2012年5月9日水曜日

つくづくオホーツクん物語

筆記試験講座が始まったので、昨夜からメールと格闘。今朝もチェックアウトぎりぎりまで格闘。
ホテルに雄武町のドン・Kさんが来てくれていた。今日はこれから一緒に雄武町に向かうのだが、その途中に稚内市の再生可能エネルギー発電施設を見学していくことになった。
まずは稚内メガソーラーである。出力5,300kW、14haの敷地にソーラーパネルが並ぶ光景に圧倒される。

ずらっと並ぶパネル。圧巻である。

ともかくでかい。広い。

いろんなタイプのパネルがある。
NEDO事業として4期やったらしい。

地面が白いなあと思ったらホタテ貝殻片が敷き詰めてある。
こうすると地面の反射率が上がり、発電に寄与するらしい。
ホタテ名産地らしい地産地消と先端開発の融合である。

日本でここだけのNAS蓄電池。
1,500kW程度を蓄電・放電し、
太陽光発電の不安定さを補う。
素晴らしい見学体験だったが、とにかく寒い。稚内は風が強いところなのだ。
ということで次は風力発電へ。宗谷岬近くのウィンドファームへ。
これまた圧巻。ここには57基の風車がある。

支柱の高さ約60m、ブレード長さ約30m。
最高90mの風車は圧巻。出力1,000kW。

このウィンドファームの出力は57,000kW。
稚内市の電力需要の70%を補えるという。
またまたおおいに勉強し、しかし寒さが身に染みるので、宗谷岬近くにあるラーメン屋にうまいと評判のラーメンを食べに行った。

宗谷岬公園にある間宮堂へ。

ホタテ塩ラーメン。もうとにかくスープが感動的にうまい。

つぶ貝。サザエよりバイ貝に近いかな。

北海シマエビ。酒が欲しくなる~。
暖まり、腹いっぱいになって外へ出ると、そこには戦争の記憶があった。

旧日本軍の望楼。ここはソ連に隣接する地であったのだ。

米軍と日本軍の海戦で、双方に死者が出た。
戦後、双方の遺族が共同で作った慰霊碑。

祈りの塔。サハリンへソ連が侵攻したとき、電信局に勤めていた
乙女たちは 最後まで任務を全うし、服毒自殺を遂げたのだという。
沖縄のひめゆりの塔にあった、「私たちに何の疑念も抱かせず、
むしろ積極的に戦場に向かわせたあの時代の教育の恐ろしさを
忘れていません」という言葉を思い出す。日本の両端で起こった
同じような乙女たちが犠牲になった悲劇。国に誇りを持ち、その
ために命を捧げることは、それが個人の自由意思によるもので
あれば尊い。しかしそれが強制であったり、さらには疑いすら
持たせないような教育・洗脳の結果であれば、それはまったく
非人間的な蛮行悪行であり、今日我々が盛んに難している
北朝鮮のやっていることと何ら違わないことをやっていたのだ。
こころを沈めて丘を降り、宗谷岬へ。我が国最北端の地である。
よく晴れた日はサハリンが見えるというが、もちろん
この雨男さんが来たからには見えるわけがないのだ。

ちょうど干潮で、海食台には昆布がうわーっと見えた。

間宮林蔵の像。

気温は4度。身を切る寒風が、かえって「北の最果て」という感じを強く持たせる。鉛色の海から振り返れば、一面笹に覆われた(寒さと風で木が育たないらしい)寒々とした丘と、さびしげな数件の商店。
なんというか、つくづく北の地なのであった。

宗谷岬から雄武町に向かい、ひたすらオホーツク海沿いを進む。
隆起地形なのか海岸近くからぐっと切り立った斜面とその上の平坦性の高い尾根が新潟や単語半島を思い出させる。
ともかく寒々とし、荒涼とした光景が続く。つくづくオホーツクなのだ。

何やら白い山が。これは全部ホタテの貝殻である。ホタテが漁業の主産業だとは聞いていたが、この山にはたまげた。今は稚貝を育てて海に撒き、そして収穫する、育てる漁業になっているのだという。

途中、クッチャロ湖(ややこしいが屈斜路湖ではない)に立ち寄る。白鳥がまだたくさんいた。パンを買って投げてやるとどわーっと寄ってきて取り合っていた。

午後4時前、雄武町市街地を通過した先にあるホテル日の出岬に到着。ここは2年前の10月に来て、大変気に入ったホテルだ。また行きたいなあと思っていたのだが、あんがい早く実現した。
この日の出岬を望む光景がなんとも好きなのです。
ホテルには知床世界遺産さんも来てくれていた。

エレベーターのところに明日の日の出が掲示されていた。午前4時18分だそうです。*o*
部屋に入り、メールと1時間ほど格闘したあと、お楽しみの温泉へ。内湯も露天風呂も広くてしっかりしょっぱくて実にあったまるのだ。今日は寒かったしなあ…
そして風呂上がり、お楽しみの夕食!

毛ガニ。流氷が消えたあとの毛ガニは味が濃い。
特に味噌が絶品。ズワイガニとはまた違ってうまい。

つぶ貝、ほっき貝、ホタテ、魚の刺身。
貝がうまい、海が豊かな所なのです。

たこしゃぶ。弾力があって柔らかくて絶品。
ドン・Kさんと知床さんと3人で、これもお気に入りの韃靼そば焼酎「雄武」を飲み、今日も今日とて上機嫌になった。
寒さといい、吹き付ける風といい、空と海の色といい、そして海の幸といい、つくづくオホーツクだなあと体の芯から思う1日であった。


2012年5月8日火曜日

稚内ハラショー物語

8時すぎに旭川駅へ。ここは最近リニューアルしたとのことで、とにかく駅舎がでかい。
ここでそばの朝食。スープがショーユ色で、ああ北海道は東日本なんだなあと実感。
駅のまわりはまだまだ工事中。

汁が真っ黒…

木をふんだんに使ってある駅構内。
旭川駅からスーパー宗谷に乗って稚内へ。3時間35分の旅である。

スーパー宗谷。ディーゼルです。
とにかく広々とした光景の中を進む。

北海道だなあ~という光景。

稚内近く。一面の笹原。山も笹

稚内駅に到着。日本最北端の駅である。
ずっと自然あふれる光景が続いたからか、車中で取り組んでいたマニュアル作りが思うように進まなかったからか、3時間35分とは思えないほど長く感じた。
稚内測量設計協会の会長さん・副会長さんが駅に迎えに来て下さっていた。

驚いたのはこの道路案内板。日本語、英語の下にロシア語。
稚内からサハリンまではフェリーで5時間ちょっととのこと。
ロシア船が稚内港に荷を下ろしたり、思ったよりずっと密に往来があるようで、海を隔てつつも「国境の町」なんだなあと実感。
昼食のあと3時間のセミナー。今日はRCCMセミナーなのだが、2時間で講義を終え、それからCPDの話、さらに技術士試験の話までちょっと暴走気味か?とも思いつつ、地方の技術者ががんばってほしいという思いを込めて話した。
終了後、ホテルにチェックインして、懇親会へ。
稚内は、稚内駅周辺がさびれ、隣の南稚内駅周辺が新しい繁華街になっているとのこと。なるほど、これもスプロール化なのだろうな。

懇親会場は「えぞ番屋」。直前にNHさんから「稚内ならここがいいよ」とメールをいただいていた、まさにそこだった。食べることと話すことに夢中で食べ物の写真はないが、やはりうまかった。
二次会に流れ、10時過ぎまで4時間を楽しく過ごさせていただいた。
外に出ると息が真っ白。フリース裏地のジャンバーを持ってきて大正解であった。
日本最北端の街は、陽気な人たちとうまい食べ物にあふれていた。
また来たいと思うまちが増えたなあ。


2012年5月7日月曜日

旭川ラーメン物語

さあ、今日からロングツアーである。小浜を8時過ぎの電車で出発。
ホームにはほとんど誰もいない。
ガラガラ電車で出発しました。
敦賀からサンダーバード、京都から関空特急「はるか」 に乗り換えて関西空港へ。
マクドナルドで軽い昼食を済ませ、旭川行きの飛行機で飛び立った。

飛行機もガラガラ。搭乗率は4割も行ってないだろう。

眼下は一面の雲だったのだが…

新潟のあたりから晴天。写真は鳥海山。

青森付近。陸奥湾がよくわかる。
旭川空港に到着すると、SUKIYAKI塾北海道のdragonさんが待っていてくれた。dragonさんの車に乗せてもらってホテルへ…と思っていたら、「少し寄り道します」とのことで、見どころへ連れて行っていただいた。いやあ、本当にありがたい。

見晴らしのよい「就実の丘」へ続く、通称「ジェットコースター道路」。写真では勾配がよくわからないが、かなりの縦断勾配の直線道路だ。

就実の丘。公園か展望台のようなところかと思っていたら、本当にただの丘で、畑になっている。なんでも作付をし始めるとパッチワーク模様になってきれいなんだそうだ。
手書きの看板と、その横のヒグマ注意看板がまたなんとも…^^;

就実の丘から大雪山を臨む。といっても雲の中である。北海道に来ると高い山はいつも雲の中だ。^o^;

同じ就実の丘から、こちらは十勝岳のほうを臨んでいる…らしい…

続いて市内に入り、旭橋。昭和6年(だっけ)に築造された、何やら複雑で覚えられない名前のアーチ橋。もう築80年を超えるのに、塗装の塗り替え程度のメンテだけで今も現役だそうだ。

すごいリベットの数。土木学会認定土木遺産になっているのだそうだ。

ここでホテルにチェックインして1時間ほどメール処理その他をしたあと、dragonさん、GREENさんと食事。旭川の(というより北海道の)食を満喫しました。^o^

「北海焼き」。ホタテその他いろいろをバター焼きに。

タコのニンニク炒めと山菜天ぷら。

キンキの煮つけ。かなりでかいキンキ。うまい!

焼きタラバガニ。味が濃い。

ゆでたアスパラをマヨネーズで。たまりません。

満足して外に出ると、旭川の夜は静かに更けていた。GW明けであまり人が多いとはいえないけれど、それでも飲み歩く若者たちがいた。

締めは旭川ラーメン。東京ラーメンに似た真っ黒ショーユ汁だが、ショーユ辛くなくてあっさりと美味しい。
うーむ、初日から飲み食い満開になってしまった。^o^;

2012年5月6日日曜日

明日私は旅に出ます

人間やればできるもので、原稿仕事が全部終わった。セミナーテキスト2本(建設部門、総監部門)と木材利用研究会のマニュアル原稿である。
こうやって、「もう今度こそやばい」と思っていたものが期日までに終わり、それも予想以上に時間的余裕が残ったりする経験をしているから、次回も尻に火がつくまで動かなくなるんだよなあ…^^;

思わぬ時間が浮いたので、あれこれ用を済ませ、散髪らしきものも済ませ、明日は心置きなく出発という状態になった。
夕方、自転車でいつも行く西津の浜へ。1ヶ月いなくなると思ったら、なんとなく見ておきたくなったのだ。
慣れ親しんだ、しかし見飽きないいつもの光景。

冬の波浪で高さ1m前後の小崖ができる。
夏にはなだらかな段差が残る程度になる。
何をするでもなく暖かな夕日と気持ちの良い海風を感じつつしばし。
夜は近所の友人一家と食事。あちこちで買ったりもらったりした酒と、友人が釣ってきた極上の魚で美味い酒を飲んだ。

…なんだか今生の別れみたいな流れになってしまっているのだが(^^;)、明日から旅に出ます。

2012年5月5日土曜日

荒天から好天へ

昨日までの荒天はいったいなんだったんだというような好天。お城祭りと西津祭りの3日間だけ雨が降っていた。うーむ、わがバイオリズム(ウェザーリズム?)は雨男モードに入ってしまったのか?

午前中ごりごりとセミナーテキスト作りに励んだおかげで一段落。するととたんに外に出たくなってくるので、用事にかこつけてクルマで道の駅へ。
すこーんと抜ける五月晴れの中、小浜ならではの「醤油干し」を七輪で焼いて食べるというコーナーがあったので、販促のためサクラを演じつつ卵かけご飯をもらって、醤油干しを焼いて昼食に食べた。小浜では魚を干物(一夜干しだが)にするとき醤油で味付けする。なんでもこれは小浜ならではの独自の干物の作り方らしいのだが、こちらは小さいころから慣れ親しんでいるのでむしろ「へえ」と驚きである。
そのまま2時間ほど居座って、試食用の一夜干しを七輪で焼いたり、観光客と歓談したりしてすごし、1日にあこちゃんとススキ採りをしたところでまた1時間弱ススキを採って帰宅。やはり外で過ごすと気持ちがいいのだ。
それに、昨日まであんなに大勢の人たちとわいわいやっていたのが、今日いきなり一人で過ごすというのはちょっと寂しいしね。^^;

2012年5月4日金曜日

地域の中で充電完了

朝から祭礼本陣の片づけ。午前中で切りをつけ、午後4時間ほどフリータイム。添削をしたりセミナーツアーの準備をしたりしてバタバタと過ごした。
片づけの合間におにぎりとソーメンを少し食べただけだったので、外に出たついでに久々にともしの店に行って遅いランチを食べつつ添削。
おにぎりだとソーメンだのぼんやりした味のものをここ数日食べていたので、きりっとした味のものが食べたいなあと思い、カツカレーを注文。カレーを食べつつバイオで入力という傍目にも落ち着きのないことをしつつ窓の外を見れば、台風もかくやという雨風であった。
昨日がこんな天気だったら祭りなんてできなかったなあと思いつつ、小雨が一日降り続くとかいう程度の天気ですんで幸いだったと再認識。大変な豪雨の地域もあるのだから。

午後6時から「足洗い」。つまり祭りの打ち上げである。
老若男女がわいわいと飲み食べ語らい、世代や性別などを超えて地区民の親睦を深める。言葉にすると何やらきれいすぎる気もするけれど、現実にこういう祭りというものがなければ、年配の方たちとも、また子どもたちとも、ここまで親しく話す機会などないのだから、やはり貴重なことなのだなあと思う。

会館の玄関先の様々な靴が集まる人たちの多様性を示す。

祭りのビデオを見つつ歓談。右側の席は子供達の席だが、
すでに食べた後で、別室でいろんなことをして遊んでいる。
中締め後、マージャンが始まった。久々に半荘3回だけ参加。1回目ほぼトントン。2回目トップ。3回目ハコテンでトータルでぴったりプラスマイナスゼロ。
この数日間、久しぶりに地域の人たちと密度の濃い時間を過ごせた。

SUKIYAKI塾/APEC-semiの活動は全国ベースだし、NPO活動も小浜市全体から福井県若狭地方の範囲なので、本当の地元(自治会レベルでの地元)密着の活動は本当に少なくなっている。
ほんの5年から10年前は、もっと頻繁に会館に来ていた気がするし、地域のみんなとも濃い付き合いがあったのだが、それからみればずいぶんと疎遠になった気がする。
それでもみんなとこうやって気楽に時間を共有でき、酒を飲んだりマージャンをしたりして楽しめること、そういう中に入って行けることは、本当に感謝すべきことだと思う。

明日からはセミナーツアーの準備を始める。添削は無論だが、セミナーテキストはじめ一刻の猶予もない原稿仕事が目白押しだ。
居心地のよい地域のみんなとの時間は今日まで。おかげで充電できた気がするので、また明日からがんばろう。

2012年5月3日木曜日

小雨の中なんとか終了

朝起きたら膝はなんとか痛みが消えていた。やれうれしや。
しかし手のひらは全体に痛く、太鼓を強く叩くのが難しいかなという状態だ。しかたがないのでテーピングを厚めにして手袋をはめる。
なんとか2枚だけ写真を撮った。
出発前にお神酒をいただき会長の話を聞く。

集合写真。
今日は午前中が曇り、午後が昼休みの間と3時以降が雨。最後は小雨の中の叩きおさめとなった。
体力的には限界かなという感じだが、それなりに燃えつき感のある思い出深い祭りになったように思う。
例年なら早々に着替えてあとは飲んだくれるのだが、セミナーテキストや添削がやばいのでそれどころではなくて、それが少々心残り。
手は強く握れないし、肩は筋肉痛だし、まあ全身が腫れているような感覚があるのだけれど、ともかく今年も祭りが終わった。

2012年5月2日水曜日

バンダールとフェイタスの日々

「お城祭り」1日目。朝から小雨。日中もずっと雨。ざあざあ降りではないけれど小雨がちょっと強くなったり弱くなったりしてずっと降り続いていた。
若狭坊に会ったら「雨男の本領発揮ですね」と嬉しそうに言いやがった。くそぉっ。

今年は(もはや今年「も」かな)稽古に全然出られなかったので、せめて本日くらいはとがんばって人一倍太鼓を叩いたら、情けないことに膝が痛くなった。左足を突っ張り気味にするので負担がかかるのだな。

帰宅してすぐに必殺のバンダールとフェイタスのセット。右手も全体に腫れているのでここにもバンダール塗って、さらに腰にも塗って、3時間ほど死に寝した。
写真を撮る余裕なんてゼロである。
もうこういうことをするには限界の年なんだろうけれど、それでも明日もやるのだ。

2012年5月1日火曜日

たまには町内でまったり

9時から忠野のNさん宅にお邪魔して「新しい公共」モデル事業の打ち合わせ。黒々とした梁が見事な古民家で、囲炉裏を囲んでの打ち合わせ。涼しい風が入ってきて、陽気の中を飛び回る蜂も入っては出ていくが、それも自然なことに思える、外と中のバリアがあいまいな気持ちいい空間だった。

終わってすぐにあこちゃんとススキ採り。GW直後に小浜を離れる私としては、今のうちに採れるだけ採っておきたいのだ。
おかげで2袋。さらにあこちゃんが採っておいてくれた1袋もあって、これで今年の活動は何とかなりそうだ。
しかし今日の場所にはまだまだススキが生えているので、できたらGWの間にもう一度来たいところだ。こういうことには妙に欲が出る。^o^;

昼食のあと、会館で本陣番。もう今日から祭礼日に入っていて、御神酒が届くので受け取って台帳に記入していく。

3時から水産高校で打ち合わせ。実習船・雲竜丸の活用案として婚活(小浜市事業の1つなのだ)をできないかという話である。こういう話はまた楽しいものだ。

また会館へ戻って本陣番、さらにテーブルやベンチを近くの小学校に借りに行く。
戻って歓談しつつ本陣番を続け、町内の定食屋さんに夕食に行って帰宅。
小浜を離れていることが多くなり、また小浜にいてもNPOやら何やらで動き回っているので、町内の仲間たちと過ごす時間が本当に少なくなってしまった。今日はそれを取り戻すように時間を過ごし、それが嬉しかったのかついつい酒が進み、帰宅してすぐに寝てしまった。
2時間ほど寝て風呂に入って目をさまし、添削を少し。
…うーむ、今日はマニュアル作りがぜんぜんできなかったぞ。