へしこ博士の「究極のへしこ講座」を開催。
…その前に、今日と明日、同志社大学の学生が小浜にやってくる。大学のゼミの一環で、去年からのお付き合いだ。へしこ講座に日程を合わせての来訪らしい。
昼前に道の駅にて学生5人と教官4人を出迎え、昼食・オリエンテーションのあと、午後小浜市街地の重要伝統的建造物群を見学。
いろいろ面白いシーンもあったのだけれど、説明と案内でいっぱいいっぱいで写真は撮っていません。^^;
夕方からワーク、そのあと「究極のへしこ」講座。
へしこ博士の講義。うまみ成分やら香り成分が増えていく様子や微生物・酵素との関係など、私的には非常に興味深い内容。
いよいよへしこ製作にとりかかる。鯖を手にポイントを説明するへしこ博士。
みんなで鯖を捌き塩漬けにする。鯖は背開きにし、内臓をとって洗ったあと重さ比20%の塩で塩漬けにしていく。60本くらいの鯖を仕込んだ。
みんなで記念撮影。募集定員が1日で埋まったという人気講座でありました。
一週間後に今度は糠漬けにします。
その後、大学の皆さんと懇親会兼遅い夕食。郷土食をおおいに楽しみ、かっぽ酒・ひれ酒をおおいに楽しみ、久々に痛飲しました。^o^
2014年3月5日水曜日
雪室レポートその1
東日本では例年にない降雪量だったらしいが、こちらは例年以上に雪の少ない冬だった。日本に降る雪の総量が決まっているのか?
おかげで例年なら3月中旬までとても行くことのできない上根来畜産団地跡にフツーに行くことができるので、雪室の様子を見に行った。
雪の変化を追いかけようと思って、定点観測用に撮影ポイントを2アングル分決めてあるので、写真で比較してみよう。雪室を作った2月2日と、見に行った3月1日である。27日経過しているわけだ。
まずはアングル①の写真。これは2月2日。ブルーシートの裾から雪がはみ出している。
同じアングルの3月1日。ブルーシートからはみ出した雪はなくなり、天端高さも少し低くなっている。
雪山を真正面から見たアングル②で、これは2月2日。ブルーシートを固定する丸太の下に数10cmの厚さで雪がある。また天端の向こうは壁の一番上の横アングルが隠れて見えない。
同じアングルで3月1日。丸太の下の雪は全部なくなり、天端の向こうの一番上のアングルが見えている。全体に1割ほど小さくなったかなという感じだ。
ただし残っている雪はカンカンに硬くて、剣先スコップでも歯が立たない感じだ。
こうしてみると、ブルーシートとその下の断熱シートの効果がよくわかる。今回はコンクリートの上に雪を直に敷きならしたが、ここにも断熱材が必要だったかなと思う。ネットで見ると杉の枝などを重ねているようだし、大野市では畳を敷いたらしい。
また断熱シートも今回は完全に覆いつくすところまで気を付けなかったが、これももっとしっかり覆い、できれば2重にしたほうがよかったのかもしれない。藁や菰があるともっといいのだろうが。
ともかく第1回オープンは12日と決まった。楽しみである。
しかしこのネタはマスコミ的に受けがいいようで、チャンネルO(地元ケーブルTV)は単なる取材でなく特集を組んでくれるようだし、FBCラジオからもオファーが来た。
とにかく上根来というところがあって、そこの(元)住民のみんなが今でも強くつながっていろんな活動をしていることが知られていくのはいいことだ。
おかげで例年なら3月中旬までとても行くことのできない上根来畜産団地跡にフツーに行くことができるので、雪室の様子を見に行った。
雪の変化を追いかけようと思って、定点観測用に撮影ポイントを2アングル分決めてあるので、写真で比較してみよう。雪室を作った2月2日と、見に行った3月1日である。27日経過しているわけだ。
まずはアングル①の写真。これは2月2日。ブルーシートの裾から雪がはみ出している。
同じアングルの3月1日。ブルーシートからはみ出した雪はなくなり、天端高さも少し低くなっている。
雪山を真正面から見たアングル②で、これは2月2日。ブルーシートを固定する丸太の下に数10cmの厚さで雪がある。また天端の向こうは壁の一番上の横アングルが隠れて見えない。
同じアングルで3月1日。丸太の下の雪は全部なくなり、天端の向こうの一番上のアングルが見えている。全体に1割ほど小さくなったかなという感じだ。
ただし残っている雪はカンカンに硬くて、剣先スコップでも歯が立たない感じだ。
こうしてみると、ブルーシートとその下の断熱シートの効果がよくわかる。今回はコンクリートの上に雪を直に敷きならしたが、ここにも断熱材が必要だったかなと思う。ネットで見ると杉の枝などを重ねているようだし、大野市では畳を敷いたらしい。
また断熱シートも今回は完全に覆いつくすところまで気を付けなかったが、これももっとしっかり覆い、できれば2重にしたほうがよかったのかもしれない。藁や菰があるともっといいのだろうが。
ともかく第1回オープンは12日と決まった。楽しみである。
しかしこのネタはマスコミ的に受けがいいようで、チャンネルO(地元ケーブルTV)は単なる取材でなく特集を組んでくれるようだし、FBCラジオからもオファーが来た。
とにかく上根来というところがあって、そこの(元)住民のみんなが今でも強くつながっていろんな活動をしていることが知られていくのはいいことだ。
2014年3月4日火曜日
手本とすべき人たち
合格発表から2日目、まだまだメールが止まらない。本当に幸せな日々だ。やっぱ人間、誰かのためになれたと実感することは幸せだと再認識する。
午後から「若狭の語り部」発足二十周年祝賀会にお招きいただき、柄にもなくネクタイなんぞしめて胸に花なんぞつけていただき列席。改めて継続することの力を教えていただく。
20年前といったら、太鼓会が結成された年で、私はまだ会社と家の往復しかしていなかったころだ。33歳にもなってですよ。ああオレってスロースターターだったんだなあと悔恨。とともに、焦らず慌てず積み重ねていくことのすごさを先輩方に教えてもいただき、よおし、俺もやるぞと腰に手を当て、ひねもす小浜湾をきっと睨みつけたのであった。平和な男だなあ。^^;
語り部の皆さん、本当におめでとうござました。これからもよろしくお願いいたします。
なんだかイキオイがついてしまって、帰宅後自転車に乗ってぐいぐいとペダルを踏んで街へ出る。
いつものココスに行ったら、なんだこれは高校生貸切状態。後で知ったのだが卒業式だったらしい。それでもおじさんはがんばってしっかり添削仕事をしたのです。
そのまま夜になり、観光局で週末の活動の打ち合わせをして、さらに駅前の居酒屋に移動して打合せ。いや嘘だな。若狭坊に一言伝言しただけであとは飲んでたな。
まあいいのだ。何かが生まれるかもしれないと思いながら、わいわいと飲み語らうことのシアワセを満喫したし、今日もまた面白いヤツと出会えたし。
午後から「若狭の語り部」発足二十周年祝賀会にお招きいただき、柄にもなくネクタイなんぞしめて胸に花なんぞつけていただき列席。改めて継続することの力を教えていただく。
20年前といったら、太鼓会が結成された年で、私はまだ会社と家の往復しかしていなかったころだ。33歳にもなってですよ。ああオレってスロースターターだったんだなあと悔恨。とともに、焦らず慌てず積み重ねていくことのすごさを先輩方に教えてもいただき、よおし、俺もやるぞと腰に手を当て、ひねもす小浜湾をきっと睨みつけたのであった。平和な男だなあ。^^;
語り部の皆さん、本当におめでとうござました。これからもよろしくお願いいたします。
なんだかイキオイがついてしまって、帰宅後自転車に乗ってぐいぐいとペダルを踏んで街へ出る。
いつものココスに行ったら、なんだこれは高校生貸切状態。後で知ったのだが卒業式だったらしい。それでもおじさんはがんばってしっかり添削仕事をしたのです。
そのまま夜になり、観光局で週末の活動の打ち合わせをして、さらに駅前の居酒屋に移動して打合せ。いや嘘だな。若狭坊に一言伝言しただけであとは飲んでたな。
まあいいのだ。何かが生まれるかもしれないと思いながら、わいわいと飲み語らうことのシアワセを満喫したし、今日もまた面白いヤツと出会えたし。
2014年3月3日月曜日
みんなが技術士になる日
この日はどうしても朝早く目覚めてしまう。ウトウトとしてうっすら目を覚まし、いつもならもう一度眠り込むところに気になることがあるとそれができない。
枕元のスマホを手にしてメールチェックをする。ずらずらっとメール。あああの人が、おおこの人も。記憶がはっきりしている人であれば、特に気になっていた人であればなおさら、目がぱっちり覚めてしまう。
9時、官報が出たので気になっている人の名前をひととおり確認。何だか早くも飲みたい気分になってきて困った。
例年なら「えっ、あの人が」という不合格連絡メールが1つか2つあるのだが、今年はない。
なんだかうきうきした気分でせっせとメールに返信しつつ午前中を過ごし、午後から外へ。きのこ原木用のアブラギリを追加調達するために上根来での伐採作業と笹谷への運搬作業。いつの間にかいい天気になっていた。
笹谷でたけしと少し雑談。向こうのほうにぼんやり見える目標に向かって行動して、徐々に形が見えてくるというのは、不安を乗り越える勇気を何でもないものにしさえすれば、本当にわくわくすることだ。
いったん帰宅して、中央公民館に置きっぱなしになっていた自転車を取りに歩いて向かう。いい天気で小浜城跡の向こうに久須夜ヶ岳がくっきり見える。
自転車に乗ってすぐに帰宅…せずにメルカードで添削をしていたらちょうど夕暮れ時になったので、西津の海岸へ。
澄んだ空気の中で夕日をしばらく眺めていた。太陽が動くのがはっきり見えるのだが、時間が進むのもまた早い。
ふと見ると、北川河口にいつの間にか砂州が長く伸びていてびっくりした。突堤ができて漂砂が止められたのだろうけれど、ぜんぜん気が付かなかった。家からほんの数百mのところなのになんてことだ。よし今度ここを散歩しよう。
冬の季節風で全部陸側に傾いて水仙が咲いていた。そういえばお水送りも終わったんだった。春が目の前なんだなあ。
帰宅してメールチェックすると、春が来た人からのメールでいっぱい。まだ不合格メールは一通も来ていない。ちょっと気持ち悪いくらいだが、とにかくせっせと返信し、早目の風呂に入る。風呂上りに美味いビール(注:むろんプリン体オフ)を飲むためだ。
いいのかこれで的な時間から乾杯。みんな、おめでとう。
枕元のスマホを手にしてメールチェックをする。ずらずらっとメール。あああの人が、おおこの人も。記憶がはっきりしている人であれば、特に気になっていた人であればなおさら、目がぱっちり覚めてしまう。
9時、官報が出たので気になっている人の名前をひととおり確認。何だか早くも飲みたい気分になってきて困った。
例年なら「えっ、あの人が」という不合格連絡メールが1つか2つあるのだが、今年はない。
なんだかうきうきした気分でせっせとメールに返信しつつ午前中を過ごし、午後から外へ。きのこ原木用のアブラギリを追加調達するために上根来での伐採作業と笹谷への運搬作業。いつの間にかいい天気になっていた。
笹谷でたけしと少し雑談。向こうのほうにぼんやり見える目標に向かって行動して、徐々に形が見えてくるというのは、不安を乗り越える勇気を何でもないものにしさえすれば、本当にわくわくすることだ。
いったん帰宅して、中央公民館に置きっぱなしになっていた自転車を取りに歩いて向かう。いい天気で小浜城跡の向こうに久須夜ヶ岳がくっきり見える。
自転車に乗ってすぐに帰宅…せずにメルカードで添削をしていたらちょうど夕暮れ時になったので、西津の海岸へ。
澄んだ空気の中で夕日をしばらく眺めていた。太陽が動くのがはっきり見えるのだが、時間が進むのもまた早い。
ふと見ると、北川河口にいつの間にか砂州が長く伸びていてびっくりした。突堤ができて漂砂が止められたのだろうけれど、ぜんぜん気が付かなかった。家からほんの数百mのところなのになんてことだ。よし今度ここを散歩しよう。
冬の季節風で全部陸側に傾いて水仙が咲いていた。そういえばお水送りも終わったんだった。春が目の前なんだなあ。
帰宅してメールチェックすると、春が来た人からのメールでいっぱい。まだ不合格メールは一通も来ていない。ちょっと気持ち悪いくらいだが、とにかくせっせと返信し、早目の風呂に入る。風呂上りに美味いビール(注:むろんプリン体オフ)を飲むためだ。
いいのかこれで的な時間から乾杯。みんな、おめでとう。
2014年3月2日日曜日
今日はあれこれ充実
知床さんの講義がある日なのだが、あいにくNPO絡みの行事と重なってしまったので聴講することができない。
残念至極であるが、知床さんのギャグを理解してくれる人がバイアさん以外にもこの広い日本にはいることを祈りつつ、イベント会場へ。
今日の行事は健康ウォークなのだが、申込者数は驚愕の100人超えらしい。しかしインフルエンザで10人近くがリタイヤし、当日の寒さからか小浜人ののんびりさからか、えらくパラパラ感のある開会式であった。
我々としてはこれがメインの笹谷ため池まで移動し、簡単な説明を聞いてもらったうえで、遊歩道の老朽化を実感してもらう。ここから参加者は6kmの健康ウォーク、我々は昼イベントの準備である。
11時過ぎ、予定より1時間近く早く皆さん帰着し、150人分のカレーを竹の食器で食べてもらう。なんとなく開会式の人数よりずっと多いような気がする。^o^;
食後、アブラギリの原木にキノコを植菌。今回はヒラタケ、ナメコ、キクラゲ。特にキクラゲは生食もできるので楽しみだ。
60本用意した原木のうち20本くらいは持ち帰る人がいて40本くらい残るかなあと思ったら、残ったのが20本だった。明日にでもまた補充しないと。ToT
終了後春のイベントの打ち合わせなどもして、夕方けっこう疲れて帰宅。添削を少しやって太鼓会の会議へ。終了間際、なおきから電話。すぐに出向き、教習所突入コンビ・市役所メンバーと連夜の飲み会。なんというか充実した1日でありました。
知床さんともべっこさんともすぐに会うことになるので名残惜しさゼロ。お互いに気楽に行き来できる関係がいいねえ。
明日はいよいよ二次試験最終発表である。皆さんに合格の微笑みがありますように。
残念至極であるが、知床さんのギャグを理解してくれる人がバイアさん以外にもこの広い日本にはいることを祈りつつ、イベント会場へ。
今日の行事は健康ウォークなのだが、申込者数は驚愕の100人超えらしい。しかしインフルエンザで10人近くがリタイヤし、当日の寒さからか小浜人ののんびりさからか、えらくパラパラ感のある開会式であった。
我々としてはこれがメインの笹谷ため池まで移動し、簡単な説明を聞いてもらったうえで、遊歩道の老朽化を実感してもらう。ここから参加者は6kmの健康ウォーク、我々は昼イベントの準備である。
11時過ぎ、予定より1時間近く早く皆さん帰着し、150人分のカレーを竹の食器で食べてもらう。なんとなく開会式の人数よりずっと多いような気がする。^o^;
食後、アブラギリの原木にキノコを植菌。今回はヒラタケ、ナメコ、キクラゲ。特にキクラゲは生食もできるので楽しみだ。
60本用意した原木のうち20本くらいは持ち帰る人がいて40本くらい残るかなあと思ったら、残ったのが20本だった。明日にでもまた補充しないと。ToT
終了後春のイベントの打ち合わせなどもして、夕方けっこう疲れて帰宅。添削を少しやって太鼓会の会議へ。終了間際、なおきから電話。すぐに出向き、教習所突入コンビ・市役所メンバーと連夜の飲み会。なんというか充実した1日でありました。
知床さんともべっこさんともすぐに会うことになるので名残惜しさゼロ。お互いに気楽に行き来できる関係がいいねえ。
明日はいよいよ二次試験最終発表である。皆さんに合格の微笑みがありますように。
2014年3月1日土曜日
直進ヨシ!
ひこそう全国大会から2か月もたっていないにもかかわらず、またもやってきました知床の大きい人。神戸の王子を従えて車でさっそうと小浜に到着。
すでにみんなは「秀」に待機中。近くまで来たというのでなおきが出迎えにいった。
しかしべっこ号に乗っていたのは、まっすぐ見えるところに最短距離で行けば何の問題もないという所に暮らすナビゲーターと、「ここで降りてください」という予定を守れず平気で次のインターまで行ってしまうドライバー。
「秀」の看板目指してまっしぐらに坂を下り、ちょっと狭いような気がする道を直進した。
ただ悲しいかな、それは教習所だったのである。
フツーそこで心を入れ替えるでしょう。「あ、間違えました。ごめんなさい」という態度を表すものでしょう。
ところが教習所を突っ切り、「秀」が目の前に見えるところで「このカラーコーンを除けろ」オーラをガンガン出すキミタチは一体何者なのか。
なおきによれば、助手席ではまっすぐ前方を指さし、「直進ヨーシ」と言っている大きな人がいたらしいではないか。
すでにみんなは「秀」に待機中。近くまで来たというのでなおきが出迎えにいった。
しかしべっこ号に乗っていたのは、まっすぐ見えるところに最短距離で行けば何の問題もないという所に暮らすナビゲーターと、「ここで降りてください」という予定を守れず平気で次のインターまで行ってしまうドライバー。
「秀」の看板目指してまっしぐらに坂を下り、ちょっと狭いような気がする道を直進した。
ただ悲しいかな、それは教習所だったのである。
フツーそこで心を入れ替えるでしょう。「あ、間違えました。ごめんなさい」という態度を表すものでしょう。
ところが教習所を突っ切り、「秀」が目の前に見えるところで「このカラーコーンを除けろ」オーラをガンガン出すキミタチは一体何者なのか。
なおきによれば、助手席ではまっすぐ前方を指さし、「直進ヨーシ」と言っている大きな人がいたらしいではないか。
![]() |
| 以上の話全部を笑ってヨシとしてしまう奴ら。^o^; |
2014年2月28日金曜日
祝・RCCM合格
今日はRCCM試験の合格発表だった。
掲示板は例年のように合格を喜ぶ声がアップされているし、答案を提供してくれた人もいる。
ともかく皆さん、おめでとうございました。
そして3日後は技術士の合格発表。また悲喜こもごもの日になりそうだ。
そして今日もまたPM2.5の濃度が高いらしい。ただどうも風景を見ていると単なる曇り空のようにもみえて、何だかよくわからない。
古津から久須夜ヶ岳を望む。第2展望台のあるあたりから向こう、山頂あたりはぜんぜん見えない。空の濃淡があるから、ある程度以上の高さの部分は雲のようにも見える。
そして暖かい。10度以上の気温が続くせいか、雪解けが進んでいるようで、北川は濁ってしまい、渦を巻きながら速く流れている。雪解け水だからってこんなに濁っていたかなあ。
掲示板は例年のように合格を喜ぶ声がアップされているし、答案を提供してくれた人もいる。
ともかく皆さん、おめでとうございました。
そして3日後は技術士の合格発表。また悲喜こもごもの日になりそうだ。
そして今日もまたPM2.5の濃度が高いらしい。ただどうも風景を見ていると単なる曇り空のようにもみえて、何だかよくわからない。
古津から久須夜ヶ岳を望む。第2展望台のあるあたりから向こう、山頂あたりはぜんぜん見えない。空の濃淡があるから、ある程度以上の高さの部分は雲のようにも見える。
そして暖かい。10度以上の気温が続くせいか、雪解けが進んでいるようで、北川は濁ってしまい、渦を巻きながら速く流れている。雪解け水だからってこんなに濁っていたかなあ。
昨夜は久々に木曜会に出た。ちょうど新聞社のメンバーもいたので3月の行事PRもしていたのだが、「こんなにたくさんするんか?」というくらい盛りだくさん。何なんだ今年の3月は。
とりあえず2日に加斗で笹谷絡みのあれこれ、6日にへしこ作り、12日に雪室オープン、13日にへしこ作り第2回、15日に笹谷作業である。23日にはエコエコ自然楽校があるが私はみちのくひとり旅の最中なので出られない。ToT
それらの合間に祭りの話し合いやら大学の地域学習対応やらが入ってくる。
そうそう、明日には北の大地から大きい人が来るんだった。もう来浜4回目ともなると扱いはぞんざいなのだ。^o^
2014年2月27日木曜日
さらばSOTOMO
「SOTOMO」が閉店する。よく昼飯を食べに来ていたのだが、行動様式が変わってからここ2年ほどはご無沙汰していた。マスターも奥さんもお年だからかな。38年店をやっておられたのだという。
先日ここで偶然、M先生と会った。「今週いっぱいで閉めるので通い詰めている」とのこと。そういえば店内はけっこう混んでいて、支払いのときに閉店を残念がる言葉をかけている人もいた。みんないろんな思い出があるのだろう。そういえば私もずーっと以前(もう20年ほど前)は残業中に夕食を食べによく来ていたなあ。
俳優やアーティストの素敵な絵が壁にバーンと飾ってあり、ステージ照明らしきものもあり、いつも70年代~80年代ロックが流れている、だけど店内は落ち着いていて、食事とコーヒーとノマドワークのできる、そんな店だった。
もっと行っとけばよかったなあと思うけれど、自分の行きつけのひとつになっていると閉店のときの寂しさも倍増してしまうしなあとも思う。
ともあれご苦労様でした。
先日ここで偶然、M先生と会った。「今週いっぱいで閉めるので通い詰めている」とのこと。そういえば店内はけっこう混んでいて、支払いのときに閉店を残念がる言葉をかけている人もいた。みんないろんな思い出があるのだろう。そういえば私もずーっと以前(もう20年ほど前)は残業中に夕食を食べによく来ていたなあ。
もっと行っとけばよかったなあと思うけれど、自分の行きつけのひとつになっていると閉店のときの寂しさも倍増してしまうしなあとも思う。
ともあれご苦労様でした。
2014年2月26日水曜日
やっと地元で
小浜市内で、北陸技術士懇談会が主導する講習会にて技術士試験講義をさせていただいた。
実はこのようなこおてゃ今回が初めてだ。あちこちで散々受験支援だのセミナーだのやっていながら、地元でやっていなかったのだ。
遠慮もあった。確かSUKIYAKI塾やAPEC-semiのセミナーツアーを始めてすぐのあたりで福井県内での講習会講師の依頼があったのだが、3月になってからの5月の講習会依頼だったので、もう予定が満杯になっていてどうにもならずお断りしたところ、それからお声掛けをいただかなくなった。気にはなっていたのだが、忙しさにかまけて放ってあったのだ。
今回このような機会をもらって本当に感謝している。やっぱり地域作りを担う技術者は地域で育てないと。
今日の講義はどうだったろうか。
皆さんにはどう映ったかはわからないが、実はいっぱいいっぱいだった。
毎年、セミナーツアーの最初はこうなのだが、時間配分がまだうまくいかなかったり、頭の中でまとまってないもので話があちこち飛んでまとまらなくなったりして、終わってからけっこう自己嫌悪に陥る。
同じような内容の講義を繰り返していくうちにこなれてくるのだが、今日は特に慣れている3時間1テーマの講義ではなく、2時間に一次試験と二次試験をまとめて話したこと、そして何より受講生に知った顔がたくさんいて、それも私がお世話になってきた人だったり、まじめモードの自分との付き合いがあまりない人だったり(まあつまり気恥ずかしいのだが)して、どうも調子が出なかった。
次の機会があれば、もっとうまくやりますから、今回はこの程度でご勘弁ください。
終了後、「村さ来」で軽く打ち上げ…って、終わったら日が変わっていたけれど。^^;
セミナーツアーでもそうだが、終わった後にほっとして、しゃべり続けで熱っぽくなった喉に冷たい飲み物をぐぐいと流し、今度はほわーんと酔ってきてからのリラックスした会話が一番の楽しみだ。
ともかく、今日は嬉しかったという話です。
実はこのようなこおてゃ今回が初めてだ。あちこちで散々受験支援だのセミナーだのやっていながら、地元でやっていなかったのだ。
遠慮もあった。確かSUKIYAKI塾やAPEC-semiのセミナーツアーを始めてすぐのあたりで福井県内での講習会講師の依頼があったのだが、3月になってからの5月の講習会依頼だったので、もう予定が満杯になっていてどうにもならずお断りしたところ、それからお声掛けをいただかなくなった。気にはなっていたのだが、忙しさにかまけて放ってあったのだ。
今回このような機会をもらって本当に感謝している。やっぱり地域作りを担う技術者は地域で育てないと。
今日の講義はどうだったろうか。
皆さんにはどう映ったかはわからないが、実はいっぱいいっぱいだった。
毎年、セミナーツアーの最初はこうなのだが、時間配分がまだうまくいかなかったり、頭の中でまとまってないもので話があちこち飛んでまとまらなくなったりして、終わってからけっこう自己嫌悪に陥る。
同じような内容の講義を繰り返していくうちにこなれてくるのだが、今日は特に慣れている3時間1テーマの講義ではなく、2時間に一次試験と二次試験をまとめて話したこと、そして何より受講生に知った顔がたくさんいて、それも私がお世話になってきた人だったり、まじめモードの自分との付き合いがあまりない人だったり(まあつまり気恥ずかしいのだが)して、どうも調子が出なかった。
次の機会があれば、もっとうまくやりますから、今回はこの程度でご勘弁ください。
終了後、「村さ来」で軽く打ち上げ…って、終わったら日が変わっていたけれど。^^;
セミナーツアーでもそうだが、終わった後にほっとして、しゃべり続けで熱っぽくなった喉に冷たい飲み物をぐぐいと流し、今度はほわーんと酔ってきてからのリラックスした会話が一番の楽しみだ。
ともかく、今日は嬉しかったという話です。
2014年2月25日火曜日
ぼんやりした風景
急に暖かくなった。3月の陽気らしい。そして春っぽくなったなあと思ったとたんに黄砂がやってきた。ただ今回の黄砂は本当に黄砂かどうかわからない。
以前、名古屋あたりで光化学オキシダントという死語か?と思うような現象が頻発した際、黄砂の成分を調べたら細かい砂粒の時もあるが、硫酸エアロゾルの時もあるという話があった。飛来源は中国だろうということで、越境酸性雨のひとつだったわけだ。実際日本海側で雨のpHが低かったりするし。
最近はPM2.5である。まあPM2.5というのは浮遊粒子状物質の粒の細かさだから、別にその成分が砂粒だろうが硫酸エアロゾルだろうが何だろうが関係ないのだけれど、ちょうど同じ日に北京で過去最高の大気汚染が報じられているから、やはりキモチワルイ。
向こうのほうにぼんやり山が見えるでしょう。5kmもないくらいの距離なんだけど、ほとんど見えない。
1kmも離れていない大黒山。「はっきり見えるじゃないか」と言うかもしれないけれど、
同じ風景の1日前の様子。もう空の色からして違うでしょう。とにかく晴れてはいるのだけれど、薄曇り状態で、影もぼんやりしているのだ。
中身が何かはともかくとして、ここ10年ほど明らかに黄砂(というか浮遊粒子状物質)がひどくなっている。これが砂粒であれば砂粒であったで、開発に伴う砂漠化なんてものの表れだからやっぱり憂鬱な話である。
椎名誠氏のエッセイで、ロシアの極北のまちに冬に行ったとき、とにかく寒いので息であれ排気であれ何でも白くなるので、まち全体が濃い霧の中で、その中を歩く人はユーレイのように見えたといったようなことが書かれていたが、黄砂のひどい時の朝なんぞまさにそれに近い世界だ。
待ちわびた春が来れば来たで、またあのぼんやりした風景を見ることになるんだなあと思うと、せっかくの春も嬉しさ半減のような気分になる。
以前、名古屋あたりで光化学オキシダントという死語か?と思うような現象が頻発した際、黄砂の成分を調べたら細かい砂粒の時もあるが、硫酸エアロゾルの時もあるという話があった。飛来源は中国だろうということで、越境酸性雨のひとつだったわけだ。実際日本海側で雨のpHが低かったりするし。
最近はPM2.5である。まあPM2.5というのは浮遊粒子状物質の粒の細かさだから、別にその成分が砂粒だろうが硫酸エアロゾルだろうが何だろうが関係ないのだけれど、ちょうど同じ日に北京で過去最高の大気汚染が報じられているから、やはりキモチワルイ。
向こうのほうにぼんやり山が見えるでしょう。5kmもないくらいの距離なんだけど、ほとんど見えない。
同じ風景の1日前の様子。もう空の色からして違うでしょう。とにかく晴れてはいるのだけれど、薄曇り状態で、影もぼんやりしているのだ。
中身が何かはともかくとして、ここ10年ほど明らかに黄砂(というか浮遊粒子状物質)がひどくなっている。これが砂粒であれば砂粒であったで、開発に伴う砂漠化なんてものの表れだからやっぱり憂鬱な話である。
椎名誠氏のエッセイで、ロシアの極北のまちに冬に行ったとき、とにかく寒いので息であれ排気であれ何でも白くなるので、まち全体が濃い霧の中で、その中を歩く人はユーレイのように見えたといったようなことが書かれていたが、黄砂のひどい時の朝なんぞまさにそれに近い世界だ。
待ちわびた春が来れば来たで、またあのぼんやりした風景を見ることになるんだなあと思うと、せっかくの春も嬉しさ半減のような気分になる。
2014年2月24日月曜日
しょんべん橋
先日立ち合いをした「女房の実家が管理を任されている土地」(ああややこしい)は、昨年9月の台風18号で流されてしまった橋の架け替えのための土地確保に伴うものだ。流された橋を全体に高くするのでまわりの土地が必要になるわけですね。
数件が土地を提供したようだが、全部寄付である。私は仕事柄「で、なんぼやねん」と目の色を変える人、買い上げてもらう土地を少しでも多く見積もらせようと「ここもウチの土地!」と強弁する人をいっぱい見てきたので、「へえ、みんな寄付しはるんや」と新鮮だった。まあ地元要望ということもあるのだろうが。
見るも無残に橋の半分が流されてひっくり返って対岸に引っかかっている。
この橋は「飛川橋」というのだが、みんなは「しょんべん橋」と呼んでいあ。「しょんべん程度の出水でも流されてしまう橋」という意味らしいが、まさか本当に流されてしまうとは。
2010年7月の同じ河原。対岸で高校生くらいの子どもたちが遊んでいる。今回の出水で全体に河原が高くなったように思う。
ここは川が左にカーブしているので、対岸の岩場のほうが攻撃斜面になって、こちら側に土砂が堆積する構造になっているから、出水時にどっさり堆積して河積が狭くなると同時に対岸側に流れが集中して、橋の向こう側の桁を吹っ飛ばしてしまったのかなあと思った。
ともあれ、今度はちょとやそっとでは流されない橋になるだろう。それでもみんなは「しょんべん橋」と言うんだろうか。
数件が土地を提供したようだが、全部寄付である。私は仕事柄「で、なんぼやねん」と目の色を変える人、買い上げてもらう土地を少しでも多く見積もらせようと「ここもウチの土地!」と強弁する人をいっぱい見てきたので、「へえ、みんな寄付しはるんや」と新鮮だった。まあ地元要望ということもあるのだろうが。
見るも無残に橋の半分が流されてひっくり返って対岸に引っかかっている。
この橋は「飛川橋」というのだが、みんなは「しょんべん橋」と呼んでいあ。「しょんべん程度の出水でも流されてしまう橋」という意味らしいが、まさか本当に流されてしまうとは。
この橋のちょっとだけ上流に河原が広くなったところがあり、対岸には岩場がある。このてっぺんは平らになっていて、夏になるとここからよく子どもが飛び込んで遊ぶ。息子も小学生のころ飛び込んでいた。
昔はここに橋がかかっていて(これに通じる道路の幅からいって、車は絶対に通れない人道橋だったろう)、出水のたびに流されるので、こちら側の岸の大きな木にワイヤーでくくりつけてあって、流されてもそのあたりに引っかかっているようにし、出水が収まったら引いてきてもとに戻していた、そしてそれは区長の仕事だったというトンデモナイ話を立会いの時に地元の人に聞いた。まじか。それこそ「しょんべん橋」やんか。てか、何なんだそのフレキシブルさは。いやそうじゃなくて、区長どんだけ大変やねん。
ここは川が左にカーブしているので、対岸の岩場のほうが攻撃斜面になって、こちら側に土砂が堆積する構造になっているから、出水時にどっさり堆積して河積が狭くなると同時に対岸側に流れが集中して、橋の向こう側の桁を吹っ飛ばしてしまったのかなあと思った。
ともあれ、今度はちょとやそっとでは流されない橋になるだろう。それでもみんなは「しょんべん橋」と言うんだろうか。
2014年2月23日日曜日
落ち着きのないおじさん
屋内にいるのがもったいないようないい天気だが、2月下旬はこういう冬を忘れさせるような陽気がときどきある。
加斗地区で、竹工作イベント。私はメイン講師ではなくお手伝い係。竹とんぼなどを作ったが、ついでに竹水筒もいくつか作った。
昼前に終了。ひねもすのたりという感じの小浜湾を横目にのんびり帰宅。昼食後、今度は自転車で外へ。こういう日は少し体を動かさないともったいないからね。
本当にいい天気で、視界もすっきり。自転車で走っては紅茶やコーヒー飲んで休憩がてら添削。
いったん帰宅してあれこれやっていたが、やっぱりいい天気がもったいなくて、もう一度自転車でいつも行く浜へ。日没風景を楽しんで満足して帰宅。…よく考えてみるとこれってただの落ち着きのないおじさんの行動か?
加斗地区で、竹工作イベント。私はメイン講師ではなくお手伝い係。竹とんぼなどを作ったが、ついでに竹水筒もいくつか作った。
空気鉄砲用の篠竹が用意してあったので、久々に篠笛を作ってみた。乾燥していない竹で作るとささくれがいっぱいできていい笛は作れないが、それでもちゃんと鳴った。指孔は「指が覚えている場所」にテキトーに空けたが、そこそこ音程も取れていて我ながら感心。^o^
本当にいい天気で、視界もすっきり。自転車で走っては紅茶やコーヒー飲んで休憩がてら添削。
いったん帰宅してあれこれやっていたが、やっぱりいい天気がもったいなくて、もう一度自転車でいつも行く浜へ。日没風景を楽しんで満足して帰宅。…よく考えてみるとこれってただの落ち着きのないおじさんの行動か?
2014年2月22日土曜日
外仕事は楽しいけれど
久々に外作業。加斗地区の補助事業である竹林伐採を手伝った。
以前に購入したミニサイズのチェーンソーで竹を切る担当。ノコギリに比べたら運動量は少ないはずなのにかなり汗をかいてしまった。
竹林の端を中心に20~30本ほど伐採。中が全く見えなかった竹林がけっこうきれいになった。
終了後、Kさんと笹谷にいって、14日に伐採して運んでおいたアブラギリを半分の長さに切る作業(3月にキノコの植菌をする)と、ため池遊歩道の劣化状況把握。板の取り換えはちょっとしんどそうだ。やはり板張りにするかなあ。まあこういうことをあれこれ考えるのは楽しいものだ。
困ったのは、去年の9月から続く上腕の痛みた。もともとは過度の運動(薪割りとか)が原因の腱鞘炎とかテニス肘といった類のもので、とにかく毎日キーボードを打たない日はないので、腱鞘炎の軽い状態になっているようなのだが、今日のようにちょっと力仕事をするとすぐに痛みが出てしまう。まあインドメタシン(この名前もすっかり覚えちゃったなあ)の薬を塗って寝るとしよう。
以前に購入したミニサイズのチェーンソーで竹を切る担当。ノコギリに比べたら運動量は少ないはずなのにかなり汗をかいてしまった。
竹林の端を中心に20~30本ほど伐採。中が全く見えなかった竹林がけっこうきれいになった。
終了後、Kさんと笹谷にいって、14日に伐採して運んでおいたアブラギリを半分の長さに切る作業(3月にキノコの植菌をする)と、ため池遊歩道の劣化状況把握。板の取り換えはちょっとしんどそうだ。やはり板張りにするかなあ。まあこういうことをあれこれ考えるのは楽しいものだ。
困ったのは、去年の9月から続く上腕の痛みた。もともとは過度の運動(薪割りとか)が原因の腱鞘炎とかテニス肘といった類のもので、とにかく毎日キーボードを打たない日はないので、腱鞘炎の軽い状態になっているようなのだが、今日のようにちょっと力仕事をするとすぐに痛みが出てしまう。まあインドメタシン(この名前もすっかり覚えちゃったなあ)の薬を塗って寝るとしよう。
2014年2月21日金曜日
たまにはじっくり和食
女房の実家が管理を任されている土地の関係で用地立会いに行ってきた。地権者側の立場でこんなの初めてだなあ。^^;
とにかく寒い日で、長靴の下からじんじんと忍び寄ってくる冷気が久々だった。
こういう日は帰宅してから暖まってもまだ不足で、やはり熱燗に限る。
ということで、女房と久々に浜照へ。こういう「和食の飾り」のある店で急がずじっくり日本酒を飲むのはやはりいいものだ。
帰宅後マンガを読みつつ(飲んだ後は活字はちょっときつい)長風呂を楽しみ、風呂上りに冷たい茶をぐびぐびと飲んですっきりし、添削を少し。もう出願書類がほぼ出来上がった人もチラホラ出てきた。今年も「アリとキリギリス」を実感するんだろうなあと思いつつ、今日は早めに寝ることにした。
とにかく寒い日で、長靴の下からじんじんと忍び寄ってくる冷気が久々だった。
こういう日は帰宅してから暖まってもまだ不足で、やはり熱燗に限る。
ということで、女房と久々に浜照へ。こういう「和食の飾り」のある店で急がずじっくり日本酒を飲むのはやはりいいものだ。
帰宅後マンガを読みつつ(飲んだ後は活字はちょっときつい)長風呂を楽しみ、風呂上りに冷たい茶をぐびぐびと飲んですっきりし、添削を少し。もう出願書類がほぼ出来上がった人もチラホラ出てきた。今年も「アリとキリギリス」を実感するんだろうなあと思いつつ、今日は早めに寝ることにした。
2014年2月20日木曜日
緊張の夏
連日部活絡みの話になってしまうが、今回のオリンピックは、練習で調子が良くて本番でガタガタになり、すごく期待はずれな結果になってしまったかわいそうな選手が何人かいた。いつもオリンピックではそういう例を目にするが、今回は特にそれが目立ったなあと思う。
またぞろ日本人のメンタル面での弱さなんかが話題になるかもしれない。さらには教育のあり方なんかに話が及んで、順位を付けない運動会とか競争しないエピソードが語られるかもしれない。私の子どもたちが通った小学校ではフツーに順位を競う運動会をやっていたが、みんな並んで走ったりするってホンマかいな。アホちゃうかの極致である。
まあそれはともかく、本番の緊張は、またあれも忘れられないものである。特に試合開始直後の最初の動作。
私はテニスをやっていたわけだが、2年生の夏の大会、最初の試合での最初のサーブの瞬間が記憶に強烈に残っている。サーブというのはボールを手で上げ、これを打ち下ろすわけで、見上げる夏の空に自分の手が伸びて、ボールがポンと上がるわけですよ。夏空の真ん中に。
まあ練習で見慣れた図柄なんだけど、そのときは足が小刻みに震えているのを感じて、「や、やばい!」と思って、もうやみくもにラケットを振り下ろした。
どうも必死のあまり目をつぶっていたか思い切り顔をそらしていたみたいで、「とにかく振ったんだけどボールはどこに行ったのですか」状態になってしまった。
結局サービスエースで、そのあと3本立て続けに決まる好スタートになったんだけど、あの時の「ひえええ」な瞬間は忘れられない。それ以外にもきっと部活で緊張したことはあるんだろうけど、それが記憶にないくらい飛びぬけていた。
体が勝手に動いてくれたんだろうな。練習不足だったらきっと腕が縮んでしまっていただろう。
スポーツ以外では学会発表で一度すっごく緊張した記憶がある。また口頭試験では当然緊張するのだが、これはまあ体を動かして何かやるわけではないから異質の緊張ですね。本番で練習の実力が発揮できないというほどのことは経験していない。
あ、あと楽器の演奏とか歌ってのもあるな。間違うとか声が裏返ってしまうとかいうのはかなりの恐怖だ。
またぞろ日本人のメンタル面での弱さなんかが話題になるかもしれない。さらには教育のあり方なんかに話が及んで、順位を付けない運動会とか競争しないエピソードが語られるかもしれない。私の子どもたちが通った小学校ではフツーに順位を競う運動会をやっていたが、みんな並んで走ったりするってホンマかいな。アホちゃうかの極致である。
まあそれはともかく、本番の緊張は、またあれも忘れられないものである。特に試合開始直後の最初の動作。
私はテニスをやっていたわけだが、2年生の夏の大会、最初の試合での最初のサーブの瞬間が記憶に強烈に残っている。サーブというのはボールを手で上げ、これを打ち下ろすわけで、見上げる夏の空に自分の手が伸びて、ボールがポンと上がるわけですよ。夏空の真ん中に。
まあ練習で見慣れた図柄なんだけど、そのときは足が小刻みに震えているのを感じて、「や、やばい!」と思って、もうやみくもにラケットを振り下ろした。
どうも必死のあまり目をつぶっていたか思い切り顔をそらしていたみたいで、「とにかく振ったんだけどボールはどこに行ったのですか」状態になってしまった。
結局サービスエースで、そのあと3本立て続けに決まる好スタートになったんだけど、あの時の「ひえええ」な瞬間は忘れられない。それ以外にもきっと部活で緊張したことはあるんだろうけど、それが記憶にないくらい飛びぬけていた。
体が勝手に動いてくれたんだろうな。練習不足だったらきっと腕が縮んでしまっていただろう。
スポーツ以外では学会発表で一度すっごく緊張した記憶がある。また口頭試験では当然緊張するのだが、これはまあ体を動かして何かやるわけではないから異質の緊張ですね。本番で練習の実力が発揮できないというほどのことは経験していない。
あ、あと楽器の演奏とか歌ってのもあるな。間違うとか声が裏返ってしまうとかいうのはかなりの恐怖だ。
2014年2月19日水曜日
部活の思い出
私の読書はかなり偏っていて、一時期にワンジャンルに集中する。小説からエッセイ、さらにはコミックマンガなど、脈絡がない。
エッセイなどは単発ものだからいいのだが、小説やコミックは全巻そろえないとキモチワルイので、すぐに大人買いをしてしまう。小説はまあせいぜい数冊だからまだいいが、コミックは全巻セットとなると20巻とか30巻とかすぐにいってしまう。まあたいていはヤフオクで買うから安いのだけど。
ちなみに最近(ここ2年ほどかな)に買ったものは、仁、ナニワ金融道、新ナニワ金融道、味いちもんめ、新味いちもんめ、のだめカンタービレ、哲也、キャプテン、プレイボールなど。これもまた脈絡がない。
中には時代を感じさせるものもある。「キャプテン」「プレイボール」はちばあきお(ちばてつやの実弟)だが、確か70年代だ。
コミックの表紙からして高度成長経済期からさほど経過していない時代のニオイがするのだが、主人公の家は板屋根で石が乗っていて丸いちゃぶ台でおひつからご飯をよそって食事している。
高校野球部の部室にやってきたOBも取材に来た記者もタバコをばんばん吸っているし、生徒たちだけで夜9時ごろまで練習しているし、いやあ、そういう時代でしたねえ。
そういえば私は中学のとき軟式テニス部のキャプテンだった(嘘じゃないもんね!!!)のだが、顧問の先生って練習に来たのは1回くらいのような気がする。というか誰だったかもオボロゲだ。
自分たちで勝手に練習メニューを組み立てて(というか先輩から教わったとおりにしていただけだけど)、練習の日時も自分たちで決めて、曜日なんて関係なく、テスト期間と大会の後以外は毎日やっていたように思う。後輩が言うことを聞かないと罰として校庭を10週とか20週とか走らせた。自分もよくやられたしねえ。
早朝練習のときは朝の5時くらいに学校に来て部室を開けて道具を出していたけど、ということは部室の鍵なんてかかっていなかったんだなあ。
練習でランニングのあとダッシュを繰り返したりすると、もう「空気くれ」的状態になって胸がかーっと熱くなったりしたなあ。あの感覚は中高生の時代だけの感覚だった。でもあれがその後の人生の基礎体力を作ったんだと思う。
息子が中学生になったとき、日曜日は練習がないと聞いてびっくり、朝練習も時間制限があると聞いてびっくりした。きっと練習に遅刻したからといって何kmも校庭を走らされたりもしないんだろうな。
ぐちゃぐちゃの中でエネルギッシュに働いたりスポーツしたりしていたころから比べると、今の社会は確かに「整えられた」んだろうな。私のような人間にはちょっとさみしくもあるけれど。
エッセイなどは単発ものだからいいのだが、小説やコミックは全巻そろえないとキモチワルイので、すぐに大人買いをしてしまう。小説はまあせいぜい数冊だからまだいいが、コミックは全巻セットとなると20巻とか30巻とかすぐにいってしまう。まあたいていはヤフオクで買うから安いのだけど。
ちなみに最近(ここ2年ほどかな)に買ったものは、仁、ナニワ金融道、新ナニワ金融道、味いちもんめ、新味いちもんめ、のだめカンタービレ、哲也、キャプテン、プレイボールなど。これもまた脈絡がない。
中には時代を感じさせるものもある。「キャプテン」「プレイボール」はちばあきお(ちばてつやの実弟)だが、確か70年代だ。
コミックの表紙からして高度成長経済期からさほど経過していない時代のニオイがするのだが、主人公の家は板屋根で石が乗っていて丸いちゃぶ台でおひつからご飯をよそって食事している。
高校野球部の部室にやってきたOBも取材に来た記者もタバコをばんばん吸っているし、生徒たちだけで夜9時ごろまで練習しているし、いやあ、そういう時代でしたねえ。
そういえば私は中学のとき軟式テニス部のキャプテンだった(嘘じゃないもんね!!!)のだが、顧問の先生って練習に来たのは1回くらいのような気がする。というか誰だったかもオボロゲだ。
自分たちで勝手に練習メニューを組み立てて(というか先輩から教わったとおりにしていただけだけど)、練習の日時も自分たちで決めて、曜日なんて関係なく、テスト期間と大会の後以外は毎日やっていたように思う。後輩が言うことを聞かないと罰として校庭を10週とか20週とか走らせた。自分もよくやられたしねえ。
早朝練習のときは朝の5時くらいに学校に来て部室を開けて道具を出していたけど、ということは部室の鍵なんてかかっていなかったんだなあ。
練習でランニングのあとダッシュを繰り返したりすると、もう「空気くれ」的状態になって胸がかーっと熱くなったりしたなあ。あの感覚は中高生の時代だけの感覚だった。でもあれがその後の人生の基礎体力を作ったんだと思う。
息子が中学生になったとき、日曜日は練習がないと聞いてびっくり、朝練習も時間制限があると聞いてびっくりした。きっと練習に遅刻したからといって何kmも校庭を走らされたりもしないんだろうな。
ぐちゃぐちゃの中でエネルギッシュに働いたりスポーツしたりしていたころから比べると、今の社会は確かに「整えられた」んだろうな。私のような人間にはちょっとさみしくもあるけれど。
2014年2月18日火曜日
春近し
曇り時々晴れ、雪が少し舞うこともあるといった程度の天気だったので、久々に車でなく自転車で出かけることにした。
灰色の空だが、冬型のときはこんなもんじゃない暗~い重た~い雲が分厚くかかっているので、ずいぶん明るい空という感じだ。たまに日も差す。雪もすっかりなくなった。次の寒波までだろうけどね。
とはいえ、やはり寒い。薄手のスマホ手袋では手が冷たいのでコンビニでフリース地の分厚い手袋を買った。このフリースとかダウンジャケットとかヒートテックとか、本当に冬の衣類はよくなったよなあと思う。
田んぼの畦にフキノトウ発見。まあもう2月の中旬を過ぎたので当然といえば当然か。ずいぶん開いているのもある。
春は着実に近づいているんだなあ。
灰色の空だが、冬型のときはこんなもんじゃない暗~い重た~い雲が分厚くかかっているので、ずいぶん明るい空という感じだ。たまに日も差す。雪もすっかりなくなった。次の寒波までだろうけどね。
とはいえ、やはり寒い。薄手のスマホ手袋では手が冷たいのでコンビニでフリース地の分厚い手袋を買った。このフリースとかダウンジャケットとかヒートテックとか、本当に冬の衣類はよくなったよなあと思う。
田んぼの畦にフキノトウ発見。まあもう2月の中旬を過ぎたので当然といえば当然か。ずいぶん開いているのもある。
春は着実に近づいているんだなあ。
2014年2月17日月曜日
ローテクな夜
午後、市内の老人会からの依頼でオバマージャンに出向いた。
これで何団体目かな?まだ10回もやってないとは思うが、徐々に「そういうものもあるんだ」と認知してもらえるようになってきたかな?小浜市社協のN君が機会あるたびにPRしてくれてるおかげだな。また今度おごらんといかんな。^^
夜、Skype面談1件。音声通話のみだったが、やはりメールのやりとりだけのコミュニケーションとは全然違って、互いの理解度が違う。受講生のみんなにもっと勧めよう。本当にやって損はないもの。
夜中、次年度補助金申請に絡んでプレゼン動画を作成。パワーポイントって動画出力機能はあるんだけど、スライド切り替えのタイミングが自由が効かなかったりイライラしたので、ええい面倒だと画面に映したプレゼンテーションをビデオカメラで撮影するという荒業というかローテク技で無理やり動画作成し、YouTubeにアップしてURL通知という手で動画を送った。補助金取れますように。
これで何団体目かな?まだ10回もやってないとは思うが、徐々に「そういうものもあるんだ」と認知してもらえるようになってきたかな?小浜市社協のN君が機会あるたびにPRしてくれてるおかげだな。また今度おごらんといかんな。^^
夜、Skype面談1件。音声通話のみだったが、やはりメールのやりとりだけのコミュニケーションとは全然違って、互いの理解度が違う。受講生のみんなにもっと勧めよう。本当にやって損はないもの。
夜中、次年度補助金申請に絡んでプレゼン動画を作成。パワーポイントって動画出力機能はあるんだけど、スライド切り替えのタイミングが自由が効かなかったりイライラしたので、ええい面倒だと画面に映したプレゼンテーションをビデオカメラで撮影するという荒業というかローテク技で無理やり動画作成し、YouTubeにアップしてURL通知という手で動画を送った。補助金取れますように。
2014年2月16日日曜日
いい劇を見せてもらいました
郷土の偉人、山口嘉七の市民劇があるので行ってきた。山口嘉七は明治大正期の国会議員で、小浜線開通や北川南川改修に尽力した、小浜のインフラの基礎を作ってくれた人である。
冒頭から水害の場面。被災者は去年の台風18号でも被害を受けた国富地区。リアルだなあ。
同級生が2人出ていたり、ボランティアセンターの事務をやってくれている子が出ていたり、まあ小さなまちだからだけど、知り合いがたくさん出演。本当によくできた脚本で演技も素晴らしく、感動しました。ありがとうございました。
帰宅後、この季節に久々のいい天気なので、自転車で浜へ。ちょうど日没が近い時間帯だった。
小浜湾は内海だけれど、さすがに日本海側、浜はこのように波食による1.5mほどの段差ができる。よく見ると向こうの山にも雪が写っていない。ほんの2日前に積もったんだけど、昨日の雨で全部融けちゃったんだろうか。
段差の海側には流木などが大量に打ち上げられる。浜は汀線から引き波エネルギーが強くて表層侵食を受ける砂のゾーンと、流木などが集まる波の先端になるゾーン、その陸側の本当に海が荒れたときにだけ波が打ち寄せる砂利のゾーンにキレイに分かれている。
冒頭から水害の場面。被災者は去年の台風18号でも被害を受けた国富地区。リアルだなあ。
同級生が2人出ていたり、ボランティアセンターの事務をやってくれている子が出ていたり、まあ小さなまちだからだけど、知り合いがたくさん出演。本当によくできた脚本で演技も素晴らしく、感動しました。ありがとうございました。
帰宅後、この季節に久々のいい天気なので、自転車で浜へ。ちょうど日没が近い時間帯だった。
小浜湾は内海だけれど、さすがに日本海側、浜はこのように波食による1.5mほどの段差ができる。よく見ると向こうの山にも雪が写っていない。ほんの2日前に積もったんだけど、昨日の雨で全部融けちゃったんだろうか。
段差の海側には流木などが大量に打ち上げられる。浜は汀線から引き波エネルギーが強くて表層侵食を受ける砂のゾーンと、流木などが集まる波の先端になるゾーン、その陸側の本当に海が荒れたときにだけ波が打ち寄せる砂利のゾーンにキレイに分かれている。
流木の中に、クルミの実を発見。ちゃんと煎ると食べられる。本気で探すと10個以上取れるはずだが、50過ぎのおっさんがそんなことをしていると怪しいというか、浮浪者扱いになるかもしれないし通報されるかもしれないのでやめておいた。
2014年2月15日土曜日
風呂が恋しい季節です
出願講座もコンスタントに毎日添削がある状態になって、ちょっとした時間も使って、相変わらずあちこちでノマド的に添削をしている。
その中で、まあこんなことフツーの人はしないよなーと思うのがお風呂添削だ。
これがツール一式。右から防水仕様のタブレット(メディアスタブ。7インチ)、タブレットスタンド(4インチクラスのスマホくらいの幅しかないコンパクトで気に入っている。100円ショップで買った)、シャ^プペンシル、耐水ノート(オキナのB6サイズ)である。これと汗拭き用のタオルを持って風呂に入り、フタの上に一式を並べて添削する。
冬でもあり、長風呂は気持ちいい。平均すると45分から1時間近く浴槽に浸かっているだろうか。長いときは1時間を超えることもある。
終わるとちょっとふらっとしている。一式を浴室の外に置いて、それから体を洗ったりもう一度お湯に浸かったりしてから出るので、トータルすると1時間以上入浴している。子どもがいるころにはまずもって無理な時間の使い方だが、今は女房と2人だからのんびりしたものだ。女房もよく本を読んでいるし。
長風呂をしていると体は芯から暖まるのはいいのだが、風呂上りにビールとかそういったものが飲みたくなる。でまあ、プリン体オフビールやホッピーを飲むのだが、こうなると風呂で書いた添削メモをEvernoteに入力するのがすごくおっくうになってしまうこと、酔っぱらうと他の仕事ができなくなってしまって、夜の時間がずいぶん無駄になってしまうことが玉に傷である。
でも長風呂は気持ちいいんだなあ。
その中で、まあこんなことフツーの人はしないよなーと思うのがお風呂添削だ。
これがツール一式。右から防水仕様のタブレット(メディアスタブ。7インチ)、タブレットスタンド(4インチクラスのスマホくらいの幅しかないコンパクトで気に入っている。100円ショップで買った)、シャ^プペンシル、耐水ノート(オキナのB6サイズ)である。これと汗拭き用のタオルを持って風呂に入り、フタの上に一式を並べて添削する。
冬でもあり、長風呂は気持ちいい。平均すると45分から1時間近く浴槽に浸かっているだろうか。長いときは1時間を超えることもある。
終わるとちょっとふらっとしている。一式を浴室の外に置いて、それから体を洗ったりもう一度お湯に浸かったりしてから出るので、トータルすると1時間以上入浴している。子どもがいるころにはまずもって無理な時間の使い方だが、今は女房と2人だからのんびりしたものだ。女房もよく本を読んでいるし。
長風呂をしていると体は芯から暖まるのはいいのだが、風呂上りにビールとかそういったものが飲みたくなる。でまあ、プリン体オフビールやホッピーを飲むのだが、こうなると風呂で書いた添削メモをEvernoteに入力するのがすごくおっくうになってしまうこと、酔っぱらうと他の仕事ができなくなってしまって、夜の時間がずいぶん無駄になってしまうことが玉に傷である。
でも長風呂は気持ちいいんだなあ。
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