2013年9月18日水曜日

水害ボラセン始動だが火起こし^^;

小浜市水害ボランティアセンターが実質的に始動した。
朝9時の受付開始からボランティアの皆さんが集まってきて、受付とマッチングのあと現場に出ていく。
その光景を目にすることもなく、今日は小浜小学校の「レッツゴーのちせチャレンジ隊」で「アウトドアクッキング」。ずっと前からの約束なので、午前中だけ許してくれセンターのみんな。

モミギリで火起こしに挑戦。小学生の力ゆえ火が起きるはずもないが、とにかく経験してもらうのだ。
やがて大人も加わり、力を合わせて火起こし成功。ガマの穂からススキの穂、枯葉、柴を経て薪をくべてたき火を作る。

焼きバナナと焼きマシュマロを味わった。「おいし~」と言って目を輝かせてくれるのが楽しみで続けているようなものだ。
終了後、後片付けもそこそこに全部学校におきっぱなしにさせてもらってセンターへ飛んで帰る。
実働初日、センター運営は感動的なくらいにがっしりと進められていた。素晴らしいぞ。

作業を終えて帰着したボランティアを出迎える。受け入れ初日、97人のボランティアが来てくれた。個人41人、団体56人だった。本当にありがとうございました。
HP開設などでセンター(社会福祉協議会)を出たのは9時。小浜小学校へ火起こし装具を取りに行こうと思っていたがかなわず。申し訳ない。

2013年9月17日火曜日

水害ボラセン開所

朝9時、「小浜市水害ボランティアセンター」立ち上げ開始。
1年以上前から研修をしてきたとはいえ、初めての経験なので試行錯誤の連続の中、電話を引いたりIT環境を整えたり、電話が開設されると早速かかりまくる電話に対応し、現場状況把握が錯綜したり、まあいろいろあったが、1日かけて何とか事務所として動き始めた。

初対面の人も少なくない急造事務所だが、とにかくみんな前向きでがんばっています。やっぱり素晴らしい仲間だ。
そんな中、明日の午前中は小浜小学校で「アウトドアクッキング」。火起こし体験ですな。
もう何度やったかわからない私の看板メニューなので、いつもなら2日ほど前から余裕で準備をしておくのだが、今回ばかりは直前ギリギリ。夜の9時過ぎに上根来にマキを取りに走る羽目になった。

台風後、始めて上根来に行くが、その傷跡は生々しい。「これ何だ?」というくらいの土砂がうず高く積もって道路を半分ふさいでいる。とりあえず啓開だけしましたという感じだ。

 道を延々と濁流が流れ下ったのがわかる。オフロードかと思った。

重機で「横にのけた」土砂。でもそれは「左車線から右車線に積んだ」ということなのだ。
11時過ぎ、ようやく明日の準備完了。またマキを補充しないといけないが、それは明日の朝だ。
いやあ疲れた…のだけれど、初日から来てくれたボランティアの方々、いろんな協力をしてくれた企業等の方々を思うと、またがんばろうと思うのですね。本当にインセンティブというやつだなあ。

2013年9月16日月曜日

長い長い1日でした

台風が来るというのにホッピーなんぞ飲んでいた罰が当たったようだ。
午前1時前、直近の一級河川・北川の水位は高水敷にはかかったものの、まだ余裕はあると思って就寝。
午前4時前、警報メールにて目が覚める。テレメーターをチェックするともう氾濫注意水位などとっくに超え、さらに避難判断水位も超えて氾濫危険水位直前ではないか。
あわてて飛び起き、両親を起こして避難の準備をしつつ、区防災委員会の連絡。
そうこうしているうちに市内全域に避難勧告が出された。

いったん公民館に避難したりしていろいろあったものの、結局かねてより避難場所としてご協力いただいている高齢者マンション「オアシス」さんに避難した。なお、オアシスは我が家の正面にあるので、大変ありがたい。
高齢者世帯の中で避難された方を中心に防災委員のスタッフを入れて16名が避難。
その間にも北川水位は氾濫危険水位を超え、雨なお降り続き、いよいよこれはやばいかもしれないという状況になってきたので、様子を見に行った。

手前に歩道橋があって、この桁下はまだ余裕があるのだが、その奥に車道橋があって、この桁下はもうほとんど空間がない。橋はすでに通行止めになっていた。
平成16年23号台風でも同じくらいの水位になったことはあったが、あの時はすでに水位は下がり始めていた。今回はまだ上昇傾向にあり、しかも雨は激しくなるばかり。これはやばい。

やがて朝を迎えた。午前6時前の北川。前夜の写真とほぼ同じ水位。雨もやや収まりつつあり、なんとか越水は免れたようだ。
ほっとしつつも、堤内地側に目をやると、しゃれにならない光景が。

かつて一面の田んぼ耕地であったところ宅地化した水取地区は地盤が低いのですぐ内水氾濫にみまわれる。路上駐車の車が水没し、一体が浸水している。床上浸水の家屋もあるだろう。

水取地区の中心道路は完全に水没し、地区全体が浸水している。


北川はどうどうと流れている。車道橋の桁下は相変わらず余裕がなく、相変わらず通行止めのままだ。いっぱいいっぱいの水位のままでどーっと海に濁水が流れ込む。

ともあれもう越水の心配はないので安心してオアシスに戻った。オアシスでは朝食におにぎりと味噌汁まで用意してくれた。本当にありがたい。
9時過ぎ、避難所閉鎖。オアシスに感謝しつつ帰宅。さすがに眠いので昼まで寝て、災害ボランティアセンター開設にむけての会議が夕方からあるので、午後は浸水区域を見て回った。

国富地区は湖のようになっている。早くも晴れ間が見え、台風一過の天気になっていた。

コンバインが水の中に取り残されていた。これも打撃だろうが、田んぼも大打撃だ。

昔からの集落は、耕地は水没しても集落は冠水しない。耕地は遊水池でもあるのだ。ところが新興住宅地はそんなことを知らないのか知ろうとしないのか、浸水してしまう。この江古川区はいつも大変な目にあっている。

 水取地区の水は引いてきたが、まだ全体が冠水している。そんな中で泳いでいる若者がいた。^^;

夕方の北川。ずいぶん水位が下がってきた。ひとまず「今そこにある危機」は去った。
会議では早急な災害ボランティアセンター立ち上げが決まった。これは、水害の後始末などに来てくれるボランティアを受け入れ、被災地ニーズに合わせて割り当てて道具を渡して派遣するというセンターだが、実は小浜市でを立ち上げるのは初めてだ。
いったん帰宅してバタバタと着替えてたつやのお父さんの通夜に参列し、また帰宅して着替えてボラセンになる社協事務所へ。

やがてボランティア物資(スコップや鋤簾、一輪車などなど)が大量に届けられた。越前市にボランティア物資集積拠点があり、そこからボランティア諸氏が運んでくれたのだ。こういうことの受け入れに不慣れな我々は、ただもうありがとうございますと頭をたれる。
明日はボラセン立ち上げのための諸準備、そして明日の夕方に立ち上げで、明後日から本格的な作業になる。
水取地区も江古川地区も、内水氾濫を経験するたびにうんざりするような掃除を経験してきている。少しでもそれが楽になれば。

長い長い1日だったけれど、SUKIYAKI塾の多くの方に「大丈夫ですか?」とメールをいただいた。
本当にありがとうございました。

2013年9月15日日曜日

台風の夜はホッピーを

台風が接近し、朝から雨である。放生祭も出し物が出ず、結局1日だけの祭りになってしまったようだ。
夜の連携街頭パトロールもさすがに中止になった。9年目にして初の中止である。
まあ中止になったことは当然なのだけれど、「考えてみれば9年もやってたんだ」と改めて感慨深かった。
こんなに続いたのは、行政依存をせず自分たちで汗と時間をかけて(金はかけられない)組み立てた行事だからだろうなと思う。
まちなか夢通りも7年目だが行政支援が基本的にゼロでやっている。
別に行政がかかわることに反発しているのではない。むしろ行政依存する市民の側に対するいらだちのほうが強い。
昔ならいざ知らず、職員一人一人の仕事量が増えたうえにスリム化圧力がかかっている行政におんぶにだっこでやろうと考えること自体が「たかりの発想」と言われても仕方あるまい。

などと言いつつも、中央公民館の閉館日なのにひびちゃんやなべさんに開けてもらって、さらに街頭パトロール中止の張り紙まで作ってもらい、私もたいてい頼ってしまっているのだけど。^o^;
申し訳ない。ほんと、ありがとね。

歩行者天国ではもう夜店は撤収に入っていたが、その隙間をまだ子供たちが歩き、たこやきややきそばを買っている。楽しみにしていた「ハレの日」だもの。
ワルガキ君たちはぜーんぜんいない。そりゃあそうだろう。
ふと気が付けば、そんな中を一人傘をさして歩いているおっさん(私のことですが)が一番アヤシイ。こりゃあいかんと人目を避けるように物陰を選んで足早に歩いて(なおいっそうアヤシイ)車に戻った。

予定がなくなったので気が抜けた。酒でも買って帰ろうとママーストアーに入ったら。

なんてことだホッピーを売っているではないか。思わず感動のあまり大人買いしそうになったが、この店は自分のご近所さんなのを思い出して我慢して3本だけ購入。
ちょうど来店していた会社の同僚のよしのぶ夫婦に「見て見て!」と買い物かごを見せたが、ホッピーを知らない様子。よしのぶは痛風戦隊イタインジャーのくせに不勉強なのだ。
聞けばちょうどイタインジャーの神様が降臨しているらしく足を引きずっている。そこで我が家に寄ってもらって発作用の薬をわたした。同病相憐れむ。いやいや、痛風戦隊イタインジャーは助け合う美しい仲間なのだ。

帰宅してさっそくホッピー(白ホッピーなのが残念だが)を飲みながら女房と「半沢直樹」を観ていると、気象情報が次々に入る。今度の台風はいよいよやばいかもしれない。
最寄りの河川テレメータも水防団待機水位を超え、氾濫注意水位に近づきつつある。明日は早朝から区内高齢者世帯の早期避難になるかもしれないな。

2013年9月14日土曜日

表彰してもらいました

8日から今日まで、福井市でSATOYAMA国際会議が開催されていた。
名古屋で開催されたCOP10以降、SATOYAMAイニシアティブ国際パートナーシップ定例会合が名古屋→ケニア→インドと開催されてきて、第4回を福井市で開催することになったものだ。
ここでポスターセッションがあって、「上根来里山再生プロジェクト」として参加したのだが、これがグランプリに続く「福井賞」に表彰された。

ポスターを作ってくれたのはあこちゃんなので(私はアヤシゲな英訳をしただけ)、表彰式にはあこちゃんが行くべきなのだが、まんまと助成をいただいている団体の会合のため上京中で、私が恥ずかしながら代役を務めてきた。

なお、上根来PJで協働している若狭東高校も間伐材利用(巻き枯らしや間伐、しがら組みを含む)をテーマに出品し、同じ「福井賞」を受賞した。

グランプリ1団体、福井賞3.団体(うち2件が上根来がらみなのはうれしい限りだ)、奨励賞5団体が壇上へ。グランプリと福井賞は知事からの表彰になる。
知事から表彰状と副賞を受け取り、握手してもらう。東高校は3年生2名が登壇した。彼らにはかけがえのない経験になったろう。緊張しまくりつつ受賞する彼らを見ていてうるっときてしまった。

ちなみに副賞は「若狭がれい5枚」の目録だった。ゲストハウスで焼いて食おうかな。^o^

エンディングでは若狭町の高校生2人がメッセージを読んだ。素晴らしいメッセージで、おじさんはまたうるうるきてしまった。すごく大きくて長い拍手が送られた。

2013年9月13日金曜日

体がやばいっす

朝一番から昨夜のパネル展示の仕上げのため道の駅へ。

 この週末に行われる祭礼の紹介パネルだが、10年ほど前に祭礼の歴史にハマっていたときにストックしていた資料が以外に役に立ったかなと思っている。小浜の方は、真ん中と右側のパネルの文字だらけの部分をぜひお読みください。

午後は旭座で月末に予定している映画会の準備。旭座はもともと芝居小屋だが、そのあと映画館になっていた時期があり、地域のお年寄りには「旭座」というより「新生劇場」として親しまれていた。そのため、「復活!新生劇場」と銘打って映画鑑賞をしようというものだ。
もっともフィルム代以外にはほとんど予算がないので、タダでもらったスクリーンにプロジェクターで投影し、音響は私が昔使っていたミニコンポという、手作りというよりしょぼいと言われても仕方がない映画鑑賞だけれど。
でも、ポップコーンを食べながら観たいものだなあ。

夕方から昨日の加斗地区現地調査の続き。おかげで事業のイメージがずいぶんできてきた。この週末にかけて計画書をしっかり作り込もう。

いやあ、今日も1日動いたなあと思いつつ小浜のまちに戻ったら、例によって「飲みたい病」がうずうずとしてきて、よしきを呼び出して筋斗雲で夕食。

宴の後の光景。真ん中のドンブリは〆のラーメンなどでは決してない。まして担担麺などでは。^^;

ところで、最近体を動かすことが多いのはいいことなのだが、なんてことだ体がガタガタになってきた。
まずは肘が痛い。というか上腕筋の付け根が痛く、重いものを持ったりねじったりすると痛みがくる。もう一週間以上フェイタスやラクールなどのお世話になっている。
次に腰がやばい。どうも軽いぎっくり腰ではないかと思う。痛風戦隊イタインジャーだけでなく腰痛戦隊イタインジャーも兼務しなければならなくなってきた。
まったく年は取りたくないものよのう。げほげほげほ。

2013年9月12日木曜日

新しい活動のはじまり

今年度から取り組もうとしている事業の下見(というか補助金申請)のため、加斗地区の現地踏査。これまで遠敷地区(上根来)で活動してきているが、小浜市には他にも魅力的な地区がいっぱいあるのだ。

集合場所でミノムシがお出迎え。一心不乱に巣作りの最中だった。

登山道。ここでもシカの食害は顕著で、ダンドボロギクが幅を利かせている。今がまさに綿毛を飛ばす時期だ。しかしこれもまた生物多様性の学習教材となる。

周囲に木道が張り巡らされたため池。広域農道施工とともに整備されたものだが、老朽化が目立つ。こういった新たな地域資源を生かしていきたい。

古くからある大きなため池。こういう「水のある場所」で何か楽しいことをやってみたいものだ。
今回の補助金は、年度末の補正予算の恩恵を受けてのものだ。学校の耐震化といい、けっこうお金ジャブジャブ感はあるものの、それならそれで地域の力で「生きたカネ」にするのが醍醐味ともいえよう。

ほとんど1日現場歩きをしたら、案の定疲れてしまって帰宅後すぐに寝てしまった。面目ない。
夜は道の駅でのパネル展の打合せ…と思って行ったら、パネル設置作業になった。秋の観光シーズンを迎え、これもまたやりがいのある作業だけどね。
本屋に寄って帰宅したらもう真夜中であった。

2013年9月11日水曜日

秋になりました

眠いなあと思いつつも敦賀のホテルで真面目に起きて真面目に電車で帰宅した。
早めにホームに出て電車を待つ。ホームを吹き渡る風が心地よい。ずいぶん涼しくなったなあ。

車中はまたRCCMの添削。今はまだ大した量ではないのでゆっくりやれる。アイコニアでPDF表示してメモ帳にコメントを象形文字で書く。これまでネクサスやメディアスタブでやっていたことをアイコニアでやっているだけなのだが、Windows版のEvernoteはオフラインでも問題なく使えるので、WiFiルータやテザリングするスマホのバッテリーが気になるときとか、上根来のように電波が飛ばないところでは便利なのだ。

夜は今年で7回目になる「まちなか夢通り」の会議。自転車で出かけたが、ずいぶんと涼しくなった。寝室ももう窓を開けて掛け布団なしで寝るのは難しくなってきた。
上根来に向かう遠敷川渓谷も、なんとなく秋っぽい雰囲気になってきた。
涼しげな音とともに流れる遠敷川。

河畔にはアブラギリが密生しているところも多い。

このあたりは水源涵養保安林指定を受けている。


2013年9月10日火曜日

たまには(?)深酒

今日も秋晴れ。うだる暑さの夏を過ごしたせいか、外に出ないともったいないと思うくらいだ。

なんだかよくわからんが、久須夜ヶ岳の上に入道雲のできそこないみたいな雲が浮かんでいた。
所用で敦賀市へ。用というのはまあ大したものではなく、気分を変えて電車で添削することと、いつも行く駅近くの「うおさき」でDANさんと飲むのが目的である。笑。
添削も順調に進み、用も済ませて、待ち合わせ1時間近く前から「うおさき」へ。
おかみさんが「今日はお一人ですか?」
この店での私とDANさんの飲み会は年に数回なのだが、よほど目立つのかなあ。
冷奴とほうれん草のおひたしを肴に「早瀬浦」を一人でちびちび飲みつつ添削の続き。このあたりが貧乏性なんだなあ。
やがてDANさんと合流し、2時間ほど飲んで、いつもの「じゅじゅ」へ。フォークギター常設バーですね。ここで結局1時半まで飲んでしまい、敦賀泊となったのでありました。^o^;
家を出る前に「今日は真夜中になる。泊まるかもしれない」と言ったら女房に「泊まる気満々やんか」と言われたが、はい、その通りになりました。一言もない。

2013年9月9日月曜日

収集ネットぽいもの

アブラギリの実の収集ネットを試作した。効果のほどは不明だが、「とにかくやってみる」のがNPOの特権みたいなものだからね。

こんなふうにわしゃわしゃとアブラギリが密生している斜面を選んだ。

何をするかというと単純そのもので、斜面にネットを張って落ちてきたアブラギリの実を1か所に集めようという、ただそれだけである。いい年をしたおっさんが考えることとは思えないほどシンプル。^o^;

とりあえず試作なので、市販のネットの幅2mの「網のすべり台」を作り、落ちたアブラギリの実がどうころがるか、本当に1か所に集まるのかを実験。まあまあ悪くない結果になった。
実用性という点では「はるけく遠い」ものではあるが、とにかくやってみて初めてわかることもあるのだから、第一歩には違いないと思う。

2013年9月8日日曜日

Welcome to guesthouse

もはや本気だなとしか思えない雨の中、ゲストハウスの一夜は明けて、あいかわらず雨の上根来。
ご飯に味噌汁、干物の焼き魚に海苔の正しい朝食をとって、片づけもそこそこに解散。
10分ほど走ってようやく携帯圏内に入り、東京五輪の決定を知る。まったく上根来は脱世俗の地である。

降りてまずは貸し布団を返却。いくら奥山とはいえ、シュラフを持っているような人ばかり宿泊するわけではないので布団は必要なのだが、今はまだ宿泊のつど貸し布団を使ったり、各自が寝具を持参したりしている。
いずれは布団を据え付けてシーツ洗濯などのメンテナンスを上根来地区の誰かに小遣い稼ぎにやってもらうようにしたいと思うが、まあ焦らず利用者を増やしたいと思う。
ちなみに今なら貸し布団代だけで泊まれます。寝具持参なら無料です。^o^

2013年9月7日土曜日

オープニングBBQ

上根来ゲストハウスのオープニングバーベキュー。身内だけだけど10人で飲み食い語らった。

これが上根来ゲストハウスです。小浜に来たらぜひどうぞ。

下界は雨。上根来は完全に雲の中に入っている。そしてやっぱり雨。

バーベキューはまずサンマから。これでビールをぎゅっとやるとたまらんのよ。

こちらのコンロでは肉を。肩ロースステーキがボリュームたっぷりでうまい。

そして何といってもかっぽ酒。ひれ酒とかっぽ酒はとめどなく飲めてしまうので注意が必要。
真夜中までわいわいやってそのまま宿泊。みんなは順に風呂に入ったようだが、私はそのまま布団にもぐりこんだ。いやあ、よく食ったし飲んだ。

2013年9月6日金曜日

降参しちゃう人

夜、先月31日のアーティストインレジデンスまちなかギャラリー開催日から置いてあった行燈の片付けを手伝った。
木製の枠と和紙っぽいプラスチックで作った小さな行燈にLED電球を入れたもので、100個から作ってあるらしい。
ギャラリーに使った通りの家々の軒先に置いた行燈を回収して、O島パパの運転する軽トラに積んでいき、最後にO島パパの作業場に降ろして電池を抜くという作業で、30分ほどで終了した。

作業自体は「30分ほどで終了した」のだけれど、そもそもこういう行燈を作って、ことあるごとに運んでLEDを入れて軒先に並べて、数日したら回収して…ということをずっとやっている西組協議会はすごいなあと思うし、それに協力している(軒先に置くことをOKするということも十分な協力だ)住民もすごいなあと思う。
うらやましいなあと思うけれど、それは年月をかけて積み重ねてきたものなのだろうとも思う。
中でもO島パパは私が「この人にはかなわないな」と思う人の一人だ。ずっと前から「古いまちなみ・小浜西組」のために労を惜しまず動いてきて、なのに自分の子供と同じくらいの年齢の奴ら(我々のことですが)と一緒に軽トラ動かして行燈回収なんてことを当たり前にやってくれる。
「年齢や実績の上に自分を奉る」ということを一切しない。
私はこういう人にはイチコロである。とてもかなわないとただちに白旗をあげる。別に「参りました」と言うわけではないけれど、心の中で降参している。

もうずいぶん前に亡くなった、おつさんの上司のHさんもそうだったなあ。技術力ももちろんなのだが、いつも作業服にズックで、何より「自分を奉らない」人だった。…と、少なくとも私はそう思って、降参したものだった。

尊敬する人、尊敬できる人っていうのはいっぱいいるんだけれど、「うわー、もうとてもかないません。降参です。」っていう人はそうそういないもんだ。
たぶんそれは「うわー、そんなの僕にはとてもできませーん」ということをフツーにやれている人なんだろうな。

2013年9月5日木曜日

#9 dreams

夢はほとんど毎晩見ているらしいのだが、人によって、また時期によって「よく見る夢」があるらしい。
私は「準備がしていなくて途方に暮れる」という変わった夢を時々みる。
セミナーツアーシーズンの後にはよく「セミナーをすっぽかしちゃった」夢を見る。(ツアーの最中にはなぜか見ない)
「あれ?」と気が付くと今日はセミナーの日なのである。もう開始時刻を過ぎていたり、あるいは絶対に間に合わない場所と時間だったりする。以前にもブログに書いたが、東京でのセミナーの開始時刻が1時間後なのだが自分は小浜にいるという状況で、ラガーマンさんや勘介さん、バイアさんに電話して代わりにお願いしようとしているという夢もあった。ひどいときには会場予約がしてないまま当日開始時刻だったり。夢の中とはいえひどいものだ。
学生時代は「バンドでステージに立つ直前なのだけれど、曲目も決まっていなければ練習もしていない、ひどいときにはメンバーがまだ集まっていない、もっとひどいときにはメンバーがまだ決まっていない夢を見た。
祭りの段取りをしていたころは、今日から祭りなのだが何の準備もしていない夢。
こうしてみると、どうも私は「段取り漏れ」というものに恐怖心を抱いているのではなかろうかと思う。気が小さいんだな、きっと。

女房は「逃げる夢」をよく見るようだ。なぜ、何から逃げているのか知らないし、追いかけているのはだれなのかも知らない。なんとなく聞かないほうがいいように思う。^^;
私は一時期「急ぐ夢」をよく見たけれど(これも段取り恐怖症かな)、逃げる夢はほとんど記憶にない。ただ夫婦そろって「追い詰められ」系の夢が多いのは考え物だ。広い空の下の広い草原で思いっきり手足を伸ばして「うーん、気持ちいい」なんて夢は見たためしがないなあ。あ、子供のころはお金を拾って「夢がさめてもなくならないように」と手をしっかり握りしめながらムナシク目覚めるってのはときどきあったな。あと欲しかったおもちゃが大量に埋まっている砂場を発見するとかね。

2013年9月4日水曜日

昼間から河豚かよ

今日は真昼間からNPO三昧。
まずは阿納の民宿で一風変わった昼食会。
最近提供を始めた観光客向けの昼食メニューを食べ、また冬が旬のふぐを夏に提供するための「夏ふぐ」メニューの試食をし、フリーに意見交換しようという会で、市役所職員を含む観光関係者が集まった。

昼食メニューは3つのグレードがあるのだが、今回は一番リーズナブルなメニューにした。
メインは真鯛・甘海老・アカイカの船盛である。これでもかという新鮮で脂がのってうまいのなんの。

野菜の煮物の小鉢だが、地物が中心なので味が深いし、なんといっても安全。

小ぶりの鯛の塩焼き。これに酢の物とごはん・味噌汁がついて2,500円でござる。
残った船盛の刺身をごま・醤油でヅケにして鯛茶漬けにしたらしみじみ美味かった。

ふぐのたたき。てっさもいいけれど、こういうのもまた面白い。しかしふぐをノンアルコールで食べたのは初めてかもしれない。笑。

ふぐの皮のにこごり。ゼラチンは全て皮から出ます。コラーゲンたっぷりよ。
さらに焼きふぐも出て、昼食としてはもう腹いっぱいでござる。
あれこれ意見も出て、なかなか充実した時間だったと思う。

帰宅後事務仕事を少しして、夕方、小浜小学校へ。ニュージーランドからのショートステイ一行が到着するのだ。
我が家は父の体調のこともあって今年はホストをご勘弁願ったのだが、やはりビルとトレーシーに会いに行かねばなるまい。
2人とも元気だった。今年も懇親会を予定しているものの、なんてことだ上根来のBBQと重なっている。どちらに行くべきか、小さな胸は小鳩のように震えるのでありました。

夜は上根来プロジェクトの会議…なのだが、いつも顔を合わせているメンツしか集まらず、これならどこで話しても同じだという理由で「秀」に直行。バカである。

でまあ結局こういうことになってしまうのだけれど、それでもこれからの活動の話はかなりできた。問題はその話の内容を覚えているかどうかだが。^o^;

2013年9月3日火曜日

引いて眺め渡す

昨夜は久々に食の祭りの実行委員会に出席、終了後飲み会。
「ノミニケーション」という言葉があるけれど、NPO的な委員会・グループでも、行政主催のカタい委員会でも、一緒に飲み語らって仲よくなるというのは大事なことで、義理ややっかい的な集まりと、メンバーが互いに親近感をもっている集まりでは、気の入り方も違うし積極性も違うから、飲み会のプロジェクトへの貢献は無視できないものがある。人的資源管理ですな。人的インセンティブというやつかな。

そして今夜は「地域の多様な担い手」事業の会議。昨年度は遠敷地区のいろんな方々と連携して上根来プロジェクトを進めたのだが、今年は加斗地区でのプロジェクト展開だ。どんな人たちと組んでどんなことをするのか、まだそれは見えないけれど、全体像は今日の会議でぼんやり見えたかなという感じだ。
去年は我々のほうからプロジェクトを提案してスタートした。今年は行政からの提案がスタートではあったけれど、地域の皆さんがぐっと前のめりになってくれたので、より地域のニーズに沿ったといえるんじゃないかと思う。

いろんな会議や集まりを開催したり参加して、いろんな人と接することができて、会社オンリーだったころとは比べ物にならないほど視点が複眼的になったと感じている。
視野が狭かったり単眼的であってはいけないという点では、技術者もNPOも同じだなあと思うのだ。
そして、本当に大事だなあと痛感しているのが、「引いたアングルから眺め渡す」ということだ。俯瞰とか大局といったことですね。
プロジェクトの計画を話し合っているいるときに、ブレインストーミング的な時間の後の「さて、それじゃあ」という方向づけのとき。
添削や面談をしているときに、情報を読み取った・聞き取ったあと、「それはつまり」と全体要約をするとき。
そいうときに「引いて眺め渡す」ことができるかどうかが、「全体の出来不出来」を支配するように思う。その感覚は磨いてきたいなあと思うのだ。

2013年9月2日月曜日

ちょっとした工作

アイコニア(8インチWindowsタブレット)はなかなか活躍してくれている。タブレット状態だと、屋外のベンチとか、うどん屋やラーメン屋のカウンターで使っていてもあまり目立たないので、外出時はもっぱらアイコニアを持ち歩くようになっている。

喫茶店なんかでこんな感じで添削や原稿書きができる。レッツノートも10インチだからかなり小さいのだけれど、こちらはさらに小さい。
キーボードは最近、折りたたみからミニサイズキーボードに切り替えた。このキーボードは横幅がバイオやレッツノートより狭く、私の指ではミスタイプがやや多くなるのだが、デスクトップやレッツノート、バイオなんかとキー配置が同じなので気に入っている。
マウスはBlueLEDなのでどんなテーブルでも使える。

唯一困っていたのがACアダプタで、純正のものが単体でネット上では販売されていないようなのだ。
マルチACアダプタなどを購入したりしたのが、プラグ形状が珍しいタイプでなかなかこれといったのがなく、やはり高くもあるので、自作することにした。
12V1.5AのセンタープラスのACアダプタと、アイコニアに合う外形3.0mm、内径1.1mmのDCプラグをそれぞれ秋葉原のショップからネット購入。
ちなみにACアダプタは秋月電子通商のGF18-US1215-T、DCプラグは千石電商のMP-121PN(L型)。
ACアダプタのプラグを根元からちょんぎって、MP-121PNにつけかえるだけだ。プラグをばらしてコードをハンダづけするだけである。ただし+-を間違えると大変なことになるので、これだけはテスタで何度もチェックした。

完成したアダプタを接続すると、ちゃんと充電されている。
私はものぐさで、仕事部屋の机の上とリビングの私の席のところにはレッツノートのACアダプタ、スマホの充電ケーブルがいつでもつなげるように置いてあるのだが、これでアイコニアもバッグの中からいちいちACアダプタを出さなくてもさっと充電できるようになった。^o^
ハンダ付けなんてしたのは久々だけど、やっぱりこういう工作的なことは幾つになってもたのしいもんだね。

2013年9月1日日曜日

東西食事情

久々にカップ麺でも食うかと思ってマーケットのラーメンコーナーに行ったら、「どん兵衛」が「東」とか「西」とか書いてある。昔から(W)とか(E)と書いて西日本風の味付けなのか東日本風なのかを区別できるようにしてあったのだが、もっとはっきり書くようになったのかな。

私は当然西日本風で、東日本風のショーユを薄めた汁にうどんだのそばだのをぶち込んだのは食い物の範疇に入れないでほしいと思っているくらいなのだけれど、東日本の人も関西風のスープは「味がねえじゃねえか、べらんめえじゃん」とか言って避けていることだろう。

どん兵衛のフタの裏を見たら、西日本風と東日本風の境界線が引いてあった。

富山県~石川県~福井県~滋賀県~奈良県~和歌山県が西日本エリアの東端らしい。なんと三重県は東日本エリアだから、ここでどん兵衛を買うとショーユ汁に浸かったうどんやそばを食うはめになるわけだ。ということは、かの伊勢うどんはゆるゆる麺にショーユ汁という二重苦になってしまうわけか。^^;

よく言われる話だが、この境界線は「アホバカ境界線」、お雑煮の「丸餅・角餅境界線」ともほぼ一致するらしいし、植物生態地理学的な大境界であるシイノキ線とも比較的近い。まさに日本の自然文化を二分する大境界線なのだ。
なんで?というと、日本アルプス&南アルプスが大きなバリアとなって植物や文化を隔ててしまったのではないかなあと思う。
そして西日本はユーラシアプレート、東日本は北米プレートの一部で、そもそも地球の地殻を構成するパーツが異なっていて、日本アルプス・南アルプスは東西日本地殻の衝突で盛り上がったとされているから、実は文字通り「根深い」違いでもあるわけだ。ものすごく。
ああ、そういえば電力周波数の境界もあまり遠くないところにあるなあ。

別に私は東日本文化が嫌いなわけじゃないけれど、ショーユ汁のうどんやそばは美味いと感じることができないのである。そう育ってしまったからね。これはもう仕方がないことだ。だから「富士そば」のかけそばが食べられないし、駅の立ち食いソバも食べられないから、それはとても残念なことだと思っている。富士そばは「もりそば」なら食べられることがわかって、最近ではけっこう好きになってきているのだけれど、かけそばはやはりだめだ。
そういえば我が息子や娘はどうしているのだろう。