2012年12月30日日曜日

2012年回顧~その1

年末なので、やはり1年を振り返らないといかんだろうな、と思うのだけれど、Googleカレンダーを1月に戻して、2月、3月と見ていくうちに、「こんなにいろいろやったのか、俺?アホちゃうか」と少々ぐったりしてしまった。^o^;
まあ、気をとりなおして…

【1月】
正月に博多→秋芳洞と家族旅行(息子除く)。
なぜか13日に名古屋に新年会に行っている。当日のブログを見ると、「SUKIYAKI塾名古屋手羽先の会の設立準備委員会(のようなもの)兼新年会at世界の山ちゃんに出席するためだ」と書いてある。かなりのバカである。
とにかく山ちゃんなのだ。
サポネットふくいの「新しい公共」事業で真冬の福井に何度も出向いた。冬の一人旅もまたいいもんだ。
福井駅の八兆屋で何度か「一人居酒屋」を楽しんだ。
【2月】
2月といったらもう真冬も真冬である。今年は例年になく大雪で、最高積雪で1m近くなったのではなかろうか。サポネットで何度か福井には行ったものの、基本的に冬ごもりしていた。
我が家の前庭も雪に埋もれた。
【3月】
さあ春だというのでそろそろとNPOのほうも動き始めた。
竹の油抜きをするための半ドラ3連結釜。
月末には徳島にセミナーで赴き、帰りに京都と大阪で飲み食い三昧を楽しんだ。
徳島といえばフィッシュカツ。私の好物のひとつ。

鶴橋で食ったサムゲタンの美味かったこと。
【4月】
セミナーツアーが本格化。秋田、島根、広島、札幌、東京、名古屋、福岡、佐賀、大阪、高松と回った。SUKIYAKI塾もあったしAPEC-semiもあったけれど、多くは企業団体等からの依頼だ。
秋田の「いぶりがっこ」はたまりません。
合間をぬって小倉で大学時代の同級生と。
SUKIYAKI塾北海道のメンバーはいつも元気!

佐賀のみなさんと。いつも気持ちよく飲める。
セミナーツアーの合間に両親を沖縄へ2泊3日の旅に連れて行った。もっと元気なうちに連れていかなかったことを悔やみつつ、那覇周辺でできる範囲の周遊をした。
両親と行ったのに、なぜかこうやって飲んでいる。^o^;
【5月】
セミナーツアー本番とばかりにGW明けからすぐに北海道へ。
ところが5月10日、入院していた義父が急逝。朝になって急に具合が悪くなり、「2~3日かも」と医者に言われたが午前中に逝ってしまった。急遽帰宅し葬儀を済ませ、誠に申し訳ないけれど親戚に後を託してツアー再開。
北海道では旭川→稚内→雄武→札幌→いったん帰宅→函館と回り、それから青森→いわき→郡山→仙台→東京→長崎→熊本→大分→福岡→沖縄→石垣→高松→鹿児島と日本ジグザグ旅。
稚内の道路標識はロシア語併記。
仙台へはホヤが目的で行っているような気もする。
雲仙普賢岳をバックに立つ、サムライブルー龍馬像。^^;
熊本の酒宴はとにかく濃く、美味く、楽しい。
山羊汁を美味そうに飲むほーちゃん。
【6月】
セミナーツアーはまだ続く。
名古屋→大阪→東京→大阪→高松→一瞬だけ小浜→金沢と回ってようやく一段落。
しかし翌週には広島→米子→鳥取と回り、さらに翌週には徳島→高知と回ってようやく終了である。
名古屋に現れた不審者。
金沢で不倫に走る不審者。
「ゆめたくこいやあ!」と吼える米子の不審者。
高知では、この女将のおかげでこのあとえらいことに…
セミナーツアーの合間にNPOも少しずつ動き出した。昨年度に引き続きサポネットの「新しい公共」、さらに小浜市からの「新しい公共」モデル事業、「いいとこ小浜」補助事業の「自然の力」、そして共同募金補助の「オバマージャン」と、今年の活動は目白押しである。
オバマージャンのデカ牌。

2012年12月29日土曜日

匿名性のリスク

まったく久々に好天の今日、年末掃除に勤しんだ。
まあそちらは順当に片付いたのだけれど、技術士試験の変更にあわせてサイトをリニューアルしないといけない方がなかなか進んでいない。
10月ごろは「よおし、この際デザインも含めてリニューアルだあ」なんて思っていたのだが、あれだけのボリュームを全部作り直すとなるとなまなかのことではない。
今年3月にAPEC-semiの分だけでもとリニューアルするのも大変だったしなあ…などとブツブツ言いながら、ついつい先延ばしにしているダメなワタシ…(x_x;)

ふと見るとサイトのアクセス数は1790万。6月10日に1624万ほどだったので、平均8,300/日ほどのアクセスということになる。ありがたいことで、期待を裏切らないためにも、なんとか新制度対応の更新は遅れないようにしたいなあと思う。
まあ、新制度の内容がもう少し明らかになってから…なんて言ってはサボっているわけだけど。^^;

いっぽう、掲示板は1072万。6月10日に1000万だったので1日あたり平均3,600ほどになる。
今年は掲示板があまり荒れなかった。これもありがたいことだ。
だいたい掲示板が荒れるのは、
 ①試験制度に関する議論が過熱する
 ②合格できないことの愚痴や腹いせ
 ③試験と関係ない話題で議論が過熱する
といったことがきっかけになって、批判の応酬からやがて個人攻撃になったりするパターンが多い。
時期も①や②は筆記や口頭の合格発表前後が多い。③は時期は関係ない。というかそもそも試験に関係ないので、なんでこの掲示板で?というのもある。
登場人物もパターンがあって、③あたりだと決まって出てくる人なんかがいたりする。こういう人は試験のことはどうでもいいので、「ここは受験を応援する掲示板だから」などというレスがついても関係ない。まあ掲示板は公序良俗に反しなければ何を書いてもいいということを基本にしたいというのが私の思いなので、迷惑だなあと思いつつもそのままにしているけどね。
不合格の腹いせとか愚痴といったものは、他人の迷惑顧みず自己主張ばかりといったものに比べればずっと罪がない。人間誰しも愚痴のひとつも言いたくなるときもあるし、時には「試験制度が悪い」なんて言うことで一時的に現実から逃げたくなるときもあるだろう。もちろんずっと愚痴を言ったり逃げてばかりいてはダメだけれど、時にはいいじゃないかということですね。

マルチも周期的に登場する。1~2年に1回くらいかな。だいたい2人でとどまらず3人以上になりすまして意見誘導する。これはやはりそういう「ニオイ」がするので、管理者画面に行ってみるとすぐにわかる。
そんな中、今年のことだが、試しにマルチ君のIPアドレスでGメールを検索したらズバリ個人特定ができてしまってびっくりした。笑ってしまうのは、そのメールというのは「掲示板は実名制度にしたほうがいい」という主張というか要請みたいなものだったことだ。その本人がマルチって冗談にもならない。^^;
その時に今さらながら気がついたのだが、掲示板管理人は投稿者のIPアドレスは全部見ることができるわけで、さらにメールにもブログのコメントにも全部IPアドレスはくっついてくるから、「どうせわかりゃしない」なんて高をくくってやりたい放題していると、まさに「頭かくして尻隠さず」になるわけだ。

我々は幸いにして、法に触れるようなこと(名誉毀損などを含めて)をしない限り、ネット上で自由に発言できる。
匿名性は、様々なしがらみや立場から自由に解放されて発言できる効用がある反面、マナーやモラルを忘れさせてしまう麻薬的効果もある。
ところがIPアドレスは「ネット上の名前」であり固有性があるので、掲示板やブログ、SNS(たぶん)などへの投稿やメールなどの受け取り手が同一人物あるいは同一グループであれば、そういった情報を整理することで、ある程度ネット上での行状が把握されてしまったりもするわけだ。
つまり実名がバレなくても、ハンドルネーム誰それはこんなモラルに反することをやっているなんてことが白日のもとにさらされたりする可能性があるということだ。
そしてメールか何かとつながれば、実名までバレたりすることもあるわけで、先のマルチ君はまさにそうだった。
これはオソロシイことだと思う。ネット上の自分(たとえば私なら「APEC」というキャラとしての自分)が信頼を失ってしまったり、下手をすると実名までそれにくっついて出てしまう危険さえあるということだからね。
やっぱりネット上だからといって匿名性の影に隠れてやりたい放題していちゃいかんということだろうね。

などと講釈たれつつ、今日は「例のへしこ」を刺身で。日本酒に合うんだこれが。
って、サイトどうにかしろっての!

2012年12月28日金曜日

52

仕事納めで、午前中大掃除、昼に退社して帰宅してみると、イイモノが来ていた。

「目元エステ」です。別にエステしたいのではなく、目の疲れがとれてすっきりするらしいので衝動買いしてしまったのでありました。
早速使ってみると、なるほどショボショボしていたのがすっきりする。
私の場合、セミナーツアーなどで体がしんどくなったりは基本的にしないのだけれど、ここ2~3年、添削や執筆なんかでずっとPCを見ていると、やはり目が疲れるようになってきた。
目がかすむというかピントが合わなくなるというか、疲れるという以上に仕事が続けられない状態になってしまうので、なんとかならないかなあと思っていたのだ。ただこれけっこうでかいので、ツアーに持ち歩くのはちょっとつらいかなあとも思うのだけれどね。

目が疲れるようになるとともに、固有名詞の忘却現象が明らかに進行し、だんだん老化とのタタカイの日々になってきたワタシ、本日をもって52歳になりました。(*⌒∇⌒*)テヘ♪


何か「52」にまつわるモノとかエピソードがないかなあとググッてみたら、「521系」にヒットして笑ってしまった。JR西日本で使われていて、北陸本線や湖西線、小浜線で走っている、もっとも身近な車両なのだ。
…はっ、まるで鉄みたいなことを書いてしまった。

2012年12月27日木曜日

ダジャレ

今年、「オバマージャン」を10月に初披露したのだが、これがなかなかウケた。ウケたというのはまあ「面白がってもらえた」という面が多分にあるのだけれど。^^;


ネットでは「またオマエらか」というコメントがあって笑った。なにせ「オバマフィーバー」の町ですからねえ。ああそうそう、オバマ大統領再選のときもしっかり盛り上がりましたよ。^o^


4年前のオバマフィーバーの最盛期だったオバマvsクリントンの民主党代表選のころには、オバマさんの似顔絵を刻印したまんじゅう「おばまんじゅう」を栗きんとんの上に乗せて「栗きんとんの上、クリントンの上、クリントンの上、クリントンの上、ばんざーい!ばんざーい!」みたいなアホなノリを平気でやっていたわけであるが、まあダジャレひとつでここまで遊べれば大したものだなあと思わなくもない。

ダジャレといえば知床世界遺産さんにとどめをさすが、彼はこの看板にモーレツに反応していた。同じニオイがしていたのであろう。
彼はかつて小浜でエゾシカファームの講演をしたとき、「鹿をやるのは俺シカいない」とダジャレ爆弾をいきなり投下し、集まっていた罪もない小浜市民を半気絶状態に追い込んだ実績を持っているのだ。
なお、バイアさんも不幸なことにこのあたりに笑いのツボがあるらしく、知床さんのダジャレがどっかんどっかんウケるという貴重な人材である。
その知床&バイアにウケまくっていたのが沖縄・宜野湾市の真栄原区にあった看板である。



真栄原区の看板はこういうダジャレギャグが満載であった。区長交代とともに消えたそうで実に惜しいことだ。
で、真栄原はまだ地区規模だが、これを県単位でやるとこうなる。

このノボリが高知市内いたるところにひるがえっているわけですね。「わざわざ行こう」って…
ようわからんがスクーターにノーヘル2人乗りのポスターに堂々と「高知県」と書くところが素敵だと思う。高知県、やるな。
でも運転している男のファッション、これどうよ…と思っていたら、なんと知事だというではないか。うーむ高知県、やるな。

2012年12月26日水曜日

TVの中の自分

先日、珍しくテレビをつけて、特に見たい番組もないのでリモコンの「進む」ボタンを連打していたら、突然自分が出てきて、思わずリモコンを取り落としてしまった。

アブラギリシンポのことを地元ケーブルテレビが放映していたのだけれど、これは素直にびっくりしますよ。思わずスマホで画面の写真を撮る俺も俺だけど。
やっぱテレビの中って別世界じゃないですか。ましてザッピングなんかしていると、めまぐるしくタレントや歌手がコマ送りのように流れていくわけですよ。そこにいきなりオレって。
自分達の活動を取り上げてくれるのは本当にありがたいし、いろんな活動が広がりつつあるのはローカルマスコミのおかげだとも思っているけれど、やっぱり「テレビで自分を見る」というのは相当にウロタエテしまうものなのですよ。

ところで、私はほとんどテレビを見ないので、たまーに見ても長く見ていられない。
おかげでドラマなんぞ知らないものばかりだし、役者も知らない人が多い。(名前を出すと笑われそうなくらい最近の役者や歌手を知らない。AKB48で名前が言える子は誰もいない)
ニュースはグーグルリーダーで足りている。ネットが主なニュースソースになると、ローカルニュースには接することができないが、それ以外はたいていカバーできるし、何よりリアルタイムに近いフレッシュさでニュースに接することができる。朝、新聞を読んでいると「今ごろこんな記事が出てる」と思うほどだ。
だからセミナーツアーの間はテレビも新聞も見ないけど、何ら困らない。ホテルの部屋にはテレビがあるけれど、ほとんど見た記憶がない。
こうしてみると「テレビを見る」というのは、もしかしたら大半は単なる生活習慣なのではないかと思ったりする。
ニュース以外はいわゆる「テレビ番組」つまりテレビを見てもらうために作った番組なので、それを見ないからといって何か困ることが起こるわけではない。だからニュースがネットで見られる私はテレビを見る必要はなく、ローカルニュースは地元新聞で十分事足りるのである。
ということで、地元ケーブルテレビも見ない私は、久しぶりに会う人から
「久しぶりやね。テレビでは見てるけど」
などとわけのわからないことを言われて、どう答えたものかわからなくなったりするのである。^^;

2012年12月25日火曜日

そして今夜も

寒波が緩み、曇り~小雨程度の天気になった。晴れるなんてことはほとんどない。今日も晴れ間はせいぜい1~2時間程度だったのではなかろうか。でも明日はまた雪らしいけれど。
晴れ間はせいぜいこの程度で、あとは雲ばかり。
これでも冬の天気としてはかなりいいほうである。
今日からまたskype面接だ。互いの経費節約にはやはり便利なもので、私が足を運べない地方の人への対応もできるので、来年からはもっと活用していきたいなあと思っている。
ということで今日もskype面接を開始したのだが、一番手はSUKIYAKI塾東京のしーばーど。うーん、クリスマスにあんたの面接ってのも…いやいや、がんばってね。o(*⌒―⌒*)o
なんかまだ勘介さんの模擬面接受けるって言ってたんで、厳しく鍛えてやってください。

skype面接は午後9時から1時間ずつ3人なので全部終わると真夜中だ。
それから風呂に入って、まあそのまま大人しく寝るわけもなく、真夜中の酒宴となるわけです。うーむ、セミナーツアーに出ている時と変わらんなあ…(^_^;)

今夜は濁り酒。「国盛」という愛知県半田市の酒だ。ん?誰か知り合いがいたような…(´・ω・`)?
肴は高知のさより。オーブンでさっとあぶるとうまいのなんの。
美味い酒と肴を楽しみつつ、ネクサス7でブログ入力。至高のひとときですなぁ♪

2012年12月24日月曜日

真っ白クリスマス

寒波が来るとは聞いてましたよ、はい。そりゃ確かにね。
でもね、こりゃあんまりってもんじゃないですか?いきなりどかっですもんね。
おかげであたしゃ、朝から一汗も二汗もかいて雪かきですよ。クタクタですよ。
こりゃきっと明日あたり体中痛くなりますな。
我が家の前庭。向こうのほうに愛車が埋まっている。
朝からずーっと雪かきして通路を確保した。クタクタ。
我が家の裏庭。近所の人の駐車場にしている。
とても除雪などできないので、とにかく車の上に
積もった雪を落として一気に脱出するしかない。
あとは自然に融けるのをひたすら待つしかない。

我が家の前の道路。向こうの信号が国道との交差点。
幹線道路から除雪していくので、一般市道は後回し。
業者数も重機数も減っているのでしかたがないのだ。
昼過ぎ、大野の警察協助員会会長から電話。大野は「奥越」といって、福井県の中でも山のほうの名だたる豪雪地帯である。
「雪、すごいねえ。大変ねえ」(ニコニコ声)
「え、大野は雪どうなんですか?」
「ないわよぉ。青空よぉ」
「そうなんですか?小浜はもう30cm超えてますよ」
「まあ、たまにはこういうこともないとね。世の中公平だから」(ワハハハ声)
「はあ」
「じゃあね、忙しいとこゴメンね」(ウキウキ声)
「はあ、失礼します」
くそぉっ。^^;
結局その日はずっと外には出ず、家にこもっていた。こういう日は外に出るもんじゃない。

夜9時過ぎ、雪もほぼやんだみたいなので、買い物に近所のマーケットまで雪道を歩いていった。我が家の前の道は、相変わらず除雪されておらず、わだちだけが黒く切り抜かれたような雪の道が闇に浮かび上がっていた。
大雪警報が解除されたので、午後8時から市役所が一斉除雪を始めるとのことで、路上駐車をしないように有線放送で呼びかけていた。これから徹夜でやるんだなあ。
市役所職員も本当にご苦労様だ。災害や積雪の時の出動、祭りの後のごみ拾い、しんどうだろうに、いつも一生懸命やっている。徹夜で重機を動かす業者さんも本当に大変だ。
それがわかっていながら、暖房の効いた部屋で土佐の干物に舌鼓を打ちつつ、「やっぱり土佐の魚には土佐の酒じゃのう」と「土佐鶴」の熱燗なんぞ飲んでいるのは申し訳ないのだけれど、やっぱり冬の夜はこれが最高なのですよ。

2012年12月23日日曜日

旅の思ひ出

午前中に区の会館大掃除があり、久々に近所の人たちとあれこれ話をしたのだが、それ以外に特に用事のない、これも久々にゆっくりできる日だったので、午後は今年のセミナーツアーの整理をしていた。
領収書類やパンフの類いなど、できるだけペーパーレスにしていてもけっこう紙類がたまるものだ。

振り返りつつ、いつもバタバタだったなあと再確認。
とにかくセミナー第一で、それはまあ当たり前なのだけれど、何かを見たり飲んだりするだけの日というのが実に少ないなあと思うのだ。
今年は義父が急逝したため例年行く知床ツアーも行ってないし、小豆島に行こうと思っていたオフ日も急なオファーでつぶれたし。
ただ旅を楽しんだ日は沖縄筆記試験セミナーでの恒例の日曜日と、バイア家に乱入した今月7日くらいだったんじゃなかろうか。あ、5月に旭川から北海道入りした日もセミナーなしの一種のオフ日だったのかな。
旭川の「就実の丘」。このときはゆったりした気持ちだった…
あ、そうだ。両親を沖縄に連れて行ったり女房と北海道旅行をしたりはあったけど、それは別ね。

一昨年、初めて大分に行ったときは到着日がオフで、夕方からゆっくり飲み食いし、翌日も講義は午後からだったのでS村さんにいろいろ連れて行ってもらった。あれはゆっくり楽しんだなあ。
ぶn
確か同じ年(年度としてはその前年になるが(、アクアスキームさんの児童養護施設にNPOのみんなと日帰りで行って、私だけ居残って風呂に行き、淡路の海産物に舌鼓を打ちながらうまい酒を飲んだ。あの旅もよかった。
共同浴場のある丘からみた夕日と淡路の山並み。
スマホの色調整がおかしく真っ青に写ってるけど。^^;

去年は3月に淡路から徳島、高知と旅をして、さらにそのあと四万十に行って、ホテルの中だったけど四万十の鮎や青海苔で一杯やった。知り合いの一人もいない町で、気分のいい時間だった。東日本大震災直後だったけど、あえて元気に!と思って行ったんだった。

淡路では沼島に行った。イザナギ伝説の島だ。
自転車で四万十川沿いをのんびり行った。
熊本には飲みにだけ行った。あ、もしかすると熊三中に会いに行ったのかもしれない。f(^_^;
ご存知、熊三中。「ザル」ではなく「枠」です。

こうしてみると、なんだか年々ゆったりした旅が少なくなっている。余裕がなくなってきているということなのかな。
来年こそ…なんて、きっとまた無理なんだろうなあ。

2012年12月22日土曜日

冬眠へ

前日に続いてロケットストーブでたっぷり遊んだ。^o^
今日は天気が悪くずっと雨模様だったので、我が家のガレージに集合。試作機を使ってみたり、新たに作ってみたりしつつ、昼食はすき屋の牛丼を買ってきてガレージで食べた。

手前は昨日作った試作2号機、向こうが今日さとるが作ったもの。基本的に同じ構造。あれこれ燃やしてみてわいわいと楽しくやった。さとるはビニールハウスの暖房に使いたいようで、これからいろいろ試行錯誤するだろう。

今日は試しに紙薪を燃やしてみた。紙薪は熾きになってゆっくり燃えるのが特徴なので、ボーボー燃えることはない。これはロケットストーブには不向きな特徴で、やっぱり木の薪なんだなあと一同納得。


そこで夕方、上根来へ薪を取りに行った。明日か明後日から寒波が来るので、おそらく今日が上根来に行く最後のチャンスだ。今日を逃すときっと来年の4月まで雪に閉ざされるに違いない。
もう25年も前の話になるが、4月に入社した新入社員を上根来に連れて行ったとき、カンジキをはいて案内したというような所なのだから。


遠敷川の上流は雪が積もっていた。前回寒波は確か12月10日前後だったはずだが、もう融けそうもない。

濁水がごうごうと流れる。寒々しく荒々しい冬の景色だ。

上根来集落の入り口。除雪はしてあるものの、冬景色。

これからどんどん雪に閉ざされていく。真冬には2m以上の積雪になるらしい。今年はゲストハウスがあるから、雪下ろしに来ないといけないなあ。

薪が置いてある畜産団地は上根来集落の奥になる。しばらく行くと除雪区間が終わり、道路も雪で覆われる。わだちを頼りにそろそろ進む。

畜産団地は除雪区間を外れているので、もうすぐ誰も行かなくなり(行けなくなり)、完全に雪に閉ざされ冬眠に入る。ここに再び来るのは来年の4月かなあ。

帰り道、雪の積もった棚田跡にシカが1頭、こちらを見ていた。もっとアップの写真を撮ろうとしているうちにピョンとひとはね、山のほうへ逃げていった。
シカは積雪が60cmを超えると死ぬと聞いた。移動困難になるのか、それともエサが取れなくなるのかしらないが、ここ2年ほどは積雪が多く、シカの増加にはそれなりに歯止めがかかっているらしい。今年も12月からもうこれだから、けっこう降るんじゃなかろうか。
シカにはかわいそうだが、ここまではっきりと山が荒れてしまうと、今年も雪が深くなったほうがいいなあと思わざるを得ない。あ、でもそうすると雪下ろしが大変になるか。^^;