土曜日は奥武山公園で筆記セミナー。やや寝不足ながら体調はよい。
いつものようにハイウェイ食堂でゆし豆腐の朝食。飲んだ翌日はこれに限る。
今日もいよいよいい天気で、朝から暑い。どうだどうだ見たか見たかという以前にあっちぃ~。
午前中は私の講義で、この間に派遣講師の皆さんは首里城に行っていたそうな。
午後は個別講習で、講師陣のあいさつ。講師のほうが受講生より多い。さすがに毎年やっていると受講生がちょっとずつ減っているのだが、講師は増えていて、これはこれで嬉しい。
ゆうぱぱさんだけがSUKIYAKI塾の青いTシャツ。
マンツーマンだったり、2人がかりで1人を指導したり。受講生にはおおいに参考になると思うよ。
終了後、これも恒例になった豊見城でのビーチバーベキュー。でいごの会のメンバーはここではじめてSUKIYAKI塾Tシャツを着用。ってか、そのTシャツってこういう用途のためのものだったっけ?
汗をふきふき酒を飲み肉を食い、あちこちから来た人たちが歓談する素敵な時間。カチナノリさん、東京から沖縄赴任のヒロさんも奥様とご一緒に参加。
午後7時半でなお明るい浜辺。ここのサンセットは本当にキレイ。
しかし美しい海にはオソロシイ生き物がいるのだ。しかし「呼吸停止・心停止に陥った場合は、すぐに心肺蘇生法を開始すること」って…^^;
さんざん飲み食いし語らって満足感溢れる皆さん。この日はいつもここで解散なのだ。
ホテルではなく牧志のマックスバリュへ直行。カートを持っておみやげ購入開始である。
国際通りの華やかな中で買うのもいいけど、マーケットのほうが安く揃うのだ。
ホテルに戻り、2日分まとめて洗濯しつつ夜景を見下ろす。風呂に入ってまた一仕事。
とにかく毎回同じ行程なのだが、やはり楽しいのである。
2016年5月27日金曜日
前夜祭はいつものコース
朝9時のバスで伊丹空港へ、そこから飛行機で那覇へ。
いつもの旅程であるが、このバスが6月から大幅減便になるようで、もうあまり使えないなあと残念だ。不便になる→お客減る→減便→もっと不便になる→お客もっと減るという悪循環だなあ。
伊丹発那覇行きANA便は、何があったのかガラガラ。団体ツアーのキャンセルか?
いつものようにミニチュア日本列島(ただし大和碓が隆起して陸化。きっと領土問題の火種になっていることだろう)を眺めつつ、離陸時もPC叩きつつ沖縄へ。
時々窓の外に目をやると、島々が通り過ぎていく。
やがて沖縄本島にさしかかる。見えているのは羽地内海。
17時前、 那覇着。たくくがすでに到着していたゆめぱぱさんと迎えに来てくれた。ゆめたく&ゆめぱぱのドリームコンビである。
2人を待っている間に空港のA&Wでルートビアをジョッキ2杯。完全に馴染んだものの、血糖値が心配である。
梅雨時であるにもかかわらず、那覇はいい天気である。どうだどうだ見たか見たか。ぼうずさんの残念そうな顔が目に浮かぶ。
すぐさまいつもの「あっぱりしゃん」へ。集合時間になっても誰も来ていない。かまわずオリオンビールと黄金3品の島らっきょう・海ぶどう・スクガラス豆腐。クーラーをつけたばかりで部屋はむわっとしているが、この空気の中で飲むオリオンビールは最高。
やがて全員集合。今回の派遣講師は北海道からゆめぱぱさん、四国からカチナノリさん、東京からKMコバさん…なのだが、羽田空港で大韓航空機が燃えた事故で大幅遅れ。この時点でまだヒコーキの中。
いつものように溺れかけの品川庄司こと店長のライブ。
そしてカチャーシー。隣の席のカップルやグループも一緒に。
前夜祭にして早くもヒージャー突入。店の壁には何やらオヤシゲなメンバーの名前が。私だけでなくバイアさんや知床さんの名前も。
ヒージャーの刺身。これはいつもながらニオイもなく安全圏。
血イリチー。レバーの焼いたのだと思えば別に厳しくはない。
そして必殺必死の山羊汁なのだが、今夜は薄味でニオイも少なく、ひとりフーチバ(よもぎ)が気を吐いているみたいな、かなり拍子抜け的な一品であった。
ということもあって、ゆめぱぱさん楽勝で山羊汁制覇。余裕の表情である。
さらに余勢を駆ってルートビアも制覇。余裕の表情の向こうに「こんなの飲めないたずへいさんって…」という思いが見えるような…
こうしてSUKIYAKI塾北海道の中でのランク付けができていくのであろうか。
3時間遅れのヒコーキで着いたKMコバさんは、「じゃあ那覇空港からゆいレールに乗って、安里という駅で降りて」という悪魔の誘導に乗って、なんとヒージャーからの参加。
さすがにかわいそうでしょと思ったが、アフリカで鍛えただけのことはあり、楽勝でクリア。
さらに〆のそば。夜中にこのそばを食うと沖縄だぁ~という気持ちになる。
初日からかなり飛ばしたなあと思いつつ、いつものルートインに入り、なんとか少しだけ仕事をした。
いつもの旅程であるが、このバスが6月から大幅減便になるようで、もうあまり使えないなあと残念だ。不便になる→お客減る→減便→もっと不便になる→お客もっと減るという悪循環だなあ。
伊丹発那覇行きANA便は、何があったのかガラガラ。団体ツアーのキャンセルか?
いつものようにミニチュア日本列島(ただし大和碓が隆起して陸化。きっと領土問題の火種になっていることだろう)を眺めつつ、離陸時もPC叩きつつ沖縄へ。
時々窓の外に目をやると、島々が通り過ぎていく。
![]() |
| 奄美大島と加計呂麻島 |
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| 徳之島 |
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| 沖永良部島 |
![]() |
| 与論島 |
17時前、 那覇着。たくくがすでに到着していたゆめぱぱさんと迎えに来てくれた。ゆめたく&ゆめぱぱのドリームコンビである。
2人を待っている間に空港のA&Wでルートビアをジョッキ2杯。完全に馴染んだものの、血糖値が心配である。
梅雨時であるにもかかわらず、那覇はいい天気である。どうだどうだ見たか見たか。ぼうずさんの残念そうな顔が目に浮かぶ。
すぐさまいつもの「あっぱりしゃん」へ。集合時間になっても誰も来ていない。かまわずオリオンビールと黄金3品の島らっきょう・海ぶどう・スクガラス豆腐。クーラーをつけたばかりで部屋はむわっとしているが、この空気の中で飲むオリオンビールは最高。
やがて全員集合。今回の派遣講師は北海道からゆめぱぱさん、四国からカチナノリさん、東京からKMコバさん…なのだが、羽田空港で大韓航空機が燃えた事故で大幅遅れ。この時点でまだヒコーキの中。
いつものように溺れかけの品川庄司こと店長のライブ。
そしてカチャーシー。隣の席のカップルやグループも一緒に。
前夜祭にして早くもヒージャー突入。店の壁には何やらオヤシゲなメンバーの名前が。私だけでなくバイアさんや知床さんの名前も。
ヒージャーの刺身。これはいつもながらニオイもなく安全圏。
血イリチー。レバーの焼いたのだと思えば別に厳しくはない。
そして必殺必死の山羊汁なのだが、今夜は薄味でニオイも少なく、ひとりフーチバ(よもぎ)が気を吐いているみたいな、かなり拍子抜け的な一品であった。
ということもあって、ゆめぱぱさん楽勝で山羊汁制覇。余裕の表情である。
さらに余勢を駆ってルートビアも制覇。余裕の表情の向こうに「こんなの飲めないたずへいさんって…」という思いが見えるような…
こうしてSUKIYAKI塾北海道の中でのランク付けができていくのであろうか。
3時間遅れのヒコーキで着いたKMコバさんは、「じゃあ那覇空港からゆいレールに乗って、安里という駅で降りて」という悪魔の誘導に乗って、なんとヒージャーからの参加。
さすがにかわいそうでしょと思ったが、アフリカで鍛えただけのことはあり、楽勝でクリア。
さらに〆のそば。夜中にこのそばを食うと沖縄だぁ~という気持ちになる。
初日からかなり飛ばしたなあと思いつつ、いつものルートインに入り、なんとか少しだけ仕事をした。
2016年5月26日木曜日
たった一日の小浜ステイ
たった一日だけの小浜ステイなので、やることだらけ。
市役所にはあれこれ用事があって3回ほど行ったり来たりした。
特別支援学校の行事のお手伝いの打合せをして、夕方からは縁あって取締役を務める会社の会議と飲み会。
9時過ぎに帰宅して、まるでツアー先のようにコーヒーと風呂でしゃきんとして仕事。
さあ、明日からは沖縄だ。派遣講師も大勢いるので、セミナー以外の楽しみが多い。こういうツアーはやっぱりうきうきするね。
市役所にはあれこれ用事があって3回ほど行ったり来たりした。
特別支援学校の行事のお手伝いの打合せをして、夕方からは縁あって取締役を務める会社の会議と飲み会。
9時過ぎに帰宅して、まるでツアー先のようにコーヒーと風呂でしゃきんとして仕事。
さあ、明日からは沖縄だ。派遣講師も大勢いるので、セミナー以外の楽しみが多い。こういうツアーはやっぱりうきうきするね。
2016年5月25日水曜日
2016年5月24日火曜日
ほっと一息ブレンディ
名古屋に滞在。といってもホテルから講義先企業に直行して、終わったらほぼ直帰という、「旅」ではなく「出張」状態である。
夕方、一息入れようとホテル近くでコーヒーを飲みながら少し添削。同じ添削でもゆったり喫茶店でやる添削はもはや息抜きなのだ。
どこの喫茶店かって?そりゃあ、看板をよく見ればわかるでしょう。^o^
ここで1時間弱過ごし、さらにホテルに戻る道すがら、ほんの50m寄り道してカレー丼とかけそばのセットを食って晩飯とし、あとはホテルに引きこもって添削を鬼のようにこなし、大浴場に浸かって一息入れて、昨夜から取り組んでいたRCCMセミナーテキスト(来週の月曜日なのだ!)を仕上げて送り、またしてもほっと一息入れてこれを書いている。
このあと再び大浴場に行って再々度ほっと一息入れる予定だ。
やらないといけないことは山積みなのだが、だからこそこまめにほっと一息入れるのだ。
夕方、一息入れようとホテル近くでコーヒーを飲みながら少し添削。同じ添削でもゆったり喫茶店でやる添削はもはや息抜きなのだ。
どこの喫茶店かって?そりゃあ、看板をよく見ればわかるでしょう。^o^
ここで1時間弱過ごし、さらにホテルに戻る道すがら、ほんの50m寄り道してカレー丼とかけそばのセットを食って晩飯とし、あとはホテルに引きこもって添削を鬼のようにこなし、大浴場に浸かって一息入れて、昨夜から取り組んでいたRCCMセミナーテキスト(来週の月曜日なのだ!)を仕上げて送り、またしてもほっと一息入れてこれを書いている。
このあと再び大浴場に行って再々度ほっと一息入れる予定だ。
やらないといけないことは山積みなのだが、だからこそこまめにほっと一息入れるのだ。
2016年5月23日月曜日
ショーユそば征服
夜10時過ぎに寝てしまって、2時過ぎに目が覚めて、いかんいかんと仕事を30分ほどして、やっぱり眠いので寝て、今度は8時過ぎに目が覚めて、朝風呂に入って9時半ごろにチェックアウトした。結果的にそこそこ睡眠時間はとれた。
外に出てみるとフェーン現象かと思うような生暖かさ…いや、もっときっぱりと「暑さ」。半袖やTシャツで歩いている人もいっぱいいる。
うっすらと汗を掻きつつ東京駅へ歩く。途中、「よもだそば」で朝カレー。そしてとうとうやったぞショーユそば(かけそば)。正確には半分サイズのたぬきそばだったが、ついに東京ショーユそばを食ったのである。そば完食。でもおツユは無理です。ショーユ飲む習慣は持っていません。
征服感に充ち満ちて東京駅から名古屋へ。ずっと添削していたが、途中フツーに1時間ほど落ちていました。^^;
名古屋に到着して、さすがに暑いので半袖カッターシャツ購入。1着のカッターシャツを毎日洗濯して着続けていたもので(それも4月から同じのを着ていたもので)、とうとう襟のところがボロボロになってきていたので、ちょうどいいのだ。
名古屋のまちは30度超えの中でうめいているようだった。私もたいがい汗を掻いた。
夕方から、もう外には出ずホテルにこもって仕事をするんだ!とコンビニで買い込んで引きこもり開始。なぜかカップみそ煮込みうどんを買ってしまいました。もちろん名古屋だから八丁味噌だぎゃあ。でもこっちのほうが東京ショーユそばよりは食べやすいのはなぜだろう。
外に出てみるとフェーン現象かと思うような生暖かさ…いや、もっときっぱりと「暑さ」。半袖やTシャツで歩いている人もいっぱいいる。
うっすらと汗を掻きつつ東京駅へ歩く。途中、「よもだそば」で朝カレー。そしてとうとうやったぞショーユそば(かけそば)。正確には半分サイズのたぬきそばだったが、ついに東京ショーユそばを食ったのである。そば完食。でもおツユは無理です。ショーユ飲む習慣は持っていません。
征服感に充ち満ちて東京駅から名古屋へ。ずっと添削していたが、途中フツーに1時間ほど落ちていました。^^;
名古屋に到着して、さすがに暑いので半袖カッターシャツ購入。1着のカッターシャツを毎日洗濯して着続けていたもので(それも4月から同じのを着ていたもので)、とうとう襟のところがボロボロになってきていたので、ちょうどいいのだ。
名古屋のまちは30度超えの中でうめいているようだった。私もたいがい汗を掻いた。
夕方から、もう外には出ずホテルにこもって仕事をするんだ!とコンビニで買い込んで引きこもり開始。なぜかカップみそ煮込みうどんを買ってしまいました。もちろん名古屋だから八丁味噌だぎゃあ。でもこっちのほうが東京ショーユそばよりは食べやすいのはなぜだろう。
2016年5月22日日曜日
ガキはあずかったぜ
7時20分の新幹線で仙台から大宮へ。眠いよう。大宮から湘南新宿ラインで新宿へ。9時過ぎに到着し、セミナー会場近くのそば屋でもりそば一杯食べてSUKIYAKI塾東京セミナーへ。
午前中は一般部門。受講生は50人くらいはいただろうか。
2時間半講義して昼休み。どこに行くのかなと思ったら、朝飯を食ったそば屋ではないか。
よおしそれならそれで、今度はかけそばを食べよう、とうとう東京のショーユそばを食うのだと覚悟を決めて、天丼とかけそばのセットを頼んだら、もりそばが出てきた。うーむ、これはかけそばはアナタには無理ですよという天の配剤かと納得して食べたが、天丼のタレがショーユ色だったのは驚いた。とにかく東京は褐色文化だ。
午後は総監。2時間半の枠にみっちりと詰め込んで、過去問題解説まで持っていった。
終了後、すぐ近くの居酒屋で打ち上げ。つごう5時間しゃべりまくってからのビールがこの上なく美味い。
途中、モモさんがベビー連れで参加。ベビーをあやすバイアさんだが、「ふふふ、ガキはあずかったぜ」と言っている人さらいにもみえる。そういえば横にいるkanaさんもどことなくアヤシイ。
2時間半講義して昼休み。どこに行くのかなと思ったら、朝飯を食ったそば屋ではないか。
よおしそれならそれで、今度はかけそばを食べよう、とうとう東京のショーユそばを食うのだと覚悟を決めて、天丼とかけそばのセットを頼んだら、もりそばが出てきた。うーむ、これはかけそばはアナタには無理ですよという天の配剤かと納得して食べたが、天丼のタレがショーユ色だったのは驚いた。とにかく東京は褐色文化だ。
午後は総監。2時間半の枠にみっちりと詰め込んで、過去問題解説まで持っていった。
終了後、すぐ近くの居酒屋で打ち上げ。つごう5時間しゃべりまくってからのビールがこの上なく美味い。
途中、モモさんがベビー連れで参加。ベビーをあやすバイアさんだが、「ふふふ、ガキはあずかったぜ」と言っている人さらいにもみえる。そういえば横にいるkanaさんもどことなくアヤシイ。
わいわいと制限時間いっぱい歓談。5時にもならない時間からのスタートだったので、終了後神田まで移動してホテルにチェックインしてもまだ9時前だった。
洗濯しつつ風呂に入り,部屋で添削したりしていたのだが、10時半ごろにわかに睡魔が襲ってきてダウンした。ぐわっと眠くなったらすぐにぱたりとベッドに横になれるのってシアワセだよね。
2016年5月21日土曜日
俺はジャイアン様だ
SUKIYAKI塾東北セミナー。G7の真っ最中であることなど関係なく、午前建設部門、午後総監部門の講義各3時間。しかしやっぱり総監講義は疲れる。密度が濃すぎるんだなあ。
終了後、いつもの「舟山」で17時から懇親会。
蒸しホヤ。ちょっとまだ時期的に早いけれど、やはりこれがないと仙台に来た気がしない。
あれこれと持ち込みの酒を飲んでいると、秋田の雪室酒が出てきた。やっぱり銘柄まで作って売り出したいよなあ。
おっさがHNをジャイアンに改名。誰がどう見たってそうなんだから仕方がないだろう。名古屋の高見盛さん以来の「見た目でHN変更決定」事例となった。^o^
HNを「OK(沖縄の意)ピカチュウ」に変更することになった(?)NHさんはじめ、SUKIYAKI塾東北の素敵な仲間達。いやあ酔っ払ったなあと思いつつ外に出ると、まだ8時台だった。^o^;
終了後、いつもの「舟山」で17時から懇親会。
蒸しホヤ。ちょっとまだ時期的に早いけれど、やはりこれがないと仙台に来た気がしない。
あれこれと持ち込みの酒を飲んでいると、秋田の雪室酒が出てきた。やっぱり銘柄まで作って売り出したいよなあ。
おっさがHNをジャイアンに改名。誰がどう見たってそうなんだから仕方がないだろう。名古屋の高見盛さん以来の「見た目でHN変更決定」事例となった。^o^
HNを「OK(沖縄の意)ピカチュウ」に変更することになった(?)NHさんはじめ、SUKIYAKI塾東北の素敵な仲間達。いやあ酔っ払ったなあと思いつつ外に出ると、まだ8時台だった。^o^;
2016年5月20日金曜日
仙台孤食
朝イチに4回目の入浴をして大いに元を取った気分になり、山菜に玄米、味噌汁という朝食を食って、なんだか体の中がキレイになったような気分になって、ホテルからバス停に送ってもらい、周遊バスで駅まで行って、という面倒なルートで会津若松駅へ。
ここから高速バスで一気に仙台へ。これだまた自由席のみ、早い者勝ちというわけのわからない高速バスだったのだが、幸い平日のこととて乗客は少なく、リクライニングを思いっきり倒してシートに沈みながら添削しつつ仙台へ。
仙台駅ではなく広瀬通で降車して、アーケード街の中で昼食。「こわめし」つまり赤飯とそばという面白い組み合わせ。天かすを入れたそばを「花そば」というらしい。東日本だから必殺ショーユそばなのだが、東京のそばみたいにみりんをやたらと入れて変な味になったものではないから、まあ食える。慣れてきたかな?次は富士そばでかけそば挑戦してみようかな。
青葉通から地下鉄東西線で仙台へ移動。先頃開通したばかりの新線で、そういえばホームも車両も、さらに地下軌道の壁面部材も、全部まっさらピカピカだあ。
仙台駅に降りてエスカレーターをひとつ上がったとたんに使い込まれた年輪を感じさせる通路に出た。
まあともかく仙台は活気がある。金沢もそうだけれど、人が集まるところは活気がある。
だから仙台も金沢もホテルが取れない。今日は初めて泊まるホテルだが、ランドリーが1台しかないので苦労した。こうしてみると札幌で泊まったように自室に洗濯機があるホテルは、少々高くても泊まる価値があるなあ。
夕食は孤食。こういうときは一人居酒屋…ではなく、コンビニで一式買ってきて引きこもり。だって仕事が山積みなんだもん。
こういう時期にあえて孤食に浸ることで、手が空いてきたら一人居酒屋を楽しんでやるんだあ、それはいつかなあ、どこでかなあ、あそこであったらあの店だな、へへへ…なんてスケジュールを見ながら侘しさをかみしめるというセピア色の夜もまたいいものですよ。^^;
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| 会津若松駅。よもや「八重の桜」あたりで改築したのでは。 |
仙台駅ではなく広瀬通で降車して、アーケード街の中で昼食。「こわめし」つまり赤飯とそばという面白い組み合わせ。天かすを入れたそばを「花そば」というらしい。東日本だから必殺ショーユそばなのだが、東京のそばみたいにみりんをやたらと入れて変な味になったものではないから、まあ食える。慣れてきたかな?次は富士そばでかけそば挑戦してみようかな。
青葉通から地下鉄東西線で仙台へ移動。先頃開通したばかりの新線で、そういえばホームも車両も、さらに地下軌道の壁面部材も、全部まっさらピカピカだあ。
仙台駅に降りてエスカレーターをひとつ上がったとたんに使い込まれた年輪を感じさせる通路に出た。
まあともかく仙台は活気がある。金沢もそうだけれど、人が集まるところは活気がある。
だから仙台も金沢もホテルが取れない。今日は初めて泊まるホテルだが、ランドリーが1台しかないので苦労した。こうしてみると札幌で泊まったように自室に洗濯機があるホテルは、少々高くても泊まる価値があるなあ。
夕食は孤食。こういうときは一人居酒屋…ではなく、コンビニで一式買ってきて引きこもり。だって仕事が山積みなんだもん。
こういう時期にあえて孤食に浸ることで、手が空いてきたら一人居酒屋を楽しんでやるんだあ、それはいつかなあ、どこでかなあ、あそこであったらあの店だな、へへへ…なんてスケジュールを見ながら侘しさをかみしめるというセピア色の夜もまたいいものですよ。^^;
2016年5月19日木曜日
起き上がり小法師
今日と明日は移動日。前回の旭川から徳島までは中1日空いていたのだが、今度は水曜日徳島→土曜日仙台と、中2日空くので、今度は寄り道をすることにした。
徳島から仙台までの移動はさすがにJRではツライ。そこで空路にして、徳島から羽田へ、そこから会津若松に寄り道することにした。
初めての「徳島阿波おどり空港」は徳島駅からバスで30分ほど。「阿波おどり空港」だからといって別に浮かれて踊りまくっているわけではない。「米子鬼太郎空港」が別にアヤシイ妖怪空間ではなかったのと同じで、まあモニュメントとBGMくらいがちょっとその雰囲気だということで。
カードラウンジで少し仕事をして搭乗口へ。
11時前に離陸。いい天気である。海沿いにある空港なので、あっという間に海の上に出た。
1時間ちょっとで羽田空港に到着。モノレールで浜松町へ。そこから秋葉原やら上野やらに寄ろうかなとも思っていたのだが、面倒になってきたので、新幹線で郡山まで一気に移動することにした。
郡山で喜多方ラーメンの昼食。
ここではっきりと気づく。旭川ラーメンが「それなりに」しか美味く感じなかったのは、魚介ダシのラーメンは、この喜多方ラーメン系の味に慣れているからなのだ。同じ魚ダシ醤油ラーメンんだと、私には少なくともこちらのほうが魚ダシをしっかり感じられて美味く思える。うーむ、ラーメン道はけっこう深い。
磐越西線で会津若松へ。磐越東線と同じく、おそらく地元の人たちは高速バスを使っているのではないかと思うのだが、何の気なしにこちらを選んでしまった。発車時刻まで20分もあるのに、もうホームには電車が止まっていた。
案の定中は無人君。このあとパラパラと人が乗ってきて、結局最後に中学生や高校生がわっと乗ってきてそこそこ埋まった。小浜線と同じだなあ。
1時間ちょっとかけて会津若松駅に到着。
ここからホテルに行くには市内周遊バスで近くまで行って、さらにそこから電話して迎えに来てもらうという面倒くささ。そのうえ市内周遊バスは「周遊」なもんだから、あっちへ行ったりこっちへ来たりで、20分以上かけてようやく「会津武家屋敷」に到着。ここから宿に電話して迎えに来てもらった。
結局着いたのはもう6時前である。羽田から6時間かよ。
東山温泉といって、会津若松の市街地から東に入り込んだ谷の中にある。谷の奥の方を見るとホテルがひしめく。奥の方にダムがあるのかな?と思ったらそれもホテルだった。
久々の日本旅館部屋。こういう部屋に入ると気持ちが落ち着くというか、仕事なんかせずに温泉配ってゆっくりすべえという気分になる。実はそういう気分になって中休みを取るつもりだったのだが、貧乏性なんだなあ、添削が早めにノルマ到達したので、手を付けられずにいた別の仕事をシコシコやった。
一仕事終えて温泉に浸かり、夕食。湯葉や山菜、肉など。蕎麦粥や山菜の煮物なども美味かった。
浴衣の柄の説明がエレベーターに貼ってあった。「起き上がり小法師」であるという。恥ずかしながらずっと「起き上がりこぼし」だと思っていて、「何をこぼすんだろう」と思っていた。無知を恥じた。
会津といえば戊辰戦争、薩摩長州に凄惨な目に遭わされた会津は恨み骨髄、「薩長賊との婚姻などもってのほか」であったという。
気候風土が産んだのであろう我慢強さやくじけなさ、そういう会津の文化はどんなものであろうか。ゆっくり見て回りたいものだけれど、そこまでの時間はない。今日だっていつもよりははるかにのんびりしているけれど、それでも添削その他の仕事の手は休めていないのだから。そういった仕事がないときにのんびりきたいけど、おそらくそんなときがないものね。
まあせめて今日はできるだけゆっくりしようと風呂に3回入った。(そういうことじゃないだろうと思いつつ^^;)
徳島から仙台までの移動はさすがにJRではツライ。そこで空路にして、徳島から羽田へ、そこから会津若松に寄り道することにした。
初めての「徳島阿波おどり空港」は徳島駅からバスで30分ほど。「阿波おどり空港」だからといって別に浮かれて踊りまくっているわけではない。「米子鬼太郎空港」が別にアヤシイ妖怪空間ではなかったのと同じで、まあモニュメントとBGMくらいがちょっとその雰囲気だということで。
カードラウンジで少し仕事をして搭乗口へ。
11時前に離陸。いい天気である。海沿いにある空港なので、あっという間に海の上に出た。
![]() |
| 紀伊半島東岸と思われる。 |
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| 御前崎を通過した。 |
![]() |
| 伊豆半島の先端ですな。 |
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| 向こうに富士山が見える。 |
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| 伊豆大島が意外に小さく見える。三原山の新しい溶岩が黒々と広がる。 |
郡山で喜多方ラーメンの昼食。
ここではっきりと気づく。旭川ラーメンが「それなりに」しか美味く感じなかったのは、魚介ダシのラーメンは、この喜多方ラーメン系の味に慣れているからなのだ。同じ魚ダシ醤油ラーメンんだと、私には少なくともこちらのほうが魚ダシをしっかり感じられて美味く思える。うーむ、ラーメン道はけっこう深い。
磐越西線で会津若松へ。磐越東線と同じく、おそらく地元の人たちは高速バスを使っているのではないかと思うのだが、何の気なしにこちらを選んでしまった。発車時刻まで20分もあるのに、もうホームには電車が止まっていた。
案の定中は無人君。このあとパラパラと人が乗ってきて、結局最後に中学生や高校生がわっと乗ってきてそこそこ埋まった。小浜線と同じだなあ。
1時間ちょっとかけて会津若松駅に到着。
ここからホテルに行くには市内周遊バスで近くまで行って、さらにそこから電話して迎えに来てもらうという面倒くささ。そのうえ市内周遊バスは「周遊」なもんだから、あっちへ行ったりこっちへ来たりで、20分以上かけてようやく「会津武家屋敷」に到着。ここから宿に電話して迎えに来てもらった。
結局着いたのはもう6時前である。羽田から6時間かよ。
東山温泉といって、会津若松の市街地から東に入り込んだ谷の中にある。谷の奥の方を見るとホテルがひしめく。奥の方にダムがあるのかな?と思ったらそれもホテルだった。
久々の日本旅館部屋。こういう部屋に入ると気持ちが落ち着くというか、仕事なんかせずに温泉配ってゆっくりすべえという気分になる。実はそういう気分になって中休みを取るつもりだったのだが、貧乏性なんだなあ、添削が早めにノルマ到達したので、手を付けられずにいた別の仕事をシコシコやった。
一仕事終えて温泉に浸かり、夕食。湯葉や山菜、肉など。蕎麦粥や山菜の煮物なども美味かった。
浴衣の柄の説明がエレベーターに貼ってあった。「起き上がり小法師」であるという。恥ずかしながらずっと「起き上がりこぼし」だと思っていて、「何をこぼすんだろう」と思っていた。無知を恥じた。
会津といえば戊辰戦争、薩摩長州に凄惨な目に遭わされた会津は恨み骨髄、「薩長賊との婚姻などもってのほか」であったという。
気候風土が産んだのであろう我慢強さやくじけなさ、そういう会津の文化はどんなものであろうか。ゆっくり見て回りたいものだけれど、そこまでの時間はない。今日だっていつもよりははるかにのんびりしているけれど、それでも添削その他の仕事の手は休めていないのだから。そういった仕事がないときにのんびりきたいけど、おそらくそんなときがないものね。
まあせめて今日はできるだけゆっくりしようと風呂に3回入った。(そういうことじゃないだろうと思いつつ^^;)
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