2025年6月11日水曜日

ハトチュー

今日もオフ日。本来なら今日伊丹空港行きの飛行機で帰るのだが、明日大阪で家族と合流して明後日万博に行くというスケジュールなので、だったら1日沖縄でゆっくりしようと思ったわけだ。

で、どうしようかなと思ったのだけれど、石西礁湖で唯一行っていない鳩間島に行くことにした。正確に言うと新城島にも行ったことがないのだけれど、ここは一般人はいけないので、鳩間島が最後の未踏の島になる。離島ターミナルから1時間ちょっと、小さな鳩間島が見えてきた。(写真左側。右側は石垣島)

慎ましやかなターミナルがある港に到着。すぐ近くが集落で、後は何もない。

歩いているとこんなガジュマルが普通に生えている。誰かが笛でも吹いているのかなと思う音がずっと聞こえる。

御嶽があちこちにあるのだが、ほとんどが立ち入り禁止。写真を撮るのも憚られる。

低い島の中でも一番の高台にあるのが遠見台。ここが鳩間島の中心だ。

登って辺りを見渡す。鳩間島といえばやえもん、その鳩間島に来たからには、やえもんに負けてはいられない。鳩間島の中心で愛を叫ぼう。

電線の上に大量の鳩。ズアカアオバトとのことで、鳩間島の名前の由来らしい。ずっと聞こえていた笛の音のような鳴き声はこの鳩の鳴き声だということがわかった。とにかく島のあちこちにいっぱいいる。

島の一周道路を歩くことにした。途中大きなヤドカリ出現。結局誰にも会わずにずっと歩いた。

途中のビーチを見渡す岩の上で、汗になった T シャツを脱いで少しでも乾かそうと干しつつ、離島ターミナルで買ってきた握り飯を頬張る。なんか今回離島巡りはこんなシチュエーションばかりだ。

こんなビーチを一人占めできるから贅沢といえば贅沢。寝っ転がってやろうと思ったけれど、絶対熱中症になるなと思ったからやめた。

ようやく集落に戻り、開いていたカフェでぜんざいを食べたかったのだけれどかき氷しかなかったからせめてマンゴー味。そしてやめればいいのにシークヮーサーサワー。

さらに調子が出てマンゴー(だったかな?)サワー。テーブルに足を投げ出してぼんやりしていると、もう何もする気が起こらなくなってくる。

結局今回も船の時刻よりずっと早く船着場に行って、風に吹かれながらこのベンチに座って、それでもワーカーホリックな私は添削をしていたのでありました。

4時半前、船が到着。9時過ぎから7時間島にいた。時間は確かにゆっくり流れていた。

石垣島に到着。さすがに今日は飲まないとなと思ってホテル近くの居酒屋へ。

ほろ酔い加減でホテルに戻ると、ちょうど日没だった。ちなみにこの撮影時刻は19時20分です。

2025年6月10日火曜日

石垣島の夜は更けて

今日は石垣島セミナーだが、午前中はフリー。離島ターミナルに6時半からやっている食堂があるので八重山そばの朝食。

朝9時、離島ターミナルはあちこちの島に行く人たちで賑わっていた。具志堅用高像に群がる子供たち。

昼前にいつもお世話になる大知企画の社長さんといっちーがホテルに来てくれて、そのまま昼食。定番のアンブレラの牛そば。

大知企画さんの会議室をお借りしてセミナー。社屋屋上からこの風景を眺めるのが定番なのだが、今日は竹富島が見えるくらいで、西表島はかすかに見える程度だった。

終了後は懇親会。さらに二次会。いっちーはこのために来たとしか思えないくらい元気。^o^

2025年6月9日月曜日

多良間島行

今日はオフ日で、夕方遅い便で石垣島に移動すればいいので、多良間島に日帰りで行ってくることにした。いつも宮古島と石垣島の間を飛んでいる時に丸くて平たい、宮古島のようなパッチワーク模様の島が見えていて、いつか行ってみたいと思っていたのだ。

9時半頃の飛行機で宮古島空港を出発。フライト時間はたったの15分。シートベルトのサインが消えることもなく、飲み物が提供されることもなく、あっという間に着いてしまった。予想以上に平たい島だ。

空港でレンタカーを借りた。免許証は見せず自分で免許証番号を書く。保険の説明も傷の説明もなし。駐車場に気をつけたまま置いてある車に乗っていけばいい。カーナビもついていない現場車っぽい軽バンで多良間島周遊を開始。ちなみにこの30分後、謎の振動が起こり始め警告灯がついて別の車に交換となった。^⁠_⁠^;⁠)

空港を出たらすぐまもる君…じゃなくてつよし君とヤギが並んでいた。
島が一望できる遠見台台があるということなので、行ってみたら改修中で立ち入り禁止。近くに古い遠見台があるようなので、行ってみたら草ボーボーで入れず。ならばと民族学習館に行ってみたら月曜日で休み。そうこうするうちに昼前になったので、ネットで評判のいい食堂に行ったら漁に出るから休みとのこと。

何もすることがなくなってしまったので、呆然と海を見ながら宮古島から持ってきていたおにぎりを食べた。トホホな私に、海はびっくりするくらい美しかった。

ここだけは行けたのが、ナガシガー。この島も全面的に石灰岩だから、水にはきっと苦労したのだろう。宮古島のような地下ダムもできないそうで近々大きなため池を作ると聞いた。

そんな中で印象的だったのは抱護林。18世紀に林政施策で作られ、防風・防潮・防火・土砂流出予防。温度湿度調節などの役割を持っていて今でも効果を保っているとのこと。真っ平らな島だからなあ。フクギが主体だそうで、他の島ではほとんど消滅していて県下で唯一の貴重な遺産だと書いてあった。ここに今日一番感心したかな。

もう回るところもなくなったので、村の観光協会が運営しているらしいコワーキングスペースで1時間以上過ごし、あまり長くいても悪いので、予定より1時間早いけれど空港で過ごすことにした。車はキーをつけっぱなしで駐車場に置いておけばいいそうだ。
空港の待合室は昔の石垣島空港を思い出すような。非常にアットホームな雰囲気。

再び15分間のフライトで宮古島空港に帰還。

30分のトランジットで、今度は石垣島へ。どこからどう見ても多良間島から帰ってきた飛行機と同じ飛行機。
30分のフライトで石垣島に到着。もうどこに行くのも面倒くさかったので、ホテルの隣のファミマで酒と食い物を買って、とにかく今日は寝ることにした。

2025年6月8日日曜日

梅雨明け

朝8時の飛行機で那覇空港から宮古空港へ。

視界不良のため、那覇空港に引き返すか、石垣島空港へ向かう(ええっ?)可能性ありと脅されていたのだが、何のことは良い天気ではないか。
空港にみゃーくさんが来てくれていて、セミナー会場に直行。今日の受講生は一人である。^⁠_⁠^;⁠)
非常にアットホームな中、農業部門農業農村工学科目に特化した講義を予定通り3時間。

昼食は「あぱら樹」で宮古そば。最初に宮古島に来た時に夕食を食べた店だ。懐かしい。三枚肉とソーキと蒲鉾とテビチ、全部乗せの豪華そばを食べる。

島の駅に連れて行ってもらって、ここで一旦みゃーくさんと別れ、土産を買って送り、フードコートでアイスコーヒーを飲みながら少しデスクワーク。そこからホテルまで歩いて1.5km くらい。
暑い。気温は30℃そこそこしかないのだが、湿度が高いのと日差しが強い。あっという間に汗だく。日差しが強すぎてスマホの画面がよく見えず、何より頭が働かす、歩き添削も無理。
なんとかホテルに到着して、洗濯機と乾燥機が一式あるのを幸いとすぐに洗濯しながら風呂に入った。家庭用洗濯機なので、これをスピーディーにセットして、そしてガス乾燥機に入れたら30分そこそこで乾燥も終了。
涼しい室内でデスクワークを夕方まで。

外は光が弾け飛んでいる。かつてない早い梅雨明けらしい。
夜はみゃーくさん、ヤザワさん、受講生の方と4人で。たくさん飲んだ。
ホテルに戻って再び洗濯と風呂。少し仕事をしようかなと思ったが、本当に少しだけで眠くなったのでそのまま就寝。

2025年6月7日土曜日

SUKIYAKI塾沖縄セミナー

SUKIYAKI塾沖縄セミナー。雨の予報だったけれど、朝起きてみたらけっこう明るいので、歩いておもろまちの会場まで。途中から晴れてきてじりじりと熱く、汗だくになってしまった。毎回同じことを繰り返しているような気がする。

会場の下の谷地にいつもヤギが放し飼いで草を食んでいるのだが、今日はいないなと思ったら小屋の中にいた。暑くてやる気がないのだろうか。
セミナーは午前中講義、午後個別指導。

夕方、久茂地で懇親会。さらに安里に移動してひーじゃー。なぜかひーじゃーの写真しかない。集合写真ほしいなあ > いっちー
今回はSUKIYAKI塾北海道からnaoさん、東京からitavaxさん、ガジュマルさん。なんともコワモテ揃いだったが、楽しんでくれたようだ。

2025年6月6日金曜日

伊是名島行その2

帰りのフェリーは13時なので、午前中に伊是名島をもう一回り。

「龍の口」という、山のてっぺん近くのチャートが龍の口のような形になっているところ。高さは大したことないのだが、とにかく道がわかりにくく、帰りはしかり迷った。^o^;

下からみるとこんな感じ。右側から登ったのに、なぜかまっすぐ降りようとしてしまった。

伊是名城跡の近くから海岸を眺める。サンゴ礁がきれいだ。晴れていたらもっと青くてきれいなのだろうな。

港近くでレンタカーを返して昼食。味噌汁をいただいた。これも私が沖縄で好きなメニューだ。
運天港まで再び1時間、途中、首里で買い物したりしたあと壺川の東急ステイへ。
夜は前島のなつかしい「海のちんぼらぁ」で前夜祭。

2025年6月5日木曜日

伊是名島行その1

予定より1日早く沖縄に来てしまったのでどうしようかなと思ったのだが、この機会に離島を攻めようと思い立ち、伊是名島に行くことにした。

今帰仁の運天港からフェリーに乗って1時間ほど。観光客と仕事の人が半々くらいかな。

伊是名島が見えてきた。思ったより短い旅だった。那覇から運天港のほうがよほど時間がかかった。

伊是名島のターミナル。そこそこの規模だ。

よく見ると「ハブのいない伊是名島」と書いてある。それがウリの1つなんだろうな。でもけっこう高そうな山がいくつかあったが…

レンタカーを借りてあれこれ回ってみた。これは「神の座」。たまのてっぺん近くに岩場が飛び出している。登山道というか遊歩道があるので行ってみた。

けっこう高いのよこれが。もう汗だくである。岩場そのものは周辺との比高差は10mもなく、この上に座って風に吹かれてみるのもいいかなとも思ったが、何せ陽光がじりじりと熱いので、そそくさと降りた。

陸ギタラ。ギタラの意味はわからないが、とにかくみょーんと飛び出た岩だ。この岩も先ほどの神の座もチャートだ。沖縄と言えば石灰岩みたいな印象があったが、考えてみたら伊是名島はやんばるの隣だから、ずっと古い時代の地層なのだろうな。

こちらは海ギタラ。ここで思いついて地図をみると、北北西くらいから南南東に向かって山やこういった岩が連なっていて、きっとこれがチャートの層準なんだろうなと思った。
こういう高い山もあるため、沖縄にしては水は豊富なようで、なんと水田もあった。

珊瑚を積み重ねた塀。これが残っている島は沖縄でもほとんどないのだとか。

これも文化財・伊是名の神アサギ。祭祀場らしいが、腰をかがめても入れないくらい低い。

尚円王の銅像。琉球王朝の中興の祖とされる人物で、伊是名島出身なのだそうだ。このことが伊是名島の人たちの大きな誇りになっているのだろうな。
夕方、「なか川館」に投宿したのだが、「部屋のクーラーが壊れた」とのことで、隣の「いずみ荘」の部屋を使ってくれとのことで、部屋風呂はないが、他に宿泊者もいないので使い放題だった。宿泊者は観光客も若干いるものの、大部分は仕事で来ている人たちのようだった。

屋外で洗濯と乾燥。ガス乾燥機なので時間がかからないのはいいことだ。

洗濯・乾燥待ちの時間、屋外テーブルで夕涼みしながら添削。なかなかに快適な時間だった。

2025年6月4日水曜日

大阪経由で沖縄へ

9時半の電車で小浜を出発し、敦賀からサンダーバードで新大阪へ。

久々の皇欄。不動の美味さだ。御堂筋線で本町まで移動して、土木学会の筆記試験講座。
いつもならこのまま本町の東急ステイに泊まるのだが、今回は万博のせいもあってかバカ高いので、予定より1日早く沖縄に行ってしまうことにした。

本町から御堂筋線で天王寺へ、さらに「はるか」で関西空港へ。伊丹空港からの沖縄便がないのでここに来るしかないのだが、久々の関空である。

19時前に関空を離陸。離陸後すぐに寝てしまった。

22時半ごろ那覇空港到着。もうターミナルにはほとんど誰もいない。
あまりに面倒なのでタクシーで壺川の東急ステイに直行。とにかく寝た。

2025年6月3日火曜日

快適な散歩タイム

今日は珍しく用事も入っておらず、一日デスクワーク。練習問題作成など、あれこれあるのだ。

夕方、さすがに倦んじ果てて海岸へ。甲ヶ崎まで往復5kmほど、音楽を聴きつつ風景を眺めつつ添削やりつつ歩く。これがやっぱり快適で、わざわざこの徘徊タイムまで添削仕事だけ残してデスクワークをやったりしている。

2025年6月2日月曜日

小浜に帰ると忙しい

小浜にゆっくり帰る。というか、敦賀~小浜間が、朝7時台の次はもう昼前しかないので、急いで帰りようがないのだ。

ということで、川べりの風景を楽しみながらゆっくり金沢駅へ。今日もいい天気で暑く、Tシャツ1枚でちょうどいい。
昼過ぎに小浜駅到着。タクシーで急いで帰宅して上根来に片付けに。そして夜はNPOとしての補助金審査委員会。
やっぱり帰ってくるとあれこれ忙しいな。

2025年6月1日日曜日

そして北陸セミナー

SUKIYAKI塾北陸セミナー。いつもの勤プラ。

終了後、金沢駅へ。日曜日の夕方のこととて、けっこうすいている。
駅ビルの八兆屋で懇親会。終了後、金沢にもう1泊。小浜に帰ろうと思えば帰れるのだが、ちょっとくらいはゆっくりしたいのだ。