2014年9月21日日曜日

南半球より友来る

午前中、小浜小学校で「レッツゴーのちせチャレンジ隊」の「アウトドアクッキング」。
火起こし体験でたき火を作り、焼きバナナと焼きマシュマロを食べるのだが、もう10年以上毎年やっている。3年ほど前からは私個人の講師協力ではなく、警察協助員会の行事にしていて、協助員会としても貴重なふれあい活動になっていると思うし、行事としてもスタッフ人数が増えて子どもたちとのふれあい密度も上がっていると思っている。

火起こし中。いつも子どもたちだけでは無理なので、
大人との協働作業になっている。今年は休日の開催
であったこともあり、保護者がたくさん参加してくれた。
焚火で焼きバナナを作る。バナナにアルミホイルを巻いた
だけのものを熾火に入れて5分ほど。皮手でつかんでみて
フニャフニャになったらできあがり。酸味と甘みがうまい。
焼きマシュマロはバーベキューの定番。ちょっと遠火で
じっくりあぶり、少しだけ色がついたころが食べごろだ。
活動風景。いい天気でよかった。
去年は災害ボランティア活動の合間だったのでバタバタだった記憶があるが、今年は例年になく段取り良く活動が進み、昼前に全部片付けられた。
帰宅して片付け、女房とキッチンラグーでランチして、家の掃除に精を出した。
夕方、ニュージーランドのタウポ小学校一行が到着。ビルもトレーシーも1年ぶり。
トレーシーを我が家に迎え、焼き肉で夕食のあと、あれこれ雑談。前回彼女がステイしたのは2年前だが、その後のいろんなことを話した。南半球に友がいることは嬉しいことだなあ。

2014年9月20日土曜日

便利なグッズとワクワク感

今日は旭座の片付けに行ってきた。3年間あれこれやってきたけど、やっと区切りがついた。誰よりも会長のばたやんにご苦労様でしたと言いたい。本当にご苦労様でした。
移転新築の後がまたあれこれ大変だと思うけど、また一緒にがんばりましょう。

話は変わるが(というか今日の本題だが)、小浜唯一の家電量販店は「100満ボルト」という店だ。福井市に本社がある会社だが、2年前にこの店名に名古屋手羽先の会の面々は爆笑していた。
それはまあどうでもいいが、先日、1日に2回もここに行って買い物をする羽目になった。
1回目はスマホのハンズフリー用Bluetoothヘッドセットを買いに。3,000円程度だった。
2回目は女房と電子レンジとオーブンが一緒になっていて、だけど茶碗蒸しもできる、ヨクワカラナイモノを買いに。その時になんだかイキオイがついて、Bluetoothスピーカーを買った。
ヨクワカラナイ電子レンジオーブン蒸し器はともかくとして、Bluetoothって便利なんだなあと今さらながら思った。

スピーカーは小さいが結構パワフルだし、ヘッドセットはいい音だ。女房はカラオケをすると言っている。血迷ったか?

これまではマウスやキーボードくらいしかつないでいなかったが、電話がかかってくればワンタッチで出られるし、音楽をかければ勝手にスピーカーから音が出るし、実に便利である。
そういえば最近、新聞も本もタブレットで購入して読んでいるし、今さらながらモバイル開眼というところであろうか。

あ、そうそう、100満ボルトでiPhone6なるものの店頭展示をしていたが、ありゃ完全に「どこかで見たAndroidスマホ」でしかないね。
画面をでかくしただの、NFCだのカメラ機能アップだの、Androidがこれまで通ってきた道を遅ればせながらなぞっているだけで、かつてのフロンティア精神はどこに行ったのだろうと思った。日本でしかシェアトップになれないのもうなづける。世界シェアはもう20%もないのだから。
かつては日本メーカーもフロンティアのワクワク感を味あわせてくれたはずだ。代表例はソニーのウォークマンだろう。単一電池パックをベルトにつけなければならなかろうがなんだろうが、「カセットデッキを持ち歩ける」ことの革新性にワクワクしたものだ。
そのソニーも大赤字の一人負け。このまま行くと、愛用しているXperiaもVaioと同じく切り捨てられちゃうんじゃなかろうな。

最近はウェアラブル端末なるものがかまびすしいが、「おおっ」と思うようなワクワク感がないのはなぜだろう。私が年を取ったのか?
これまで「おおっ」と思ったのには何があるかな。
ウォークマンとマッキントッシュの2つは鮮明に覚えているけど、それ以外はぱっと思い浮かばない。
これからまたあのワクワク感を体験できる機会はあるだろうか。

2014年9月19日金曜日

Mull of kintyre

スコットランドの独立はひとまずなくなった。スコットランドの住民投票は(実質的にはどうかは知らないが)ラストチャンスではなかったろうから、今後もスコットランドとイングランドの微妙な関係は続くのだろうが、それが緊張感をもっていい方向に進むのであればいいことだなと思う。
しかし彼らの(スコットランドだけでなく、欧米の人達の)地元に対する愛、誇りはすごいなあと思う。
我々だって故郷を愛しているし誇りにも思っているが、彼らほどのことはできるだろうか。
それは他への無配慮や独善につながる危うさも持っているけれど、自分の人生におけるアイデンティティの基礎にもなり得ると思うので、何となくうらやましくもある。
明後日はニュージーランドからトレーシーが来るから、ニュージーランドの地元愛についても聞いてみようかな。

ところでスコットランドと言えば何だろう。
スコッチウィスキーというあたりが多数派ではなかろうかと思う。
タータンチェック、バグパイプなんてのもある。タータンチェックといえば私なんぞはベイシティローラーズを思い出したりする。おお、明日は土曜日の夜だ。^o^;
ネス湖もスコットランドだ。スコットランドの中でも北部のハイランドにある。

私は実はスコットランドというと思いだすのは「Mull of kintyre」(キンタイア岬)である。ポールマッカートニーが1977年に歌ったスコティッシュワルツの名曲だ。
サビが「もーろきんたーん」と聞こえて、当時高校2年の私はオタオタしてしまったものだ。
この歌のわーっと風景が広がっていく感じが好きで、そして途中からぶわーっと入ってくるバグパイプの音が好きで、さらにそのバグパイプというのは当時興味を持っていた循環呼吸で演奏するのだと知って、まあともかくそのきんたん、もとい、キンタイア岬というものを見てみたいなあと思っていたものである。

ということでネットで探してみると、ありましたありました。便利な世の中になったものだなあ。
このいかにも木の生えていなさそうな風景がイギリスぽいというか、いかにもゴルフ発祥の地だなあという感じで、そういえばこれって根室岬や宗谷岬にも似ている。

まあそれはともかく、広い風景があって、誇りを持てる歴史文化があって、いいところなんだろうなと思う。
うーん、また「キッチンラグー」にボウモア飲みに行きたくなったな。

2014年9月18日木曜日

秋の深まり

午後からオバマージャン。去年もお世話になったところで、1年ぶりだ。

今日は男性の参加が多くて嬉しかった。もともと、こういったふれあいサロンには男性の参加が少ないので、男性参加を促すことを狙いのひとつとして始めた活動(というかゲーム)なので、これはとても嬉しい。
皆さん楽しんでくれたようでなによりだった。

終了後、セットを社協に返したりしてあれこれやったあと、加斗で先日出たキクラゲの榾木の移動作業。…と思って現地到着したらもうたけしとあこちゃんで移動済みだった。
まだまだ数は少ないけど、少しでも前に進めたらいいなと思う。
2人と現場で少しダベっていたら肌寒くなってきた。
なんだか冷えてしまって、久々に熱燗を飲みながらの夕食。
夜、買い物に自転車で出た時は長袖のジャケットを羽織って出たけれど、それでちょうどいいくらい涼しかった。
秋がどんどん深まっていく。

2014年9月17日水曜日

やめられない止まらない

11月に入るとまたセミナーツアーに出るから、あと1か月半ほどの間にこちらのことはある程度片付けておかねばならない。
ということで、あれこれ段取りをしたりしていたら、けっこう疲れてしまった。体よりも精神が疲れるんだね。今日は別に嫌な思いはぜんぜんしなかったけれど、気を遣ったりいろいろしたからね。こんなワタシでも気を遣うんですよ。

こういうときは飯も食わずに酒を飲んでいいかげんなつまみを食ってやさぐれるに限る。^o^;
何かつまみは…と思ってごそごそやったら、私にとっての必殺のつまみ、「いかり豆」が出てきた。昨夜の酒宴でなくなったものと思っていたら残っていた。ありがたや。

おやつとしてもつまみとしても、これがあれば他のものには目もくれない。そして止まらない。1袋全部なくなるまで食べつくしてしまう。
私は塩味でパリポリ食えるものが好きなので、たとえばロミーナとかハッピーターンなども好きなのだが、いかり豆の前では物の数ではない。
近所のマーケットに行くと、ついつい買ってしまう。それもたいてい2袋買う。そうするとたいていの場合、1袋は食べるが1袋は買ったことを忘れてしまい、棚の中に入ったままになる。それを時折思わぬ発見みたいに見つけては宝を掘り当てたようなラッキー感に満たされるので、自分で自分にそういう仕掛けをしているのだ。(たぶん)

つまみやおやつの好みは人それぞれだが、大学時代に一緒のアパートだった同級生の中に、風呂上りに羊羹を1本食べるというやつがいた。私は当時、羊羹はおそらく1センチ以上食べられなかったので、びっくり人間を見るような思いで彼が甘いものをぱくぱく食べるのを見ていたものだ。
幸いなことにSUKIYAKI塾の中には酒席で私に羊羹を進める人はいないので、私はどこに行っても幸福感をもって食べさせていただいている。
もちろん十二分に飲み食いしたあとはもう入らなくなるけど、これまであちこち行って「これは降参!」というものってなかったように思う。
…あれ?ほんとかな?
くさやだって食べたし、ひ~じゃ~だってたくくには負けるけどすごろくさんには勝つ自信がある。何のこっちゃ。ホヤは大好きだし、わけのしんのすだってわらすぼだって平気だし。
まあ正直に白状すると、ピータンは苦手だけど、SUKIYAKI塾でそんなの出たことないもんね。
私が食べられなかったものってあったっけ?もしあったら教えてください。

2014年9月16日火曜日

ナンダカヨクワカラナイ夜

ちょっと相談事というか企み事があって、若狭坊を呼び出したら、もれなくみつこがついてきた。
そして、なにやらともともさんがアヤシイ写真やショートメールを送ってきていることが判明した。うーむ、ともともさん、やっぱりみつこに惚れているか。
私もうっかり11月のSUKIYAKI塾全国大会in北海道の話をしてしまって「行きたーい」と言われてしまった。もし実現したら、知床さんよろしくお願いします。^^;

一次会のあと、なぜか我が家で二次会。「漁師の力水」「立山」といった日本酒、泡盛(どなん含む)、青酎をズラリ並べ、盛大に酒盛りをしてしまった。
結局今日の相談事は伝わったのか伝わらなかったのかよくわからないままに終わった。^o^;

2014年9月15日月曜日

また買ったのかよ

またタブレットを買っちゃった。てへ。
といっても今回は私ではなく女房が使うのに買ったのだけどね。
私はタブレットは7インチが好きなのだが、女房は大き目の画面がいいというので、Xperia z2 tabuletを買った。でかくて軽くて薄い。
ドコモショップでiPad Airと比べたが、Xperiaのほうが画面が少し大きいにもかかわらず薄くて軽い。防水防塵だから風呂で読書したりできるし、さすがソニーで音もいい。

我が家のスマホ・タブレットを並べてみるとこんな感じ。
右からXeria z2 tablet、私のSH-06F、女房が前に使っていたスマホ(5インチ)、今使っているXperia z1 f(4.3インチ)、私のXperia SX(3.7インチくらいかな)。こうしてみるとXperiaとAQUOSだけだね。

スマホだけ並べてみるとこんな感じで、今は5インチ未満のスマホはあまりないから、かなり小さい。特にSXは以前のiPhone4と同じサイズだから、現行機種に比べると特に小さい。「よく字が読めるね」と言われることも多い。まあほとんどが電話とメールで、それもメールの返信はPCですることのほうが多いから、あまり不都合はない。
タブレットはビュアーに近い。新聞(日経電子版)、本(電子ブック)、メール(読むだけ)、添削原稿なんかを読んでいる。
ごくまれに添削の文書入力をしたりもするが、PCでの入力に比べると死ぬほど遅いので、よほどのことがない限りしない。メール返信もできるだけPCでやる。
タブレット&BlueToothキーボードという組み合わせもありだが、それならバイオPをバッグに入れれば対して変わらないので、3つも4つももっているキーボードは全部遊んでいる。

こうしてみると、PCとタブレットとスマホを持ち歩く私は、昔の「パソコンと携帯電話」の時代からあまり変わりばえしていないなと思う。タブレットだけで全部すませてPCなど持ち歩かない(もしくは持っていない)人がいるけど、私にはとても無理だ。まあ私も添削や文書作成なんかがないとき(つまりメールを観たり本を読んだりするだけのとき)はPCなしで出かけることもあるから、趣味オンリーならタブレットだけでも大丈夫かなと思うけど。

2014年9月14日日曜日

腰がぎぎぎと

年寄りの冷や水であった。
…この言い方はおかしいな。いくらなんでも。
年甲斐もなく無理をしすぎたようだ。
2日続けて上根来で収集ネット張り作業。杭をカケヤで打ち込み、斜面をよじ登りつつロープを張り、ネットを結束バンドで取り付けていく。
斜面を覆うアブラギリ。この中で2日間作業した。
けっこうがんばってネットを張った。
さらに今日はアブラギリの実を拾った。予想以上に実が落ちていて、これはもしかしたら大部分がもう落ちてしまっているのではないかと思ったので、殻が腐ってしまうまえにできるだけ拾ってこうと思ったのだ。とりあえず今日は土嚢袋3袋。
畜産団地のコンクリート土間にブルーシートを敷き、ここに種を広げて乾かす。
夕方帰宅し、着替えて自転車で駅まで行き、警察協助員の街頭パト。数km程度をゆっくり歩く。

まあこういうことを2日間続けたのだが、かなり疲れた。特に腰かな。かがむときに「ぎぎぎ」といってるような気がする。
日頃運動していないからなあ。まああえていえば自転車によく乗っているくらいか。
私くらいのトシになるといじましく歩いたり走ったりしている人もいるようだが、私はぐーたらなのでしていない。だから慣れない肉体労働をするとこうなるんだろう。
まあ筋肉痛は、日ごろ動かさない部位を動かした証だと思うことにするか。

2014年9月13日土曜日

体を動かすことはいいことだ

午前中から上根来でアブラギリの収集ネット張り。

昨年張って雪に備えて外していたものの再展張、そして少し新しいネットも設置。10月末くらいにまた東高の子どもたちと一緒に収集かな。楽しみだ。

途中何度か雨が降ったが、アブラギリの葉っぱがよく茂っていてぜんぜん雨があたらない。まあこれが日光を遮って林床の貧弱さにもなるのだけど。
写真にしてみると一面緑の中で体を動かして、すっごく健康的なイメージになるのだけど、現実にはトシを感じつつ、何度もすべったりころんだりしつつ、作業ズボンのケツを泥だらけにしながらの作業でありました。

ところで今年はアブラギリの実が落ちるのが早い。ネット張りが遅きに失したか?と思うくらいによく熟した黒い実が落ちていて、木によってはもうあらかた落ちてしまったかという状態。まあそれならそれで地面に落ちたものを拾えばいいのだけどね。

今日は自然児的な若者3人がゲストハウス宿泊。ありがとう。これからもどんどん利用してほしい。
本当は彼らとたっぷりコミュニケーションを持ちたいのだけれど、おじさん用事があるので泣く泣く山を下り、警察協助員のベストをもって自転車で小浜駅へ。

今日は放生会に合わせた街頭パトロール。昨年は2日目に台風がきて祭りどころじゃなくなったのだが、今年は天候に恵まれた祭りになりそうだ。駅前には山車が出ていた。
ところが今年は人出がぜんぜん少ない。天気はそれほど悪くはない。先週「うまいもんすごろく」があって、イベント疲れしているのかな。
ずいぶん物足りないと言っては叱られるけど、非常に平和な夜回りを終えて自転車で帰宅。屋台でちょっと買ってきたものをつまみに女房とビールなど飲み、なぜか女房のバイオリンに合わせてギターで伴奏し、風呂にゆっくり浸かって気持ちよく就寝。
今日は半日山仕事をして、それから夜回りでたっぷり歩いた。やっぱり体を動かすことはいいことには違いないなあと痛感した。

2014年9月12日金曜日

ちょこんとキクラゲ

M先生から嬉しい知らせ。
アブラギリに植菌したキクラゲがようやく発生したとのこと。


ち、ちっちぇ~!でもようやくの発生。大変嬉しい…のだが、待てよ、木の切断面じゃなく、側面に穴を開けて駒打ちをしたんだが…^^;
アブラギリの皮は堅いらしいので側面からは出にくく、そのかわり何といっても桐だから中はスカスカ、そこに菌が回って切り口から発生したってことか?ということは、一昨年にやったような輪切り挟み込みのほうがいいということかな?

まあともかく、一歩前進である。試行錯誤と学習を繰り返しているという感じですね。
このキノコをきちんと活用したいなあ。

2014年9月11日木曜日

電車かクルマか

小浜は文化的には関西なんだけど行政的には福井県だから、どうしても福井市にあれこれ行かなければならない。
それは嫌ではないのだけれど(ただ冬はやっぱり北陸方面に行くのはあまり気が進まないのは確かだけど)、やっぱり2時間以上かかるのは心理的バリアになる。
たとえば福井市あたりの人は、福井県民は水族館に行きたくなったら越前松島水族館に行くもんだと思っているかもしれないが、神戸の須磨水族館のほうがずっと近い。
飛行機は小松空港に行くと思うかもしれないが、そんなことしているより伊丹空港がずっと近い(小浜から車で2時間ほどだ)。

ところが、舞鶴若狭道が全線開通して福井はぐっと近くなった。1時間ちょっとで福井インターに着いてしまう。1時間近い短縮になった。
福井市には今月と来月1回ずつ行く予定がある。
以前は文句なく電車で行っていた。奮発して特急に乗れば2時間弱だが、鈍行で行くと乗継次第で2時間では行けないことも多い。でも車で行っても2時間近くかかるし、何より電車だとPC仕事をしたり読書をしたりできるのが魅力だった。
ところが車だと1時間ちょっとで着いてしまうということになってくると、電車の優位性が揺らいでくる。

特に今月と来月の2回は、最寄駅から一工夫したりちょっと長く歩いたりしないと行けないところで会議がある。
そうすると、いくら電車内で仕事や読書ができても、会場到達に苦労するのなら、車でさっと直行したほうがいいかなと思ってしまうのだ。特に高速道路開通で時間短縮されると、そちらの魅力に抗しがたくなってきてしまう。

たとえば今月の会議は警察協助員会の会議で、鯖江警察署というところで開かれる。
今の予定では、9時半に自宅を自転車で出て、小浜駅10時前の電車で敦賀駅まで、そこで北陸本線の鈍行に乗り換える。そして武生駅で降りて、福武鉄道という路面電車みたいなのに乗り換えて15分ほどで着く水落という、おそらく無人駅ではないかと思うが、ここで降りる。そこから1km歩くとようやく目的地だ。乗継時間もあるし、昼食時間も取ったりして、結局到着は1時半くらいになる。自宅から4時間ですな。
おそらく自宅から自家用車で行けば1時間半ほど、昼食時間をとっても2時間くらいだろう。

来月は福井県自治会館というところに行く。9月と同じく9時半に自宅を自転車で出て、小浜駅10時前、敦賀駅で乗り換える。今度は福井県までそのまま行って降りるのだが、そこで路線バスに乗って20分ほどで目的地だ。もし天気がよければ福井駅観光案内所のレンタサイクルで行くつもりでいる。これも3時間以上かかるが、クルマなら2時間弱、きっと1時間半くらいだろう。

こうなってくると、さすがに迷う。
もちろんこれは、クルマの「速さ」と電車の「中でいろいろやれること」の、どちらの便利さを取るかというような問題ではなく、なんかエコだのなんだのとかまびすしい社会のくせに、いざ公共交通機関や自転車だけで移動しようとすると、不便さで持ってそれを妨げるかのようなことになるところが癪なので、あえて逆らっているみたいなところがあるのだけどね。

いったいに福井市のような地方都市は、参加者が自家用車で来ることを前提に会議を企画するようで、すでに書いた会議の例などはまだましなほうで、バスが朝夕1本ずつしかなくタクシーだと片道1,000円では行けないようなところを平気で会場にしたりする。
私は福井市では駅前観光案内所レンタサイクルを愛用しているが、福井市の人にそれを言っても「そんなのあったんだ」みたいにまるで関心のない反応が返ってくることがしばしばだ。無料なのにね。
また、バス路線なんかも調べて公共交通機関だけで何とか行けないかとあれこれ算段したりするのだが、「変わってるね」「何でそんなことするの」みたいな反応が返ってくることが多い。
ちょっと悪口を言ってしまえば、そういう街でコンパクトシティなんてどだい無理なんじゃない?とも思ってしまう。
まあとにかく、そういう「クルマ大前提」にけっこう逆らってきたのだが、自家用車移動の利便性がぐっと向上すると、ヨロメイテしまうのですよ。

2014年9月10日水曜日

へしこ危機一髪

観光局のAさんから「去年のへしこが腐ってるみたいだから、一緒に見てくれ」と一斉メールが入った。
2013年3月5日にみんなでへしこを漬けた。へしこ博士ことK先生指導の「究極のへしこ」で、道の駅のへしこハウスに保存して熟成させ、12月の第2回アブラギリシンポジウムで葉寿司にしたのだが、最終的に10本弱樽の底に残っていた。
これをちょっと覗いたら腐敗臭がするというのである。どうもAさん、一人で開けるのはコワイらしい。意外とカワイイのである。
私とAさんのほかにたけし、あこちゃん、へしこ博士、M先生が集合。

おそるおそる開けてみると糠と重石が見える。へしこ糠のいい匂いとともに、確かに腐敗臭というかウ○コの匂いがする。

よく見ると石の表面にショウジョウバエらしき卵がいっぱいあり、さらにウジもわいている。
ひえええと思ったが、これはよくあることらしい。へしこを漬けていると香り酵素が出てくるらしいのだが、これがハエの大好物で、ちょっとした隙間から入ってきて卵を産むらしい。
ウジは香り酵素をせっせと食べ、ウ○コと同じ臭い成分を排出するので、腐敗臭みたいになってしまうらしい。
これは表面だけで、その下は酸素のない乳酸発酵領域なのでウジは入り込めず、表面を取り除いたあとはいい発酵臭だけが残り、肝心のへしこは無事。8本残っていたが、この際全部出してしまって、1本は試食、残りは真空パックして葉寿司開発用に保存した。
…と普通ならここで解散なのだが、「へしこ食べたい」ということになって、例の居酒屋「秀」に「持ち込むから料理してくれ」とかなり無茶なお願いをしてみると、即答で「ええよ」。さすがは秀ちゃん。

へしこ刺身。チーズを挟んだものと大根を挟んだもの。さすがは究極のへしこ、やっぱり美味い。
さらに秀には黒ホッピーが置いてあるので、結局真夜中近くまで飲んでしまった。^o^;
2年物のへしこ、堪能しました。

2014年9月9日火曜日

悲しい事件だ

埼玉県の川越市で、全盲の女子生徒が蹴られて怪我をしたらしい。白杖に誰かが接触して転んだ気配がした直後に膝の裏を強く蹴られたらしい。
こういう事件を耳にすると本当に腹が立つ。
盲導犬を刺した事件もあったし、ベビーカーを押して電車に乗る母親が冷たい態度を取られて外出できなくなってしまうなどの話も本当に情けないと思う。

福島第1原発事故のあと、山梨県で福島から避難してきた家族の子供が保育園で入園拒否されたり、公園で遊ばせないようにという声が上がったりしたということもあった。
あれも本当に嫌な話で、それ以来私は山梨県に足を踏み入れる気も、山梨県産をうたったものを買う気も起きなくなっている。甲州ワインは好きだったので残念なのだが。

弱いものが泣くような世の中はダメだ。
他人、特にお年寄りや小さい子どもといった人達を気遣い、助けたいと思う心は人間として当たり前に備わっている心らしいが、それがいろんなボランティア活動の原動力になっている。
「何かしたい」という気持ちは誰もが持っているのだけれど、それを実行に移す部分に気おくれや気恥ずかしさや多忙などの様々なハードルがあって、「何かしたいとは思うけれど、実行に移せていない」人が非常に多くなっているのだという。大きな災害があったあとに義援金がどっと集まったりするのは、そのハードルがぐっと低くなった状態であるらしい。

まあとにかく、強い者が多くを得て弱い者を顧みないのであれば、それは獣の社会だ。
人間社会であるからこそ、弱い者を虐げるようなニュースは人々を悲しませ憤らせる。
盲導犬を刺した事件では、住民が懸賞金を寄付したいと申し出たらしい。懸賞金は寄付をもとにはできないらしく持ち帰ったとのことだが、憤りが形になったのだろう。
全盲の女子生徒が怪我をしたのが川越で、懸賞金寄付を申し出た人が同じ埼玉県の川口市の人だというのは皮肉な話だが、そもそも盲導犬が刺されたのは埼玉県内なので、「埼玉県、どうなっちゃってるの?」という感じだ。
みんなイライラしているのだろうか。
それって、東京で電車に乗ると時々感じる、あのとげとげしい雰囲気と同じものなのだろうか。
もう少しゆるゆるやったらいいのになあ。

2014年9月8日月曜日

今年の総監試験

今年の総監記述式試験は確かにこれまでと変化したようだ。

平成21年度から25年度まではずっと「想定外」「変更」といったものがテーマだった。
21年度はサプライチェーンをなどの複雑さから起こる想定外の事態をどうしたら最小化できるか。
22年度は周辺環境の長期的な変化による事業へ影響への柔軟な対応。
23年度は稀有な外部要因変化による事業への影響の最小化。
24年度は外部環境や要求事項の変化への、採算性・自組織影響・顧客や社会要求への対応などがバランスした対応。
25年度はメンテナンス性のよいものを作るという新たなニーズへの対応。

これらに共通して対応するために(22年度はちょっと外れるかもしれないが)、「3つのインプット」を整理して最重要管理目標を定め、その非達成リスクの顕在化を防止するという考え方をずっと提唱してきたのだが、これは単独プロジェクトに対するものだった。期間的にもそんなに長くないから、教育などは中長期的視野での教育(スキルアップなど)は最初から除外してシンプルに考えるようにしていた。

しかし今年度の試験問題を読み、出題傾向が単独プロジェクト遂行から中長期的な事業最適化(それも社会的な最適化)にシフトしていて、例年は口頭試験で取り上げられていたようなテーマになってきたなあと感じた。
実は今年のAPEC-semiマンツーマン講座で出した練習問題の6問目がそういった中長期的視野での問題だった。ただし出題テーマは全く異なるもので、私の練習問題は経営者の視点での組織最適化だったが、筆記試験の出題は行政の視点でのインフラ最適化だった。このあたりが来年度以降を考えるうえでのヒントになるのだろうな。
とにかく、来年度からは、上記のような3つのインプットから始まる単独プロジェクト最適化と、社会および組織の最適化を考えた中長期的視野でのマネジメントの2つを取り組まないといけないと思った。うーむ、総監はますます重たい資格になってきたなあ。

2014年9月7日日曜日

読書

暦の上では秋に入った。例年は秋とは名ばかりの残暑にげんなりという時期なのだが、今年はもうはっきり涼しい。最高気温が30度に達しない日が続き、雨ばかりのバカ夏はさっさと退散してしまったようだ。

よく「読書の秋」というが、最近読書をするようになった。7月に買ったタブレット(アクオスパッド)の性能がよくて快適なので、家の中でも外でも常に持ち歩いているうちに、電子書籍を購入する癖がついたのだ。日経新聞も電子版のみ読むようになった。
私はソニーのReaderを持っていることもあって、電子書籍はソニーのReaderストアばかりで買っている。定期購読(自動ダウンロード)しているのは「週刊アスキー」で、あとはPCや電化製品、グッズ関係の月刊雑誌を時々購入。あとは最近浅田次郎をよく買っている。幕末当たりの侍絡みの小説での文章が好きで、またエッセイでもちょっと時代がかった、しかしユーモアのある文章が好きだ。ストーリーよりも文章が好きという感じで、それはたとえば椎名誠とか岸本葉子とか、好きな作家と共通しているところもある。
椎名誠のエッセイも自炊したPDFをどっさり入れてあって、時々頭休めに読んでいる。
風呂の中やベッドなどで長い時間読んでいることもあって、これは今が添削に追われまくっている時期でもセミナーツアーでわっせわっせと移動している時期でもないからだろうと思う。そういう意味では平穏な時期なのだ。
新聞は日経電子版を読んでいる。
これは週刊アスキー。毎週水曜日
に自動ダウンロードされる。つまり
定期購読をしているわけですね。
マンガもダウンロード購入している。
これは「味いちもんめ」。なかなかに
面白く、今は金沢が舞台での展開。
それはともかく、「そういえば、読書週間がいつのまにかなくなったいたなあ」と思い至った。
人の読書量というものが平均的にどのくらいで、読書家というのはどのくらいの本を読んでいるのかは知らないが、わが人生を振り返ってみると、本をよく読んでいる時期とそうでない時期の波が激しいことに気がついた。
まあ読書というものは「趣味は読書」なんていうように、余暇行為だから、時間に余裕がない時期は読書もあまりできないことが多い。私が最近本を読むのも余暇時間があることの証左だろう。

ただ、読書は人の文章力や表現力を鍛えることは間違いないと思うので、忙しくて本を読んでいない時期というのは好ましくない時期なのだろうなと思う。
特に技術者としては、また技術士試験のような論理的に何かを主張したり説明したりする文章を書く試験に挑む受験生としては、論理的な文章を書けることは必須の能力だ。
文章力というかまあつまり国語力なのだが、これが劣る論文・答案は、はっきり見劣りするし、何よりロジックがちゃんと伝わらない。でもそれは長年の読書や文章作成経験の積み重ねだから、試験対策の短い期間でどうなるものでもない。受験指導で一番困るパターンである。
一番多いのは助詞の使い方がおかしい例かな。あと主語がない、あるいは複数ある、さらには文章がねじれているなどがある。
これらは文章だが、ロジックの問題もあって、因果関係がおかしくなっていたり、根拠と結論が別の話になっていたり、こちらはある意味文章がおかしいことより致命的になりやすい。

ではどんな本を読むといいのかというと、これは私もよくわからないのだが、論理的な文章が書けるようになるためには、やはり倫理的な文章を読むといいのだろうなと思う。
複雑な論理などは小説やエッセイなどには不向きだから、学術論文みたいなものになってくるのかもしれないが、今度は正確を期するために読みやすさが多少犠牲になっている。まあつまり斜め読みができないとか、わかりにくいとか、いっそ読んでいて面白くないとかですね。
やっぱりいわゆる論説なのかな。掲示板も役に立つかなあとも思う。
まあとにかく、「わかりやすくて説得力のある文章」が書ける能力って大事だと思う。

2014年9月6日土曜日

たとえ蜂に刺されても

今日はけっこう行事がある。まず朝一番から、環境美化デーの草取り。

1時間半、食文化館周辺の草刈りをするだけなのだが、雑談などもしながら、みんあで汗を流す。
こういう時間もまたいいものだなあと思いつつ、邪魔な竹をぐいっと動かして草を刈り…うわっ、いててて!

なんと竹の隙間に蜂の巣があって、薬指を刺されてしまった。朝から何てことだ。まあスズメバチでなくてよかったが、久々に蜂毒のじくじく痛を思いっきり味わってしまった。
うえーん、痛いよおと泣きつつも、次の予定があるので、エアコンの冷風で指を冷やしつつ車で移動。10時からは災害ボランティア研修会である。

まずは講義を聞く。「ボイランティアとは何か」といった非常に基礎的なところから久々にきちんと聴講し、自分でもちょっと忘れていたことを思い出したりした。

講義後は、災害ボランティアセンター立ち上げ実習。まずは総務というか事務所。Tセンター長、素晴らしい解説で実習を進める。

続いて屋外でボランティア受付実習。見ているとなんだか去年を思い出した。無我夢中の一週間だったなあ。
でも、たとえば広島で同じように災害ボランティアセンターを運営している方たちは、一週間くらいでは到底終わりそうもない中での運営になっているはずだ。それがどれだけ大変なことか、去年の体験がなければ想像できなかったろう。まったく、世の中は「やってみなければわからない」ことばかりである。机上論でわかったような気になることの愚かさを再認識した。やっぱりやってみなければ何事もわからないのである。

終了後、コンビニで昼飯を買って、一路上根来へ。

米袋に満杯の炭が届けられていた。カシを中心とした広葉樹の炭である。マングローブの炭とは比べ物にならない。これが大袋満杯×6袋で1万円ポッキリ。信じられないような値段だが、上根来で炭焼きを再開されたKさんパパの作である。
炭やマキを作り、ゲストハウス宿泊を提供し、アブラギリで桐油や葉寿司を作り、雪室食材を出荷する。、そういった、いろんな人がそれぞれに取り組む様々な小さな産業が集まって上根来という里山を保っていけたら、どんなに素晴らしいだろう。歩みは本当に遅いけれど、少しずつ進んでいる実感が、だんだん持ててきている。
その喜びとともに、無責任に投げ出すことだけはすまいという思いも年々強くなっている。

森林組合が新しい作業道を作り始めていた。この道ができたら、また何かやれるかもしれない。そう思うとワクワクする。
ゲストハウスの営繕でたっぷり汗をかき、ゲストハウスの風呂にざばーっと浸かってむふーんと唸り、着替えてさっぱりして山を下りた。

夜は婚活イベントである。プライバシーにかかわることなので詳細は一切書けないが、おじさんとしてはいろいろと興味深く感動する体験だった。この中から交際をスタートして、ゴールインにいたるカップルが現れますように。
そんな気持ちでいつのまにやらけっこう呑んでいたおじさんは、帰宅後もコーフンさめやらずギターなぞ弾いていると、これも運動会打ち上げの飲み会から帰ってきた女房が部屋に入ってきて、そのまましばらく生ギターカラオケなぞ楽しみつつ夜は更けて行ったのでありました。
蜂に刺されたところも痛みはなくなり(だってギター弾けてるんだもんね)、なんかいろいろあったけど、密度の濃い、楽しい1日だったなあと思うのであります。

2014年9月5日金曜日

にせんまん

サイトのアクセスカウンターが2,000万を越えた。
朝7時前にぼうずさんから「トップページカウンターがおそらく今日中に2000万を超えると思われます。」とメールをいただいていたのだが、サイトを見ることができたのが10時前で、もう300ほどオーバーしていた。きっと朝8時とか9時ごろに越えたのだろう。いつも見ていただいてる人たちが朝起きて、あるいは出勤して、アクセス集中して越えたのではないかな。キリ番見たかったなあ。

2003(平成15)年1月22日にサイトを開設したので、4,200日あまりたっている。1日あたり平均して4,715アクセスあったことになる。

開設時は、たしか口頭試験対策の一部だけを作って、とりあえずオープンしたと思う。それから11年以上、よくもまあ続けてきたものだ。
サイトを開設した平成14年度は、小浜市PTA連合会の会長をやっていて、ちょうど学校が週5日制に移行しようという年だった。
PTA連合会会長としては「週5日」のほう、つまりは学校教育の内容についてあれこれテーマにしていたのだが、では週休2日のほうは?ということで、「子どもの受け皿作りを地域で」という理念でホリデースクールを作った。最初の活動は、技術士筆記試験の2日前だった。^^;
あれこれ思ってはいたけれど実行に(たった一人で)移すことに逡巡していた私が一歩前に出られたのは、私の次に市P連会長をやった、さすらいのサックス吹きことKOちゃんが、たとえ飲んだ席で勢いあまって口にしたことであったとしても「そうそう、ワシもやりたいと思うとったんや」と言ってくれたからだった。
ホリデースクール第1回活動の記録。もう12年前。
このとき10歳(小4)だった子はもう22歳。ひええ。

思えばあれが本格的なNPO(NPO法人という意味ではなく広義のNPO)活動の元年だったんだなあと思う。
地域では子どもの体験活動としてスタートしたNPO活動は、ボランティアセンターの開設とともにまちづくりや中間支援に活動を広げ、WACおばまの活動に至る。まあそれ以外にもあれこれやってきたし、今もやっているけど、私の地域での活動の中心はWACおばまだ。
そうそう、私がWACおばまの会長(今はNPO法人だから理事長だけど)なんぞをやることになったのは、あだっちゃんの「あんた、やんなよ」の一声だった。

サイトのほうは、その後どんどん「建て増し」を続けてRCCM応援ページも作り、やがて単なる情報提供だけにとどまらずネット添削を始めて、それはすぐにSUKIYAKI塾につながり、さらにはネットだけでなくリアルでのセミナーなどを伴うようになった。
一人でもやるつもりで始めたネット添削に、いの一番に名乗りをあげてくれたのはラガーマンさんだった。あの時の「ほっとした」感は今でもリアルに覚えている。
確か最初のface to faceのセミナーは新大阪の丸ビルでやった。しぶる私をPMPさんが強引に引っ張り出してくれた。会議室の手配も受講生の募集も全部おまかせして、私はただ講師として行ったのだが、あれから徐々に自分でもセミナーを開催したりするようになった(自分でやり始めたのは数年後だと思うが)
そういえば、書籍も面倒くさがる私をイマジンさんが熱心に誘ってくれて、重い腰を上げたんだった。
北海道までセミナーの足を延ばすのもぼうずさんにいろいろ誘っていただいてのことだし、沖縄もゆめたくさんが誘ってくれた。北海道では、その時点でまだ会ってもいなかった知床さんが我が家族を出迎えてくれた。

SUKIYAKI塾の会の結成も、確かセミナーツアーを始めた年に北海道のみなさんがSUKIYAKI塾北海道を作り、それを翌年見て刺激を受けた沖縄の皆さんがSUKIYAKI塾沖縄でいごの会を作り、2年ほどおいて一気に全国に設立が続いた。なお、実は会を作ってface to faceでセミナーをするのは広島のsonnyさんが走りなのだけれど、SUKIYAKI塾広島檸檬の会としての設立は後になっている。
今も忘れられない光景。SUKIYAKI塾北海道セミナーの開講
挨拶。派遣講師も含めて大きな部屋の前に並びきらない位
講師がずらり。その後この人たちとはもう飽きるくらい何度も
会うことになるのだが、この時は感無量で見ていた光景だ。

ともかく、ラガーマンさん、PMPさん、イマジンさん、ぼうずさん、知床さん、ゆめたくさん、sonnyさんといった人たちに引っ張られてというか先導してもらっていろんな扉を開けてきたように思う。SUKIYAKI塾東北・東京・北陸・名古屋・大阪・四国にしても私が呼びかけての設立はひとつもないから、私はSUKIYAKI塾のみんなに引っ張ってもらっているんだなあと思う。
頼りにならない男で申し訳ないのだけれど、でもそれぞれの会のみんなが主導的に活動してるって素晴らしいことだと思う。
SUKIYAKI塾の講師仲間は今全部で何人になるのか、各会の運営にはまったく関わっていないのでわからないけど、けっこうになるんだろうな。SUKIYAKI塾だけでなく、青森のあおもり技塾とか佐賀の技術交流フォーラム、大分の智楽の会など、相互交流している会を含めるとすごい数だろうなと思う。

うーむ、こうしてみると、このサイトを始めた年ってなんだか原点になる年だったんだなあ。
ちなみに掲示板は1,257万、RCCM応援ページが221万、同じく掲示板が146万のアクセスである。

そして何より今日実感したのが、NPOであれSUKIYAKI塾であれ、仲間に引っ張ってもらってやってきたということだ。
自分が何もしなかったとは言わないけれど、自分がみんなを引っ張って扉を開けてきたというよりも、扉の前で逡巡する私を押したり引っ張ったりしてくれた、かけがえのない仲間がいたからこそ前に進めたということだ。
ああ、なんてことだ。そんなに大恩をいただいておきながら、やれぼうずさんのことをKMYだの、知床さんのことを0.1トンだの、ラガーマンさんを焼け跡世代だの、PMPさんをアル中だのと散々におちょくってきたのだ。うえーん、ごめんよう。でも面白いんだもの、これからもよろしく。(泣笑)

地域でのNPO活動でも、SUKIYAKI塾などの技術士試験活動でも、とにかく知り合いの数は半端なく増えたなと思う。それは飲み仲間の数が、とも言うけど。^o^;
両方共通するのは、活動が広がると知り合いが何人か知り合いを連れてきて、その知り合いが…となるので、指数関数的にというかネズミ算式にというか、まあとにかく加速度的に知り合いというか仲間が増えるということだ。
そうすると、ある人のやっていることと全然別の人のやっていることがつながったりして、活動や視野なんかがどんどん広がってくる。
NPOなんか下手をすると固定メンバーで人知れず孤独にずっと活動していたりして、閉塞感にさいなまれたりしがちなんだけど、いったん人と人とのつながりが広がり出すと、とても対応できないほど新しいアイデアやらやりたいことやらが出てきて、油断するとそれらに埋もれてしまいそうになる。まさに嬉しい悲鳴だ。

そして今日、これを書いていて気が付いたというか、自分の中で整理できたことがひとつ。
SUKIYAKI塾の目的は、地域の技術者の絆を深め、広く交流することで視野を広げること。
受験支援は手段というか「実務としてやること」であって、それは目的でもあるのだけれど、その先にある目的は(そしてたぶん魅力は)、自分の住んでいる地域の技術者との心の通った交流ができて、仲間の絆ができること。そして、他の地域に住んでいる技術者とも心の通った交流ができて、その中で自分の世界が広がっていくこと。
SUKIYAKI塾の皆さん、違っているでしょうか。
そしてそれは、実はNPO活動でも同じだと思う。
自分が住んでいる地域で、ふるさとをよくしたいという一点で共通する仲間たちができること。(立場が行政だろうが商売人だろうが、私のような遊び人だろうが関係なく)
そして周辺の市町村や、さらにはすごく離れた地域の人達と友達になれて、その中で自分の世界が広がること。

利他的に見れば、受講生のため、ふるさととそこに住む人たちのためということなのだけれど、そのために自己を犠牲にするのでは決してなく、こんな喜びをもって「利己」とできること。つまり「利他」は「利己」へと帰ってくること。
当たり前じゃんと言われるかもしれないけれど、10年以上の長きにわってネットとリアルであれこれもがきながらやってきて、ようやく理解できたような気がする私なのでした。

地域をはじめとするNPO仲間のみなさん、そしてSUKIYAKI塾をはじめとする全国の技術者仲間のみなさん、本当にありがとうございます。
こんなアホな私ですが、これからもどうかよろしく。

2014年9月4日木曜日

ちょいと近くへ

ちょっとした仕事で舞鶴に行った。小浜市からは西へ3つ隣、40kmあるかないかの近さで、京都府に入ってすぐの市だ。
高速道を使えば30分もかからないが、ちょっと企みがあって電車で行った。
セミナーツアーのときと同じく、車中では添削にいそしむ。これも電車を選ぶ理由だな。
小浜線の西の終点である東舞鶴駅で下車して、ちゃっちゃと仕事をすませ、4時過ぎにはフリーになった。5時から男どころか4時から男になって、駅の近くのショッピングセンターへ。

マクドに入ってアイスコーヒー飲みながらまた添削。同じマクドでも知り合いの多い小浜と違って、一人で気楽にいられるのがいいところだ。
5時前にPCを閉じ、駅の反対側をずんずん浜のほうに進んでアーケード街を東へ進む。

去年みつけて、いずれ来ようと思っていた「みなさんの中央酒場」。もう名前からしてアヤシイ。

ブレちゃってるけど、中は昭和の趣。よおしよおし、外からちらりと覗いて想像していたとおりだ。

何やらギターまで置いてあるが、週末あたりにはイベントか何かでもやるのだろうか。

テーブルが配置された向こうには串カツ屋があって、ここでオーダーしてテーブル席で食べることができる。残念ながら確認できた店は他に韓国料理店らしきものだけだった。

串カツが運ばれてきた。おお、なんとなんと二度漬け禁止のソース串カツではないですか。大阪で食って以来なので、わなわなとウレシクなってしまった。ちゃんとキャベツもついている。
焼酎水割り2杯を食って串カツ9本食って2,000円ほど。いやあ、いいなあ今度またじっくり来ようと思いつつ、東舞鶴駅へ戻った。

気持ちよく夜風に吹かれながら駅から歩いて帰宅。途中、北側を渡るところで、静かな川面の向こうに水取大橋のアーチが見えた。って、昨日もこの光景見てるなあ。^o^;

2014年9月3日水曜日

ブレスト in ココス

夜、たけし・あこちゃんとココスで打合せ。会議室を使えばいいものを、いつもココス。
ざわざわした中でドリンク飲んだりメシ食ったりしながら打合せするのだが、時間の密度は低い。雑談になったり、会話が途切れて各々が思い思いにスマホやPCをいじくったりする、喫茶店あたりでよく見るような光景になることもある。
こういうゆるさというか気楽さが今の若い人たちの自由な活動や発想や連携につながっている気がしている。
私は、もちろんこういう雰囲気は好きである。時間を最大限使い切るようなときと、思いっきりゆる~い時間を楽しむときと、そのメリハリがたまらなくいいのだ。おかしいかな?おかしいかもね。^o^;
でも、ちゃんと打合せすべきことはしたんだよ。まあ「だいたい」でしか決めてないことのほうが多いけれど。

ぼーんやりしたテーマについて、特に時間に追われることなく、特に司会者などがいるわけでもなく、自由に思いついたことを話して聞いているうちにいくつかの方向性が見えてくるという、まあつまりはブレインストーミングをやっているわけで、そういう意味でこのゆる~い打合せは効果的だと思うのですよ。時間かかるけど。

結局、6時半から10時半まで居座っていた。私のココス使用頻度、累積滞在時間はかなりすごいと思っている。生暖かい夜の空気の中を自転車で帰宅。

夜11時前の小浜駅。そこそこ明かりがついているけれど、タクシー以外に人はいない。

夜の北川。向こうに水取大橋(本当は「こうのとり大橋」と言うらしいけれど、なじまない名前だなあ)が浮かぶ。
自転車をこいでいるとまだ少し汗がにじむけど、これから少しずつ涼しくなっていくのだろう。

2014年9月2日火曜日

元気百倍

体がなまっているので(いつもだけど)、あえて意地をはって一日自転車で行動した。
午前中、自宅から三丁町まで元気にびゅーん。飛鳥いきいきサロンでオバマージャン。何度もやっているためか、油断して写真なし。
終了後、どこで昼メシ食おうかなーと自転車を漕ぎだして、すでに少しお疲れモード。
結局メルカードで昼食にして、そのまま自転車で出社。すでにここでたいがい汗をかいている。8月末があんなに涼しかったのに、9月になってこの暑さは何なのだ。
それから郵便局→ボランティアセンターと動く予定が、なんてことだ郵便に出すものを自宅に忘れてきた。
自宅までぎこぎこ帰って、再度ぎこぎこと小浜郵便局経由でボランティアセンターへ。へとへとになって帰宅。
でも、道端風景に季節を感じて、やっぱ自転車いいなあと再認識した。
小浜市民にしか位置関係・距離感がわからない話で申し訳ない。

実り豊かに首を垂れる稲。
早稲はもうすっかり刈り取られている。
栗のイガが色づいている。
ススキの穂が開き始めている。あと1か月か2か月で
種を飛ばしてふわふわ綿毛になる。もう5年ほど前、
技術士全国大会で仙台の秋保温泉で泊まった翌朝
市内に向かうバスの窓から見た、白く光るススキは
忘れられない光景だ。夢の続きのような光景だった。

帰宅して、汗になったシャツを替えて、さすがに疲れて一眠り。(笑)
夜は「まちなか夢通り」の第1回全体会議。私のミスでボラセン関係団体に連絡が行き届いていなかった。申し訳ありません。(最近ボケてきたかなあ)
今やっている活動につながる新しい出会いもあり、何だか気持ちが高揚してすぐには帰りがたい気持ちの中で、理事長・きしちゃんt副理事長・ガンダムカイロがメシでも食いに行くかと誘ってくれた。もちろん行く行く。いそいそとお気に入りの浜照へ。

悪い子の僕ちゃんはビールを(それもプリン体オフでないビールを)飲んでしまいました。

さんまの刺身。うまーい。すぐさま日本酒に切り替えました。麒麟山吟醸のぬる燗。合うなあ。

おおっ、ホヤの塩辛があるじゃないか。もちろん即オーダー。一ノ蔵くれーと思ったが置いてないので、泣く泣く雪中梅。でもやっぱり美味い。

でまあ結局最後は飲んだ話で終わってしまうのだけれど、活動が広がる感触と出会いが嬉しい夜は、やっぱりこうなってしまうのですよ。元気百倍であります。

2014年9月1日月曜日

必須アイテム

今日は掲示板で騒ぎがあった。私もかなり驚いた。
「さぞ腹が立っているでしょう」的なメールもあちこちからいただいたのだが、不思議とそれはない。
意見の相違がかなりあるようだし、事実誤認やら誤解(それは私に対してだけでなく)も数多くあるようだが、そういったものがあって困るのは、ビジネスであれプライベートであれ何らかの付き合いがある場合であって、そうでなければ特に実害はない。
自分にとって不都合な何かの隠し事があって、それが暴かれているといったものでもないし。まあ風評被害というものもあるかもしれないけれど。
ただ不幸なことだなとは思う。自分が絡んでいようがどうであろうが、他人を憎んだり妬んだり貶めようとしたりすることは不幸なことには違いない。
そうは思うのだが、ではお前はどうするんだと言われると、何もしないとしか言いようがない。何ら付き合いもなく実害もない人との溝を埋めようとあれこれする時間もパワーもなく、そんな暇があったらやりたいことに時間とパワーを使いたい。だって生産的じゃないもの。

で、まあそういったことはさっさと忘れて(もちろん反省すべき点はしないといかんが)、本来書こうと思っていたことを書く。
先日の同志社大学の学生諸君のワークは大変参考になったのだが、どこかを観光地(というか人が来てくれるところ。昔ながらの物見遊山観光より体験型・着地型・滞在型観光をイメージしている)に育てて行こうとするとき、必要なアイテムみたいなものがあるんだなあと、遅まきながら整理できた。

  1. 「ぽい」もの
    たとえば田舎の里地だったら、宿や休憩所は古民家で、夏なら井戸水で冷やしたトマトとかセミとか、まあとにかく来訪者のイメージ通りのアイテム。「いかにも」というまあ肯定的な捉え方もあるし、下手をすると「ベタベタ」になる。でもまあ、あえてベタベタを並べるのもいいかもしれない。
    考えてみれば、たとえば「夏休みの里の古民家」なんていうと、やはり「いかにも」なことをいろいろイメージし、それを期待してくるわけだから、それに沿うということはサービスといえるのだろうな。
  2. 快適性
    とはいえ、今の世の中、みんな快適な暮らしをしているわけだから、たとえば古民家だからといってトイレが昔ながらの臭いくみ取り式&板張り&木製和式であったりすると、これはちょっと辛いということになる。風呂も1日ならドラム缶風呂でいいだろうが、毎日となるとちょっと辛いし、特に女性にはきついかなと思う。
    そういったサービスはやっぱり必要なのだけれど、それはそれ自体がお金を生むものではないから、余裕がないとそこに投資できない→快適性が低い→来てくれないという悪循環になりやすい。
    でも清潔な暮らしに慣れた現代人には必須のアイテムなのだ。考えてみれば、上根来でゲストハウスをやろうと本気で思ったのか、トイレが水洗式で風呂に新しいシャワーがあったからだ。
  3. 呼び物
    これはどこまで必須なのか疑問もなくはないが、ばくぜんと里地里山ですよというのではなく、「これ」がある里山、というような魅力的な1アイテムがあるとやっぱり強いんだろうなと思う。
    それはナントカ仏像みたいなものでもいいだろうし、食べ物でもいいだろうし、「このワインは誰それがこんな歴史の末に…」みたいなストーリーでもいいだろう。また「夜は真っ暗」とか「降るような星が見える」とか「携帯電話も通じない」といったものでもいいかもしれない。とにかく「そこに行かないとない・体験できない」ものだ。
    ただ、そういうものに固執しすぎて、「それさえあれば」みたいにやってしまって失敗した例は枚挙にいとまがないだろうし、繰り返しになるが本当に必須なのかちょっと疑問でもある。まして滞在型なんてのを念頭に置くのなら、1アイテムだけで終始するわけもなかろう。
とまあ、非常にぼんやりはしているのだが、そういった整理ができたことは、やっぱり感謝せねばならないなと思う。