2026年8月14日金曜日

ちょっとお疲れ

上根来に片付けに行ったついでに、ちょっと涼しいので草刈り。

与左衛門の周りはひととおり刈ってあるので、防火水槽の隣のダンドボロギクが密生していている部分を刈ることにした。去年からダンドボロギクを親の敵のように刈っている。

なんとか終了。ちょうどバッテリー切れにもなって、私もバッテリー切れ状態なので下山。涼しいと思っていたがなんのなんの、汗だくフラフラである。

午後は子どもたちが孫たちを川遊びに連れて行ってくれたので、ちょっとだけヒルネ。
…と思ったら3時間近くぐっすり寝てしまっていた。ふらふらと起きたら、鈴もキャットタワーでまどろんでいた。

2026年8月13日木曜日

迎え日はぱーてー

今日からお盆だ。例年13日の迎え日に親戚一同が集合して昼食と夕食を賑やかに過ごすのだが、今日も18人が集合。

夕方、お迎えに浜へ。わが家から300mほどで西向きの浜に出るので、そこでお迎えする。
そのまま帰宅して正信偈を唱えて食事。

花火なんかもして、楽器部屋で演奏を楽しんだりもして、9時すぎにお開き。
とりあえずテーブル類を片付けて前期高齢者夫婦は力尽きたのでありました。

2026年8月12日水曜日

なかなか時間がない

昨夜は小浜公園の駐車場に車を置いてタクシーで帰宅したので、最近運動不足気味なのもあるので、小浜公園に歩いて車を取りに行った。

台風の影響でちょっと小雨がぱらつく朝、人魚浜海岸は誰もおらず。雲が厚く垂れ込めていた。
歩いてくる間に添削2件。添削時間の確保が精一杯で、お盆までにと思っていたRCCMの補足動画がぜんぜん撮れていない。うーむ。

2026年8月11日火曜日

賑やかな日々

義母の満中陰。娘を敦賀まで迎えに行き、女房の妹一家も来て、夕方から自宅でお念仏。その後割烹で精進落とし。

まあとにかく一日中賑やかだったのだが、ふとニャンズはどうしているだろうと二階に上がったら、鈴がいつもこの上で寝ている涼感マットの下に潜り込んでいた。すまんなあ。あとちょっと我慢してくれよ。

2026年8月10日月曜日

ほぼじいじ作

孫2人のためにじいじはちょっとがんばった。

数年ぶりのペットボトルギター。油性ペンで色を塗り、浜で拾ってきた貝殻を貼り付けた。
そんなこんなの合間をぬって添削やら上根来の対応やらで、けっこう忙しいのだ。

2026年8月9日日曜日

海に行く日

孫たちを海に連れて行った。中高生のころは本当にしょっちゅう海に行っていたものだが、おとなになり小浜に帰ってきてからはほとんど行かなくなった。それでも子どもが小さい頃は時々行っていたが、ここ20年ほどは全く行っていなかった。
するとどうだ、泳ぎを覚えて入るのだけれど、俺ってこんなに下手だったか?というくらいになっている。体が浮かないし進まない。
ギターやピアノも下手になっているし、まったくもって日々の鍛錬がないと何でもダメになるんだなあと痛感した。

帰宅してやれやれ疲れたと思っていたら、夕方に浜に貝殻を拾いに行くといって、またじいじは連れ出された。曇り空でずいぶん暑さもやわらいで、昔の夏の気温くらいになっている。
さすがに疲れて、夜はことんと寝ましたとさ。

2026年8月8日土曜日

一気に賑やかに

遅くにゆっくり起きて旅の後始末をして、孫と遊んで、夕方から息子一家が帰ってくるのを迎えに敦賀へ。

こどもの国で遊んだりして時間をつぶし、息子一家を迎えて帰宅。
我々夫婦と孫の3人だったところに息子一家4人が加わり、一気に賑やかになった。
さあ今日からお盆の送り日の15日までは、どうやって自分の時間を作るかが大変になってくるのだ。

2026年8月7日金曜日

グダグダで帰宅

早朝徘徊するほどでもない時間に目覚め、ホテル朝食を食べて身支度。

昨日と同じ風景が、今日は抜けるような青空。今日も暑いんだろうな。
ありがたいことにホテルまで迎えに来ていただき、午前中が一次試験、午後がRCCMの講義。
16時に終了してすぐに倉吉駅へ。16時20分すぎ出発の「スーパーはくと」に乗車。

例によって例のごとく、飲み物とつまみを買って乗車し、出発するまでのわずかな時間のうちにビールは飲み干してしまった。
つまみだけを頼りにハイボールを飲みつつ大阪まで。大阪駅構内でうどんとお稲荷さんの夕食を食って、もはやぐったりしつつサンダーバードに乗った。これでもう終着・敦賀まで寝ていればよい。そして敦賀で小浜線の終電に乗り換えたら、これでもう終着・小浜まで寝ていればよい。
小浜着23時前。ぐったりして帰宅した私でした。

2026年8月6日木曜日

松江から倉吉へ

松江でRCCMセミナー。セミナーは午後なので、ギリギリまでホテルでデスクワーク。

昼食は割子そば定食。出雲そばは私が日本で一番好きなそばだ。とにかくそばの香りがぷんぷんして、それがツユと具にマッチして、とにかく美味い。ちなみに二番目に好きなのは越前そばと出石そばが甲乙つけがたい。

少しでも松江を歩きたいと思って駅からくにびき大橋を渡り始めたところですでに後悔。暑すぎるだろう。
セミナーを終えて松江駅から「スーパーおき」で倉吉へ。

これまではパープルタウンのホテルに泊まっていたが、駅前にルートインができたことを知って、迷わずホテルを変更。とにかく洗濯事情が全ての私にとって、浴衣でホテルの中を歩けてランドリーがしっかりしていることがわかっているホテルが文句なしに優先なのである。
部屋はちょうど北向きで、JR線路の向こうに、海につながる北側の市街地エリアが広がる。ここって、早朝散歩で1~2回行ったっきりだよね。
夕食をどうしようか迷ったが、結局駅のコンビニで酒と弁当を買ってお得意の部屋飲み。せっかくの大浴場も行かずに部屋風呂。でもこれはこれで気持ちいいのですよ。

2026年8月5日水曜日

シアワセな一日

疲れていたのか、8時のアラームまでぐっすり眠こけていた。
今日はオフ日である。松江でのセミナーが明日で、高知セミナーとの間に1日空くのだが、そこでいったん帰宅するのは不可能で、かといって高知と松江の間のどこに行く理由もなかったので、我が第二の故郷・松江であちこち行ってみようと思い立ったのである。
で、レンタカーを借りた。思い出せば、松江で自分で車に乗ってどこかに行くって、いったいいつ以来だろうか。

ノープランで走り出し、結局真っ先に行ったのは須々海海岸であった。大学1年生で最初の野外活動の場所。クリノメータを使って作図した場所。私の(おそらく多くの同級生の)地質屋としての原点。やはりここは見とれてしまう。

大根島を経て「ベタ踏み坂」へ。正面から見ると急勾配だけれど、別にベタ踏みしなくても登れるんだけどね。

境港市の「水木しげるロード」。写真にはあまり写っていないが、平日の暑いさなかにしてはかなりの人手。いろいろと手本になる。

境水道大橋を渡り、七類へ。ここから何度も隠岐に渡った。ずいぶんときれいなターミナルができていたが、ここもまた思い出の地なので、しばし佇む。

帰り道、隠岐が見えた。写真を拡大してよ~~~く見ないとわからないだろうけど。
またしばし佇んでしまう。

そして島根大学へ。我が理学部棟。真夜中に好きなように出入りして、若気の至りを繰り返していた大学は、令和の世になりものすごく行儀の良い空間に生まれ変わっていて、昭和の前期高齢者はちょっと身の置きどころがなかった。

そんな前期高齢者が4人集まって食事会。思い出話に花が咲く。そう、昔のことはよく覚えているのだ。生きているうちにもう一度同窓会をやるだわねと盛り上がりつつも、いったい何人覚えていることやら。
ともあれ、今日はシアワセな一日だった。

2026年8月4日火曜日

高知→松江と大移動

高知でRCCMセミナー。午前中が講義で午後は択一問題の演習。15時に終了して、すぐに高知駅へ。

昨日からずっと曇り空で、ときどきパラリと雨も振ったようだが、なんとか持ちこたえた。これは私の力の成すところであろう。
特急「南風」で岡山へ2時間半ほどの旅である。

そして岡山で特急「やくも」に乗り換えて、ここから3時間以上の旅。やくもはリニューアルされて、なんとも味のある車両になっていた。
30分ほど遅れて松江に到着したのはもう夜10時をはるかに過ぎていた。
ドーミーインにしてよかったと思いつつ、夜鳴きそばサービスで飢えをしのぎ、それでも洗濯だけは励行して眠りについた。

2026年8月3日月曜日

高知へ、ひろめへ

今日から7日までまたセミナー旅。今日は高知までの往路である。

いつものように、モンベルのランバーバッグとポーチだけで出発。

高知に来たらひろめ市場に行かねばなるまい。5時すぎにすでに満員状態。

今日はSUKIYAKI塾四国のカチナノリさん、Ryoさん、ぎばちゃんとYさん、Kさんと6人でにぎやかに飲んだ。5時前から一番乗りしていたフリーダムRyoである。

いい気分に飲んでホテルまでの帰り道、帯屋町アーケードでは、いくつものチームがよさこいの練習をしていた。毎年この時期に見るのだが、こういう熱量は大好きだ。

2026年8月2日日曜日

断水騒動決着

午前中、与左衛門の片付けに。ついでに草刈りでもと思ったのだが、暑すぎてギブ。

実は旱天が関係しているのかどうかはわからないが、上根来は水が出ないぞ事件が勃発していた。
  • 7月24日
    水が出ないと利用者から連絡。ちょうどセミナー旅に出たばかりだったので、助太郎から水を引いてもらった。
  • 7月25日
    助太郎からの水も短時間で切れてしまって、どうやら上根来全体が断水しているらしいことが判明。集落水源のタンクへの入水がチョロチョロ状態。しかし私は秋田へ移動したばかりで何もできず。
  • 7月26日
    百里会のみなさんが水源からタンクまでの間(といってもずいぶんな距離なのだが)で探索してくれて、破損箇所を特定して補修。これで水復活と安心していた。
  • 7月27日
    またも断水と与左衛門利用者から連絡。とりあえず助太郎の水道は復活しているので、そこから給水してしのいでもらう。
  • 7月29日
    与左衛門の片付け&FBC取材。タンクが満水であることを確認して、安心して帰宅。
  • 7月30日
    与左衛門利用者より断水の連絡。とりあえずまた助太郎からホースで給水してしのぐも、原因がわからず、百里会の会長さんと相談。水圧が消えたことで配管が壊れたのではないかと当たりをつけ、週明けに工事屋さんを連れて再配管の対応していただけるとのこと。ありがたい。
  • 8月1日
    週明けを待たずして「直ったよ」と会長さんから連絡。びっくりして聞いてみたら、配管内に泥が詰まっていただけらしい。流れがなくなって堆積したのだろうとのこと。そのように聞くとなるほどなあと思うのだが、やはり専門でもない者の浅知恵でああだろうこうだろうと言っていたに過ぎないのだなと勉強になった。
ということで、入水バルブ(茶色)のところがきれいに埋め戻してあった。
一件落着なのだが、セミナー旅に出ていたこともあるけれど、百里会のみなさんにおんぶにだっこで一緒に汗を流しさえせずに解決したことが非常に心苦しい。この御恩はこれから返させていただきます。

今日は女房と孫と3人で濱の湯へ。ちょうど夕日が綺麗だった。

2026年8月1日土曜日

今日も街頭パト

今日は夏祭りの花火大会。昨日に続いて街頭パトロール。私が警察協助員になったのは確か平成14年か15年くらいだから、もう四半世紀も「花火大会は街頭パトの時に見るもの」になっているのだなあ。

1回目の夜回りは18:30から。まだまだ明るい。川崎町の会場はごった返し、どんどん人が来る状態だった。とにかく蒸し暑くて汗だくである。

2回目の夜回りは8時から。すぐに花火が始まった。海岸通りに着いて少し歩いたころにフィナーレの連発に入り、今年は20分ぴったりで終了した。

川崎町から帰路につく車で大渋滞の中、会場はまだまだ人が多く、そんな中で問題行動も少しあったりして、さらに9時半から駅までパトもして今日は終了。
いやー、疲れた。とにかく帰宅して風呂に入り、チューハイを飲んで、今日はもう寝るのだ。