2012年1月13日金曜日

手羽先の会議

今日は名古屋へ。「SUKIYAKI塾名古屋手羽先の会」の設立準備委員会(のようなもの)兼新年会at世界の山ちゃんに出席するためだ。飲みに行くだけだめに名古屋へ行くなどでは決してない。^^;
午前中、飛び込みも含めて用事をバタバタとすませて正午の電車で小浜を出発。途中電車の中で駅弁を食べつつ3時前に名古屋に到着。
ともかく宿であるドーミーイン名古屋にチェックイン。
さて、集合時間は19時なのでそれまで4時間弱、どうするか。
昨日までは大須に行って買い物をする気満々だったのだが、
①寒いので大浴場に入りたい(おじさんは温泉好き)
②本の原稿書きを進めないとやばい
ということで、ずっとホテルにこもって原稿書きにいそしむことにした。なんとかこの週末に仕上げたいのが、ずっと旅の空なのだ。
ホテルのデスクでバイオPを使ってちまちまと。
待ち合わせ時間が近くなったので歩いて名古屋駅へ。名古屋も寒いが乾燥しているのでなんだかピリッとしている。小浜の鈍重な寒さとは質が違う。
7時。ともともさん、青い山脈さん、mochaさん、後がないさん、sunriseさん、すーさん(到着順)と合流し、名駅西口の世界の山ちゃんへ。

やっぱりこれ。黒ホッピーと幻の手羽先。
やがてクレヨンしんのすけさんも遅れて到着。罰ゲームに仙台で弱点であることが露呈した納豆をふるまった。
納豆があまりにかぐわしくて泣いてます。
あ、ただもう飲んでいただけだと思われると困るので書いておくけれど、きちんとSUKIYAKI塾名古屋手羽先の会の会議はしたからね。
6月2日が筆記試験セミナーと決まりました。派遣講師を求む!

山ちゃんの前にて。なぜか小雨が…
ホテルは名古屋駅を挟んで反対側にあるので、20分くらいかけてぷらぷらと歩いて帰る。
今年は東京、名古屋、四国でSUKIYAKI塾が立ち上がる流れになっている。嬉しいなあ。

通りはイルミネーションで明るい。
最近は都市部はどこでもやっている感じだ。
ホテルに戻り、洗濯しながら大浴場でゆっくり過ごす。電車の中で少しとホテルで少し原稿を書き進んだが、明日はもっとがんばらないと。

2012年1月12日木曜日

越後つついし親不知

昨年の春のセミナーあたりから歯痛に悩まされていた。
4月に痛み出し、5月~6月セミナーでは6月に入るあたりまでずっと鎮痛剤のお世話になっていた。6月にいったん収まったのだが、秋ごろからまた時々痛い時期がやってくるので、いつも「歯痛リングル」は手放せないものになった。
歯科のF先生に沁み止めを塗ってもらってはしのいできたのだが、年末から再び痛み出し、年を越してどうも収まる気配がない。
ずっと歯痛リングルを飲み続けるわけにもいかず、こりゃあもう神経を抜いてもらうしかないなと思ってF先生のところへ行った。
いろいろ調べてみると、どうも元凶は左上の一番奥の歯、親知らずらしいことがわかった。
下の親知らずはもう抜いてあってかみ合わせはないから、歯としての機能はない。一番奥で神経も抜きにくいから、いっそ歯を抜いてしまえば根本的治療になるとのこと。
結局抜いてもらった。麻酔をしてもらい、けっこうあっさりと親知らずは抜けた。小学校6年生のころに生えた歯だと思うので、足掛け40年の付き合いだったのだ。

まだ麻酔が残っているけれど、いったん帰宅してまた出かけた。今年から個人事業の経理その他を手伝ってもらう人との食事をかねた打ち合わせなのである。
あれこれ時間がかかって、帰宅は4時。幸いなことに抜歯後の痛みはほとんどない。
7時からは観光局体験部会の新年会。部会長が経営する阿納の民宿に集まってふぐに舌鼓を打った。
ふぐ(てっさ・てっちり)に舟盛りの刺身(ひらめ、あじ)、そしてカニ。さらに茶碗蒸し、煮魚(ソイ)、ふぐの唐揚げ、カキを満喫してふぐ雑炊で締め。全部阿納で取れるものだからこその贅沢な料理であった。
この体験部会は昨年から上根来プロジェクトに取り組んでいるし、12月には高知にも視察に行った。今日は知床にも一緒に行った「百笑」K君も加わり、とにかく前向きな話に花が咲いた。
私は抜歯当日ということで酒断ち。ウーロン茶だけで過ごした。だからイマイチ気分が盛り上がれない。悲しいことである。
でもいいんだ。明日は名古屋の山ちゃんで黒ホッピーを「うおりゃあぁぁぁ」と心ゆくまで飲んでやるんだ。

2012年1月11日水曜日

●だからダメ

沖縄・辺野古のアセスのニュースやサイトでの記事の中で目にしたのが、
「全項目『影響は小さい』って、そんなことあるわけないだろ!」
という意見だ。
確かにそう思うだろうなあ。でもアセスに携わった者には
「評価書はそうなるかもしれないなあ」
と思える。

…なーんて書くと、
「それは、『ウソでもそう書かないといけないだろうなあ』という意味だな」
と思っちゃう人もいるだろう。そのあたりが難しいところなんだよなあ。
アセスって、予測評価をする段階で
「こりゃけっこう影響がある」
という予測結果になると、影響を低く抑えるように設計の手直しをしたりすることがよくあるから、最終結果は「影響は小さい」になることはよくあるのだ。
つまり、設計内容にアセスが迎合したんじゃなくて、アセス結果を踏まえて環境影響が小さいように設計内容を手直しした結果が評価書になったりするわけである。
まあ辺野古がそうなのかどうかはわからないけれど、とにかくアセスというのはそういう性質のものだということだ。
しかしこんなことを理解している一般人などほとんどいないだろうから、
「全項目『影響は小さい』ってウソだ」
になったりするのだろう。

じゃあ、こういう反応を「非科学的な決め付け」と一蹴していいのか、というとそれもどうかなと思う。
人間ってなんでもかんても論理的・科学的に判断する生き物ではないし、社会の進む方向が情緒的なもの・非論理的なもので決められる側面も少なからずあると思うから、それはそれで仕方がないのではないかと思うのだ。
そもそも環境影響評価、さらには「環境」なんて、自然と人間がいかにしてうまく折り合いをつけてやっていくかということではないかと思う。
自然がよくて人間が悪なのであれば、人間はいっそいなくなるか、あるいは産業革命以前の生活に戻ればいいのである。一時のストレス解放ならそれもいいであろうが、ネットもケータイも自動車も近代医療も食料安定供給もない時代に戻るなどできるはずがないから、やっぱり人間は自然とうまく折り合いをつけてやっていくしかないと思うのだ。
つまり人間の都合というものを無視しては環境、環境影響評価なんて成り立たない。
そして人間の都合というのは、すべてが論理的・科学的なものばかりではない。

動作がアヤシイ、あるいはメーカーが不明なエレベーターがあると、「シン●ラー」というメーカー名が頭に浮かぶでしょう。
乗ろうとした飛行機がプロペラ機だと、「げ、まさかボン●ルディア」と思ったりするでしょう。
人間というのはイメージの動物、感情の動物であり、いつもいつも論理的考察をしているわけではないのですよ。

沖縄のアセスがなんら恣意的な作為なく完全に科学的判断によってのみ作られているという確証があるわけではない。そういうことを言っているのではなくて、ロジックというものが正否を決め、また人間の判断を決める十分因子ではないということを言っているのである。
私は「理系」と言われる人の欠点のひとつは、「論理的にそれが正しいということを証明することイコール納得する、賛成するということだと思ってしまうこと」だと思っている。
でも実際の社会では、
「お前の言うことは正しい。でもなんかやだ」
ということが往々にしてある。それを不当だとかいって受け入れないことはたやすいが、それでは人と人とのつながり、人の輪は生まれない。

さらにややこしいことには「信条」とか「政治」なんてものが人の心や社会には入り込んだりする。
「●教だからダメ」
「●宗派だからダメ」
「●国だからダメ」
「●党だからダメ」
「●人だからダメ」
そんなのはいっぱいある。つまり個々の中身ではなくレッテルである。
それは非論理的だと思うし、くだらないとも思う。
だけどそれが人間社会でもある。「●国だから嫌だ」と表だって言うと「偏った人間」とみられるだろうが、「シン●ラーだから嫌だ」と口に出してもまあ冗談程度ですんでしまう。
なんでも「だからダメ」と言ってしまった時点で思考停止になるんだけどね。

ああそうそう、こういうテーマだと「自分の考えが唯一正しい」とか「自分のやっていることが世界で一番大事」と思い込んでしまってどうにもならない人がときどき出てくるのも面倒くさい。
そこには議論はもはや入り込む余地がない。だって自分の言っていることに反対する人、自分のやっていることを認めない人は馬鹿であり、下等であり、悪であると思っているのだから。(特にこういう人が理系だったりすると、「自分の主張は論理的に正しい」という絶対的根拠を確信しているだけにいっそう面倒くさい)
互いを尊重しない間柄には議論ではなく罵倒や軽蔑しか存在しないのですよ。
論理的な考察と、互いを尊重しあう中での中庸といった関係ができると気持ちいいんだけどね。

2012年1月10日火曜日

24カラットの黒夜

「今年の冬はほとんど雨が降らない」とニュースで言っていた。そんなことはないだろうと思って見ると、東京・大阪・高知の降雨日数がきわめて少ないということを紹介していた。それならわかる。
おおむね冬は日本海側と太平洋側で真逆だから、こちら裏日本は雨か雪の日が続いている。
なんだか恨み節のようだが、実はそうである。自転車なんて今年になってから1回しか乗れていない。

しかし気温が高いのか、雪もそれほど降るわけでもない。去年に比べたら格段に少ないので、鹿もまた増えることだろう。困ったことだ。
今日、NPO関係の新事業について相談していたとき、上根来を含む地区の人が
「鹿、全部殺したろか」
と言っていた。こう書くと関西弁の「しばいたろか」みたいなニュアンスに聞こえるかもしれないが、「ろか」の部分が「やろうじゃないか」「やろうと思うんだが、どうだ?」みたいな意味になる。
東京風に言うと
「俺ぁなぁ、鹿ってぇものが大っ嫌ぇなんでぃ。いっちょ全部ぶっ殺してやろうと思うんだが、どうでぇ」
という感じである。別に大嫌いというのはどうでもいいけど。
まあすでに下草が大変食べられて山が荒れ放題になってきているし、植林もできない状態だから、今後の状況によってはかなり思い切った措置も必要かもしれない。

ともかく、こんなに雨雪ばかりだと外を出歩く気にはなれないからデスクワークは逆にはかどりそうなものなのだけれど、日も早く暮れるし寒いよ暗いよになるので、家に帰って酒でも飲んでコタツに入って酒でも飲んでいたいという思いのほうが強くなって結局非生産的になってしまうのが困ったものだ。
帰宅するころにはもはや真っ暗、田舎道路は闇の中で、いよいよ寒々としてくるのでありました。

Black night is a long way from home.

2012年1月9日月曜日

Take it easy

年末から帰省していた娘が成人式を終えて大学に戻るので、振袖の写真選びなどをかねて敦賀まで送っていくことにして、女房も加えて3人で敦賀へ。
写真を選び(オヤジは全く入り込めない世界だ^^;)、かなり早めの昼食を食べて敦賀駅から私だけ一足はやく電車に乗た。私は私で「新しい公共」の会議があるのだ。
これからの時期、北陸トンネルを越えて北へ行くのは気が重いものだが、やはりトンネルを越えると雪国だった。
夕方前まで会議をして電車で帰路につく。武生駅から敦賀駅まで普通電車はなぜが満員で立ちん坊だった。こんなことはじめてだ。
小浜駅帰着は7時前。雪こそ少ないが寒々としていた。

女房に駅まで迎えに来てもらって帰宅。子供たちもみんな大学に戻り、2人の静かな夕食であった。風呂も混まないし、これはこれで気楽なようなさみしいような。
ゆっくり夕飯を食べ、久々にギターを少し弾いて、本を読みながら風呂にゆっくり入った。
…やっぱ気楽でいいな。

…というわけでそろそろ寝ようかと思ったらグレゴリーから写真を送ってきた。時差があるのでいつも真夜中である。
夏、我が家でジョーと飲んでギターを弾きまくっていたときのショット。「イエーイ」と拳を合わせる。いい気分だったなあ。背景には中国、沖縄、東南アジア、アフリア、南アメリカの民族楽器が並んでます。^o^;

2012年1月8日日曜日

A day in the life

朝10時からskype模擬面接。午前中に模擬面接をするなど初めてではなかろうか。頭もびっくりしたとみえていつもの調子が出なかったが、尻上がりにリズムに乗ってきて、終わった後はけっこう頭がスカッとしていたので、夜型人間の私ではあるが、たまにはこんなのもいいなあと思った。

昼前に自転車で家を出る。久々の自転車はおどろくほど重く感じる。やっぱ正月で体がなまっている。
曇天だが、じれでに数日ぶりの好天である。

霊峰・多田ヶ岳も雪を薄くまとい寒そうだ。
ともしの店で昼飯の牛丼をかきこみ県立図書館へ。
ライフアカデミー講座の講師ということで、ボランティアがどーのこーのと何事かほざく。でもいろんな人と話ができて楽しい時間だった。元気ももらったし。

帰宅すると4時過ぎ。原稿を進めないといけないと思っていると、もうでかける時間だ。添削やら模擬面接と違って、本の原稿はまとまった時間をとらないとなかなか進まないのだ。

18時より区の新年会。歩いて家を出る。
夕方になって晴れた。一番星みつけた。
まさに老若男女(といっても「若」が不足気味だが)いっしょになって飲み食い歌う。隣近所の人が気の置けない人々だというのもこれはまたひとつの幸せだろうと思う。
20時過ぎにお開きとなり、気分よく歩いて帰宅。

総監の口頭試験が始まっており、報告が続々と届いている。相変わらずバリエーション豊かな口頭試験で、「へえ、そうくるか」という質問も少なからずある。
何より試験後のボーゼン・ヘトヘトの状態であろうのにメールを送っていただけることが嬉しい。

今日、小浜市では成人式があった。娘も出席した。よくぞ育ってくれたものだ。なんというか、息子が成人した時とはまた違う感慨がある。

いろいろと細々とあった一日であった。

全国的な広がりの活動の中で時間を過ごし、地域で積み上げてきた活動の時間を過ごし、近所の人と気楽に楽しむ時間を過ごした。どこにも穴が4,000個掘ってはなかったけれど、考えてみたら幸福な一日だった。

2012年1月7日土曜日

重たい日曜日

昨夜はよしきと「浜照」へ行った。小浜の地酒や小浜の魚というものには全然こだわらず、日本ワイドでうまい酒とうまい肴を集めている。
これがメニューです
8日が成人式なので昨夜(金曜の夜)は若い子が居酒屋に多いだろうということで、そういう「お子ちゃま」が来ない店を選んで、うまい肴で日本酒をしこたま飲んだ。
前夜の寝不足もあったのか、帰りのタクシーでは珍しく寝こけてしまい、よしきがいつ降りたのかも覚えていないという体たらくだった。おじさんもう無理きかんのよ。

少々頭が重たく遅い起床。うすら寒い朝だ。明日は県立図書館のライフアカデミーでボランティアのことを何やらほざく予定になっているので、そのパワポを作らねばならないし、本の執筆もせっぱつまってきているから仕事部屋にこもっていた。

年明けから冬型が続いている。天候の変化は冬型が強くなったり弱くなったりするだけで、それに伴って曇りになったり雨になったり雪になったりする。晴れにはほとんどならない。晴れても数時間で、あとはずっと太陽が見えない日が続く。
地面はずっと濡れた状態で、晴れても雪が解けるのでやっぱり濡れている。
そして寒い。
東京あたりだと耳がちぎれそうな木枯らしが吹くが、それに比べたらまだ寒くはない。外に洗濯物を干しても凍ったりはしないし、そもそも水たまりが凍るなんてことは滅多になく、霜柱などまずもって見ることはない。だけど日向も寒い。というか晴れていないから日向というものがない。
つまり東京に比べると寒さも暖かさも極端ではないけれど、ずーっと、そしてどこでも寒い。
湿ったじわーっとした寒さだ。日本海側・裏日本の冬である。小浜は北陸と山陰の中間くらいにあるからまだましだけど、それでもこの重たい寒さと重たい空は、外へ出かける気をくじく。
午後から買い物があったので少し外に出たけれど、車を降りて目的の建物まで急ぎ足である。空気が濡れているのか細かい氷雨が降っているのかわからないような天気、「歩く」とか「自転車に乗る」なんてことは苦行でしかない。

重たそうな空、どーんと湿った空気、じんわりした寒さ、いろんな保存食(冬は食卓が茶色くなる)、分厚い布団。そんな重たく暗い冬がずっと嫌いだったけれど、最近はけっこういとおしい。年を取ったのかもしれないが、結局この冬が自分の体に合っているのかもしれない。

2012年1月6日金曜日

山が荒れている

フィリピンのミンダナオ島で行方不明150人という地すべりがあったようだ。「鉱石の違法採掘や森林の違法伐採で地滑りが相次いでいる」らしい。
北朝鮮の飢餓も山が荒れてしまったことが大きく影響しているらしいが、事程左様に、治山治水というものに果たす森林の役割は本当に大きい。

小浜の山もどんどん荒れてきている。
林業衰退は植林地の間伐や枝払いの放棄につながり、「黒山」と言われる林床に日光の届かない森を作ってしまった。仕事で地表踏査をしていても、とにかく杉植林地は足元がぐずぐずで歩きにくかったものだ。
そんなところだから雨が降ればすぐに土砂が流出するし、表層崩壊も起こりやすい。平成16年の福井豪雨では杉植林地の崩壊が目立ったという。(ついでに間伐したまま斜面に放置されていた木が流出して橋にぶちあたって壊してしまった例も多々あるらしい)
さらに近年は鹿の食害が著しい。林床の草本類を片っ端から食べてしまい、真夏でも山の地肌が茶色く見えるという異様な光景を作ってしまった。
7月の上根来の風景。以前は緑一色だったのに…
10月の相生の風景。林床に何もない。
今、雨が降った時の川の出水の勢いや水の濁り方が、以前とは変わったということがはっきりわかるようになってきた。出水が著しいということは、地下水涵養もできていないということだから、小浜の名水「雲城水」が枯れてしまう事態も現実のものとして迫りつつあると思う。そういえば小浜市はかつて「名水プロジェクト」という地下水保全の市民参加の委員会を持っていたが、これは「融雪水をくみ上げているからだ」という超近視眼的・情緒的な結論を出してしまった。地下水涵養に対する全市的な取り組みを始める好機だったのに、本当に残念なことだ。

ともかく、小浜の森は今危機に瀕している。林業衰退よりも鹿食害が一気に進んだのが大きい。唖然とするほど一気に森は荒れてしまった。
植生という点でも、失われてしまった種は数多いだろう。植物は生態系の基盤を成すから、こういった草本類に依存する昆虫類などは姿を消すことも考えられる。
そして治山治水という点では水害リスクのかつてない高まりとして現れるだろう。それでなくとも近年の局所的豪雨はハンパないのだ。
もちろんここまで食物を食い荒らしてしまえば鹿のほうもただではすむまい。増えすぎた個体数はまた減るだろうが、その前に山の草を食い尽くし、さらに畑を荒らしまわることになる。鹿だって餓死するのはいやだからね。
去年の冬は雪が多かったのでかなり死んだらしいが…
今、中山間集落では補助金をもらって鹿柵をがんばって備えている。山と田畑の間に高さ2mを超える柵を1km以上の区間にわたって集落総出で設置したりしている。
しかし山の草本類は誰も守ってはいない。そして地下水は枯れ、土砂は流れ出る。そういう方向にどんどん進んでいる。

私はこの問題に直接携わる立場にないので、焼け石に水にもならないとはわかっているけれど、鹿肉を食べるとか鹿牧場とか上根来プロジェクトとかに関わっている。「何か楽しいことやろう」よりも「何とかしないとやばい」という思いが原動力になっているのも確かだ。
この町で、この問題の深刻さを感じている人はいったいそれだけいるのだろうという焦りというか恐怖みたいなものをずっと感じている。
やっぱり何かしないといけないな。…とまあ、こうやって自分で自分の首を絞めていくのだけどね。^^;

2012年1月5日木曜日

どどっとタイトに

さあ、今日から新年始動!…なんて言いつつ、まあゆるゆるやっていったらいいかなと思っていた。
どうもそういう甘い考えを見透かされていたようで、なんだか一気にスケジュールがたてこんできた。まあこの時期は例年「二次試験合格法」の執筆のほうでバタバタするのだが、今年は「新しい公共」やらNPO方面の講師依頼やらも重なって、ちょっとタイトである。
セミナーツアー真っ盛りの時期ならこちらの体も頭もそれなりの状態になっているので十分対応できる程度の密度なのだが、年末年始で腑抜けたアタマには少々きつい。

そんな時だというのに、またぞろ変な虫が騒ぎだして、「二次試験合格法 出願・筆記試験編」の平成24年度版は、できる範囲で内容を変えようと思っている。
SUKIYAKI塾講師のアドバイスや合格者の経歴票・筆記答案事例をできるだけなくして解説を増やしたいと思っているのだ。時間がないのでかなりキツイのだが、できるだけがんばってみようと思う。
どうもしかし、タイトになってくればくるほど「こなし」はやりたくなくなっている天邪鬼には困ったものだ。昔からこれでずいぶん苦労している。まあ自分の性分で自分が苦労しているだけなんだけど。^^;

今日になってもまだ年賀状が来る。こちらから出した年賀状への返礼ではないので、どうやらテキも正月になってから年賀状を書いたらしい。何人かについては年賀状を印刷したけれど、郵便局に行くともはや年賀状ボックスはもうなくなっていた。
正月も終わったし、いよいよ本格始動だ!
…って、最初と同じことまた言ってるし。

2012年1月4日水曜日

雪の中の秋芳洞

ホテルの朝食はよくあるバイキング…と思っていたら、キャナルシティのドーミーインは卵料理を焼いてくれるのだ。それだけでもちょっと得した気分になる。
私は一昨年、つまりセミナーツアーを始めて2年目だが、完全にホテルのバイキング式朝食に飽きてしまって食べられなくなったことがある。とにかくどのホテルに泊まっても同じ内容なんだもの。
ふわふわというよりどろどろのスクランブルエッグ、ベーコン、レタスなどのサラダ、ポテトサラダやマカロニサラダ、フライドポテト、具の極端に少ない味噌汁、そしてご飯。あとは漬物と納豆と。
悪くないじゃないかと思うかもしれない。私も最初はそう思った。だからホテルは朝食付きばかり予約した。ところが半年で完全に飽きた。だから今は素泊まり主体にしている。

9時の新幹線で博多駅を出発し、40分弱で新山口に到着。
なんと雪が激しく降っている。しかしめげることなくレンタカーを借りて秋芳洞・秋吉台へ。もう5年か6年前に一度家族旅行で行こうとしたが宿が取れずに断念したことがあった。今回はリベンジである。
初めて来たが、さすがの規模である。しかし鍾乳洞はいろいろと個性があって面白いのだ。
雪の降りしきる入り口。

流れ出る川の水が鮮やかに青い。

水面に石灰岩が鏡のように映る。

百枚皿。秋芳洞ならではの見飽きない光景だ。

鍾乳石は沖縄の玉泉洞に比べれば貧弱。

秋芳洞といえばこれ。黄金柱。

黒谷支洞は鍾乳石が多い。

土産物街。雪で人はまばら。

産地不明の化石が多く売られている。
「中性」ジュラ紀って…^^;

秋吉台。雪の中だけに余計荒涼として見える。
帰路、瑠璃光寺の五重塔へ。恥ずかしながらその存在をぜんぜん知らなかった。
雪降る中の五重塔。思わずほうと声が出る光景。
無料で見学できる。

瑠璃光寺。拝観料無料。
この寺はとにかく気前がいいというか、拝観料は無料だし線香は安いし無人販売だし、今日びちょっと珍しいかもしれない。

新山口駅に戻って新幹線で岡山へ、乗り換えて京都へ、さらに特急に乗り換えて近江今津駅へ。ここからマイカーでようやく帰宅した。
セミナーツアーなどとはまったく違った時間の余裕の中での旅行、疲れたけれどいい思い出になった。
帰宅後、小腹がすいたのか娘がインスタントの沖縄そばを食べていると、それをつまみ食いした女房が
「沖縄そばってラーメンとどう違うん?」
と聞くので、
「それはインスタントやからそう思うだけで、本当の沖縄そば食べたらぜんぜん違うで」
と言ったら、
「沖縄行ってないからわからん。家族で私だけ」
と返されてしまった。うーむ、いずれは沖縄正月というのもアリか。^^;

2012年1月3日火曜日

もつ鍋とラーメンの1日

毎年恒例の正月家族旅行、今年は博多に来ている。といっても今回は息子は不参加で、女房と娘と3人である。まあこうやってだんだん子供は独立していくんだろうなあ。
今回は遠いので車ではなく新幹線で移動。夕方までぎに博多駅に到着。キャナルシティ近くのドーミーインに投宿した。
博多駅前は薄曇り。

キャナルシティでは新春イベントで伝統芸能披露をしていた。
ショッピングのあと、博多らしいものを食べたいと女房が言うので天神へ移動して食事にした。

もつ鍋。ギョーザの皮を煮込んで食べるようだ。
これはこの店ならではのメニューかな?
歩いてキャナルシティに帰る途中に警固神社という物々しい名前の神社があったのでお参りした。
100円のおみくじの横で1,000円のおみくじを売っていたので何かと見るとハワイ旅行の当たるおみくじであった。^o^
三越のビルの前に浮かび上がる警固神社。
都会ならではのなかなかにシュールな光景。
帰り道、やはり博多に来たらラーメンでしょうということで「一竜」でラーメンを食す。屋台でもよかったのだが、女房がネットで調べたところ「ボラれる店もある」とのことで屋台はやめようということになった。そういう店があると、今はネットがあるからあっというまにそういう評判がたつんだよね。

細麺とんこつの博多ラーメン。
具はきくらげ、チャーシュー、シナチク、ネギ。
煮卵は別途追加オーダー。
再びキャナルシティに戻り、女房は学校に、私は会社に、娘はサークルに、おみやげを大量に購入。ツアーじゃなくて旅行だからね。

ちょうど噴水ショーをやっていた。

駅前通りのイルミネーション。
ホテルに戻り、部屋に入ったら急に眠くなってそのまま爆睡。
10時半ごろに女房に起こされた。夜泣きそばを食おうというのだ。ドーミーインは夜11時前無料の夜泣きそばを食べさせてくれるのだが、なんだか鍋やラーメンだらけの1日であった。
目が覚めたので大浴場でゆっくりして就寝。うーむ、今年は3日になってもまだほとんど始動していないぞ。

2012年1月2日月曜日

脱・年賀状

正月といえば頭が痛いのが年賀状である。
あれを作るのを楽しみにしている人も世の中にはきっといるのだろう。工夫を凝らしてデザインを考えて…なんてね。でも今はネットからいろんなデザインが手に入るから、デザイン力ではなく「素敵なデザインを探してくる力」みたいなものが必要になってきたようだ。「あぁ、ネットの素材集で見たなあ」というデザインの年賀状も来るし。
家族写真を使ったものも多い。こういう人は時間をかけてデザインしているのだろう。

いっぽう、お義理でとにかく作って出しているという人も多いだろう。というか、こちらのほうが圧倒的に多いのではあるまいか。
私も年賀状が億劫で仕方がない。
メールですませられるのではないかと思って、メアドが分かる人にはメールで送っておしまいにした年もあった。なのになぜかそういう人に対してもハガキの年賀状が復活した。不思議なことだなあ。

しかし一昨年からはなんとか減らそうと努力している。その努力とは何かというと、
「不義理になる」
ただこれだけである。
昨年からは年内には一切出さないようにしている。そして元旦以降に来た年賀状を、
①メールで年賀状を出す
②ハガキの年賀状を出す
③年賀状を出さない
の3つに分類している。

まず相手のメアドがわかれば①を選ぶ。付き合いの浅い深いは関係ない。申し訳ないけれどBcc配信である。そして①を選んだ人にはハガキは出さない。
SUKIYAKI塾の付き合いは全部これになる。SUKIYAKI塾は従来型の「社会人のお付き合い」とは異なると思っているので、むしろメール年賀のほうがしっくりくる。というか消息を伝え合わねばならない関係でもないと思っているから、メールであっても特に「年賀」など必要性を感じない。
学生時代の同級生もこちらが多い。

メアドがわからない人につては、②か③を選ぶ。
この人にはやはりきちんと挨拶しておきたいなあと思う人にはハガキの年賀状を出す。ネット素材そのまま流用の手抜き・お義理年賀状だが、こういう場合はフォーマルな挨拶になるので、それでも特に問題はないようだ。
そしてそれ以外は全部③を選ぶ。つまり年賀状の返礼を行わない。
不義理である。非礼である。そんなことはわかっている。
その「不義理」「非礼」が乗り越えられずに年賀状の枚数が毎年かさんでいたのである。ネットからとった素材に住所氏名だけをくわえたデザインで印刷したものに、お義理のように「お元気ですか」とだけ書いた年賀状のやりとりを長年続けてきたのである。
そこから思い切って飛び降りてみたのが昨年である。メアドがわからない人で、年賀状を出さなくても人間関係は壊れないだろうと思う人には思い切って全部非礼をしてみた。
そういう人からは今年は年賀状が来なくなった。(と思う。それでも出してくれている人もいるだろうが…)
でも、そうしたことで日常の付き合いがおかしくなったという覚えはない。(私が気づいていないだけで実は関係が悪化しているのかもしれないが…)
それをいいことに、今年はさらに非礼を重ねることにした。

結局、今年年賀状をくれた人への返礼は、次のようになった。
①メールで年賀状を出した…17人
②ハガキの年賀状を出した…20人
③年賀状を出さなかった…32人
もらった年賀状の数は70枚弱と、かつての1/3以下になった。
そして出したハガキの年賀状は20枚と、かつての実に1/10以下になった。
たいていの人は去年もらった年賀状をみて今年出すということをするから、来年はさらに激減が予想される。大変ありがたいことである。

こういうことを人に言うと、
「いいなー、うらやましいなー」
という反応と、
「それは人としてどうなの」
という反応のどちらかが返ってくる。このあたりも人それぞれである。(人それぞれなんだからいいじゃないかという意味もこめて)
年賀状があって初めて保たれる人間関係もあるのかもしれないが、それはきっと多くないと思うのだけれどね。

2012年1月1日日曜日

元旦はシンプルに

我が家の元旦は朝寝から始まる。だいたいこれ以上寝ていると女房が怒るだろうなというタイミングを見計らってみんな(私・息子・娘)は起きてくる。
我が家のお雑煮は丸餅を味噌で煮るだけ。具はなし。若狭地方のお雑煮はだいたいこれで、家によっては花鰹を散らしたり黒砂糖をのせたりするらしいが、我が家はシンプルに。

年賀状その他で午前中にちょっと出かける。幸いなことにおだやかな天気の正月だ。
親戚がやってきて、昼食は焼肉だの寿司だのでわーっとにぎやかに。正月用にとってあった泡盛古酒おもろを出していい気分で酔っ払い、その後もさしたる生産活動もせずのんびり過ごした。

今年もいろいろやりたいことがある。NPO、地域活動、SUKIYAKI塾。方向性はこれまでと変わらないけれど、やはり去年よりは一歩進みたい。
自分自身が転身して3年になり、そろそろペースがつかめて無理なくこなしていける…べきなのだろうけれど、いまだに「ころあい」というか「ほどほど」ができずにいる。「今年こそセミナーツアーはオフ日を入れてマイペースで」と思っていても、結局キツキツになっているんだよなあ。
それはまあ仕方ないにしても、今年はSUKIYAKI塾に力を入れたい。名古屋と四国では、できたら抗議だけでなく個別指導も含めたセミナーを開きたいなあ。
楽しい予定ばかりではなくて、いろいろとあると思うけれど、それでも1年を楽しみたいと思う。

2011年12月31日土曜日

一年間お世話になりました

大晦日だが、まだ机まわりが片付かぬ。どうも昨日から不急不要のものまで自炊作業に明け暮れていたのがいけなかったようだ。笑。
そのうえ、バイオ購入で余ったLooxUを息子に譲ろうと思ってOfficeを本来プリインストールされていた2007に戻そうとするのだが、これが見つからない。さんざん探しまわっている間に「ああ、これももういらないなあ」というものがいっぱい出てきてそれも処分している間に日が暮れてしまった。

ともあれ、今年も多くの人達と交わった。
小浜においてはボランティアセンターが移動して市民協働課ができ、新しいいろんな関係ができた。
市政60周年であったこと、観光局が道の駅に移り上根来プロジェクトなどの活動も動き出したこと、「新しい公共」のサポネットふくいの活動が始まったことなど、NPOのいろんな新しい動きがあり、そのためいろんな仲間がまたできた。
SUKIYAKI塾は北海道と沖縄の会としての活動が継続し、また筆記試験時期の北海道・沖縄でのセミナーや口頭試験時期の北海道・東京・名古屋・大阪・広島・沖縄のセミナーが開催されて派遣講師が行き交う中で、交流がいっそう活発になってきて、新しいSUKIYAKI塾地域拠点の動きも出てきた。
とにかく「人と人とのつながり」なんだなあと思う。
SUKIYAKI塾の中の技術士交流はもちろんだし、NPOの交流ももちろんなのだけれど、それらを横断した交流も実現している。
知床世界遺産さんとの交流から始まったシカプロジェクトは実現眼の前になったし、カチナノリさんとの交流は上根来プロジェクトメンバー高知視察につながった。
友人が日本中にいて、機会があったら飲める(飲むだけじゃないけれど^^;)というのは本当に素敵なことだと思う。

一年間本当にお世話になりました。
来年もよろしくお願いします。

2011年12月30日金曜日

シュレッドの午後

朝から仕事部屋の掃除。たまりにたまった書類の整理がメインである。
以前はA4封筒に入れては棚に整理するという、山根式袋ファイルというのをやっていた。とにかく何でも(定形外でも)放り込めるので「楽で始末がいい」と大喜びで始めたのがもう20年以上前。それからずっと続けてきた。
その結果、封筒で棚がいっぱいになった。それも大部分がデッドストックである。
そもそも、しょっちゅう出し入れする情報などそれほど多くない。会社ならともかく、個人の自宅になるとなおさらである。大部分はストックになってしまう。つまり場所ふさぎである。
何でオレは使いもしない紙に埋もれて生活しているのだろうと思った。

そこでペーパーレス化を考えた。片っ端からスキャンして元の紙は捨ててしまえばいいじゃないかというわけである。
ところがフラットヘッドスキャナでそんなことしていたら時間がどれだけあっても足りない。スキャンした情報もJpegファイルが溜まっていく一方で、それをフォルダの中に貯めこんでも閲覧性が悪くて使いものにならない。

それを解決してくれたのがオートシートフィーダ付きのスキャナとEvernoteである。
スキャナはScanSnapで、自宅ではS1500を使っている。
スキャナーS1500。処理が早いので快適。

そしてスキャンしたデータはOCRしたPDFファイルになってEvernoteに放り込まれる。
仕事の書類、NPOの書類、プライベート、自炊本などどんどん放り込んでいけばいいので大変楽だし、Evernoteを立ち上げさえすればそこでも閲覧できるので便利だ。スマホやギャラタブで見ることができるから、PCも不要である。
自炊用にはカッターも使う。文庫本なら厚めのものでないかぎり一発カットできる。

スキャンした後の紙はどんどんシュレッダーにかける。
このとき大切なのは、
「これ、紙のまま残しておいたほうがいいかも」
なんて思わないことである。そんなことをしていると結局片付かない。
「後で必要になったら買うなり誰かにもらうなりしよう」
と割りきって、あとはひたすらスキャンしてはシュレッダーにかける。もちろんシュレッダーもパワフルでないといけないので、個人書斎には普通置かない大きさのものを使ってがしがし裁断している。
アイリス・オーヤマのP8HM。たしか18,000円くらいした。

膨大な紙ゴミが出るが、やっているとだんだん気分が高まってきて、なんだかシュレッドした紙ゴミを生産するためにスキャンして裁断しているような気になってくる。
かくして1日の成果をふりかえるとき、Evernoteに作成されたファイル群ではなく、積まれた紙ゴミを満足気に見るという、ちょっとアブナイ状態になる。^o^

半日がんばった成果で、この半年間ほどの間に受け取った書類はほぼすべてスキャナ経由スレッダー行きとなった。
文庫本類も20冊弱処分できた。こちらのほうは購入ペースにはるかに及ばないので困ったものなのだけれど。

2011年12月29日木曜日

年末はいずこも

年末の行動など毎年同じようなものだ。日頃は手を付けない部分を掃除し、神棚の供え物を新しくする。お節を作り、餅をつく。そしてその行程は毎年ほぼ一定しており、我が家では掃除は29日から30日、神棚の供え物交換は30日、餅つきも30日である。お節は30日から31日にかけて作る。
年末年始の行事や食べ物は、なぜか時代の流れの中でも生き残り続けているようで、お節の黒豆や栗きんとんなどはあまり誰も箸を付けないけれど頑固に残っている。
先日も書いたが、お雑煮も地方色が色あせることなく残っていて、ほんの10kmか20km移動しただけで変化する。

今年は日本にとってお盆も彼岸も年末年始も特別なものになった。お正月のグダグダバラエティは相変わらず続くのかもしれないが。
私は口頭試験模擬面接の中で「東日本大震災を踏まえ、今後の我が国の方向と、それに対するあなたの技術貢献について」聞くことにしているが、実際の口頭試験でもそういったたぐいの質問が多いようだ。

…などなど雑感していると女房に叱られるのでとにかく体を動かす。
我が家と女房の実家の掃除をして回った。
女房の実家の離れと庭。今年はじめてスノーダンプを使った。

夜はskype3名。年末にもかかわらずまだやっているのですよ。^o^
明日は屋内の掃除と、そして毎年中途半端に終わっている仕事部屋の掃除である。

2011年12月28日水曜日

笑・整理術

今日は仕事納めである。仕事はなく、大掃除のみ。どよんと曇り、時々冷たい雨が細かく降る天気。雪が降らないだけましというものだ。
霊峰・多田ヶ岳も低い雲の中

大掃除を終えて自分の机の整理にとりかかる。今年はちょっと時間があるので長年の懸案の小物整理を…と思うのだが、結局できない。整理しようがないものが多すぎるのである。

たとえばこれ。字消し板、折りたたみ定規ボールペン(笑)、ペン型の望遠鏡&顕微鏡。
もう絶対使わないなら捨てるが、そうとも限らないので、そのままにしている。まあ引き出しの中がいっぱいだとか必要なものが見つからないなら何としても捨てないといけないだろうが、別に余裕もあって日常不都合がなければわざわざ捨てる必要もないわなとそのままになっている。
私は小物好きなので、こんなものが引き出しの中にごちゃごちゃと溜まっている。これを整理するのはいつになるやら。

いろんな書類についてはEvernoteにスキャンして保存するようにしているのでかなり捨てている。これもセミナーツアーに出たりしてバタバタしている期間のものはたまっているが、スキャンしてしまえばゴミ箱行きであるから、これは問題ない。

困るのは本である。
とにかく溜まっていく。電子ブックにすればいいと思っていたが、肝心の電子ブックになっている本が少なすぎる。
一度読んだら裁断してスキャンして捨てる「自炊」も購入速度に追いついていない。うーむ困ったものだ。

明日と明後日でどこまで整理(=嵩を減らす)ができるか…って、毎年同じ事を言っているなあ。

2011年12月27日火曜日

いやはやなんとも

「福井県の長年の悲願」だった北陸新幹線の敦賀までの延伸が決まったようで、新聞では手放しの喜びようである。

開業は14年後の2025年、建設費は延伸分で1兆円強。
これで敦賀から北陸回りで東京まで2時間55分で行けるようになるらしい。
現行では、敦賀から米原まで北陸本線の特急しらさぎで行き、そこから新幹線「ひかり」で東京まで行くが、所要時間は3時間であるから、5分の短縮である。
-。-

まあ、現行では福井→敦賀→東京だから、逆周りになると福井のほうが近づくわけだが、その福井駅では現行の3時間30分が2時間40分になんと50分も短くなる!…らしい。

-。-  マア、ノリカエモナクナルシ

2011年12月26日月曜日

ぬくぬくと

今日も冬ネタ。昨夜からずっと雪が断続的に降り続いている。小浜の積雪は昨日は9cmだったが本日午前9時現在18cmになった。
雪雲の下の出勤路。除雪は追いつかない。
雪の風景。でもまだ山の木々が白くなっていない。
気温は2度をきり、雪も細かくなってきた。北海道の「吹き飛ばせる雪」には及ばないが、ぐっと冷え込んできた。
こうなってくるとエアコンより床暖房がほしくなってくる。足元が寒いのよ。自宅では足元カーペットを使っているのだが、会社ではそうもいかない。
そこで昼食を食べに出たついでに「しまむら」に寄って、買ってきました防寒グッズ。

あったかスリッパと防寒ソックスである。スリッパとソックス2足で1,060円。安いのだ。
さっそく履いてみると、いやあぬくぬくではありませんか。冬の間は手放せなくなりそうだ。

そうそう、ふと思い出したのだが「ほっこり」という言葉を東京でよく見かけた。
あれってどんな意味で使っているのだろう。なんだかぽかぽかあったかいという意味のような気がするのだが、小浜弁では「ほっこり」は「疲れる」という意味だ。「あー、ほっこりした」は「あー疲れた」ということになる。まあ京言葉に近い小浜ならではのほんわかした方言だとは思うのだが、だから「ほっこり」という言葉を異なる意味で使っているのをみると違和感を感じるわけですね。

今日はskype模擬面接がない。口頭試験を終わった人は「まだやってるの?」と思うかもしれないが、27日、28日、29日、さらに30日もskype模擬面接をやるのだ。
そんななかで、今日だけ予定がない。これはとても嬉しい。嬉しくて帰宅してすぐにコタツに潜り込んでミカンを食べながら「一刀斎夢禄」を読んだ。本の執筆などもあるからあまりグダグダしてはいられないのだが、このコタツでぬくぬくするひとときがたまらないのですよ。

2011年12月25日日曜日

片付けの邪魔者たち

福井県内は大雪警報・注意報が発令されて、各地ともなかなかスルドイ状況になっている。
我が家の裏。ぼとぼと雪が落ちてきます。

そろそろ「二次試験合格法」の来年度版の執筆をしないといけない。今度はリニューアルしたいと思っているのだが、ぐずぐずとなかなかとりかかれずにいる。遅筆なのである。書くのが遅いのではなく、掻き出すのが遅いのだから始末に終えない。
我がデスクの上も散らかり放題で、デスク周りの床にさえ書類が積まれるようになってしまった。これも片付けないといけない。その片付け先である物置もかなり雑然としている。整理しないとなあ…とまあ、毎年これの繰り返しですね。年末というのは大自然から見たら冬の一時期に過ぎないのだけれど、人間から見たら活動の一区切りなので、やはり片付けないといけないよなあと思ってしまうのだ。

で、そういう時に限って片付けとは無関係の(むしろ片付けの邪魔になる)ことをしたくなるのが人間というもので、2つも余計なことをしてしまった。

1つは、パソコンを新調した。レッツノートのCF-R8からCF-J10に買い換えたのだ。CF-R8で十分と思っていたのだが、アプリケーションをいっぱい立ち上げたりエクセルブックをいっぱい読み込んだりするときにパワー不足を感じるようになってきた。バイオなどのおかげでWindows7にもようやく慣れてきたので、思い切ってWindows7のCF-J10を買うことにしたのだ。

そういえば知床世界遺産さんも同じのを持っているから「おそろい」になるなあ。クレヨンしんのすけさんもたしかCF-J9を持っているから、黒ジャケットレッツノート3人組を結成できる。だから何ということはないけど。揃いの黒のレザーコートにレッツノート持ってさっそうと登場するというのはどうだろう。ただし3人それぞれに弱点があって、山羊汁と納豆とビールを出されると泣くのである。
バカな妄想はともかく、新しいマシンを導入するとセットアップに時間がかかる。私は使うアプリケーションは限られているのでこちらのインストールはたいしたことないのだが、データはクラウド主体なので、EvernoteとDropboxの同期に時間がやたらとかかるのである。

もう1つは、買ってからずっと開けずにいた「一刀斎夢録」を読み始めてしまった。もう止まらないもんね。本当は中断なくずっと読み続けたいのだが、そんなことをしようと思うとそれこそ旅に出ないといけなくなるから、まあ空き時間に少しずつ。