午後、女房が敦賀に行きたいと言い出したので、気晴らしついでに行くことにした。毎日気晴らししているなあ。^^;
敦賀ムゼウムで人権の勉強をしたあと赤レンガ館へ。横に懐かしの「急行わかさ」の車両が展示してあった。中高生時代に部活の大会で福井に行くときはもっぱらこれに乗ったなあ。2両しかなくて満員で、気分が悪くなって倒れたヤツがいたことを思い出す。これから大会だという往路で倒れるって。私の学生時代はこの急行わかさと「急行大社号」があった。名古屋~小浜~丹後~鳥取~松江~出雲大社を結ぶ急行で、小浜を正午ごろ出て夜7時半ごろ松江に着く列車だった。何度も乗ったが、ディーゼルだったので到着すると鼻の中が黒くなっていたものだった。
近くの金ヶ崎宮へ。ここは「花換祭り」といって桜の花を交換するか何かの祭りがヒットして、ずいぶん観光客が来るようになったらしい。だからってこんなにピンクピンクしなくても…とも思うのだが、まあそのあたりはあまり硬いことを言っていてもいけない。
金ヶ崎はいろんな時代に戦場になっている。一番近いのは「金ヶ崎の退き口(のきぐち)」だろうな。織田信長が朝倉氏を攻めようとしたときに、身内だったはずの浅井氏が裏切って挟み撃ちになって命からがら京都に逃げ帰ったという場所だ。いろんな大河ドラマでも山場みたいに取り上げられていた。
せっかく敦賀に来たからと、久々に中池見湿地に行ってみた。駐車場から尾根越えで、金ヶ崎の後だけにヒイヒイ言いながらやっと二次たセンターに到着…と思ったら、なんと閉館時間を過ぎていて、あと10分で越えてきた尾根の向こうの門も閉まるというタイミング。再びヒイヒイ言いながら戻った。
近くの金ヶ崎宮へ。ここは「花換祭り」といって桜の花を交換するか何かの祭りがヒットして、ずいぶん観光客が来るようになったらしい。だからってこんなにピンクピンクしなくても…とも思うのだが、まあそのあたりはあまり硬いことを言っていてもいけない。
金ヶ崎はいろんな時代に戦場になっている。一番近いのは「金ヶ崎の退き口(のきぐち)」だろうな。織田信長が朝倉氏を攻めようとしたときに、身内だったはずの浅井氏が裏切って挟み撃ちになって命からがら京都に逃げ帰ったという場所だ。いろんな大河ドラマでも山場みたいに取り上げられていた。
せっかく敦賀に来たからと、久々に中池見湿地に行ってみた。駐車場から尾根越えで、金ヶ崎の後だけにヒイヒイ言いながらやっと二次たセンターに到着…と思ったら、なんと閉館時間を過ぎていて、あと10分で越えてきた尾根の向こうの門も閉まるというタイミング。再びヒイヒイ言いながら戻った。
でもあまり変わっていないことは見て取れてホッとした。






0 件のコメント:
コメントを投稿