2019年5月11日土曜日

全国大会in沖縄!

今日は那覇セミナー&全国大会in沖縄である。いつもは午前中私だけが働き、派遣講師は首里城ツアーなんぞに行っているのだが、今日は私が講義している間、別室で全国大会なのだ。

飲んだ翌朝はこれ、ゆし豆腐である。bakuさんと一緒にしみじみ食べていたら、知床親分もやってきてゆし豆腐を一口で平らげていた。

ホテル前に集合。アヤシイ一団である。今日の会場は豊見城市中央公民館。

午前中、講義の合間の休憩時間にのぞいたら、やはり全国から酒とお菓子が集まっていた。例年と同じように日本地図完成。

全国大会風景。夜とは打って変わって真面目にいろいろと報告して討議している(らしい)。

そして来年のワタシのスケジュールが決められていた。本人がいない間に。ToT

昼食はチャンプルー弁当。沖縄に来たときの楽しみのひとつだ。

午後は個別指導。受講生の数をはるかに上回る講師がずらりと並ぶ。ワタシは別室で総監講義。

グループに分かれ、さらに2部屋使って熱く指導。受講生は本当に勉強になったと思う。

ふと見るとテラスでたそがれる人影が…ぼうず総長ではないか。SUKIYAKI塾沖縄との確執を思うか、はたまた法事の予定を立てているのか。いやぼうず総長のことだから、きっと我々凡人には思いもつかないようなことを考えているに違いない。

終了後、なぜか警報が鳴り続く不穏な送迎バスで「ゆいんちホテル」へ。絶景の丘の上に、沖縄にも温泉があったのだ。茶色くしょっぱいお湯は高張性泉で、湯口の温度はなんと57度というから、ホンモノである。熱源は何なのだ?謎である。

宴会スタート。司会はイチ。ハンドルネームは「1」なのだが、それではわからないので、カタカナ標記とする。なんだかこの日、彼の隠れた本性をみたような気がした。

SUKIYAKI塾Tシャツと温泉作務衣が混在する、異様な宴会である。

fukuchi会長の挨拶。そしてワタシが乾杯して、宴会に突入。このあと、全国のSUKIYAKI塾のスピーチが続くのだが…

SUKIYAKI塾北海道のときに、念願叶って和解セレモニー。国際的和解、成る!
しばらくすると、でいごの会の面々が席を外し、ステージから何やら物音が。サプライズ演出を狙ったようだが、我々技術士の目はごまかせないのである。

そこで一計案じ、全員部屋の隅に隠れ、ワタシだけが部屋の真ん中で寝たふり。

その出落ち大笑い動画がこれです。幕が開いたときのたくくの反応が最高。

気を取り直して本番。なかなかに見事なエイサーでありました。そしてみんなでカチャーシー。

最後はみんなで記念写真。これからもこの楽しいつながりが続きますように。

そして当然ながら部屋のみに続く。何のポーズだったんだ、これ?

北海道と沖縄の両会長。なんというか、2人似てきたというか、比叡山の忘年会みたいというか。

面白いのでトーテムポールを作ってみました。
このあと、延々と宴は続き、最後は信用失墜行為的状況に陥った者もいたという話だが、ワタシはなんとかその日のうちに寝ました。あれ?本当にそうだったかな?

2019年5月10日金曜日

そして親分は半泣きになった

今日から沖縄ツアーなのです。まずは名鉄名古屋駅からミュースカイでばひゅーんと中部国際空港へ。車内ではアヤシク小声で口述添削。

中部国際空港はいい天気であります。今日は久々のソラシドエア。ゆず風味のコンソメスープが美味しいのです。

離陸し、好天の中を沖縄へ向かう。松阪市上空と思われる。

ところが途中から一面の雲海の上に。那覇空港が近付き、高度を下げると雲の中に。

なんてことだ那覇空港は雨であった。うーむ、なぜだ。

ともあれ、那覇空港到着時間が近いメンバーで空港食堂へ繰り出し、遅い昼食と早い宴会。

タクシーに分乗してホテルにチェックインしつつ、国際通りへ。ワタシの力が発揮されて雨はやんでいた。国際通りは相変わらずのにぎわい。

前夜祭はビーチBBQ。雨模様の中、BBQをしているグループは我々だけ。こんなの初めてである。^o^;

雨が降ろうが、気にせず全国から参集したメンバーで楽しく飲み食い。

ついでにちらがーも焼いてみました。ワタシはけっこう好物なのだ。

二次会は安里の美咲でひーじゃー。刺身を手に、「こんなの楽勝じゃねーか」と余裕の表情の知床親分。

親分は8年前に一度ひーじゃーで半泣きの目に遭わされているのだが、「今回はぜんぜん大丈夫」と余裕をかましていたのだが…

真打ち・山羊汁が登場。恐る恐るのぞき込む親分

自分の分をよそってもらいつつ、動揺を隠せない親分

「うぎゃー」とのけぞる親分

やっぱり今回も半泣きの親分なのでした。

ひーじゃーを堪能し、さらに〆に屋台の沖縄そば。お腹いっぱいです。

ホテルに戻って、洗濯しつつ、もはや見慣れた夜景をながめつつ、アヤシク小声で口述添削。

2019年5月9日木曜日

まずは名古屋へ

なんとか用事を片付けて、今日から旅に出る。

いつもは10時前の電車だが、今日は8時過ぎ。小浜駅のホームは笑っちゃうほど誰もいない。

小浜線の車内では、例によって対面座席を独占して膝上PC仕事。口述添削のほうがずっと早いのだけれど、さすがに電車の中では憚られる。

敦賀駅では新幹線の橋脚がどんどん出来上がっているところだった。オープンいつだったっけなあ…
敦賀からしらさぎで米原へ、米原からひかりで名古屋へ。
間髪入れず、企業セミナー。16時過ぎ終了。
ホテルにチェックインし、寝不足と疲れで1時間ほど失神。5時過ぎに息を吹き返してデスクワークを若干やったあと、食事のために外へ。オソロシイことにすぐ近くに世界の山ちゃんがあるのだが、今日はおとなしく過ごすことにした。

歩道の隅で立ち止まる→添削対象答案を少し読む→Evernote上で音声入力しながら歩く→歩道の隅で立ち止まって、音声入力内容を整形し、答案の次のセンテンスを読む→Evernote上で音声入力しながら歩く→以下繰り返しをしながら、伏見の先まで歩いて100円ショップに入り、荷物最小化作戦のためのツールを少し購入し、また添削をしながらホテルの近くまで戻り、高菜ミニ丼とかけそばの夕食をとってホテルに帰着。

風呂に入りながらしばしのリラックスタイム(タブレット読書)。
風呂上がりにビールをくいっと。おそらくこのあたりでストレスを解消してるんだな、オレは。
明日の沖縄での段取りを立てて、今日は早めに寝よう。

2019年5月8日水曜日

もう1日ほしい!

明日からセミナーツアーなのだが、いつも同じように思うのが「もう1日ほしい!」という切なる願いである。終わらないのよ。いろんなことが。

まあそれでも、結局なんとかなってるんだけどね。いつも。
だからギリギリまで腰を上げないのが昔からの私の悪いところなんですよ。わかってるんですけどね。
ということで、今回もなんとかなりました。ただ明日は寝不足だろうけど。

2019年5月7日火曜日

車の運転は辛い

母の様子を見に行った。徐々に回復してきているようで、ちょっと安心。
面倒を見てくれている妹には感謝だ。

福井まで往復運転するだけでどっと疲れた。
昔は仕事で片道300kmなんて平気で行ってたけど、今は100kmが限界のようだ。
というか、もし私一人だったら電車で行ってたな。仕事できるもんね。
口述添削するようになって、「15分もあれば一人見られる」みたいな目安ができたので、往復2~3時間はすっごいもったいないのですよ。^^;

2019年5月6日月曜日

鼻の頭が

鼻の頭の皮がむけた。予想より少し早い。このまま10日に沖縄に行って、そこでむける予定だったのだが、その前にむけてしまった。なんだか悔しい。

GW最終日、なんとなく慌ただしく、不燃物をリサイクルプラザに持っていけば、直前を走っていた2台の車が、ともに不燃物を持ち込んでいて、思わぬ「待ち」をくらい、帰路にはのんびり走る原付を先頭に列を成して走る羽目になり、まあつまりけっこうイライラしていた。いかんなあ。心に余裕がない。
9日からは旅に出るため、できるだけ資料作成などを済ませておきたかったのだが、どうも(いつものように)仕事を抱えたままで旅に出ることになりそうで、このあたりが心の余裕のなさになっているのだろうな。

あと2日の間にやらないといけないことをボードに書き出してみると、これがなかなかにげんなりする。まあこれまでの経験からすればなんとかなるのだろうけれど、いつも綱渡りだなあ。
せめて沖縄ではゆっくりと過ごしたいものだ。

…今思い出した。4月の雪室コーヒー取材の内容は、5日の午後1時半に放映されたんだった。うーむ、しまった。見逃した。てか、その時間はまさに上根来にいたぞ。^^;

2019年5月5日日曜日

上根来でぼーっとしたい

5月5日は毎年同じように過ごす。
足洗いで思うさま酔って寝て、ぼけーと起きて朝風呂に入り、着替えて食文化館に行く。

「はたらく車大集合」イベントがあって、警察はパトカーと白バイを出すのだが、これを警察協助員としてお手伝いする。
今日もいい天気で、祭礼巡行で散々日焼けした顔がさらにチリチリと焼けていく。うーむ、今年は鼻の頭が早くむけそうだ。

午後、上根来の与左衛門の片付けに行き、助太郎で少々添削仕事。
今年になってGoogle音声入力での口述添削を取り入れたが、キーボードよりずっと速いので、もっぱらこちらになっている。ところが口述入力はスマホが一番楽にできるので、PCは添削答案を表示するだけにして、スマホにどんどんしゃべるスタイルになっている。
そうすると、スマホで答案も切り替え表示すれば、寝転がってでも添削ができることに気がついた。

助太郎の板間に寝転がり、いぐさ丸座布団を重ねて枕がわりにしてスマホ添削。気持ちはいいのだが、すぐに眠くなるのが玉に瑕である。
このままごろごろぐーたらしていたいなあと思いつつ、夕方になる前に山を下りた。

2019年5月4日土曜日

祭りの終わり

朝一番に小浜神社ゴミ片付けに行き、会館に戻って祭礼本陣片付け。
午前中に終了し、午後は御神酒を配ったり、夜の打ち上げ(足洗い)の準備をしたりしてゆるゆると過ごす。
以前は昼間から酒を飲んでぐだぐだと昼寝なんかを楽しんだりしていたものだが、さすがにその余裕はなく、私はいったん帰宅して添削。
そして夜は足洗い。少々疲れが出たか、途中ごろりと横になって寝てしまっていた。

帰宅して、なんとか風呂に入り、すぐに寝てしまった。
今年も祭りが無事終わったことに感謝します。

2019年5月3日金曜日

祭礼巡行2日目

体が痛えなあと思いつつ、祭礼巡行2日目である。今日は朝からいい天気、暑くなりそうだ。

棒振りは過去最多の11人。さらに今日は区内巡行ということで、アットホームな雰囲気の中、進学や就職で区外に出ているかつての棒振りも自宅での打ち込みで棒振り演技をして、それも含めれば14人にもなっていた。うーむ、感慨深い。

子どもたちも、この少子化の時代にありがたいほど多く、他所に巡行に行ってもうらやましがられるほどだ。

笛も高校生や帰省してくれた子達で十分な人数で、25年ほど前に祭りを始めてからの積み重ねが、ようやく「層の厚さ」として実感できるようになりつつある。

そして午後1時、クライマックスの合同宮入り。これは15年ほど前からやっているのだが、主役である子ども神輿が来年は出せない見込みなので、今年で最後になるかもしれない。我が区は順調だが、他所はそうはいかないようだ。

神輿が宮入りの後宮出しし(本当は神輿って祭りの間神様が遊びに出る乗り物なのだから、逆なんだけどね。神輿が宮入りして祭りが終わるはずなんだけどね)、大太鼓競演。これもなんとか続けたいとは思うけれど、今年で最後かもしれない。
昔のように祭りの運営の中心として動き回り、あちこちに働きかけ続けていたころと違い、今は祭礼準備期間にずっと旅に出て、祭礼本番の時だけ会長として神輿に乗る役割になった身である以上、そういった祭りの変化に対してあれこれ言う資格はないから、見守るしかないと思っているが…

夕方、会館で最後の打ち込み。もう私があれこれ走り回らず、羽織袴でただ突っ立っていても、ちゃんと祭りは見事に終わった。嬉しいことだ。

2019年5月2日木曜日

祭礼巡行1日目

祭礼巡行1日目。朝7時半に会館に集合。

前日までの雨で地面は湿って、肌寒くさえある曇り空だが、これくらいがありがたい。
会館前で上げ太鼓を叩き、巡行スタート。5~6年ほど前には考えられないくらい若手・子どもが増えた。ありがたいことだ。

一番町の雲浜獅子本陣打ち込み。我々が演じる棒振り大太鼓は、江戸時代に西津松福寺(かつては海蔵院と称した室町時代創建の禅寺)の住職が、別当を務めた宗像神社の氏子衆のために作ったものと言われており、僧兵の棒術をアレンジした棒振りと豊漁祈願の太鼓を組み合わせたものと思われる。
棒振り大太鼓は足軽屋敷の足軽が祇園祭で演じたが、この祇園祭は広峯神社から八幡神社に行幸した祭りで、棒振り大太鼓、神楽、獅子舞が3基の神輿を先導して八幡神社まで練り歩いたとされる。帰路は町人が出し物をして送ったが、おそらくこの往路の出し物を八幡神社氏子の小浜町人が真似て出し物に取り入れたものだろう。

先頭に「出し」をたて、その後に棒振りが続き(ここまでは写真には写っていないが)、そして子ども、大太鼓と続く。今年は巡行ルートにちょっと手を加えたが、例年よりかなり距離があったように思う。

本陣に帰着し、最後の上げ太鼓を叩いたのはもう7時を過ぎていた。私は数年前から会長職なので、羽織袴でただ歩いて頭を下げて回るだけの仕事になっているのだが、思うに太鼓を叩くというのはストレッチにもなっていたのではあるまいか。太鼓を叩いていたころよりずっと疲れるのはトシのせいだけではあるまいと思う。

2019年5月1日水曜日

祭りモードへ

祭礼本陣の店番をしたり、あれこれ用事を済ませたりして、けっこうバタバタと令和初日を過ごした。
明日と明後日は祭り全開で他のことはできないから、添削なども今日のうちに済ませておかねばならない。もともとそのつもりで計画はしていたけれど、やっぱりあれこれ先送りになってしまっていて、むずかしいものだ。
本当はもっと早くいろんな試験対策資料を作るつもりだったのだが、ごめんなさい。祭りが終わったらがんばります。きっと。たぶん。^^;