパチパチやり始めた。周りもあまりに長い待ち時間に飽き飽きしていて、長椅子の上で寝転がる者が続出、もうどーでもいい感が満ち満ちていた。
結局2時間待ちでようやく胃カメラ。例年おえおえになるのだが、今日はもうぐったりしていて、もうどーでもええわ好きにしてーなオエオエ状態であった。
心身ともにぐったりして投げやりに支払いを済ませなげやりに病院を出てなげやりに小浜に戻ってくるとようやく麻酔も覚めたのでなげやりに回転寿司で昼飯を食べた。
午後からは社会福祉協議会の大会でのプレゼンである。補助金をもらって活動をするためのプレゼンで、今回申請しているのはコミュニケーション麻雀である。ビッグサイズの牌を使い、簡素化したルールで2人ペアで楽しむ麻雀で、高齢者向けである。
これが牌の模型。昼過ぎにいったん帰宅したときに大急ぎで段ボールを切って作った。10cm×7cmである。隣が普通の麻雀牌。
これを持って大急ぎで市内のホテルへ。
発表者席から見る審査員席&その後ろの参加者席。
なんでも赤い羽根共同募金の全国大会が明日小浜市であるそうで、そのためプレゼン会場もこんなところになったのだとか。
できたてほやほやのデカ牌を持って5分ほどプレゼン。熟年のおじさんは麻雀大好きな人が多いから、けっこうツボを押さえていたと思う。笑。
終了後、久々にココスへ。ドリンクバーを飲みつつ添削の続きを…と思っていたのだが、ここで一気に睡魔が来襲。1時間30分ほどいたうち半分近くいつらうつらと寝ていたような気がする。
再び移動してNPO法人わくわくクラブの理事会。夕食をとりつつ9時前まで歓談。
帰宅して添削の続き、なんとかノルマ達成してメール処理などしていたらもう真夜中である。
うーむ、筆記試験マニュアルが進まない…ToT
受付は8:15からなのだが、その時にはもう順番待ちがかなりできていて待たされる。今日は8時前に突入。しかし番号札は8番であった。
しかし一桁台なので順調に検診は進み、10時前にはもう最終の胃カメラの受付に到着。へへへ、今日は早く終わりそうだと思ったらここでずどーーーーんと待たされた。1時間たっても全然順番が回ってくる気配がない。
検診の間ずっとギャラタブ&メモで添削していたが、このあたりでもう頭にきて車からレッツノートを出してきて待合室でおおっぴらにパチパチやり始めた。周りもあまりに長い待ち時間に飽き飽きしていて、長椅子の上で寝転がる者が続出、もうどーでもいい感が満ち満ちていた。
結局2時間待ちでようやく胃カメラ。例年おえおえになるのだが、今日はもうぐったりしていて、もうどーでもええわ好きにしてーなオエオエ状態であった。
心身ともにぐったりして投げやりに支払いを済ませなげやりに病院を出てなげやりに小浜に戻ってくるとようやく麻酔も覚めたのでなげやりに回転寿司で昼飯を食べた。
午後からは社会福祉協議会の大会でのプレゼンである。補助金をもらって活動をするためのプレゼンで、今回申請しているのはコミュニケーション麻雀である。ビッグサイズの牌を使い、簡素化したルールで2人ペアで楽しむ麻雀で、高齢者向けである。
これが牌の模型。昼過ぎにいったん帰宅したときに大急ぎで段ボールを切って作った。10cm×7cmである。隣が普通の麻雀牌。
これを持って大急ぎで市内のホテルへ。
発表者席から見る審査員席&その後ろの参加者席。
なんでも赤い羽根共同募金の全国大会が明日小浜市であるそうで、そのためプレゼン会場もこんなところになったのだとか。
できたてほやほやのデカ牌を持って5分ほどプレゼン。熟年のおじさんは麻雀大好きな人が多いから、けっこうツボを押さえていたと思う。笑。
終了後、久々にココスへ。ドリンクバーを飲みつつ添削の続きを…と思っていたのだが、ここで一気に睡魔が来襲。1時間30分ほどいたうち半分近くいつらうつらと寝ていたような気がする。
再び移動してNPO法人わくわくクラブの理事会。夕食をとりつつ9時前まで歓談。
帰宅して添削の続き、なんとかノルマ達成してメール処理などしていたらもう真夜中である。
うーむ、筆記試験マニュアルが進まない…ToT
2012年6月12日火曜日
かりーぱむぱむ
私が以前から不思議だなあと思っているものに、「お年寄りの拗音」つまり小さい「ア」とか「エ」とかいった音の発音がある。
ディズニーランド → でずにーらんど
(なぜか拗音を省くとひらがなっぽくなる)
ボディーソープ → ぼでーそーぷ
ビルディング → びるぢんぐ
ティーシャツ → てーしゃつ
などですね。
昔、私と女房の共通の友人だったALTのアメリカ人女性は、女房の名前の「りょうこ」の「りょ」が発音できず「りよこ」とずっと言っていた。ひよこみたいだけど。
で、高齢になると拗音が発音しにくくなるものなのかなあ、そんなことになったら最近よく聞く「きゃりーぱみゅぱみゅ」なんて「かりーぱむぱむ」になって「おじいさん、カレーの箱叩いちゃだめだってば」みたいになったらえらいことだなあなどと思ってみると、
ぜに(銭) → じぇに
せんせい(先生) → しぇんしぇー
せかい(世界) → しぇかい
せいかつ(生活) → しぇいかつ
など、むしろ拗音を必要以上に使っていたりもする。
ああそうか、全体に小さい「い」が弱くて小さい「え」に強いのかな。
でも小浜にはJRのことを「ぜーあーる」という人もいっぱいいるぞ。
方言ではむしろ高齢者ほど拗音を数多く残していたりするらしいから、これって方言なのかな?
方言といえば福井市方面の「越前弁」は
ぜんこく(全国) → ぜんごく
よんほん(四本) → よんぼん
など濁音がやたらと入ってくる。いわゆるズーズー弁って濁音化する言葉が多かったと思うので、その系統かな。
ディズニーランド → でずにーらんど
(なぜか拗音を省くとひらがなっぽくなる)
ボディーソープ → ぼでーそーぷ
ビルディング → びるぢんぐ
ティーシャツ → てーしゃつ
などですね。
昔、私と女房の共通の友人だったALTのアメリカ人女性は、女房の名前の「りょうこ」の「りょ」が発音できず「りよこ」とずっと言っていた。ひよこみたいだけど。
で、高齢になると拗音が発音しにくくなるものなのかなあ、そんなことになったら最近よく聞く「きゃりーぱみゅぱみゅ」なんて「かりーぱむぱむ」になって「おじいさん、カレーの箱叩いちゃだめだってば」みたいになったらえらいことだなあなどと思ってみると、
ぜに(銭) → じぇに
せんせい(先生) → しぇんしぇー
せかい(世界) → しぇかい
せいかつ(生活) → しぇいかつ
など、むしろ拗音を必要以上に使っていたりもする。
ああそうか、全体に小さい「い」が弱くて小さい「え」に強いのかな。
でも小浜にはJRのことを「ぜーあーる」という人もいっぱいいるぞ。
方言ではむしろ高齢者ほど拗音を数多く残していたりするらしいから、これって方言なのかな?
方言といえば福井市方面の「越前弁」は
ぜんこく(全国) → ぜんごく
よんほん(四本) → よんぼん
など濁音がやたらと入ってくる。いわゆるズーズー弁って濁音化する言葉が多かったと思うので、その系統かな。
2012年6月11日月曜日
オフコース
今日も写真はない。それどころではないのだ。
久々のオフということで朝こそ遅めに起きたが、1ヶ月に及ぶセミナーツアーの書類整理、たまった用事、義父の法事の段取りなどなどで忙殺。朝食10時、昼食3時、夕食7時という非常に不規則な1日であった。
そんな中、昨夜からSUKIYAKI塾筆記試験講座の募集を開始している。講師に応募いただいた方々にまだ返事も出していない。なんていいかげんな俺。ああオレってオレって。
24年度版の筆記試験マニュアルも途中で止まっている。ツアーの中で書いていこうと思っていたのだが、添削に時間を全面的にとられているのだ。試験までもうあと2か月を切ったというのに…なんていいかげんな俺。ああオレってオレって。
明後日はNPOの補助金申請のプレゼンがひとつあるのだが、何も準備をしていない。しゃべるだけならいいのだが、資料も調べていない。なんていいかげんな俺。ああオレってオレって。ぐびり。って飲んどんのかーい!!
久々のオフということで朝こそ遅めに起きたが、1ヶ月に及ぶセミナーツアーの書類整理、たまった用事、義父の法事の段取りなどなどで忙殺。朝食10時、昼食3時、夕食7時という非常に不規則な1日であった。
そんな中、昨夜からSUKIYAKI塾筆記試験講座の募集を開始している。講師に応募いただいた方々にまだ返事も出していない。なんていいかげんな俺。ああオレってオレって。
24年度版の筆記試験マニュアルも途中で止まっている。ツアーの中で書いていこうと思っていたのだが、添削に時間を全面的にとられているのだ。試験までもうあと2か月を切ったというのに…なんていいかげんな俺。ああオレってオレって。
明後日はNPOの補助金申請のプレゼンがひとつあるのだが、何も準備をしていない。しゃべるだけならいいのだが、資料も調べていない。なんていいかげんな俺。ああオレってオレって。ぐびり。って飲んどんのかーい!!
2012年6月10日日曜日
ほっこりと帰宅
寝不足の中6:30起床、身支度を整えてロビーに降りると疲れを隠せぬ知床さんがいた。^^;
動きにキレのないおっさん2人で金沢駅をうろうろし、再来週の再会を誓って(短かっ!)別れた。
JRで3時間強かけて小浜へ帰着。社内では例によってひたすら添削。
帰宅後2時間ほど昼寝して、義父の初月忌。久々の長時間正座に変な汗を出し、それでも家族で久々の「がじゅまろ」で夕食を食べたり3週間ぶりの家風呂に入ったり風呂上りにちょこっとギターを弾いたりして、まあ我が家を満喫したわけであります。
今日は写真なし。こいう日は写真を撮るようなネタのない変化のない日か、あるいはそんな時間も心の余裕もない日かどちらかなのだが、おおむね前者プラス寝不足でその気になれないといったところだったのかなあと思う。
とにかく今日はゆっくり休もう。ああ、ほっこりした。(小浜弁で「疲れた」の意味です)
動きにキレのないおっさん2人で金沢駅をうろうろし、再来週の再会を誓って(短かっ!)別れた。
JRで3時間強かけて小浜へ帰着。社内では例によってひたすら添削。
帰宅後2時間ほど昼寝して、義父の初月忌。久々の長時間正座に変な汗を出し、それでも家族で久々の「がじゅまろ」で夕食を食べたり3週間ぶりの家風呂に入ったり風呂上りにちょこっとギターを弾いたりして、まあ我が家を満喫したわけであります。
今日は写真なし。こいう日は写真を撮るようなネタのない変化のない日か、あるいはそんな時間も心の余裕もない日かどちらかなのだが、おおむね前者プラス寝不足でその気になれないといったところだったのかなあと思う。
とにかく今日はゆっくり休もう。ああ、ほっこりした。(小浜弁で「疲れた」の意味です)
2012年6月9日土曜日
締めはやはり
SUKIYAKI塾北陸のセミナー。午前中は私の講義、午後は科目別講習。講師は10人、受講生は36人。初回としては大成功だったと思う。
終了後、金沢駅近くで懇親会。いつも写真はここからである。笑。
いやあ、実に楽しい2日間でした。企画運営してくれたしろたんさん、Tさん、講師のおつさん、Umさん、山さん、かんたろさん、たむさん、のぽぽんZEROさん、kaz11さん、そして知床世界遺産さん、ありがとうございました。
終了後、金沢駅近くで懇親会。いつも写真はここからである。笑。
![]() |
| ここは金沢だが、富山名物の白エビ。うまい! |
![]() |
| じぶ煮。金沢らしい料理。 |
![]() |
| 事務を手伝ってくれたTさん。知床さんの毒牙にかからんとす。 |
![]() |
| 集合写真だが、Tさんと知床さん除いて逆行だし、 なんか2人の引き立て役の影軍団みたいなのだが。 |
![]() |
| 2件目・ワインバーのバイトのにーちゃんが作ってくれた おしぼり折り紙・ひよこ。どう見てもアヒル隊長である。 |
![]() |
| 締めは北陸らしく8番ラーメン。 |
![]() |
| いつも締めのラーメンに突っ込みを入れる おつさんも、思いきりラーメン食ってました。 |
2012年6月8日金曜日
兼六園は匠の技
我が家で一泊の後、金沢へ。笑。
なおきが車で一緒に行ってくれることになり、まあこのノリというかイキオイが相変わらずの小浜人なのであるが、なおきの車で金沢へ。
その前にシカ柵を見に行く。思えば3年前に知床でエゾシカファームに感慨を受け、濱の湯で発案したシカ肉イベントを小浜市がまともに受け止めてくれて翌年3月に実現し、なおきも加わっての付き合いが始まり、その年の10月に一緒に知床に行きヒグマに街中で遭遇し(笑)、その翌年にはさとる・たけしの百笑コンビを知床に送り込み、それから半年ちょっとたった今、小浜でのシカ牧場構想が形になり始めているというのは、もう感動以外の何物でもあるまい。とにかく行動、躊躇せず恥を恐れず口にだし、行動に表してみるものだということをこの年になって再認識した。
敦賀まで移動して必殺必死のヨーロッパ軒のソースカツ丼で昼食。ヨーロッパ軒でメシを食べようという発想は私にはもうなかった。なおきやるなあ。
そして一路金沢へ。昨夜も結局2時だったのでさすがに眠く、高速道路に乗った直後に部座席でくかーっと寝てしまったのだが、よくよく考えたらこの構図は2年前、知床から雄武町へ向かうヨシキ号の中とほとんど同じではないか。ただ前に座る2人の左右が変わっただけだ。こういう付き合いもいいものである。
金沢ではベタベタながら兼六園へ。造園技術、庭師さんの技術がずばりストレートに観光資源になっている光景というのはやはり刺激をビンビン受ける。菖蒲がきれいだった。
ホテルにチェックインして香林坊へ。おじさんの居場所はないのですまんすまんと言いつつ片町へ。秋吉で焼き鳥を食ってから「金沢」というなんちゅうネーミング的な店へ。
天狗舞ときゃらぶき。絶品でありました。日本酒を飲むと明日に障るから1杯だけにしましょうといいつつ3杯飲んで、知床&なおきがタクシーでホテルに帰るのを見届けてからマクドでコーヒーを買い、コンビニで文春を買ってホテルに戻りましたとさ。
ホットコーヒーと風呂のセットで頭をしゃきんとしてまた机に向かうのでありました。
なおきが車で一緒に行ってくれることになり、まあこのノリというかイキオイが相変わらずの小浜人なのであるが、なおきの車で金沢へ。
その前にシカ柵を見に行く。思えば3年前に知床でエゾシカファームに感慨を受け、濱の湯で発案したシカ肉イベントを小浜市がまともに受け止めてくれて翌年3月に実現し、なおきも加わっての付き合いが始まり、その年の10月に一緒に知床に行きヒグマに街中で遭遇し(笑)、その翌年にはさとる・たけしの百笑コンビを知床に送り込み、それから半年ちょっとたった今、小浜でのシカ牧場構想が形になり始めているというのは、もう感動以外の何物でもあるまい。とにかく行動、躊躇せず恥を恐れず口にだし、行動に表してみるものだということをこの年になって再認識した。
敦賀まで移動して必殺必死のヨーロッパ軒のソースカツ丼で昼食。ヨーロッパ軒でメシを食べようという発想は私にはもうなかった。なおきやるなあ。
そして一路金沢へ。昨夜も結局2時だったのでさすがに眠く、高速道路に乗った直後に部座席でくかーっと寝てしまったのだが、よくよく考えたらこの構図は2年前、知床から雄武町へ向かうヨシキ号の中とほとんど同じではないか。ただ前に座る2人の左右が変わっただけだ。こういう付き合いもいいものである。
金沢ではベタベタながら兼六園へ。造園技術、庭師さんの技術がずばりストレートに観光資源になっている光景というのはやはり刺激をビンビン受ける。菖蒲がきれいだった。
ホテルにチェックインして香林坊へ。おじさんの居場所はないのですまんすまんと言いつつ片町へ。秋吉で焼き鳥を食ってから「金沢」というなんちゅうネーミング的な店へ。
天狗舞ときゃらぶき。絶品でありました。日本酒を飲むと明日に障るから1杯だけにしましょうといいつつ3杯飲んで、知床&なおきがタクシーでホテルに帰るのを見届けてからマクドでコーヒーを買い、コンビニで文春を買ってホテルに戻りましたとさ。
ホットコーヒーと風呂のセットで頭をしゃきんとしてまた机に向かうのでありました。
2012年6月7日木曜日
久々の
ゆっくりした時間に高松を発ち大阪へ。昨夜は結局2時近くまで添削をしていたのだが、相変わらず余裕はないので眠気と格闘しつつマリンライナー、ひかり、御堂筋線&北急、大阪モノレールと添削し続けて伊丹空港に到着。
ここで北海道の東の端あたりから来る大きな人を待ちつつさらに添削。
14時前、知床世界遺産さん到着。もはや出会いの感慨なし。笑。それは嘘で、やはり今年は知床に行かなかったというのは大きな穴であります。
大阪空港でタコ焼きにビール(私は焼酎ね)という大阪やったらこれやんけメニューで昼食代わりとし、高速バスで一路小浜へ。
17:30小浜到着。タクシーで我が家に向かい、一休みして「濱の湯」へ。みつこが待ち受けており、知床さんも再会を心から喜んでくれたようであった。^o^
濱の湯で久々の癒しタイム。窓から見る小浜湾の風景は本当に見飽きるほど見慣れた風景で、ここで初めて(我が家よりも)帰ってきたなあと実感するのでありました。
みつこも合流して居酒屋「秀」へ。なおき&たかしの市役所コンビとちゃらとまとことさとるが合流し、最後はたけしも合流してどわーっと小浜らしい弛緩的飲み会に突入。ああ帰ってきたなあ。
突出しのもずく酢が300円だけど特大の絶品岩ガキが450円というわけのわからない値段設定の相変わらずの秀タイムを楽しみ、我が家に一同繰り出してわいわいと二次会をして夜中にお開き。
久しぶりの小浜、久しぶりの仲間たち、そして久しぶりの女房の顔でありました。^o^;
2012年6月6日水曜日
2012年6月5日火曜日
高松一人居酒屋物語
朝のラッシュが終わるころ、江坂から新大阪へ。ここでバッグをコインロッカーに放り込んでボディバッグだけの軽装で尼崎へ行き、3時まで講義。終了後すぐに新大阪へ戻り、新幹線とマリンライナーを乗り継いで高松へ。
ところがここでトラブル発生。講義先ではボディバッグに入れたバイオとギャラタブ&メモ帳セットだけで添削したりメール処理したりしていたので、新幹線に乗ってバッグからレッツノートを取り出してまずはEvernoteの同期を…と思ったら、これがうまくいかない。同期しかけては止まってしまうのだ。
結局岡山まで、さらに岡山から高松までの間、ずっと失敗し続けていた。尼崎でバイオから入力した新規の添削依頼分がぜんぜん同期できていない。なんてことだ。
しかたがないのでギャラタブ&メモ帳で添削を続けつつ高松到着。ふとカレンダーを見ると先週の同じ日も高松に来ているじゃないか。なに週イチで来てんねん。
ホテルまでバスかことでんで移動しようかと思ったが、レッツノートのトラブルがあるのでタクシーで移動。ホテルに入り、すぐにレッツノートを有線LANで動かしてみるもやはりダメ。
しかたがないのでローカルのデータを消去してクラウド上から再ダウンロードすることにした。Evernoteはこれができるのがありがたい。
ここまでやって夕食に出る。すぐ近くの居酒屋へ。
いわしの刺身と蒲焼、はちくの煮つけ、かにみそ。そして生酒(土佐鶴)。久々の一人居酒屋を堪能しつつも添削だけはずっと続ける。
ところがここでトラブル発生。講義先ではボディバッグに入れたバイオとギャラタブ&メモ帳セットだけで添削したりメール処理したりしていたので、新幹線に乗ってバッグからレッツノートを取り出してまずはEvernoteの同期を…と思ったら、これがうまくいかない。同期しかけては止まってしまうのだ。
結局岡山まで、さらに岡山から高松までの間、ずっと失敗し続けていた。尼崎でバイオから入力した新規の添削依頼分がぜんぜん同期できていない。なんてことだ。
しかたがないのでギャラタブ&メモ帳で添削を続けつつ高松到着。ふとカレンダーを見ると先週の同じ日も高松に来ているじゃないか。なに週イチで来てんねん。
ホテルまでバスかことでんで移動しようかと思ったが、レッツノートのトラブルがあるのでタクシーで移動。ホテルに入り、すぐにレッツノートを有線LANで動かしてみるもやはりダメ。
しかたがないのでローカルのデータを消去してクラウド上から再ダウンロードすることにした。Evernoteはこれができるのがありがたい。
ここまでやって夕食に出る。すぐ近くの居酒屋へ。
いわしの刺身と蒲焼、はちくの煮つけ、かにみそ。そして生酒(土佐鶴)。久々の一人居酒屋を堪能しつつも添削だけはずっと続ける。
この時期はとにかく日常生活の中に常に添削があって、PCが打てる環境ならPCで入力していくが、それ以外はギャラタブとメモ帳で添削を続ける。レストランや喫茶店、公園のベンチ、駅のベンチ、電車の中、あるいは信号待ちのちょっとした時間など。はた目には大変そうに見える(あるいは異様に見える)ようだけど、慣れるとなんてことない。まあ1日の終わりは絞り切ったゾーキン状態になるけどね。
でもギャラタブとメモ帳のほうがPCより目は疲れないのは確かです。
ホテルに戻り、いつものように洗濯しながら入浴して部屋に戻ってみると、なんてことだクライアントデータベース更新はまだ7%。こりゃあ24時間以上かかるぞ。
ホテルが連泊なのでレッツノートを動かしっぱなしにできるのが幸いである。
そして何よりバイオとレッツノートのPC2台持ちで移動しているので、片方が使えなくてももう片方で仕事が続けられるのがありがたい。冗長化ですね。
バイオだと画面が小さく字が小さいので目が疲れるのだが(レッツノートも画面が10インチしかないから小さいけど)、まあ許容範囲である。
ということで、添削作業自体は滞りなく進み、12時にはすかっと就寝できたのでありました。
ホテルに戻り、いつものように洗濯しながら入浴して部屋に戻ってみると、なんてことだクライアントデータベース更新はまだ7%。こりゃあ24時間以上かかるぞ。
ホテルが連泊なのでレッツノートを動かしっぱなしにできるのが幸いである。
そして何よりバイオとレッツノートのPC2台持ちで移動しているので、片方が使えなくてももう片方で仕事が続けられるのがありがたい。冗長化ですね。
バイオだと画面が小さく字が小さいので目が疲れるのだが(レッツノートも画面が10インチしかないから小さいけど)、まあ許容範囲である。
ということで、添削作業自体は滞りなく進み、12時にはすかっと就寝できたのでありました。
2012年6月4日月曜日
大阪また来た物語
昨日の朝大阪に行って、昨日の夕方大阪を出て、今日の夜大阪に着いた。まったく何をやっているのだ。
八王子で朝を迎え、中央線と武蔵野線を乗り継いで企業での講義を3時過ぎまで。
東京も周遊券の圏外に行くとこんなに緑があるのだ。というか、緑と向こうに見える近代的な建物がマッチして、なかなかいい風景じゃないか。
終了後、すぐに移動。なんだか聞いたこともないような路線と駅を通り過ぎ、とにもかくにも新横浜に着いた。6時前の新幹線で新大阪へ。昨日と同じような時間に、昨日は東へ今日は西への移動である。
伊吹山を通過。デジャブかい!まったく何をしてるんだ私は的な状況の中だが、今日はなぜか集中力が持続しており、東京からずっと添削をしている。
新大阪駅へ到着し、腹が減っていたので何も考えずに新大阪駅の皇蘭へ。食べながら気が付いたのだが、昨夜も日高屋のタンメンと半チャーハンだった。食べたものすら覚えていないのか私は!
いつものように江坂のサニーストンホテルにチェックインして洗濯して入浴して添削して今に至る。
今日は休肝日…と思っていたが気が付いたら角瓶ミニボトルを買っていた。^o^;
八王子で朝を迎え、中央線と武蔵野線を乗り継いで企業での講義を3時過ぎまで。
東京も周遊券の圏外に行くとこんなに緑があるのだ。というか、緑と向こうに見える近代的な建物がマッチして、なかなかいい風景じゃないか。
終了後、すぐに移動。なんだか聞いたこともないような路線と駅を通り過ぎ、とにもかくにも新横浜に着いた。6時前の新幹線で新大阪へ。昨日と同じような時間に、昨日は東へ今日は西への移動である。
伊吹山を通過。デジャブかい!まったく何をしてるんだ私は的な状況の中だが、今日はなぜか集中力が持続しており、東京からずっと添削をしている。
新大阪駅へ到着し、腹が減っていたので何も考えずに新大阪駅の皇蘭へ。食べながら気が付いたのだが、昨夜も日高屋のタンメンと半チャーハンだった。食べたものすら覚えていないのか私は!
いつものように江坂のサニーストンホテルにチェックインして洗濯して入浴して添削して今に至る。
今日は休肝日…と思っていたが気が付いたら角瓶ミニボトルを買っていた。^o^;
2012年6月3日日曜日
大阪タッチして帰った物語
8:30過ぎの名古屋駅発のぞみで大阪へ。
10時から17時まで大阪でセミナー。
17:30の新大阪駅発のぞみで新横浜へ。横浜線に乗り換えて八王子へ。
名古屋→大阪→八王子っていったい何をしてるんやという気もするが、セミナー依頼を断らないとこうなるのである。^^;
大阪セミナーが終わって新大阪駅へ向かう途中、JRをまたぐ歩道橋の上から。
この光景はもう何度見たことやら。
ある時は受講生さんの相談を聞きながら。ある時はSUKIYAKI塾講師と談笑しながら。でも圧倒的に多くは自分一人でセミナーを終えたけだる~い気分の中でぼんやりと。これもまた人生である。
伊吹山。関ヶ原の近くにあるのだが、北陸と中京の境目にある。だからここは自分にとってはツアーの出入り口みたいな面もある。これを横目に見ながら素通りして東京に向かう。
八王子に着いたら9時前だった。さすがに腹が減ったのでホテルまでの道すがら何か食うところはないかと思って見たら富士そばがあった。例の醤油を薄めた汁の中にうどんをぶちこんである店だ。ソッコーでパスして先へ行くと松屋があった。これはちょっとさみしい気がしたのでこれもパスして先へ行くと、日高屋があった。って、ここは巣鴨かい!と突っ込みつつ、しかしこの先にはもう何もなさそうなのでここでタンメンを食べた。って、ここは巣鴨かい!
10時から17時まで大阪でセミナー。
17:30の新大阪駅発のぞみで新横浜へ。横浜線に乗り換えて八王子へ。
名古屋→大阪→八王子っていったい何をしてるんやという気もするが、セミナー依頼を断らないとこうなるのである。^^;
大阪セミナーが終わって新大阪駅へ向かう途中、JRをまたぐ歩道橋の上から。
この光景はもう何度見たことやら。
ある時は受講生さんの相談を聞きながら。ある時はSUKIYAKI塾講師と談笑しながら。でも圧倒的に多くは自分一人でセミナーを終えたけだる~い気分の中でぼんやりと。これもまた人生である。
伊吹山。関ヶ原の近くにあるのだが、北陸と中京の境目にある。だからここは自分にとってはツアーの出入り口みたいな面もある。これを横目に見ながら素通りして東京に向かう。
八王子に着いたら9時前だった。さすがに腹が減ったのでホテルまでの道すがら何か食うところはないかと思って見たら富士そばがあった。例の醤油を薄めた汁の中にうどんをぶちこんである店だ。ソッコーでパスして先へ行くと松屋があった。これはちょっとさみしい気がしたのでこれもパスして先へ行くと、日高屋があった。って、ここは巣鴨かい!と突っ込みつつ、しかしこの先にはもう何もなさそうなのでここでタンメンを食べた。って、ここは巣鴨かい!
2012年6月2日土曜日
名古屋手羽先物語
今日はSUKIYAKI塾名古屋出刃先の会、うわぁ!なんてタイプミスだ!手羽先の会の初セミナーである。もうずいぶんと前からともともさんはこの日のために生きてきたのだ。
なのに会場すらまともに覚えていない困りものの講師は、とまとさんにヘルパーさんのように付き添われてよたよたとウィルあいちに現れたのでありました。
で、そのセミナーは滞りなく終わって、今日こそは「山ちゃん」で打ち上げ。
昨夜の前夜祭ですでに半分以上バーンアウトしていた皆さんは、この日は早々に切り上げ、まだまだ飲みたそうにウロウロしている東京から来た変なおじさんを残して解散したのでありました。笑。
名古屋駅のマーメイド・カフェでコーヒーを飲み、ギャラタブとバイオで少し添削(本当にせっぱつまってくるとメモ帳経由でPC入力する一手間が惜しくなってくるのだ)していたらしゃきっとしたので、ホテルに戻って鬼のように添削。
こういうSUKIYAKI塾の会のセミナーは本当にいい気分転換にもなる。自分一人だけでセミナーと添削と移動の繰り返しだったらストレスがたまるだろう。私は繊細なのだ。
なのに会場すらまともに覚えていない困りものの講師は、とまとさんにヘルパーさんのように付き添われてよたよたとウィルあいちに現れたのでありました。
で、そのセミナーは滞りなく終わって、今日こそは「山ちゃん」で打ち上げ。
![]() |
| 久々の手羽先であります。やっぱりうまい。 でも名古屋以外で入ろうと思わない店だ。^^; |
![]() |
| 締めはざるきしめん。まあ味は完全にひやしうどんです。 |
![]() |
| 講師集合。 |
![]() |
| この格好で歩くと職質を受けます。 |
名古屋駅のマーメイド・カフェでコーヒーを飲み、ギャラタブとバイオで少し添削(本当にせっぱつまってくるとメモ帳経由でPC入力する一手間が惜しくなってくるのだ)していたらしゃきっとしたので、ホテルに戻って鬼のように添削。
こういうSUKIYAKI塾の会のセミナーは本当にいい気分転換にもなる。自分一人だけでセミナーと添削と移動の繰り返しだったらストレスがたまるだろう。私は繊細なのだ。
2012年6月1日金曜日
名古屋えびふりゃー物語
予定より少し早いバスで鹿児島空港へ。展望台に一直線。
見えました。霧島連峰。だいたい写真真ん中ちょっと左が新燃岳です。これで雲仙・阿蘇・桜島・霧島とまあひとまず制覇したことになる。
今からわずか20年前の雲仙普賢岳の大火砕流、100年にならない桜島の大正大噴火、これらは本当に災害は身近にあることを教えてくれるし、大きな島が陸続きになったり広大な土地が焼け野原になったりして、当たり前のようにずっと続くと思っているものがある日突然変わったりすることを教えてくれる。
そして阿蘇の豊かな地下水は自然の両面を見せてくれる。本当に勉強になりました。
昼前に鹿児島空港を離陸。行ったり来たりしたけど九州にひとまず左様ならである。
ふと見ると、座席に備え付けの「翼の王国」が6月版になっていた。今号は利尻の話が載っている。ここもいつか行ってみたいところだ。
鹿児島から名古屋というのは、ほとんど海の上で面白くない。しかしすでに晴れ男となった私の眼下には、雲は散り散りにしか浮かんでいないのである。わはは。
中部国際空港から名古屋へ。とりあえずホテルにチェックインして、今度は自転車を借りて名古屋駅に戻り、「アーティスト・イン・レジデンス」の打ち合わせをしんこさんと。
昼食を食べていないので必殺必死の「あんかけスパ」を食べた。ていうか、パスタにデミグラスソースぶっかけて目玉焼き乗せてえびふりゃー乗せて、あんたそりゃもうすぱげってぃやないがね。
その後、自転車すっ飛ばして大須へ行ってまちあるきを楽しみ、ホテルに戻ってから名古屋駅でいつものメンバーにとまとさんも合流したみんなと待ち合わせ。
場所をよく覚えていないのだが、クレヨンさんが段取りしたナントカという名古屋離れしたおしゃれな名前の店でビフォー。通りに面して開け放たれた、なかなか気分のいい店である。
考えてみれば名古屋で手羽先以外のものを食べ、ホッピー以外のものを飲んで夜を終えたのは初めてかもしれない。^^;
見えました。霧島連峰。だいたい写真真ん中ちょっと左が新燃岳です。これで雲仙・阿蘇・桜島・霧島とまあひとまず制覇したことになる。
今からわずか20年前の雲仙普賢岳の大火砕流、100年にならない桜島の大正大噴火、これらは本当に災害は身近にあることを教えてくれるし、大きな島が陸続きになったり広大な土地が焼け野原になったりして、当たり前のようにずっと続くと思っているものがある日突然変わったりすることを教えてくれる。
そして阿蘇の豊かな地下水は自然の両面を見せてくれる。本当に勉強になりました。
昼前に鹿児島空港を離陸。行ったり来たりしたけど九州にひとまず左様ならである。
ふと見ると、座席に備え付けの「翼の王国」が6月版になっていた。今号は利尻の話が載っている。ここもいつか行ってみたいところだ。
鹿児島から名古屋というのは、ほとんど海の上で面白くない。しかしすでに晴れ男となった私の眼下には、雲は散り散りにしか浮かんでいないのである。わはは。
昼食を食べていないので必殺必死の「あんかけスパ」を食べた。ていうか、パスタにデミグラスソースぶっかけて目玉焼き乗せてえびふりゃー乗せて、あんたそりゃもうすぱげってぃやないがね。
その後、自転車すっ飛ばして大須へ行ってまちあるきを楽しみ、ホテルに戻ってから名古屋駅でいつものメンバーにとまとさんも合流したみんなと待ち合わせ。
場所をよく覚えていないのだが、クレヨンさんが段取りしたナントカという名古屋離れしたおしゃれな名前の店でビフォー。通りに面して開け放たれた、なかなか気分のいい店である。
![]() |
| おかしなサイズのハンバーガーをほおばる気の毒な人。 |
2012年5月31日木曜日
鹿児島チェリー物語
鹿児島にて朝からセミナー。
終了後、Hさんが桜島を身に連れて行ってくれた。
西郷さんの銅像。やっぱり鹿児島はこれですねえ。噴火する桜島、芋焼酎、示現流、薩長連合、そしてせごどん。こういった無骨なイメージが強い。
と思っていたら、篤姫がなぜかメガネをかけて西郷さんと一緒に。バスの名前はあっちゃん号。
…鹿児島って意外に軽くないか?
鹿児島港からフェリーで桜島へ渡る。一般乗客は150円、自動車1,500円。15分もあれば着くという。そして何より驚いたのは、10分か15分間隔でフェリーが出ていること。それだけ頻繁な往来があるのだ。
桜島に向かうフェリーは「チェリー・クイーン」号という。
私:「チェリーって何?」
Hさん:「桜島の桜です」
私:「あ…そうか…(黙)」
見ると、煙突のてっぺんには王冠があしらってあった。^o^;
やっぱり鹿児島って意外と軽くないか?
フェリーが頻繁に行ったり来たりしているのですれちがいも頻繁。ちょうどすれ違った別のフェリーの名前はプリンセスマリン号。プリンセス、桜島大根を持っています。
…やっぱり鹿児島って意外と…
展望デッキから見る桜島はどんどん大きくなってくる。噴煙は南東(写真では右側)に流れている。
他の乗客は日常の往来とみえて、客室や自動車の中で時間をつぶしていたようだ。
烏島展望台へ。桜島は大正3年(1914年)の大噴火で大量の溶岩が流れ出て、東のほうで大隅半島とつながってしまったのだが、そのときこの西側にも溶岩が押し寄せ、烏島という島を埋めてしまったということだ。この大噴火による死者は63人にのぼったという。
道路や駐車場は灰が除けてあるが、道路の隅や土の部分は灰がうっすらと積もり、歩くとシャリシャリいう。サラサラでもジャリジャリでもなくシャリシャリという感じですね。
大正時代の溶岩。桜島の溶岩は科学組成にやや幅があって安山岩~デイサイトのあたりに位置するそうだ。つまりけっこう粘り気があるわけですね。それでこんなに広範囲に溶岩が流れるのはすごい。
溶岩の広がり。右上と下のこげ茶色が大正溶岩、右上のほうの赤が昭和溶岩。この昭和溶岩を出した昭和火口が現在も噴煙を上げている。
展望台付近の施設とその向こうの溶岩台地。全体に灰をかぶっている。
烏島展望台からの桜島。昭和火口からまた新しい噴煙が上がり、東に広がっていく。
なんかここで長淵剛が野外コンサートを開いたとかで、その記念モニュメント。これも灰をかぶっていました。^^;
ふと見上げるとまた新たな噴煙がもこもこと。何の音も振動もないのが不思議な感覚だ。
有村溶岩展望所から。噴煙が白くなってきた。火山灰でなく水蒸気が主体のようだ。
大隅半島の「道の駅たるみず」から。昭和火口から水蒸気が上がっているのが見える。
堪能してフェリーで鹿児島に戻る。右が桜島に向かうフェリー、その向こうに種子島から来たものと屋久島から来たものの2隻のフェリーが見える。海の往来の活発な港なのだ。
鹿児島中央駅で一度降ろしてもらい、ぶらぶら添削しながら歩く。ちょっと裏路地に入ると灰がいたるところにある。
少し水を含むとこんなふうに真っ黒になる。道路のアスファルトや白線、歩道から家の屋根に至るまで火山灰のフィルターがかかっていて色がくすんでいる。もちろん空気は埃っぽい。
灰とともに暮らす生活なんだなあと思う。いつも一緒にいると意識しなくなるものだが、おそらく道の隅っこの灰にいちいち目を見開いているのは外から来た人間だけなんだろう。
その地元の人には当たり前で来訪者は「おっ」と思うもの、それをうまくアレンジしていくと観光資源になったりするのだろうな。
夜、鹿児島中央駅からほど近い、感じのいい店でみなさんと夕食。芋焼酎、大変おいしくいただきました。
昨年があわただしかっただけに、今回の桜島ショートツアーは実に楽しめたし、Hさんには本当に感謝である。今度はプロレスの話で盛り上がろうね。笑。
終了後、Hさんが桜島を身に連れて行ってくれた。
西郷さんの銅像。やっぱり鹿児島はこれですねえ。噴火する桜島、芋焼酎、示現流、薩長連合、そしてせごどん。こういった無骨なイメージが強い。
と思っていたら、篤姫がなぜかメガネをかけて西郷さんと一緒に。バスの名前はあっちゃん号。
…鹿児島って意外に軽くないか?
鹿児島港からフェリーで桜島へ渡る。一般乗客は150円、自動車1,500円。15分もあれば着くという。そして何より驚いたのは、10分か15分間隔でフェリーが出ていること。それだけ頻繁な往来があるのだ。
桜島に向かうフェリーは「チェリー・クイーン」号という。
私:「チェリーって何?」
Hさん:「桜島の桜です」
私:「あ…そうか…(黙)」
見ると、煙突のてっぺんには王冠があしらってあった。^o^;
やっぱり鹿児島って意外と軽くないか?
フェリーが頻繁に行ったり来たりしているのですれちがいも頻繁。ちょうどすれ違った別のフェリーの名前はプリンセスマリン号。プリンセス、桜島大根を持っています。
…やっぱり鹿児島って意外と…
展望デッキから見る桜島はどんどん大きくなってくる。噴煙は南東(写真では右側)に流れている。
他の乗客は日常の往来とみえて、客室や自動車の中で時間をつぶしていたようだ。
烏島展望台へ。桜島は大正3年(1914年)の大噴火で大量の溶岩が流れ出て、東のほうで大隅半島とつながってしまったのだが、そのときこの西側にも溶岩が押し寄せ、烏島という島を埋めてしまったということだ。この大噴火による死者は63人にのぼったという。
道路や駐車場は灰が除けてあるが、道路の隅や土の部分は灰がうっすらと積もり、歩くとシャリシャリいう。サラサラでもジャリジャリでもなくシャリシャリという感じですね。
大正時代の溶岩。桜島の溶岩は科学組成にやや幅があって安山岩~デイサイトのあたりに位置するそうだ。つまりけっこう粘り気があるわけですね。それでこんなに広範囲に溶岩が流れるのはすごい。
溶岩の広がり。右上と下のこげ茶色が大正溶岩、右上のほうの赤が昭和溶岩。この昭和溶岩を出した昭和火口が現在も噴煙を上げている。
展望台付近の施設とその向こうの溶岩台地。全体に灰をかぶっている。
烏島展望台からの桜島。昭和火口からまた新しい噴煙が上がり、東に広がっていく。
なんかここで長淵剛が野外コンサートを開いたとかで、その記念モニュメント。これも灰をかぶっていました。^^;
ふと見上げるとまた新たな噴煙がもこもこと。何の音も振動もないのが不思議な感覚だ。
有村溶岩展望所から。噴煙が白くなってきた。火山灰でなく水蒸気が主体のようだ。
大隅半島の「道の駅たるみず」から。昭和火口から水蒸気が上がっているのが見える。
堪能してフェリーで鹿児島に戻る。右が桜島に向かうフェリー、その向こうに種子島から来たものと屋久島から来たものの2隻のフェリーが見える。海の往来の活発な港なのだ。
鹿児島中央駅で一度降ろしてもらい、ぶらぶら添削しながら歩く。ちょっと裏路地に入ると灰がいたるところにある。
少し水を含むとこんなふうに真っ黒になる。道路のアスファルトや白線、歩道から家の屋根に至るまで火山灰のフィルターがかかっていて色がくすんでいる。もちろん空気は埃っぽい。
灰とともに暮らす生活なんだなあと思う。いつも一緒にいると意識しなくなるものだが、おそらく道の隅っこの灰にいちいち目を見開いているのは外から来た人間だけなんだろう。
その地元の人には当たり前で来訪者は「おっ」と思うもの、それをうまくアレンジしていくと観光資源になったりするのだろうな。
夜、鹿児島中央駅からほど近い、感じのいい店でみなさんと夕食。芋焼酎、大変おいしくいただきました。
昨年があわただしかっただけに、今回の桜島ショートツアーは実に楽しめたし、Hさんには本当に感謝である。今度はプロレスの話で盛り上がろうね。笑。
登録:
投稿 (Atom)


















































