2024年2月14日水曜日

久々の富山

今日からちょっと移動量の多い旅である。
まずは富山へ。敦賀まで小浜線の鈍行、敦賀からサンダーバード、そして金沢から新幹線(これがもったいない)。

富山駅で、富山に来たらこれを食べないといけないだろう。ということで白エビ(丼)。
力もついたので、午後から頑張って企業セミナー。

一旦ホテルにチェックインして、企業の皆さんと懇親会。富山駅前は意外なくらい人が少ない。

富山に来たらこの風景である。駅舎に潜り込むようにして入っていく LRT。この風景は他では見られない。技術屋にとっては心躍る風景である。
ちょっと寝不足だったこともあって、ホテルでは爆睡。

2024年2月13日火曜日

異常に暖かい

いきなりとてつもなく暖かくなった。ダウンジャケットはおろか、ジャケットもいらないのではないかというくらい暖かい。

市役所で打ち合わせをするので歩いて行ったが、本当にポカポカと温かい。

本当に久々に猫をテラスに出した。こんなことが2月にできるなんてね。

2024年2月12日月曜日

これが最後の雪かな

雪室に護松園のコーヒー豆を入れるというので上根来へ。
ついでにブルーシートが足りなかったところの追加と温度計の設置。

ちょうど久々の雪模様。こんな雪、明日まで持たないだろうけれどね。

雪の中を徘徊しているわけではない。

2024年2月11日日曜日

そして大阪へ

朝7時台に宇部新川駅を出発。

いつもながら「本当に電車来るの?僕はどこに連れて行かれるの?こっちの方向で合っているの?」と不安いっぱいの電車の旅である。あ、電車じゃなくて汽車か。

新山口から新幹線で新大阪へ。昼食は当然これである。
午後からSUKIYAKI塾大阪の総会と事前準備セミナー。

終了後は懇親会。この後、きっとみんなは2次会に行ったのではないかと思われるが、私は強い意志を持って帰路に着いた。小浜に着いたのは終電であった。

この光景を見ると、大阪での一仕事が終わったなという気になる。

2024年2月9日金曜日

まずは西へ

小浜線の始発は5時台である。誰が乗るんだそんなものと思うかもしれないが、意外と乗っている。部活の朝練に行く子、こんな時間に出勤するのだろうかと思うような勤め人。

京都駅で少しだけ時間があったので、駅前を少しウロウロした。
これから新幹線を乗り継いで厚狭駅まで。セミナーの用事がない限り降りることはない駅なんだろうなあ。
到着して企業セミナー。終了後、皆さんと懇親会。
宇部市は夜の工場を眺めに行くのがいいのだが、今日はさすがに眠かったのでホテルに直行して爆睡した。

2024年2月8日木曜日

今日までデスクワーク

明日からまたセミナー旅が始まるので、家に閉じ込めるのは今日までだ。
逆に言うと今日までにデスクワークはあらかた片付けておかなければならない。明日は朝が早いのでちょっと頑張る。

久々の猫ネタ。ヒーターの前でなぜか足をおっぴろげている鈴。

そしてデスクワーク

昨日とデジャブになるくらい同じことをやっていた1日だった。
添削をして、セミナーテキストを作って、Zoom面談をして、風呂に入って寝る。

もうカンボジアネタは終わりにしたいので上根来ネタ。
2月にこんな白一面じゃない風景が見られるのは驚きで、例年だったら4月の風景である。
木の根元から雪が解けていく。木は暖かいのである。
だから雪室の材料に丸太を使うのは本当はどうかなと思うのだが、できるだけ地元のもので作りたいというインベントリ意識と、できるだけ手作りしたいということで、百里会は大工さんが多いので木を使っている。

2024年2月7日水曜日

1月のアクティビティ

1月のアクティビティレポートが来た。ネタができてよかった。^o^

おおー、シンガポールとカンボジアがしっかり入っている。これまでで最大のエリア表示だ。

一方で歩いた距離は1日平均2.4km。天気が悪いから仕方ないといえば仕方ないのだが。

ハイライトは当然こうなる。そのとおりなので何の文句もない。

訪れた都市はシェリムアップとシンガポール、もう一つは空港とシェリムアップの間くらいか?

スポットも文句ない。でもアンコール遺跡が入っていてほしかったな。
ということで、アクティビティにも記録されたし、カンボジアネタは今回で終了とする。

2024年2月6日火曜日

今日もデスクワーク

今日もひたすらデスクワーク。Zoom面談なんかもしているけれど、とにかく家に閉じこもってあまり健康的ではない生活をしている。

ということで今日もネタがないので、カンボジアの写真で誤魔化す。米粉のヌードル。ベトナムのフォーですな。それなりに香草が入っているのだけれど、かなり気に入って毎晩食べていたように思う。

2024年2月5日月曜日

ひたすらデスクワーク

セミナーツアーが迫ってくると色々なテキストを作らないといけないし、合格答案実例集もあまりのんびりしていてはいけない。
ということで1日あれこれデスクワーク。
当然ながら写真のネタもなし。さすがにマンネリ化したという自覚があるのか、猫の写真も撮っていない。

なのでカンボジアの写真でお茶を濁す。トゥームレイダーに出ていた木だね。

2024年2月4日日曜日

お前は誰だ

世の中には自分とそっくりな人間が3人いるなどと言ったりするけれど、私は自分にそっくりな人間にまだ会ったことがなかった。
過去形でこんなことを言うのには理由がある。
なんとかマエストロというテレビ番組があるそうなのだが、そこのエキストラというか端役に私にそっくりな人が出ているという。
鼻で笑っていたのだが、娘からテレビ画面の写メが送られてきて驚いた。

うん、俺だ。実はバイトしてましたと言っても通るかなというレベルだ。

会ってみたいなと普通に思った。^⁠_⁠^;⁠)

2024年2月3日土曜日

だって恐竜王国だもん

福井県技術公社様(我々の業界では公社はワンランク上の組織なので思わず「様」を付けてしまうのだ^o^;)ご依頼の技術士試験対策セミナー。
福井なので日帰りで…とも思ったのだが、冬のJRを信用するほどウブじゃないので、前泊。松杭見学→活用の打ち合わせ→帰宅してバタバタと用事を済ませてJRで福井へという行程だった。まったく帰国してから落ち着きが全然ない。前からそうだが。

新幹線開業間近の福井駅前には等身大ティラノサウルスが出現していた。これまではフクイラプトルなど福井県独自の恐竜にこだわっていたのだが新幹線がやってくるとなったら、もっと思い切ってウケるもの作らないとだめだみたいな話があったんだろうな。

午前午後と5時間半にわたる講義。久々の長丁場で私も疲れたが聞いている方も疲れたと思う。
例年だと2月なんてほとんどセミナーも始まらずのんびり過ごしているのだが、今年は半分以上セミナー旅の予定だ。

2024年2月2日金曜日

松杭今度は50本

今日は松杭の引き抜き作業の見学をさせてもらえることになった。雲浜まちづくり協議会のメンバーを中心に、私も久々にヘルメットをかぶって一市民として見学。

バイブロで抜くのかと思ったら、ケーシングを入れてそれを振動させて抜いているようだ。

ずらり並んだ松杭は壮観である。

皮が結構残っているものもある。あまり自信はないが、黒松ではないかなと感じた。
これをどうやって活用していくかはまだわからないが、とにかくある程度の数を確保して保管しておきたいな。

2024年2月1日木曜日

再び松杭

昨日、雪室作業を終えて疲れたべーと簡易ベッドで寝ていたら、福井県のK博士から電話で、西津橋の基礎の松杭をまた引き抜くことになったということ。今度は橋台なので数も多く、前回の倍以上の50本ほどになるらしい。前回はほとんどが研究機関に渡って1本しかもらえなかったが、今度はたっぷりもらえそうだ。

駐車スペースの確保などもあるので、早速現場に行ってみると、早くも1本引き抜き済みであった。
今日と明日でおおむね。引き抜くようなので、明日の朝行けばずらりと並んだ松杭が見られるのだろう。

夜は小浜神社誌の編纂委員会。
50年前に返済したものをリニューアルするということなので、効率よくやろうと思ったら前回のものをスキャンしてデータ化し、それを叩き台にしてあれこれ編集した方がいいだろうと提案したところ、そういった一連の作業を私が担うことになってしまった。^⁠_⁠^;⁠)
まあ、氏子でもあるし、祭りでお世話にもなっているし、まして今は宮総代も務めているのだから、できる範囲でやらせていただこう。

2024年1月31日水曜日

帰国後いきなり雪室

さすがに今回のカンボジアへの旅は疲れたので、1日ゆっくり休もうと思っていたのだが、上根来の雪室作りが待ったなしで入ってきた。この異常な暖冬、雪があるうちにやっておかないと融けちゃうからね。

助太郎の前には雪が積もり向こうに与左衛門も見えているのだが、屋根には雪はなく、手前の道路にも雪はもうない。とにかく雪が少ない冬だ。

それでもなんとか雪をかき集めて雪室ができた。ただ、昨日雪を積んで1日置いたら随分と嵩が下がってしまったようだ。

雪山をモミガラで覆って、ブルーシートをかけ日よけ布を張って完成。今年はちょっと長持ちしないかもしれないな。

ふと見るとイノシシがつるしてあった。昨日帰りがけに見つけて仕留めたとのこと。ただ、脂の乗りが悪いらしい。

ともかく今日はヘトヘトです。

2024年1月30日火曜日

そして帰国帰宅

またもや夜を通してのフライト。エコノミークラスなので寝たような寝なかったような。

うとうとしていたら、夜明けが見えた。朝食は機内食。
関空に到着して、すぐに移動開始。うどんか何かを食ったような気もするが、よく覚えていない。とにかく昼のうちに帰宅して、そのままぐったりヒルネ。
いやあ、コーフンする旅だったけど、疲れもした。

2024年1月29日月曜日

シンガポールはすごすぎる

ホテルを朝一番に引き払い、シュリムアップ(アンコール)空港へ。

相変わらずガランとした空港からシンガポールのチャンギ空港へ向かう。シンガポールでは一度入国して、夜の便で関空に戻る。地下鉄に乗って移動開始。

シンガポールの呼び物のひとつがこれ。ガーデンズ バイ ザ ベイの人工の木・スーパーツリー グローブ。落ち着いて考えればただの展望台なのだが、こういった未来的デザインに満ちあふれているのがシンガポールだ。

その向かいにはマリーナベイサンズ。屋上に底が透明のプールがある。とにかくスケールもでかいが、デザインが飛び抜けている。

チャンギ空港に戻って複合施設「ジュエル」へ。その中心にあるのが資生堂フォレストバレー。さすがは世界一の空港と言われるだけのことはあるなあ。
さすがに疲れたのでラウンジに行って夕食を食べてシャワーを浴びて少し仮眠し、夜のヒコーキで関空へ向かった。

2024年1月28日日曜日

アンコールツアー

さあ、今日がアンコール遺跡本番である。こういう時はガイドさんをお願いするに限る。何も知らない者がウロウロしたって大して記憶には残らないのだ。ということで、日本語が話せるガイドさんと運転手さんに一日ガイドしてもらう。

午前中はアンコールトムへ。なぜかというと、アンコールワットは午後にしないと逆光でよくないからだそうだ。さすがは現地ガイド。
300mもあるお堀を渡る。

乳海攪拌の綱引き像。神々と悪鬼(アスラ・阿修羅)が協力して大蛇ナーガを両側から引いて海を攪拌してこの世を作ったという話。もちろん私はイザナギ・イザナミによる天沼矛を思い出していた。とにかく創世記は海が出てくる。

やがてアンコールトムの巨大な尖塔が見えてくる。ヒンズー教の寺院なので顔がある。

穏やかなこの顔はビシュヌ神であろうかと思うが、ガイドさんの説明をもう忘れてしまった。^o^;

そしてタプローム遺跡。トゥームレイダーのロケ地として有名だが、大木が遺跡をどんどん侵して自然に戻そうとしている。こういう風景もまた魅力的だ。

午後は今日の本番、アンコールワット。このアプローチ道はずっと改修工事をしていて通れなかったのだが、最近通れるようになったらしい。

この仮締め切り工がなんともいい。今は乾期だからこの程度でいいのかもしれないな。

アンコールワットといえばこの風景。5つの尖塔が池に映ってもうずっと見ていられる。

もう一つはこれ、寺院建物に上る階段。とにかく急で、思い出横丁の階段で3階まで上るみたいな世界である。

満喫して帰ろうと思ったら、歩道の横で去るの親子が毛繕いをしていた。

最後にプノンバケンに夕日を見に行った。…のだが、とにかく観光客で溢れていて、こりゃあ下山ラッシュが大変だと思ったのでちょっと早めに下山。
少しショッピングをして今日のツアーは終了。
街へ出て地元料理に舌鼓を打って、アンコールツアーは終了した。
いやあ、満足。

2024年1月27日土曜日

シェリムアップ

散々じらして申し訳ない。わがヒコーキは午前5時過ぎ、無事にシンガポールのチャンギ空港に到着した。

さすがはシンガポール、空港内にも目を楽しませてくれる仕掛けがいっぱいである…のだが、これはトランジットにすぎない。9時前のヒコーキで再び出発。

今度は朝食の機内食。そして10時前、ついにアンコール国際空港に到着した。
そう、我々はカンボジアにやってきたのである。

つい最近、中国資本で開港した新アンコール空港は、まだ就航路線が限られガラッガラである。

ホテルから迎えに来てくれたバンでシェリムアップ市へと移動。とにかく空港の周りはなーんにもない。

道路沿いにはキャッサバ畑が広がる。こりゃあトンデモ田舎に来たのか?

ようやく市街地へ入り、ホテルに到着。とりあえずチェックインし、強行軍だったしちょうど昼時なので朝食を食べて買い物でもして今日はゆっくりすべえと街に出た。

トゥクトゥクが走り、騒然としてエネルギッシュな東南アジアならではの街の風景。

昼食は生春巻きとフォー的な米粉ヌードル(香草の香りはするが思ったほど強くもなくスパイシーではない。これなら私にとっては沖縄のフーチバそばのほうがキツイ)、それにアンコールビール(バドワイザー的な軽さ)。

オールドマーケットに突入。食べ物にせよ土産物にせよ、とにかく何でもある感じで猥雑な感じで、ガシガシ売り込みが来て、ああ東南アジアに来たなあと実感。

ここでトゥクトゥクを拾って国立博物館へ。明日はアンコール遺跡群に行くので事前勉強である。

十分面白かった。カンボジアの歴史、特に仏教とヒンズー教が入れ替わる中でのアンコール遺跡群の歴史が理解できた。インドに近く、よりプリミティブな形で仏教やヒンズー教が入ってきて、またタイやベトナム(特にベトナム)と密接に絡み合いながら国の様相を変化させ、近くはポル・ポトの時代を経て今に至る、変遷の激しい歴史を持っている。

まあとにかく勉強もしたので、夜はリラックスしようとパブ・ストリートへ。大音響でロックの流れる賑やかな通りだ。

通りによくわからない楽団が民族音楽を奏でているなあと思ったら、これは内戦時代に障害を負った人たちが寄付を募って音楽を奏でているのだと知った。昼間に博物館に行っておいてよかった。

で、お目当ての伝統舞踊・アプサラダンスが観られるレストランで夕食。
男の踊り手の「ン・ハッハッハッ」という裏打ちのかけ声が沖縄と同じじゃん、バリ島のガムランと似た音楽・楽器だなあ…などと思いつつ、興味深く、また気持ちよく酔った。

ホテルにはプールもあって、ここでゆったり時間を過ごしてヒコーキ旅の疲れを癒やすのもいいなあとは思うのだが、何せ今回はホテル2泊+ヒコーキ2泊の強行軍なので、そんな時間はない。でも、いつか(もうそんなこと言っているトシではなくなってきているのだが)そういうゆったり旅をしたいなあ。
でも今は無理だろうな。太平洋を泳ぐマグロよろしく、常に泳いでいないと死んでしまうのではないかというくらい、「何もせず過ごす」ことができない性分なので。