2012年2月11日土曜日

姫路城ゆるゆる旅行

区の壮年会で旅行に来ている。昨年は尾道、一昨年は名古屋、その前は大阪だったのだが、今年は姫路である。雪の舞う中を出発。バスは京都府北部から兵庫県東部を南下して神戸の北あたりへ至り、そこから西、南と移動して姫路市へ。バカバカしくなるほどからりと晴れている。

姫路といったらなんといっても姫路城だが、平成の大改修に入っていて、素屋根が天守閣を覆ってビルのようにそびえたっている。

素屋根の中に見学施設があって、エネベーターで天守最上階のところまで上がれ、そこから改修の模様が見学できるようになっている。 上の写真は天守閣の屋根部分。

これは1層下の屋根。5年がかりの大改修だそうで、仮設も安全対策もものすごくしっかりしている。

小天守(だと思う)を見上げているうちに、石垣が特徴的なのに気が付いた。御影石(花崗岩)ではなく、大部分が凝灰岩なのだ。柔らかく加工しやすいかわりに強度はやや劣るし風化してオウド色になったりする。

石垣隅の算木積み部分は、特にしっかり加工して
隙間なくぴっちりと積んである。凝灰岩ならでは。

灰色の石は凝灰角礫岩。異質歴が入る。
その上の白っぽい石は溶結凝灰岩のようだ。

石の種類、大きさ、形状ともかなり雑多で
けっこう乱雑に積んである印象を受ける。
チャートも混じっている。

姫路城は白鷺城ともいわれるが、壁が白壁であることに加え、瓦の継ぎ目にしっくいを塗っているので全体にとにかく白いのだ。改修工事が終わったらまた白亜の天守閣が楽しめるはずだ。
もともとは戦争のために作られた建造物なのだけれど、そこにあったのは戦争の悲惨さや残酷さはもう感じられない世界文化遺産だった。

すぐ近くのホテルにチェックインしたあと、2時間弱ほどの自由時間があったのでまちをブラブラした。これといったものはなかったが、この無目的なブラブラ歩きがけっこう楽しいのですよ。

姫路のゆるキャラ。「しろまるひめ」。大福餅のような
まんまるのかわいい顔の上に姫路城が乗っている。

駐輪禁止の立札の横にスラリと駐輪。姫路市民やるな。

アーケード街をぶらぶら。

アーモンドトーストが名物だというので食べてみた。
まあまあうまいが、本当に「名物」なのか?
6時から懇親会。8時に終了し、少しまたブラブラしてホテルに戻り、風呂に入ってベッドの中にもぐりこみ、持ってきたリーダーで読書三昧。これもまた旅の贅沢なのだろう。

2012年2月10日金曜日

10年後なんて

3月末に刊行予定の「二次試験合格法 出願・筆記試験編 2012年度版」の校正がようやく終わった。ちょっと読むとすぐに目がショボショボしてくるのでなかなか進まずに困ってしまった。
なんというか体がすぐ反応するようになったというかこらえ性がなくなったというか、字を読み込めば目がショボショボするし、メシを食えば眠くなってくるし、やっぱりトシじゃのう。
男性の平均寿命は80歳弱、50歳男性の平均余命は31.51年らしいから51歳になったところの私は平均的には余命30年というところで、なんかそれよりずっと短い気はするけれど、それにしてもまだけっこうあるなあという気がする。

先日の協働コーディネーターの研修では、最初に自己紹介をしたのだが、ちょっと面白い形式だった。
  • 私の名前は
  • 20年前の私は
  • 10年前の私は
  • 5年前の私は
  • 現在の私は
  • 5年後の私は
  • 10年後の私は
  • 20年後の私は
  • だから私は
という内容で自己紹介するのである。
ちなみに私は20年前は仕事一筋、10年前はPTA活動に取り組み和太鼓馬鹿で、いろんな体験活動をやり始めたころ、5年前は「WACおばま」が始まって間もないころで経済的自立を意識し始めていたころだ。
過去についてはまあこういうことが書けるのだが、「5年後、10年後、20年後」のところを書こうと思ったら、5年後は具体的な目標があるものの、10年後になると一気に「なーんにも考えていない」状態になることがわかった。20年後なんて論外である。
そうかあ、オレのロードマップはせいぜい5年分しか作ってないんだあと苦笑いである。まあ、自分のカンというか感覚を信じて、そのつど起こるいろんなことに柔軟に対処していくのが私のスタイルだと思っているので、こんなもんなんだろうな。^^;

そういえば今年は2007年から5年、つまり団塊の世代が65歳になってくる年だ。
高齢者再雇用制度ができたし年金受給のこともあるから60歳ですぐ完全リタイヤした人はあまり多くはないのではないかと思うのだが、こういう人たちをターゲットにした商品がいろいろあるらしい。
「65歳だとまだ元気」
「バブルを謳歌し右肩上がりの時代を生きてきたので消費意欲が旺盛」
なんてことらしい。人数も多いから、ハードソフト様々な商品があるようだ。
特によく聞くのが「3爺(スリージー)」で、「イク爺」(育児に力を入れるじいさん)、「チャラ爺」(おしゃれに力を入れるチャラいじいさん)、「スタ爺」(勉強や習い事に力を入れるじいさん)のことらしい。なかなか笑える。
2007年問題が直前にせまった年、福井県は「団塊世代とNPOお見合い見本市」というイベントをやった。「このままだとリタイヤして自分の好きなことをやるだけの消費層になってしまうから、NPOに参加して力を使ってもらおう」みたいな狙いだったと思うのだが、NPOとかボランティアが根付く前の年齢層だから、そういう資質がある人はすでにやっているし、関心がない人は考えたこともないし考えようとも思わないということでターゲット層が完全に二極化していて効果がなかったという記憶がある。
なお今の若い人たちはまた違うらしい。中高年が知っていて若い世代が知らないものが好景気・右肩上がり・バブルで、逆に中高年が経験なく若い世代が身近に知っているものがボランティア・NPOだという。

まあそれはともかく、物販・サービス・観光など様々な産業が団塊世代を熱い目で見ているのは確かなようだ。その次の世代はあまりあてにならないそうで、そのころには中国人が主なターゲットになっているのだろうな。
それにしたって、これから65歳の坂を越えていく団塊世代が主たる消費層でいられる期間は10年もあるまい。5年もすればピークはすぎるだろうけれど、そのときに消費構造はどうなっているのだろうか。

なーんて考えていると、10年先までのロードマップなんてなあ…と思っちゃったりするのですよ。^o^;

2012年2月9日木曜日

あの手この手

朝起きたら、うっすらと雪化粧。積雪1~2cmってとこか。やはり雪雲の主力は北へ流れたようだ。

日中、雪は降らないどころか晴れ渡る時間も。どうですこの真っ青な空。雪とのコントラストがきれいでしょ。でも1時間も続かないんだけどね。

で、雨雲分布をみて納得。小浜のあたりだけぽこっと雪雲がないでしょう。偏西風が強くなるとこうなるのです。
偏西風が強くなる→シベリア寒気団から寒気が流れ込む→冬型というのが一般的なパターンなので、こういうときは雪雲が西から東に流れ、福井県の北部にはまともに雪雲がぶち当たるのだが、小浜あたりは丹後半島が壁になってくれるので雪雲が来にくくなるようなのだ。
ところが冬の終わりごろとか冬の入口あたりで偏西風があまり強くなかったりすると、北寄りの風になって若狭湾に雪雲がまともに押し寄せて小浜にドカ雪というパターンになる。そしてこういうときは雪雲が若狭湾からさらに名古屋方面に流れるので、米原とか関ヶ原あたりで雪がふるわけですね。

まあとにかく今回は小浜にとっては幸いなことに雪雲が流れてこなかったので、またもや除雪の鬼と化さなくてもいいようだ。
こういう積雪量が少ないときには、スコップよりこれのほうがずっと役に立つ。
製品名は「スノープッシャー」というのだが、まあつまりはスクレーパーみたいなもので、スコップのように「すくい取る」のではなく、雪をかき集めるもので、除雪機と同じようなことをするわけだ。
これをがーっと押していけば人が歩けるだけの道ができるので、スコップでわっせわっせと雪かきをしなくてすむ。だから柄も長い。しゃがんで雪かきをするのではなく、立ったまま押していくだけだからね。最近目にするようになった道具だが、なかなか便利だ。
ただし積雪量が少ないとき限定なので、多雪地帯では無用の長物かもしれんが。

このスノープッシャーを含め、我が家には3つの雪かき道具がある。
雪が少ないときにはスノープッシャーでざーっと除けて終わり。
多くなるとスコップだが、アルミ製の軽くて大きいスコップと、鉄製のスコップの2つを使い分ける。
アルミ製はとにかく雪をがばっとすくい取って、えいっと横に除ける。大きい分だけ進みも早いが、圧雪や雪氷になると歯が立たない。写真のアルミスコップもかなり先が丸くなってしまっている、
そういう時は鉄スコップでばりばりっと砕きとる。ドカ雪がきた直後はアルミスコップで、少し時間がたって雪が締まったり凍ったりしてきたら鉄スコップでガリガリ行くわけですね。

女房の実家にはさらにスノーダンプが活躍する。雪の量も多いし除雪面積も広いから、スコップではおっつかないのだ。一輪車の上部分だけみたいなやつだから一気にどさっと除雪できるけれど、スコップみたいに投げ捨てられないから捨て場をうまく確保しないとどうにもならない。
スノーダンプくらいになると雪の降らない地方には見たことがないという人も多いだろうね。まあこれも出てきたのは30年くらい前じゃなかったかと思うが。
雪の状況にあわせてあの手この手の除雪手段を使い分ける暮らしなのですよ。

2012年2月8日水曜日

寒い世界

インターバル数日でまた雪がやってきた。シベリア寒気団、やる気まんまんのようだ。なんか「団」っていうとワルイ集団的だね。空の上に集まって「ほーれほれほれ」なんて言いながら雪をまいていそうで。
ぶわーっと雪。現場作業は大変である。
その5分後には日がさす。めまぐるしく天気が変わる。
しかし結局雪は時々降るくらいで、夕方には晴れ間のほうが多くなった。結局ぐっと冷え込んだものの、雪はほとんど積もらなかった。
天気図を見て納得。等圧線が立っているでしょう。こういうときは西に偏った風が吹くので、若狭湾あたりが雪雲の南限になり、北陸には雪が降るけれど若狭湾を含む近畿北部には雪が降らないのです。
その分北のほうはおそらく豪雪で申し訳ないような気はするけれど、今回の冬型は小浜にとっては大過なくすぎそうで、ちょっとほっとしている。

しかしヨーロッパの寒波はものすごい。もともと高緯度地方だけれど、チェコでマイナス39.4度って…
で、ホームレスが次々に凍死しているらしい。そりゃそうだろうなあ。
椎名誠の「零下59度の旅」(集英社文庫)という本の中で、「影法師の町」と題した北東シベリアの訪問記があった。人間や動物の吐息、煮炊きの湯気、自動車の排気ガスなどが全部空中で凍ってしまうために発生する「居住霧」という濃い霧が冬中ずっと街を覆い、人々はこの霧の中を影法師のように動き回って、まるで幻の国の住人のように見えたというのである。
この本には写真がいっぱい載っているのだが、その中に濃い霧の中をぼんやりしたシルエットがいくつかうごめくモノクロの写真があったよなあと思って、本棚から本を引っ張り出してパラパラ探していたのだが、見つからなかった。どうやら「濃い霧の中を影法師が…」「幻の国の住人のように」といった言葉がすごく強烈に頭の中に入ってきて、それからイメージした情景があたかも写真が実際に掲載されていたかのような記憶を持ってしまっていたのだろう。「言葉のすごさ」をまた実感した。

しかし寒くなるたびに知床の冬の旅が思い出される。また行きてーな。あれ?前もこんなこと書いたか?
凍った網走湖でワカサギ釣りをしていた。

流氷の向こうに浮かぶ知床連山。

2012年2月7日火曜日

講演会に学ぶ

昨夜砕いてまき散らした雪やアイスバーンのカケラはきれいさっぱりとけてなくなっていた。本当に微妙なもので、同じ気温・時間の中でも、積み上げたままの雪はとけないが、まき散らした雪はとける。でもこのちょっとした違いを利用するかしないかで、次の寒波のときに雪かきする「持って行先」があるかないかが変わるのだ。

夜、まちづくりに関する講演会があった。昨年から取り組んでいる芝居小屋・旭座の話だ。
講師は若い大学の先生だ。小浜の人ってこの「大学の先生」という肩書にはからきし弱い。
そういう肩書を持った人が、我々がこれまで「こうだよね」「こうあるべきだよね」と言ってきたことと同じ方向のことを言ってくれるのは大変ありがたい。
今日のこの場に至るまでの紆余曲折を私は知らないのだけれど、登場人物というか関わってきた人たちとその思惑をなんとなく感じ取れるだけに、裏方・事務局として動いてきた諸氏に心から(いや、ホントに心から)敬意を表する次第である。
こうやってモノゴトが進んでいくんだなあと思った。社会的手続きといってもいい。
私はNPOというか市民活動の立場に立つ人間だから、肩書とか権力を持った人間の思惑とか利益誘導とか、そういうものとはある意味対極に立っているけれど、しかしそういうものを頑なに否定する必要もないとも思っている。

ともかく、いくつか具体的なアイデアももらったと思うし、有益な時間だった。
そうそう、自分も今度プレゼンするときは、言葉の強弱に気を付けて言葉が聞き取れない部分がないよう気を付けよう。^o^;
いやホント、講話・プレゼンなんてものは、選ぶ単語や言い回し・発音・イントネーション・アクセント・目線・表情・体の動きなど、そういったものの集合として聞き手に伝わっていくものなのだ。私もそのあたりのプレゼンスキルみたいなものに負うところが大きいから、日夜鍛錬しないといけないと改めて思った。その意味でも感謝である。

今回は完全な内輪ネタで、なんのことやらわからない人も多いと思います。申し訳ない。

2012年2月6日月曜日

つかの間の

フツーに起床し、フツーに朝食をとって身支度し、フツーに出勤。はいそこ、「えー?」とか言って笑わないように。
週末がいい天気で、なにより気温が上がったので雪が一気にとけた。そして今朝は雨。この雨でまた一段と雪がとけるだろう。
通勤途中の風景。もう道には圧雪がほとんど残っていない。除雪で両脇にうずたかく積もった雪もずいぶんかさが減ったように思う。
屋根の雪もずいぶん減って、屋根がみえてきた。南向きの屋根、黒い屋根がやっぱりはやくとけるようだ。
このまま春になってくれたらいいのになあ…と思うのだが、Yahooの週間天気予報をみると、
どうなのだろうか、この情け容赦ない天気予報は。夢も希望もないのだが。
ああそうだ、10日~11日と壮年会の旅行なんだった。雪の中行けるのだろうか。
行先は姫路だったなあ。姫路の週間天気はどうなってるんだろう。
どうなのだろうか、こののんきな天気予報は。我々のところとまるで違うのだが。
完全に雪ダルマとお日さまが入れ替わっているうえに最高気温も3度以上ちがうし。ーー;

…などと考えながら会社の駐車場でバックしていたら、除雪でできた雪山にケツをつっこんでしまった。
雪が降った翌日にたまたま休暇をとって会社に行っていないと自分の駐車スペースに雪を集められてしまい、自分の車の後ろだけ妙に高い雪山を抱えることになる。
そしてこの雪は締まっているのでなかなかとけず、その後ずっと雪山とつきあいながら冬を過ごすことになるのだ。くそぉっ。

帰宅してすぐに雪の始末。家の前に積み上げられた雪をほぐし、側溝のグレーチングやコンクリート蓋をあけて放り込んだり道路にまき散らしたりする。「道路にまき散らす」と聞いて「そんなことしちゃダメだろう」と思う人は雪と付き合う生活を送ってない人だ。よほど寒い地方では危険な行為になるかもしれないけれど、小浜あたり、いやおそらく北陸では、天気が回復してアスファルトが見えた日にそうすることが一番早く雪をとかす方法なのだ。まして今夜から雨になるから、それで全部とけてくれる。
どうにか雪の山が消えた。これをしないと、次の寒波がきたときに雪の持っていき場がなくなるのだ。

一息ついて夕食後、3月からのセミナーツアーの行程計画。もう飛行機は予約していかないといけないので、そのついでに電車も決めてホテルも決めていく。そしてひととおり決まったらツーリスト会社にまとめて注文する。今日は4月分が決まった。
なんとかオフ日もはさんで、かつ4月のうちから延々と小浜を離れることのないようにした。今年はオフ日が削られていきませんように。

2012年2月5日日曜日

コミュニティバスに乗って

鯖江駅前のホテルで目覚め、真ん前にある停留所からコミュニティバスに乗ってNPOセンターへ。
コミュニティバスのバス停

コミュニティバス「つつじバス」。なかなかきれい。
朝9時の便に乗客は私を入れて3人だった。
10分弱、2km弱の乗車で運賃は100円。数時間に1本というダイヤを除けば快適な公共交通だ。
NPOセンターでコミュニティバスの話をしたら、みんな「乗ったことがない」という。まあ車社会だからなあ。
そういえば小浜にも「あいあいバス」というコミュニティーバスがあるけれど、恥ずかしながら私もまだ乗ったことがない。人のことをとやかくいえない。小浜に戻ったら機会をみてぜひ乗ろうと決めた。

10時から4時までワークショップを中心に協働コーディネーター養成講座。もっと多くの人に受講してもらいたいなあと思う充実した内容だったし、NPOの面でもSUKIYAKI塾の面でも大いに参考になった。
終了後、今度は定刻通りの電車で小浜に戻ると、女房が両親を連れて待っていた。「濱の四季」がバイキングをやっているので夕食に行こうというわけである。
地元食材を地元の味付けで丁寧に作った料理はしみじみと素朴にうまい。居酒屋で一人しみじみ過ごす夕食も、NPOの皆さんとの夢が大きく広がるような楽しい夕食もいいけれど、家族と地元の料理をゆったり食べる夕食もまた格別だ。
これで2週間ほどは外泊の予定がない。少し腰を落ち着けて暮らそう。^o^;

2012年2月4日土曜日

晴れの日の雪は美しい

少し冬型が緩んだ中を「新しい公共」の研修会のため鯖江市へ。今日はJRも定刻通りの運行である。
無垢な雪が久々の晴れ間に真っ白に輝いている
棚田が雪に覆われるとなかなかに美しい

よく晴れた日に田圃を覆った雪が輝く柔らかな光景。実際は冷たくジャリジャリした雪だが、遠目にはふんわりと柔らかく見える。でもはやくなくなってほしいものだ。

敦賀駅で乗り換えて…と思っていたら、北陸と名古屋や大阪を結ぶ特急の運行が遅れており、そのあおりで鈍行も遅れが出ている。結局15分程度遅れて鯖江駅に到着。
乗るつもりだったコミュニティバスはもう出ていて、次の便は1時間後。歩くにも時間がもう間に合わず、さらに歩道は雪に埋もれている。
しかたないのでタクシー利用。ちょっと悔しい。
研修会はコーディネーター養成講座だが、やはり参考になることが多い。NPOとしてもそうだが、SUKIYAKI塾としても。
終了後懇親会、さらに二次会と流れて真夜中にホテルに戻り、なんとか風呂だけ入って、どたりと寝た。
ああ、今日は食べ物の写真を撮らなかったなあ。これもちょっと悔しい。

2012年2月3日金曜日

除雪する人たち

朝起きたら背筋方面と肩の筋肉方面がゴリゴリビシビシであった。翌日すぐに筋肉痛になるのは若いんだ!などと喜んでいる場合ではない。いやもうホントに痛いっす。
がしかし、そんなこと言っている場合でもない。昨夜からの新雪は5cmあまりで済んだが、昨夜の除雪は応急的なものだったので、もう少しきちんとしとかないと。自宅前庭で悪戦苦闘30分。
ようやく一段落して遅い朝食をとり、義父のクスリをもらいに病院へ。小浜市街地も歩道除雪にはぜんぜん手が回っていない。

国道沿いの「一番町」地区は商店が軒を連ねるが、みんな店先を中心に除雪するから、歩道が歩ける状態になっている。店先だけでなく駐車場のところや一般家庭のところもきっとみんなで除雪しているのだと思う。まとまりのいい地区だからね。
やや駅の方へ進むと「大手通り」になるが、ここでは空き店舗前などは除雪がされておらず、通行人は車道を歩いている。病院に近いあたりはお年寄りも多いから危ないなあと思っていたら、Aタイヤ店社長が手押しの除雪機で歩道除雪をしている。あの人のことだからボランティアでやっているんだろう。
そういえばさとるの父ちゃんも除雪機をフル回転させていると聞いたことがある。
こういう人たちが除雪活動の一部を支えていてくれて、それを前提に行政の除雪計画が策定されているといいんだろうなあ。もちろんそういう人たちに労務提供以上の負担を甘えるべきではないけれど。

小浜は昭和59年の「59豪雪」以来の28年ぶりの大雪だという。
私は新潟にいて修士論文のため冬は帰省しなかった(思えば人生ただ一度の一人の正月だった)からその記憶はないのだが、まあその程度の頻度ということで、30年確率の災害みたいなもんなんだから、行政の手が回らないのは仕方がない。除雪の機材も担い手も確実に当時よりは減っているだろうし。
でもきっと市役所には苦情がばんばん入っているだろう。
「公共サービスはお前らの仕事やろが。何のために税金払っとんねん」
というわけだ。やれやれである。

そういえばPTAをやっていたころ、そういった雪かきをみんなでやろうという話し合いになったことがある。でも雪がほとんど降らなかったので具体化しなかった。
あのときには「受益者負担」の考えもあったのだ。歩道除雪を必要とする人たちの代表は通学する子どもたちなので、まずその保護者が除雪すべきだろうという話ですね。それはそのとおりなのだけれど、そうすると今度は「じゃあ仕事を休んで除雪するのか」という話が出てくる。確かに就学児童生徒の親は働き盛りだし。すると、
①みんなむちゃくちゃ早起きして除雪する
②保護者のさらに親など時間のある人にお願いする
③誰か委託する
という選択肢がでてくる。
で、②は年寄りに無理だしかわいそうだし、①はイヤだし、そんなことなら③(お金で解決する)が一番楽だという発想になってくる。これって「その分お金を払うから休日をつぶして資源回収に出るのをカンベンしてくれ」というのと同じ面があるよね。
ところがそこで「保護者がお金を出し合って通学路の歩道除雪をする」という話には決してならない。なぜかというと、
「歩道の通行機能確保は道路管理者の責任」
「義務教育のための通学路の確保は行政の責任」
という話になるからだ。
それは間違ってはいないけれど、でもそれって、
「大雨でも被災しない治水機能の確保は河川管理者の責任」
「濡れずに安全に避難できる経路の確保は行政の責任」
というのと変わりないように思うんだけど。なんで100%行政かね。

「公共サービスは行政がやるもんであって、それの一部を市民がやるなんて行政の怠慢だ」というのは貧しい考えだなあと思う。
そりゃあ市民が橋を架けたりはできないけれど、歩道の除雪くらいはできるんだから、やれる範囲でやりゃあいいんだよね。それを公共サービスであれば箸を動かすのも行政がやらんといかん!みたいな貧しい考えが、いったいいつごろから広がってしまったのだろうか。
まあ、みんなの生活が各自各様になったから一斉に動きにくくなったし、除雪ってのは雪をどこかに捨てないと成り立たないから、そのあたりも含めてある程度以上の大雪になるともう市民だけでは無理になる。その一方で市民との間に大雪対策の段取りを組んでおくことも、これくらいの頻度の大雪に備えるのは難しいだろうから、混乱は仕方ないと思う。

だったらもう少し受容してもいいんじゃないかと思うわけですね。まあ大半の市民は受容していると思うけれど、中に貧しい心の人がいるんだろうね。
自分の家の前でも店先でもないところを無償で除雪なんかしていると、自己満足だとか売名だとか偽善だとか下心があるとか、とにかく何か貧しい理由をつけようとする人がいる。そうでないと理解できないのだろう。なぜならその人の心には自己満足でも売名でも偽善でも下心があるわけでもなく他人のために何かをするという心がないからね。私はそれが一番貧しいと思うけれど。

…そんなことを考えながら病院から出てきたら(時間かかるよねー)、もうA社長は除雪を終えていて、車道を歩く人はいなくなっていた。

午後からようやく出社し、夜、女房の実家の雪かきの続きに行った。
3ケタ国道とは思えないほど路面が荒れていて、ノロノロ運転でやたらと時間がかかってしまった。
帰り道、何やらこうこうと明かりが見えるので何かと思ったら除雪車だった。国交省も県も市も、そして除雪受託している業者も、交代でこれから夜っぴて除雪なんだろう。フル回転しているんだろうが、そもそもリソースが絶対的に不足しているのだ。
「だから何だ。結果がすべてだろう。結果が不十分だったら甘んじて批判は受けるべきだろう」
その通りなんですけどね。そういう面があるのは確かだし、やっている本人はそういう気持ちでやっていてほしいと思うんだけど、そういうことをバーンと叩きつけるのはやっぱり貧しい心、貧しい社会だと思うのですよ。

2012年2月2日木曜日

除雪の鬼

朝起きたら大雪である。ついに寒波は本気を出しのだ。


ホテルの窓から見下ろせば、福井駅は雪煙のむこうにかすんでいた。電車が遅れているとか見込みがないとかいうアナウンスがかすかに聞こえてくる。まじか。

とにもかくにも朝飯を食ってホテルを出る。駅前の歩道はアーケードなど関係なく雪にまみれて、人々はアーケードの下で傘をさしてバスを待っている。

それでも市内バスはしぶとく動いており、予定通りにバスがやってきた。乗り込んだのは2人だけ。
タイヤチェーンをつけているのでものすごい振動で、窓ガラスがばりばりいう。

ようやく講習会場に到着するも、平野のはずれの小高い丘の上にあるので、風景はもうとんでもない雪国だ。(バスに乗っていて「オレ、どこに連れていかれるんやろ」と不安だった)
午前中いっぱい何事かほざき、福井駅へ戻る。
北陸本線の特急は全部動いていない。そんな中、鈍行だけがしぶとく動いている。

ここは今庄駅。積雪は1mをゆううに越えているだろう。手前に写っているのはホームにうずたかく積もった雪。

ようやく敦賀に到着。さあ小浜線に乗り換えて…って、運転見合わせ中。はぁ?

とりあえず改札を一度出る。まわりにもボーゼンとするおじさんたちが大勢いて、改札の前で様子をうかがっている。
改札で聞くと、

「すいません。見込みは立っていません。代行バスももう全部出ました。すいません」
というのみ。
「え、じゃあどうしたら?」
「わかりません。すいません」
「…」
やけにきっぱりと「わかりません!」と言われてしまった。仕方がないので女房のTELして迎えに来てもらうことにした。いつもなら多少ゆっくり走っても1時間以上はかからない道のりだが、今日は2時間近くかかった。
さらに1時間半かけて帰宅し、すぐに着替えて女房の実家へ除雪に向かう。
小浜はもう笑ってしまうほどの雪で、20年ぶりか30年ぶりくらいじゃないだろうか。
ひざよりずっと上までの積雪。 軽自動車が玄関先まで入れるよう、スコップとスノーダンプで除雪を終えるのに1時間くらいかかった。
汗だくになったが、このイキオイがついた間に、と小浜駅の駐車場で雪に埋もれているわが愛車を掘り出しに向かう。車の窓のすぐ下まで雪に埋もれていたが、もはや除雪の鬼と化したわれわれ夫婦は一心不乱に除雪を続け、30分ほどで救出成功。

さらに帰宅して私の車(青空駐車)を入れるスペースや玄関までの通路を除雪。雪に埋もれた我が家の前庭はなにやら荘厳ですらある。

ようやく作業終了。まだ体がハイな状態にあるのか、寒い部屋の中でカッターシャツだけになりビール(もちろんプリン体カット^^;)をぐいとあおり、母が作ってくれていた稲荷ずしとイクラ軍艦巻き(寒い部屋に置いてあったのでよく冷えているんだこれが^^)をパクつく。
ようやくクールダウンしたので本を持って長風呂を楽しみ、心身ともにグダグダになった。
明日はきっと体が痛いぞ。^o^;

2012年2月1日水曜日

マイノリティな1日

朝ゆっくり起きて、10時過ぎにホテルを出た。今日はオフである。
福井駅前のバスターミナルから「運動公園行き」に乗って、「ショッピングセンター ベル」の次のバス停で下車。このあたりは数少ない家電量販店がある一帯なのである。
何かいいものでもないかなということもあるが、主目的はマイクロUSBケーブル購入である。何がバカといって、スマホ充電用のマイクロUSBケーブルを家に忘れて、ミニUSBケーブルを2本持ってきていたのである。
私は旅先でこういったサプライをいっぱい買っている。それもは持ってくるのを忘れたとか、いろんなものと一緒に自宅に送ってしまったとか、はてはホテルに忘れてきたとか、そういったバカな理由であることが少なくない。ああオレってオレって。
で、まあ「パソコンの館」という店でマイクロUSBケーブルなんと105円で買えてしまって気が抜けたのだが、そこから昼飯でも食おうとベルまで歩いたら、これがまた難行苦行であった。
なにせ歩道除雪がしてないものだから、車道を歩かざるを得ない。あるいはケモノ道みたいな圧雪を踏み固めた溝のような幅30cmほどの部分を歩かざるを得ない。時にはこのケモノ道すら突然途切れて、雪の中に足を突っ込みながら脱出した先人の足跡(の穴)に注意深く自分の足をはめ込んで何とか進む。横断歩道に続くケモノ道もないから、赤信号停車している車の間をすり抜けていく。もう完全に交通マイノリティである。
それどころか車道をよたよた歩いていると睨まれたりもする。こんな雪の中を歩いてんじゃねーよと言わんばかりだ。公共交通と徒歩で移動することがそんなに悪いことかとむかっときたが、考えてみれば小浜だって歩道除雪などお寒い限りだし、マーケットも駐車場の除雪はしても歩道は雪がてんこ盛りのままということも珍しくない。
歩道除雪にもリソースはかかるのだから、子どもたちの通学路以外は優先順位を落として、利用者が少なければ無理に除雪せずに…というのは仕方がないといえば仕方がないのかもしれないなあ。

なんとかベルにたどりつき、昼食を食べてコーヒーなど飲みながら合格答案実例集の編集などをゆっくりした。
帰りはバスではなく市電使って福井駅前に戻った。天気が晴れ間も出てきている。やれ嬉しやと「シアトルズ・ベスト」に移動。ここは通りからちょっと入ったところにあってアーケードもないから雪の日はなかなかいけないのだが、電源もあってゆっくりできる。
またもコーヒーを頼み、じっくり1時間ほど粘って編集の続き。
疲れてきた(というか飽きてきた)ので外へ。集中が途切れると店を変えて渡り歩くとトータルでは仕事が進むのだが、こんなことは小浜ではできない。(仕事ができる喫茶店が少なすぎる)
3軒目の喫茶店に入ってまたまたコーヒー1杯で粘りつつ編集。さすがに今度は目がしょぼしょぼしてきた。そろそろ今日のノマドワークは限界である。
再び外に出ると、いつのまにやら天気は急変し、雪がざあざあ降っている。強い風にあおられて雪がざあっと斜めから体に降り注いでくるのだ。
なんとかホテルに帰りつき、リーダーだけを懐に入れて「八兆屋」へ。もはやワンパターンの「一人居酒屋」である。
ふと今日あたりおつさんやUmさんを誘っちゃおうかなと思ったのだが、Umさんは多忙の極みだし、おつさんは最近ヘンな病気を持ち歩いているみたいなので(笑)やめておく。
…嘘ですよ。こんな雪の日に呼び出しちゃ悪いじゃないですか。^^

もはやデジャブのような光景だが、熱燗+ホタルイカの沖漬け+かぶら寿しという、何度も通って行きついた必殺メニューとリーダー。うーん至福だあーと2時間弱。
結局今日も一人で飲んでいるのは私くらいなもので、周りではわいわいと談笑する声。居酒屋でもマイノリティだが、こっちはむしろ心地よい。

気持ちよくホテルに戻り、熱いフロに入って今に至る。明日は8時過ぎのバスで移動しなければ。

2012年1月31日火曜日

3つの世界

またもや福井に来ている。今日は「新しい公共」じゃなくて警察協助員会の県役員会である。
今日からまた本格的な冬型で大雪と聞いて、ビビりながら電車で出発。

隣町の若狭町。白ーい世界です。

やや進むと雪がぶわーっと降り出した。
白くおぼろげに景色が浮かび上がる。

大鳥羽駅。若狭ではこのあたりが最も雪深い。

敦賀駅で北陸本線に乗り換え、北陸トンネルを越える。
南今庄というところだが、とにかく雪深い。

今庄駅付近。積雪1m以上だ。

福井駅に到着。思ったより雪は少ない。
ホテルに荷物を預けてのんびり歩く。雪で歩けない歩道が多いので、車道を歩くがアイスシャーベット状なので気を付けないと行きかう車に雪しぶきをかけられる。
圧雪に近くなった雪を踏みしめつつ歩く。

国際交流会館というところで一休み。ここは数年前に技術士全国大会の会場だったところだ。

喫茶コーナーに「ゆず茶」があったのでオーダー。これは「韓国の飲み物」として紹介されていた。ゆずマーマレードをお湯に溶かしたもので、つまりルノアールのゆずティーと変わりない。冬にはいい飲み物だなあと思う。
ゆずティーを飲みながらリーダーで少し読書。旅先でのこういうゆったり時間は、試験オフシーズンの今しかできないので貴重なのだ。

役員会のあとは新年会。協助員の役員さんたちは私よりずっと年輩の方が多いのだけれど、もう5年目のつきあいでもあり、気楽に楽しませていただきた。
これから小浜に帰ろうと思うとけっこうバタバタになるし深夜になってしまうので、いっそ泊まることにした。最初からそのつもりなんだけど。笑。

明後日はまたもや福井で講習会の講師なのだが、朝が早く、大雪も予想される中を早朝小浜から来るのはリスクが高いので、いっそ福井に前泊することにした。
ということで、
本日新年会
→そのまま宿泊
→明日は明後日に備えて前泊
→明後日の朝一番で講習会
というスケジュールになっているわけだが、明日小浜に帰ってまた出てくるのは無駄に過ぎるので、福井に連泊して、特に用事もないのにずっと居座ることになってしまった。
まあ「やるべきこと」はあるんですよ。合格答案実例集の編集とかね。でもまだあまり切迫してないので、あまり根を詰める気にもならなくってねえ…

今週はさらに、週末土曜日から日曜日にかけて鯖江に一泊して「新しい公共」である。
まったく家に居つかない困りものの親父なのだが、そしてにしても今日が警察協助員、明後日は会社として受けた講習会講師、週末はNPOと、今週はよりどりみどりである。

いろんなことに首を突っ込んでやっていると、日替わり的変化があって刺激もいいろいろと受ける。
仕事や家庭は誰にでもあるけれど、そのほかに社会活動の世界もある、「3つの世界」で生きていると、どれにも飽きることがなくて楽しいものだ。
会社と家庭だけ、というのは、それが一般論的によくないとかどうとかいうわけではないけれど、自分にとってはもはやありえない世界になっている。まして子供も大きくなって手をかける必要がなくなった今、「2つの世界」だけだったら家に帰ってから何をするというのだろうか。下手をすると部屋の中でパソコンにかじりついてネット三昧、となっていたかもしれない。そんな「3つ目の世界」は嫌だなあ。なんか正常な人間関係を作れないみたいで。ネットの中で交流が広がっていればまだいいけどね。…繰り返すが、あくまで「自分は耐えられない」と言っているだけなので誤解のないように。^o^

ところで、考えてみたらNPO(広義のNPO)にもいっぱいあって、WACおばまの世界と警察協助員の世界とSUKIYAKI塾の世界がある。(NPOじゃないけどAPEC-semiの世界はSUKIYAKI塾の世界と重なっている)
それぞれの世界でメンバーが入れ替わる。いろんな世界で袖すりあう人たちはいったい何人いるだろうか。そして出会いも常にある。今日もあった。これがまた楽しいのですね。