2014年4月24日木曜日

福岡城に天守閣はあったか

朝起きたら9時を過ぎていてびっくりした。疲れが溜まっているかな?

ホテルの向かいの「やよい軒」でブランチを食べて、バスで福岡城へ行ってみた。せっかくのいい天気だし、同じノマドするのでも街中のコーヒーショップより広々としたベンチで…と思ったのだ。

行ってみると、実に気持ちのよさそうなお堀沿いの散策路があるじゃないか。でもとりあえず福岡城を目指す。

と、何やら工事をやっている。何かなと思って見ると、石垣補修をやっていた。

見学台があったので石垣施工の興味深い現場を見ることができた。やっぱり足を運んでナンボだなあ。
福岡城の手前に鴻臚館という建物の遺跡があって、発掘中だった。

鴻臚館は平安時代の唐や朝鮮半島からの使者を迎賓したり遣唐使が渡航準備をしたりする施設だったようで、飛鳥時代あたりから建て替えを繰り返してきたらしい。これが後に位置がわからなくなっていたのを、和歌の文句などから福岡城あたりと推定した学者があて、昭和62年に平和台球場の外野スタンド改修中に遺構が発見されたとのことだ。
つまりここは大和飛鳥時代から平安時代の遺跡の上に福岡城が乗っかった(ついでに平和台球場も)、実に多層的なところなのだ。

ちょうど平和台球場跡で鴻臚館第Ⅴ期発掘中。バックホウががんがん動いている。(いいのか?^^;)

フェンスには風にはためく幟がズラッと。福岡といえば黒田長政、NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」じゃないか。それでさっきから若い女性が多いんだな。

鴻臚館の展示場には建物遺構とともに復元建物も展示され、実に興味深い内容になっている。



福岡はやっぱり中国・朝鮮への玄関口だったのだ。相互の使者も行き来し、大宰府となり、元寇の前線となり、今ではPM2.5の最前線にもなっている。そういった「ここってそういう場所なんだ」は、やっぱり足を運んで自分の目で見てはじめて感じることなんだなあ。

続いて福岡城へ。おお、石垣がきれいだ。

打込接ぎでつるんとした壁面、隅石はきちんと算木積み。石材は花崗岩。うーん、教科書通りの石垣という感じだ。

さすがさすがと天守台まで上がると、あれれ?ほとんど野面積の凸凹壁面で隅石も算木積といえばいえるかな程度、さらには石材も頁岩らしき剥離性のものが混じり、それがタテに使ってあって割れていたり。どうも全般にやる気が感じられない。

右下の石材は頁岩をタテに積んでるから割れてるし…
そもそも何なんだこの勾配の緩さは。こんな勾配の上に天守閣なんて乗せたらアーチ効果も出ないし真ん中あたりではらんでしまうんじゃないか?福岡城は天守閣があったかどうかわからないらしいが、なかったんじゃないかなあと私は思った。
そういえば佐賀城も天守閣は焼けたかなにかしたあとはずっと再建しなかったらしい。日頃の生活も実務も本丸御殿でできるから、もう合戦がない時代には天守閣は合理的な建物ではなかったのだろう。同じ九州、福岡もそうだったのかもしれない。御殿はしっかりあったらしいし。

黒田官兵衛に浮かれている、もとい、盛り上がっている様子がそこここにうかがえる。

天守台に登る鋼製の階段。まさかこれも黒田官兵衛じゃあるまいな。しかし、ということはもともと天守台に登る階段なんかはない?じゃあやっぱり天守閣なんかないんじゃないのか。

城内は広々とした公園になっていて、気持ちの良いベンチがあちこちにある。
ちょっと散策してはこのベンチで添削。セミナーツアーだからね、やっぱりこっちが中心。でも気持ちが煮詰まったりすることがないので、これは最高のノマドだね。市街地でのノマドでは味わえない開放感だ。
夕方になったので市内に戻り、セミナー。今日はさすがにちょっとだけでも飲みたくなったのでホテルの近くの料理屋さんへ。

福岡の地酒、海素麺、タケノコ。春らしい肴でゆったり飲む。このひとときは大事だなあ。

ほたるいか、たらの芽、アスパラ、穴子の天ぷら。こごみもあったけど食べちゃいました。このあとヨモギ、タイの真子、ユキノシタなどもいただき、満足でした。

2 件のコメント:

  1. 献立が春ですね。
    長政は官兵衛の息子ですね。
    大河は岡田君なので、うちの女性陣(特に嫁)は毎週かぶりつきで見てます。w

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  2. やっぱそうなのか…こんな所には日ごろはぜーったい来ないだろうと思う人がうろうろしてましたもん。

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