2026年8月19日水曜日

K島へ

10時過ぎの飛行機で奄美大島へ。私は一体どこに行くのでしょう。

伊丹空港を離陸。いつもの日本列島池を目印に飛行機は大きく旋回する。

大阪湾に出る時、関西万博会場の大屋根リングの跡が見えた。上から見ないときっとわからないような更地になっているのだろう。

1時間半のフライトの後、奄美大島の美しい珊瑚礁が眼下に広がる。
ここでトランジットしつつ、今回の旅の道連れとなるジャイアン&ゆんたの環境屋さんコンビと合流。私にはヨクワカラナイ生き物の話で盛り上がる2人を見て、今回の旅のイニシアチブを誰が取るのかを痛感して覚悟を決めた。

ここからはJACで行く。いつも思うのだけれど琉球エアーコミューターがRACで「ラック」と呼ぶのに、JACは「ジャック」じゃなく「ジェーエーシー」なんだよね。まあ日本トランスオーシャンがJTAで「ジェーティーエー」だからな。
…などと意味のないことを考えつつ、JACならではの後部から塔乗した。だから「一番奥」は座席番号1番なのだ。

目的地に到着。平屋の小さなターミナルは、喜界島空港である。
沖縄県の飛行機で行ける離島は大東島以外コンプリートしたので鹿児島県の旧琉球王国の島をコンプリートしようとして、奄美大島・徳之島・沖永良部島は宿泊を伴いしっかりと行ったので、残るは与論島と喜界島だけになって、与論島はトランジットだけれどとにかく行ったので、やはりここは喜界島だろうとやってきたのだ。ここはジオパークとして非常にユニークなところなのだけれど、同行者2人にはどうでもいいようだ。^o^;

とりあえずレンタカーを借りて、ちょっとミーハー的だけれど観光名所へ。

そして蝶ロードである林道へ。ここは本当に蝶が多いらしいのだが、この看板は脱力した。後で聞いたら町役場が真剣に立てたらしい、

島一番の高台に行って海を見渡す。

ここで横を向くとこの光景である。海岸に近い平地の後ろに1段高くなっているのは山地ではなく台地なのがお分かりいただけるだろうか。
ここ喜界島は、琉球海溝のすぐ西にある。琉球海溝にはフィリピン海プレートが沈み込んでおり、さらにこのプレートが奄美海台という海底の台地を載せたまま沈み込んでいる関係もあって、海溝の西側をぐいぐいと持ち上げていて、それが喜界島なのである。
そのため喜界島は世界でも珍しいほどの速度でどんどん隆起していて、その速度は平均して年間2mm、これが10万年続いた結果、2mm×10万年=20万mm=200mとなり、隆起珊瑚礁でありながら一番高いところが 200m あるという、同じ隆起珊瑚礁の宮古島の2倍の標高となっているのである。
そして私が非常に興味深いと思うのは、この隆起が一定速度で続いているのではなく、断続的に続いている結果、階段状の地形を作り上げている(つまり海岸段丘)ことである。そのため喜界島は4段の階段状地形からなっていて、それぞれの階段の下(つまり法尻)に基盤岩が露出していて、地質構成が非常に分かりやすいのである。
さらにこの基盤岩は島尻層群で、これは沖縄本島南部以南にしか分布していないはずの第三紀層である。沖縄本島北部のやんばるから沖永良部島、徳之島、奄美大島といった島々は基盤岩が白亜紀系~古第三紀系(まあつまり四万十層群相当)なのに、これを飛び越えて喜界島だけポツンと島尻層群があるのはすごく謎だ。まあ調べればわかるのだろうけれど、これは素直な驚きだった。
よく考えてみると、白亜紀系が基盤岩であるところは氷河期にも水没せず、そのためハブが生息して、大陸からやってきて取り残されたヤンバルクイナやアマミノクロウサギといった固有種が生息している一方で、新第三系(島尻層群)が基盤岩であるところは隆起珊瑚礁で、沖縄本島南部のように白亜紀系が基盤があるエリアと地続きであるところを除いてハブがおらず、その反面大陸と繋がっていないので地域固有種も乏しくなっている。
…などと、環境屋さん2人には何の興味もないだろうなと思う思いを胸にホテルにチェックイン。

今日の夕食は、おそらく島で一番のおすすめ店であろう天晴。席が空いていたのはラッキーであった。

刺身を頼むと夜光貝が出てきた。螺鈿の材料として京の都に「輸出」して財を築き、奄美群島の今で言う「県庁所在地」的な位置を占めていたと言われる喜界島の特産である。

ヤギの刺身。よくわからないがこれも喜界島ならではのものらしく、美味しかった。

喜界島ならではの〆は「油そうめん」。これってソーミンチャンプルーと違うの?
ともかく楽しい初日であった。

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