2011年2月4日金曜日

自炊その後

リーダーでの電子読書もすっかりなれた感じだ。
自炊、つまり裁断してスキャンしPDFファイルを作り、リーダーの書籍格納フォルダにコピーすると電子書籍として読めるようになるのだが、これがうまくいくことがわかってきた。
字は小さめになるのだが、幸いにして我が老眼はまだあまり進行していないようで、あまり苦労なく読めるのである。ただ、薄暗いところでは読みづらいが。^^;
少しでも字を大きくするためには余白を切り落とせばいいことがわかったので、写真なし、白黒文章のみという文庫や新書を選んで自炊を進めている。


 コナン・ドイル「緋色の研究」。シャーロック・ホームズですね。
子供のころ読んだのだけれど、就職した年(えーと、今から26年近く前かな)に一時期マイブームになっていて、晴れたちょっと暑い日に、自宅のベランダに寝椅子を置いて上半身裸で寝転がり、文庫本のシャーロック・ホームズを読みふけるのを休日の楽しみのひとつとしていた。今思うとゼイタクなひと時だったように思う。
それからずいぶん年月が経ち、もうページが全体に黄色くなってしまっていたが、白黒モードでスキャンすると読みやすく、ファイルサイズもそこそこに抑えられる(それでも8MBほどあるけど)ことがわかった。

椎名誠「赤眼評論」。軽いエッセイだ。
一度読んだエッセイをわざわざカバンに入れて持ち出すことはしないし、自宅の物置の本棚などというのは「読む本の仮置き場」ではなく「保管庫」だから、ここに移されてしまったエッセイは、おそらく二度と読むことはないだろうとと思っていたのだけれど、こういう形にするとまた読むような気がする。
ノマドワークや旅先でのちょっとした息抜きタイムとか昼休みなどに、「どんな本読むかなあ・・・・」と本棚を眺め渡す感覚でサムネイルを見て、「ああ、こういう軽いエッセイでも読んでみっか」といったノリでちょこっと読んで時間を過ごすというのは「あり」だと思うのだ。
そういうときに初めて読む本だと、あまり斜め読みするのも気が引けるのだが、一度読んだエッセイだとぼんやり眺める感じで読めそうな気がする。

自炊のPDFファイルは電子書籍のXMDFなどに比べるとサイズが大きいのが玉に瑕だが、平均10MBとしても150冊くらいはリーダーに入る。
入りきらなくなっても、スキャンしたときにPDFはPCのハードディスクとEvernoteにダブルで残しているし、購入したXMDFファイルもリーダー用ソフトが自動的にPC内にも残してくれているので、リーダー側で本を消してもスペアがちゃんとあるし、たとえリーダーが壊れても大丈夫だ。
購入したXMDFファイルや自炊したPDFファイルをまとめてDVDにでも焼いておけばさらに安心だ。

まあそういうことで、本棚で眠っていた文庫本や新書を片っ端から自炊してリーダーに入れつつあるので、「スカスカの本棚を早く充足させないといけない」みたいな「追われる感覚」はなくなってきた。
買った本とか以前に買って一度読んだ本など、もろもろが100冊以上入っている、文庫本サイズで厚さ9ミリのリーダーという状況になったら、それはなかなかにいいものだ。
これでいよいよ「リーダーとポケットウィスキー持って旅に出る」だな。^o^

2011年2月3日木曜日

節分

今日は節分。
小浜では(我が家では?)豆、小判、恵方巻を食べる。

豆は年齢(数え年)の数だけ豆を数え、これを半紙に包んで体の悪いところやよくなってほしいところなどをなで回し、後ろにポイッと放り投げる。そしてそれを自分以外の人に拾ってもらうと願いがかなうという。我が家では年齢の数だけ豆を数えるのが面倒なので、10の位と1の位それぞれ別に数えて合計する。私は数え年51歳なので5個+1個=6個だ。
昔はただ豆を炒っただけであまりうまくはなかった(それでも噛んでいるとほんのり甘くなるので、豆まきのあと部屋のところどころに落ちている豆を拾って布団の中でポリポリやっていた)が、今ではいろいろな味がついている。今年のは小さく切った海苔がまぶしてあり美味しかった。

小判は、黄色の甘くないクッキーみたいな菓子で、小判の形をしている。マウスくらいの大きさだ(たとえが変!)。
たぶんお金がたまるみたいな願掛けなのだろう。子供のころは甘くておいしいと思っていた記憶があるが、今食べてみると甘みはほんのわずかだ。
市内の大原という地区のお菓子屋さんで買うのだが、節分はここの小判が人気のようだ。
この小判は、他の地方にはあまりないということを聞いたこともあるがどうなんだろう。

恵方巻きは巻寿司の棒状のままのもので、恵方(吉である方角)を向いて食べる。今年は「南南東少し右」らしい。えらい細かいなあ。
また、これはしゃべりながら食べてはご利益がないらしい。そんなこと初めて聞いたような気がするが・・・・

節分の食べ物は、たしか昔は豆と小判だけだったような記憶があるのだが、恵方巻きというのがいつの間にか加わった。
近年はなぜかそば(年越しそば?)も食べていたような気がする。
どうもいろんなところに商売屋さんのニオイがするのだが、今年はそばはやめた。

子供たちがまだ小さかったころは大騒ぎをして豆まきをしたが、子供たちが小浜を離れてしまって、最年少50歳・最年長79歳の大人たちだけになった節分は、あっけないほど淡々とあっさりと終わった。

2011年2月2日水曜日

久々のぬくもり

冬型が急速にゆるみ、いい天気になった。この季節、晴れた朝には放射冷却が起こるので川沿いの土手道は霧の中。
土手道から。雪に覆われた田んぼと向こうの山がかすむ。
気温も上がり、久々にセーターをぬいで仕事ができた。
福井市のほうは、屋根にどっさり積もった雪が落ちてくると危ないだろうな。雪下ろしをしていても足場の雪ごと落ちたり。こういうときによく事故が起こるようなので、注意してください。


夜、帰宅すると尾道で買ったバッグがようやく届いていた。大雪で配送が遅れたようだ。
またバッグ買ったのかって?そうです。また買ったのです。欲しかったんだもん。
尾道といえば尾道帆布が有名。いつもセミナーツアーで持っていくバッグと同じくらいのサイズで、布の感触がいい感じなのだ。まあこうなるともうコレクションに近いけど。
ツアーでこのバッグ持っているのを見かけたらぜひ話題にしてください。関西人らしく「なんぼやったと思う?」と言いますから。笑。

2011年2月1日火曜日

トンネルを越えると

朝、ニュースで確認するとJR小浜線は定常ダイヤ、北陸本線はラッセル車のトラブルでダイヤに乱れ、とのことで、少なくとも動いているようだ。

小浜駅に行くと9:58発の電車が9:40すぎに入ってきた。駅のホームで18分停車するのが通常ダイヤのローカルのんびり電車でごとごとと出発。

田んぼは一面の雪だが、小浜市内の積雪は10~20cm、深いところで30~40cmというところか。

となりの若狭町まで10kmちょっと来るとどっと増える。「屋根の雪下ろしのため」会社を休む人が多かったのもうなずける。

敦賀駅に到着。ホームは雪に埋まりかけている。ラッセル車が行きかい、あちこちで雪かき作業中。ホームの上にも雪が積もっている。
外へ出ればこんな光景。ほとんど積雪のない状態から一夜にしてこれだから大変だったろう。

福井へ向かう北陸本線は30分程度の遅れが出ている。私も電車を10分程度早いものに変更したのだが、それが30分遅れになったので結局差し引き20分遅れで出発。
北陸トンネルを越えると何が待っているのか少々怖い。

なんだかよくわからない。線路脇に除雪した雪がうずたかく積もっているので、窓の外がよく見えないのである。やがて視界が広がると・・・・



1mをゆうに越えているだろう。南越前町今庄では2m以上の積雪だったとか。25年ぶりの大雪である。
おそらく学生時代以来ではないかと思う、「窓の外には雪の壁しか見えない光景」を眺めつつ電車は進む。


福井駅前は雪に埋まっていた。これもほとんど一晩で積もったのだとか。
改札口の風景。いつもは改札に入っていく人と出てくる人の流れがあるのだが、今日は電光掲示板や遅れを知らせるボードを眺めて思案に暮れる人がおおぜい立ちすくむ光景だった。

今日の目的の木材利用研究会を終え、いったん駅に帰ったが、この時点で北陸本線は1時間から2時間の遅れ。このあと駅の近くで懇親会が予定されているのだが、下手をすると小浜まで帰れないかもしれない。

どうしようかと少し悩みましたね。
(1) 帰れるうちに帰る。
(2) 泊まる覚悟で飲む。帰れなくなったら、おつさんやUmさんを呼び出して付き合わせる。^o^

結局、帰れるうちに帰ることにして、懇親会をキャンセルさせてもらって(Kさん、申し訳ない!)帰路に着く。
幸いスムーズに乗り継いで小浜に帰着。いやあ、大変でした。
異常気象に伴う集中豪雨じゃないけど、集中積雪だったものなあ。
除雪といえば、近年は土建屋さんも自前の重機をもたないところが増えた(工事が出るとそのつど必要な重機をレンタルする)ので急な対応ができにくいし、また除雪の上手なオペレーターも減っているので急激な積雪には対応できなくなってきている。(除雪するそばから積もるのだが、それに対応しているとオペレーターが休むこともできない。だから交代要員がいるのだが、それが確保できるほどオペレーターがいない)
だから、土建屋さんが除雪を担う地域の道路(県道や市町村道)は除雪が追いつかない状況が顕著になりつつある。土木建設業界の斜陽化・縮小はこんなところに現れている。

まあともかく、ほとぼりが冷めるまでは北陸トンネルの向こうにはできるだけ行きたくないなあと思った1日だった。

2011年1月31日月曜日

福井大寒波

昨夜、「今度の寒波は北陸型のようだ」と甘いことを言っていたら、きっちり積雪。

底冷えの中で車が雪をかぶっていた。でも思ったより積雪はなく、10cmも積もっていない。5cmまでかな。
青空が見える天気だけれど、そのため放射冷却が起きていて、車庫の軒先につららが。
つららなんて10年ぶりくらいに見た。小浜市では最深部積雪量が60cmにも達し、これは21年ぶりらしい。この積雪量といいつららといい、とにかく「○○年ぶり」づくしの冬である。

午前中は雪が降ったりもしていたが、午後はいい天気になった。よく晴れた日の雪景色はきれいだ。

しかし今回の寒波は予想通り北陸型になっており、福井市のほうは電車は止まるわ道路は通れなくなるわ、大変なさわぎになっていた。福井市内では1メートルを超える積雪があり、これも20数年ぶりとのこと。
福井を通って金沢、富山と北陸方面に行くには電車(北陸本線)、道路(北陸高速、国道8号)があるのだが、これが全部ストップ。電車や車の中で夜を明かす人が続出し、除雪もままならず。
午後にはついに知事が自衛隊出動を要請した。自衛隊要請は平成18年豪雪以来5年ぶりとのこと。・・・・って、ほんの5年前にも要請してたのかよ!
まあとにかくそんな状況だから、福井をはじめとする北陸方面との物流は寸断。中日新聞を介して届けられる日経新聞はいつもどおりポストに入っていたが、福井から配送される福井新聞は届くはずもなし。結局夜になっても届かず。

そして恐るべきことだが、私は明日、福井市へ行く予定なのだ。電車で行くつもりで切符も買ってあるのだが、さあて、どうなることか・・・・|||(-_-;)||||||どよ~ん

2011年1月30日日曜日

おのみちぃ~

壮年会旅行は、尾道からしまなみ海道めぐりへ。


因島で村上水軍城というところへ行った。見ると山の上に城が。
尾道にも山の上に城が見えたが、「商工会議所会頭が建てた」とかいうインチキ城だった(その上、今は会社が倒産して閉鎖されているらしい)ので、「今度こそ」と期待してえっちらおっちら登ってみると鉄筋コンクリート製で、中は船の歴史展示館みたいになっていた。どうも今回は城に関しては「ホンモノ」に縁遠いようだ。
「古代の人々と船の起こり」から始まって船の埴輪レプリカなんかが展示されていて、そこから順を追って帆船、鉄の船、と進む。

そして「世界大戦への突入」とあって、戦艦大和の模型だなと思ってよく見たら宇宙戦艦ヤマトのプラモが飾ってあった。こういうノリは嫌いではない。^^

でもまあ、いろんなイベントもやっているみたいだし、ここはここでがんばっているのだなあと感じた。
こういう「観光地の仕掛け」を考える側に立ってみると、妙にシンパシーを感じてしまう。^^;

続いて生口島へ。ここは耕三寺で有名だが、「耕三寺博物館」のケバケバ門と1,200円という入館料にげんなりして「しおまち商店街」を抜け、国宝三重塔がある山へ。よく山に登る旅だ。

遊歩道があるようなのだが、登り口に「遊歩道を整備しているので迂回せよ」の看板が。
ところが平面図がそのまま貼ってあるだけで、現在地がどこなのか、迂回路はどれなのか、ぜんぜん示してない。さらに現地にも案内矢印などもないので、平面図を見て現地と照合できる人以外はどこへ行ったらいいか、さっぱりわからない。
さらに先に進んでわかったのだが、この「通行止め」は、整備済み区間以外は通っちゃだめよというだけのもので、未整備区間は擬木コンクリートと土からなる遊歩道で、少し侵食による凹凸があるものの、どこも痛んでいない。まあ案内看板から何から、尾道市役所の絵に描いたようなお役所仕事なのである。
うーん、おのみちぃ・・・・昨夜、土曜日の8時にすべてシャッターを下ろして無人になった商店街を歩いたときと同じ感覚を感じましたね。


そんな気持ちを払拭してくれる三重塔と瀬戸内海の風景。この美しく優しい気候風土の中で、人々はたくましくも信心深く生きてきたのだろう。
遊歩道を下っていくと、お地蔵様が並ぶ気持ちのいい小道であった。これを通行止めにする感覚がよくわからん。

バスに戻って、来島海峡を渡って愛媛県へ。今回は通過するだけだが、このルートで道後温泉へ家族旅行というのもいいかもしれない。
えひめみかんさんと来て以来の来島海峡SAより

久しぶりの「わたる」君
ここからはひたすら東進して瀬戸大橋を渡って帰路に着いた。
今回の旅行でわかったのだけれど、私は博物館などより、歩き回るのが好きなのだ。
仙台の青葉城でも松山城でも、また大分の豊後高田でも臼杵でもそうだったけれど、屋内展示を見るよりも外で街並みをキョロキョロ見たり緑と土のある道をゆっくり歩くのが好きなのだ。
そんなふうにして歩き回って、少し疲れたら喫茶店で美味しいコーヒーや紅茶を飲みながらネットをしたり本を読んだり、そして夜になったら盛岡で入ったような小さな飲み屋で地元の美味い食材を肴に地酒を飲んで、本などパラパラやって一人の時間を楽しむような旅が、きっと一番性にあっているのだ。(気の置けない仲間たちと飲み語らい時間を過ごすのも負けないくらい好きなのだが)
角瓶とリーダーとLooxU(かさばらないからね)をザックか布のショルダーバッグあたりに着替えといっしょに放り込んで、ほいっと2~3日旅に出るとしたらそういう旅なのだろうなと、「本当にそんなことしたらいよいよ放浪じゃないか」ということも少しだけ感じつつ、でも一度くらいはやってみたいなあと思った。

2011年1月29日土曜日

坂道に住む人たち

区の壮年会旅行で広島県の尾道に来ている。
平成10年か11年に尾道松江道の地質調査の仕事で訪れ、昨年は口頭試験ツアーの中でえひめみかんさんの車に乗せてもらってしまなみ海道を渡って以来だが、市内をうろついて泊まるのは初めてなので楽しみにしていた。

ここで鉄板焼きを食べました
レンコン、砂肝、カマボコが入るのが尾道スタイルとか
朝8時に出発してひたすら西へ、尾道に到着したのは午後1時をすぎていた。
昼食は鉄板焼き(お好み焼き)。NHK朝の連ドラで「てっぱん」をやっており、小浜もかつて同様に「ちりとてちん」で朝の連ドア舞台になった親近感から尾道を旅行先に選んだのだ。


まんまとつかまって、キンチョーしつつ答える壮年会メンバー^o^;
で、まあそのためかもしれないのだけれど、まんまとNHKが「尾道に鉄板焼きを食べにやってくる旅行者が増えた」ということで取材に来ていた。

ほうほうのていで逃げ出して尾道ロイヤルホテルにチェックイン。ここからは自由行動である。
私はやはり「まちなみ」が気になるし、観光客がどわっと増えた中でどのような工夫をしているのかが気になるところなので、「坂のまち」をうろうろしていた。

山門をくぐって先に行くと・・・・
道路と線路の向こうに本堂が・・・・
尾道の市街地は、海岸平野に細長く延びる「下町」と、道路・線路よりも山側に広がる坂道のまちに分かれているようだ。


お寺の横から山のほうに道が伸びる。車は通れない。

ところどころに井戸があって、手押しポンプとお地蔵様がある

とにかく狭い坂道

石段を上がっていく。息が弾む。

かなり急な坂道

趣のある玄関門

レストカフェらしい
猫をテーマに空き家を活用していろいろやっている人(グループ?)がいるらしい
坂を上りきったところにある千光寺。観光客が集まってくる所にある。

千光寺から尾道市外を望む。向こうにしまなみ海道が見える。

坂の途中にある趣のある民家。車はもちろん入ってこれない。
志賀直哉旧居。質素な平屋だ。
千光寺から降りていくと、とにかく急な狭い坂が続いていることが改めてわかる。
夕闇が迫って薄暗くなり、人通りが少なくなってくると、「レトロないい雰囲気」だった坂道はなんともうすらさみしいものに感じられてくる。

なんというか、とにかく「坂のあるまち」での生活は並大抵ではないようだ。
車は到底入ってこられず、毎日急な階段を何十mも上り下りしなければならない生活は、想像を超えている。宅急便の配達物を抱えてえっちらおっちら上っていく配達員の姿がテレビで流されているけれど、そこに住んで毎日坂道を上り下りして生活している人は本当に大変だなあと思う。

坂の一番上にある廃屋
こういう「どうにもこうにも利便化しようがない」まちだからこそいろんな「古いもの」が残り、それが今観光資源になっているのだろう。
観光って、「モノ」があるだけじゃなくて、それが観光資源となるような様々な条件~ストーリーとかタイミングとか観光客の変化とか~がうまくかみ合わないとダメなんだろうな~と新ためて実感する。

しかしそれにしても、このまちは市民生活と観光がうまくかみ合うことのむずかしさがきっとあるのだろうなと強く感じた。
この急な狭い坂道で暮らす人たちの大部分にとって、観光客が増えたということは、家の前を通り、時に覗き込んだり写真をとったりする人たちが増えたという以外のものではないのかもしれない。

志賀直哉旧居の横にある閉鎖された喫茶店「都わすれ」
観光客増加の恩恵を直接的に受け取る人たちと、観光客が主に訪れるところに住んでいる人たち(すなわち観光資源である『坂のあるまち』を守っている人たち)が必ずしも同じでないところに難しさがあるのだと思う。
これは小浜でも同じだと思う。
それなら観光客から直接的に「稼ぐ」ために家を改装して何かの店を始めるというのもひとつの手だろう。
でも、「NHK朝の連ドラ」という半年しか続かないコンテンツをベースにしていることによる「一過性のブーム」、平日の観光客の少なさなどを考えると、観光客が少なくなる→さびれる→さらに観光客が少なくなるという負のスパイラルに極めて短期間のうちに陥ってしまいそうな懸念があるから、そうそう踏み出すこともできないだろうと思う。

坂の下、線路の近くにある喫茶店。流行っていた。
なんだかいっぱい考えさせられつつ坂を降りた。
あまり時間がなかったから、とうてい全部回りきることはできなかったし、ゆっくり見学したかったなあと思うものもいくつかある。
でも、「じゃあリピーターになるか?もう一度この坂道を歩きに来るか?」と言われると、やはり来ないような気がする。
私は確かに旅が多いが、それはセミナーツアーと抱き合わせだからであって、観光目的での旅行はほとんどしないし、するとしてもまだ見ていない観光地に行くほうを優先するだろうから。尾道が車で2時間程度のところにあれば別だけど、5時間近くかかるからなあ。
・・・・そうなんだよなあ。「また来てもらう」ということは本当に大変なのだ。
だから「近くにいる人」が何度も来てもらうような工夫が絶対に必要なのだろう。

ホテルに戻り、夕食はおそらく古い旅館を改装したと思われる居酒屋で、美味い刺身や焼き味噌、鍋などを楽しんだ。食に関しては大満足だ。

食事が終わり、軽く酔ったので喫茶店にでも入って熱いコーヒーを飲みながらリーダーでも読もうかなと歩き出したのだが、驚くべきことにアーケードのある商店街が完全に全店閉まっている。まるで「みんな店を閉めるんだよ。抜け駆けはいけないよ」というルールでもあるかのようだ。土曜日の8時前なんだけど・・・・
散々歩き回って、居酒屋やラーメン屋以外まったく開いていないことがわかったので、コンビニでコーヒースティックを買ってホテルに戻り、サーバーで湯を沸かして紙コップでインスタントコーヒーを飲んだ。^o^;