昨日17日、知床にこの冬初めて流氷が接岸したらしい。
ウトロでは「入り江には流氷が張り付き、波打ち際には大きな塊も打ち寄せていた。同地区への接岸は昨冬より2日早く、知床は冬本番を迎えた。」とのこと。
さっそくライブカメラをのぞきにいくと…
おー、沖合に白い帯がくっきりと。漁港の内外にも氷らしきものがふわふわと。流氷だ流氷だ。
知床に流氷を見に行ったのは2年前だ。7月に初めて北海道セミナーをやったときに女房と娘と知床に行き、知床さんに初めて会って、その半年後にもう一度同じメンバーで再訪し、知床さんご一家と一緒に流氷を見に行ったんだった。
でもほんの2年前なんだなあ。あれから派遣講師事業を始めて技術者交流が始まり、SUKIYAKI塾北海道やSUKIYAKI塾沖縄でいごの会ができた。
派遣講師は初年度北海道に3人、沖縄に2人。次年度北海道に4人、沖縄に4人(プラス自腹3人)。さらに東北口頭セミナーに4人。おお、もう17人(自腹除く^^;)だ。
そして今年は東京・名古屋・四国が動き出す。めまぐるしく変わったなあ。「大きく進んだ」と言ってもいいだろうか。
もがき続けてもいっこうに前に進まないこともあると思えば、あれよあれよと思う間にずんずん進んでいくこともある。おそらく(それが結果的にであっても)ニーズとの一致、ということなんだろうなあ。
今日の小浜はいい天気だ。本当に久々のいい天気で、アスファルトが明るい色になった。
こういういい天気の日はやっぱり出かけたくなってくるよね。ずっと雨雪の混じる湿った寒い日が続いただけに。
一足飛びに知床の流氷を見に行きたくなった。極寒の中の露天風呂、最高だったなあ。
…ようやく「二次試験合格法 出願・筆記試験編 2012年度版」が脱稿。
今回はSUKIYAKI塾講師アドバイスは全部やめ、また挿絵も全部カットして、かなり構成を変えた。リニューアルというほどではないけれど、これまでに比べると大改訂だ。
いや~~~疲れた!
2012年1月17日火曜日
たまにはマジメ
昨年12月に谷川俊太郎氏を招いての絵本の会を大成功させた「風夢」の皆さんに昼食にお招きいただいた。なんだか申し訳ないが、意地汚いので喜んでひょこひょこ行ってきた。
イベント当日、
「イベントというものは、それを企画して作り上げた人たちの誠意とか丁寧さとか一生懸命さが伝わり、そして参加者にもうつるものなんだなあ」
と実感したのだが、あのあとたくさん寄せられた手紙などを見せてもらってそのことを再認識した。
イベントでも本でもセミナーでもなんでもそうだと思うけれど、それを作り上げる過程が「出来上がり」に隠しようもなく出てくるということですね。丁寧に作ればそのように、手抜きして作ればそのように。
やっぱり人間の作るものだから、小癪な要領よさなんかよりも誠意なんだなあ。
本当にいい勉強になりました。
ボランティアセンターで少し事務処理をしてから警察へ。安全安心に関する会の幹事会。
5時過ぎに終わったので、ココスに寄ってドリンクバーでコーヒーを飲みながら原稿書き。小浜ではここが一番原稿書きが進むような気がする。
6時半に帰宅して、さらにリビングルームのテーブルで続き。一区切りつけてパソコンを横に置き、同じテーブルで夕食を食べ、片づけて、さらに原稿書き。風呂を張って入り、一息ついてさらに原稿書き。
風夢さんの影響か、我ながらなかなか丁寧に書いた。あと1日か2日だな。予定よりずいぶん遅れているからがんばらないと。
…なんだかけっこう真面目な1日でした。^o^
2012年1月16日月曜日
ブログも積もれば
久々に今日は路面が濡れていなかった。ところどころに水たまりはあるけれど、とにかくアスファルトが黒くない。
金沢(だったかな)では雨も雪も降らない日は今年になってはじめてらしい。小浜ももしかするとそうかもしれない。とにかく今年はいつも濡れている、湿っている、そういう気がする。
太平洋側では乾燥して大変らしいが、本当に日本は表裏でぜんぜん違うんだなあと再認識。
新年度のセミナー予定が動き出した。
例年のパターンなのだが、何件か講師の声掛けをいただいているうちに、「そろそろこちらから日程調整を働きかけたほうがいいな」と思うようになってくる。
とはいえ、声をかけてもらう側の人間のほうから、それも声をかけてくれる前に「このあたりの日程が都合がいいんだけど」などと言うのは、いくらなんでも厚かましいというかゴーマンなようで気が進まない。
かといって声がかかる都度対応していたのでは、結局こちらの調整ができなくなって、あとで無理をお願いしたり、いっそお断りしないといけなくなってしまったりするので、こちらから予定の大枠を先に提示したほうが間違いなく合理的なのだと思うようになってきた。
とはいえ、やはり招いていただく方から日程の話をもちかけるのは気が引けることこの上ないのだけれど。
幸いにしてみなさんこちらの勝手な言い分に合わせていただき、おかげさまでスムーズに調整が進み、本当に感謝している。
言い換えるとどんどんスケジュールが埋まってきているということで、5月~6月の筆記セミナーの行動はだいたい決まってきた感がある。
ところで、毎年似た時期に同じまちに行っていると、交通手段とかタイムスケジュール(到着から出発までの間の、セミナー、まちあるき、飲み会、宿泊の前後関係)について「去年はどうだったっけ」と思うようになってくる。
到着してから食事会をして泊って翌日セミナーをやったのか、到着後すぐにセミナーをして食事宿泊と進んだのか、ということだ。
そういう時にこのブログが役に立つことがわかった。
そのまちに行った日はGoogleカレンダーを見ればすぐにわかるので、その日のブログを読み返すのだ。セミナーはいつも同じことを繰り返してるから内容まで書いてないけれど、だいたいの行動は読み取れるし写真がついてたりする(まあ飲み会の写真が多いんだけど、どこかに見学に行ったりしたらその写真も載っている)から記憶も甦る。
365日休まず(数日後まとめてさかのぼったこともあるけど^^;)日記みたいに書き綴ってきた効果なんだなあ、結局オレはクラウドでデイリー記録をつけてたんだなあ、それも写真がついていたりしてけっこう中身のある日記だなあと、ブログの思いがけない効果に感心した。
金沢(だったかな)では雨も雪も降らない日は今年になってはじめてらしい。小浜ももしかするとそうかもしれない。とにかく今年はいつも濡れている、湿っている、そういう気がする。
太平洋側では乾燥して大変らしいが、本当に日本は表裏でぜんぜん違うんだなあと再認識。
新年度のセミナー予定が動き出した。
例年のパターンなのだが、何件か講師の声掛けをいただいているうちに、「そろそろこちらから日程調整を働きかけたほうがいいな」と思うようになってくる。
とはいえ、声をかけてもらう側の人間のほうから、それも声をかけてくれる前に「このあたりの日程が都合がいいんだけど」などと言うのは、いくらなんでも厚かましいというかゴーマンなようで気が進まない。
かといって声がかかる都度対応していたのでは、結局こちらの調整ができなくなって、あとで無理をお願いしたり、いっそお断りしないといけなくなってしまったりするので、こちらから予定の大枠を先に提示したほうが間違いなく合理的なのだと思うようになってきた。
とはいえ、やはり招いていただく方から日程の話をもちかけるのは気が引けることこの上ないのだけれど。
幸いにしてみなさんこちらの勝手な言い分に合わせていただき、おかげさまでスムーズに調整が進み、本当に感謝している。
言い換えるとどんどんスケジュールが埋まってきているということで、5月~6月の筆記セミナーの行動はだいたい決まってきた感がある。
ところで、毎年似た時期に同じまちに行っていると、交通手段とかタイムスケジュール(到着から出発までの間の、セミナー、まちあるき、飲み会、宿泊の前後関係)について「去年はどうだったっけ」と思うようになってくる。
到着してから食事会をして泊って翌日セミナーをやったのか、到着後すぐにセミナーをして食事宿泊と進んだのか、ということだ。
そういう時にこのブログが役に立つことがわかった。
そのまちに行った日はGoogleカレンダーを見ればすぐにわかるので、その日のブログを読み返すのだ。セミナーはいつも同じことを繰り返してるから内容まで書いてないけれど、だいたいの行動は読み取れるし写真がついてたりする(まあ飲み会の写真が多いんだけど、どこかに見学に行ったりしたらその写真も載っている)から記憶も甦る。
365日休まず(数日後まとめてさかのぼったこともあるけど^^;)日記みたいに書き綴ってきた効果なんだなあ、結局オレはクラウドでデイリー記録をつけてたんだなあ、それも写真がついていたりしてけっこう中身のある日記だなあと、ブログの思いがけない効果に感心した。
2012年1月15日日曜日
ソカツとそば
結局昨夜は3時前まで原稿書きをしていて起床は8時前。結局よく寝たんだかどうなんだかよくわからんぞと思いつつ、なおも未練がましく原稿を書いて10時ギリギリにチェックアウト。
さらにさらに未練がましく福井駅近くのドトールで続きをして、11時半になったので昨夜の八兆屋にまたもや出没してちょっと早めの昼食。
これが必殺福井メシである。ソースかつ丼とおろしそば。越前そばはおろしそばが一般的だが、これは美味い。時々辛味大根を効かせすぎてアヒアヒになりそばの風味が消し飛んでしまっているのもあるが、ここのはいい具合だ。
ソースかつ丼は、なんでも明治初期にかつ丼が生まれた最初はこのソースかつ丼だったのが、今では栃木のあたりとか新潟とか、そしてこの福井とか、離れ小島のように点々と残存するのみとなったそうだ。栃木のものがよく知られているようだけれど、福井にもソースかつ丼はある(というか福井の人は日本を代表するソースかつ丼特産地だと思っている)のだ。
いやあ満足満足と腹をさすりつつ駅の反対側に回り、市電「えちぜん鉄道」こと「えち鉄」に乗って会場へ。
福井市にはえちぜん鉄道2路線と福井鉄道があって、これにJRやバスなども合わせると文句なしにコンパクトシティでもなんでもできるくらいの交通インフラがある。まったくうらやましい限りだが、車に乗る人のほうがずっと多いようで、もったいない話である。
今日も1時から5時までみっちり助成金や補助金の勉強をして、ちょっと頭疲れつつ再びえち鉄で福井駅へ。すぐにJRのホームに上がり、もったいないと思いつつ特急で敦賀へ、敦賀で乗り換えて小浜へ。
車内ではまたも原稿書きにいそしんだ。予定より遅れているのでちょっと焦っているのだ。
小浜駅に止めておいた車で帰宅し、両親もまじえて4人で夕食、腹いっぱいになってごそごそとコタツに潜り込んだらもういけない。体が弛緩状態になってしまって動かないのである。
それでも10時前になんとかコタツを脱出して風呂へ。読書しつつゆっくり入って、さあしゃきんとしたぞと仕事部屋に行くも、やはり自宅は誘惑だらけでいけない。気が付けばミニギターなど弾きつつ時間を過ごしてしまったのでありました。
さらにさらに未練がましく福井駅近くのドトールで続きをして、11時半になったので昨夜の八兆屋にまたもや出没してちょっと早めの昼食。
これが必殺福井メシである。ソースかつ丼とおろしそば。越前そばはおろしそばが一般的だが、これは美味い。時々辛味大根を効かせすぎてアヒアヒになりそばの風味が消し飛んでしまっているのもあるが、ここのはいい具合だ。
ソースかつ丼は、なんでも明治初期にかつ丼が生まれた最初はこのソースかつ丼だったのが、今では栃木のあたりとか新潟とか、そしてこの福井とか、離れ小島のように点々と残存するのみとなったそうだ。栃木のものがよく知られているようだけれど、福井にもソースかつ丼はある(というか福井の人は日本を代表するソースかつ丼特産地だと思っている)のだ。
いやあ満足満足と腹をさすりつつ駅の反対側に回り、市電「えちぜん鉄道」こと「えち鉄」に乗って会場へ。
福井市にはえちぜん鉄道2路線と福井鉄道があって、これにJRやバスなども合わせると文句なしにコンパクトシティでもなんでもできるくらいの交通インフラがある。まったくうらやましい限りだが、車に乗る人のほうがずっと多いようで、もったいない話である。
今日も1時から5時までみっちり助成金や補助金の勉強をして、ちょっと頭疲れつつ再びえち鉄で福井駅へ。すぐにJRのホームに上がり、もったいないと思いつつ特急で敦賀へ、敦賀で乗り換えて小浜へ。
車内ではまたも原稿書きにいそしんだ。予定より遅れているのでちょっと焦っているのだ。
小浜駅に止めておいた車で帰宅し、両親もまじえて4人で夕食、腹いっぱいになってごそごそとコタツに潜り込んだらもういけない。体が弛緩状態になってしまって動かないのである。
それでも10時前になんとかコタツを脱出して風呂へ。読書しつつゆっくり入って、さあしゃきんとしたぞと仕事部屋に行くも、やはり自宅は誘惑だらけでいけない。気が付けばミニギターなど弾きつつ時間を過ごしてしまったのでありました。
2012年1月14日土曜日
一人居酒屋を堪能
9時前に名古屋を出発し、特急「しらさぎ」で福井へ。北陸を走る特急は、夜行を除けばこの「しらさぎ」と「サンダーバード」の2つがあって、前者は名古屋、後者は大阪と北陸を結んでいる。だから北陸から名古屋や大阪へ出るにはこれ1本で行けるので楽なのだ。今北陸は新幹線で東のほうから東京につながることに血道をあげているけれど、人の流れは圧倒的に中京・関西とのつながりなのである。
2時間ほどで福井に到着。余計な荷物をホテルに預け、駅の近くで昼食を食べて、さて市電で講習会の会場まで行こうかなと思って駅前に戻ると、案内所に「レンタサイクルが無料」とある。
「ん?」と思って立ち寄ってみると、どうもパイロット事業というか実証実験でやっているようで、アンケートに答えるとタダで貸してくれるようなのだ。
まあよくある「通勤通学自転車」だが、喜んで借りた。
この案内所自体が実証実験のような形で運営されているようで、NPOが中心になって起こしたまちなか助成事業を福井市が受け継いでいるらしい。いいことだなあ。
自転車で快適に会場へ。福井市内を自転車で走ったことがなかったのでいろいろ発見もある。
これは交差点にある風景で、歩行者が信号待ちの間にスコップでひとかきふたかき歩道除雪をするという、雪国ならではの市民互助システムである。面白いでしょう。
会場に着いたのだが、自転車置き場がわからない。看板はあるのだがそこに行っても何もなく、建物の隅に自転車がテキトーに止めてあるだけ。
おかしいなあと思って警備員に
「駐輪場はどこですか」
と聞いたら、きょとんとした顔で
「駐輪場?」
と、そんなこと聞いた人いないぞ的な反応である。外に出て聞くと、くだんの建物の隅にテキトーに駐輪してあるスペースが駐輪場なんだそうな。目印も看板もプレートもないんですけど…^^;
きっとここに自転車で来る人なんていないんだろうなー、車社会なんだなーと思いつつ、よく探すと道路を挟んだ立体駐車場の地下が駐輪場になってるじゃないですか。やれやれと止めたが、ガラガラだった。
1時から5時まで講習会。今日のテーマは補助金・助成金で、非常に参考になった。
結局、会社勤めと個人事業との「三足のわらじ」でNPOをやっているせいか、ここのところ、つまり事業化の部分でオレはぜんぜんダメだなあと再認識した次第。
5時過ぎに外に出ると、幸いなことに雨や雪にはなっていなかった。北陸の冬の天気はめまぐるしく変わるので、たまたま昼間がいい天気だったからといって自転車で来たのは失敗だったかなあと不安だったのよ。
福井駅に戻り、自転車を返して、とりあえずほっとしたかったので駅ビルの「八兆屋」へ。ここは美味しいので好きなのだ。
カウンター席の一番端に一人で座って、寒ブリその他の刺身をつまみながら燗酒をゆったりと飲みつつ、Readerで読書。
そうです!久々の「一人居酒屋」を堪能したのであります。いやあ気持ちいいですなあ。
手前は大ぶりのアジを能登の魚醤「いしる」で焼いたもの。一夜干しかな。ちょうどいい油の乗り具合の身がほっくりとして、いしるの豊かな風味と混じってうまいううまい。
奥はへしこの炙り。若狭の名産を福井で食べなくても、と思わないでもないが、ここのへしこは少し発酵が浅いものを使っているのか塩抜きしているのか塩辛さが抑え目で、それがあぶると香ばしく、大根おろしと一緒に食べると燗酒と実に合うのだ。
本当はもっとチビチビ酒を飲み、ゆっくり読書を楽しみたいのだが、肴がうまいとついつい箸が進み、酒も進む。
2合もない徳利だったが、肴をひととおり食べて腹も少し落ち着いたので店を出た。
時計を見るとまだ午後6時台じゃないか。なんてことだこんな時間から居酒屋で燗酒を飲んで気持ちよくなってしまった。
駅ビルの中にある「8番ラーメン」で締めて、ホテルへチェックイン。
あまり飲んでいないがふわんと気持ちよく、そのまま寝てしまった。たぶん7時半くらいだったんじゃなかろうか。
10時半ごろに目が覚めた。原稿仕事をしないといけないので風呂に入って目を覚まして今に至る。
名古屋からの道すがら読んだ週刊誌に「仕事のあとの軽くイッパイは、幸福感につながる物質の分泌を促す」みたいなことが書いてあったが、今日はそうだったんじゃないかなと思う。
6時とか7時から飲むことはよくあるけれど、いつも「イッパイ」が「一杯」じゃなくて「いっぱい」(たくさん)になるから、終わったらもう夜中だし帰ってから落ち着いて何かをするなんてレベルの酔い方じゃないし、結局楽しいのは楽しいんだけれど、「しずかにしみじみ幸せ」ではないわな。
今日は軽くイッパイで終わったし、うまいものを食えたし、何より静かに自分の時間を過ごせた。
一人で飲んでるのは私しかいなかったから、周りの人にはもしかすると「友達のいないさびしい人生を送っている人」に見えたかもしれないけれど、なんのなんの本人は酒と肴と本と時間を楽しんでいたのですよ。
やっぱり「一人居酒屋」いいなあ。またやろう。
2時間ほどで福井に到着。余計な荷物をホテルに預け、駅の近くで昼食を食べて、さて市電で講習会の会場まで行こうかなと思って駅前に戻ると、案内所に「レンタサイクルが無料」とある。
「ん?」と思って立ち寄ってみると、どうもパイロット事業というか実証実験でやっているようで、アンケートに答えるとタダで貸してくれるようなのだ。
まあよくある「通勤通学自転車」だが、喜んで借りた。
この案内所自体が実証実験のような形で運営されているようで、NPOが中心になって起こしたまちなか助成事業を福井市が受け継いでいるらしい。いいことだなあ。
自転車で快適に会場へ。福井市内を自転車で走ったことがなかったのでいろいろ発見もある。
これは交差点にある風景で、歩行者が信号待ちの間にスコップでひとかきふたかき歩道除雪をするという、雪国ならではの市民互助システムである。面白いでしょう。
会場に着いたのだが、自転車置き場がわからない。看板はあるのだがそこに行っても何もなく、建物の隅に自転車がテキトーに止めてあるだけ。
おかしいなあと思って警備員に
「駐輪場はどこですか」
と聞いたら、きょとんとした顔で
「駐輪場?」
と、そんなこと聞いた人いないぞ的な反応である。外に出て聞くと、くだんの建物の隅にテキトーに駐輪してあるスペースが駐輪場なんだそうな。目印も看板もプレートもないんですけど…^^;
きっとここに自転車で来る人なんていないんだろうなー、車社会なんだなーと思いつつ、よく探すと道路を挟んだ立体駐車場の地下が駐輪場になってるじゃないですか。やれやれと止めたが、ガラガラだった。
1時から5時まで講習会。今日のテーマは補助金・助成金で、非常に参考になった。
結局、会社勤めと個人事業との「三足のわらじ」でNPOをやっているせいか、ここのところ、つまり事業化の部分でオレはぜんぜんダメだなあと再認識した次第。
5時過ぎに外に出ると、幸いなことに雨や雪にはなっていなかった。北陸の冬の天気はめまぐるしく変わるので、たまたま昼間がいい天気だったからといって自転車で来たのは失敗だったかなあと不安だったのよ。
福井駅に戻り、自転車を返して、とりあえずほっとしたかったので駅ビルの「八兆屋」へ。ここは美味しいので好きなのだ。
カウンター席の一番端に一人で座って、寒ブリその他の刺身をつまみながら燗酒をゆったりと飲みつつ、Readerで読書。
そうです!久々の「一人居酒屋」を堪能したのであります。いやあ気持ちいいですなあ。
手前は大ぶりのアジを能登の魚醤「いしる」で焼いたもの。一夜干しかな。ちょうどいい油の乗り具合の身がほっくりとして、いしるの豊かな風味と混じってうまいううまい。
奥はへしこの炙り。若狭の名産を福井で食べなくても、と思わないでもないが、ここのへしこは少し発酵が浅いものを使っているのか塩抜きしているのか塩辛さが抑え目で、それがあぶると香ばしく、大根おろしと一緒に食べると燗酒と実に合うのだ。
本当はもっとチビチビ酒を飲み、ゆっくり読書を楽しみたいのだが、肴がうまいとついつい箸が進み、酒も進む。
2合もない徳利だったが、肴をひととおり食べて腹も少し落ち着いたので店を出た。
時計を見るとまだ午後6時台じゃないか。なんてことだこんな時間から居酒屋で燗酒を飲んで気持ちよくなってしまった。
駅ビルの中にある「8番ラーメン」で締めて、ホテルへチェックイン。
あまり飲んでいないがふわんと気持ちよく、そのまま寝てしまった。たぶん7時半くらいだったんじゃなかろうか。
10時半ごろに目が覚めた。原稿仕事をしないといけないので風呂に入って目を覚まして今に至る。
名古屋からの道すがら読んだ週刊誌に「仕事のあとの軽くイッパイは、幸福感につながる物質の分泌を促す」みたいなことが書いてあったが、今日はそうだったんじゃないかなと思う。
6時とか7時から飲むことはよくあるけれど、いつも「イッパイ」が「一杯」じゃなくて「いっぱい」(たくさん)になるから、終わったらもう夜中だし帰ってから落ち着いて何かをするなんてレベルの酔い方じゃないし、結局楽しいのは楽しいんだけれど、「しずかにしみじみ幸せ」ではないわな。
今日は軽くイッパイで終わったし、うまいものを食えたし、何より静かに自分の時間を過ごせた。
一人で飲んでるのは私しかいなかったから、周りの人にはもしかすると「友達のいないさびしい人生を送っている人」に見えたかもしれないけれど、なんのなんの本人は酒と肴と本と時間を楽しんでいたのですよ。
やっぱり「一人居酒屋」いいなあ。またやろう。
2012年1月13日金曜日
手羽先の会議
今日は名古屋へ。「SUKIYAKI塾名古屋手羽先の会」の設立準備委員会(のようなもの)兼新年会at世界の山ちゃんに出席するためだ。飲みに行くだけだめに名古屋へ行くなどでは決してない。^^;
午前中、飛び込みも含めて用事をバタバタとすませて正午の電車で小浜を出発。途中電車の中で駅弁を食べつつ3時前に名古屋に到着。
ともかく宿であるドーミーイン名古屋にチェックイン。
さて、集合時間は19時なのでそれまで4時間弱、どうするか。
昨日までは大須に行って買い物をする気満々だったのだが、
①寒いので大浴場に入りたい(おじさんは温泉好き)
②本の原稿書きを進めないとやばい
ということで、ずっとホテルにこもって原稿書きにいそしむことにした。なんとかこの週末に仕上げたいのが、ずっと旅の空なのだ。
待ち合わせ時間が近くなったので歩いて名古屋駅へ。名古屋も寒いが乾燥しているのでなんだかピリッとしている。小浜の鈍重な寒さとは質が違う。
7時。ともともさん、青い山脈さん、mochaさん、後がないさん、sunriseさん、すーさん(到着順)と合流し、名駅西口の世界の山ちゃんへ。
やがてクレヨンしんのすけさんも遅れて到着。罰ゲームに仙台で弱点であることが露呈した納豆をふるまった。
あ、ただもう飲んでいただけだと思われると困るので書いておくけれど、きちんとSUKIYAKI塾名古屋手羽先の会の会議はしたからね。
6月2日が筆記試験セミナーと決まりました。派遣講師を求む!
ホテルは名古屋駅を挟んで反対側にあるので、20分くらいかけてぷらぷらと歩いて帰る。
今年は東京、名古屋、四国でSUKIYAKI塾が立ち上がる流れになっている。嬉しいなあ。
ホテルに戻り、洗濯しながら大浴場でゆっくり過ごす。電車の中で少しとホテルで少し原稿を書き進んだが、明日はもっとがんばらないと。
午前中、飛び込みも含めて用事をバタバタとすませて正午の電車で小浜を出発。途中電車の中で駅弁を食べつつ3時前に名古屋に到着。
ともかく宿であるドーミーイン名古屋にチェックイン。
さて、集合時間は19時なのでそれまで4時間弱、どうするか。
昨日までは大須に行って買い物をする気満々だったのだが、
①寒いので大浴場に入りたい(おじさんは温泉好き)
②本の原稿書きを進めないとやばい
ということで、ずっとホテルにこもって原稿書きにいそしむことにした。なんとかこの週末に仕上げたいのが、ずっと旅の空なのだ。
![]() |
| ホテルのデスクでバイオPを使ってちまちまと。 |
7時。ともともさん、青い山脈さん、mochaさん、後がないさん、sunriseさん、すーさん(到着順)と合流し、名駅西口の世界の山ちゃんへ。
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| やっぱりこれ。黒ホッピーと幻の手羽先。 |
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| 納豆があまりにかぐわしくて泣いてます。 |
6月2日が筆記試験セミナーと決まりました。派遣講師を求む!
![]() |
| 山ちゃんの前にて。なぜか小雨が… |
今年は東京、名古屋、四国でSUKIYAKI塾が立ち上がる流れになっている。嬉しいなあ。
![]() |
| 通りはイルミネーションで明るい。 最近は都市部はどこでもやっている感じだ。 |
2012年1月12日木曜日
越後つついし親不知
昨年の春のセミナーあたりから歯痛に悩まされていた。
4月に痛み出し、5月~6月セミナーでは6月に入るあたりまでずっと鎮痛剤のお世話になっていた。6月にいったん収まったのだが、秋ごろからまた時々痛い時期がやってくるので、いつも「歯痛リングル」は手放せないものになった。
歯科のF先生に沁み止めを塗ってもらってはしのいできたのだが、年末から再び痛み出し、年を越してどうも収まる気配がない。
ずっと歯痛リングルを飲み続けるわけにもいかず、こりゃあもう神経を抜いてもらうしかないなと思ってF先生のところへ行った。
いろいろ調べてみると、どうも元凶は左上の一番奥の歯、親知らずらしいことがわかった。
下の親知らずはもう抜いてあってかみ合わせはないから、歯としての機能はない。一番奥で神経も抜きにくいから、いっそ歯を抜いてしまえば根本的治療になるとのこと。
結局抜いてもらった。麻酔をしてもらい、けっこうあっさりと親知らずは抜けた。小学校6年生のころに生えた歯だと思うので、足掛け40年の付き合いだったのだ。
まだ麻酔が残っているけれど、いったん帰宅してまた出かけた。今年から個人事業の経理その他を手伝ってもらう人との食事をかねた打ち合わせなのである。
あれこれ時間がかかって、帰宅は4時。幸いなことに抜歯後の痛みはほとんどない。
7時からは観光局体験部会の新年会。部会長が経営する阿納の民宿に集まってふぐに舌鼓を打った。
ふぐ(てっさ・てっちり)に舟盛りの刺身(ひらめ、あじ)、そしてカニ。さらに茶碗蒸し、煮魚(ソイ)、ふぐの唐揚げ、カキを満喫してふぐ雑炊で締め。全部阿納で取れるものだからこその贅沢な料理であった。
この体験部会は昨年から上根来プロジェクトに取り組んでいるし、12月には高知にも視察に行った。今日は知床にも一緒に行った「百笑」K君も加わり、とにかく前向きな話に花が咲いた。
私は抜歯当日ということで酒断ち。ウーロン茶だけで過ごした。だからイマイチ気分が盛り上がれない。悲しいことである。
でもいいんだ。明日は名古屋の山ちゃんで黒ホッピーを「うおりゃあぁぁぁ」と心ゆくまで飲んでやるんだ。
4月に痛み出し、5月~6月セミナーでは6月に入るあたりまでずっと鎮痛剤のお世話になっていた。6月にいったん収まったのだが、秋ごろからまた時々痛い時期がやってくるので、いつも「歯痛リングル」は手放せないものになった。
歯科のF先生に沁み止めを塗ってもらってはしのいできたのだが、年末から再び痛み出し、年を越してどうも収まる気配がない。
ずっと歯痛リングルを飲み続けるわけにもいかず、こりゃあもう神経を抜いてもらうしかないなと思ってF先生のところへ行った。
いろいろ調べてみると、どうも元凶は左上の一番奥の歯、親知らずらしいことがわかった。
下の親知らずはもう抜いてあってかみ合わせはないから、歯としての機能はない。一番奥で神経も抜きにくいから、いっそ歯を抜いてしまえば根本的治療になるとのこと。
結局抜いてもらった。麻酔をしてもらい、けっこうあっさりと親知らずは抜けた。小学校6年生のころに生えた歯だと思うので、足掛け40年の付き合いだったのだ。
まだ麻酔が残っているけれど、いったん帰宅してまた出かけた。今年から個人事業の経理その他を手伝ってもらう人との食事をかねた打ち合わせなのである。
あれこれ時間がかかって、帰宅は4時。幸いなことに抜歯後の痛みはほとんどない。
7時からは観光局体験部会の新年会。部会長が経営する阿納の民宿に集まってふぐに舌鼓を打った。
ふぐ(てっさ・てっちり)に舟盛りの刺身(ひらめ、あじ)、そしてカニ。さらに茶碗蒸し、煮魚(ソイ)、ふぐの唐揚げ、カキを満喫してふぐ雑炊で締め。全部阿納で取れるものだからこその贅沢な料理であった。
この体験部会は昨年から上根来プロジェクトに取り組んでいるし、12月には高知にも視察に行った。今日は知床にも一緒に行った「百笑」K君も加わり、とにかく前向きな話に花が咲いた。
私は抜歯当日ということで酒断ち。ウーロン茶だけで過ごした。だからイマイチ気分が盛り上がれない。悲しいことである。
でもいいんだ。明日は名古屋の山ちゃんで黒ホッピーを「うおりゃあぁぁぁ」と心ゆくまで飲んでやるんだ。
2012年1月11日水曜日
●だからダメ
沖縄・辺野古のアセスのニュースやサイトでの記事の中で目にしたのが、
「全項目『影響は小さい』って、そんなことあるわけないだろ!」
という意見だ。
確かにそう思うだろうなあ。でもアセスに携わった者には
「評価書はそうなるかもしれないなあ」
と思える。
…なーんて書くと、
「それは、『ウソでもそう書かないといけないだろうなあ』という意味だな」
と思っちゃう人もいるだろう。そのあたりが難しいところなんだよなあ。
と思っちゃう人もいるだろう。そのあたりが難しいところなんだよなあ。
アセスって、予測評価をする段階で
「こりゃけっこう影響がある」
という予測結果になると、影響を低く抑えるように設計の手直しをしたりすることがよくあるから、最終結果は「影響は小さい」になることはよくあるのだ。
つまり、設計内容にアセスが迎合したんじゃなくて、アセス結果を踏まえて環境影響が小さいように設計内容を手直しした結果が評価書になったりするわけである。
まあ辺野古がそうなのかどうかはわからないけれど、とにかくアセスというのはそういう性質のものだということだ。
しかしこんなことを理解している一般人などほとんどいないだろうから、
まあ辺野古がそうなのかどうかはわからないけれど、とにかくアセスというのはそういう性質のものだということだ。
しかしこんなことを理解している一般人などほとんどいないだろうから、
「全項目『影響は小さい』ってウソだ」
になったりするのだろう。
じゃあ、こういう反応を「非科学的な決め付け」と一蹴していいのか、というとそれもどうかなと思う。
人間ってなんでもかんても論理的・科学的に判断する生き物ではないし、社会の進む方向が情緒的なもの・非論理的なもので決められる側面も少なからずあると思うから、それはそれで仕方がないのではないかと思うのだ。
人間ってなんでもかんても論理的・科学的に判断する生き物ではないし、社会の進む方向が情緒的なもの・非論理的なもので決められる側面も少なからずあると思うから、それはそれで仕方がないのではないかと思うのだ。
そもそも環境影響評価、さらには「環境」なんて、自然と人間がいかにしてうまく折り合いをつけてやっていくかということではないかと思う。
自然がよくて人間が悪なのであれば、人間はいっそいなくなるか、あるいは産業革命以前の生活に戻ればいいのである。一時のストレス解放ならそれもいいであろうが、ネットもケータイも自動車も近代医療も食料安定供給もない時代に戻るなどできるはずがないから、やっぱり人間は自然とうまく折り合いをつけてやっていくしかないと思うのだ。
自然がよくて人間が悪なのであれば、人間はいっそいなくなるか、あるいは産業革命以前の生活に戻ればいいのである。一時のストレス解放ならそれもいいであろうが、ネットもケータイも自動車も近代医療も食料安定供給もない時代に戻るなどできるはずがないから、やっぱり人間は自然とうまく折り合いをつけてやっていくしかないと思うのだ。
つまり人間の都合というものを無視しては環境、環境影響評価なんて成り立たない。
そして人間の都合というのは、すべてが論理的・科学的なものばかりではない。
動作がアヤシイ、あるいはメーカーが不明なエレベーターがあると、「シン●ラー」というメーカー名が頭に浮かぶでしょう。
乗ろうとした飛行機がプロペラ機だと、「げ、まさかボン●ルディア」と思ったりするでしょう。
人間というのはイメージの動物、感情の動物であり、いつもいつも論理的考察をしているわけではないのですよ。
沖縄のアセスがなんら恣意的な作為なく完全に科学的判断によってのみ作られているという確証があるわけではない。そういうことを言っているのではなくて、ロジックというものが正否を決め、また人間の判断を決める十分因子ではないということを言っているのである。
私は「理系」と言われる人の欠点のひとつは、「論理的にそれが正しいということを証明することイコール納得する、賛成するということだと思ってしまうこと」だと思っている。
でも実際の社会では、
「お前の言うことは正しい。でもなんかやだ」
ということが往々にしてある。それを不当だとかいって受け入れないことはたやすいが、それでは人と人とのつながり、人の輪は生まれない。
さらにややこしいことには「信条」とか「政治」なんてものが人の心や社会には入り込んだりする。
「●教だからダメ」
「●宗派だからダメ」
「●国だからダメ」
「●党だからダメ」
「●人だからダメ」
そんなのはいっぱいある。つまり個々の中身ではなくレッテルである。
それは非論理的だと思うし、くだらないとも思う。
だけどそれが人間社会でもある。「●国だから嫌だ」と表だって言うと「偏った人間」とみられるだろうが、「シン●ラーだから嫌だ」と口に出してもまあ冗談程度ですんでしまう。
なんでも「だからダメ」と言ってしまった時点で思考停止になるんだけどね。
ああそうそう、こういうテーマだと「自分の考えが唯一正しい」とか「自分のやっていることが世界で一番大事」と思い込んでしまってどうにもならない人がときどき出てくるのも面倒くさい。
そこには議論はもはや入り込む余地がない。だって自分の言っていることに反対する人、自分のやっていることを認めない人は馬鹿であり、下等であり、悪であると思っているのだから。(特にこういう人が理系だったりすると、「自分の主張は論理的に正しい」という絶対的根拠を確信しているだけにいっそう面倒くさい)
互いを尊重しない間柄には議論ではなく罵倒や軽蔑しか存在しないのですよ。
論理的な考察と、互いを尊重しあう中での中庸といった関係ができると気持ちいいんだけどね。
2012年1月10日火曜日
24カラットの黒夜
「今年の冬はほとんど雨が降らない」とニュースで言っていた。そんなことはないだろうと思って見ると、東京・大阪・高知の降雨日数がきわめて少ないということを紹介していた。それならわかる。
おおむね冬は日本海側と太平洋側で真逆だから、こちら裏日本は雨か雪の日が続いている。
なんだか恨み節のようだが、実はそうである。自転車なんて今年になってから1回しか乗れていない。
しかし気温が高いのか、雪もそれほど降るわけでもない。去年に比べたら格段に少ないので、鹿もまた増えることだろう。困ったことだ。
今日、NPO関係の新事業について相談していたとき、上根来を含む地区の人が
「鹿、全部殺したろか」
と言っていた。こう書くと関西弁の「しばいたろか」みたいなニュアンスに聞こえるかもしれないが、「ろか」の部分が「やろうじゃないか」「やろうと思うんだが、どうだ?」みたいな意味になる。
東京風に言うと
「俺ぁなぁ、鹿ってぇものが大っ嫌ぇなんでぃ。いっちょ全部ぶっ殺してやろうと思うんだが、どうでぇ」
という感じである。別に大嫌いというのはどうでもいいけど。
まあすでに下草が大変食べられて山が荒れ放題になってきているし、植林もできない状態だから、今後の状況によってはかなり思い切った措置も必要かもしれない。
ともかく、こんなに雨雪ばかりだと外を出歩く気にはなれないからデスクワークは逆にはかどりそうなものなのだけれど、日も早く暮れるし寒いよ暗いよになるので、家に帰って酒でも飲んでコタツに入って酒でも飲んでいたいという思いのほうが強くなって結局非生産的になってしまうのが困ったものだ。
帰宅するころにはもはや真っ暗、田舎道路は闇の中で、いよいよ寒々としてくるのでありました。
おおむね冬は日本海側と太平洋側で真逆だから、こちら裏日本は雨か雪の日が続いている。
なんだか恨み節のようだが、実はそうである。自転車なんて今年になってから1回しか乗れていない。
しかし気温が高いのか、雪もそれほど降るわけでもない。去年に比べたら格段に少ないので、鹿もまた増えることだろう。困ったことだ。
今日、NPO関係の新事業について相談していたとき、上根来を含む地区の人が
「鹿、全部殺したろか」
と言っていた。こう書くと関西弁の「しばいたろか」みたいなニュアンスに聞こえるかもしれないが、「ろか」の部分が「やろうじゃないか」「やろうと思うんだが、どうだ?」みたいな意味になる。
東京風に言うと
「俺ぁなぁ、鹿ってぇものが大っ嫌ぇなんでぃ。いっちょ全部ぶっ殺してやろうと思うんだが、どうでぇ」
という感じである。別に大嫌いというのはどうでもいいけど。
まあすでに下草が大変食べられて山が荒れ放題になってきているし、植林もできない状態だから、今後の状況によってはかなり思い切った措置も必要かもしれない。
ともかく、こんなに雨雪ばかりだと外を出歩く気にはなれないからデスクワークは逆にはかどりそうなものなのだけれど、日も早く暮れるし寒いよ暗いよになるので、家に帰って酒でも飲んでコタツに入って酒でも飲んでいたいという思いのほうが強くなって結局非生産的になってしまうのが困ったものだ。
帰宅するころにはもはや真っ暗、田舎道路は闇の中で、いよいよ寒々としてくるのでありました。
Black night is a long way from home.
2012年1月9日月曜日
Take it easy
年末から帰省していた娘が成人式を終えて大学に戻るので、振袖の写真選びなどをかねて敦賀まで送っていくことにして、女房も加えて3人で敦賀へ。
写真を選び(オヤジは全く入り込めない世界だ^^;)、かなり早めの昼食を食べて敦賀駅から私だけ一足はやく電車に乗た。私は私で「新しい公共」の会議があるのだ。
これからの時期、北陸トンネルを越えて北へ行くのは気が重いものだが、やはりトンネルを越えると雪国だった。
夕方前まで会議をして電車で帰路につく。武生駅から敦賀駅まで普通電車はなぜが満員で立ちん坊だった。こんなことはじめてだ。
小浜駅帰着は7時前。雪こそ少ないが寒々としていた。
女房に駅まで迎えに来てもらって帰宅。子供たちもみんな大学に戻り、2人の静かな夕食であった。風呂も混まないし、これはこれで気楽なようなさみしいような。
ゆっくり夕飯を食べ、久々にギターを少し弾いて、本を読みながら風呂にゆっくり入った。
…やっぱ気楽でいいな。
…というわけでそろそろ寝ようかと思ったらグレゴリーから写真を送ってきた。時差があるのでいつも真夜中である。
夏、我が家でジョーと飲んでギターを弾きまくっていたときのショット。「イエーイ」と拳を合わせる。いい気分だったなあ。背景には中国、沖縄、東南アジア、アフリア、南アメリカの民族楽器が並んでます。^o^;
写真を選び(オヤジは全く入り込めない世界だ^^;)、かなり早めの昼食を食べて敦賀駅から私だけ一足はやく電車に乗た。私は私で「新しい公共」の会議があるのだ。
これからの時期、北陸トンネルを越えて北へ行くのは気が重いものだが、やはりトンネルを越えると雪国だった。
夕方前まで会議をして電車で帰路につく。武生駅から敦賀駅まで普通電車はなぜが満員で立ちん坊だった。こんなことはじめてだ。
小浜駅帰着は7時前。雪こそ少ないが寒々としていた。
女房に駅まで迎えに来てもらって帰宅。子供たちもみんな大学に戻り、2人の静かな夕食であった。風呂も混まないし、これはこれで気楽なようなさみしいような。
ゆっくり夕飯を食べ、久々にギターを少し弾いて、本を読みながら風呂にゆっくり入った。
…やっぱ気楽でいいな。
…というわけでそろそろ寝ようかと思ったらグレゴリーから写真を送ってきた。時差があるのでいつも真夜中である。
夏、我が家でジョーと飲んでギターを弾きまくっていたときのショット。「イエーイ」と拳を合わせる。いい気分だったなあ。背景には中国、沖縄、東南アジア、アフリア、南アメリカの民族楽器が並んでます。^o^;
2012年1月8日日曜日
A day in the life
朝10時からskype模擬面接。午前中に模擬面接をするなど初めてではなかろうか。頭もびっくりしたとみえていつもの調子が出なかったが、尻上がりにリズムに乗ってきて、終わった後はけっこう頭がスカッとしていたので、夜型人間の私ではあるが、たまにはこんなのもいいなあと思った。
昼前に自転車で家を出る。久々の自転車はおどろくほど重く感じる。やっぱ正月で体がなまっている。
ともしの店で昼飯の牛丼をかきこみ県立図書館へ。
ライフアカデミー講座の講師ということで、ボランティアがどーのこーのと何事かほざく。でもいろんな人と話ができて楽しい時間だった。元気ももらったし。
帰宅すると4時過ぎ。原稿を進めないといけないと思っていると、もうでかける時間だ。添削やら模擬面接と違って、本の原稿はまとまった時間をとらないとなかなか進まないのだ。
18時より区の新年会。歩いて家を出る。
まさに老若男女(といっても「若」が不足気味だが)いっしょになって飲み食い歌う。隣近所の人が気の置けない人々だというのもこれはまたひとつの幸せだろうと思う。
20時過ぎにお開きとなり、気分よく歩いて帰宅。
総監の口頭試験が始まっており、報告が続々と届いている。相変わらずバリエーション豊かな口頭試験で、「へえ、そうくるか」という質問も少なからずある。
何より試験後のボーゼン・ヘトヘトの状態であろうのにメールを送っていただけることが嬉しい。
今日、小浜市では成人式があった。娘も出席した。よくぞ育ってくれたものだ。なんというか、息子が成人した時とはまた違う感慨がある。
いろいろと細々とあった一日であった。
全国的な広がりの活動の中で時間を過ごし、地域で積み上げてきた活動の時間を過ごし、近所の人と気楽に楽しむ時間を過ごした。どこにも穴が4,000個掘ってはなかったけれど、考えてみたら幸福な一日だった。
昼前に自転車で家を出る。久々の自転車はおどろくほど重く感じる。やっぱ正月で体がなまっている。
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| 曇天だが、じれでに数日ぶりの好天である。 |
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| 霊峰・多田ヶ岳も雪を薄くまとい寒そうだ。 |
ライフアカデミー講座の講師ということで、ボランティアがどーのこーのと何事かほざく。でもいろんな人と話ができて楽しい時間だった。元気ももらったし。
帰宅すると4時過ぎ。原稿を進めないといけないと思っていると、もうでかける時間だ。添削やら模擬面接と違って、本の原稿はまとまった時間をとらないとなかなか進まないのだ。
18時より区の新年会。歩いて家を出る。
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| 夕方になって晴れた。一番星みつけた。 |
20時過ぎにお開きとなり、気分よく歩いて帰宅。
総監の口頭試験が始まっており、報告が続々と届いている。相変わらずバリエーション豊かな口頭試験で、「へえ、そうくるか」という質問も少なからずある。
何より試験後のボーゼン・ヘトヘトの状態であろうのにメールを送っていただけることが嬉しい。
今日、小浜市では成人式があった。娘も出席した。よくぞ育ってくれたものだ。なんというか、息子が成人した時とはまた違う感慨がある。
いろいろと細々とあった一日であった。
全国的な広がりの活動の中で時間を過ごし、地域で積み上げてきた活動の時間を過ごし、近所の人と気楽に楽しむ時間を過ごした。どこにも穴が4,000個掘ってはなかったけれど、考えてみたら幸福な一日だった。
2012年1月7日土曜日
重たい日曜日
昨夜はよしきと「浜照」へ行った。小浜の地酒や小浜の魚というものには全然こだわらず、日本ワイドでうまい酒とうまい肴を集めている。
8日が成人式なので昨夜(金曜の夜)は若い子が居酒屋に多いだろうということで、そういう「お子ちゃま」が来ない店を選んで、うまい肴で日本酒をしこたま飲んだ。
前夜の寝不足もあったのか、帰りのタクシーでは珍しく寝こけてしまい、よしきがいつ降りたのかも覚えていないという体たらくだった。おじさんもう無理きかんのよ。
少々頭が重たく遅い起床。うすら寒い朝だ。明日は県立図書館のライフアカデミーでボランティアのことを何やらほざく予定になっているので、そのパワポを作らねばならないし、本の執筆もせっぱつまってきているから仕事部屋にこもっていた。
年明けから冬型が続いている。天候の変化は冬型が強くなったり弱くなったりするだけで、それに伴って曇りになったり雨になったり雪になったりする。晴れにはほとんどならない。晴れても数時間で、あとはずっと太陽が見えない日が続く。
地面はずっと濡れた状態で、晴れても雪が解けるのでやっぱり濡れている。
そして寒い。
東京あたりだと耳がちぎれそうな木枯らしが吹くが、それに比べたらまだ寒くはない。外に洗濯物を干しても凍ったりはしないし、そもそも水たまりが凍るなんてことは滅多になく、霜柱などまずもって見ることはない。だけど日向も寒い。というか晴れていないから日向というものがない。
つまり東京に比べると寒さも暖かさも極端ではないけれど、ずーっと、そしてどこでも寒い。
湿ったじわーっとした寒さだ。日本海側・裏日本の冬である。小浜は北陸と山陰の中間くらいにあるからまだましだけど、それでもこの重たい寒さと重たい空は、外へ出かける気をくじく。
午後から買い物があったので少し外に出たけれど、車を降りて目的の建物まで急ぎ足である。空気が濡れているのか細かい氷雨が降っているのかわからないような天気、「歩く」とか「自転車に乗る」なんてことは苦行でしかない。
重たそうな空、どーんと湿った空気、じんわりした寒さ、いろんな保存食(冬は食卓が茶色くなる)、分厚い布団。そんな重たく暗い冬がずっと嫌いだったけれど、最近はけっこういとおしい。年を取ったのかもしれないが、結局この冬が自分の体に合っているのかもしれない。
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| これがメニューです |
前夜の寝不足もあったのか、帰りのタクシーでは珍しく寝こけてしまい、よしきがいつ降りたのかも覚えていないという体たらくだった。おじさんもう無理きかんのよ。
少々頭が重たく遅い起床。うすら寒い朝だ。明日は県立図書館のライフアカデミーでボランティアのことを何やらほざく予定になっているので、そのパワポを作らねばならないし、本の執筆もせっぱつまってきているから仕事部屋にこもっていた。
年明けから冬型が続いている。天候の変化は冬型が強くなったり弱くなったりするだけで、それに伴って曇りになったり雨になったり雪になったりする。晴れにはほとんどならない。晴れても数時間で、あとはずっと太陽が見えない日が続く。
地面はずっと濡れた状態で、晴れても雪が解けるのでやっぱり濡れている。
そして寒い。
東京あたりだと耳がちぎれそうな木枯らしが吹くが、それに比べたらまだ寒くはない。外に洗濯物を干しても凍ったりはしないし、そもそも水たまりが凍るなんてことは滅多になく、霜柱などまずもって見ることはない。だけど日向も寒い。というか晴れていないから日向というものがない。
つまり東京に比べると寒さも暖かさも極端ではないけれど、ずーっと、そしてどこでも寒い。
湿ったじわーっとした寒さだ。日本海側・裏日本の冬である。小浜は北陸と山陰の中間くらいにあるからまだましだけど、それでもこの重たい寒さと重たい空は、外へ出かける気をくじく。
午後から買い物があったので少し外に出たけれど、車を降りて目的の建物まで急ぎ足である。空気が濡れているのか細かい氷雨が降っているのかわからないような天気、「歩く」とか「自転車に乗る」なんてことは苦行でしかない。
重たそうな空、どーんと湿った空気、じんわりした寒さ、いろんな保存食(冬は食卓が茶色くなる)、分厚い布団。そんな重たく暗い冬がずっと嫌いだったけれど、最近はけっこういとおしい。年を取ったのかもしれないが、結局この冬が自分の体に合っているのかもしれない。
2012年1月6日金曜日
山が荒れている
フィリピンのミンダナオ島で行方不明150人という地すべりがあったようだ。「鉱石の違法採掘や森林の違法伐採で地滑りが相次いでいる」らしい。
北朝鮮の飢餓も山が荒れてしまったことが大きく影響しているらしいが、事程左様に、治山治水というものに果たす森林の役割は本当に大きい。
小浜の山もどんどん荒れてきている。
林業衰退は植林地の間伐や枝払いの放棄につながり、「黒山」と言われる林床に日光の届かない森を作ってしまった。仕事で地表踏査をしていても、とにかく杉植林地は足元がぐずぐずで歩きにくかったものだ。
そんなところだから雨が降ればすぐに土砂が流出するし、表層崩壊も起こりやすい。平成16年の福井豪雨では杉植林地の崩壊が目立ったという。(ついでに間伐したまま斜面に放置されていた木が流出して橋にぶちあたって壊してしまった例も多々あるらしい)
さらに近年は鹿の食害が著しい。林床の草本類を片っ端から食べてしまい、真夏でも山の地肌が茶色く見えるという異様な光景を作ってしまった。
今、雨が降った時の川の出水の勢いや水の濁り方が、以前とは変わったということがはっきりわかるようになってきた。出水が著しいということは、地下水涵養もできていないということだから、小浜の名水「雲城水」が枯れてしまう事態も現実のものとして迫りつつあると思う。そういえば小浜市はかつて「名水プロジェクト」という地下水保全の市民参加の委員会を持っていたが、これは「融雪水をくみ上げているからだ」という超近視眼的・情緒的な結論を出してしまった。地下水涵養に対する全市的な取り組みを始める好機だったのに、本当に残念なことだ。
ともかく、小浜の森は今危機に瀕している。林業衰退よりも鹿食害が一気に進んだのが大きい。唖然とするほど一気に森は荒れてしまった。
植生という点でも、失われてしまった種は数多いだろう。植物は生態系の基盤を成すから、こういった草本類に依存する昆虫類などは姿を消すことも考えられる。
そして治山治水という点では水害リスクのかつてない高まりとして現れるだろう。それでなくとも近年の局所的豪雨はハンパないのだ。
もちろんここまで食物を食い荒らしてしまえば鹿のほうもただではすむまい。増えすぎた個体数はまた減るだろうが、その前に山の草を食い尽くし、さらに畑を荒らしまわることになる。鹿だって餓死するのはいやだからね。
今、中山間集落では補助金をもらって鹿柵をがんばって備えている。山と田畑の間に高さ2mを超える柵を1km以上の区間にわたって集落総出で設置したりしている。
しかし山の草本類は誰も守ってはいない。そして地下水は枯れ、土砂は流れ出る。そういう方向にどんどん進んでいる。
私はこの問題に直接携わる立場にないので、焼け石に水にもならないとはわかっているけれど、鹿肉を食べるとか鹿牧場とか上根来プロジェクトとかに関わっている。「何か楽しいことやろう」よりも「何とかしないとやばい」という思いが原動力になっているのも確かだ。
この町で、この問題の深刻さを感じている人はいったいそれだけいるのだろうという焦りというか恐怖みたいなものをずっと感じている。
やっぱり何かしないといけないな。…とまあ、こうやって自分で自分の首を絞めていくのだけどね。^^;
北朝鮮の飢餓も山が荒れてしまったことが大きく影響しているらしいが、事程左様に、治山治水というものに果たす森林の役割は本当に大きい。
小浜の山もどんどん荒れてきている。
林業衰退は植林地の間伐や枝払いの放棄につながり、「黒山」と言われる林床に日光の届かない森を作ってしまった。仕事で地表踏査をしていても、とにかく杉植林地は足元がぐずぐずで歩きにくかったものだ。
そんなところだから雨が降ればすぐに土砂が流出するし、表層崩壊も起こりやすい。平成16年の福井豪雨では杉植林地の崩壊が目立ったという。(ついでに間伐したまま斜面に放置されていた木が流出して橋にぶちあたって壊してしまった例も多々あるらしい)
さらに近年は鹿の食害が著しい。林床の草本類を片っ端から食べてしまい、真夏でも山の地肌が茶色く見えるという異様な光景を作ってしまった。
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| 7月の上根来の風景。以前は緑一色だったのに… |
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| 10月の相生の風景。林床に何もない。 |
ともかく、小浜の森は今危機に瀕している。林業衰退よりも鹿食害が一気に進んだのが大きい。唖然とするほど一気に森は荒れてしまった。
植生という点でも、失われてしまった種は数多いだろう。植物は生態系の基盤を成すから、こういった草本類に依存する昆虫類などは姿を消すことも考えられる。
そして治山治水という点では水害リスクのかつてない高まりとして現れるだろう。それでなくとも近年の局所的豪雨はハンパないのだ。
もちろんここまで食物を食い荒らしてしまえば鹿のほうもただではすむまい。増えすぎた個体数はまた減るだろうが、その前に山の草を食い尽くし、さらに畑を荒らしまわることになる。鹿だって餓死するのはいやだからね。
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| 去年の冬は雪が多かったのでかなり死んだらしいが… |
しかし山の草本類は誰も守ってはいない。そして地下水は枯れ、土砂は流れ出る。そういう方向にどんどん進んでいる。
私はこの問題に直接携わる立場にないので、焼け石に水にもならないとはわかっているけれど、鹿肉を食べるとか鹿牧場とか上根来プロジェクトとかに関わっている。「何か楽しいことやろう」よりも「何とかしないとやばい」という思いが原動力になっているのも確かだ。
この町で、この問題の深刻さを感じている人はいったいそれだけいるのだろうという焦りというか恐怖みたいなものをずっと感じている。
やっぱり何かしないといけないな。…とまあ、こうやって自分で自分の首を絞めていくのだけどね。^^;
2012年1月5日木曜日
どどっとタイトに
さあ、今日から新年始動!…なんて言いつつ、まあゆるゆるやっていったらいいかなと思っていた。
どうもそういう甘い考えを見透かされていたようで、なんだか一気にスケジュールがたてこんできた。まあこの時期は例年「二次試験合格法」の執筆のほうでバタバタするのだが、今年は「新しい公共」やらNPO方面の講師依頼やらも重なって、ちょっとタイトである。
セミナーツアー真っ盛りの時期ならこちらの体も頭もそれなりの状態になっているので十分対応できる程度の密度なのだが、年末年始で腑抜けたアタマには少々きつい。
そんな時だというのに、またぞろ変な虫が騒ぎだして、「二次試験合格法 出願・筆記試験編」の平成24年度版は、できる範囲で内容を変えようと思っている。
SUKIYAKI塾講師のアドバイスや合格者の経歴票・筆記答案事例をできるだけなくして解説を増やしたいと思っているのだ。時間がないのでかなりキツイのだが、できるだけがんばってみようと思う。
どうもしかし、タイトになってくればくるほど「こなし」はやりたくなくなっている天邪鬼には困ったものだ。昔からこれでずいぶん苦労している。まあ自分の性分で自分が苦労しているだけなんだけど。^^;
今日になってもまだ年賀状が来る。こちらから出した年賀状への返礼ではないので、どうやらテキも正月になってから年賀状を書いたらしい。何人かについては年賀状を印刷したけれど、郵便局に行くともはや年賀状ボックスはもうなくなっていた。
正月も終わったし、いよいよ本格始動だ!
…って、最初と同じことまた言ってるし。
どうもそういう甘い考えを見透かされていたようで、なんだか一気にスケジュールがたてこんできた。まあこの時期は例年「二次試験合格法」の執筆のほうでバタバタするのだが、今年は「新しい公共」やらNPO方面の講師依頼やらも重なって、ちょっとタイトである。
セミナーツアー真っ盛りの時期ならこちらの体も頭もそれなりの状態になっているので十分対応できる程度の密度なのだが、年末年始で腑抜けたアタマには少々きつい。
そんな時だというのに、またぞろ変な虫が騒ぎだして、「二次試験合格法 出願・筆記試験編」の平成24年度版は、できる範囲で内容を変えようと思っている。
SUKIYAKI塾講師のアドバイスや合格者の経歴票・筆記答案事例をできるだけなくして解説を増やしたいと思っているのだ。時間がないのでかなりキツイのだが、できるだけがんばってみようと思う。
どうもしかし、タイトになってくればくるほど「こなし」はやりたくなくなっている天邪鬼には困ったものだ。昔からこれでずいぶん苦労している。まあ自分の性分で自分が苦労しているだけなんだけど。^^;
今日になってもまだ年賀状が来る。こちらから出した年賀状への返礼ではないので、どうやらテキも正月になってから年賀状を書いたらしい。何人かについては年賀状を印刷したけれど、郵便局に行くともはや年賀状ボックスはもうなくなっていた。
正月も終わったし、いよいよ本格始動だ!
…って、最初と同じことまた言ってるし。
2012年1月4日水曜日
雪の中の秋芳洞
ホテルの朝食はよくあるバイキング…と思っていたら、キャナルシティのドーミーインは卵料理を焼いてくれるのだ。それだけでもちょっと得した気分になる。
私は一昨年、つまりセミナーツアーを始めて2年目だが、完全にホテルのバイキング式朝食に飽きてしまって食べられなくなったことがある。とにかくどのホテルに泊まっても同じ内容なんだもの。
ふわふわというよりどろどろのスクランブルエッグ、ベーコン、レタスなどのサラダ、ポテトサラダやマカロニサラダ、フライドポテト、具の極端に少ない味噌汁、そしてご飯。あとは漬物と納豆と。
悪くないじゃないかと思うかもしれない。私も最初はそう思った。だからホテルは朝食付きばかり予約した。ところが半年で完全に飽きた。だから今は素泊まり主体にしている。
9時の新幹線で博多駅を出発し、40分弱で新山口に到着。
なんと雪が激しく降っている。しかしめげることなくレンタカーを借りて秋芳洞・秋吉台へ。もう5年か6年前に一度家族旅行で行こうとしたが宿が取れずに断念したことがあった。今回はリベンジである。
初めて来たが、さすがの規模である。しかし鍾乳洞はいろいろと個性があって面白いのだ。
帰路、瑠璃光寺の五重塔へ。恥ずかしながらその存在をぜんぜん知らなかった。
この寺はとにかく気前がいいというか、拝観料は無料だし線香は安いし無人販売だし、今日びちょっと珍しいかもしれない。
新山口駅に戻って新幹線で岡山へ、乗り換えて京都へ、さらに特急に乗り換えて近江今津駅へ。ここからマイカーでようやく帰宅した。
セミナーツアーなどとはまったく違った時間の余裕の中での旅行、疲れたけれどいい思い出になった。
帰宅後、小腹がすいたのか娘がインスタントの沖縄そばを食べていると、それをつまみ食いした女房が
「沖縄そばってラーメンとどう違うん?」
と聞くので、
「それはインスタントやからそう思うだけで、本当の沖縄そば食べたらぜんぜん違うで」
と言ったら、
「沖縄行ってないからわからん。家族で私だけ」
と返されてしまった。うーむ、いずれは沖縄正月というのもアリか。^^;
私は一昨年、つまりセミナーツアーを始めて2年目だが、完全にホテルのバイキング式朝食に飽きてしまって食べられなくなったことがある。とにかくどのホテルに泊まっても同じ内容なんだもの。
ふわふわというよりどろどろのスクランブルエッグ、ベーコン、レタスなどのサラダ、ポテトサラダやマカロニサラダ、フライドポテト、具の極端に少ない味噌汁、そしてご飯。あとは漬物と納豆と。
悪くないじゃないかと思うかもしれない。私も最初はそう思った。だからホテルは朝食付きばかり予約した。ところが半年で完全に飽きた。だから今は素泊まり主体にしている。
9時の新幹線で博多駅を出発し、40分弱で新山口に到着。
なんと雪が激しく降っている。しかしめげることなくレンタカーを借りて秋芳洞・秋吉台へ。もう5年か6年前に一度家族旅行で行こうとしたが宿が取れずに断念したことがあった。今回はリベンジである。
初めて来たが、さすがの規模である。しかし鍾乳洞はいろいろと個性があって面白いのだ。
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| 雪の降りしきる入り口。 |
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| 流れ出る川の水が鮮やかに青い。 |
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| 水面に石灰岩が鏡のように映る。 |
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| 百枚皿。秋芳洞ならではの見飽きない光景だ。 |
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| 鍾乳石は沖縄の玉泉洞に比べれば貧弱。 |
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| 秋芳洞といえばこれ。黄金柱。 |
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| 黒谷支洞は鍾乳石が多い。 |
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| 土産物街。雪で人はまばら。 |
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| 産地不明の化石が多く売られている。 「中性」ジュラ紀って…^^; |
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| 秋吉台。雪の中だけに余計荒涼として見える。 |
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| 雪降る中の五重塔。思わずほうと声が出る光景。 |
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| 無料で見学できる。 |
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| 瑠璃光寺。拝観料無料。 |
新山口駅に戻って新幹線で岡山へ、乗り換えて京都へ、さらに特急に乗り換えて近江今津駅へ。ここからマイカーでようやく帰宅した。
セミナーツアーなどとはまったく違った時間の余裕の中での旅行、疲れたけれどいい思い出になった。
帰宅後、小腹がすいたのか娘がインスタントの沖縄そばを食べていると、それをつまみ食いした女房が
「沖縄そばってラーメンとどう違うん?」
と聞くので、
「それはインスタントやからそう思うだけで、本当の沖縄そば食べたらぜんぜん違うで」
と言ったら、
「沖縄行ってないからわからん。家族で私だけ」
と返されてしまった。うーむ、いずれは沖縄正月というのもアリか。^^;
2012年1月3日火曜日
もつ鍋とラーメンの1日
毎年恒例の正月家族旅行、今年は博多に来ている。といっても今回は息子は不参加で、女房と娘と3人である。まあこうやってだんだん子供は独立していくんだろうなあ。
今回は遠いので車ではなく新幹線で移動。夕方までぎに博多駅に到着。キャナルシティ近くのドーミーインに投宿した。
ショッピングのあと、博多らしいものを食べたいと女房が言うので天神へ移動して食事にした。
歩いてキャナルシティに帰る途中に警固神社という物々しい名前の神社があったのでお参りした。
100円のおみくじの横で1,000円のおみくじを売っていたので何かと見るとハワイ旅行の当たるおみくじであった。^o^
帰り道、やはり博多に来たらラーメンでしょうということで「一竜」でラーメンを食す。屋台でもよかったのだが、女房がネットで調べたところ「ボラれる店もある」とのことで屋台はやめようということになった。そういう店があると、今はネットがあるからあっというまにそういう評判がたつんだよね。
再びキャナルシティに戻り、女房は学校に、私は会社に、娘はサークルに、おみやげを大量に購入。ツアーじゃなくて旅行だからね。
ホテルに戻り、部屋に入ったら急に眠くなってそのまま爆睡。
10時半ごろに女房に起こされた。夜泣きそばを食おうというのだ。ドーミーインは夜11時前無料の夜泣きそばを食べさせてくれるのだが、なんだか鍋やラーメンだらけの1日であった。
目が覚めたので大浴場でゆっくりして就寝。うーむ、今年は3日になってもまだほとんど始動していないぞ。
今回は遠いので車ではなく新幹線で移動。夕方までぎに博多駅に到着。キャナルシティ近くのドーミーインに投宿した。
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| 博多駅前は薄曇り。 |
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| キャナルシティでは新春イベントで伝統芸能披露をしていた。 |
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| もつ鍋。ギョーザの皮を煮込んで食べるようだ。 これはこの店ならではのメニューかな? |
100円のおみくじの横で1,000円のおみくじを売っていたので何かと見るとハワイ旅行の当たるおみくじであった。^o^
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| 三越のビルの前に浮かび上がる警固神社。 都会ならではのなかなかにシュールな光景。 |
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| 細麺とんこつの博多ラーメン。 具はきくらげ、チャーシュー、シナチク、ネギ。 煮卵は別途追加オーダー。 |
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| ちょうど噴水ショーをやっていた。 |
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| 駅前通りのイルミネーション。 |
10時半ごろに女房に起こされた。夜泣きそばを食おうというのだ。ドーミーインは夜11時前無料の夜泣きそばを食べさせてくれるのだが、なんだか鍋やラーメンだらけの1日であった。
目が覚めたので大浴場でゆっくりして就寝。うーむ、今年は3日になってもまだほとんど始動していないぞ。
2012年1月2日月曜日
脱・年賀状
正月といえば頭が痛いのが年賀状である。
あれを作るのを楽しみにしている人も世の中にはきっといるのだろう。工夫を凝らしてデザインを考えて…なんてね。でも今はネットからいろんなデザインが手に入るから、デザイン力ではなく「素敵なデザインを探してくる力」みたいなものが必要になってきたようだ。「あぁ、ネットの素材集で見たなあ」というデザインの年賀状も来るし。
家族写真を使ったものも多い。こういう人は時間をかけてデザインしているのだろう。
いっぽう、お義理でとにかく作って出しているという人も多いだろう。というか、こちらのほうが圧倒的に多いのではあるまいか。
私も年賀状が億劫で仕方がない。
メールですませられるのではないかと思って、メアドが分かる人にはメールで送っておしまいにした年もあった。なのになぜかそういう人に対してもハガキの年賀状が復活した。不思議なことだなあ。
しかし一昨年からはなんとか減らそうと努力している。その努力とは何かというと、
「不義理になる」
ただこれだけである。
昨年からは年内には一切出さないようにしている。そして元旦以降に来た年賀状を、
①メールで年賀状を出す
②ハガキの年賀状を出す
③年賀状を出さない
の3つに分類している。
まず相手のメアドがわかれば①を選ぶ。付き合いの浅い深いは関係ない。申し訳ないけれどBcc配信である。そして①を選んだ人にはハガキは出さない。
SUKIYAKI塾の付き合いは全部これになる。SUKIYAKI塾は従来型の「社会人のお付き合い」とは異なると思っているので、むしろメール年賀のほうがしっくりくる。というか消息を伝え合わねばならない関係でもないと思っているから、メールであっても特に「年賀」など必要性を感じない。
学生時代の同級生もこちらが多い。
メアドがわからない人につては、②か③を選ぶ。
この人にはやはりきちんと挨拶しておきたいなあと思う人にはハガキの年賀状を出す。ネット素材そのまま流用の手抜き・お義理年賀状だが、こういう場合はフォーマルな挨拶になるので、それでも特に問題はないようだ。
そしてそれ以外は全部③を選ぶ。つまり年賀状の返礼を行わない。
不義理である。非礼である。そんなことはわかっている。
その「不義理」「非礼」が乗り越えられずに年賀状の枚数が毎年かさんでいたのである。ネットからとった素材に住所氏名だけをくわえたデザインで印刷したものに、お義理のように「お元気ですか」とだけ書いた年賀状のやりとりを長年続けてきたのである。
そこから思い切って飛び降りてみたのが昨年である。メアドがわからない人で、年賀状を出さなくても人間関係は壊れないだろうと思う人には思い切って全部非礼をしてみた。
そういう人からは今年は年賀状が来なくなった。(と思う。それでも出してくれている人もいるだろうが…)
でも、そうしたことで日常の付き合いがおかしくなったという覚えはない。(私が気づいていないだけで実は関係が悪化しているのかもしれないが…)
それをいいことに、今年はさらに非礼を重ねることにした。
結局、今年年賀状をくれた人への返礼は、次のようになった。
①メールで年賀状を出した…17人
②ハガキの年賀状を出した…20人
③年賀状を出さなかった…32人
もらった年賀状の数は70枚弱と、かつての1/3以下になった。
そして出したハガキの年賀状は20枚と、かつての実に1/10以下になった。
たいていの人は去年もらった年賀状をみて今年出すということをするから、来年はさらに激減が予想される。大変ありがたいことである。
こういうことを人に言うと、
「いいなー、うらやましいなー」
という反応と、
「それは人としてどうなの」
という反応のどちらかが返ってくる。このあたりも人それぞれである。(人それぞれなんだからいいじゃないかという意味もこめて)
年賀状があって初めて保たれる人間関係もあるのかもしれないが、それはきっと多くないと思うのだけれどね。
あれを作るのを楽しみにしている人も世の中にはきっといるのだろう。工夫を凝らしてデザインを考えて…なんてね。でも今はネットからいろんなデザインが手に入るから、デザイン力ではなく「素敵なデザインを探してくる力」みたいなものが必要になってきたようだ。「あぁ、ネットの素材集で見たなあ」というデザインの年賀状も来るし。
家族写真を使ったものも多い。こういう人は時間をかけてデザインしているのだろう。
いっぽう、お義理でとにかく作って出しているという人も多いだろう。というか、こちらのほうが圧倒的に多いのではあるまいか。
私も年賀状が億劫で仕方がない。
メールですませられるのではないかと思って、メアドが分かる人にはメールで送っておしまいにした年もあった。なのになぜかそういう人に対してもハガキの年賀状が復活した。不思議なことだなあ。
しかし一昨年からはなんとか減らそうと努力している。その努力とは何かというと、
「不義理になる」
ただこれだけである。
昨年からは年内には一切出さないようにしている。そして元旦以降に来た年賀状を、
①メールで年賀状を出す
②ハガキの年賀状を出す
③年賀状を出さない
の3つに分類している。
まず相手のメアドがわかれば①を選ぶ。付き合いの浅い深いは関係ない。申し訳ないけれどBcc配信である。そして①を選んだ人にはハガキは出さない。
SUKIYAKI塾の付き合いは全部これになる。SUKIYAKI塾は従来型の「社会人のお付き合い」とは異なると思っているので、むしろメール年賀のほうがしっくりくる。というか消息を伝え合わねばならない関係でもないと思っているから、メールであっても特に「年賀」など必要性を感じない。
学生時代の同級生もこちらが多い。
メアドがわからない人につては、②か③を選ぶ。
この人にはやはりきちんと挨拶しておきたいなあと思う人にはハガキの年賀状を出す。ネット素材そのまま流用の手抜き・お義理年賀状だが、こういう場合はフォーマルな挨拶になるので、それでも特に問題はないようだ。
そしてそれ以外は全部③を選ぶ。つまり年賀状の返礼を行わない。
不義理である。非礼である。そんなことはわかっている。
その「不義理」「非礼」が乗り越えられずに年賀状の枚数が毎年かさんでいたのである。ネットからとった素材に住所氏名だけをくわえたデザインで印刷したものに、お義理のように「お元気ですか」とだけ書いた年賀状のやりとりを長年続けてきたのである。
そこから思い切って飛び降りてみたのが昨年である。メアドがわからない人で、年賀状を出さなくても人間関係は壊れないだろうと思う人には思い切って全部非礼をしてみた。
そういう人からは今年は年賀状が来なくなった。(と思う。それでも出してくれている人もいるだろうが…)
でも、そうしたことで日常の付き合いがおかしくなったという覚えはない。(私が気づいていないだけで実は関係が悪化しているのかもしれないが…)
それをいいことに、今年はさらに非礼を重ねることにした。
結局、今年年賀状をくれた人への返礼は、次のようになった。
①メールで年賀状を出した…17人
②ハガキの年賀状を出した…20人
③年賀状を出さなかった…32人
もらった年賀状の数は70枚弱と、かつての1/3以下になった。
そして出したハガキの年賀状は20枚と、かつての実に1/10以下になった。
たいていの人は去年もらった年賀状をみて今年出すということをするから、来年はさらに激減が予想される。大変ありがたいことである。
こういうことを人に言うと、
「いいなー、うらやましいなー」
という反応と、
「それは人としてどうなの」
という反応のどちらかが返ってくる。このあたりも人それぞれである。(人それぞれなんだからいいじゃないかという意味もこめて)
年賀状があって初めて保たれる人間関係もあるのかもしれないが、それはきっと多くないと思うのだけれどね。
2012年1月1日日曜日
元旦はシンプルに
我が家の元旦は朝寝から始まる。だいたいこれ以上寝ていると女房が怒るだろうなというタイミングを見計らってみんな(私・息子・娘)は起きてくる。
我が家のお雑煮は丸餅を味噌で煮るだけ。具はなし。若狭地方のお雑煮はだいたいこれで、家によっては花鰹を散らしたり黒砂糖をのせたりするらしいが、我が家はシンプルに。
年賀状その他で午前中にちょっと出かける。幸いなことにおだやかな天気の正月だ。
親戚がやってきて、昼食は焼肉だの寿司だのでわーっとにぎやかに。正月用にとってあった泡盛古酒おもろを出していい気分で酔っ払い、その後もさしたる生産活動もせずのんびり過ごした。
今年もいろいろやりたいことがある。NPO、地域活動、SUKIYAKI塾。方向性はこれまでと変わらないけれど、やはり去年よりは一歩進みたい。
自分自身が転身して3年になり、そろそろペースがつかめて無理なくこなしていける…べきなのだろうけれど、いまだに「ころあい」というか「ほどほど」ができずにいる。「今年こそセミナーツアーはオフ日を入れてマイペースで」と思っていても、結局キツキツになっているんだよなあ。
それはまあ仕方ないにしても、今年はSUKIYAKI塾に力を入れたい。名古屋と四国では、できたら抗議だけでなく個別指導も含めたセミナーを開きたいなあ。
楽しい予定ばかりではなくて、いろいろとあると思うけれど、それでも1年を楽しみたいと思う。
我が家のお雑煮は丸餅を味噌で煮るだけ。具はなし。若狭地方のお雑煮はだいたいこれで、家によっては花鰹を散らしたり黒砂糖をのせたりするらしいが、我が家はシンプルに。
年賀状その他で午前中にちょっと出かける。幸いなことにおだやかな天気の正月だ。
親戚がやってきて、昼食は焼肉だの寿司だのでわーっとにぎやかに。正月用にとってあった泡盛古酒おもろを出していい気分で酔っ払い、その後もさしたる生産活動もせずのんびり過ごした。
今年もいろいろやりたいことがある。NPO、地域活動、SUKIYAKI塾。方向性はこれまでと変わらないけれど、やはり去年よりは一歩進みたい。
自分自身が転身して3年になり、そろそろペースがつかめて無理なくこなしていける…べきなのだろうけれど、いまだに「ころあい」というか「ほどほど」ができずにいる。「今年こそセミナーツアーはオフ日を入れてマイペースで」と思っていても、結局キツキツになっているんだよなあ。
それはまあ仕方ないにしても、今年はSUKIYAKI塾に力を入れたい。名古屋と四国では、できたら抗議だけでなく個別指導も含めたセミナーを開きたいなあ。
楽しい予定ばかりではなくて、いろいろとあると思うけれど、それでも1年を楽しみたいと思う。
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