リーダーでの電子読書もすっかりなれた感じだ。
自炊、つまり裁断してスキャンしPDFファイルを作り、リーダーの書籍格納フォルダにコピーすると電子書籍として読めるようになるのだが、これがうまくいくことがわかってきた。
字は小さめになるのだが、幸いにして我が老眼はまだあまり進行していないようで、あまり苦労なく読めるのである。ただ、薄暗いところでは読みづらいが。^^;
少しでも字を大きくするためには余白を切り落とせばいいことがわかったので、写真なし、白黒文章のみという文庫や新書を選んで自炊を進めている。
子供のころ読んだのだけれど、就職した年(えーと、今から26年近く前かな)に一時期マイブームになっていて、晴れたちょっと暑い日に、自宅のベランダに寝椅子を置いて上半身裸で寝転がり、文庫本のシャーロック・ホームズを読みふけるのを休日の楽しみのひとつとしていた。今思うとゼイタクなひと時だったように思う。
それからずいぶん年月が経ち、もうページが全体に黄色くなってしまっていたが、白黒モードでスキャンすると読みやすく、ファイルサイズもそこそこに抑えられる(それでも8MBほどあるけど)ことがわかった。
椎名誠「赤眼評論」。軽いエッセイだ。
一度読んだエッセイをわざわざカバンに入れて持ち出すことはしないし、自宅の物置の本棚などというのは「読む本の仮置き場」ではなく「保管庫」だから、ここに移されてしまったエッセイは、おそらく二度と読むことはないだろうとと思っていたのだけれど、こういう形にするとまた読むような気がする。
ノマドワークや旅先でのちょっとした息抜きタイムとか昼休みなどに、「どんな本読むかなあ・・・・」と本棚を眺め渡す感覚でサムネイルを見て、「ああ、こういう軽いエッセイでも読んでみっか」といったノリでちょこっと読んで時間を過ごすというのは「あり」だと思うのだ。
そういうときに初めて読む本だと、あまり斜め読みするのも気が引けるのだが、一度読んだエッセイだとぼんやり眺める感じで読めそうな気がする。
自炊のPDFファイルは電子書籍のXMDFなどに比べるとサイズが大きいのが玉に瑕だが、平均10MBとしても150冊くらいはリーダーに入る。
入りきらなくなっても、スキャンしたときにPDFはPCのハードディスクとEvernoteにダブルで残しているし、購入したXMDFファイルもリーダー用ソフトが自動的にPC内にも残してくれているので、リーダー側で本を消してもスペアがちゃんとあるし、たとえリーダーが壊れても大丈夫だ。
入りきらなくなっても、スキャンしたときにPDFはPCのハードディスクとEvernoteにダブルで残しているし、購入したXMDFファイルもリーダー用ソフトが自動的にPC内にも残してくれているので、リーダー側で本を消してもスペアがちゃんとあるし、たとえリーダーが壊れても大丈夫だ。
購入したXMDFファイルや自炊したPDFファイルをまとめてDVDにでも焼いておけばさらに安心だ。
まあそういうことで、本棚で眠っていた文庫本や新書を片っ端から自炊してリーダーに入れつつあるので、「スカスカの本棚を早く充足させないといけない」みたいな「追われる感覚」はなくなってきた。
買った本とか以前に買って一度読んだ本など、もろもろが100冊以上入っている、文庫本サイズで厚さ9ミリのリーダーという状況になったら、それはなかなかにいいものだ。
これでいよいよ「リーダーとポケットウィスキー持って旅に出る」だな。^o^




















































