2025年3月18日火曜日

伊良部島から来間島へ

宮古島合宿2日目。ジャイアン調理師の美味い朝食を食べて、今日は伊良部島へ。

まずはやはり下地島の通り池。気温15度ほど。風は冷たく、宮古島的には年に数回の寒さだとのこと。

海は荒れ気味だがキレイだ。17ENDをぐるりと回って反対側の佐和田の浜まで歩く。

色とりどりの浮きが漂着していた。なんかジェリービーンズみたいだ。

昼食はちょっと人気のそば屋さんで、なまり節の入った沖縄そば。これはこれで美味かった。

牧山展望台から伊良部大橋を望む。このあたりはスタンダードなコースですな。

伊良部大橋の東詰付近で、ジャイアン・ゆんたの環境組がなにやら怪しい動き。道路の下をオカヤドカリ用のトンネルがあるというのだ。道路補修をしていた業者さんに怪しまれていた。

与那覇前浜。天気がよければもっともっとキレイなのだが、今日は寒いせいか、ド平日なせいか、人もあまりいなかった。

来間島の竜宮展望台からパノラマ。目で見るとかなりキレイなのだが、こうして写真に撮ると、やはり晴れていないとダメだなあ。

いやー、あちこち行ったねと宿に戻って、ジャイアン手料理で夕食。もう酒のつまみだけがどんどん出てくるぞ状態。以外と自分が小食であることを痛感した。
宿はバレルサウナもあったりするが、私にとってこの上なく大事な洗濯機&乾燥機も完備なので、実にありがたい。先日の高松でもゲストハウス宿泊したけれど、洗濯事情がしっかりしていれば、こういう旅もまたいいな。

2025年3月17日月曜日

宮古合宿①

今日からしばらくゆっくりさせてもらう。
APEC-semi講師&ジャイアン調理師による宮古島合宿。
羽田空港でバイアさんと合流し、秋田から来たジャイアンも合流して宮古島へ。
那覇から先に来ていたゆんたんさんと、宮古島在住のみゃーくさんと、総勢5人でまずは宮古島周遊。

今日は池間島へ。池間湿原に鳥を見に行ったのだが、環境調査屋さんが来ていて鳥はまったくおらず。ジャイアン、同業者のコミュニケーション。
あまり時間がないので、サンエーで食材を買って、ついでに宿に部屋着がないので部屋着を、さらに思ったよりずっと寒いので上着も買って、上野の宿へ。

この家を一棟貸しして今日から2泊の合宿をします。

初日は管理人さんがよくしてくれてBBQ。ちょっと寒いけど、楽しみました。

2025年3月16日日曜日

いろいろあったけど写真なし

SUKIYAKI塾東京出願セミナー。さらにそのあと合格者祝賀会。
ずっと出席していたんだけど、なぜか写真が1枚もない。
まあそれだけ忙しくも楽しんでたんだろうな。

今回の出願セミナーでは総監がほとんどないので、ここでの午前中のまつさんとロボコンさんの講義動画を使わせていただくことにしたのだが、音がブツブツ切れて品質は非常に悪い。
しかたがないので昨年の机上動画を組み合わせてお茶を濁した。
一応売り物なので、もう少しなんとかしたいが…

ともあれ、蒲田に戻ってもう1泊。

2025年3月15日土曜日

慌ただしく東京へ

久々の早朝徘徊で大街道から道後温泉へ。

道後温泉本館はリニューアル工事を終えていた。でもまだ入ったことないんだよね。

松山市内でSUKIYAKI塾四国出願講座。昼食は甘~い瓢太の松山ラーメン。

総監受講生がいないということで、午後は個人指導だけで早めに終了し、おかげで今日中に東京に移動しないといけない身でありながら懇親会に出席できた。魚が美味かった。

夕方の便で松山空港から羽田空港へ。東京のホテル代急騰は目を覆うばかりだが、東急ステイの中でもまだ安い蒲田に投宿。

2025年3月14日金曜日

長旅はまず松山へ

今日は技術士第二次試験の合格発表。掲示板は思ったより静かだが、合格報告のメールをいっぱいいただく。でも今日から10泊11日の長旅に出るため、移動しながらバタバタと返信。

まずは小浜→敦賀→新大阪→伊丹空港→松山空港。飛行機はプロペラ機。

いつものように日本列島池の上で旋回し、30分ほどのフライトで松山空港に到着。

バスをJR松山駅で降りて、歩いて太陽市へ。途中、立派になった芦原会館の前を通る。

久々の太陽市。ずらり並んだ各種みかん。カゴを持って、さあ…と思ったが、たまにはオミヤゲ然としたものでもいいかと思って「せとか」の段ボールを購入。いいお値段。
歩いて大街道のドーミーインへ。少しデスクワークの後、近くで前夜祭。

2025年3月13日木曜日

小浜神社誌編纂終了

昨年からやってきた小浜神社150年誌の最後の打合せのため小浜神社へ歩いて。

西津橋の工事は進んでいる。あと1年で終わるという話もあったようだが…

雲が高くいい天気だが、けっこう寒くなってきた。
打合せは終了し、印刷所にPDFを送付。これで編纂終了。いやあ、けっこうがんばりましたよ。

午後は企業のWeb講義。やっぱりWeb講義は手応えがないので、こちらのモチベーションもあまり上がらず、それが講義の熱の低さというか面白くなさにつながっているのかもな。

2025年3月12日水曜日

油断大敵

今日は午前中が空いているので、昨日、無事再開できた(と思っていた)与左衛門へ。

心なしか昨日より雪が減ったような気がする。もう無事再開できたと思っているものだから、飲み水その他を搬入して、さて雨戸を開けるべと思って、ふとお湯がcちゃんと出るか確かめようとカランを開けたら、水がお湯に変わるはずが、エアーがばばっと出て沈黙してしまった。
え?と思ってタンク室で給湯器を確認したら、お湯が溜まっていないようだ。
砂濾し器を掃除したり、給湯器起動手順をやり直したりしている間に、もう山を下りないと午後のZoom面談に間に合わなくなってきたので、もう帰らなきゃと操作盤を見たら、まさかのエラー表示。「販売店に要連絡」表示まで出ているではないか。
いつもお願いしている設備屋さんに電話して、とりあえず今週中に見に来てもらえることになったが、24日の再開ににわかに暗雲が漂い始めた。ToT
とりあえず山を下りて帰宅し、カップ麺で慌ただしく昼食をごまかして午後はZoom面談。

夕食後はコミュニティセンターの運営審議会があるので、ちょっと早めに家を出て、昼間の運動不足を補うため夕暮れの浜を少し歩きつつ添削。

よく見ると金星が輝いていた。
運営審議会を終えて帰宅し、明日までしか小浜にいないので、今日中にやらないといけないことを片付けていたらもう夜中になってしまった。
うーん、今日中の添削ノルマが残ってるんだけどな…と思いつつ、まあ明日やればいいかと気楽に考えて、今日はもう寝ることにした。

2025年3月11日火曜日

与左衛門再開?

スマホのアラームでのそのそと起きて、ボーゼンとしつつ服を着て、ボーゼンと朝食を食べて徳島駅へ。これまではバスで着てバスで帰ることが多かったのだが、今回はなぜか行きも帰りもオールJRにした。時間もかかれば金もかかるのだが、電車の中はバスと違って仕事ができると思ったのだ。

往路はまだしも、帰路はそんな気力がなかなか湧かず、瀬戸大橋を渡って、岡山駅の構内でソバをすすってようやく力が湧いてきた。
徳島→高松→岡山→京都→敦賀→小浜と4回の乗り換えで各行程1時間ずつの旅を終えて、3時半ごろようやく小浜到着。帰宅してすぐに着替えて上根来へ。疲れているとかそんなことを言っている場合ではないのだ。

与左衛門はかなり雪が融けたものの、まだ雪に囲まれていた。

玄関先の雪囲いはまだ背丈を超える雪がかぶさっていた。

スコップ1本でなんとか人が通れる幅だけの道を確保。いやあ、疲れた。
給水管のバルブを開けてタンクに注水し、頃合いを見てブレーカーを入れてポンプを動かし、どこも配管の破損がないことを確認してから給湯器を再起動。
WiFiも問題なく再起動して、ありがたいことに今年はトラブルなく再開できた…と、この時は思っていました…

2025年3月10日月曜日

出願セミナー始動

今日から出願セミナーが始まる。その第1号はどこでしょうか。

こんな橋を、島がいっぱいある海を見ながら渡っていくところです。

こんな色のラーメンが食べられるところです。

ビルの屋上にこんなのが座っているところです。

ビルの壁にこんなのがへばりついているところです。

橋のたもとにこんな像があるところです。そうです。徳島です。

夕方に到着して、いろんな風景を見ながら散策しつつ添削しつつ会場に到着して、夜6時から9時まで出願講義。やっぱり久々の講義は喉が渇くのですよ。

そしてその渇きはこれでしか癒やせないのですよ。

もうずいぶん長い間お世話になって顔見知りになった人たちとあれこれ語り合いながら飲む時間は本当に楽しいわけですよ。
皆さんと別れてホテルに帰るわずかな道のりの中、「次の年」がまたやってきて、またいろんな所でいろんな人たちと再会して、いろんな話やいろんな飲み食いができるんだなと思うと本当に嬉しかった。

2025年3月9日日曜日

どこかの子が隣の子を

朝からいい天気で、いよいよ春である。昨日のリダイレクトの続きをしていたのだが、さすがに家の中にいるのはもったいなすぎて3時過ぎに外に出た。

浜に出てみれば、黄砂で少し霞んだ景色といい、雲の形といい、冬の晴れの日とはぜんぜん違う風景がある。

目を移せば、雪は消えたけれど萌樹まではまだまだ間がある久須夜が岳や枯れ草色が混じる砂浜の姿があって、子供のころから見慣れた景色が春の入口にいるのだよと教えてくれる。
もちろん風はまだまだ冷たくて、日が出たり陰ったりするたびにウィンドシェルを着たり脱いだり忙しい。

少し歩いて振り返ればきらきらと春の光が穏やかな磯を照らす。
そうだ、こういう光景が待っていることがわかるから、外に出てみたくなるんだな。

2025年3月8日土曜日

リダイレクト

今日は亡き母方の祖父の50回忌の法事だった。
母を含め子ども達は高齢で集まれたのは少なかったけれど、私や従兄弟なども含めてお寺でお参りをして、昼食を楽しく過ごした。

帰宅して酔っ払ったので贅沢にもヒルネをたっぷりして、少ししゃきんとしたので、念願のリダイレクトに取りかかった。
これは何かというと、旧ホームページにアクセスした場合に、そのまま新HPに飛ばす機能で、HTMLを少しコードを書けば簡単にできるのだが、旧HPのあちこちのページのURLに直接飛んでくる利用者が多いものだから、面倒でなかなかやってなかったのだ。
で、まずはトップページのメニューの一つ一つをリダイレクトしていった。単純作業の繰り返しだから、夜に(昼間飲んだくせに)酒を飲みながらのんびりとやっていった。
あとはもう一つ深い階層のページを順次リダイレクトしていけばいいのだけれど、ここは新HPにページが作ってあるかどうかで変わってくるので少々面倒だから、今後ゆっくりやっていこうと思う…なんて言ってるとずっとやらないんだろうなあ^o^;


2025年3月7日金曜日

やっと春が

いい天気でけっこう暖かい。これで上根来の雪が融けてくれるといいのだが。

我が家の前庭からも雪がすっかり消えた。春が来たんだなという気がする。
午前中は歴史と文化を守る市民の会の三役会、午後は自宅のあれこれなどがあって、合間に添削や出願セミナー用のパワーポイント作成など。


2025年3月6日木曜日

一仕事終わって

合格答案実例集の建設部門が作成終了した。建設部門は3月中、その他の部門は4月中に刊行予定とアナウンスしているので、それはかなり早めにクリアできたわけだ。

昨年、2月に思いのほか時間が取れそうな気がして、「建設部門は2月中に刊行。その他部門は3月中に」なんて言ったものの結局できずにずれ込んだときにこっぴどく叱られたことがあったので、今年は「いくら何でも、これなら余裕で間に合うでしょ」という時期を提示して、たとえ前倒しできそうに思っても決して口にしない(書かない)ことにした。
3月は、ありがたいことに今週はずっと家にいられるのだが、来週からは旅の連続である。さらに4月に入っても家にいる日のほうが少ない日々を送ることがわかっている。
そう考えると、「3月中」とは言っていても、今の時期に刊行しなければ後が大変になるので、昨日今日とちょっとがんばった。
本当はご苦労さん飲み会をセルフでやりたいところだが、今日は仕事机で飲むことにした。^o^;

2025年3月5日水曜日

春まだ遠し与左衛門

気温が高くなり、雨も降ったのでかなり雪が融けた。

与左衛門も屋根雪がほぼ落ちたり融けたりした。

…と思ったら、玄関前はいまだに屋根から地面まで雪が届いていて、完全に埋まっている。

玄関前は家と石垣に挟まれた窪地なのだが、これが見事に雪で埋まっている。
うーん、雪囲いはまたビスの頭が飛んじゃってるんじゃないかなあ。
てか、これっていつなくなるんだろう。3月下旬に再会したいんだけど…^o^;

2025年3月4日火曜日

やっぱり紙はなくならない

小浜神社誌がとりあえず一段落。最終推敲用原稿が3日にできて、編纂委員の皆さんに配布し、修正箇所の指摘メールが早くも届き始めている。あと少しだ。

とにかく今回は紙をたくさん使った。
ずいぶん長い間、プリンタはセミナー用テキストの印刷以外にはまとまって使うことがなく、私より女房が楽譜を印刷するのに使うほうが多いくらいだったのに、今回は普通のファイルじゃ足りずにキングファイルがほしくなるくらい印刷した。

いろんな委員会その他でもらう紙の資料は、すぐにスキャンして捨てるのでまったく溜まっていくことはなく、本は紙の本を買わなくなってもう10年以上、昨年からfreeeを入れたから経理関係の紙も激減した。
それでも机の周りを見渡すとまだまだ紙は多くある。
ちょっとした手元メモは、いろんなツールを使ってみたものの、やっぱり最後は紙に鉛筆。

いまだにデスク上のチェストの引き出しに裏紙を溜めておいて、必要に応じてさっと出して2mm芯のシャーペンでささっと書くのが一番実用的だ。電子化したけりゃ、このメモを写メすればいいんだしね。
ちなみに写真のナゾのメモは合格答案実例集の編纂用のメモです。

2025年3月3日月曜日

石を除けてきました

上根来に行く道中に落石があるということで行ってきた。

1m×1m×50cmくらい。0.5m3ということだね。チャートなので25kN/m3くらいかなあ。ということは1.25トンかあ。少しバールを使ってテコで動かしてみたが、ぐらぐらするものの移動は無理。

見上げると落石跡がある。近くにも石があるので、また今後落ちてくるだろうな。まあ落ちたら処理すればいいんだが。

やがて百里会会長さんがペイローダーを盛ってきて、あっさり除去。まったくこういうのを見ていると人力の非力さを思い知る。
逆に昔の人はこういうものなしで落石なんかも除去してたんだから、すげえなあ。

その後、畜産団地の除雪作業。山際の水抜き横ボーリングの水量が増えている。
この上の斜面は、豊水期である冬季から雪解け時期は地下水位が10mくらい高くなる。夏になるとほとんど出なくなるのだが、水位が高くなると排水しているということで、地すべり対策工としての役割は今でもしっかり果たしているということだ。