2017年3月25日土曜日

金沢日帰りツアー

金沢で土木学会の二次試験講習会講師を務めてきた。
7:44発の電車で出発。通学電車なので小浜線としては破格の4両編成だが、今日は土曜日なのでガラガラ。いつものように4人掛け席を独り占めして(別に独り占めするつもりはないのだが、まずもって誰も座ってこない)添削にいそしみつつ敦賀へ、さらにサンダーバードに乗り換えて金沢へ。

相変わらず金沢駅は大賑わい。新幹線開業からずいぶんたったが、観光客の入り込みは衰えていないようだ。近年まれに見るインフラ誘致成功例だろう。
吉野屋でいいかげんに昼食をかきこみ、喫茶店で少し添削したあと会場へ。
今日は出願と筆記試験対策セットで3時間の講義である。年度末のこの超多忙期なので聴講生はあまり多くはないが、それでも多忙な中を来てくれた、同じ北陸の技術者だと思うと力が入る。
16:30終了、金沢駅まで送ってもらったら、帰りの電車にはまだ1時間あった。

3時間しゃべってのども渇いているので、何はともあれビール。おでんをセットにして500円であります。

人心地ついて電車に乗り、夕焼け美しい金沢を後にした。少し添削もやっていたのだが、すぐに眠くなり、福井を過ぎるまでぐっすり寝ていた。
敦賀でまたもや1時間の待ち時間。夕飯にカレーを食べ、さらに懲りずに添削をしながら小浜へと帰った。
こういう日帰りツアーもいいものだ。

2017年3月24日金曜日

常識知らずですまぬ

久々にNPO活動はおやすみ。毎日肉体労働じゃ身が持たん。^^;
でまあ落ち着いて添削ができているのだが、毎年感じていることをひとつ。
私の受講生は20代から60代まで幅広いのだが、年齢差以上にすごい差だなあと思うのが日本語力、文章力である。
すらすらと流れるように読めてすいすいと内容が頭に入ってくる文章が書ける人もいれば、何を言いたいのか何度も読み直さないとわからず、それでも「きっとこんなことを言いたいのだろう」と推定するしかできない人もいる。
掛かり受けや「てにをは」などの国語の基本ができていない人も毎年数人いる。
そんな一部のスキもない完璧な日本語をあやつれと言っているわけではないのだが、やはり国語の基本ができていないと人間として(社会人として)下に見られると思う。技術力以前の問題だ。
そしてそれは一朝一夕では身につかないし治らない。知識は一夜漬けでも身につくが文章力はそうはいかない。
なので、そういう人には心を鬼にして、文章力がないことを直言し、試験に合格するだけでなく、今後の人生できちんとした社会人だと見られるためにはまず国語を学ぶことを勧める。

…などとエラソーなことを言っているが、国語にケチをつけるならオマエのマナーというか社会常識はどうなんだと言われそうなくらい、私もそのあたりはハズレ気味だろうという自覚はある。特に服装かな。いろいろな場での服装も、標準よりかなりカジュアルなほうに振れていて、私の中では許容範囲なのだが、そうは思ってなさそうな人も時々いて、目で私を叱っていたりする。その上ヒゲだし。
そのあたりに無頓着なのは、中身にこだわりたいと思っていることの裏返しなんだろうな。
そう思うと、中身以上に外見にこだわる人も確かにいるだろうと思うから、そういう人には怒られるよなあ、オレ。
人前で講義などするにもかかわらず背広じゃないわ、ネクタイは締めないわ、カッターシャツは真っ白じゃないわ、第1ボタンは止めないわ、冬は黒いタートルネックを平気で白いカッターシャツの下に着るわ、ズボンはチノパンの上に折り目もないわ、ベルトも靴も靴下も黒じゃないわ、髪の毛は分けてないしないわ、ヒゲだわ…うーん、こりゃあ怒られて当然か。^^;
…などと自覚しながら、明日もそういう格好で平気な顔して学会研修会で講義などぶちかます私なのでありました。

市長は背広ネクタイなのにオマエは何だ!という話だね。^^;

2017年3月23日木曜日

看板完成!

1月から加斗小学校の子ども達と取り組んできた看板の設置作業である。
バール・ツルハシ・ハンドオーガー・複式ショベルとまあ、知っている人が少ないだろう道具も使って(結局手掘りのCBR試験サンプリングに使う道具なんだけど)直径10cmくらい、深さ30cmの穴を掘り、看板フレームを立て込んで生コンを打ち込む。
竹を両側にX字に組んで生コンが固まるまでの支えとし、最後に看板をボルト止めして完成である。
夢中で作業していたら子ども達の作業中の写真を1枚も撮らなかった。ToT

看板は2枚あって、ぜんぜん違う切り口で書いてくれた。こちらは加斗の美しい海がテーマ。殺風景な回りの景色の中で赤・青・緑・黄色がふんだんに使われた手書き看板は目立つ。夏になったら緑の中でなお目立つだろう。

こちらはインパクトある目玉看板。夜にこの看板が車のヘッドライトに浮かび上がったらけっこうコワイと思う。左下のお人形キャラがまたコワイ。
ちなみにどちらの看板にも福井国体キャラの「はぴりゅう」が描かれていて、今日は着ぐるみも来てくれた。別に国体関連イベントではないんだけどね。
これらの看板は模造紙に描いた絵をスキャンしたものでデータは持っているので、同じものをいくつも作れるから、いずれ色あせたり壊れたりしたら、フレームさえ無事なら何度でも交換できるし、増設もできるのである。目玉看板を2つ並べて両目にすることもできるぞ。^o^
でもやっぱり子ども達と一緒にやるイベントは楽しいなあ。
この看板のフレームは近所で鉄工所をやっているよしまさが作ってくれた。
「なあ、こんなの作れるか?」
と突然頼んだことなのに、
「子どものことやから、材料費だけでええよ」
と言ってくれた。
小浜ってそういう人がいっぱいいる。自分自身ではNPO・ボランティアみたいなことをどんどんやっているわけではないけれど、何か頼むとさらりと協力してくれる。
年配者はよく「誰かがそういうことをやらんとな」と言う。みんながみんなそういうことをできるわけではないけれど、誰もやらないとまた世の中はうまくいかない。いろんな事情の中でたまたま「私、やれます」という人がやる。そしてそれを他の人は機会があれば応援する。自分から「応援するぞ」と申し出るわけではないけれど、声がかかれば可能な範囲で協力する。そういったことを肩肘張らずにさらりとやる。
素敵だなあと思う。

3/24福井新聞に掲載されました

2017年3月22日水曜日

天井まで届け

昨日に引き続き上根来。今日は雪室の雪山増設である。まだ雪が残っている一方で雪山がそれなりに融けているので、雪を追加しようということになった。

建屋の隙間に帯状に雪が残っている。1月には屋根から地面まで雪がつながっていて、この調子だとGWくらいまで雪が残るんじゃなかろうかと思っていたくらいだったのだが、本当に融けたなあ。

ペイローダで残っている雪を集めてバックホウで雪山に足していく。まったく機械の力とは恐ろしいもので、雪山は徐々に巨大化していったのでありました。

雪追加後の雪山。天端が右下がりになっているが、今朝は左側の柵の天端くらいが雪山の天端だったのである。このアングルからでは大した変化に見えないが、1m近く高くなっているだろう。

天井に取り付けられた電動クレーンが半ば埋まって、天井板に手が届くまでになった。ここまで高くなったのはさすがにはじめてだ。

モミガラを大量にあげて(この作業が一番しんどかった)、10m角の一番大きなブルーシートで覆って完成。ブルーシートの裏には全面にモミガラが入っている。
今日は途中でオバマアイザワちゃんに電話して弁当を買ってきてもらって、あげくそのまま作業を手伝ってもらうという人でなし的扱いをしてしまった。この御恩は決して忘れません。m(_ _)m
しかし雪室は年々大きくなっていくが、こちらは年々年をとる。特に今日はメンバーも少なく、体がガッタガタである。腕が痛いなど当たり前、腰がギシギシいう。握力も大幅ダウンである。座っていて立ち上がるときなど「ふんっ」と言わないと立ち上がれない。それも軽く「ふんっ」というのではない。「ふんぬっ!」という力のこもった叫びとともにでないと立ち上がれない。いてててて。
夜は風夢の読み聞かせ会リハーサルのお手伝い。心を込めて絵本を読む、その「母の優しさ」が、昼間のモミガラをぎっしり詰めたブルーシート袋を「ぐおおおお」と言いながら引っ張り上げる作業と好対照でなんだかボーゼンとしてしまった。^^;

2017年3月21日火曜日

舌ビリビリの世界

加斗小学校の看板立てのために大阪からその日のうちに帰ってきたのだが、雨で順延。ToT

それでもせっかく帰ってきたのだから午前中準備作業をして、午後はトチのアク抜き作業のお手伝いというか見学。雪はずいぶん融けたが、それでもお彼岸過ぎの光景とは思えない。

先週殻をむいたトチは一週間流水にさらしてあったのだが、今日はこれを4時間煮た。私はてっきり灰汁で煮ると思っていたのだが、水(お湯)で煮るのだという。意外だった。
七輪に豆炭で4時間ことことと煮た後、ザルにあけて粗熱を取る。

人肌くらいまで冷ましたら次工程へ。なんだかクリのようにも見える。この時点ではアクもほとんど取れて、味気ない感じ。

ここへ灰を入れる。灰は広葉樹の灰だが、「あまりきついとトチが溶けてなくなる」のだそうだ。

灰にお湯を足して攪拌。抵抗がなくなる程度のお湯を入れたらふたをして冷めないようにアノラックをかけて1~2時間放置。
ここで驚愕の変化が。ちょっとかじってみたら下がピリピリ、ビリビリする。なんじゃこれはと指で灰汁を触ってみると指先がヌルヌルになった。これは強アルカリ溶液なのでは?トチの渋み成分であるサポニンはアルカリに溶けると聞いたが、そのためか?
それにしても味気ないような状態だったものが強アルカリ溶液で舌ビリビリになるとは。トチもちの風味は灰の風味ではなかろうかと思うほどだ。
「灰汁がきついとトチが溶ける」って、そりゃあ溶けるでしょう。
いやあ、すごい食べ物だ。勉強になった。

2017年3月20日月曜日

大阪も元気いっぱいです

朝、ゆっくり起きて大阪へ。日本橋本町から東京駅まで、時々立ち止まっては添削しながら歩いて行った。

今日もいい天気である。しかし私が去ったあとはきっと天気は下り坂であろう。

ちょっと春霞気味の中、富士山がうっすら浮かんでいる。

新大阪駅到着。当然ながら皇蘭にごあいさつ。

大阪は薄曇りというか春霞というか、うすぼんやりした天気である。
今日はセミナーではなく講師講習会。大阪ならではの行事で、2時間弱しゃべった。
今年はパワポだよー。

終了後、懇親会。東京に負けず劣らず活気に満ちたSUKIYAKI塾大阪です。

明日の朝から行事があるので、根性で小浜まで帰ることにした。3連休最終日のこととて新大阪駅は混雑しており、北陸方面サンダーバードも指定席は満席だ。

敦賀で小浜線の最終電車に乗り換え。1両だけの最終電車が誰もいないホームにぽつんと止まっていた。

2017年3月19日日曜日

SUKIYAKI塾東京大集合

女房は小浜に帰り、私はSUKIYAKI塾東京の出願セミナーである。会場は昨夜の懇親会場から50mも離れていないルノアール会議室。昨夜と同じ道をてくてく歩いて会場へ。

午前中一般部門、午後は総監の講義。今年最初の本格講義である。

昼食は恒例よもだそばのインドカレー&たぬきそば。インドカレーは相変わらずうまいのだが、なんと暖かいそばを食えた。ついに東京のショーユそばに慣れてきたか、オレ!

午後、私が総監講義をしている間、一般部門のほうでは合格者による交流会(パネルディスカッションみたいなもの?)。これは出願講座のときのSUKIYAKI塾東京ならではのものだ。

終了後、合格者30名も出席しての総勢50名以上の大懇親会。開始時刻はなんと4時過ぎ、会場はなんとPRONT。喫茶店だと思っていたら夜は飲めるのである。
自己紹介あり、パワポを使ってのプレゼンあり、なにやらアヤシゲな動画もあったらしく…

いやあ、壮観である。合格者の中には毎年講師に入ってくれる人もいて、どんどんパワーアップしていくのである。なんでも10人以上が講師になってくれるそうな。これもラガーマン大明神様の偉大さを示すものである。

さらにkanaさん行きつけの店で二次会。この後ちゃんと帰れたかどうか心配な状況の人も現れる中、まだ9時にもなっていない時間に二次会も終了。^o^;
ラガーマンさんと私は年寄りなので帰宅する中、どうも三次会まで突入していった模様。
私はホテルまでまたてくてく歩いて帰り、風呂に入ったものの眠くて眠くてダメで、添削結果送信や受け付け事務などをやる前にちょっとだけ寝ようと思ったら、そのまま本格的に眠ってしまいましたとさ。

2017年3月18日土曜日

ゆったりオフ日

3連休初日だがオフ日である。ゆっくり起きて朝風呂に添削などもして、遅い午前にホテル(日本橋本町)を出て秋葉原へ。遅い朝食は、いつものように(笑)富士そば。

いい天気である。3連休で人出も多い。ラジオデパートでコード類等を購入。PC関係ではなく、NPOのほうの音響用である。

秋葉原のルノアールで2時間以上粘りながら添削。毎日飲むし、明日と明後日は昼間も講義があるので今のうちに進めておかねば。
さらにホテルに戻ってからは合格答案実例集をがんばって編集し、なんとか建設部門一式をアップした。目がショボショボだあ。

夜は八重洲で会食。娘と娘のだんな、そして両家の親兄弟での懇親会である。娘夫婦がデザートを出してくれた。
飲み会ではないので、2時間ほどでおとなしく終了。女房と日本橋本町のホテルまでゆっくり歩いて帰った。

2017年3月17日金曜日

明日だ明日

10時前の電車で東京へ。添削がしがしやりつつ小浜線で敦賀へ。

敦賀駅では裏手を工事中。確かここに新幹線駅ができるのではなかったかな。
遠くの山はまだ雪がどっさりだ。

特急しらさぎで添削がしがしやりつつ米原へ。伊吹山も上の方が真っ白である。

米原から新幹線で添削がしがしやりつつ東京へ。富士山は雲の中にあった。
品川下車、企業セミナー。終了後、昭和の臭いあふれる居酒屋にて懇親会。楽しい時間をありがとうございました。
二次会を終えてホテルに着いたらもう0時15分前であった。風呂もパスしてとにかく寝た。やるべきことはまだまだあるが、明日だ明日。

2017年3月16日木曜日

ひねもすのたりのたりかな

加斗小学校の6年生が作ってくれた看板の設置が21日に決まったのだが、私は明日から20日いっぱいまで不在となる。
実は20日に大阪で痛飲して泊まり、21日にゆっくり帰ってこようと思っていたのだが、上根来でのトチのアク抜きが21日になったので朝イチで帰ることにした。
ところがさらに看板設置がかぶってきたため、トチは泣く泣くあきらめ、さらに朝から作業しないと間に合わないので、20日の夜、飲んだあと根性で帰宅することにしたのである。帰宅ったって大阪から小浜だよ。ToT

それはともかく、今日は看板にアルミ枠を接着した。手書き感満載、子どもでなきゃこういう絵は書けないよねという素敵な看板だ。
紙に書いたものをスキャンしてプリントアウト→アルミ複合板貼り付け→UVラミネートなので、もし看板が破損したり色あせたりすれば、またプリントアウトからの行程を繰り返せば看板が復活するというのもいいね。

ついでに設置場所に下見に行った。地盤は盛土なので思ったより礫が多く21日は苦労しそうだ。
でもそんなことよりも、春の海がきれいで、ぼんやり時間を過ごしたいと思った。もちろんそんな時間はぜんぜんない。
時間貧乏な私は、この後もバタバタと過ごした。時間を無駄にしない、とは言えるのだろうけど、時間を持て余さんばかりにゆっくりと海を眺めていられたら、それはきっとものすごくリッチなことなのだろうなと思った。

2017年3月15日水曜日

天空の綿雪

3月も半ばをすぎ、いよいよ年度末である。今日はNPOの支払いに走り回っていたが、なんだかよくわからない天気で、暖かかったり時雨れたり。

時折時雨れる中、昼過ぎに上根来に上がった。助太郎のキーボックスの鍵がおかしくなったので取り替えに行ったのだが、小学校手前から路面に雪が積もっていてびっくり。下界は雨でも上根来は雪なのだ。

助太郎の前は真新しい、人も車も何の跡もつけていない新雪。獣の足跡もないから、これは今日積もったばかりの雪なのだ。うーむ、さすがは上根来。

3月のうちにやっておかねばならないことをリストアップするとげんなりする。毎年2月中にはやっておこうと思っていることが3月に先送りされていて、工程管理がうまくできない自分にまたげんなりする。進歩がないなあ。

2017年3月14日火曜日

パワポへの挑戦

今年から講義にパワポを取り入れることにした。
私はけっこうパワポに凝るタイプで、アニメーションや写真、図表を積極的に使っていて、まあ悪くないと自負しているのだが、どうだろうか。
NPOの私を知っている人たちは、パワポを積極的に使っているという印象があるかもしれないが、技術士セミナーのほうは「今どきパワポを使わず、紙のテキストとホワイトボードだけで講義する人」と受け取られているのではないかと思う。
内容というか話し方が違うのでこうなっている。パワポを使うときはプレゼンである。テキストとホワイトボードは講義である。時間もぜんぜん違っていて、前者は下手をすると10分もなく、長くても2時間まで。後者は短くとも1時間、長いと3時間だ。
パワポはビジュアルに訴えかけるからわかりやすさは大したものだ。
でもホワイトボードのような自由度はない。ホワイトボードは線の1つ1つが今まさに自分の伝えたいこととマッチしている。自分でしゃべりながら自分で書いているので当たり前だが。そしてその時の気分や雰囲気、流れで自由に変えていける。その場のアドリブも形にできる。
パワポは予定調和的というか、あらかじめ決めた流れと時間配分でオンステージをやっているようなものだ。自由度はないが、練り上げたわかりやすいプレゼンができる。
どっちもどっちなんだけど、今年からパワポを技術士セミナーに取り入れるという新たしい試みをすることにした。
なぜって?よくわからないけれど、たぶん同じことを繰り返すのが単純にいやなんだろうな。じゃまくさいなあオレ。^^;

2017年3月13日月曜日

トチの実アク抜き第1回

今日はトチの実のアク抜き処理をKさんのお母さんに教えてもらう。
朝9時過ぎ、お母さんを愛車にお乗せして上根来へ。

下界はすっかり春だが、上根来はまだまだ雪の中である。実際、寒い。

ゲストハウスに至っては、いったいいつになったら雪がなくなるだろうという状況。前庭には屋根雪がどっさり落ちて、2m近くあるだろう。

さてトチの実である。秋に拾ってきたトチの実は、すぐに虫出し(水に一晩漬ける)して乾燥したあと保存しておく。アク成分(渋み成分。タンニンとサポニン)が強いのでしっかり乾燥しておけば保存期間は長くしてあったもので、今日使う実は3年前の秋に拾ったものだという。これを貯水槽に一週間漬けて、柔らかくしてあるものを水から上げ、水場で洗う。

皮むきが今日の作業。硬い木を使った皮むき器でゴリゴリと皮をむく(とても硬いので殻を割るという感じ)。イメージとしては、下板は厚い板、上板は細い丸太を縦割りにした感じで、針金で一方を連結してある。そして上下板の間に実を挟んで、テコを使って割る。このとき、押しつぶすのではなく、押しつぶしかけたあと横にひねってすりつぶし気味に殻を割る。コツがいる。

こんな感じで殻が割れる。ちゃんと乾燥してあると実離れがいいという。

皮を向いた実。渋皮つきのクリの実に似ている。

ここへ灰を少し入れてお湯をひたひたに入れ、2時間ほど放置する。この工程を入れると、あとで灰汁で煮る時に煮崩れしにくいのだそうだ。お母さんが先代から受け継いだ方法だそうだ。こういうちょっとした工夫がセットになって受け継がれてきたのだなあ。

2時間ほど置くと、お湯は濃い茶色になっている。灰(というかカリウム)を入れたから水はアルカリになって、水溶性のタンニンだけでなくアルカリ溶性のサポニンも出てきているはずだ。

これを水場で洗。洗っていると泡がぶくぶく。界面活性化作用である。サポニンは石鹸代わりに使われていたので当然だ。
そしてまたネットに入れて流水に一週間漬けておき、本番の灰汁で煮る行程に進む。いやはや手間がかかるものだ。
来週の本番は、大阪に泊まった翌日なので午後からしか参加できないが、楽しみである。

2017年3月12日日曜日

福井県?

昨日の昼下がり。
さすがに尻に火がついてセミナーテキストなどをがんばって作っていたら、見知らぬ番号からケータイに着信があったので出ると、某新聞(全国紙)の世論調査であった。
政権支持その他政治や社会に関する最近のテーマに関する質問がずっと続いていたが、いきなり「タバコの質問です」などと方向ががらりと変わったりして、やや焦りながらも2~3分。
最後に年齢などを聞かれたあと、
「お住いの都道府県は?」
「福井県です」
「福井県?福井県…ですね…すいません、ちょっとお待ち下さい…福井県…福井県ですよね…福井県…」
みつからないようである。
よくあることだ。
旅先で土産を送ろうとしても、
「福井県です」
と言うと、県別の運賃がかかれたボードの上をあちこち探し回ることがよくある。地方別に並んでいるのだが、そもそもどこに福井県があるのかわからないようだ。
そんなだから、店員さんがボードの上で迷い始めるとすかさず「北陸です」と言うようにしているのだが、今度は北陸がどのあたりかわからない人もいる。
下手をすると福島県や福岡県と間違われそうになったりする。特に東日本に行くとよくある現象で、「福」といえば福島と福岡しかインプットされていないようだ。
でも今日のオペレーターは福井県という県名が初耳だったようだ。最初の「福井県?」は「そんな県あったっけ?」「聞いたことないぞ」という反応だった。
とうとう最後は
「福井県…はい、フクイケンですね」
であった。あの口調はカタカナでメモしたと思う。
鳥取と島根の東西がわからない人がよくいるが、あれは場所がわからないのだからまだいい。存在がわからない福井県っていったい…T_T

2017年3月11日土曜日

6年目

震災6年目である。
昨日の日本遺産大学講師(ツアー会社勤務)が「震災以降、テーマ旅行をする人が増えた」と言っておられた。テーマ旅行といっても趣味を追求するような旅行より、何かを学び自分の見識を広げ深めることに喜びを見出す旅行らしい。
物見遊山的旅行、団体旅行が減ってきていて、中身重視というか体験型・着地型旅行や少人数旅行が増えていという認識が持っていたのだが、震災以降は自己実現型の旅行が増えたとは知らなかった。でも、非常に納得できる話だ。
入浴中にAbemaTVをよく観るのだが(といってもニュース・ドラマ・麻雀の3つしか観てないが)、ここでもニュースチャンネルであれこれ論じたりしている。復興もいろいろと疑問や歪もあるようだ。
何よりも避難生活者に対するいじめなどが目につくようになってきたように思えて悲しい。確か震災の年か翌年だったと思うが、山梨県で避難してきた幼児が幼稚園に入園拒否され、近所から親子して阻害されたというニュースを見て、逆毛発つほど怒りを感じ、以後山梨県だけは絶対に行かない、可能な限り通過もしないと決めたことを思い出す。
復興といえば、SUKIYAKI塾の仲間も多く取り組んでいる。SUKIYAKI塾北陸を立ち上げたしろたんさんは、富山のコンサルを辞めて東京都職員身分で大槌町に行っている。もう5年以上になるのではなかろうか。最近あってないけど、元気でがんばっていれくれると嬉しいなあ。

上根来の雪室に米を入れた。宮川の米だ。

今回は30kg×6袋。小分けにして付加価値商品として売るようだが、売れるといいなあ。